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間断なき活水の循環が経済を動かす

IT(情報技術)を通じた企業経営と経済全体の共振的拡大
全国銀行協会「金融」 (平成13年 1月号) への武富審議委員寄稿

2001年 1月 4日
日本銀行

[目次]

1.情報技術(IT)投資とは?

(企業への問いかけ)

 「どのようなかたちでITに取組んでおられますか?」、「IT投資によってどのような効果がありましたか?」、「ITは日本経済をどのように変えていくのでしょう?」。昨年一年、私は、IT投資を行っている企業やその供給者である情報・通信会社に対し愚直にもこのように問い続けた。

 ちょうど一年前の本誌新年号で、米国のIT革命が拠ってきたる背景と日本に対する含意を述べた。幸い、その後の一年間、ITは日本でも漸く「イット」から「アイティー」へと正しく認識され、国家レベルの戦略対象にまで格上げされた。また、現実に、足許の経済においても、IT関連の設備投資は景気回復の牽引役として重要な役割を果たしている。

 しかし、IT投資の活用によって企業経営や経済全体がどのように変わっていけるかについては、百家争鳴の状態だ。まだ具体的な像が結ばれているとはとても言えない。私の素朴な問いかけに対しても、「本格的な投資は緒についたばかりで、その効果を総括するには尚早である」という反応や、「投資効果を議論する以前の問題として、いま投資しておかないと後で追いつくのが不可能になることを恐れている。このため止むに止まれず防衛的に投資せざるを得ない」という答えが大宗であった。

 このため、IT投資の目的と効果については、関係者もまだ手探りの段階にあるようだ。そこで、今回は百家争鳴の百一番目として、私なりの答を求めて想を巡らせてみることにした。

(IT投資の定義)

 議論を始める前に、漠然として使っているIT投資という言葉を、もう少し正確に定義しておいた方が良いかもしれない。一口にIT投資といっても、便宜的に大きく分けて2つに分類できると思うからである。

 一つ目は、ITの供給者としての投資である。これには、コンピュータや関連機器などの生産増強投資や通信設備等インフラの敷設のほか、「投資」という言葉には馴染み難いが、ソフトウェア会社がソフトウェア開発者を雇用することも含まれる。ITの供給者としての「ハード・ソフト投資」と呼称することができよう。二つ目は、ITの利用者、主にはIT供給者以外の産業によるITへの投資である。換言すれば、この投資は「『ハード・ソフト投資』の購入」だ。既存業務の効率化・高度化のために機械化を行ったり、または全く新規のビジネスを始めるために自社用ネットワークを敷設したりするものであり、「システム化投資」1という言葉で一括りにされているものである。

  1. システムという言葉は、元来は組織・体系の意味であるが、通常は「業務処理を機械化するためのハードウェア、およびこれらに搭載されたソフトウェアやデータベース」を指すことが多い。厳格な定義よりも分り易さを重んじて、本稿でもこの使い方にならうことをご容赦願いたい。結果として、本稿では、「利用者としてのIT投資」という言葉と、「システム化投資」または「システムの導入・開発」という言葉をほぼ同義に用いている。

 「ハード・ソフト投資」の効果は、何らかのかたちで経済統計に反映されてくるのに対し、二番目の投資は、その内容と効果がやや見え難い。ソフトウェアに対する支出が設備投資としてGDPに計上されるようになったが、それを通じた生産性向上等その経済成長に貢献する道筋は必ずしも明らかではない。従って、IT投資の効果といった場合、私は、主に後者のIT利用者としての投資効果を考えようとしている。

 ここまでで、冒頭の問いかけの背景となった問題意識を幾分理解頂けたのではないか。日本の企業は対象・利用の面でITをどのように取り入れているのか、コスト・ベネフィットの観点からその効果を十分にあげているのか、どのようにしたら効果をあげることができるのか、そして、こうした個別企業による活動の集積としてITはどのような道筋を辿って経済に貢献するのか、このための留意点は何か。ざっと以上が私の問題意識の根底にあるものである。

