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秋田県金融経済懇談会における武富審議委員挨拶要旨

2001年 5月24日
日本銀行

[目次]

1.はじめに

 皆様、今日は。武富でございます。本日は、忌憚のないご意見を伺うためにお邪魔しております。宜しくご協力のほどお願い申し上げます。

 私どもの秋田支店は遠く大正6年に開設されました。爾後、時は移り、経済環境は大きく変わりましたが、ご地元と日銀支店の信頼関係は着実に深まりました。これも、ひとえに、秋田県の方々が、私共を盛り立てて下さった賜物と深く感謝しております。

 甚だうかつな話ですが、私は、これまで、この地に足を踏み入れたことがございませんでした。今回の初訪問で、町並みや文化活動から、当地の「独自性」に富む風土を窺い知ることができました。江戸時代に入国した佐竹氏以来、地域固有の伝統や豊かな自然に先進的な京文化を上手く取り混ぜて独自の風土を「作り上げ」てこられたのではないか、と察しているところです。

 この「独自性を作り上げる」努力ほど、今日の日本にとって必要なものはありません。現状の閉塞感を打破するためには、伝統の中から残すに値するものを選り分けると同時に、時代に合った新しい価値や基準を取り入れて変身していくことが求められているからです。秋田地方の歴史には、そのヒントが隠されているように感じました。そこで、本日は、「作り上げる」という概念を基調にして話を進めます。まずは、足許の景気動向に簡単に触れた後、現在の量的緩和政策の効果や今後の政策運営に当っての考え方などを論じ、最後に構造改革をもう一段進めるための条件について考えてみたいと思います。

2.3/19日の政策変更の効果

 先月、私共政策委員会は、本年度の経済・物価の見通しと先行き予想されるリスクにつきまして、「経済・物価の将来展望とリスク評価」として公表させて頂きました。この中でお示ししたとおり、本年度入り後、景気は調整色を強めつつあります。即ち、海外経済の減速を背景に輸出や生産が減少を続け、これを受けて設備投資や雇用・所得も伸び悩み始めています。いまのところ、企業がもう一段のリストラに取組んだり、個人消費がさらに後退するまでには至っていませんが、海外経済の急回復が望み難い中、少なくとも上期中は調整色の強い景気展開が続くとみています。

 量的緩和策を採用したこの3月時点で、既にこうした景気の調整局面入りは予想されていました。かつてゼロ金利政策を採用した時には、経済が底入れし始めていたのに対し、今回は、経済がこれから下降局面に入ることが予想されました。それだけに、3/19日の金融政策決定会合においては、かつてない思い切った政策変更に踏み切る必要性があったのです。

 今回の政策は、思い切って強力な措置を講じようとした結果、極めて多面的な性格を有することになりました。主なものだけで3つの側面を持っています。具体的には、(1)金融市場調節の操作対象を金利から当座預金という量に変更したこと、(2)当座預金残高を5兆円に増額したこと、(3)消費者物価指数(CPI)の前年比上昇率が安定的にゼロ%以上になるまで新しい調節方式を続けるスタンスを示したことの3つです。これらが、それぞれ、様々な経路を通じて実体経済にプラスの効果をもたらすことが期待されているわけです。

 ただ、今次政策は、前例がないだけに、政策の効果が発現していく経路を事前に読み切り難い面もあります。政策の効果が波及する経路、程度、およびタイミングを見定めながら、どの時点でどのように政策を運営していくのかを巡って、今後様々な応用問題が出てくると予想されます。こうした複雑な連立方程式を解く過程で議論が割れてくる可能性があるのも事実です。それだけに、引続き市場と精力的に対話を進めることによって、政策の目的、政策効果の評価、政策運営のあり方を巡る認識を広く共有していくことが肝要と考えています。以下では、こうした問題意識に立って、私なりの考え方を披瀝させて頂きたいと思います。

