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私の中央銀行論

一橋大学創立125周年記念講演会における速水日本銀行総裁講演

2001年 4月19日
日本銀行

[目次]

1. はじめに

 本日は、母校一橋大学の125周年にあたり、講演する機会を与えていただき、大変光栄に、またうれしく存じます。

 私は、本学の前身である東京商科大学を昭和22年に卒業した後、34年にわたり、日本銀行で働いてまいりました。その後、商社や経済団体など民間での責任者としての活動を経て、3年前、新しい日本銀行法のもとでの最初の日本銀行総裁という大任を与えられ、現在までその職責を果たすべく努力しています。本日は、そうした経験を踏まえて、私なりに、「中央銀行」とは何か、「中央銀行」はどういう形で皆さんの生活に貢献しているのか、といったことについて、できるだけわかりやすい言葉で、お話してみたいと思います。

 皆さんは「日本銀行」というと何を連想するでしょうか。多くの方々にとっては、「お札」すなわち「日本銀行券」を発行しているところ、ということでしょう。あるいは、経済学部の学生諸君は、「金融政策の担い手」「ハイパワード・マネーの供給者」という役割を思い起こされるかもしれません。新聞やテレビなどでも、「日本銀行」は、世の中の状況に応じて、様々な形で話題に上ります。ここ1~2年についていえば、日本経済の回復が思うに任せない中で、いわゆる「ゼロ金利政策」の採用やその解除、最近の新しい金融緩和措置など、金融政策を巡る話題が多く取り上げられてきました。また、数年前、大規模な金融機関の破綻が起こり、金融システムについての不安が世の中を覆っていた時期には、いわゆる「日銀特融」など、金融システムを守るための日本銀行の機能が注目を集めました。

 このように、日本銀行にはいろいろな顔があります。ただ、それぞれ「日本銀行」というひとつの組織の側面なのですから、有機的につながっているものです。本日の私の話が、「日本銀行」あるいは広く「中央銀行」というものを、統一的に理解して頂くことの一助となれば幸いです。

2.日本銀行とお金

 まず、身近なところからはじめましょう。皆さんの生活と日本銀行は、どのようにつながっているのでしょうか。

 皆さんの中で、日本銀行にいらっしゃったことのある方は、多くはないと思います。日本銀行は、個人の預金は受け入れていません。日本銀行に預金を持っているのは、銀行や証券会社などの金融機関と、政府、それに海外の中央銀行などです。こうしたことから、日本銀行は、「銀行の銀行」とか、「政府の銀行」と、言われています。

 個人の皆さんとのつながりという意味では、やはり、銀行券、つまりお札を通じたつながりが大きいでしょう。銀行券が皆さんの手許にきちんと行き渡るようにすることは、日本銀行の大切な仕事のひとつです。日本銀行の建物の中には、大きな金庫があって、そこから、日銀の取引先である銀行などに日本銀行券を払い出しています。当然、その時には、払い出した分だけ、その銀行が日銀に持っている預金から引き落とします。皆さんが民間の銀行でお金を下ろすのと同じ仕組みです。このように、日本銀行は、銀行などの金融システムを通じて、日本銀行券が行き渡るようにしています。

 さて、日本銀行券は、紙でできています。かなり精巧なものですが、それ自体として、価値があるわけではありません。では、これで買い物ができるのはなぜでしょうか。歴史的にみれば、例えば、貴金属や貝などが交換手段とされたこともありますが、現在は、中央銀行の発行する「紙」が交換手段になっています。

 これは、いわば社会にそういう約束事があるからです。本日は、法学部の諸君も来ておられると思いますが、日銀法の第46条には、「日本銀行券は、法貨として無制限に通用する」とあります。では、この法律があれば、日本銀行券は、万能なのでしょうか。そうではありません。店が「売りたくない」と言えば、そもそも売買契約が成立しないので、それまでです。日本でそうした経験をされた方はおられないでしょうが、海外旅行先で現地通貨で払おうとしたら、「ドルにしてくれないか」と言われた、といった経験をお持ちの方はいるのではないでしょうか。その通貨が嫌われた理由はいくつか考えられます。一番多いのは、インフレが進行していて、その通貨を持っていると損をする、ということでしょう。そうなると、その通貨を使って買い物をすることもできないので、流通もしなくなります。あるいは、その国の銀行がどんどんつぶれていて、その通貨で預金を預けておいても危なくてしようがない、むしろ、安全な外貨を持っておきたい、ということもあるかもしれません。

