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宮崎県金融経済懇談会における武富審議委員挨拶要旨
2000年10月24日
日本銀行
- 1.ゼロ金利解除後の市場・経済動向
- (1)金利、株価、為替相場
- (2)実体経済
短観の結果、金利感応度の高い業種の動き。 - (3)今回不況前の水準に戻した企業活動
- 2.今後の情勢判断のチェックポイント(短期的な視点)
- (1)個人消費の動向
一本調子の回復は期待し難いが、個人消費を巡る環境およびその基調を確認。 - (2)資産調整
企業の財務リストラおよび新会計制度(時価会計等)の影響。 - (3)大企業・中小企業および製造業・非製造業の業況格差
景気回復のボトルネックとなるか。 - (4)原油、ユーロ安、米株安、日本経済への影響
アジア経済の強固さ、その天井。
- (1)個人消費の動向
- 3.日本経済再生の条件(長期的な視点)
- (1)企業のビジネスモデルの変更
意思決定プロセス、財・サービスの提供を敏捷に。 - (2)2極分化への対応
最近の消費者マインドの変化。 - (3)old economyとnew economy
新旧経済の連繋。
- (1)企業のビジネスモデルの変更
- 4.物価見通し公表における考え方
本日は、宮崎経済界を代表する指導者の方々と親しくお話する機会を得まして光栄に存じます。
昭和21年以来、私共の宮崎事務所は地元の皆様に大変お世話になっております。何はともあれ、先ずはその点について心から感謝申し上げます。
宮崎を訪れる者は、誰しも、その自然の豊かさに魅了されます。青い海と緑滴る山並みとを愛でるにつけ、「日に向かう地」として古くから文化が栄えたのも、むべなるかなと感じ入ります。変転極まりない現代社会にあっても、当地におかれては、過去からの貴重な遺産を大切にしておられます。当県では、時代の先端を担うIT関連企業が操業するのと同時に、高千穂の夜神楽など重要無形民族文化財が大切に保存されています。これは変るものと変らぬものとが混在する現代の象徴のように思います。
いま、日本全体も、旧経済と新経済が混在する時代に入りました。この象徴として、例えば労働市場では、システム開発の目的でインドの技術者がリクルートされる傍ら、伝統産業を中心に失業率が高止まるなど、質的なミスマッチが発生しています。
本日は、新旧の価値が並存する当地において、過去の土台の上に、いかにして、後世代に誇りを以って引き継ぐに足る新しい日本経済を築き上げていけるのか。どのようにしたら、経済の構造転換に円滑に適応できるのか。こうした問題について、皆様とご一緒に想を巡らせてみたいと思います。
そうは申しましたが、本日の私の話は、先ずは当面の現実論から始めます。ゼロ金利解除後の金融経済情勢を点検する場合、どういった点に着眼したら良いのか、というのが最初のテーマです。その上で、企業などの経済主体が、経済環境の構造変化に対応して、如何なる方向へ認識を進めていくべきかについて、私の考え方を御披露致します。そして、最後に、「経済成長率と物価の見通し」の公表についてその趣旨をご紹介申し上げます。
1.ゼロ金利解除後の市場・経済動向(ゼロ金利解除後、金融市場や実体経済はどう動いたか)
日本銀行は、去る8月11日に、一年半に亘ったゼロ金利政策を解除しました。
その後の金融市場を点検しますと、政策変更に対して総じて冷静に反応したと受けとめています。もっとも、足許では、株価の動きが力強さに欠けますが、これはゼロ金利解除の影響と言うよりも、米株価の調整が影響した側面があると理解しています。この背景には、原油高や米ハイテク企業の業績頭打ち懸念があります。日本の場合には、景気回復が継続しており、これが株価をある程度下支えするものと期待しています。
株式市場を除くその他の市場の推移については、既に多くのことが旧聞に属しますが、ここで念の為に簡単に振り返っておきます。
先ず指摘したいことは、翌日物・無担保コールレートが、金融調節の新たな誘導目標水準である0.25%に短時日のうちに収斂した点であります。金融市場における金利機能もゼロ金利解除前に復しました。コール市場における有力な出し手である生保・投信などが、普通預金への資金運用からコール市場への資金放出に切り替えたことが、一つの典型例であります。この結果、一頃は20兆円割れまで収縮していたコール市場残高が、25兆円見当まで回復しました。もっとも、足許の短期金融市場では、期間が長めの、いわゆるターム物金利が、RTGS(即時決済)の導入を控えていることもあって、年末越えを中心にやや上昇しています。しかしながら、年末越えを含め日本銀行が潤沢に資金を供給しているため、市場の混乱はありません。
