公表資料・広報活動

ホーム > 公表資料・広報活動 > 講演・記者会見 > 講演・挨拶等 2001年 > 日本銀行の政策と業務運営―― 2001年 1月31日・日本記者クラブにおける日本銀行藤原副総裁講演テキスト

日本銀行の政策と業務運営

2001年 1月31日・日本記者クラブにおける日本銀行藤原副総裁講演テキスト

2001年 1月31日
日本銀行

[目次]

1.はじめに

 日本銀行の藤原です。本日は、私にとって非常に思い出深い日本記者クラブにお招き頂き、皆様の前でお話させて頂く機会を得られましたことを、大変光栄に存じます。本日は、まず始めに、私が1998年3月に副総裁として就任して以来取り組んできた日銀のリストラについてお話をさせて頂き、その後、金融政策運営や金融システム問題へと話を進めていきたいと思います。

2.日本銀行のリストラの状況

 皆さんもご承知のように、私は、ほぼ3年前までは新聞記者として外から日銀を取材していました。

 それまでは、日銀のあり方について外から批判し、からかいもし、しかしながら、日銀内部の事情も或る程度わかっている立場として何か役に立てないものか、と思っていました。丁度、日銀法改正問題の検討が開始され、金融制度調査会に特別委員会を作るという話がありましたので、喜んで参加し、色々な苦情や、その他改革案を申し述べました。時代の間尺に合わない旧日銀法を改正し、「独立性」と「透明性」を二大理念とする新日銀法の誕生に参画しました。これで、個人的には溜飲が下がったつもりでいたのですが、その後、当時の橋本首相から、「お前、日銀に入れ」と言われ、さんざん迷った挙句、「お国のため」の改革事業に参加すべく日銀入りすることと相成りました。ジャーナリズム出身者として、新生・日銀のため役立つことがある筈、と考えたからです。

(副総裁就任時の日本銀行)

 こうして、私が副総裁に就任した当時の日本銀行を現時点で振り返ってみますと、ご承知のように、接待事件や給与の水増し疑惑等内部管理面の問題で、行内が大混乱に陥っていた時期でありました。事態の収拾にあたっていた内部管理担当の理事が亡くなるという痛ましい事件もありました。そうした中で私の日銀生活がスタートした訳ですが、当時、世の中から日本銀行に投げられた批判の多くは、日本銀行が中央銀行というわが国で唯一の組織であるが故に、結果的に見れば、「日銀の常識」が「世の中の常識」とずれていた部分があったという事情によるところも大きかったのではないかと思います。

 私が副総裁就任後、この3年間に進めてきた日本銀行の内部改革には、こうした「世の中の常識」に合わせて適正な業務・組織運営を図るという側面も強かったということができるのではないかと思っています。

(日本銀行内部のリストラ努力)

 現在も、日本銀行は様々なリストラ策に取組んでいますが、その骨格、全体像は、日銀法改正の検討の過程で作り上げられてきたものです。

 日銀法は1997年6月に改正されましたが、改正に至るまでには、総理大臣の私的諮問機関である中央銀行研究会や、先程申し上げたとおり、私もメンバーの1人であった金融制度調査会、国会などの場で、日本銀行の経営効率化のあり方について、関係者が幅広い議論を行いました。私自身も、「国民経済のためにはリストラすべきだ」、「給与が高過ぎる」、「なんであんな無駄な施設が必要なんだ」など、今のリストラの基本になっている殆どのマターに触れたことを覚えています。

 そうした中で、私も日本銀行の中に入って初めて気づいたのですが、日銀の内部では、日銀法改正が議論される2、3年前から様々な自己改革作業が進められておりました。かつて法皇庁にたとえられ、傲岸不遜のイメージの強かった日銀の中で、こうした内部改革の動きがあったことは、案外世の中に知られていません。こうした動きを背景に、日本銀行自身も日銀法改正を巡る議論の早い段階から、積極的に経営効率化に取り組むスタンスを表明していたのが実態です。例えば、最初に日銀法改正について審議した中央銀行研究会では、日本銀行に独立性を与えるとともに、政策運営の透明性を確保すべきであるなどの提言が行われた訳ですが、この研究会の報告書が出された1996年11月に、日本銀行は、「業務・組織運営の効率化について不断の努力が求められていることも十分認識している。今後とも一層の努力を重ねていくつもりである」というリストラの決意表明を政策委員会決定という形で行っています。