3.人々が安心してお金を使うことができるために

 さきほど、日本では、日本銀行券で払おうとして、売ってもらえないようなことはないでしょう、と言いました。日本銀行の仕事は、そういうことが起こらないように、つまり、人々が安心して「お金」を使うことができるようにすることです。これが、中央銀行の仕事の原点です。かつてオランダ中央銀行の総裁やBIS(国際決済銀行)という中央銀行の国際的な組織の総裁を務められたザイルストラ氏は、「たとえどのような困難があろうとも、また国ごとに中央銀行の法的な地位が異なろうとも、中央銀行家の第1の責務、すなわち、通貨の番人(guardian of the integrity of money)としての職責を全うしていかなければならない」と述べられました。"integrity"とは、「完全なもの」とか「正直で信用できるもの」という意味ですが、通貨が「完全なもの」として機能するためには、いくつかの条件が必要です。その条件は、不完全な状況、つまり、さきほど述べた外国の例のように、人々が自国の通貨を使いたくなくなるような状況を、裏返して考えればわかります。第1に、インフレやデフレにならず、お金の価値が安定していること、第2に、お金の流通するルートである金融システムが安定していることです。こうした条件が揃ってはじめて、通貨は完全なものとして、人々に安心して使われることになるのです。中央銀行の仕事は、こうした条件を整え、維持していくことによって、通貨の"integrity"を守ることです。以下では、こうした点について、順次お話しましょう。

(1)物価の安定と金融政策

 人々が安心して「お金」を使うためには、何よりも、「お金」の価値が安定していなくてはなりません。「お金」の価値は、それでどれだけのものが買えるかで決まりますから、これは「物価が安定している」ということと同じです。それでは、日本銀行は、どうやって、物価の安定を図っているのでしょうか。「日本銀行」という言葉の中に「銀行」という文字があります。日本銀行も、銀行などを相手として、預金を受け入れたり、貸出をしたりといった銀行業務を行っているのです。日本銀行が物価の安定を目的に行う金融政策も、また後で述べる金融システムの安定のための施策も、銀行業務を通じて行われています。以下ではその仕組みを説明します。

 日本銀行は、毎日のように、金融市場で、銀行や証券会社から国債や手形を買ったり、逆に売ったりしています。買った場合には、その代金を相手の銀行などが日本銀行に持っている預金口座に振り込みますし、売った場合には、口座から引き落とします。銀行は、金融市場で、そのお金を他の銀行との間でやりとりしますので、日本銀行が潤沢に資金を供給すれば、市場の金利は下がります。銀行にしてみれば、市場から低い金利で調達できることになります。したがって、高い金利で預金を集める必要はありませんし、それを基にした貸出の金利も低くなります。

 このように、日本銀行が、市場に供給する資金の量を調節すると、市場の金利や、預金・貸出などの金利が変わります。また、為替相場や株価などにも影響します。こうした金利などの変化によって、企業が工場を建てたり、人々が物を買ったりするときの判断も変わってきますから、経済活動が活発になったり、鈍化したりすることになります。さらに、その結果として、物が売れやすくなったり、売れにくくなったりするので、物価に影響するわけです。日本銀行が行う金融政策は、こうした仕組みを使って、物価が大きく上がったり、下がったりしないようにすることです。日本銀行法の第2条には、日本銀行の金融政策は、「物価の安定を図ることを通じて国民経済の健全な発展に資する」ことを理念とする、と書いてあります。日本銀行は、「物価の安定」という状態を目指して、日々金融市場で調節を行っているわけです。今はインフレよりもデフレが心配される状況ですので、金融政策の面では、潤沢な資金供給のもとで、低金利を維持しています。

 こう言ってしまうと簡単なことのようです。景気が悪くて物価が下がっているときには、金利を下げて、景気が良くて物価が上がっているときには金利を上げれば良いではないか、ということになります。しかし、実際には、そこまで簡単ではありません。

 まず、日本銀行が市場に資金を供給してから、それが経済に影響を与え、さらに、物価に波及するまでには、かなりの時間がかかります。また、どの程度の時間がかかるかが一定しないことも、金融政策の運営を難しいものにしています。

 したがって、金融政策は、経済の先行きを予想しながら、実施していく必要があります。英語では、forward lookingという言葉で表現されています。forward lookingな政策がうまく機能するかどうかは、先行きの予想がどの程度正確なものかに依存しますが、経済の構造が大きく変わっているようなときには、その見極めは大変難しくなります。

