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松江市における金融経済懇談会での藤原副総裁挨拶要旨

2001年 9月 6日
日本銀行

[目次]

1.はじめに

 日本銀行の藤原です。本日は皆様ご多忙の中、日本銀行の金融経済懇談会にお集まり頂きまして誠に有難うございます。最初に、この金融経済懇談会について一言ご説明申し上げます。皆様ご承知のとおり、平成10年4月1日に新しい日本銀行法が施行されました。それを契機に、日本銀行では、ボードメンバーである正副総裁、政策委員会審議委員ができる限り頻繁に全国各地を訪問し、各界有識者の皆様に日本銀行の諸施策の内容や趣旨をご説明申し上げてきております。また、懇談会の場では、皆様のご意見、ご要望を直接承って金融政策や日本銀行の組織運営の参考にさせて頂いております。

 本日は、私自身にとりまして、仙台、釧路、広島、福岡、神戸に続いて、6回目の地方での金融経済懇談会となります。山陰地方を訪問するのは初めてのことですが、古くは、古事記や日本書紀に出てくる神話の舞台でありました。また、明治時代には、私同様ジャーナリスト出身の小泉八雲ことラフカディオ・ハーン(当地では「ヘルン」と呼ばれているそうですが)が日本の伝統文化の研究に取り組んだ地でもあるということで、予ねて訪問することを楽しみにしておりました。

 さて、それではまず私から、「最近の金融政策運営」と「当面の金融システム面の課題」につきまして、ご説明させて頂きたいと思います。

2.最近の金融政策運営

本年入り後の思いきった金融緩和措置

 我々は今年に入り、経済情勢の悪化に対応して、たいへん思いきった金融緩和措置を機動的に講じてきました。

 そのポイントは、次の4つにまとめられます。

 まず、金融調節の主な対象を、コールレート—すなわち、金融機関同士が資金をやり取りする際の金利—から、日銀当座預金という「量」に変更しました。日銀当座預金とは、取引の決済や準備預金の積み立てのため、金融機関が日本銀行に預けている預金のことで、金融機関の信用創造の核となる資金です。3月にはこの資金の供給量を、それまでの4兆円程度から5兆円程度に増額し、先月には、さらに6兆円程度に増やすことを決めました。

 第2に、このような新しい金融調節の枠組みを、消費者物価の前年比上昇率が安定的にゼロ%以上となるまで続けることを宣言しました。

 第3に、このような大量の資金を市場に円滑に供給するために必要な場合には、一定の歯止めのもとで、長期国債の買い入れを増額することにしました。この考え方に沿って、先月の日銀当座預金の増額に際し、それまで月4千億円のペースで行ってきた長期国債の買い入れを、月6千億円ペースに増額しました。

 第4に、「ロンバート型貸出」という新しい日銀貸出の制度を導入しました。これは、一定の条件のもとで、金融機関がいざという時に日銀から自動的に貸出を受けられるというものです。この制度は、金融機関が資金繰りに一段と安心感を持てるようになることなどを通じて、金融市場の安定の確保に役立つと考えられます。

金融緩和措置の効果

 これらの金融緩和措置の効果としては、まず、—下げ余地は乏しくなっているとはいえ—ターム物などの金利の低下を促すことが考えられます。

 また、利子のつかない日銀当座預金の供給を増やせば、金融機関などがその資金を使って、社債やCP、外貨資産など、リターンの期待できる様々な資産を買っていくのではないかといった効果も期待されます。

 さらに、物価の継続的な下落を防止し、景気回復を支援するという、日本銀行の断固たる決意を改めて示すことが、人々のマインド面にプラスに作用することも期待しています。

 一方で、このような緩和措置の効果は、金利の引き下げといったオーソドックスな政策手段と比べ、必ずしも確実とはいえないことも確かです。しかし、オーソドックスな手段を使い切ってしまった中にあって、我々は、厳しい経済情勢を踏まえれば、何らかの効果が考えられるこうした政策に敢えて踏み切ることが必要な段階に至ったと判断しました。