 その後、金融制度調査会や国会などの審議の場でも、日本銀行自ら、組織の整備、給与支給基準の明確化等、現在のリストラ策の骨格となる具体的なリストラの課題について検討していく方針を表明しています。

(不断の経営効率化努力の必要性)

 そもそも、日本銀行の業務や組織運営は、広い意味で国民の負担で行われていますので、当然効率的に行われる必要がある訳ですが、金融政策の独立性が認められ、経営の自主性を尊重されるということになれば、きちんと経営効率化に取り組む、ということが益々重要になってきます。そして、こうした経営効率化の努力は1回限りの改革ではなく、「不断の努力」が必要となります。先程申し上げた日本銀行の決意表明は、こうした考え方に基づくものです。

(具体的なリストラ策)

 このように、これまで日本銀行が新日銀法の下で進めてきたリストラは、「世の中の常識」に合わせて組織運営の適正化を図るという側面と、日本銀行自らが新日銀法第5条に規定されたように業務・組織運営の見直しを行い、21世紀という新たな時代に相応しい効率的な中央銀行として生まれ変わるといった側面の双方があったと思います。

 こうした流れの中で、日本銀行では、これまでに役職員給与の支給基準を制定・公表し、給与水準の適正化に務めてきましたし、2003年度(平成15年度)末までの5年間で500人、概ね1割に相当する職員数の削減を中期人員目標という形で策定し、人員配置の適正化も進めてきています。また、人員減少に伴い不要となった舎宅用地等の不動産を積極的に売却したり、支店長舎宅を全て賃貸マンション等へ切替えつつあるほか、保養所・運動場等の全廃を決め、現実にそのほとんどを既に閉鎖するなど、保有資産も処分して参りました。

 こうしたリストラは、日本銀行始まって以来の大規模なものであり、職員にとっては痛みを伴うものであったことも事実であったと思います。

 しかしながら、私は、日本銀行が本来進めていくべきリストラはこれまでのリストラ策に止まるものであってはいけないと考えています。今後とも、効率的な業務・組織運営を一層推進していくために、私どもとしては、不断の見直しを行い、自らの手でより活力ある組織づくりを行って参りたいと考えています。

(支店統廃合について)

 そうした観点から、最近進めている支店・事務所の統廃合についても触れておきたいと思います。

 これまで日本銀行では、支店の職員数をこの15年間で24%削減したほか、組織という意味では、小規模の支店について課の数を4課から2〜3課にスリム化するなど、支店のリストラをかなり進めてきました。

 しかし、支店、事務所のネットワーク自体はこの4半世紀の間、全く手をつけてきませんでした。日本銀行の支店、事務所は現在33支店、12事務所ありますが、実は、終戦直後には26支店24事務所ありました。これは戦時中、お札の配給が重要だったことから、こうした体制になったものなのですが、その後事務所を中心に削減し、1954年(昭和29年)には30支店14事務所という現在の支店網の原型に近いものが出来上がっています。その後、幾つかの見直しは行いましたが、1974年(昭和49年)に横浜の事務所を支店に昇格させて以降、支店・事務所のネットワークには全く手をつけてこなかったのです。

 その一方で、この間、交通や情報通信は大幅に進歩していますので、効率的な支店配置を行う観点から見直しが必要となってきました。今回の見直しでは、支店に対する需要の大きさ、支店間の時間距離の長さなどを判断基準として、支店を廃止しても近隣の支店で支障なく事務をカバーできるかという観点から検討しました。この結果、小樽支店と北九州支店を廃止するとの方針を固め、現在、地元関係者との話し合いを順次進めてきているところです。私どもとしては、私どもの支店廃止の考え方を丁寧にご説明するとともに、地元の方々の様々なご意見・ご要望にも虚心に耳を傾け、相互理解を深められるよう、対話を重ねていきたいと考えているところです。

3.景気の現状と展望

 次に、わが国経済の現状と展望についてお話します。

 日本銀行は、昨年10月末に、「経済・物価の将来展望とリスク評価」という5ページほどの資料を公表しました。タイトルが少し長いので、私は、「展望レポート」という略称というか、ニックネームで呼んでいます。