 例えば、米国は、最近まで長期にわたって高い成長を続け、物価も安定していたのですが、その背景として、IT化によって経済全体の生産性が向上していることがある、と言われてきました。最近になって、IT関連業種の先行きの見通しは、今まで思っていたほどではないのではないか、という見方が広がって、経済全体が急激な減速に見舞われています。こうした急変は、多くの人の予想を上回るものでした。先行きについても、IT化による生産性の向上という大きな流れは途切れていないので、割合早期に回復すると見る見方がある一方で、人々の期待が過大だった分、調整にも長い時間がかかるだろう、という見方もあります。中央銀行は、そうした場合にも、決断して、現在の政策スタンスを決めていかなければなりません。そのためには、経済の構造や実体について、できる限りの情報と英知を集めて判断する必要があります。

 私の尊敬するドイツの中央銀行の元総裁エミンガー氏は、20年ほど前の講演で、こう述べておられます。「中央銀行は、実体経済の全体的動向と将来の予測に関するもっとも適切な評価に基づいて行動する必要がある。そのためには、第一級の経済調査局を持たなければならない。」日本銀行も、複数の局で、内外の経済や金融の状況を調査・分析しているほか、金融経済に関する最先端の理論を研究する部署も有しています。

 このように、中央銀行の仕事は、現在ある情報をもとに、先行きの経済と物価の姿をできるだけ正確に予想し、それが望ましい姿となるように、現在の政策スタンスを調整することです。その結果として、お金の価値、つまり物価が安定するようにしていくことが私たちの努めです。

(2)金融システムの安定

 次に、人々が安心してお金を使うことができるようにするためには、もうひとつ、お金の流通の仕組みが、効率的で安定していることが必要です。もう少し広く、金融システムの安定と言っても良いと思います。次にこの点を説明したいと思います。

 人々は、全財産を現金で持っているわけではありません。銀行に預金として預けていて、必要な時に銀行から下ろして使うわけです。少し大きな買い物の場合は、現金ではなくて、クレジットカードとか、銀行振込みなどで支払いをすることも多いと思います。このように、「お金」を安心して使える、といっても、それは文字どおり「現金」を使う、ということとは限りません。多くは銀行などのネットワークを通じて使うわけで、金融システムが安定していて、信用できる状態になければ、この仕組みはうまく働きません。また、銀行などの金融機関は、お金が余っていて運用したい人と、お金が足りなくて借りたい人を結びつける機能を担っています。これが健全でないと、安心してお金を預けたり、借りたりすることができません。

 さきほど「金融システム」という言葉を使いましたが、金融機関同士のネットワークは、「システム」と呼ぶにふさわしいものです。銀行振込みで支払いができるのも、多くの金融機関が様々な形で結びついているからです。こうしたネットワークは、効率的な決済をするためには必須のものですが、それに伴って、金融機関の間には様々な債権債務関係が発生することになります。そして、そのネットワークの中の一部の金融機関に問題が起こると、こうした債権債務関係を通じて支払不能が連鎖するかもしれません。あるいは、金融システム全般に対する信頼が失われて、人々が預金の引出しに走ったりすることによって、ほかの金融機関に影響が及ぶこともあります。このように、支払不能が連鎖する危険のことを、「システミック・リスク」と呼びます。

 こうしたことを防いで、金融システムを安定させることは、物価の安定と並んで、日本銀行の大切な仕事のひとつです。

 システミック・リスクを防ぐ手段としては、まず、そうしたことが起こりにくいような決済システムを作るということです。この点、中央銀行は、決済システムの中で特別な位置を占めています。金融機関同士の決済は、多くの場合、最終的には、中央銀行の預金口座で行われます。これは、中央銀行の預金は絶対に安全な決済手段で、これを使えば、決済を完了させることができるからです。日本銀行では、この日銀当座預金を通じた決済をさらに安全なものにし、システミック・リスクを起こりにくくする観点から、今年の1月、決済の方法を変えました。これまでは、金融機関からの入金や引き落としの依頼を溜めておいて、1日に4回、決まった時間にまとめて処理する、というやり方が認められていました。ただ、この方法だと、1件でも決済できない金融機関があると、その時点で行われるはずの決済がすべてストップしてしまいますし、場合によっては、別の金融機関に支払不能が連鎖するおそれもあります。そこで、1月からは、原則としてすべての決済について、依頼を受け次第即座に、1件1件処理するようにしました。このような決済の仕方は、即時グロス決済、または、英語のReal Time Gross Settlementの頭文字を取って、「RTGS」と呼ばれています。これは、支払不能の連鎖ができるだけ起こらないような決済システムの工夫の一例です。

 また、システミック・リスクを防ぐもうひとつの方法は、何らかのきっかけで金融機関の資金が足りなくなった場合に一時的に資金を供給することです。その方法としては、市場全体に資金を供給する場合と個別の金融機関に貸出を行う場合があります。

