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日本経済の問題と課題-- 金融政策の立場から

札幌市における金融経済懇談会三木利夫審議委員基調説明要旨

2001年12月 6日
日本銀行

[目次]

I.日本経済はデフレの状況にある

(1)総括

 実体経済面では、構造改革問題を抱えながら、経済はなお後戻りの状態を続け、デフレの状況にあります。これまで想定していた景気回復シナリオ──「企業部門の収益改善が、雇用・所得環境の改善を通じて、家計所得の増加、そして個人消費の回復につながる──公需から民需へシフトしながら景気回復へ」という筋書きが崩れ、今や「企業部門の収益悪化が、雇用・所得環境の悪化を通じて、家計部門の悪化につながる」という“負の循環”に陥りかねないリスクが出てきました。今のところ、デフレ・スパイラル──物価下落と景気後退の連鎖的な悪循環──に陥ったとまではいえない状況ですが、今後、なお後戻りが続くと見込まれる中で、生産と物価の下落がいつ止まるのか、デフレ・スパイラルのリスクが強まらないかがポイントです。また、金融面では、不良債権問題を抱え、来年4月のペイオフ解禁を控えて、金融システム不安が再び高まっていくリスクがなお払拭できない状態です。

(2)景気動向の現状と先行き

(2−1)企業部門の動向

 企業部門では、供給過剰状態が解消されない中で、総需要が一段と弱まりつつあります。この結果、生産減少と価格下落が続いており、先行き生産、物価とも更に落ち込む見込みです。

 企業部門の動向の鍵を握る、マクロの需要動向を項目別にみていきますと、まず個人消費については、商品、企業により二極分化、明暗入り交じりの状況ではありますが、全体感としてはなお辛うじて「平時」状態──好況でも不況でもない状態──にあります。ただ、ここにきて消費に蔭りを窺わせる兆候が増えつつあり、先行き注意を要する局面になってきました。

 次に企業の設備投資は、企業収益の大幅悪化を背景に、減少しており、先行き一段と落ち込むことは確実です。それを裏付けるように、設備投資の先行指標である機械受注統計もかなりの減少幅を示しています(7~9月前年同期比−10.5%)。ただ、ITという潜在成長力をもった分野には先行き期待できるので、その立ち直りのタイミングがいつになるかが鍵になってきます。

 ここで、昨年以降の景気回復過程における設備投資の流れをざっと振り返りますと、設備投資はまず「IT関連産業」からスタートし、これが「ITユーザー」の設備投資に緩やかに波及していく動きになりました。しかし、ITに対する過剰な期待──いわゆるITバブル──崩壊で「IT関連産業の設備投資」がストップし、更に米国不況を契機に「ITユーザー」への波及の動きもストップしてしまいました。結局、ITをトリガーに始まった設備投資拡大の流れが一挙にシュリンクしたわけです。ただ、IT投資が企業部門の生産性向上に不可欠との認識は今や産業界共通であり、引続きソフト投資に対する最低限の設備需要は底堅さを維持することは確実です。ITが21世紀のリーディング・インダストリーであることは間違いなく、中長期的には右肩上がりの唯一の産業であります。今は、短期的な調整局面ですが、いずれ再び上昇軌道に戻っていくことは間違いありません。

 この間、在庫調整の動きをみますと、鉄などの一部産業ではなお時間がかかる見通しですが、紙パ、石油化学、電機など少なからぬ産業で少しずつ進捗し、業界全体でみても、在庫水準自体は低下してきました。ただ、同時に出荷も落ちているため、在庫率がなお高止まり状態で、在庫調整完了のタイミングが逃げ水現象のようになっています。

 輸出についてはなお減少基調の見込みです。米国における同時多発テロ事件以降、世界経済の減速感が一段と強まっており、米国、アジア向け輸出は更に落ち込む見通しです。欧州景気に蔭りが出てきた点も輸出の懸念材料です。世界経済のリード役であった情報関連財についても、世界同時的な在庫調整は来年半ばまでかかるとみられることも弱材料です。

 以上のような需要の弱さを受け、サプライサイド(生産)は悪化基調を続けています。一部の産業からは「既にデフレ・スパイラル状態に入っている」との声も聞かれます。統計的にみても鉱工業生産は3四半期連続の前期比マイナスとなり、生産レベルは直近ピーク(平成12年12月)から1割強も落ちています。また、第三次産業活動指数も2四半期連続の前期比マイナスとなっています。