コールレート引き上げの長期金利への波及も小幅に止まっています。一時、景気感が強めに振れたことや補正予算との絡みで国債需給の悪化懸念が頭をもたげたことから、長期国債利回りが2%近辺まで上振れましたが、現状では、景気回復の度合いに応じた落ち着いた展開になっています。
為替相場については、市場の注目がもっぱら協調介入後のユーロに集まっています。ドル・円相場は、暫時この圏外に立っているため、目下のところは動きが乏しい状況です。幸い、景気に対して中立的な展開に止まっています。
実体経済についても、ゼロ金利解除の悪い影響は表面化していません。金融政策の変更が実体経済に波及するには時間がかかるので断定は避けるべきでしょうが、少なくともいまのところは、金利感応度が高い業種や需要項目においても、これまでの基調に変化は見られません。
市場金利の上昇を反映して借り入れ金利も小幅ながら上昇はしています。短期プライムレートは1.375%から1.5%へ引き上げられました。長期プライムレートも、2.15%から2.4%を経て現状2.3%となっています。しかし、企業のキャッシュフローが潤沢なこともあり、この程度の借り入れコストの上昇が設備投資や住宅投資を減退させたと言う有力な証拠はありません。現実に、設備投資の先行指標である機械受注(船舶・電力を除く民需)は、7~9月期業界予測で5期連続のプラスとなる公算です。また、新規住宅着工戸数は、金利以外の要因にも左右される点には配慮すべきですが、8月は再びプラスに転じています。さらに、金融機関の貸し出し態度も引き続き緩やかであります。先日、都下の中小企業群を訪問する機会がありましたが、「技術力さえあれば金融機関との取引に支障はない」とのことでした。
このように、ゼロ金利解除後も、企業収益の改善を背景に設備投資が主導する景気回復基調は、途切れることなく続いていると考えてよさそうです。この点について、先般発表された私共の「短観」に沿って改めて確認してみます。大企業の業況判断DIは、製造業・非製造業とも前回景気回復局面のピークに近い値となりました。特に大企業製造業は+10と、事前のマーケット予測値の上限に近い数値です。また、2000年度売上高予想は3年振りに前年度比プラスに転じ、経常利益も前年度比2桁の伸びが計画されています。売上高・収益とも製造業を中心に上方修正されています。つまり、企業部門では、今までの減収増益基調から増収増益基調に転じつつあります。
以上みたように、昨春底入れした景気は過去一年半以上に亘って緩やかな回復傾向を辿り、今日に至っています。その結果、経済活動の水準は、既にゼロ金利解除以前の段階で、前回のピークである97年第1・四半期の水準に到達し、さらに拡大を続けています。例えば、今年第1四半期のGDPは、前回景気回復局面の山といわれた97年第1四半期のGDPとほぼ同程度の水準になっています。特に企業部門における体質改善傾向は明確です。法人企業統計によると、労働分配率が製造業を中心に引き続き低下しており、その水準は既に97年第1四半期よりも良くなっています。また、損益分岐点比率も同様の動きです。さらに、マクロ的にみた輸出採算均衡為替レートも同様に97年第1四半期のレベルにまで戻っています。企業経営者の皆さんのご努力により、企業関連の指標は、今回不況以前の水準には戻っています。景気の本格的回復に向けてもうひと踏ん張りの段階まで来ていると評価してよかろうかと思います。
2.今後の情勢判断のチェックポイント(短期的な視点:今後の情勢判断の軸足をどこに置くのか)
しかし、重要なのは先行きがどうなるかであります。そこで金融政策の運営に当り、今後何に軸足を置いて経済情勢を判断していくべきかという話題に移ります。個人的には4点を念頭におく心積りです。第一に個人消費は本当に弱いのか、第二に資産調整圧力をどのように評価するのか、第三にセクター間の格差は解消しないのか、第四に原油高・ユーロ安・米株安の影響はあるのか、といった点であります。
