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景気の動きと金融政策運営

新潟県金融経済懇談会における三木審議委員基調説明要旨

2001年 9月13日
日本銀行

[目次]

1.はじめに

 日本銀行の三木です。本日は皆様方と懇談させて頂く機会が得られましたことを、たいへん嬉しく思っております。また、平素より、私どもの新潟支店がたいへんお世話になっております。本席をお借りして厚く御礼申し上げます。

 はじめに私から、若干お時間を頂戴して基調説明をさせて頂いた後に、本日ご参加下さいました皆様方から、最近の経済情勢、金融情勢につきまして忌憚のないご意見を拝聴し、今後の金融政策運営に役立てさせて頂きたいと存じます。どうかよろしくお願い申し上げます。

2.景気の動き

(1)総括感

 まず景気の総括感から述べますと、経済はなお後戻り状態を続けています。4~6月の実質GDPは前期比で−0.8%(年率−3.2%)となりましたが、更に7月、8月、9月と、月を追う毎に需要、生産ともに悪化しています。業種別にみても、引続き、自動車・造船を除き、すべての業種が悪化しています。今の状況から判断すると、年末に向けて、景気はなお後戻りを続けるリスクが大きく、厳しい経済情勢が続くことは避けられない見通しです。

 ここにきて経済情勢がさらに厳しさを強めているのは、大きく捉えれば、以下4つの動きが重なった結果と言えるかと思います。

 第一に、「公共投資、輸出による景気の下支えから民需へのスイッチ」というシナリオが大きくずれ込み、在庫調整圧力を抱えたまま生産は減少、そこへ物価下落で企業収益がダメージを受けていること、

 第二に、構造調整問題と不良債権問題の解決がなお道半ばで、企業部門は過剰債務、過剰設備、過剰雇用の圧縮というバランスシート調整をなお進めねばならない段階であること、

 第三に、経済のグローバル化でメガコンペティションが一段と進展する中で、中国を中心に海外生産シフトがここにきて急速に進み、国内産業空洞化の動きに拍車がかかっていること、

 第四に、米国のITバブル崩壊で同時減速となった世界景気の回復見通しが後ずれを続けていることです。9月11日に起きたアメリカに対する同時多発テロは誠に許し難い。また、アメリカ国民にとって誠に不幸な事件であります。ブッシュ大統領はこれをアメリカに対する戦争だと言っておられますが、この意味はアメリカのみならず民主主義世界を巻き込む影響を示唆していると思います。今や政治、経済、社会は不可分の関わりを持っています。金融経済の面で最も懸念されるのは原油高、株式市場だと思います。

 日本銀行は資金決済の円滑と安定のため潤沢な流動性の供給に万全を期しています。昨日の当座預金残高は8兆3千億円を目指して金融調節を行いました。引続き今後も万全の体制を組みます。

(2)主要ポイント

 以下、景気をみる上での主たるポイントを6点整理しておきます。

(i)設備投資の落ち込み

 第一が、建設投資の急激な落ち込みです。これは、足元の景気悪化に一番響いていると言ってもいいかもしれません。ビジネスの一極集中化が進む中で、建設需要も主要拠点に集中し、その他地域が不振を極めているのが最近の特徴です。

 具体的には、首都圏一極集中化の中で、今、首都圏では再開発による約60棟のビルが建築中で至るところにクレーンが目立っています。しかし、地方を見ますと、札幌、福岡では動きがみられますが、大阪、名古屋ではビル建築用クレーンは殆ど見かけませんし、当地新潟も含め地方全般に建築需要が急激に落ち込んでいます。

 この結果、平成13年の建築着工床面積(非住宅ベース)は、S42年レベル(6,217万m2/年)まで落ち込むとの試算もあります。こうした建設不振を受け、鉄鋼、石油化学、紙パ等の素材産業が軒並み悪影響を受けています。

 この間、機械関係の設備投資をみますと、IT関連の減少から始まって、今は大方の産業で、企業収益の大幅悪化、需要見通しの先行き不透明感を背景に明らかに減少してきています。先行きの減少基調も避けられない見通しです。