 生産の動きを産業別にみると、造船、マンション以外はすべて悪い状態です。特に、これまで景気悪化の主役の一つであった建設に続いて、ここにきて経済波及効果の大きい自動車に蔭りが出てきたのが気掛かりです。まず建設については、首都圏一極集中の姿の中、一旦下げ止まりの様相をみせていますが、先行きは再び落ち込み、早晩二番底に向かうリスクは避けられない情勢です。平成13年度の建築着工床面積(非住宅ベース)は、昭和42年レベル(6,217万m2/年)まで落ち込むとの試算もあります。こうした建設不振を受け、鉄鋼、石油化学、紙パ等の素材産業が軒並み悪影響を受けています。一方、自動車生産は、国内販売の蔭りや米国自動車販売の不振(テロ事件以降、ビッグ3を中心にゼロ金利ローン政策で10月は2,000万台/年率を超える姿ですが、これは一時的で今後は反動減が避けられない見込み)を背景に、当初計画(年980万台)を下方修正し、950~960万台ペース(平成12年度実績1,004万台)に落とす計画です。電機については、引続き中国を中心に生産拠点の海外移転を進めていることから、国内生産へのマイナス・ダメージはなお続く姿が見込まれます。

 以上のように、足元は需給バランスが大きく崩れていますが、需給のアンバランスは今後とも更に拡大していく見込みです。

 この結果、価格下落の動きが中々止まらず、企業収益は、量・価格のダブルパンチで大幅悪化しています。これに加え、企業部門の収益悪化の懸念材料は為替と株があります。

 因みに、企業サイドから為替の採算レートをみると、リストラ対応の進んだ優良企業で110円、構造調整対応の遅い先で130円、平均的にみて120円近辺が「居心地のいい水準」のようです。勿論、「為替は市場原理の下、ファンダメンタルズを反映して安定して欲しい。急激な乱高下は介入で防いで欲しい」というのが産業界の思いです。ただ「今の経営環境は円高は困るが、円安になればそれに越したことはない」というのが企業の本音のようです。しかし、「為替は相手国のある話。特に、米国経済に組み込まれた日本経済にとって、意図的な円安に対する米国の出方には極めて神経質にならざるを得ない。従って自然な円安はそっとしておいて欲しい」というのが産業界の立場ではないかと思います。

(2−2)雇用・所得環境の動向

 企業の収益悪化情勢を受け、雇用・所得環境の悪化が問題となってきました。雇用環境をみると、雇用者数は製造業のリストラが加速していること等を背景に減少基調が継続しています。失業率の上昇基調も鮮明になっており、10月は過去最悪の5.4%となりました。失業者の中身をみると、企業倒産などで従業員が会社都合で解雇されてしまう非自発的失業が急増しています。一方、より魅力的な職を探すために自発的に会社を辞めたり、「数年分の年収に相当する特別退職金を受け取れる」という理由で積極的に早期退職制度に応募して会社を去っていく自発的失業者の増加もかなりみられます。10月の完全失業者数は前年同月比で38万人増加していますが、その4割が非自発的失業者の増加(+16万人)ですが、過半は自発的失業者の増加(+20万人)に拠るものです。今はまだ構造改革の走りの段階ですのでまだこういう姿ですが、今後構造改革が本格化するに従い、雇用のミスマッチ問題を抱えながらの非自発的失業の増加が懸念されます。

 一方、賃金面をみると、時間外労働の減少、ボーナス抑制で緩やかな減少傾向が持続しています。先行きは、企業収益の大幅悪化を背景に冬季賞与の落込みが避けられない見通しのほか、来年度は「所定内賃金の切り込み」「ワークシェアリング」の議論も避けられない方向にあります。

 以上を踏まえると、雇用・所得環境の一段悪化は不可避といえます。

(2−3)家計部門の動向

 家計部門の動向をみますと、個人消費は、辛うじて現時点では、なお「平時」という評価で総括できるものと考えています。サラリーマン世帯の10月実質消費支出は前年比+1.6%、可処分所得は+0.3%で、家計の消費性向も70%台強をキープしています。いわば、身の丈(所得)に合わせた消費を継続しています。

 ただ、ここもと、一部統計で弱めの指標が出てきているのも事実です。まず、消費者コンフィデンスは悪化傾向にあります。例えば、9月の消費者態度指数は36.9と、金融システム不安が広がった平成10年9月以来3年ぶりの低さまで低下していますし、10月の消費者心理調査では、今後1年間の暮らし向きを示す「生活不安度指数」は153と、調査開始<1977年4月>以来最悪となっています。また、自動車・電機販売動向や百貨店・スーパーの売上高にも蔭りがみられます。