 例えば、株価の下落などをきっかけに金融市場が混乱したような場合に、中央銀行は通常よりも大目の資金を供給することがあります。市場が混乱している時には、金融機関はできるだけ資金を確保しようとしますので、市場の金利にも上昇圧力がかかっていることが多くなります。そういう意味で、これは、市場金利を安定させるために行う金融政策上の措置ということもできますが、同時にシステミック・リスクを防ぐ効果もあります。

 また、市場全体ではなく、個別の金融機関で問題が発生して資金が足りなくなった場合に、中央銀行が直接貸出を行うこともあります。誰もその金融機関に資金を貸さなくなっているときに資金を出すので、「最後の貸し手」機能と呼ばれています。数年前、大規模な金融機関の破綻が起こったとき、日本銀行は、無担保の貸出、いわゆる「日銀特融」を行いました。

 この「最後の貸し手」機能は、個々の金融機関を助けるためではなく、金融システム全体を守るために行うものです。金融機関が、最後は中央銀行が面倒を見てくれるだろう、と思って健全な経営をしようという努力を怠るようになれば、長い目で見てかえって金融システムが弱まることになってしまいます。日本銀行では、無担保の貸出を行う場合でも、こうしたモラルハザードができるだけ起こらないように注意しています。例えば、数年前のいわゆる「日銀特融」の際には、破綻した金融機関の経営者は辞めましたし、株主も、株の価値がなくなるという形で責任を取りました。

 もうひとつ注意しなければならないのは、金融システムの安定は、中央銀行だけで達成できることではない、ということです。当然、金融機関自身のリスク管理がしっかりしていることが、最も重要なポイントです。また、安定的で効率的な金融システムのための法制を整備するとか、金融機関が健全な経営をするように規制を行う、といった面では、政府が大きな役割を果たしています。

 金融機関が破綻したような場合について言えば、中央銀行の役割は、基本的には、一時的に資金を供給することを通じて、支払不能が連鎖することを防ぐことです。株式を取得して株主になるなど、自己資本を供給することや、破綻処理を行い、その際に発生するロスを負担するのは、政府や預金保険の仕事です。人々が安心して「お金」を使うことができるためには、中央銀行が「最後の貸し手」機能を適切に発揮するだけでなく、このような様々な金融システムを守るための仕組み──セーフティ・ネット──が整っていることが重要です。これが十分でなく、中央銀行が、金融システムの安定という役割を果たすために、大きなリスクを抱えたり、ロスを被ったりということになれば、中央銀行資産の健全性、ひいては、通貨に対する信認を危険にさらすことにもなりかねません。

(3)通貨の使い勝手──市場整備と円の国際化

 以上述べたような2つの条件は、通貨の"integrity"を維持する上でもっとも本質的な条件といえます。ただ、そのことだけで、通貨が完全なものとして、安心して使われるわけではありません。そのほかにも様々な努力が必要です。

 まず、言うまでもないことですが、偽札が作られないように偽造防止の手だてを施すことは、通貨を発行するうえで最低限の条件になります。最近はカラーコピーやスキャナーなどが普及する中で、各国とも、偽造されにくい「お札」を作るため、様々な工夫をしています。例えば、オーストラリアでは、1992年に、世界で初めて、プラスチックの銀行券が発行されました。

 また、通貨の「使い勝手」を良くするということも重要です。日本銀行では、取引先である銀行が持ってきた銀行券を、自動鑑査機という機械で、1枚1枚鑑査して、偽札がないかチェックするとともに、汚いお札があれば新しいお札と取り替えています。また、日本銀行券には、券種によって色調を変えるとか、目の不自由な方たちのための識別記号を入れるといった工夫もなされています。そうした地道な作業も、人々が安心してお金を使えるための重要な仕事のひとつです。

 もっとも、通貨の使い勝手というのは、必ずしも物理的なお札の使いやすさだけを意味するものではありません。「お金」を適切に運用したり、調達する手段があるか、決済がスムーズに行われるか、といったことも重要です。この点は、さきほど述べた第2の条件、金融システムの安定性とも関連しています。お金を安心して銀行に預けて、銀行を通じた決済がスムーズに行われるかどうか、ということは、お金の使い勝手の大きな部分を占める要素です。ただ、それだけではなく、もう少し広い意味で、金融仲介機能が効率的かどうか、例えば、債券を買うとか、株を買うといった他の運用手段が十分発達しているか、ということも重要です。日本には、1,380兆円(1年間の国内総生産の約2.7倍)に上る個人の金融資産が存在しますが、これが多様な金融資産に投資されるような環境を整えることが必要です。また、資金を調達する企業の側から見れば、そのニーズに応じて、銀行借入、債券の発行、株式市場での調達などを自由に選択できることが大切です。そうした意味で、オープンで、安心して使える金融資本市場があることは、その通貨の使い勝手を向上させるための重要な条件です。