 最初に、操作対象を金利から当座預金という量に変更した目的を説明します。金融政策の最終目標は、言うまでもなく、「物価の安定を通じて国民経済の健全な発展に資する」ことです。日本銀行は、3月の政策決定まで、金利を操作することによって最終目標を達成するという伝統的手法を採って参りました。しかし、現在の日本経済は、金利を低くすれば即座に経済が活性化する状況にはありません。これには、収益が期待できる投資対象が乏しい、待てば物価がさらに下がる、過去の借金返済を優先する、といった様々な要因があると思います。中央銀行としては、金利を通じた金融政策の有効性が減少しても、何とか最終目標を達成することを目指さねばなりません。このため、金利以外の手段も活用すること、また、その効果が目標に到達する新たなルートを発掘・確認することが必要になってきたわけです。

 こうした背景もあって、今回、操作対象として新たに当座預金残高を選択し、これを5兆円という潤沢なものにすることを決定しました。まず、この施策によって、短期金利から比較的長目の金利まで金利水準全般を低位安定化させる効果を狙いました。金利水準全般を低められたのは、潤沢な準備預金によって短期金利が実質的にゼロ近傍で推移することになったうえ、「消費者物価指数(CPI)の前年比上昇率が安定的にゼロ%以上になるまで」という強力な時間軸が組み合わされたためです。この金利低下を通じた効果のほか、さらに3つの効果を狙っています。一つ目は為替・株式・債券等の金融資本市場に良い影響を与えるかどうか、二つ目は潤沢な準備預金残高を背景として金融仲介の姿勢が変わるのかどうか、そして、三つ目は、「消費者物価指数(CPI)の前年比上昇率が安定的にゼロ%以上になるまで金融緩和姿勢を続けるスタンスを示す」という政策も併用することで、デフレ懸念が払拭されるかどうかということです。要するに、今回の政策は、金利水準全般を低位安定化させる効果に加え、量的緩和策の3つの効果を併せもつということです。先程、「現行政策は多面的な性格を有する」と評価した理由が、以上の説明からもご理解頂けたと思います。

 以上、現行政策の内容・期待される効果について、改めて詳しくご紹介しましたが、今回の政策は、そのような多様な側面を持つが故に、今後、政策の効果を測り運営していく点に難しさがあります。具体的には、眼前の金融・経済現象が、量的緩和の効果によるものなのか、実質ゼロ金利に由来するものなのか、時間軸に関するコミットメントが効いているのか、恐らく判然としないケースが有り得るということです。

 例えば、今次政策の取り敢えずの好結果として、金融資本市場や為替市場が安定の度を強めました。これは、量的緩和、実質ゼロ金利、コミットメントいづれの効果なのか、あるいはこれらの複合効果なのか、一概には断定し難いところです。ただ、振り返ってみれば、99年2月に導入したゼロ金利政策の下でも、各市場とも似たような好反応を示しました。今回の量的緩和策と前回のゼロ金利政策は、金利を低くし潤沢な資金供給をするという点で同じ効果を持っています。従って、市場に効果が現れる初期段階においては、両者に実質的な違いはないようにも思います。金融資本市場や為替市場の安定は、金融政策の最終目標である「物価の安定を通じて国民経済の健全な発展に資する」ための出発点です。市場の安定を起点にして、マインドの好転、収益悪化の歯止め、投資・消費支出の底入れなど、景気回復に繋がる動きの兆しが見えてくるかどうかを、丹念に点検することが次のステップとして想定されます。この段階までであれば、量的緩和策の効果に力点を置く見方でも、金利政策を重視する見方でも、目立った差異は表面化しないで済むと察します。