 こうした意識でITの取り入れ方やその効果を考えるに当り、私の問いかけに対する企業の答えの背後にあるものを探ることから話を始めてみたい。

(発言の背後にあるもの——「本格的な投資は始まったばかり」)

 まず、「本格的な投資はまだ始まったばかり」というのはその通りであろう。経営概念と結び付いたIT利用者としての投資が本格化したのはつい最近のことだ。IT化の対象業務・利用の観点から、IT利用者としての投資について、さらに便宜的に類型化すれば、(1)バックオフィス事務および内部管理のシステム化である企業内IT、(2)対外的な販売や原料調達手段のシステム化である企業外ITに分類することが可能であろう。(1)はERPパッケージソフトウェア2やKM3といった手法に基づいて、当該事務の効率化・高度化を目的としたIT投資である。(2)はSCM4やCRM5といった戦略的概念に依拠し、インターネットに基づく電子商取引によって、効率化・高度化に加え、業容拡大を企図したIT投資である。コンサルティング会社を含む様々な企業のお話を聴くと、これら2つのIT投資の結果が思った程の効果をあげていない例もあるようだ。

  1. 2ERP(Enterprise Resource Planning)ソフトウェアとは、各業種の代表的な業務に係る経営資源を一括管理するための汎用ソフトウェア。
  2. 3KM(Knowledge management)とは、ナレッジ(知識)の共有および有効活用を図ることによって、経営体全体としてパフォーマンスを向上させる経営手法と解されている。
  3. 4SCM(Supply Chain Management)とは、原材料の調達から最終的な財・サービスまでの工程において、最小のコストで最大の効果をあげる供給体制を確立する経営管理の手法。
  4. 5CRM(Customer Relationship Management)とは、顧客の満足度を最大限高め良好な関係を築くことを目的に、嗜好や顧客サポート等の顧客情報を最大限活用する経営管理の手法。

 例えば、(1)の場合、ERPパッケージソフトウェアは事務の標準化・統合化に旨みを発揮するにも拘わらず、自社用に特注したり一部の業務に導入が限定されている事例がある。また、KMの考え方自体は理解されているが、どのナレッジが最も有効に活用できるのか把握しきれていないため体系的な運営がないという指摘が、IT投資の供給者からなされている。(2)についても、SCMはグループ間企業の計画・納期回答といった情報の交換に止まり、実際に納期の短縮といった実効があがるまでに至っていない場合がある。またCRMも、顧客情報が点在しており体系的なデータマイニング6のできる状況になっておらず、この結果、売手サイドが十分に顧客のニーズを汲み取った財・サービスの提供ができていないといったケースも散見されるようだ。

  1. 6データベースから経営上役に立つ情報を引き出すための技術の一つ。

 こうした事例を拝見すると、現在は経営概念と一体となったIT投資が実施されつつあり、まだ効果を評価できる段階ではないという感想もとりあえずは肯首できる。

(発言の背景にあるもの——「止むに止まれず防衛的に投資している」)

 次に、「止むに止まれず防衛的に投資している」という発言の背景を考えてみよう。これは、やや言葉は悪いが、一度利用者としてのIT投資に染手した者が経験する「底無し沼」のようなものか。技術進歩の速さに追い付くための継続的な投資は止められないということだ。

 例えば、CPUの元となるICチップは、ゴードン・ムーアの法則(1.5年毎にサイズが半減、または処理能力が2倍になる)が当てはまる一方、インターネットはギルダーの法則(9ケ月毎にサイズが半減、または処理能力が2倍になる)が働いており、後発のインターネットがチップの能力を凌駕する日が来るのも近いと言われている。将来的には、インターネットで供給される情報量が、ICチップの処理能力を越えてしまう可能性もあるのである。また、インフラの高度化等に併せて、そのうえで稼動するミドルウェアやソフトウェアも頻繁なバージョンアップを余儀なくされている。