 この点は、国際的な場面でも重要になってきます。国際的な企業や投資家が、どの通貨を使って資金を調達し、運用し、貿易の決済をするか判断するに当たっては、その通貨がどの程度安心して使えて、どの程度使い勝手が良いか、ということも重要な要素です。現在は、この面では、ドルの役割が圧倒的に高いわけですが、2年ほど前、欧州にユーロという統一通貨が誕生し、大きな存在となってきています。一方、「円」については、「円の国際化」ということが言われて、久しくなりますが、国際通貨としての役割はドルに比べ大きくありません。通貨の国際的な利用というのは、みんながその通貨を使えば使うほど、市場の厚みも増し、より使いやすくなる、という相乗作用があります。そういう意味で、使いやすさを向上させ、より多くの人や企業に使ってもらい、他国にも保有してもらえるように、通貨間で一種の競争がある、といっても良いかもしれません。私は、永年、いろいろな観点から、「円の国際化」を提唱してきたひとりですが、非居住者にも使いやすく、懐の深い金融資本市場を作っていくなど、様々な努力を積み重ね、「円」の魅力を高めていくことが大切だと思っています。

4.なぜ「中央銀行」なのか

 人々が安心してお金を使うことができるようにするための2つの条件について、お話しました。第1に、お金の価値が安定していること、すなわち物価が安定していること、第2に、お金の流れるルートである金融システムが安定していることです。

 日本銀行の目的が「物価の安定」と「金融システムの安定」といわれるのはこのためです。では、この2つの目的を達成するのは、なぜ政府ではなく、中央銀行という「銀行」なのでしょうか。また、現在ほとんどの国で、中央銀行には独立性が与えられていますが、これはどういう理由によるものでしょうか。以下では、この点についてお話します。

(1)銀行業務を通じた通貨の管理

 まず、銀行業務の方法で、通貨の発行・管理を行うことの意味についてです。中央銀行が、銀行券を発行する場合には、見返りとして何らかの資産を手に入れます。例えば、金融政策のところで説明したように、債券や手形を銀行から買って、その代金を銀行が中央銀行に持っている預金口座に振り込むという方法です。この結果、銀行券には、債券や手形、あるいは銀行に対する担保付の貸出などの資産の裏付けがあることになります。そして、供給された通貨は、中央銀行がこれらの資産を売ったり、貸出を回収したりすることで、吸収することができます。また、こうした銀行との取引を通じて、民間銀行の「預金」など広い意味の「通貨」「お金」の動向を把握しながら、これに影響を与えることも可能になります。

 会計の言葉を使って言い換えますと、日本銀行券は保有者にとっては、当然、資産勘定の「現金」になるわけですが、日本銀行のバランスシートでは、銀行券の発行残高は負債になります。日本銀行は、それに見合う資産として、国債・手形、銀行への貸出、外貨準備などを保有しているわけです。

 かつては、政府が、貨幣を鋳造したり、紙幣を印刷したりして、それを使うことで通貨を供給するということも行われていました。江戸時代の小判や藩札をイメージすると、わかりやすいと思います。しかし、この方法だと、発行された通貨に対する裏付けはありませんし、一度供給した通貨を吸収することもできません。銀行業務を通じて銀行券を発行する、という方法は、通貨を適切に管理するうえで、最も効率的で安全なシステムといえます。

 このことは、中央銀行の原形のひとつといわれるイングランド銀行の歴史を見るとより明らかになります。イングランド銀行は、1694年、日本で言うと元禄時代に、民間の銀行として設立されました。19世紀になると、恐慌などを契機に、ほかの銀行が、力の強いイングランド銀行に支払準備を預けるようになり、イングランド銀行を中心とした決済システムが確立しました。その後、こうした実態を踏まえて法律面でも、イングランド銀行券に強制通用力が与えられるようになりました。このように、中央銀行は、元来、通貨の発行と決済機能がひとつの銀行に自然に集中する形で発達したものです。現在では、世界のほとんどの国々が中央銀行という組織を持っていますが、このことは、通貨の管理を「中央銀行」という仕組みで行うことが理に適っていることを示していると思います。