 このように我々が、内外の中央銀行の歴史に例をみない政策に踏み切っていることは、是非ともご認識頂きたいと思います。「日本銀行は物価の下落を放置している」といった見方があるとすれば、それは全くの誤解です。我々は今後とも、物価の継続的な下落を防止し、経済の持続的な成長の基盤を整備するため、中央銀行としてなしうる最大限の努力を続けていく方針です。

構造改革の必要性

 ただし、私が只今、「中央銀行としてなしうる」と申し上げましたように、金融面の方策だけで、デフレを防止し、経済の本格回復を実現することには、自ずと限界があります。すなわち、こうした思いきった金融緩和の効果を十分に引き出し、景気の本格的な回復を実現していくためには、構造改革を通じて、緩和的な金融環境を活用するような民間の経済活動を促していくことが、どうしても必要です。

 このことは、近年の日本経済の経験からも明らかです。例えば、ここ5年間、先ほど申し上げた日銀当座預金は、金融緩和の下で、年率12%以上の高い伸びとなっています。また、これに現金を加えたマネタリーベースも、年率8%近い伸びを示しています。それにもかかわらず、経済成長率は年率1%程度、消費者物価もほぼ横這いに止まっています。このように、我々が金融市場にじゃぶじゃぶにおかねを出しても、そうした金融緩和の効果が、経済に十分に波及していかない状況が続いています。

 この点に関連して、最近しばしば聞かれる「インフレ・ターゲティングを採用してはどうか」といったご意見について、ごく簡単に述べたいと思います。

 日本銀行は、金融政策運営の透明性を高める手段としての、本来の意味での「インフレ・ターゲティング」は、一つの勉強課題と位置付けています。しかし、只今申し上げましたように、さまざまな構造問題が残存し、金融緩和の効果がなかなか経済全体に波及しにくい現在の状況の下で、仮にターゲットを設定しても、それを金融政策だけで達成していくことは難しいと考えられます。

 同時に、「消費者物価の上昇率が安定的にゼロ%以上となるまで、現在の思いきった金融緩和の枠組みを続ける」という現在のコミットメントは、「デフレを許容しない」という日本銀行の断固たる姿勢を示すものであることも、強調したいと思います。

 すなわち、インフレ・ターゲティングとは、中央銀行が示すインフレ率の「見通し」が目標値を上回れば引き締めを行う、といった政策運営のやり方といえます。したがって、現実のインフレ率がどのような水準であろうと、インフレ率の「見通し」が高まれば、引き締めが行われ得ることになります。

 一方、我々は現在、インフレ率の「実績値」を用いたコミットメントを行っています。このため市場参加者は、「消費者物価の上昇率がマイナスの間は、現在の思いきった金融緩和の枠組みが変更されることはない」と確信できることになります。こうしたことが、金融市場に強力な緩和効果をもたらしているのです。

日本経済の再生のために

 それでは、こうした強力な金融緩和を活用するような民間の前向きの経済活動を促し、経済の本格回復を実現していくために、具体的に、どのような方策が求められるのでしょうか。

 現在、強力な金融緩和のもとで、金利は殆ど下げ余地のない所まで低下し、経済学の教科書に書かれている「流動性の罠」といった状況に近づいています。そうした下では、金融政策の効果には多くを期待できず、むしろ、需要を直接つけるような政策が有効であるとされています。

 一方で、財政の厳しい現状を踏まえれば、財政支出の量の拡大に頼るわけにはいきません。しかし、そうした中でも、構造改革や財政支出の内容の見直しを通じて、人々が、経済全体の生産性が今後高まっていくと予想すれば、そのことが、現時点での投資活動や消費行動にも、前向きの影響を与えていくと考えられます。このような、財政支出の「質」を見直すといった政策発動の余地は、かなり大きいように思います。

 具体的には、まず、財政支出の内容を、民間需要を引き出す効果がより高く、また、経済全体の生産性の向上により役立つものへと、積極的に見直していくことが重要でしょう。また、これと並行して、規制の緩和や撤廃を進め、企業が自由にビジネスを行っていける環境を整えていく必要があります。さらに、年金など社会保障制度について、人々の持つ将来不安を緩和することも、家計が安心して消費を行えるようにしていく上で、重要となるでしょう。