(ii)在庫調整の長期化

 第二が在庫調整の長期化です。まず、IT関連産業の在庫調整が継続しています。世界のIT関連産業、とりわけ半導体、電子部品等の需要が急激に冷え込んだことがなお響いています。

 中でも、携帯電話の減産の影響が目立ちます。携帯電話の世界需要がここ数年急拡大する(99年2.7億台→00年4.1億台)中で、当初、01年は5億台超との業界見通しでしたが、今は一挙に3.9億台まで下方修正されています。携帯電話部品の約3割は日本メーカー製と言われていますが、各社とも需要拡大を当て込んで設備増強したところへ、大きく減産となり、在庫増加、設備休止で企業収益が大きなダメージを受けました。

 現状、IT関連財に対する需要回復の目途は見えず、調整完了のタイミングは後ずれしており、生産回復の時期はなお不透明です。ただ、IT関連産業は21世紀のリーディング・インダストリーであることに変わりはなく、長い目でみれば右肩上がりの産業であることは間違いありません。今は、その中で一時的な踊り場であり、調整完了後は再び右肩上がりのトレンドへ戻ることが見込まれます。回復トレンドに戻るには、調整が完了した上で、次世代商品による需要刺激が鍵になると思われます。

 一方、IT以外のトラディショナル・ビジネスの在庫調整もなお続いています。特に、製造業の最も川上に当たる素材産業である鉄鋼、石油化学、紙パは調整色を強めています。在庫増は止まりましたが、需要が弱いため、在庫が中々減らず、在庫調整が長引かざるを得ないという状況です。

 素材産業の中で、産業界に最も幅広くユーザーを抱える「鉄」の状況をみますと、「今年度中の回復は困難、調整完了は来年度上期以降」とかなり暗めの見通しです。今のところ、川下の加工・組立産業に在庫調整の動きが波及していないのは救いです。

(iii)個人消費は平時

 第三に、個人消費は、今のところは、「好況でも不況でもない、普通の状態」、つまり「平時」を保っているという点です。

 確かに、ミクロベースでみると、(1)消費構造変化(安価品、新技術・新機能商品等のニーズは大きい。モノからサービスへの動きもある)、(2)消費飽和感(消費者に商品が行き渡り、欲しいものがない状態)、(3)当面の生活に不安はないが将来不安が大(雇用・賃金不安、老後不安、年金・医療等の社会保障不安)という中で、「売れる商品・売れない商品」、「売れる企業と売れない企業」の二極分化状態になっています。また、マクロの消費統計をみますと、勤労者世帯の消費支出(実質ベース)は3ヶ月連続のマイナスとなっています。こういう点からみますと、確かに個人消費の評価としては強弱入り交じりの状態になるかと思います。

 しかし、(1)消費財の供給量をみると、緩やかな回復基調にあり、レベルも今次不況の前の96~97年レベルを回復していること、(2)家計の所得は下げ止まるとともに、所得に見合って消費をする、いわば“身の丈に合わせた消費スタンス”を概ね堅持していること、(3)家計の体力をみると、家計の借入金残高は前年比ゼロ近傍と債務負担増が止まっているほか、借入金の対金融資産比率も20%台半ばまで低下していることから、家計のバランスシート調整による消費の下押し圧力は小さくなっていることが指摘できます。こうした点を踏まえると、まだ家計には余裕があり、消費は「平時状態」との評価をなお続けてよいと思っています。現に、2000年の消費支出をみると、一世帯当たりは−0.6%となりましたが、これは少子・高齢化の動きで世帯当たり人数が減っているため、一人当たりの消費に換算すれば、消費は+1.1%とむしろ微増になっています。なお、消費は平時ですが、海外生産シフトの影響でなかなか国内生産には跳ねない点には注意が必要です。

 問題は先行きです。今は「消費は平時」とは言っても、ここにきて雇用不安、株価下落を背景に、消費マインドがやや悪化してきている点が懸念されます。また、所得面でも、時間外給与が減少しているほか、年末の賞与減少は避けられない情勢にあります。今後とも「平時」という評価を継続できるか注意が必要な局面に来ました。今後は、消費が下振れしていくリスクに注意したいと思います。