まず、第一点目の個人消費については、企業部門から来る「滲み出し効果」によって、極めて緩やかではありますが、改善に向かうものと期待されます。
既に見た好調な企業収益は、今後とも、様々な目的に充当されていくと予想されます。設備投資の上積み、雇用者所得・雇用者数の増加、復配・増配、財務体質の改善、これらを反映した株価上昇とその資産効果の発揮などの目的です。こうした多様なルートを通じて、企業収益の増加が、いずれは景気に対する浮揚力を形成していきます。個人消費との関連では、この中でも賃金・雇用者数の悪化にどこまで歯止めがかかったのかという点が重要です。賃金という面では、まずは名目の値に注目すべきでしょう。消費者は、物価下落によって実質的な賃金が上昇しても、目に見える形での所得の伸びを確認したがっています。この点、毎月勤労統計の一人当り名目賃金をみますと、所定内、所定外および特別を合わせた名目賃金は、6~8月通算で前年比プラスとなっており、持ち直し傾向が定着しつつあるように窺われます。また、雇用者数の伸びという面では、毎月勤労統計の常用労働者数では若干の前年比マイナスとなっていますが、派遣社員は前年比2桁の伸びを続けています。
販売サイドから消費をみると、耐久消費財の販売指標で底堅い動きが見られる一方で、百貨店、チェーンストアの売上高が引き続き弱含むなど、個人消費全体は一進一退の動きを続けています。むろん、現在の消費不芳の根底には、年金や給与等将来のセーフティネットに対する不安があるために、かつてのような一本調子の伸びを期待するのは難しいと思います。しかし、消費意欲の基調そのものは弱くないのではないか。消費性向の極端な落込みも避けられるのではないか。こうした仮説を立てると同時に、後程、日本経済の再生の条件として触れる供給側の工夫の余地といった論点をも総合的に加味して、消費動向を検証することが必要だろうと考えています。
情勢判断の二番目の軸足としては、新会計基準の導入に伴う退職給付債務積立不足への対応や時価会計の圧力、さらに財務リストラの一環として進めている資産圧縮圧力などが、どのようなインパクトを持つかという点です。
仮に、企業がバブル期並にROAを引上げようとした場合には、法人企業統計から推計すると、数兆円の資産圧縮を行わねばなりません。単純に、こうした巨額な数値のみを捉えると、株式等の金融市場や設備投資に大きな影響が出るようにみえます。ただ、この資産圧縮が、マクロ経済にいかなる意味を持つのか、冷静にバランスよくみる必要があります。一企業にとっては、資産見合いの負債を減らすことで金利負担を減らすことができるほか、財務内容の改善を反映した株価上昇等を通じて経営にポジティブな影響をもたらします。一方で、その調整速度が急速に進む場合には、設備投資や雇用環境の悪化を通じて、経済全体にデフレ的な影響を与える場合もあります。
いずれの力が強く働くかは微妙なところですが、短期的なデフレインパクトが長期的なプラス効果によって如何に消化されていくかがポイントといえましょう。一つの注目材料は企業のキャッシュフローの増加です。現在、企業のキャシュフローの改善は、設備投資額を上回る水準で推移しています。この基調が続き、改善したキャッシュフローが今以上に実需に向けられれば、財務リストラの一時的なデフレインパクトを吸収し得るものと考えられるからです。
第三番目の軸足は、製造業・非製造業および大企業・中小企業の業種別・規模別の業況格差です。特に規模別格差はより注視するべきと考えています。
短観でも明確に表れておりますが、中小企業の活動は、製造業・非製造業とも前回景気回復局面の水準に到達しておりません。就中、中小企業・非製造業の設備投資は、年度途中のこの時期としては極めて異例ですが、下方修正されています。売上高、経常利益も同様の動きです。企業全体でみますと、減収増益から増収増益へと基調が変化しているのに対し、中小企業は非製造業を中心に相変わらず減収減益基調の中にいます。
従来は中小企業が景気の先行指標となりましたが、今回はそのような形にはなっておりません。長引く不況の中で、中小企業は、大企業以上に資産デフレなどの影響をより深刻に受け、景気の先行きに慎重な見方をしていることが背景にあるのでしょう。
