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最近の日本およびユーロ圏の金融経済動向

2000年11月27日・第4回パリ・ユーロプラス ファイナンシャル・フォーラムにおける藤原副総裁基調講演

2000年11月27日
日本銀行

[目次]

  1. 1.日本経済の現状と課題
  2. 2. ユーロ圏経済のダイナミズム
  3. 3.ユーロ圏と日本の関係

 昨年に引き続き、パリユーロプラスのファイナンシャル・フォーラムに参加する機会を頂戴し、大変光栄に思っております。また、本日はフランスの様々な分野で活躍されている方々から、ユーロ圏における資本市場の動向やIT革命の影響といった大変興味深いお話を伺えるのを楽しみにしています。私の方からは、皆さんが折角東京に来られた機会でもあり、最初に日本経済の最近の状況や課題についてお話いたします。次に、経済構造改革という観点から、私なりに注目している最近のユーロ圏の動きについて述べてみたいと思います。そして最後に日本とユーロ圏との関係についても触れさせて頂きます。

1.日本経済の現状と課題

 ちょうど1年前、このフォーラムでお話をさせて頂いた頃と比べれば、日本経済はかなり改善してきました。今回の回復の特徴は、企業部門主導の回復ということです。企業部門では、生産や収益の増加が続いており、情報通信関連を中心に設備投資が高い伸びを示しています。一方、家計部門の回復は遅れていますが、企業活動の回復に伴って、雇用・所得面にも明るい動きが見られています。このように、日本経済は、設備投資を中心とした緩やかな回復が続いています。

 しかし、同時に日本経済の直面する構造問題が解決したわけではないという事実からも目をそらすことはできません。90年代、米国をはじめとして世界経済が、旺盛な企業家精神や活発な資本市場に支えられた技術革新の流れに乗って高い成長を果たした中で、日本は、バブルの後遺症である企業と金融機関のバランスシート問題に苦しみ、こうした流れへの対応に遅れをとってしまいました。経済が回復過程に入った今、持続的成長をより確実なものにしていくためには、こうした構造問題解決に向けた取組みを着実に進めていくことが必要不可欠と言えます。

 まず、公的資金投入を含む金融機関の自己資本増強やセーフティーネットの整備等により、金融システムの安定に向けて大きな前進が見られたことは重要な変化です。同時に、注目すべきもう1つの動きは、大手金融機関を中心として、戦後半世紀にわたって例を見なかったような再編の流れが生まれてきたことでしょう。私としては、こうした動きが、個々の金融機関の収益力や競争力の強化につながり、金融システム全体の効率化・安定化に資することを期待しています。また、現在進行している企業のバランスシート調整やリストラの動きは、短期的には経済に下方圧力をもたらしていますが、中長期的には、成長分野への資源の効率配分によって、持続的経済成長の基盤を整備するものと考えられます。

 こうした構造改革を促進するための政策的な対応としては、規制緩和や会計、税制、法制等のインフラストラクチャーの整備などが中心になると思われます。中央銀行という立場からどういう貢献ができるかと考えますと、まず何より、適切な金融政策運営によって安定的なマクロ経済環境を確保し、創造的で前向きな企業活動の基盤を整えることが重要です。また、金融市場や決済システムという面では、日本銀行自らの業務や提供するサービスを見直していくことを通じて、金融資本市場の整備に貢献していくことも大切な課題だと考えています。例えば、日本銀行は、決済リスクの削減の観点から、来年初に当座預金決済及び国債決済のRTGS化を実施する予定です。

2. ユーロ圏経済のダイナミズム

 さて、私は常々、我が国経済の構造改革を考える上で、ユーロ圏諸国の経験に注目しています。構造改革の重要性について、今や異議を唱える人はいません。しかし、その具体的な方法論に関して、社会的・政治的な合意を形成することは、簡単ではありません。改革には必ず痛みが伴う一方、その利益が実感されるには、時として、かなりの長い年月が必要になるからです。しかし、ひとたびしっかりした方向づけがなされれば、改革が改革を呼ぶという自律的なモメンタムが高まっていくことが期待されます。この点、ユーロ圏経済で現に起っていることは、我々に大きな示唆と勇気を与えてくれます。私は、「その本質は市場の統合にある」というある意味で当たり前の事実に注目します。

 市場統合は、競争モメンタムを高めます。ユーロ圏では97年頃から、企業のM&Aが非常に活発に行われていますが、これがユーロ導入に触発されていることは、疑いのないところでしょう。加えて、ユーロ圏の企業が、世界的な競争激化や情報技術革新に対応するため、従来以上に経営効率や収益性を重視するスタンスを強めていることも指摘できるのではないでしょうか。最近のM&Aの特徴が、事業の多角化を目指すよりも、比較優位を持たない事業を思い切って整理・分割する一方、戦略部門を強化・拡充する傾向にあることにも現れています。