(2)独立性と透明性

 次に、物価の安定を目的とする金融政策は、政府から独立した中央銀行が担うということも、世界の流れになっています。これは、インフレなどの苦い経験を経て確立されてきた理念です。過去の中央銀行の歴史を振り返ると、通貨の増発により軍事費などの財政支出を賄い、深刻なインフレを招いた例は数多くあります。有名な例としては、20世紀初頭のドイツで、第1次世界大戦の戦費調達や敗戦後の財政支出のため、中央銀行が国債引受けを行い、その後のハイパーインフレーションを招いたことがあります。このときには、物価は、10年間で、実に約1兆倍になり、銀行券は文字どおり紙切れになってしまいました。同じような例が、満州事変から第2次大戦後までの日本でもありました。多額の戦費調達を、国債を発行し、それを日銀が引受けることで賄った結果として、物価は、20年間で約400倍に騰貴しました。私が日本銀行に入ったのは、昭和22年ですから、私の中央銀行生活は、まさに、こうしたインフレとの戦いからスタートしたのです。

 また、理論的には、さきほど説明した金融政策のラグ、すなわち、金融政策が経済に影響を及ぼし、最終的に物価に影響するまでには、時間がかかる、ということが重要です。緩和的な金融政策を行っても、実際にインフレになるまでには相当の時間がかかります。このため、どうしても、目先の景気を良くしたいという誘惑が生じやすくなります。

 中央銀行という制度は、人々がこうした目先の誘惑を自制するために作った、自己統治のメカニズムといっても良いかもしれません。中央銀行は、長期的な視点に立って、物価の安定を図っていくという使命を国民から与えられ、そのことを実現するために、時々の様々な勢力から独立性を与えられているのです。こうした中央銀行の役回りは、目覚し時計に喩えられることがあります。朝起きるのはつらいし、目覚し時計はうるさいですが、そうしないと授業に遅れて単位が取れないかもしれない。だから、少し長い目で見た幸せを追求するために、夜には目覚し時計をセットするわけです。中央銀行は、うるさがられても、きちんと時間がくれば鳴って、皆さんを起こさなければなりません。目覚し時計が鳴るのが好きな人はいないでしょうが、目覚し時計が必要な物であることはみんなわかっています。

 かつて、西ドイツのアデナウアー首相は、マルクの価値の安定を執拗に主張する中央銀行について、「不便な存在だが、これがあるからドイツ経済は安泰なのだ」と述べました。中央銀行が通貨の価値を守ることに頑固であることは、その国の政府・国民にとって、ときに不便な存在であるとしても、結果的には彼らを安心させ、長期の繁栄に導くことになると思います。

 3年前に施行された新しい日本銀行法でも、金融政策に関する独立性が謳われています。また、それを担保する仕組みとして、日本銀行の最高意思決定機関である政策委員会のメンバー9人──私のほか、副総裁2人、審議委員6人──は、政府と意見が違うことを理由に解任されることはない旨、規定されています。さらに、政府は日本銀行に対して業務を命令することはできないこととなっています。

 ただ、このことは、外の意見に耳を貸さない、という意味ではありません。私たちは、国民の皆さんのご意見を良く聞きたいと思っていますし、その代表である国会における質疑を通じても、様々なご意見に耳を傾けています。また、政府とはいろいろなレベルで密接な連絡を取っていますし、金融政策を決める政策委員会には、政府からも代表者が出席して意見を述べています。もちろん、政府からの出席者には議決権はありません。要するに、外部の意見も良くお聞きしたうえで、最終的には、政策委員会の判断と責任において、金融政策を決める、というのが日銀法の理念です。

 さらに、独立性があるということは、黙して語らず、ということではありません。むしろ、独立しているからこそ、私たちの考え方を国民の皆さんや市場に良く説明して、理解を得ることが大事になります。日銀法でも、「透明性」は「独立性」と並んで重要な理念とされています。

 日本銀行は、様々なルートで情報を発信しており、情報量の点では、世界の中央銀行でもトップクラスにあると思います。具体的には、金融政策を決める政策委員会の結果は、会合が終わった直後に発表しています。また、約1ヶ月後には、会合の概要をまとめた議事要旨を公表しています。さらに、政策委員会の経済や物価に対する見方を示した金融経済月報を毎月発表し、私自身も毎月記者会見を行っています。これらの資料は、日本銀行のホームページにも載っていますので、是非、一度ご覧ください。