 ハードウェア、ソフトウェア、そしてインフラが相互に競いながら急速な変化を遂げている中、ITの利用者は投資を行う強迫観念に取り付かれがちだ。強迫観念とは、「投資効果を云々するよりも今時点で投資しておかないと後で追いつくことが不可能になる」ということである。技術進歩を正確に予想するのは難しいが、懸念した立ち遅れが現実のものとなる可能性が高いのであれば、こうした投資行動は自然であるかもしれない。

 しかしながら、個々のIT利用者の投資において、「本格的な投資はまだ始まったばかり」、「止むに止まれず防衛的に投資している」という段階にとどまっていて本当によいのだろうか。ITの利用者が、この壁を乗り越えて自分達の目的とする効果を上げるために、さらなる工夫の余地はないのだろうか。翻って、そもそもITの利用者による投資の目的とは何なのか。

(IT投資の目的および企図する効果)

 IT利用者としての企業にとって、IT投資の目的および企図する効果は大きく分けて3つあるのではないか。一つは情報の非対称性をなくすことである。論理的には、財・サービスの供給者・需要者は、ITの利用によって同じ情報を取得し効率的な市場に参加することが可能となる。この効果は最終消費財の需要者、就中、消費者側から強調されることが多い。しかし、その効果は、中間財・サービスの需要者でもある企業にも及ぶ。二番目は、企業が顧客のニーズに肌目細かく対応出来ることである。財・サービスの需要者が、自らのニーズや欲求を満たすための十分な情報を取得できることとなったために、その供給者はそれに対応する必要がある。前向きに捉えれば、企業はそのような対応を通じて顧客のニーズを肌目細かく拾えることになったのである。最後は、時間・距離に係る物理的な障壁が撤廃されることがあげられよう。伝統的な通信・ファックスから24時間レスポンスが可能なインターネットへ移行することによって、企業は業務遂行を迅速に行い得るとともに取引量が増加する。つまり、企業にとってのIT投資は、情報の非対称性の解消→財・サービスの需要者としてのコスト削減や供給者としての売上増加→収益および業容の拡大という投資効果を持つ。

 当たり前に聞こえるかもしれないが、経済主体、ゴーイング・コンサーンとしての企業の目標は、収益および業容の拡大である。IT投資はこれを可能にしてくれるものである。ただ、気を付けねばならないのは、IT投資を行えば収益があがるのではなく、IT投資はこれを達成するために有効な一つのツールに過ぎないということだ。ツールをうまく用いることによって、効果をあげる必要があるのである。

(IT投資の工程別の留意点)

 それでは、「効果をあげるためのIT投資」とは何か。専門家の意見をもとに、私なりの結論を申し上げると、IT投資においては、常に次の段階を考えた投資を行っていかねばならないということだと思う。

 これは実際のシステムの導入・開発を行う工程別に考えると分かりやすい。システム企画・検討段階では、目的に適い無駄を排した現実的なシステムであるのか、その手法や技術が外的環境の変化を視野に入れたものかどうか点検する必要がある。つまり、システム導入・開発が行い易いシステムであるのかを確認することだ。次にシステム導入・開発段階では、システム稼動開始後の維持管理コストが出来る限り低減するような導入・開発が望まれる。そしてシステム運行管理段階では、システムの運行管理において生じた問題を次のシステム企画・検討に活かすスキームを構築することである。こうしたシームレスなIT投資を行うことによって、先述した企業活動の源泉である収益および業容の拡大を達成することも可能になってくる。

2.経済全体におけるIT投資

(計数面での確認)