 今後、失業率の一段の悪化等を背景に消費マインドに蔭りが生じることが見込まれる中で、雇用・所得環境の悪化とも相俟って、最大の需要項目である「個人消費」がどの程度持ちこたえるのかを注視すべき局面になってきました。

(3)物価下落が続いている

 足元の物価の動きを前年比ベースでみますと、国内卸売物価では13ヶ月連続、消費者物価(除く生鮮)では25ヶ月連続、企業向けサービス価格指数では43ヶ月連続のそれぞれマイナスとなっています。

 物価下落には、いくつかの要因が交じり合っていますが、最大の要因は、実体経済の「需要の弱さ」を背景にモノの需給が崩れているからです。“価格はモノの需給バランスで決まる”以上、需給バランスが崩れれば、価格下落が避けられません。さらに、ここ一年くらい、「供給過剰」が主な原因と言わざるを得ない物価下落──価格崩壊──も目立っています。これは、構造調整の先送りで、本来、市場淘汰されるべき企業・設備が生き残っていることが背景にあります。こうした先が最後の生き残りを賭けて、適正コストを無視した安売り攻勢をしかけているのが原因です。この結果、勝ち組企業にも体力消耗が起こり企業部門が縮小再生産のリスクに直面しています。構造調整の先送りが経済成長を阻害している具体例の一つです。こうした「需給バランスの崩れ」による物価下落が日本経済にとって大きな問題となっています。

 こうした価格下落とは別に、「需給バランスの崩れ」以外の要因による価格下落も同時並行的に発生しています。殆どが供給サイドの経営努力を背景に実現されたものですが、中身によっていくつかに区分けができます。第一は、パソコン、電子部品などの価格低下にみられるように、生産性向上、新技術によって実現する価格下落もありますし、衣類などにみられるように新たなビジネス・モデル──安い土地、人件費を狙った中国を中心とする海外生産拠点からの、物流合理化に支えられた安い輸入価格──をバックにして実現する価格引下げもあります。第二は、鉄鋼、石油化学などの素材産業や組立・加工産業に多く見られますが、メガ・コンペティションの結果としての価格下落です。経済がグローバル化し、国際価格へ鞘寄せしていかざるを得ないために起こる価格下落です。第三は、タクシー料金、航空運賃、通信、インフラ・コスト(電気、ガス)などにみられるような、規制緩和・規制撤廃による価格下落もあります。高コスト体質の是正を迫る価格下落ともいえます。こうした価格下落は、構造改革を迫られる日本経済にとって不可避の価格下落であり、経済の効率性向上、健全な成長という点からみても国民経済にとってプラスであります。

 また、物価はマネタリーな側面もあります。よく「物価はマネーとモノ・サービスの交換比率で決まる」と言われますが、マネーが潤沢に供給されるだけでモノ・サービスの価格が上昇していくものではありません。あくまでマネーが実際にモノ・サービスの購入に使われて、そして実体経済に影響を与えていくものです。そういう意味で、実体経済の取引を円滑に回していくだけの潤沢なマネーが、超低金利で、必要な先に必要な量が行き渡っているかという意味で、マネタリーな面が問題になります。この点、名目金利が実質ゼロまで来ている現状では、実体経済への「量」の影響は限界が出てきました。

 以上、物価は様々な側面を持っていますが、問題は、こうした物価下落をどう考えるかという点です。確かに、個別にみれば、国民経済──特に消費者にプラスのものが混在していますが、今、求められる視点は「マクロ経済全体でみた成長と整合的な範囲内に物価が収まっているか」という切り口ではないかと思います。この切り口からみたとき、「物価下落が問題」といわざるを得ないと思われます。

 最大の問題は「企業収益悪化」に直結している点です。今は、生産量の落ち込みに加え、価格下落も加わって、企業収益が大幅に悪化し、企業活動に急ブレーキがかかっています。また、物価下落は、企業・国・地公体等、過剰債務者の実質債務負担を高め、その分だけバランスシート調整圧力をさらに強め、経済の悪循環を加速することになります。