 話が難しくなるのは、金融政策が、「物価の安定を通じて国民経済の健全な発展に資する」という最終目標に近い効果をもたらした場合です。最終目標に近い効果の例として、量的緩和政策の2番目、3番目の効果である金融機関の資金仲介機能の変化、およびデフレ懸念の払拭があげられます。これら2つが発現した場合、それは量的緩和の効果なのか、実質ゼロ金利の効果なのか、引き続き判然としない場合が有り得ますが、この点に関する判断如何では、先行きの金融政策運営に対する意味合いが異なってきます。ここに難しい点があるのです。

 例えば、量的緩和の二番目の効果としてあげた、金融機関の資金仲介機能の変化が生じたとしましょう。金融機関の資産運用姿勢やリスクテイク姿勢に何らかの変化が生じた場合、量的緩和策の効果を重視する立場からは、「潤沢な資金を背景として、金融機関がリスク資産を積極的にとりにいくようになったのだ」と主張するでしょう。逆に、金利政策の効果を重視する立場は、「低金利の下で投資の採算性が好転し、企業が前向き資金の借入に積極的になったのだ」と主張するかもしれません。

 また、デフレ懸念が払拭されたとしても、これが「量」と「金利」のいづれによるものか判然としない場合が有り得ます。物価の下落幅が縮小の兆しを見せ始めたとしましょう。量的緩和策の効果を重視する立場からは、これを捉えて、「物価は貨幣が増加すれば上昇するという基本定理が立証された」と主張するでしょう。これに対し、金利政策の効果を重視する立場からは、「金利低下による需要誘発効果が底流にあり、需給関係の改善見込みが出てきたからだ」という反論も可能です。

 「どちらの効果であろうが、金融機関の資金仲介機能に変化がみられ、デフレ懸念が払拭されればよいではないか」とおっしゃる方もおられるでしょう。しかし、仲介機能の変化やデフレ懸念の払拭は最終目標に近い段階の現象だけに、問題はそう簡単ではありません。仮に、我々が追加的な措置を講じる場合を考えて下さい。量的緩和策の効果を重視すれば「量的目標値の柔軟な取扱が望ましい」という政策スタンスを主張することが可能となるでしょう。逆に、金利政策の効果を重視すれば「金利が低位安定することを最優先するべきだ」と、全く違う政策提言になり得ます。政策運営の難しさは、この段階に至ると、「量」と「金利」のいづれによって景気の梃入れを図るかについて判断を迫られることです。「量」と「金利」のいずれの政策が効果を持つのか見極めない限り、追加的な措置を講じるのは困難であると考えています。

 現状では、まだ、こうした形で意見がぶつかり合うほど実体経済における動きは見られません。ですから、私は、現時点でこの対立軸に余りこだわる必要はないと思っております。何よりも、金融資本市場、資金仲介機関、実物投資主体および消費主体に何らかの前向きの変化が出てくることが先決です。私としては、今回の政策が多段階に亘って実体経済に働きかける過程のうち、まずは、金融仲介における姿勢の変化やデフレ払拭と消費行動の絡みに焦点を当てて観察していくつもりです。また、「経済・物価の将来展望とリスク評価」で指摘したリスクが顕現化した場合でも、すぐに政策変更を考えるべきなのかどうか慎重に判断する必要があります。なぜならば、3/19日の思い切った政策は、指摘したリスクが顕現化することをかなりの程度想定して決定したものであるからです。

 今回の政策は、日銀の歴史上、初めて採用された政策であるだけに、その効果を一歩一歩確かめた上で、次に打つべき手を検討していく必要があります。本日のような懇談会を含め、様々な機会を捉えて、国民の皆様とコミュニケーションを図り、ご理解を得るようにして参りたいと思っております。

3.日本経済の将来展望

 今回の政策の目新しさは、伝統的な金融政策の埒を越えて、構造改革の必要性にまで踏込んで言及している点にもあります。私は、常々、「構造改革とは、成長分野に労働や資本といった経済資源を配分する、またはそれを阻んでいるものを除去することである」旨申し上げて参りました。これは、具体的には、民間の経済主体が収益機会を捉えて動くこと、そして政策当局が、そうした動きを促す環境を整えることに他なりません。量的緩和策であっても、金利政策であっても、企業・家計といった経済主体が、動く、つまり投資・消費を活発化しなければ、決して経済が回復することはあり得ません。ここに、構造改革の必要性にまで踏込んで言及した理由があります。

