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名古屋での各界代表者との懇談における総裁挨拶要旨

2001年 8月30日
日本銀行

[目次]

1.はじめに

 日本銀行の速水でございます。

 本日は皆様方とお話をする機会が得られましたことを、たいへん光栄に思います。また、平素より、私どもの名古屋支店がたいへんお世話になっております。本席をお借りして厚く御礼申し上げます。

 はじめに私から、若干お時間を頂戴してお話をさせて頂きました後に、皆様方から、最近の経済情勢等につきまして忌憚のないご意見を拝聴し、今後の政策運営に役立てさせて頂きたいと存じます。どうかよろしくお願い申し上げます。

2.最近の金融政策運営について

本年入り後の金融緩和措置

 日本銀行は本年に入り、経済情勢の悪化に対応して、累次にわたり、思いきった金融緩和措置を講じてまいりました。その際、私どもは次の2つのことを強く申し上げてきました。第1に、日本銀行としては、物価の継続的な下落を防止し、持続的な経済成長の基盤を整備するために、中央銀行としてなしうる最大限の努力を続けていく方針であること、第2に、しかし、金融緩和の効果を十分引き出し、経済の持続的な成長を確かなものとするためには、構造改革の進展が不可欠の条件である、ということです。

 私どもが今年に入って講じてきた金融緩和措置の内容は、次の4つにまとめられます。第1に、金融調節の主な対象をコールレートから「日本銀行当座預金」に変更しました。これは、金融機関などが日銀に預けている預金のことで、金融市場における資金の量を表すひとつの指標です。3月にはこの資金供給量をそれまでの4兆円程度から5兆円程度に増額し、今月はさらに6兆円程度に上積みすることを決定しました。第2に、このような新しい金融調節の枠組みを、消費者物価の上昇率が安定的にゼロ%以上となるまで続けることを宣言しました。第3に、大量の資金を円滑に供給するために必要な場合には、長期国債の買い入れを増額することにしました。第4に、「ロンバート型貸出」という新しい日銀貸出の制度を導入しました。

金融緩和措置の効果

 これらはいずれも、既に政策金利の引き下げというオーソドックスな手法を使い尽くした中で、なお金融緩和を押し進めるために、思いきって講じてきた措置です。

 それでは、このような金融緩和措置にどのような効果が期待できるのでしょうか。

 まず、下げ余地が乏しくなっているとはいえ、ターム物など市場金利の低下を促すという径路は残っています。また、ノーリスクでノーリターンの日銀当座預金の供給を増やすことによって、市場参加者が、その資金を社債やCPあるいは外貨資産などに振り向けるという、いわゆるポートフォリオ・リバランス効果も期待されます。実際、このところ、社債市場やCP市場の取引は次第に活発化してきています。さらに、物価の継続的な下落を防ぎ、景気回復を支援するという、日本銀行の断固たる決意を改めて示すことが、人々の期待形成やマインド面にプラスに作用することも期待しています。

 このような緩和策の効果は、金利の引き下げといったオーソドックスな政策と比べれば、必ずしも確実とはいえない面があります。しかし、我々としては、厳しい経済情勢の展開を踏まえると、何らかの効果が期待できる以上、こうした政策に踏み切ることが必要な段階に至ったと判断した次第です。

 「日本銀行は物価の下落を放置している」とか、「デフレを容認している」といった見方があるとすれば、それは全くの誤解です。日本銀行が、世界の中央銀行の歴史に前例をみないような、思いきった政策に踏み切っているという点は、是非ともご理解頂きたいと思います。

金融緩和効果を制約する要因

 しかし同時に申し上げたいことは、物価の安定を確保し、景気回復を確かなものにするためには、きわめて緩和的な金融環境をフルに利用するような政府の政策対応や、民間の前向きな取り組みが不可欠であるということです。

 このことは、近年の日本経済の経験が端的に示しているように思います。例えば、ここ5年間、日本銀行が直接供給するおかねであるマネタリーベースは、年率8%近い高い伸びとなっています。それにもかかわらず、銀行貸出の伸びはマイナスですし、経済成長率は年率1%程度、消費者物価もほぼ横這いにとどまっています。いわば、日本銀行が金融市場にじゃぶじゃぶにおかねを供給しても、それが、金融機関行動や実体経済活動に必ずしも十分に波及しない状況が続いているのです。