(iv)米国経済の回復先送り

 第四が、米国経済の回復のタイミングが徐々に先送りされている点です。

 米国経済は、今のところ、家計セクターはまずまず堅調で、個人消費、住宅とも大きな落ち込みはみられませんが、企業セクターは悪化傾向を強めており、設備投資の減少が目立ってきました。世間では、IT関連産業の悪さに関心が集まっているようですが、製造業全般に急速に景気悪化色が広がってきました。

 特に、米国産業を支える自動車産業の悪化が目立ちます。今のところ、2001年は年率1,650万台前後と過去3番目の水準になる見通しですが、実情は日本車等の販売好調によるもので、米国車は既に販売不振をかこっており、高額のインセンティブ(販売促進費)を付けてようやく落ち込みを防いでいます。業界の話では「米国では1台当たりのインセンティブが2千ドルを上回ると生産調整に入る」というのが過去の経験則であり、既に7月から2千ドルを超えたとのことですので、要注意です。

 こうした中で、米国製造業界からは「ドル高政策」の修正を迫る声が急速に出つつある点には注意が必要です。ブッシュ政権は製造業を有力な支持基盤にしているだけに、製造業の声には敏感です。既に、鉄鋼などはダンピング問題で日本の米国向け輸出は殆どストップしています。さらにドル高・円安が進むような動きになれば、複数の業種に輸入規制が広がりかねない微妙な局面にあり、為替は米国政府にとって、大きな関心事になってきました。

 最近、金融調節の一手段としての「外貨資産購入による意図的な円安誘導」を求める意見が世間に聞かれますが、これは米国産業界の空気の変化に注意を払わない乱暴な議論です。為替は常に相手のある問題であり、日本国内だけの問題ではありません。為替の経済に与える影響を考えると、常に政治問題化するリスクがあることを忘れてはなりません。

 メガコンペティション、連結経営の中で、産業界にとってファンダメンタルズを反映した為替の安定が何よりも大事であり、為替相場の急激な変動は避けるべきです。特に、産業界は、今、グローバルなマーケットでの生き残りを賭けて国際競争力コストの達成を目指して、リストラで凌ぎを削っている真っ最中だけに、尚更、為替の安定を求めています。為替がファンダメンタルズを反映したレンジで推移している限り、市場原理を尊重することが重要です。

(v)海外生産シフトの加速

 第五が、情報通信、IT関連、家電等の産業における、海外、特に中国への生産シフトが加速している点です。東南アジア各国へ進出していた日系企業でも、主要拠点を一部残して、他は中国に工場をシフトする動きもみられます。わが国経済を支える主要産業の一つ、自動車産業でも、「日本で生産・中国へ輸出」という体制から、「今後の最大の市場である中国での現地生産」へ切り替える計画を進めています。

 こうした動きを受け、わが国経済は、仕事量の減少、さらに海外安値品の流入による価格下落圧力という、“2つのデフレ・インパクト”をもろに受ける姿になっています。しかし、消費マーケットや生産コストの最も安い場所を睨んで企業が最適立地を求めるのは、グローバル経営の中で当然の動きです。

 中国シフトが加速する要因としては、(1)低賃金、(2)低地価、(3)現地中小企業の品質向上に加え、(4)中国元の事実上のドル・ペッグ制がなお続いていることも、大きな要因です。中国元については、かつては、切り下げ懸念が常に強い通貨でしたが、今はその逆で、中国元の実質価値は相当強いように思われます。WTO加盟を実現し、早期に為替・資本市場の自由化を行い、中国元の相場を市場実勢化してフェアな中で国際競争をしないと、日本や東南アジアの実体経済は打撃を受け続けることになると思います。

(vi)企業収益の悪化

 第六が、企業収益の悪化です。需要低迷で生産の量が落ち、価格下落が止まりません。この結果、9月期中間決算ではかなりダメージを受けることは間違いありません。既に松下、東芝、日立等の大手家電・重電メーカーが、大規模なリストラ策と共に業績見通しの下方修正を公表しましたが、今やIT関連から始まって鉄鋼業等素材産業まで、その厳しい姿が明らかになってきています。