 今、物価の安定を目標とする日本銀行にとって、物価下落を止められることが強く求められている所以です。

(4)金融・資本市場の動向

(4−1)これまでの金融政策

 これまで日本銀行では過去例をみないような思い切った金融緩和措置をとってきましたが、ここで最近の金融緩和政策のポイントを整理しておきます。

 まず、金利のレベルです。金利は量で決まります。つまり、流動性のバランスで決まります。そこで、日銀は、短期金利(オーバーナイト金利)を極力、低位に安定させるため、銀行の保有する健全な資産を買い取ったり、銀行の保有する健全な資産を担保にして、銀行に対して必要以上の流動性を供給し、短期金利を事実上ゼロに張り付けています。

 次に、名目金利が事実上ゼロに張り付いた以上、残された方策は流動性の「量」を更に増やしていくことです。これは、日銀と銀行等で形成される金融システムにおいて、量をジャブジャブにすることで、その外側にある企業・家計にまでカネが流れていくことを狙うものです。さらに、我々は、物価下落を止めるデフレ・ファイターとしての強い意志を示すために、この量を目標にする政策を「消費者物価の前年比上昇率が安定的にゼロ%以上となるまで続ける」ことを約束し、今は「日銀当座預金残高が6兆円を上回る」ことを目標に、機動的に、大幅な金融緩和策を行っています。

(4−2)金融・資本市場の動向

 こうした一連の金融緩和措置の効果を評価しますと、まず、銀行、証券、機関投資家などの参加する金融・資本市場では、確かに強力な緩和効果が現れています。短期金融市場では、やや長めの資金取引も含め、短期金利がゼロ金利政策時を上回る低下をみていますし、10年物長期国債金利も1.3%~1.4%前後の極めて低い水準で推移しています。CPや社債市場では、かなり高水準の発行が続いています。

 問題は、この金融システムの外にある実体経済を担う企業、家計にもこうした金融緩和効果が真に浸透しているかという点ですが、必ずしも十分に浸透しているとは言えません。金融緩和効果の浸透の流れを、図式的に表現すれば、本来は、日銀→銀行→企業・家計へと、金利・量の両面でマネーが緩和的に──一段と低い金利で、一段と多い量が──順便に流れる姿が期待されるところです。しかし、実際は、こうした姿が実現せず、「銀行」と「企業・家計」を結ぶ経路が不安定で、機能不全に陥っています。

 まず金利の面では、確かにかなり緩和効果が浸透しています。銀行が新規貸出だけでなく、既存の貸出分も含め、低い金利への改訂を進めていることから、貸出約定平均金利は過去最低レベルで推移しています(10月短期貸出金利は1.516%、同長期は2.16%)。しかし、量の面をみると、貸出が前年比マイナスを続けており、緩和効果が出ない姿になっています(10月の全国銀行の貸出は前年比−1.9%)。

 この一つの原因は、借り手側の企業に資金需要がないことです。企業側がバランスシート調整問題を抱える中で、余剰キャッシュ・フローを借入れ返済に回す動きが主流であるからです。

 もう一つは、貸す側である銀行の貸出態度の問題です。銀行は、優良企業に対しては貸出増加に努力する姿勢を続けています。しかし、信用力の低い先に対しては貸出姿勢を極めて慎重化させているほか、中には貸出回収の動きさえ窺われ、信用仲介機能は不完全燃焼状態です。不良債権問題を抱えて、信用リスクテイクが十分に出来ない状態です。

 問題は、ここからです。企業は売り上げ減少、キャッシュ・フロー減少を背景に、バランスシート調整のために余資を先ず返済するという従来のポジションが変化し、逆に社債、CP発行や銀行借入のニーズが芽生えつつあります。一方、銀行は、不良債権問題の早期処理を求められている中で、金融検査マニュアルと信用リスクテイクとの板挟みになっているという銀行の声もあります。先行きは「生きられる企業と生きられない企業との線引き」を明確にして、企業再生にリーダーシップを発揮することが求められます。

(5)先行きのリスク

(5-1)デフレ・スパイラルのリスク

 こうした情勢の下、実体経済面の最も警戒すべきリスクは、「デフレ・スパイラルに陥るリスクが高まらないか」という点です。先ほど「今はデフレ・スパイラルとまでは言えない」と述べたのは、総需要の柱である個人消費が今なお辛うじて平時状態を続けているからです。しかし、個人消費の前提となる雇用・所得形成の環境がさらに悪化し、家計部門の悪化する蓋然性が強まっています。今後は、(1)企業収益が下げ止まるのか、(2)それによって、雇用・所得環境の悪化に歯止めがかかるのか、(3)その結果として、まずは個人消費が平時状態を維持していけるかを、注意深く見守る局面と思います。