 日本銀行は、こうしたことを通じて、経済や物価についてどのような見方をしているか、それに基づいてどのような政策を行っているか、といったことを丹念に説明しています。このことは、独立性を確保するうえでも、大きな役割を果たしています。「日本銀行は独立した判断で政策を決定した」と言ってみても、それだけで信用されるわけではありません。どのような理由で判断をしたのかを明らかにすることで、日本銀行の判断が、経済や物価の見方をしっかり踏まえたものであることが、国民や市場にも明らかになります。

 また、透明性を高めることは、金融政策の効果を浸透させるうえでも重要なことです。金融市場の参加者は、日本銀行の様々な公表物を読み、政策委員会のメンバーの講演などを聞くことで、日本銀行の情勢判断や政策に関する考え方を知ることができます。それを踏まえて、将来の日本銀行の政策を予想し、例えば、経済がこういう状態になったら金利を上げるだろうとか、下げるだろうといったことを判断します。そうすると、自分の経済に対する見方と照らし合わせて、少し先の金利に関する見方を固めることができます。経済状況が変化した場合には、それに応じて、日本銀行が取るであろう政策対応が予想され、市場金利が反応します。そうなれば、いわば市場が自律的に経済を安定させる効果を持つようになりますし、日本銀行が直接コントロールしていない長めの金利も、日本銀行の政策意図を反映したものになります。実際に経済に影響するのは、長めの金利を含めた金利水準全体ですから、金融政策の効果がスムーズに伝わるようになるのです。

 透明であろうとするための事務的な負担は相当大きなものです。しかし、私たちは、それを「独立性」の対価であるとか、やむをえない負担だとは思っていません。むしろ積極的に説明することで、金融政策の効果を高め、独立性に関する市場の信頼を確保する手段であると考えています。

5.物価の安定と金融システムの安定に向けて

 本日は、日本銀行の仕事は、人々が安心して「お金」を使うことができるようにすることだというお話をしました。この仕事は、経済がうまく働いているときには、あまり目立たないものです。人々は当たり前のように安心してお金を使い、安心して銀行にお金を預け、安心してそれを使って決済します。むしろ、物価が上がったり、下がったりするときや、銀行の破綻などが起こって銀行に預けることを不安に思ったりするような場合に、こうした仕事が注目されるようになります。

 ここ数年、日本銀行が大きな注目を集めてきたのは、残念ながら、日本経済が普通でない状況にあったことの表れと言って良いと思います。様々な問題が噴出する中で、「お金」に対する信頼を揺るがないように、日本銀行は様々な対応を採ってきた、ということです。

 日本経済が大きな問題を抱えた原因は、10年少し前、学生の皆さんが小学生の頃までさかのぼらなければなりません。その当時、日本の経済は、「バブル経済」と呼ばれて、土地や株の値段が大きく上がりました。これは、みんなが、土地や株が上がるだろう、上がるのだったら、自分で使うつもりはないけれども買っておいて、値段が上がってから売ろう、という気持ちになって、経済の実力や土地の利用価値以上に値段が釣り上がった、という現象でした。その際、企業は、銀行からの借入れや債券・株式の発行などを増やし、経済全体としての資金の調達の量も増加しました。その後、こうした強気の期待が崩れて、土地や株の値段が大きく下がったため、土地を担保に貸出をしていた銀行は、不良な貸出を持つことになりました。また、企業の方も、銀行からお金を借りて、工場を建てたり、ショッピングセンターを作ったり、土地を買ったりしたわけですが、思ったような利益が上がらず、土地の値段は下がったため、過大な借金を抱えて、返済に追われることになりました。

 このような企業の過剰債務の問題と、その裏腹にある金融機関の不良債権問題は、90年代を通して日本の経済と金融システムに大きな重石となってきました。

 金融システムとの関係では、97~8年、大規模金融機関の破綻という形で、問題が噴出しました。当時は、いくつかの大きな金融機関が破綻し、不安を感じた人々が預金の引き出しに走ったりしました。日本銀行は、破綻した金融機関に対して、無担保の貸出、いわゆる「日銀特融」等を行いました。これは、そうした金融機関が支払不能となってしまった場合、金融システムを通じて他の金融機関に支払不能が広がったり、あるいは、他の健全な金融機関の預金に対する信頼を失わせたり、といったシステミック・リスクが懸念されたためです。その結果、日銀特融は、97年11月のピーク時には、約3.8兆円に上りました。また、この当時は、金融システムを守るための他の仕組みが十分整っていなかったため、日本銀行は、一時的な資金の供給にとどまらず、資本性の資金も供給しました。「お金」の流れるルートである金融システムを守るという役割を果たすための決断でした。その後、法律的な手当てを含めてセーフティ・ネットが整備され、政府による公的資本の注入などが実施されました。こうしたこともあって、金融システムは落ち着きを取り戻し、それに伴って日銀特融の残高も大きく減少しています。