 昨年の本誌新年号では、米国におけるIT革命が拠ってきたる背景を紹介させて頂いた。この後、明らかになった官民エコノミストの実証分析によっても、IT革命の効果は裏付けられているようだ。例えば、米国商務省の調査によると、ITによる実質成長率への寄与度は1%近くあると推計されている。生産性向上はともかくとして、日本においても、マクロ経済統計を見る限り、ITの供給者(以下「IT関連産業」という。)の増益やその設備投資は足許の景気回復の大きな原動力となっている。例えば、「法人企業統計」でみると、平成12年度上期におけるIT関連産業7の設備投資は前年度比2割強の伸びを示し、製造業全体の伸び率への寄与は7割を超える。また、「特定サービス産業動態統計」によると、「ソフトウェア開発、プログラム作成」に分類される情報サービス産業の売上は、足許前年比10%近い伸びを続けている。この動きは企業部門に止まらず、家計部門への波及もみられる。「毎月勤労統計」において、業種別の昨年夏季特別給与の支給額をみると、IT関連産業における支給額は名目で前年を上回るレベルにある。また、総労働人口では全体の1%を占める程度の限界的な動きではあるが、派遣労働者が前年比2割の増加を続けている。これは、システムオペレーターやコールセンター要員に対する人材需要によって支えられているようだ。IT投資が経済全体に与える影響は、裾野の広がりや波及スピードについて議論の幅はあるとは思うが、現在の景気回復の重要な担い手であることは事実である。

  1. 7IT関連産業は、法人企業統計においては「電気機械」および「一般機械」、毎月勤労統計においては「機械関連製造業」、「通信業」、「情報サービス・調査業、広告業」の各々の合計値を使用している。

 次の議論のポイントとして、こうした動きが永続的なものとして繋がっていくのかどうかという点がある。IT投資は、個別企業の目標である収益および業容の拡大と同じように、経済全体の目標である拡大・発展の手段足り得るのだろうか。より端的な言葉を使えば、IT投資には経済成長率の嵩上げに繋がるプラスアルファー部分が存在するのだろうか。既存の取引をITによって置換するだけに止まることはないのか。

(経済成長率嵩上げへのルート)

 IT投資がどのように経済成長率の嵩上げに繋がるのかを私なりに整理してみたい。結論としては、経済の拡大・発展に繋がるルートがいくつかあるというものだ。このルートに関しても3つ存在すると思う。一番目は、先程みたように、収益および業容の拡大を達成する企業が増大することである。このルートにおいては、企業は売上増とコスト削減を通じた収益の向上を享受しているが、経済全体への効果は小さい。なぜなら、その効果は、企業内の雇用者所得や設備投資の増加に止まっているからだ。また、この過程で生じるネガティブな側面もある。例えば、電子商取引に基づくメーカーと消費者の直取によって、流通・運輸業界の再編が生じた場合、新しい需要に吸収されるまで仲介業者や配送者に余剰が発生することになる。次に、第二番目のルートは、企業が全く新規の事業に進出し、これを通じた異業種企業間の提携が進むことである。メーカーが顧客情報から得られた消費者の嗜好に基づき、今までに扱ったことのない商品を販売する会社を設立するようなケースがこれにあたる。このルートにおいては、企業が新しい業務分野に相互に進出することで、新しい企業が出現することとなり、経済全体に与える影響も大きくなる。もっとも、既存の産業の枠を出ていない分だけその効果に上限は存在している。最後のルートは、この上限が取り外されること。即ち、既存の産業では想定していないような産業、既存の産業では対応することが出来ない財・サービスを供給する産業の出現だ。例えば、自分が最も感銘を受けた景色をデジタルカメラで撮影し、これをインターネットで配信するといったような産業である。このルートにおいては、多くの経済主体が新しい市場へ参入し苛烈な競争が生じるが、新しい産業の出現によるGDP嵩上げの道筋である。

(第三のルートへの施策——「ヒト」)

 それでは、経済全体がこうした第三のルートを見つけるためには何が必要なのであろうか。もちろん外資を含めて、様々なインターネット・ビジネスが設立されており、最初から第三のルートに基づき活動を始めている企業も散見されている。私が言いたいのは、一企業ではなく、経済全体におけるIT投資という観点から、「ITの利用を通じた生産性向上やコスト削減による増益→既存企業の新規分野への進出→新規産業の出現」という拡大・発展を可能にする好循環の条件は何かということである。仮りに、先述したシステム導入・開発手法の適正化によって企業が収益を確保したとしても、その後第二、第三のルートがないのであれば、経済全体の拡大・発展は限定されたものになる。逆に言えば、経済全体が第一、第二および第三のルート全てを歩んでいるのであれば、新たなパラダイムの下で拡大・成長していることになる。