3.物価下落の問題

(1)物価下落の現状と問題点

 今、物価下落が、日本経済にとって非常に大きな問題になってきました。消費者物価指数(生鮮除く、総合ベース)の前年同月比をみると、8月・東京都区部で−1.2%と23ヶ月連続のマイナス、7月・全国で−0.9%と22ヶ月連続のマイナスになりました。また、8月・卸売り物価指数の前年同月比は−0.9%と11ヶ月連続のマイナスになりました。

 物価下落は、価格下落が企業収益の減少に直結するほか、債務者の実質債務負担を強めることになりかねません。「物価の安定を図ることを通じて国民経済の健全な発展に資する」ことを求められる日本銀行としては、「デフレからの脱却」──デフレとは政府の定義によれば「持続的な物価下落」──これが、今、最大の課題と言えます。

(2)良い物価下落と悪い物価下落

 まず、足元で起こっている物価下落を、原因別に大きく分けると、「良い物価下落」と「悪い物価下落」に分かれると思います。

 まず、「良い物価下落」から具体例をみますと、第一が、技術革新や生産性向上による価格下落です。例えば、半導体生産技術の向上等を背景に、パソコン・メーカーでは、製品の高性能化を実現しつつ、大幅な製品値下げを実現させています。

 第二は、高コスト体質の是正による価格下落です。昨年、大手自動車メーカーによる原価低減戦略を契機に、他の自動車、家電等にも同様の動きが波及、さらにわが国産業界全般に、素材や部品の値下げの動きが一挙に広がりました。また、ITによる物流合理化などを駆使して、国際水平分業を行い、中国等から安値品を輸入して価格下落を実現する動きもみられます。例えば、今や安値衣料品の代名詞ともなった「ユニクロ」はその一例です。

 こうした動きは、貿易財・非貿易財ともにみられます。貿易財は早くから国際競争の中でコスト削減を進めてきましたが、最近はメガコンペティションの中で、国際競争力コストで戦えるよう、構造調整、リストラに一段と取り組まざるを得ません。一方、非貿易財は、長らく規制や保護行政に守られ、高コスト体質にメスが入りませんでしたが、規制緩和、構造改革で否応なく、非製造業は体質改善に取り組む過程にあります。

 結局、これらの価格下落は、グローバル・ベースでみて、日本のコスト(電力・通信費、原材料・部品、人件費、地価等)が割高であり、内外価格差を詰めざるを得ないという現実があるからこそ起こったものです。その意味で、この価格下落は “国際競争価格への鞘寄せ”と言えます。

 こうした価格下落については、消費者等の経済主体が同じモノをより安く購入でき、実質所得増加につながりますから、国民経済としては望ましい姿である以上、「良い価格下落」と評価せざるを得ません。勿論、値下げに直面する企業は苦しい事態ですが、経済のグローバル化により国際競争が強まる中で、経済成長のためには避けては通れない構造的な価格下落です。

 一方、「悪い価格下落」とは、「需給のアンバランスから起こる価格下落」です。景気低迷による需要不足や供給過剰からくる価格下落です。そして、本来、経済構造の変化に合わせ、生産性の低い企業が市場淘汰されていくのは不可避の流れですが、ここ数年、構造改革が先送りされ、本来淘汰されるべき企業が生き残ってきました。この結果、こうした先が生き残りをかけて、適正コスト以下の安売りに走る傾向もみられます。建設業界の適正コストを無視した安値受注はその一例です。こうした価格下落は勝ち組企業にも打撃を与えている点が問題です。その意味で「需給バランスの崩れによる物価下落」は、誰のメリットにもならず、避けなければならない悪い価格下落と言えます。