 この展望レポートは、半年に1度、我々が考えている標準的なシナリオ——昨年10月であれば今年度から来年度にかけてのもっとも蓋然性の高い見通し——と、そのシナリオに対する様々なリスクについての判断をお示しするものです。最近の金融政策決定会合では、多くの委員が、これをひとつの「ものさし」と位置づけ、その上で、(1)日本経済は標準シナリオに沿って動いているかどうか、また、(2)リスク要因が高まっていないか、といった点について、議論をするようになってきています。例えば、先週公表された12月の決定会合の議事要旨などをご覧になれば、そうした組み立てで会合の議論が紹介されています。

 「展望レポート」の標準シナリオのポイントは、3つです。第1に、「わが国経済は民間需要主導の緩やかな回復が続く可能性が高い」こと、第2に、「ただし、企業や金融機関のバランスシート問題やリストラの継続など、様々な構造調整圧力が残存しているため、景気の力強い拡大は期待しにくい」こと、第3に、「企業部門先行・家計部門遅行という姿を辿るであろう」ということです。

 また、こうした標準シナリオに対するリスク要因としては、下振れ方向のリスク要因を5つ、上振れ方向のリスク要因を1つ挙げました。すなわち、下振れ方向のリスクは、第1に、世界的なIT需要の動向、第2に原油価格上昇の影響、第3に国際的な金融為替市場の動き、第4に企業や金融機関のバランスシート調整やリストラの影響、第5に国民の将来に対する不安感の拡大です。また、上振れ方向のリスクとしては、企業の中期的な期待成長率が上方修正される可能性に言及しました。

 下振れ方向のリスク要因の数や記述の分量が圧倒的に多かったので、エコノミストの方々や皆さん方からは、「日本銀行は下振れ方向のリスクをより強く見ているのではないか」という見方が出ました。もちろん、項目の数とかページ数だけで測るのは適当ではありませんが、上振れ、下振れのどちらのリスクをより強く意識していたかといえば、下振れ方向だったというのは確かだと思います。また、現在取り沙汰されているリスク要因は、このときから相当に意識されていたものだった、という点もお分かりいただけるかと思います。

 その後の経済情勢を見ますと、景気は緩やかな回復を続けていますが、輸出の減速を主因に生産の伸びが鈍り、企業の業況感も一服するなど、景気回復のテンポは鈍化しています。ご承知のとおり、「金融経済月報」でお示ししている私どもの景気認識も、12月、1月と2ヶ月続けて幾分慎重化させました。

 こうした景気展開を、先ほどの「展望レポート」に照らして評価すれば、どうでしょうか。結論を先に申し上げれば、政策委員会の大勢は、(1)標準シナリオの範囲内の動きであるが、(2)世界経済の動きを中心に下振れ方向のリスク要因のいくつかが大きくなっている、という見方をしています。

 まず、標準シナリオ、すなわち、「企業部門を中心とする民需主導の緩やかな景気回復」というメカニズムは崩れていない、という点をご説明します。

 昨年12月の短観によれば、企業は、引き続きかなりの増益を予想しているほか、今年度の設備投資計画も上方修正しています。機械受注などの先行指標をみても、情報関連を中心とする設備投資の増勢は持続する可能性が高いと考えられます。ただ、輸出や生産の鈍化は、景気の牽引役である企業部門に表れたマイナスの動きですので、今練られているであろう来年度の設備投資計画に影響が出ないかどうかなど、注意深くみていく必要はあります。

 一方、家計の所得環境は引き続き厳しい状況にありますが、労働需給が改善方向にあるほか、賃金もわずかながら前年を上回るなど、底固く推移しています。こうしたもとで、個人消費は、全体としては回復感に乏しい状態が続いていますが、乗用車・家電販売、海外旅行など一部にはやや明るさが窺われます。株価の下落など不安な材料はありますが、これまでの企業収益の改善などの動きが、ラグをもって、家計部門にも徐々に波及してきているということができると思います。

 このように、企業収益、設備投資という企業部門の回復の動きは途切れておらず、また、家計部門も極めて緩やかながら底固く推移しています。したがって、現在、標準シナリオの基本的なストーリー——つまり「民間需要主導の緩やかな回復が続く可能性が高い」という見通し——が崩れている、ということはないと考えられます。