 整うべき条件については、様々な側面が指摘されよう。こうした中、ITの素人を任じる者の雑感として、いわゆる「ヒト、モノ、カネ」に即して気付いたことを述べてみたい。このうち、「カネ」については「資本(Capital)」として昨年申し上げたので、今回は「ヒト」と「モノ」について披瀝させて頂きたい。

 「ヒト」の問題として指摘できるのは、まず、スキルをもった労働力の供給増大・円滑な移動の実現である。足許の統計をみると、有効求人倍率は上昇している一方で失業率が高止まりを続けている。また、「労働経済動向調査」における職種別労働者過不足判断DIにおいて、専門・技術者の不足感が強いことに表れているように、一般的に雇用のミスマッチは大きくなっている。IT投資の供給者にも同様の問題が生じている。旧来システムの技術者に余裕がある一方、新しい技術・製品8のスキルを持った人材が慢性的に不足しており、「余っているが足りない」という状態が続いているのである。これに対する一つの処方箋は、新しい技術・製品に係るスキルを習得するための研修制度を充実させると同時に、IT投資の内容に応じた労働力の供給を増大し円滑な移動を図ることである。即効性のある労働力の供給は、一つは潜在的な労働力である女性と外国人労働者、および新卒者の労働市場への参入増加であり、今一つは既にIT関連産業で働いている者のIT投資内容に応じた柔軟な移動である。これを阻んでいる要因として、IT関連産業に従事する人、または従事しようとする人に対して、統一的かつ国際的なスキル判定や今時点でどのスキルが求められているか伝達するスキームがないことが指摘できる。こうしたスキームがない下では、企業があるIT投資を実施する場合、IT投資の供給者である会社組織へ発注せざるを得ない。結果として、企業のIT投資はIT関連産業の施策に左右されることになる。IT投資関連産業への参入を考えている個人でも、統一的かつ国際的なスキルの判定があれば、参入に当っての励みにもなるし将来計画を立て易くなる。この必要性は、派遣労働者の形態にも表れている。IT関連業種への派遣労働者は、先述したように総数全体は伸長しているが、その内容は単純なシステムオペレーターが中心である。専門性を活かしてネットワーク構築に当るというような派遣労働者は、未だ僅少に止まっているようだ。

  1. 8JAVAやXMLを用いたネットワーク関連技術、ERPパッケージソフトウェア、および暗号・認証等のセキュリティ技術。

 もう一つの方策は、こうした人材派遣業を含めたIT関連産業が専門性を持つことではないか。現在のようにシステムを構成するハードウェア・ソフトウェア等個々の技術が発展した社会では、一社でIT投資の供給者の機能を全て担うことは不可能に近く、異なるスキル・ノウハウを持った会社が協力することが必要になる。こうした中では、自社がどのようなスキル・ノウハウを提供出来るのかを明示することが重要だ。そうすることによって、投資主体が供給者をインテグレートし易くなるし、反対に供給者がIT投資に参画する機会も増加する。

(第三ルートへの施策——「モノ」)

 次に「モノ」の面からは、量と質の二つの側面から指摘することができる。量という側面では、(1)IT利用者としての投資を促進するための安価なハードウェア・ソフトウェアの供給と、(2)これを可能とするためのIT関連以外の産業からの中間投入財の潤沢な供給が必要である。インターネット接続料金の引下げや市内電話サービスの競争によって、今後は安価な通信料金が実現することが期待される。これと同時に、適正な企業利潤および労働分配が確保されたうえで、ハードウェア・ソフトウェアの価格下落が続けば、ユーザーとしてのIT投資が進み、結果として従業員のIT面での資本装備率も上昇しよう。因みに、ソフトウェアの価格を「企業向けサービス価格指数」でみると、平成7年以降、企業向けサービス価格の総平均が下落する一方で、情報サービスは全体として水準を切り上げ、特にソフトウェア開発の価格は一貫して上昇してきている。上述したように、当該分野に供給される労働力の増加や生産性向上を通じ、IT利用者が投資し易い価格の実現が期待される。