(3)物価下落の考え方

 以上、物価下落を「悪い物価下落」と「良い物価下落」とに分けましたが、マクロ的な影響という観点からは必ずしもこうした単純な割り切りはできません。例えば、たとえ良い価格下落であっても、過剰債務を抱える企業、国、地方にとっては、実質的な債務負担増加につながることは変わりはなく、多かれ少なかれダメージを被らざるを得ません。大事なポイントは、「物価下落を伴ないつつも、経済全体で見て健全な経済成長を達成しうる基盤がなお維持されているかどうか」です。

 従って、中央銀行としては、物価下落の中身のみならず、その下落スピードや程度、更に物価下落が「経済成長に資する価格下落か」それとも「経済成長と整合的でない価格下落か」、こうした点にも注意を払いながら物価動向をみていくことが必要と思っています。

(4)悪い物価下落を止めるために

 そこで、今直面している「悪い物価下落をどうすれば止められるのか」という点です。

 “価格は需給バランスで決まる”という点からすれば、需給バランスを回復させることが基本です。第一に、需要が少ないということであれば、総需要をつくることが求められます。これは財政出動です。財政赤字をこれ以上増やす訳にはいかない日本の現状からは、乗数効果のある“質の財政出動”であり、それにより民需を刺激し、新規需要を持続的に誘発していくような公共事業に転換することが求められます。第二に、供給過多ということでは、これこそが今求められている過剰設備、過剰債務、過剰雇用を落とし、構造改革を進めることです。

 一方、マネタリーな側面では、「金融緩和の浸透」が不可欠です。実体経済にマネーが行き渡り、そのマネーが実際に使われて、モノやサービスの需要増加につながってこそ、はじめて物価に跳ね返ってくるからです。

 わが国の金融システムでは、実体経済にマネーを行き渡らせる役割を担うのは金融機関ですから、日本銀行としては、金融機関の金融仲介活動、信用創造機能が円滑に行えるような環境を最大限整えることが必要です。そこで、短期の名目金利をほぼゼロにし、同時に流動性を更に潤沢に供給することで対応しています。具体的には、3月に量的ターゲットによる金融緩和に踏み切り、金融機関の当座預金残高をこれまでの4兆円から5兆円に増額、更に8月にはこれを6兆円に増額しました。しかしながら、効果は今一つです。

4.ベースマネー、貸出、マネーサプライの不連続

(1)金融市場の状況

 「日銀が供給するベースマネーが伸びれば、貸出が増え、マネーサプライの伸びを促す」──これが世間一般に想定されている金融緩和の姿かと思います。しかし、現実に過去5年間(95年~00年)の年平均増加率をみると、ベースマネー+7.9%に対し、貸出−0.4%、マネーサプライ+3.3%と不連続になっています。

 日本の金融システムでは、資本市場を使う直接金融ルートはなお脇役であり、中核は引続き金融機関が資金仲介を担う間接金融です。この間接金融は、機能的には「日銀と金融機関」、「金融機関と企業・家計」との2段階から構成されていますが、不連続の一つの背景は、各々の段階で異なる金融環境になってしまっているためです。

 まず「日銀と金融機関」の間をみますと、日銀の実質ゼロ金利政策と潤沢な資金供給で、オーバーナイト物はほぼゼロ、短期のターム物金利は過去最低レベルで推移していますし、長期金利も超低位水準にあり、イールドカーブはフラットに近くなっています。金融機関は、ジャブジャブの資金を国債市場等に回さざるを得ず、カネが金融市場の中で空回りしている状況です。

 これに対し「金融機関と企業・家計」の間には、こうした資金余剰感が伝播していません。まず“貸す側(金融機関側)”では、不良債権がなかなか減らない状況の中、信用リスクの面から常に自己資本に不安を持たざるを得ないことを背景に、リスクテイク能力が必ずしも十分に機能していません。不良債権について適正な引当てを済ませているとはいえ、景気悪化で否応なく企業業績が悪化し、貸出資産の劣化が進んでいるほか、地価下落で担保価値が目減りし、二次ロス発生懸念が高まる懸念もあります。このため不良債権処理は“逃げ水現象”のように、いくらやっても、なかなか減りません。この結果、どうしても自己資本の目減り現象が起き、金融機関は信用リスクのやや高い先への貸出が及び腰になっています。「今悪くても、将来業績回復が見込める、生きられる企業かどうか」をきちっと評価して、そこにはリスクテイクするのが本来の信用創造機能です。オフバランス化等による不良債権の切り離し、要注意先への厚めの引当て、自己資本充実のための公的資本注入が求められる所以です。一方、“借りる側(企業側)”をみると、借入需要自体が細っています。バランスシート調整の中で、企業は高水準のキャッシュフローを債務返済に回すのが最優先になっているからです。そして「需要がないところに、設備投資はない」というのが、今の経済の姿です。