 ただ、同時に、こうした標準シナリオに対するリスク要因が大きくなってきていることも否定できません。最近、私どもが特に注目しているリスクは、(1)米国を中心とする世界経済の減速と、(2)内外株式市場の不安定な動き、の2つです。以下、順にお話しましょう。

 まず、リスク要因の第1は、米国経済の減速が明確になってきたことです。

 米国経済は、昨年前半までは、潜在成長率を上回る5%台の景気拡大を続けてきましたが、このところ拡大テンポが大きく鈍化しています。もっとも、もともとハイペースで飛ばしてきたわけですから、ある程度の減速は予想されていたことです。むしろ、いわゆる「ソフトランディング」の範囲内の動きであれば、持続的な成長という観点から、望ましいといえます。

 ただ、このところの景気減速のテンポが、予想以上に急激なものであることも確かです。少なくとも今年の前半は、米国経済の成長率は、かなり低い水準に止まる可能性が大きくなっていると思います。エコノミストの間では、年後半にかけては持ち直す、との見方が多いようですが、これまでの成長テンポが非常に速かっただけに、調整がどの程度の深さと長さになるかは、なかなか見通しがたいものです。この点、ひとつの安心材料は、米国の場合、マクロ政策面での対応余地が大きいということでしょう。米国FRBは、1月3日のFOMC(連邦公開市場委員会)で、フェデラル・ファンド・レートの0.5%の引き下げを実施しました。これも経済を中長期的に持続可能な成長軌道に乗せていこうとするFRBの対応姿勢の表われであると理解しています。

 米国経済の動向は、米国との貿易のウエイトが高いアジア経済をはじめとして、世界経済に大きな影響を与える可能性があります。 実際、既にアジア諸国の輸出の伸びが鈍化するといった動きもみられています。それだけに、米国の成長鈍化の動向とその影響については、アジア経済を通じた間接的な影響や、次にお話する株式市場、ひいては国際的な資本の流れへの影響も含めて、引き続き十分注意してみていきたいと考えています。

 第2のリスク要因は、内外株式市場の不安定な動きです。

 株価を左右するもっとも基本的な要因は、言うまでもなく企業収益の見通しですが、この点は、先月の短観や最近のアナリストの見方などを見ても、増益基調は維持されています。それにもかかわらず、わが国の株価が下落しているのは、ひとつには、第1のリスクとも関連しますが、世界的なIT関連株価の調整などの影響が大きいことが挙げられます。

 それと同時に、国内の要因も無視できません。最近起こっていることは、長期金利の低下、円安、株安という現象であり、市場全般の景況感が慎重化していると言っても良いと思います。こうした市場の景況感は、さきほどの企業収益の状況や実体経済の動きに比べて、相当弱いものです。市場の見方が弱気に過ぎるのか、それとも実体経済の方が弱くなっていくのか、という点については、予断を持つことなく、経済や市場の動きを丹念に点検していきたいと思っています。

 ただ、わが国経済が抱える様々な構造問題に対する市場の懸念が根強い、ということは確かです。そうしたもとで、米国経済・株価など何らかの外部的な要因をきっかけに、構造問題への取り組みの遅れに焦点が当たる、という構図が続いています。そしていったん始まった株価の下落は、当初の原因が何であれ、(1)株式の含み益が減少することによって、企業の信用力や金融機関のリスクテイク能力が低下するとか、あるいは、(2)消費者や企業のコンフィデンスが悪化する、といったルートを通じて、経済活動にマイナスの影響を与えるおそれがあります。

 この点、今のところは、短観や各種の調査をみても、金融機関の融資姿勢や企業金融が緩和された状態には、変化は見られません。また、消費者コンフィデンスが悪化しているとか、企業の設備投資意欲が後退しているといった動きも観察されていません。ただ、こうした動きは、すぐに目に見える形で表れるとは限りませんので、引き続き注視していく必要があると考えています。

4.当面の金融政策運営について

 以上まとめてみますと、緩やかな回復という標準シナリオ自体は崩れていないが、米国経済・内外株価といったリスク要因が高まっている、という情勢です。したがって、金融政策運営の面では、当面、金融緩和基調を維持し、景気回復をサポートしていくことが適当と考えています。そのもとで、こうしたリスク要因がわが国経済にどのような影響を与えていくか、慎重に見極めていきたいと思います。