問題は、このような中小企業の業況改善の遅れがどのような影響をもたらすかということです。今なお、中小企業は大企業の生産・サービスを支える基盤として日本経済全体の方向性を左右しています。例えば、自動車のエンジンは、小さな町工場で1/1000単位の誤差も許さない職人芸によって支えられています。しかし、この10年間の間に、中小企業は社数も従業員も減少してきました。例えば、東京都大田区の中小企業数は、昭和60年から平成10年までの間に、工場数で約8,900社から約6,000社へ、雇主を除く従業員数も約95,600人から約55,000人へと減少しました。この間、貴重な生産力・技術力の過半は喪失してしまいました。業況改善の遅れ、そして設備投資の減退によって、中小企業が新しい日本経済に対応できなくなることはないのか、その結果、日本経済全体に影響が及ぶことはないのか、引続き留意する必要があります。
四番目の軸足は、足許の原油高・ユーロ安・米株安がどのような影響をもたらすのかという点です。ここでは基本となる原油高について考えてみます。
確かに、製品に対する素材投入量としての原油の比重は低くなっています。マインドという点でも、原油が1バーレル40ドル近辺まで上昇した際に調査された先般の短観で業況判断が前進したことは心強い材料です。これは、企業経営者が、その時点では原油高が長期に亘って定着しないと予想していたからかも知れません。とはいえ、燃料を大量に使用する輸送関係においても、現段階では「燃料コストの上昇はきついが、需要の伸びによるプラス効果によって減殺される可能性もある」との見方をしています。
また、最終的な物価への波及、インフレ懸念という点でも影響は大きくなさそうです。総合卸売物価指数において、製品出荷額および輸出入額から算出した原油のウェイトは下がっています。例えば、平成2年度基準では1.3%であったものが、平成7年度基準では0.8%のウェイトしか持ちません。これは、原油価格上昇の総合卸売物価全体に対する影響は半分程度に減少したということです。当然、原油を原料とする中間財や最終財の値上がりという影響も考えられます。しかしながら、物価全体が輸入原材料よりも最終財の競合による影響を受け易い構造となっています。現実的には原油価格の波及によるインフレは日本の場合あまり心配しなくても良いように思います。
もっとも、だからといって全面的に安心してよいとは言えません。一つは、交易条件の悪化に伴う企業収益の下押し懸念です。他の一つはグローバルな需要・供給体制が確立されつつある中で、原油高の他経済圏に対する影響がどのような形で日本にもたらされるかという点が残っています。二次的・三次的な影響が、日本の景気回復のリスクとなるのかどうか、必ずしも楽観は許されません。
アジア諸国では、為替の安定や銀行機能の復活を背景として、経済水準がほぼ97年の金融危機以前のレベルに戻っています。しかしながら、原油高を契機とした、国内物価上昇、交易条件の悪化によって、為替安や消費マインドの冷え込みが生じるダウンサイド・リスクも残されています。海外経済の落込みは、直接的には、日本経済にとって外需の減少というかたちで効いてきます。「日本の企業の多くは海外生産に移行しており、その影響は限定的ではないか」という意見もありましょう。事実、例えば鉄鋼業界の一部では、粗鋼から冷延鋼板までの工程のうち、後工程を海外生産に切り替えています。また、コンピュータ業界では製品の研究・開発のみを国内で行っている例もあります。しかしながら、国内での生産を続けざるを得ず、外需に依存する割合が高い業界も現存します。こうした先が、海外経済の落込みによるダウンサイドリスクに晒される可能性がないのかどうか、慎重にみているところです。
以上のように景気の先行きにはまだ不確実性が残されていることを念頭に、引続き金融緩和姿勢を堅持し遺漏無きを期して参る所存です。
3.日本経済再生の条件(長期的な視点:日本経済再生のために求められる工夫とは何か)
私は、90年代の早い段階から様々な機会を通じて「日本経済は戦後経済の総決算とも言うべき未曾有の構造調整を経験している」と申し上げてきました。いわゆる日本的経済慣行が崩れていく中で、新たに国際的な会計基準の導入やグローバル価格への鞘寄せなどの圧力も加わり、企業は大きな体質変換を迫られています。本日は、最近の新しい流れも踏まえ、企業を中心とした経済主体がどのように発想を切り換えていかなければならいかを考えてみたいと思います。いわば、企業経営からみた日本経済再生の条件というテーマです。結論から申し上げると、三つの課題があります。一つは社会情勢の変化に対する敏捷性、英語で申し上げますとagility、二番目には消費の二極分化、つまりbipolalityへの対応、三番目は新旧経済の連繋、connectionが重要になりそうです。この3つの頭文字をとって「日本新生に向けたABC」と銘打ってみました。