 なお、資本市場では、資金運用難の中で、機関投資家や企業が低格付のCP、社債を積極的に購入する動きが続いており、企業は極めて低スプレッドで資本市場から資金調達できる状況が確保されています。この面では、量的緩和の効果がかなり出ていると言えます。

 以上を踏まえると、結局、実体経済にカネが回らないのは、「流動性不足のためではない」、「流動性不足が金融仲介の制約になっていない」ということが言えるかと思います。また、金融政策の面からいえば、「金融市場は更なる流動性を求めているわけではない」ということです。

 結局、金融市場を鳥瞰的にみると、日本銀行の供給した流動性は、まだ実体経済に殆ど流れず、短期金融市場や債券市場で滞留する姿になっています。これが、日銀の量的緩和策の効果が十分発揮されない状況──ベースマネーの増加が、貸出・マネーサプライの増加につながらない状況の背景です。ただ、我々は現状をよしとみているわけでは決してありません。「我々には、実体経済に有効にカネを流すような金融緩和策が求められている」──この点を常に念頭においています。

(2)リスク・シナリオ

 金融資本市場の動きで注意すべき点が、ここにきての急激な株安です。株安が問題なのは、第一は、景気悪化リスクです。まず、株安による逆資産効果で家計の消費が落ち込むことが懸念されます。また、株式の含み益は往々にして負の遺産の処理原資に使われてきただけに、今後、含み益が枯渇していくことで構造改革や不良債権処理の解決を先延ばしするリスクも想定されます。また、株安は企業・家計のマインド悪化も招きかねません。

 問題の第二は、国債と株式の同時下落リスクです。今、銀行の手元には相当高水準の国債が積み上がっています。貸出低迷の中で、銀行は集まる預金を国債運用に回さざるを得ない状況が続いてきたためです。問題は、急激な株安で銀行の収益と自己資本の毀損(株式の時価評価で剰余金が侵食)が否応なく進行していることです。これは、銀行が「保有国債の価格変動リスクに耐えうるだけの体力」を徐々に弱め、国債を保有しづらくなることを意味します。この結果、マクロ的には、株安が進めば進むほど、機械的に国債売却圧力(長期金利上昇圧力)が高まってしまう状況にあることには要注意です。特に、国債市場が暴落した場合には、国債が第二の不良債権になりかねず、金融システム不安にもつながりかねません。

 今後の国債マーケットを展望すると、国債増発による需給バランスの崩れや、銀行の時価会計導入も懸念材料ですが、市場のセンチメントにもこれまで以上の留意が必要であると思います。第一が、「日銀の長期国債買切り増額」が、「国債増発への道を開き、やがては財政赤字拡大、国の信認悪化(格付引き下げ)につながるのでは」という不安感、又「将来インフレをもたらすのでは」という不安感につながる恐れはないか、第二にインフレ・ターゲティング導入で、「インフレが起こるのでは」という漠たる不安感が広がってくる可能性はないかという点です。これらの点は、今後の金融政策を行う上で、長期金利上昇につながるリスクとして、より注意を払っていくべきポイントになると思われます。

5.日本経済の直面する課題

 日本経済の直面している課題は、「デフレからの脱却、そして景気の回復へ」、「不良債権処理と構造改革」、「財政赤字対策」です。

 構造改革を放置すれば、生産性の低い産業構造を延命させ、産業構造の転換を遅らせ、わが国の国際競争力を落とすことになります。また、過剰設備、過剰雇用といった過剰供給能力を温存したままでは、先程述べたように、物価下落は止まりませんし、勝ち組企業の体力消耗につながります。