 今月19日の決定会合では、会議の議論を踏まえ、議長である速水総裁から、執行部に対して、「金融市場の円滑な機能の維持と安定性の確保に万全を期すため、市場への流動性供給方法の面で改善を図りうる余地がないかを検討し、次回決定会合までに報告するように」という指示がありました。この指示も、只今申し上げた金融緩和の効果を最大限発揮することを目的としたものです。具体的な措置については、現在検討中ですので申し上げることはできませんが、基本的な考え方を私なりに整理してお話ししてみたいと思います。

 まず、今回検討しているのは、あくまで現在の金融市場調節方針——すなわち、オーバーナイト金利を0.25%前後で推移するよう促すという方針——のもとで、市場への資金供給の方法を改善する余地はないか、ということです。市場が普通に機能していれば、この調節方針は、今ある各種のオペを使って無理なく実現できます。また、その緩和効果は、市場や金融機関の機能を通じて、他の市場や企業金融などにも波及・浸透していっています。

 ところが、まれに、市場が混乱していたり、金融機関の金融仲介能力が落ちていたりして、こうしたルートがうまく働かない場合があります。例えば、1998年の秋には、銀行間で資金を融通し合う短期金融市場では低金利が実現しているのに、銀行から企業には十分に資金が回っていない、ということが起こりました。この時には、日本銀行は、企業金融の円滑化に資することを狙いとして、CPオペの活用や企業金融支援貸出の創設など、資金供給スキームの面での工夫を行いました。

 また、もうひとつの例を挙げれば、1999年末の「コンピューター2000年問題」を控えた金融市場の状況です。この時は、ゼロ金利政策のもとで、オーバーナイト金利は当面ほぼゼロで推移する、と理解されていたにもかかわらず、金融機関が年初の資金確保に走った結果、年末越えの金利が上昇していました。そこで、日本銀行は、(1)年末越え資金を豊富に供給するなど弾力的な対応を行うことを宣言するとともに、(2)短期国債のアウトライトオペの導入などオペ手段の充実を通じて市場調節能力を一層強化し、市場の安定化に努めました。

 このような例からも明らかなように、金融政策の効果は、市場や金融機関を通じて浸透していくものですから、これらの状況によっては、オーバーナイト金利の誘導水準を決めるだけでは、緩和効果が十分行き渡らないこともあるのです。

 誤解があるといけないので、急いで付け加えますが、我々は、現在、企業金融など特定の分野で「目詰まり」が生じているとか、年度末越え金利がおかしな動きをしている、と思っているわけではありません。ただ、さきほど申し上げたような下振れ方向のリスクが高まっている中では、何かのきっかけで、金融市場で動揺が生じたり、市場参加者が期末資金の調達に不安を感じたり、といったことが起こらないとは言い切れないと考えています。

 そこで、「今後何らかのショックが起こった場合にも、今の金融緩和の状態を達成できるよう、資金供給方法をもう一段磨いておこう」というのが、今回の検討を始めた狙いです。また、そうした準備をしておくことが、市場参加者に安心感を与え、金融市場、ひいては経済を安定させる、という効果も期待できると思っています。

5.金融システム関連

 金融システムの動向に話題を転じますと、金融機関の不良債権処理額は、なお完全に落ち着いたとは言えないものの、ひと頃に比べれば相当縮小してきています。また、金融機関の自己資本比率も、自助努力や公的資本の投入などを背景として、改善をみています。

 こうしたことから、私どもとしては、金融システムの安定が損なわれるといった状況になるとは考えてはいませんが、内外ともに情勢の変化のスピードが速まっている折、金融システムの動向については、引き続き注視して参りたいと考えています。

6.バーゼル合意見直し関連

 次に、金融システムに関連して、1月17日に公表されました自己資本比率に関するバーゼル合意の見直し案について、申し述べたいと思います。

 バーゼル合意というと、日本では国際的に活動する大手銀行だけの問題と考えられてきましたが、世界の情勢は変わってきています。 すなわち、既に100か国以上で、国内のみで活動している銀行も含めて、8%の最低自己資本比率が求められています。今回の合意の見直しに関する市中協議案公表に際し、世界中のほとんどの銀行に適用すべきとの案が提出されました。これについては、私どもから「適用対象は『主要な銀行』のみとし、仮に中堅・中小銀行にも適用するとしても一定期間経過後(after a certain period of time )とすべき」と主張し、今回の案ではそのようになりました。ただし、最終案での扱いは、今後の市中協議の結果如何ということになっています。各金融機関におかれましては、こうした世界の流れを念頭におかれたうえで、自己資本の一層の充実に努力して頂きたいと考えています。

