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全国証券大会総裁挨拶要旨

2001年 9月20日
日本銀行

 本日は、全国証券大会にお招き頂き、まことにありがとうございます。証券業界の皆様には、日頃から、私ども日本銀行の政策や、業務運営について多大なるご協力を賜り、厚くお礼申し上げます。

 本日ご参加の皆様のなかには、何らかのかたちで、米国におけるテロ事件の被害、影響を受けられた方も、おられることと存じます。本席を借りまして、心よりお見舞いを申し上げます。また、この間の、資本市場の機能の維持と、取引の円滑な執行に向けた、皆様方のひとかたならぬご努力に、敬意を表したいと思います。

 本日は、最近の経済情勢ならびに金融資本市場の課題などに関しまして、私どもの考えを申し述べ、ご挨拶に代えたいと存じます。

 世界経済の動向をみますと、昨年秋以降、米国に端を発したIT分野における急激な調整が、各国に波及するというかたちで、世界経済全体として、たいへん厳しい情勢になってきております。わが国においても、本年に入って、輸出の落ち込みを起点に生産が減少に転じ、最近では、その影響が雇用や所得面を通じて家計部門にも拡がり始めています。こうした需要の弱さを反映して、物価も下落傾向が続いています。

 また、昨年来、わが国のみならず、世界的に株価の下落が続いていますが、これもIT分野のグローバルな調整という共通の要因が背景にあると考えられます。

 このように、世界的に経済情勢の厳しさが増しつつあるなかで、さる9月11日、米国における同時多発テロという、たいへん衝撃的な、また痛ましい事件が発生しました。この事件が、今後、米国だけでなく世界の金融資本市場や経済活動に、どのような影響を与えるのか、現段階で即断はできませんが、まずは何よりも、金融資本市場の混乱を防ぐということが、危機管理の重要な課題となります。

 この点、各国の中央銀行による迅速な対応や、関係者の懸命な努力により、これまでのところ、わが国も含め、各国の金融資本市場における取引や決済の混乱は避けられています。また、今週17日に、こうした厳しい情勢の中で、ニューヨーク証券取引所が再開されたことは、たいへん勇気づけられるニュースでありました。

 この間、日本銀行も、海外中央銀行と密接な連絡をとりつつ、迅速な対応に努めてきております。すなわち、事件発生後、ただちに危機対策本部を設置し、円滑な資金決済と金融市場の安定確保に向けて、必要な対応を取るべく、万全の体制を整えました。そして、事件発生後、世界で最初に開いた東京市場では、2兆円にのぼる大量資金供給を機動的に実施し、日銀当座預金残高を8兆円にまで引き上げました。

 さらに、一昨日の金融政策決定会合では、金融政策運営面での新たな対応を決定しました。第一に、当面、日銀当座預金残高について、具体的な目標金額を特定せず、市場が必要とする資金を機動的にかつ潤沢に供給していくこととしました。第二に、公定歩合を0.15%引き下げ、0.1%にしました。第三に、9月末越えに向けた臨時措置として、ロンバート型貸付制度による借り入れ可能日数を増やしました。

 日本銀行は、本年に入り、物価の継続的な下落を防止し、持続的な経済成長の基盤を整えるという観点から、思い切った金融緩和措置を講じてきています。しかし、今回の事件を契機に、万が一にも、資金決済の円滑や金融市場の安定が損なわれるような事態になりますと、そうした思い切った金融緩和措置の効果の浸透に、支障を来たすおそれがあります。一昨日の決定は、こうした点を踏まえ、金融市場の安定を確保するとともに、金融緩和のより強力な効果浸透を図る、という観点から講じたものです。

 日本銀行としては、今後とも、日本経済の安定的かつ持続的な成長の基盤を整備するため、中央銀行としてなしうる最大限の努力を続けていく方針です。しかし、同時に、金融緩和の効果が十分に発揮されるためには、不良債権問題の解決を始め、金融システム面や経済・産業面での構造改革の進展が不可欠です。

 現在、日本銀行は金融市場にきわめて潤沢な資金供給を行っており、金利は歴史的な超低水準となっています。しかし、様々な構造問題が残存するもとで、強力な金融緩和効果がなかなか波及していかない状態が続いています。こうした状況を打開するためには、潤沢な資金や歴史的な超低金利を、うまく利用するような経済活動を引き出していくことが必要です。例えば、財政支出の内容を、民間需要を引き出す効果が高く、また経済全体の生産性向上に役立つものに見直していくことは大事な課題です。規制緩和や特殊法人改革などによって、企業のビジネス・チャンスを広げていくことも重要でしょう。また、年金制度などについて、人々の将来の不安を緩和するような設計を提示し、家計が安心して消費を行える環境を作っていくことも重要です。

 さらに、市場経済の持つイノベーションの力を最大限活用していくという観点から、金融資本市場の役割もたいへん重要です。そこで、残る時間を使って、この面で取組むべき課題について、若干申し述べたいと思います。

 ご承知のとおり、わが国は1400兆円にも上る個人の金融資産を有していますが、これはわが国経済の潜在力の源泉とも言えるものです。これを、前向きな経済活動のために有効かつ効率的に活用していくうえで、重要な役割を担うのが金融資本市場です。

 わが国では、これまで銀行を中心とする間接金融が、信用仲介の面で大きな役割を果たしてきました。個人の金融資産は、多くが預貯金の形で運用されており、企業の資金調達も、なお銀行借入れが主体です。しかしながら、近年の経験が示すとおり、間接金融に大きく依存した金融構造のもとでは、信用仲介機能がその担い手である銀行の健全性に左右される面が少なくありません。

 その意味では、直接金融と間接金融とがバランスの取れた形で併存し、両者が競い合いながら、多様な信用仲介の経路が確保されていることが、金融システム全体の安定にも資するものと考えられます。

 また、社会の高齢化が進展する中で、個人の金融資産の効率的な運用ニーズはこれまで以上に高まっていくと思います。他方、金融技術の急速な進歩等を背景に、様々な金融リスクを分解、結合して、新しい取引を生み出すことが可能となっています。企業サイドの金融ニーズも、その財務戦略などに応じて、高度化、多様化していくものと考えられます。こうした中で、各金融機関としては、運用・調達、両サイドのニーズを踏まえ、金融サービスの提供に当って知恵を絞っていくことが益々重要になってきています。

 この点、政府においても、「改革工程表」の策定作業のなかで、証券税制の見直し等も含めた「証券改革プログラム」の実現に向け取組んでおられるところです。しかし、何よりも、金融資本市場の主要なプレーヤーである証券業界の皆様の旺盛な企業家精神に期待するところは、極めて大きいと言えましょう。同時に、今回の米国における不幸な事件を踏まえますと、いかなる状況にあっても、証券や資金の決済が滞りなく維持されることが、金融資本市場への信頼の向上に大きくつながると言えます。こうした面でも皆様の一層の努力をお願いしたいと思います。

 日本経済は、現在大変厳しい状況にありますが、必ずやこうした苦境を乗り越え、新たな発展の道を切り開いていくものと信じております。日本経済の本来有する潜在力を引き出していくうえで、証券業界が担っていかれる役割は、非常に大きいと思います。証券業界各位の一層のご発展を心からお祈りいたしまして、私の挨拶とさせていただきます。

 ご清聴ありがとうございました。

以上