 金融政策の面では、日本銀行は、10年近くの間、内外の中央銀行の歴史に例を見ないような低金利政策を続けてきました。2年前には、「ゼロ金利政策」というまさに異例の政策を採り、現在もまた思い切った緩和策を行っています。この間、景気は時折少し良くなっても、結局は、力強い回復には至りませんでした。構造問題、とりわけ、バブルの崩壊で傷ついた金融機関と企業の回復が遅々として進まなかったことが、根本的な原因です。グローバル化が進んで、多くのビジネスチャンスがあったはずの90年代に、こうした後ろ向きの処理に追われて、産業構造の転換が行われなかったことは誠に残念です。日本経済の再生のためには、企業の過剰な債務の問題と金融機関の不良債権の問題を1日も早く最終的に解決して、非効率な部門から成長部門に「ヒト・モノ・カネ」の資源をシフトしていくことが必要です。そうでないと、全体としての日本の経済の力は十分発揮できません。世界第2位の経済力を誇る日本も、グローバル化の流れの中で、取り残されていくことになりかねません。日本銀行の思い切った緩和政策が十分効果を発揮するうえでも、こうした構造的な問題の解決が急がれるところです。

6.おわりに

 最後に、以上の話をまとめる意味で、私の考える中央銀行のあるべき姿について、4つのポイントに整理して、お話したいと思います。

 第1に、中央銀行は、長期の視点に立って、人々が安心して「お金」を使うことができるような状態を維持するよう努めていかなければなりません。その時々の短期的な勢いに流されることなく、「番人」として、時には厳しい顔を見せながら、しっかりと通貨のintegrityを守っていくことが、我々の任務です。

 実際、中央銀行の政策に対しては、様々な意見や批判が寄せられます。借金をしている立場からは、金利は低いほうが良いと言われますし、預金者からは、金利を高くして欲しいという声が聞かれます。ただ、長期的な意味では、こうした立場の違いを対立構造で捉えることは適当ではありません。むしろ、長い目で物価を安定させることは、すべての人々にとって、望ましい結果をもたらすものです。中央銀行は、そうした長期の視点から中立的な判断を行うために、独立性を与えられているのです。時々の批判を受けることは、ある意味で不可避ですが、真の評価は、長い目で検証されるべきものと思います。そういう意味で、私は歴史の評価には真摯でありたいと思っています。

 第2に、マクロの視点から、経済の構造や実態に対して、徹底した調査・分析力と深い洞察力を持つことです。もちろんマクロの視点といっても、マクロ経済指標だけで判断するという意味ではありません。ミクロベースの企業・金融機関の状況や、金融市場の状況なども丹念に調査しながら、そうしたものの総体としての経済全体の動きを分析する、という意味です。経済の先行きはつねに不確実です。それでも、中央銀行は、できる限り正確に先行きを見通しながら、今の政策スタンスを決めていかなければなりません。

 第3に、中央銀行も銀行であり、銀行業務のexpertiseを磨き、これを活かしていかなければなりません。中央銀行は、世の中にある何らかの資産を買うことによって、その代金として、銀行券を発行しているわけです。その際、優良な資産を適正な価格で買うことで、中央銀行の資産内容の健全性を保っていくことは、「お金」に対する信認を維持するうえで重要な前提です。

 第4に、中央銀行は、変化に対して敏感で、常にチャレンジする気持ちを持ち続けることが大切だと思います。「お金」を安心して使えるということは、市場経済の最も重要な基盤をなすものです。この点は、どんなに時代が移ろうと変わることはありません。ただ、世の中は常に変化していきます。情報技術革新の中で、インターネット上で決済が行われたり、コンピューターなしには考えられなかったような新しい金融商品が誕生したり、国際的な資金移動が容易になったり、といったことが起こっています。中央銀行は、そうした変化に対応して、その使命を果たしていくため、自らの業務のやり方を不断に見直していかなければなりません。中央銀行は、頑固な番人であると同時に、変化を見るに機敏でなければならないと思います。

 私自身、こうした点を念頭に置きながら、人々が安心してお金を使うことができるように、精一杯努力しているところです。それが、現在のような困難な時期に中央銀行の総裁という役割を与えられた私の使命であると思っています。

 本日は、「中央銀行」の役割と使命について、お話しました。この遠くて近い存在について、皆さんの理解が幾分でも深まることになったとすれば、大変うれしく思います。

 ご清聴ありがとうございました。

以上