  また、不良債権処理を遅らせると、金融がグローバル化する中では、いずれわが国の銀行は再び国際金融市場や株式市場の中で打たれてしまうことになりかねません。格付けが低下し、株式が売り浴びせられ、資金調達が困難化し、最後は預金流出となり、営業継続が困難化した長銀、拓銀の二の舞になりかねません。金融システム不安の再来です。

 構造調整問題、不良債権問題の処理のプロセスではデフレ圧力が副作用として伴いますが、それを耐えて乗り切ることが求められていると思います。一日処理を遅らせれば、そのツケはさらに大きくなります。

 こうした状況に対して、財政、金融、民間の各セクターが「出来るだけ足並みを揃えて、整合的に対応する」ということが大事になってきますが、社会主義国でない以上、一斉に同時対応することは不可能です。そうなれば、やれるところが、やれるときに、やるべきことをやっていく姿勢が重要です。そして、最後の姿は、財政、金融、民間の“三者合わせ技”で取り組むことしか、乗り切る方法はないと思います。

 基本は、市場原理の中での民間の自助努力であり、政府の役割は、税制面のサポート、規制緩和、雇用流動化等のセーフティーネット、新産業育成、質の財政出動など環境整備に徹することに尽きます。その上で、家計、企業の先行き不安を解消するため、政府は財政赤字、年金、医療等の社会保障、不良債権処理による金融システム安定化等について、先行きの道筋がみえるスケッチを明示することが重要です。又、金融政策は、政府の政策と整合性を確保してデフレ・ファイターとしての姿勢をはっきりさせることが重要です。このことが、企業や家計の期待に応えることになり、前向きな経済活動を促すことに役立ちます。

6.当面の金融政策運営

(1)インフレ・ターゲティング論について

 「デフレからの脱却」のためにインフレ・ターゲティングを求める声が強まっていますが、問題は、インフレ・ターゲットという言葉が一人歩きし、「物価安定を目指す物価目標」と「調整インフレ」が混同され、定義が曖昧なまま議論が錯綜している点です。

 本来、インフレ・ターゲットは、(1)物価の安定を目的として、(2)期限を設けて、(3)目標として具体的な物価上昇率を数値化するものです。従って、その目標は、「物価安定」すなわち「インフレでもない、デフレでもない、ゼロ近傍」ということにならざるを得ません。

 これに対し、調整インフレ策は、目標として定める物価上昇率を意識的に高めに設定して、「物価の安定」ではなく、「物価上昇、すなわちインフレ」を直接の狙いとするもので、そのためには何でもありの手段を使うというものです。

 インフレは、企業や政府の債務負担の軽減につながる反面、家計の金融資産の目減りや実質所得の減少を招き、経済に不平等な所得再分配を招きます。結局、長い目でみれば、企業収益改善にもつながらず、資源配分を非効率にするだけです。今、日本経済に求められているのは、「経済成長に資する効率的な資源配分による産業構造の再構築」であり、それこそが構造改革です。日銀としては、物価安定を使命とする以上、調整インフレ策を取る意志は毛頭ありません。

 問題は、「物価の安定とは」といった場合の「物価目標のレベル」、そしてそれを実現するための「手段」です。第一に、構造調整を抱え、構造的な物価下落圧力がなお続く中での「物価目標のレベル」はどうあるべきかという点。第二に、名目金利がほぼゼロになり、量を出しても企業金融にダイレクトに効果が浸透しない、つまり経済が不良債権処理と構造改革を抱えている中で、物価をマイナス状態から上げていく手段について、技術的にも、コントローラビリティーの面でも問題があります。これは、平時に導入すべき政策で、今の日本ではまずデフレを止め、その後経済、社会、政治情勢に望ましい物価目標を決めることではないかと思います。