物価と金融政策

 ここで、やや視点を変えて、この問題を物価との関係で考えてみたいと思います。

 最近、「物価は貨幣的な現象なので、おかねを増やせばデフレは止まる」という議論がみられます。確かに、数十年といった長い期間をとれば、おかねの量と物価には大まかな対応関係がみられます。しかし、より短期的には、物価は、需給のバランスや海外要因など、多くの要因の影響を受けて変動するものです。今の日本の物価下落が問題となるとすれば、需要不足による物価下落であり、そうであれば、いかに持続的に需要を活性化させるかということが課題となるはずです。

 皆様にとっても、今、経営上の主たる問題は、金利が高過ぎるとか、優良なプロジェクトがあるのに資金がつかないということではなく、やはり、先行きの需要や成長分野の見通しが立たないということではないでしょうか。

 要すれば、デフレを止めるという点でも、私どもの金融緩和政策だけでなく、それをうまく活用するかたちで民間の経済活動が活発化すること、そして、そのための環境を整備する政府の対応が不可欠であるということです。

 現在、強力な金融緩和のもとで、長短金利は殆ど下げ余地のない所まで低下しています。これは、いわゆる「流動性の罠」といわれる状況に近いと考えられます。一般的には、こうした状態では、物価や景気に対しては、需要を直接つけるような政策が強い効果を発揮するといわれています。

 とはいえ、もはや、財政支出の拡大に頼るわけにはいきません。そこで重要となるのが、財政支出の中味の工夫や規制緩和などを通じて、民間需要を喚起する方法です。私は、これこそが構造改革のもっとも大事な側面のひとつであると考えています。

 構造改革というと、まずそのデフレ効果や「痛み」の側面に関心が集まりがちです。しかし、構造改革により、将来の生産性向上や経済成長の展望を開くことができれば、それは現在の人々の支出活動にも好影響を与えるものです。要は、構造改革が本来持つプラスの効果を早めに引っ張り出すような政策対応が大事ではないかと思います。

日本経済の潜在力の発揮に向けて

 もちろん、世界経済の減速といった厳しい外部環境や、日本経済の抱える課題の重さを踏まえると、こうした取り組みは、決して容易なものではありません。しかし、同時に日本経済は、なお十分な潜在力を有していることにも着目する必要があります。

 例えば、日本の個人金融資産は、1400兆円近くに達しています。国全体としても、世界最大の債権国として多額の対外資産を有しており、ここから産み出される所得収支の黒字幅は、最近では、経常収支の黒字の8割を占める規模に上っています。問題は、こうした資産や購買力が、国内での支出の拡大になかなか結びつかず、経済がその潜在力を十分に発揮できない状況が続いていることにあります。

 したがって、日本経済の再生のためには、まず、こうした個人金融資産を活用し、前向きの経済活動に対するリスク・マネーの供給が円滑に行われる環境を整備していくことが重要です。

 そのためには、不良債権問題を早急に処理し、金融システムが資金仲介機能を十分に発揮できるようにしていく必要があります。また、家計の資産選択の多様化を促すような環境の整備も重要です。

 また、民間需要を早期に引っ張り出すには、規制の緩和や撤廃を進め、企業が自由にビジネスを行っていける環境を整えていく必要があります。また、年金など社会保障制度について、家計の持つ不安感を緩和することも重要です。さらに、財政支出の内容を、民間需要を引き出す、いわゆる「クラウド・イン」効果の高いものとしていくことも、重要な課題です。

 この点、政府において、こうした問題意識を踏まえたうえで、構造改革への取り組みが開始されたことは、大変心強く感じています。そうした取り組みと、私どもの金融緩和とが相俟って、皆様方による前向きの経済活動のための環境が整備されていくことを強く期待しております。

3.おわりに

 現在、日本経済は、グローバルなIT分野の調整や、根深い構造問題などを背景に、たいへん厳しい状況にあります。また、こうした動向は、当地の経済にも大きな影響を及ぼしているように思います。

 しかし、振り返りますと、中部経済はこれまでも、持ち前の「ものづくりの伝統」に根ざす技術力と、自己資本を重視する、長期的な視野に立った企業経営を通じて、着実な発展を遂げてこられました。

 そうした当地経済の強さを知る一人として、私は、中部経済が今後とも、只今申し述べましたような特質を生かし、現在の厳しい経済状況を乗り越え、新たな発展を遂げていかれるものと信じております。また、私どもとしては、皆様のご努力を、中央銀行の立場から精一杯サポートしてまいる所存です。

 ご清聴どうもありがとうございました。

以上