 現在の日本経済を覆う閉塞感は、投資・消費の金利感応度の低さにみられるように、経済主体が収益機会に対して動かないことにあります。例えば、「法人企業統計」によると、全産業における2000年の経常利益は前年比+33.7%と大きな伸びを示現しました。同様に、法人企業統計から、昨年一年間のキャッシュフローを試算すると、前年比+10.1%と90年代を通じてもっとも大きな伸びとなっています。通常、好調な企業収益は、設備投資やR&D等固定資産の増加を下支えします。しかし、企業は、潤沢なキャッシュ・フローを主に債務圧縮のために使用しているのが実情です。企業は、潤沢なキャッシュ・フローを債務圧縮ではなく今後の成長分野に先行投資すること、また政策当局はそのような環境を整えることが必要なのです。

 実は、昨年度1年間、私は中央・地方を問わず100を越える企業の方と面談させて頂いたり、生産・販売の現場を見せて頂く機会を持ちました。企業の方から伺った話しの中で、収益機会に対して動かないという構造問題が端的に出ている部分を切り出しますと、「販売価格が上昇しない中で、顧客ニーズを捉えた財・サービスの供給が出来ず売上が伸びない」というように集約できるのではないかと思います。なぜ、このような状況になっているのか。本日は、この理由を示す中で、構造改革をもう一段進めるための条件を敷衍したいと思います。冒頭申し上げましたように、当地の「作り上げる」という風土にヒントを得たものです。

 一番目に申し上げたいのは、構造改革のためには、市場の拡大とこのための経済資源の有効利用が必要であるということです。簡単に申し上げれば、財・サービスの販売先を拡大し、それを実現するために労働・資本を最大限に利用する方策を講じること、この目的に向けて企業が自助努力し、制度的な整備も図られることが肝要であると考えます。

 販売地域の拡大、海外の安い労働力や資本を用いた生産コストの引下げ努力については、日本の企業も懸命に取組んでいます。しかし、諸外国の企業と比較してみると、「日本企業はやや独創的な動きに欠ける」という印象もあります。日本の企業が、それぞれ独自に付加価値を増大させる形の競争をしていないと申し上げてもよいのかもしれません。日本企業の競争は、「ある企業の成功例をもとに多くの企業が市場に参入し、コスト削減を武器にパイの奪い合いをする」というのが基本型でした。こうした競争でも、経済全体のパイが拡大している限り、参入する企業全てに利益が及びました。しかし、成長が頭打ちになると、この競争は苦労が多いわりに利益は少なく、むしろ企業の付加価値を縮小させてしまいます。90年代に日本経済が閉塞感に悩む一方、米国や欧州経済が経済成長を謳歌することができたのは、当該地域の企業が、制度的な市場拡大に対し、生き残りを賭けて独自に市場を切り開き積極的に対応してきたからです。つまり、欧米企業は、常に新しい財・サービスを供給して顧客を掴む、仮りに同じ財・サービスの供給であっても、他人とは異なる経済資源を用いることで全く異なった価格・質を提供する努力を間断無く続けてきたからです。

 なぜ、多くの日本企業は、欧米企業と同種の競争を避けることができたのか。これは、日本企業にとって、財・サービスの主な提供先である国内市場が、大量消費を前提とする、均質的な国民の均質的な需要から成り立っていたからではないでしょうか。この需要を前提とすれば、企業は、コストに応じてプライシングを行う、品質・価格に関係なく下請企業等との企業間取引を存続させるといった、供給サイドの論理を続けることができました。反面、欧米企業は、移民の流入や域内経済圏の拡大というプロセスを通じ、顧客ニーズを汲み取る努力を怠れば、国内マーケットにおいても淘汰される危険に晒されてきたのです。