まず、敏捷性とは具体的にどのようなものでしょうか。昨今のITの急速な進展に対応し、IT関連ビジネスを統括する部署の投資決定権限を末端の役員にまで委譲している例がみられます。これは、ボトムアップによって最高意思決定機関の判断を仰いでいたのでは、外的環境の激しい変化についていけなくなったことの証左でしょう。もちろん、こうした権限委譲は最終的に取締役会等の一元的な組織でリスクコントロールすることが必要ですが、予め一定の裁量枠を与える等の工夫によって意思決定の迅速化を実現することが可能です。つまり、現在のような環境変化の中では、本部機能の「緩やかな統制」によって組織を柔軟に対応させることが重要であると考えます。
敏捷さの必要性は、組織内の意思決定の早さということに限定されません。企業が提供する財・サービスが最終需要としてマーケットに受け入れられる寿命は、極めて短くなっています。こうした中、企業として一つの財に固執して製品・サービスを提供し続けること、また大量の在庫を持つことは難しくなっています。最終需要に対して敏捷性を持って対応し、常に市場に受け容れられる製品・サービスを提供し続けられる体制を作ることが必要です。「コアコンピタンスを守らなくてもよいのか」という質問があるかもしれません。私は、「コアコンピタンスを守る」ことは一つの製品・サービスではなく、スキルに固執することと理解しています。人より優れたスキルを用い、様々な企業と連繋して世の中の需要に敏感に対応していくこと。これがまず一番始めに申し上げたい点です。
二番目は、消費者のニーズに対して丁寧に応えていく必要性です。申すまでもないことですが、消費者のニーズは専門化・多様化するとともにその程度も深化しています。これに対応する方法は、携帯電話のように全体のニーズを束ねて掴むマスプロ商品を出すか、あるいは個別の消費者に着目してそれぞれのニーズに肌目細かく対応するかの二通りしかありません。現在の消費者が強い支出意欲を持っているのは確かです。ただ、先程も申し上げましたように、溜まっている意欲にもかかわらず、将来への不安を背景にはき出すことを控えているのです。このため、いまのところはプロ野球の優勝記念や閉店セールのように確実に旨味のあるものにのみ消費しているのが実情です。また、消費の「効用を高めたい」という希望はあるのですが、何によってこれを達成すべきなのか明確ではないということもあります。量販店が好調を維持しているように消費者の汎用品(commodity)に対する姿勢には品質・価格の両面に亘って厳しいものがありますが、高齢者向けの高級旅行ツアーや情操教育等汎用性を越えた商品に対しては惜しげもなく財布の紐を緩めます。つまり、従来の奢侈財と必需品の区分けではなく、価格の弾性値が限りなくゼロに近い財・サービスと限りなく大きいものが、個々の消費者の効用をキーとして混在し二極化しているのが現在の状況とでもいえましょう。個々の消費者の効用を確実に高められる商品を出せば、消費者はついてくるのです。これを迎え撃つ企業には、自社が何に応えていけるのか正確に知ることが求められているわけです。
これとの関連で、IT関連機器のディスクがデータ・マイニングのために増産を続けているようです。データ・マイニングといっても、従来はどの顧客がどの製品を買ったのかというPOSの域を出ないものでした。しかしながら、顧客の購入時期、過去の購入記録、製品販売後の顧客からの問合せ内容等、様々な切り口のマイニングによって様々な顧客のニーズが見えてきます。より踏込んだ自社製品分析のためにディスクの高機能化に対する需要が強いのです。price-consciousな商品を売るのであれば今以上に数量効果を重視しなければなりませんし、utility-consciousな商品を供給するのであれば、ITの積極的な利用も含めて今以上に顧客ニーズの掘り下げが求められています。こうした需要・供給両サイドの二極化は今後強まりこそすれ、弱まることはないと思われます。先程、今後の情勢判断のポイントとして、個人消費の需要家サイドの環境を申し上げました。これとともに、供給サイドでも二極化に対応した財・サービスの提供が可能になれば、消費全体の底上げに繋がります。