 市場統合は、運輸、電力、通信、あるいは金融といった経済のインフラストラクチャー面にも、大きな変革をもたらします。このうち金融面に着目すると、(1)Target (Trans-European Automated Real-Time Gross Settlement Express Transfer)に象徴される決済システムの整備、(2)資本市場の急速な拡大、(3)証券取引所の合併・統合等が進んでいます。さらに税制や労働慣行の見直しの動きも広がっています。

 このように、ユーロ圏では、市場統合や共通通貨導入という大きな流れの中で、規制の緩和や市場インフラの整備が進んでいます。その基盤の上で、民間セクターが、自らの競争力を高めるべく、様々な工夫に取組んでいます。市場統合を進めることで、競争モメンタムが高まり、それが経済金融の様々な側面における改革のモメンタムを、後押ししているということではないでしょうか。もともと、民間経済の中には、経済発展をもたらすダイナミズムが備わっています。問題は、そのダイナミズムをいかにして引き出すかということです。構造改革とは、このようなメカニズムを実現することに他ならないと思います。

 もちろん、ユーロ圏経済に対しては、今なお懐疑論もあります。そうした懐疑論者は、往々にしてユーロ安を懐疑論と重ねあわせて論ずることが多いようにも思います。たとえば、ユーロ圏経済の「硬直性」、あるいは米国との生産性格差が、ユーロエリアから米国への多額の資本流出を促し、それがユーロ安につながっているという見方は、その代表例です。為替相場の形成は極めて複雑です。私のような中央銀行の責任者が、軽々しく物を言うのは避けるべきでしょう。しかし、ユーロ安については、それをはなから「ユーロ経済の弱さの証拠」とばかり考えるのはいかがなものでしょうか。ユーロエリアからの資本流出については、グローバルな競争激化の中で、企業の国境を越えた戦略的提携が促進された結果と見ることもできるのではないでしょうか。

 いずれにしても、EU市場統合と、共通通貨としてのユーロの誕生は、国際金融の世界において、約30年前にブレトンウッズ体制が崩壊して以降、最大の歴史的出来事であります。また、世界経済のランドスケープを大きく変えうる壮大なポテンシャルを有するものと言えるでしょう。このことを強く念頭に置きながら、今後もユーロ圏経済の行方に注目していきたいと思います。

3.ユーロ圏と日本の関係

 最後にユーロ圏と日本との関係について、主として資金フローの面から概観してみたいと思います。今述べたように、ユーロ圏では通貨統合後、様々な構造変化が加速しており、経済全体の活性化に向けた動きが展開しているところです。こうした動きはユーロ圏内のみならず、日本にも様々な形で影響を与えております。

 例えば、ユーロ圏と日本との間の直接投資を見ると、まず、西欧から日本への直接投資流入は、98年の約1千億円から99年には前年の10倍以上の1兆円を上回る規模まで急拡大しました。中でも、自動車産業で資本提携の動きがみられたフランスからの直接投資の流入が目立ちました。また日本からユーロ圏への直接投資も拡大傾向にあります。直接投資の増加は、経営資源や技術の移転、競争の促進を通じて両国・地域経済に好影響を与えることが期待されます。

 さらに、ユーロ圏と日本の間の証券投資をみても、両経済圏間の資本フローの流れが活発化している姿がうかがわれます。すなわち、日本の対外証券投資について、個別国のデータが入手可能な4か国(フランス、ドイツ、オランダ、ルクセンブルク)合計で、99年ではおよそ5.6兆円の対外証券投資がなされました。同じ時期の対米国証券投資は、1.4兆円ということで、99年における日本からユーロエリアへの証券投資は、米国向けを大きく上回りました。国際資本市場では、多額の経常収支赤字を抱える米国が資金を吸収し、ユーロ圏や日本をはじめとする諸国がこうした資金需要に応じているというのが基本的な構造となっています。そうした中にあっても、ユーロ圏と日本の間の資本フローは拡大傾向にあり、国際金融資本の面でも両経済圏の相互依存は重要性を増してきているものと思われます。

 このように、市場のグローバル化の進展の中で、日本とユーロ圏の経済の結びつきは、ますます強まっています。特にそうした意味で、ユーロ圏とわが国の民間セクター間の対話の場として、本日のフォーラムは大変有益であり、両経済圏の結び付きの更なる緊密化に資することを願っております。

 御清聴感謝します。

以上