 価格低下のためには、IT関連産業が、これ以外の産業から、安価で高品質の中間投入財の提供を受けることも条件の一つである。IT関連産業の中間投入財に占める、これ以外の産業からの中間投入財の割合は、1990年から1995年にかけて低下している。また、日本のIT関連産業の一部では、その割合が米国と比べて低位に止まっている9。さらに、「投入・産出物価指数・交易条件指数」をみると、IT関連産業の一つである電気機械の交易条件は、投入価格を上回る産出価格の下落によって悪化している。これらは、より多くのIT関連以外の産業が、自らの技術を有効活用し、成長産業であるIT関連産業へ製品・サービスの供給を増やせる可能性を示しているのではないか。IT関連以外の産業からIT関連産業への安価で高品質な中間財の増加は、IT関連産業にコスト削減を、これ以外の産業に技術の有効利用および売上増加の機会を与える。

  1. 9「1995年日米国際産業連関表(確報)」、「1990年日米国際産業連関表(確報)」の中間投入額より産出。

 二つ目の「モノ」に係る質という点は、IT利用者の投資への根本的なスタンスと関係する。IT投資において、しばしば見られるのは、他の会社で既に効果を上げている方法を直輸入するスタンスだ。いわば「モノ」としてのIT関連機器を直接導入すれば、効果があがるとする姿勢がみられることがある。しかし、このようなIT投資のやり方は質が良いとは言えない。IT投資の効果は、導入するソフトウェア、ハードウェアという部品の組合せによる結果である。部品の組合せ方で効果は全く異なる。その狙う効果によって、「モノ」としてのIT投資は各社各様でしかるべきである。最近の技術動向をみると、コンピュータ本体のみばかりでなく、記憶装置等周辺機器における性能の高度化が進んでいる。機能部品の組合せによる効果極大化というスタンスは、このような技術動向にも合致していると考えられる。ハードウェアおよびソフトウェアの組合せ方の妙によって、投資主体の目的に適った投資が可能となってきているからである。これは、IT利用者もIT投資のインテグレーターとしての認識を持つ必要が出てきているということでもある。

(最後に——中央銀行員から見たIT)

 中央銀行の審議委員が、昨年に続きITについて愚見を呈するのを奇異に感じられる読者もいるかもしれない。ITの利用による経済全体の拡大・発展の中で、中央銀行の果たす役割とはどのようなものか。かつてのように、IT振興など特定の産業育成政策を金融政策で個別に後押しする時代ではない。ただし、現在の経済の枠組みを変える可能性がある技術に対して、中央銀行として、一つは金融市場整備の観点から、今一つは様々な経済現象の中でマクロ経済に与える影響から申し上げてもよい点があると思う。

 金融市場整備の点からは、自らの責務である日本銀行金融ネットワークシステムの安全性確保と効率性向上について言及する必要がある。日銀ネットは、昭和63年10月の稼動開始以来、当座預金、国債決済および短期国債売買や金融調節等入札連絡関係等にまでその対象を拡大してきた。また本年より、システミックリスクの削減を目的として、日銀ネット当座預金・国債決済におけるRTGS化が、本誌の中心的な読者である金融機関の協力によって導入の運びとなった。このRTGS化の実現は、言うまでもなく、コンピュータやネットワークなど様々なITによって初めて達成されたものだ。日銀ネットは、中央銀行の持つ基幹インフラとして究極の安全性を確保するとともに、取引を頂いている金融機関の利便性を高めるために効率性を追求することが要求される。昨年末で、日銀ネットは幸い連続2,700日弱もの長期間に亘って安定運行を達成しているが、この運行記録を伸長するような盤石な運行体制を築く必要があるとともに、金融機関のニーズや金融環境の変化にも留意しなければならないのである。このためには、目的を見据えたITの利用によって、その投資効果を十二分に達成することが不可欠になる。例えば、新しいITの採用として、最近急速な進歩を遂げている最新のネットワーク技術やセキュリティ技術を利用することによって、日銀ネットによる取引を一段と安全で利便性の高いものとする方向感で検討を進めることが課題となろう。