三番目には、既存の経済資源を活かして、IT投資やゲノムのような新しい経済の芽をどのように取り込んでいくのかという点です。IT投資に関しては、一頃のいわゆる生産性のパラドックス論議に代表されるように実際の効果となるとまだ確たる実証的な結論はありません。生産性の効果のみでなく、景気全体の浮揚効果という面でも、自動車に比較するとやはり劣後しているという面があると思います。しかしながら、それはあくまでも現時点での話です。今後、様々なニーズが産み出されてくる可能性があります。ガラス、化学産業といったold economyに属する会社であっても、10年1日の如く同じ製品を生産している企業がどの程度いるでしょうか。従来型のガラスメーカーも今やインターネットのデータ伝送における増幅機を開発したり、化学メーカーは半導体の洗浄液や膜の生産をしています。ゼロ金利解除前の財界からの反対意見に、「マクロでは以前の水準に戻っているのかもしれないが、当社の業況は水面に顔を出していない」というものがありました。水面とは一体何なのでしょうか?もしかしたら、提供しようとしている既存の財またはサービスは永遠に水面に出ないのかもしれません。
企業は、過去の需要ではなく現在の需要に対応しなければなりません。これには、新しい産業が既存産業のスキルを利用し、また既存産業は新しい需要へ対応することが必要です。既存産業から新しい産業へ、そして新しい産業から既存産業への繋がりを強固にすれば、経済全体が活性化することが可能になるのではないでしょうか。このような繋がりは、双方向に求めらるべきもので、片方から押し付けられるものではありません。新たな最終需要を見極めた新しい産業と、既存の技術の系譜を活かしつつ新たな需要に対応する既存産業との間の有機的な繋がりがあってこそ新時代への対応が成功するのだと思います。
くどいようですが、敏捷性、二極化、そして繋がり、つまり「Agility」、「Bipolality」、「Connection」が、これからのキーワードです。これらは本来なら10年前に行わねばならなかったことかも知れません。残念ながらバブルの発生とその後処理のまずさ故に手が付けられなかったと言えましょう。日本経済が改めて第一歩から新生への道筋を探るという意味で企業努力のABCをご披露に及んだものです。
4.物価見通し公表における考え方(物価見通し公表の趣旨はイメージの伝達である)
最後に、10月13日に発表した「『経済・物価の将来展望とリスク評価』の公表」について若干敷衍させて頂きたいと思います。発表文中明らかにしたように、「経済・物価の将来展望とリスク評価」を4月および10月の年2回公表する予定です。本年10月には、取敢えず本年度の実質GDP、国内卸売物価指数、消費者物価指数の対前年度増減率を対象に「政策委員の見通し」を参考計数としてレンジで示します。これは、より透明性の高い金融政策の遂行に資するものと考えています。金融政策決定会合のメンバーが少し長目の期間について経済をどのように見ているかのイメージを伝えようとするものです。今回の措置も利用して、オープンかつ十分な対話を市場との間で続けていく所存であります。
もっとも、留意して頂きたい点があります。具体的な数値は提示させて頂きますが、これは目標値ではないという点です。確かに、ニュージーランドを嚆矢として、諸外国の中央銀行の中でもインフレターゲットを採用する先が増えているのは事実です。しかしながら、現在の日本のような数十年に一度の大きな経済構造調整を経験している中では、インフレターゲット論のような具体的な数値を目標とすることは大変難しいし、また、適切であるとも思いません。
この点、委員会が物価の見通しを出すことにおいて、繰り返しになりますが、数値自体よりもどのような経済認識の下で数値を出しているのかに注目して頂きたいと思います。それは、取りも直さず、我々と市中との議論の出発点を確認することになるからです。
日本経済が大きく構造変化を遂げていく中で、従来にも増して金融政策の舵取りは難しくなっています。そのため、こうした金融経済懇談会などを通じて、経済の生の声を聞かせて戴く機会を従来以上に大切にしていきたいと存じます。
以上で私のご挨拶を終わります。ご清聴ありがとうございました。
以上