 現在、所得・雇用環境の悪化、価値観の多様化、廉価良質な輸入品の増加によって、日本企業を支えてきた需要構造が大きく変化しています。企業は新しい需要構造に対応しなければ生き残ることができなくなっているわけです。企業が、供給サイドから需要サイドの論理に移行するためには、顧客ニーズに合わせた市場の拡大とこのための経済資源の有効利用が必要と考えます。

 次に申し上げたい点は、やや抽象的な概念になりますが、「構造改革を成し遂げるために基準の設定が必要である」ということです。近年、会計制度を始めとしてグローバル・スタンダードという名の下で、経営・財務・技術面で新しい基準が導入されてきました。経済主体がグローバルな活動を行えるようにするため、また外部の冷静な評価に浴するため、内外企業が等しく同一の基準を持つのは重要なことです。しかし、「様々な経営指標をパソコンから打ち出して書庫に保管するだけでも大変な労力である」という笑い話もあります。大方の日本企業は、なぜグローバルスタンダードを導入するかを十分掘り下げないまま、横並び意識で導入しているやに見受けられます。

 この背景には、旧来の企業経営の軸が不確かなものとなっていることがあると思います。量の拡大によって収益を積上げるというのが、旧来の日本的企業経営の軸でした。ところが、常に値下げ圧力に晒される現在は、顧客の効用を上げながら自らの付加価値も増加させる術を考えなくてはならなくなっています。日本企業の問題は、自分に合った新しい経営の軸が見つけられない中で、グローバルスタンダードの経営基準に依拠しようとしているところにあります。経営・財務・技術面でのグローバル・スタンダードも含め、何を企業経営の主軸に据えるのかという見直しが必要です。

 企業経営の軸が不明確になりつつあることと併せ、大量生産や販売価格の安定を前提とした日本の技術力も勢いを失っています。これを表わす一つの例として、日本企業における研究開発費の推移をみると、90年代の平均伸び率は80年代と比較して大きく落込んでいます。基礎技術が実際の製品となるまでの期間は、産業によっては15年を要するものも存在します。市場を拡大し経済資源を有効に利用するため、需要サイドに立った技術力の強化が求められています。

 日本の技術は、企業内での研究開発が中心となっています。この特性に応じた技術力の強化策として、「技術も顧客本位であるべきである」ということを提案したいと思います。多くの日本企業は、営業部門と研究開発部門の連繋を強めることまでは行っています。この連繋を予算配分の工夫や開発者に対するインセンティブ供与を通じて、もう一歩進めてみてはどうでしょうか。例えば、社内での特許売買を活発化することが考えられます。社外での特許権の確立には時間がかかります。つまり、技術の開発者へすぐにメリットが及びません。これを解決するためには、開発された技術を利用した社内の営業・製造部門は、研究開発部門に対して特許料を支払う、特許料は開発者の報奨金となるという制度を導入してはどうでしょうか。これは、研究開発のインセンティブを高めることを通じて、顧客のニーズを研究開発部門につなげる効果があると思います。

 最後に、構造改革を成し遂げるうえで必要なのは、教育制度の改善です。日本の教育システムは、予定調和的な日本社会をよく表わしています。競争や選択を無くし、異端の才能がでる隙間を与えません。他と違うこと、また他より目立つことを、教師・親そして生徒自身も極端に嫌います。こうした教育制度は、経済にとって、均質的な国民を相手にしていた今までは奏効してきました。しかし、全く新しい事業を自分のリスクで行っていく意識が求められている現在では、こうした教育制度の欠点が露呈しているように感じてなりません。