 現在の量的緩和策では、「消費者物価指数(全国、除く生鮮食品)の前年比上昇率が安定的にゼロ%以上となるまで、現行の量的ターゲットによる調節方式を継続する」ことをコミットしています。これは、本来の意味でのインフレ・ターゲットとは、目標の達成期限を定めていない点などで違いがありますが、事実上殆ど同じ意味の政策と言えます。ただ、金融政策の透明性を高めるという点からも、「物価の安定」を図るための具体的目標としての物価目標の数値化は、引続き検討課題です。

(2)当面の金融政策

 今の日本経済の置かれている状況では、現在の「名目金利を事実上ゼロにした上で、量的ターゲットを設けて流動性を潤沢に供給する金融政策」は、実体経済になかなか効果が浸透しない姿ではありますが、現在の金融政策は“株、債券等の資産価格形成”や“企業や家計の期待”に働きかけるルートもあるのではないかと思います。期待に働きかけるとなると、(1)政策当局の意志の強さ、(2)スピード感、(3)タイミングが重要になってくると思います。そして、いざ需要に火が点けば、今の金融政策はかなり強力な効果を発揮することは間違いありません。

 こういう中で、今は「物価目標をどうするか」ではなく、「物価下落を止めるために如何なる手段が残されているのか」──これが日銀の金融政策として問われている場面かと思います。この点、デフレ・ファイターとして、金融政策として出来得ることは何が残されているのか、引続き政策委員会の場で議論・検討を続けていくことは言うまでもありません。

 金融調節は、金融機関の保有する資産を買い取って、カネを出すのが基本です。(1)国の信認、(2)セントラルバンクの信認、(3)銀行券・円の信認──これら3つの信認を堅持しながら、「健全な資産の買い取り」、「健全な資産を担保とした資金供給」をすることが原則です。金融政策としての、健全な手法による資金供給には限界があります。程度の差こそあれ不健全な領域が目の前に迫ってくる可能性が一切ないとは言い切れません。しかし、如何なる場合でも、国の信認、セントラルバンクの信認、銀行券・円の信認を堅持しながら、企業・家計のマーケットに有効にマネーが流れることを念頭に置いて、何を、どこに、どういう形で資金供給をするか──これが今、日銀に求められる金融政策です。

7.結びにかえて

 本日はやや厳しい話題になりましたが、いつまでも、こうした状況が続くわけではありません。バランスシート調整、構造調整の進展により、経済には次なる飛躍に向かう力が着実に蓄積され続けていくものと思います。

 日本の国力をここまで高めてきたのは、製造業の力が大きかったことは言うまでもありません。製造業の“力の源泉”は“技術・コスト・知恵”です。今は、逆境の中で、あたかも日本の製造業が力を喪失したかのような錯覚に陥りかねません。しかし、日本の製造業から“技術・コスト・知恵”が失われたわけでは決してないと思います。外からは見えませんが、企業の中に、必ずや将来の開花のときを待って、着実に育っていっている力があるものと思います。今、必要なのは、今の逆境に対して勇気を持って立ち向かいながら、いかに“技術、コスト、知恵”を駆使して、経済成長の活路を見出せるかだと思います。

 この点、当地・越後の先人に学ぶべき面も少なくないと思います。当地・新潟は今では随分少なくなってきたとはいえ、昔から「雪」との関わりが大きな地域であり、雪は人々の生活に多大な障害になってきました。しかし、先人は、この逆境を知恵と努力で乗り越え、当地独自の産業と文化を育ててまいりました。越後平野の新田開発や大河津分水は、「雪」という逆境を産業・社会インフラに転換させた例の一つであり、これらは今日でも新潟経済の基盤となっています。また、18世紀の半ば、越後魚沼の雪深い地に生まれ、全国にその名を知られた“縮”は、布を雪にさらすことで生まれた伝統の技です。越後・塩沢の人・鈴木牧之は有名な「北越雪譜」の中で、「雪中に織り、雪水にそそぎ、雪上にさらす、雪ありて縮あり、されば、越後縮は雪と人と気力相半ばして名産の名あり」と述べています。また、雪解け水は伏流水となりますが、これが越後のうまい酒造りに活用されていることはいうまでもありません。

 今改めて、越後の先人にならって、日本全体が逆境の中を努力していく局面にきているのではないかと思います。

以上