 今一つの中央銀行の役割は、IT化の流れが実体・金融経済全体に与える影響を注意深く見守っていきたいということである。例えば、インターネットを利用した金融取引や電子商取引の増加によって、金融・資本市場および金融政策へどのような影響を与えるのか、十分な検証が必要であると認識している。

 また、実体経済については、鏤々申し上げた変化が考えられようが、今一度申し上げたいことがある。

 現在のわが国経済は、ITを除けば、輸出の鈍化や国民の将来に対する不安感の拡大など、いくつかのダウンサイドリスクが存在する。また、足許の景気は、資産デフレの後遺症に加え、グローバル化の進展や急速な技術進歩を背景とした構造調整をこなしながら、何とか回復しているに過ぎない。一点の曇りもない回復というわけではない。

 そうは言っても、一方で、日本経済が抱えるリスクを強調する世間一般の論調が少し気になっている。

 今まで日本が経験してきた景気展開を振り返ってみても、何の懸念もない順風満帆な状況を長期に亘って享受できたのは希であった。常にいくつかのリスク要因を孕みながらも、循環的または構造的な調整によってリスクを吸収するとともに、新たにポジティブな動きも創出しながら経済成長が確保されてきたように思う。リスクを認識し早目に対応することは何よりも重要である。しかしながら、現在想定されるリスクがどこからどのようなルートを辿って最終的にはどのような形でどの程度日本経済に具体的な影響を与えるのか、きちんと整理した上で、苦しみながらもギリギリの判断をしなければならない。言うまでもなく、大切なのは経済実態に即してバランスのとれた認識を持つことである。

 IT投資の効果を考えるに当っても、バランスのとれた認識を持って考えると、過度に悲観的な見方は如何かと思う。

 「日本が必死になってIT投資を行っても他国は次の段階に移ってしまっている」、「日本的な取引慣行の中ではIT投資の効果をあげることは出来ない」。本当にそうなのだろうか。先述した人材流動化は、既に社内ベンチャーという形で部分的に成功しつつある。企業の看板を背負いつつも個人のスキルを伸ばせるよう、企業が保有する有形・無形の資産を従業員に与え、個々人のスキルを育成する機能を企業が担い始めたのである。また、従来型の非鉄・窯土メーカーがインターネットのデータ伝送における増幅機を開発する等、Old Economyに属するIT関連以外の産業も、必死になってIT関連産業への中間投入財を開発・生産している。さらに、部品を組合せて最適な財・サービスを提供する術は、昔から日本が得意としてきたところだ。個別の部品の中には、他国が先行しているものもあるかもしれないが、その組合せ方によって日本企業が先行できる可能性は十分にあるのである。

 好調な企業収益から生じたキャッシュフローは、IT投資をはじめとして、次の実需に向けた胎動を始めている。水の流れは高いところから低いところに流れるものではあるが、その流れに勢いを持たせるため、時には川に入って土砂をすくい望ましい方向へ堤防を固める作業も必要になる。個別企業におけるIT投資で効果をあげ、これを経済全体の拡大・発展に結び付けていく、絶え間ない流れが望まれる所以である。

 「IT投資によってどのような効果がありましたか?」との問いに対し、「分かりきったことを聞かないで下さい」。本年はこうした声を聞くことを祈念して、新年のご挨拶とさせて頂きたい。

以上