 先般、欧州で、特殊な繊維を開発している日系企業の方と面談する機会を得ました。経営者の方が「我々の事業は日本では成功しなかっただろう。日本ではすぐ真似をされてしまい、小さな資本の我々は市場から退出させられたと思う」と話されたのを興味深くお聞きしました。従来、日本の企業は、先例を参考にしつつ如何にうまくつくるか(how)が求められてきたわけですが、これからは何を作ったらよいのか(what)という経営姿勢が重要になってきているということです。企業経営の軸・技術開発力を確立し日本経済を活性化するためには、他の人と異なることに価値を置く教育方針、極端なことを言えば、他の人の発想を真似ることを恥と思う教育方針を教育の現場に持ち込まなければなりません。

 以上、構造改革を断行するために必要な具体策を申し上げました。即ち、必要なのは、需要サイドに立って財・サービスの販売市場を広げること、このために労働・資本等の経済資源を有効に活用すること、そして企業経営の軸・技術開発力を確立できるような異質の人材を輩出する教育を行うことです。市場(Market)の頭文字のM、経済資源、これは企業等の経済主体が持つ資産でもありますので、資産(Asset)の頭文字のA、物事の基準・軸という意味であるKey Stoneの頭文字のK、そして教育(Education)の頭文字のE、これらを合わせ、構造改革の具体策を講じるうえでのキーワードとして“MAKE”(「作る」)と名付けてみました。

4.終りに

 最後でございますが、金融政策においても、“MAKE”(「作る」)が重要であることを申し上げて、本日のご挨拶の結びとしたいと存じます。

 新日銀法が施行されてから3年が経過しました。この間、「金融政策は政策委員会で決める」という認識が内外で定着したように思います。即ち、金融政策決定に係る全ての権限と責任は、政策委員会にあるということが、名実ともに確立されたのです。この確立のために、我々も相応の努力を致しましたが、一番の要因は国民の皆様の理解・支援があったからです。国民全体が金融政策を「作る」場所を明確にしたことは、日本の金融経済史上、大きな意味を持っていると確信致します。

 現下の金融情勢をみるにつけ、「政策委員会の決定」が日本経済の有り様と密接な関係にあるとの感を強くしています。「中央銀行の政策は国民経済を映し出す鏡である」と一般化することもできるかもしれません。その政策は、国民経済全体が順調に発展している姿も、目標が決まらない中で混乱している姿も如実に写します。残念ながら、これまで、この鏡は日本経済の混乱状況を映していました。閉塞感に満ちた状況の中で、構造改革の具体的な目標へ一方向に纏まる動きが本格化していなかったからです。このため、中央銀行も、前例のない政策を講じることを含めて、前向きに試行錯誤を繰り返してきました。

 日本銀行総裁や大蔵大臣を歴任した高橋是清は、軍部の力が強まり難しい経済運営が迫られる中、数度政府の要職に就くよう要請されました。高齢・健康上の理由から固辞したかったのですが、最後に「高橋君は己を空しゅうして国家のために尽くすのだろう」という同僚の言葉に翻意し、凶弾に倒れるまでその職務を全うしました。高橋財政の評価は別にして、私は是清の高潔な人柄に共感を覚えています。

 現在、全ての国民がこの言葉に共感を覚えると自信を持って言えるでしょうか。明日の日本を背負う若い世代、後進に英知を授ける義務を負うシニア層の中には、「自分の生活を守るのが精一杯で、とても公のために身を投げ出す気持ちにはなれない」と思う方も恐らくいらしゃるでしょう。構造改革とは国を「作る」ことに他なりません。新しい気運の台頭を契機として、政策当局には、国作りの具体的方向を示すことが求められています。また、国民全員は国作りに参画することが求められています。国民の皆様の負託に答えるべく、我々も今まで以上に身を引き締めて政策運営に当る所存です。日本経済全体が順調に発展している姿、中央銀行がこの姿をきれいに映し出せるよう一日も早くしたいものです。

 私が申し上げたかったことは以上です。本日はお忙しいところ参集頂きまして厚く御礼申し上げます。

以上