 また、民間の前向きの経済活動に対し、資金が円滑に供給されていくためには、何といっても、不良債権問題を早急に解決し、金融システムが資金仲介機能を十分に発揮できるようにしていく必要があります。同時に、家計が幅広い金融資産を持ちやすい環境を整備することも、有益であると思います。

 この点、政府において、こうした問題意識を踏まえた上で、構造改革への取り組みが開始されたことは、大変心強く感じています。そうした取り組みと、我々が行っている思いきった金融緩和措置とが相まって、民間による前向きの経済活動のための環境が整備されていくことを、強く期待しています。

3.金融システム関連

 さて、先ほど申し述べたとおり、前向きな経済活動に対して、資金が円滑に流れていくためには、不良債権の問題を早期に克服する必要があります。この点につきまして、若干敷衍して申し上げたいと思います。

 わが国金融機関の多くは、このところ毎年のように年間利益を上回る規模の不良債権の処理を実施してきましたが、それにも拘わらず、新たな不良債権の発生から、足許の不良債権残高はわずかではありますが、むしろ増加しています。

 こうした不良債権問題の最終解決に向けて、政府は6月に決定した「基本方針」の中でも、様々な対応策を打ち出しています。また、先週には、その具体的内容と実施に移されるまでの工程表が示されました。一方、民間サイドでも、「私的整理に関するガイドライン」の最終取り纏め作業が進められるなど、問題解決に向けた努力が続けられています。

 そこで、次なる課題はこうした枠組みも活用しながら、実際に個々の企業の経営問題に正面から取り組み、可能な限りその再生を図っていくことではないかと思います。

 このところの新たな不良債権発生の背後には、景気悪化や地価下落の問題があることは今さら指摘するまでもありませんが、それに加えて、体力に比べ過剰な債務を抱え、構造的な需要シフトにも直面している企業が少なくないという困難な問題があります。

 こうした企業の再生を図っていくうえで、まずは借り手の企業自身の経営再構築に向けた努力が大前提となることは言うまでもありませんが、貸し手の金融機関としても、よきアドバイザーとしての機能も含め、果たし得る役割は少なくないように思います。もちろん、現在のように、企業の経営体力が全般に低下し、担保となり得る資産の価格も低迷している下では、金融機関の対応にも自ずと限界はあります。しかしながら、金融機関として経営が悪化した企業の再建可能性を確信し、資金面でも支援できると判断した場合には、その企業に対し、債権保全面に意を用いつつも、できる限りサポートしていくことは、金融機関に対して本来期待される役割のはずです。

 企業の再生に当り、金融機関の果たすべき役割について申し述べましたが、金融機関自身、不良債権問題以外にも多くの経営上の課題を抱えています。ことに、いわゆる「選択と集中」を通じた収益力の強化は、やや長い目で見ても、非常に大きな課題です。私どもとしては、只今申し述べた企業サイドと金融機関サイド双方の努力が結集され、企業の再生と不良債権の克服という2つの問題が一刻も早く一体的に解決に向かうことを強く期待しています。

4.おわりに

 以上で私からのご説明を終わらせて頂きますが、山陰地方は、昨年、古代神殿の柱跡が発見された出雲大社や、世界文化遺産の候補ともなっている石見銀山など、歴史文化的な遺跡も多く、観光資源に恵まれた土地柄です。また、今後は環日本海地域における経済交流が盛んになってくると予想されますが、当地はその日本側拠点として期待されているところです。ご当地が、こうした地の利を活かして、今まさに始まったばかりの21世紀において、一層の発展を遂げられることを心から祈念しております。

 今後とも、私どもの松江支店が窓口となって皆様方のご意見を拝聴させて頂くとともに、地域経済発展のために十分なコミュニケ−ションをとらせて頂きたいと考えておりますので、どうか宜しくお願い申し上げます。

 ご清聴どうも有り難うございました。

以上