 今回の見直し案自体は、未だ市中協議のためのものであり、これを受けてさらにバーゼル委員会の場で議論が行なわれ、最終案が決められます。現時点における予定では、今年末に最終案が決まり、2004年から実施となっています。しかし、今回の提案や、これを巡る議論は、今後各国の金融機関監督のあり方や金融機関の経営に様々の影響を及ぼしていくことになると思います。

 提案の内容についてみますと、第1に、今回の改訂に際しては、規制上の所要自己資本の水準は平均的に軽くも重くもしない方針となっております。したがいまして、今回の見直しによって、貸し渋りが進んだり、日本の金融機関の所要自己資本が極端に増加することにはならないと考えています。

 第2に、信用リスクやオペレーショナルリスクの計測方法は格段に精緻なものがとり入れられていますが、同時にいくつかの方法の中から、個々の金融機関の実情に応じて選択することが可能な作りとなっています。例えば、信用リスクについては、(1)企業向け融資のリスクウェイトにつき、外部格付を使用して4段階に区分する標準的手法、(2)金融機関が独自に計測した倒産確率に基づく基礎的内部格付手法、および(3)倒産確率に加え倒産時損失率なども銀行の計測に依存する先進的内部格付手法、のいずれかを選択することができます。このように、先進的なリスク管理を行っている金融機関は内部で用いている手法を活用できる一方、最も単純な選択肢を選ぶ金融機関にとっては、規制の仕組みが現行と比べて大幅に複雑になるわけではありません。さらに、銀行勘定の金利リスクへの対応やディスクロージャーの拡大についても提案されています。こうした方策により、家計、企業、投資家などから見て金融機関の経営実態がより分かりやすくなることが期待されています。私どものホーム・ページに提案の仮訳を掲載していますので、詳細についてはそちらをご覧頂きたいと存じます。

 最後に、中小企業向け融資について一定の配慮がなされていることも見直し案の特色の一つです。自己資本比率規制の見直し作業を開始してから、既に2年半ほど経過しましたが、この間、私どもがバーゼル委員会の場で一貫して主張してきた点は、金融機関の中小企業向け融資に十分配慮すべきということでした。この結果、小口貸付が多い場合、そのリスク分散効果によって所要自己資本を若干軽減する方策が導入されることとなっています。さらに、「住宅ローンや中小零細企業向け貸出を含むリテール」の所要自己資本を低目に設定することや、現行規制では勘案されていない不動産担保のリスク削減効果を認めることなどが提案されています。

 今回の見直し案は、銀行経営上のリスクをより正確に計測するとともに、監督当局を中心とする管理から自己管理と市場規律を中心とした枠組みへの移行を図る点で、現行規制を大幅に改善するものと評価できると考えています。私どもとしては、本見直し案が、金融機関の自己資本の充実やリスク管理体制の向上の契機となることを期待しています。私ども日本銀行は、今後とも関係者とも協力しながら、より良い国際ルールの発展に努めてまいりたいと考えています。そうした意味からも、今回の市中協議案に対し、個別の金融機関をはじめとする関係者から、建設的なコメントが積極的に提出されることを願ってやみません。

7.おわりに

 本日は、日本銀行の組織業務運営面での取り組みや当面の金融政策運営、さらには金融システム面での課題など、多岐に亘ってお話させて頂きました。日本銀行としては、新日本銀行法で与えられたわが国の中央銀行としての役割に相応しい活力ある組織づくりを進めていくために、今後とも不断の努力を講じて参る所存です。

 また、このように、日銀が新しい法律の下で自ら生まれ変わろうとしている姿を世間にも、正確に知ってもらいたいと思っています。 私自身副総裁に就任後、全国各地でこうした講演を行ってきましたが、国会への報告や、記者会見、またインターネット・ホームページへの掲載等、あらゆる機会や手段を活用して情報発信に努めているところです。

 同時に、日銀マン3年弱余りの経験を通して、日銀と外部との間に双方向のコミュニケーションをより充実していくことが必要と考えています。この点では、マスコミの皆さんのご協力が不可欠かと思いますので、よろしくお願いします。

以上