(5-2)金融システムのリスク

 もう一つのリスクは、金融システム不安が高まり、実体経済との間で相互に玉突き的な連鎖悪化現象が起こらないかという点です。98年当時、金融システム不安が高まる中で預金引出が起こり、これが銀行の資金繰りを悪化させ、貸渋り現象につながった結果、実体経済にカネが巡らなくなりました。企業倒産が増え、これが銀行の不良債権を増やし、更に金融システム不安を高めるという、相互玉突き的な負の連鎖が起こりました。構造調整の遅れ──過剰債務問題・不良債権問題をなお抱えた中で、更にペイオフ解禁が近付いているだけに、こうした動きに陥らないか、一層の注意が必要です。

II.金融政策がなぜ効きにくいか

 なぜ金融政策が効ききにくいか、金融緩和効果が実体経済の末端まで十分に浸透していかないか、──その最大の理由は、構造改革問題、不良債権問題が未解決であること、別の言葉でいえば、日本経済がバランスシート調整下にあるためです。

 まず企業部門からみると、少なからぬ先が過剰設備、過剰雇用、過剰債務──いわゆる構造調整問題を抱え、非効率な経営状態のまま、企業収益の足が引っ張られる状態に置かれています。こうした先にとっては、まずは過剰な贅肉を落として、スリム化するのが先決です。金利が安い、モノが安いからといって、業務拡張を狙って設備投資に踏み切るわけにはいきません。当然、企業から設備資金や運転資金の需要は出ず、まずは借金返済が最優先になります。そして、金融緩和の効果も浸透していきません。

 一方、不良債権問題も金融緩和効果の浸透を遮断する要因です。今は企業業績悪化、資産価格下落が同時進行していますが、これは不良債権問題を抱えた銀行にとって、大きな逆風となります。企業業績が悪化すれば企業向け貸出の焦げ付きリスクが高まりますし、資産価格(株式、不動産価格)が下落すれば担保の目減りが生じます。この結果、金融機関が抱えた不良債権は、引当金計上のイタチゴッコ──二次ロス、三次ロスに陥ってしまうからです。金融機関にとっては不良債権を帳簿上処理しても、逃げ水現象のように、いつまでたっても不良債権が減らないという状態に追い込まれるわけです。

 金融機関がこういう状態に追い込まれますと、不良債権をこれ以上増やさないために、金融機関は貸出ビジネスで守りの姿勢、つまり信用リスクの高い先には、信用リスク見合いのスプレッド、裏を返せば貸渋りや貸出回収で臨むという経営判断がでてきます。不良債権処理の原資が業務純益しかなくなる中で、時価会計による株式の損失、大量の保有国債の価格下落(長期金利上昇)リスクを考えると、自己資本を毀損するリスクが高まっている今のような局面では尚更です。金融緩和政策をやっても、貸出増加につながらず、暖簾に腕押しにならざるを得ない所以です。

III.何が必要か

(1)供給サイドの解決──構造改革問題と不良債権問題解決の必要性

 日本経済における最大の課題が「デフレからの脱却」です。そのためには、まず供給サイドへのメスということで、「構造改革問題と不良債権問題の一体解決が先決」です。当然に構造改革、不良債権処理は痛みを伴い、処理を進めるほどに成長への逆風は一時的に強まるが、これに耐えてこそ、将来の経済成長を着実にする土台がより強固になものになると認識すべきです。逆に、この問題を先送りすればするほど、一時的な痛みからは逃れられますが、長期に亘ってマイナス成長を余儀なくされます。既に触れた部分もありますが、“先送り”は次のような弊害を経済に残すことになるからです。

 まず、構造改革問題の先送り──過剰設備、過剰雇用、過剰債務を放置した場合の弊害ですが、第一が「企業の収益力の低下」、それに伴う「国際競争力の低下」です。企業の収益性・競争力を常に高水準に保つには、需要構造の変化に合わせて、供給サイドで経営資源の移動を柔軟に速やかに行うことが不可欠です。古い供給体制を温存したままでは、経営資源を有効に活用できず、資源の無駄遣いが起こってしまいます。結局、収益力の低下、競争力の低下につながります。第二が供給過剰による「価格崩壊」という副作用です。市場淘汰されるべき企業が適正コストを下回る安値の叩き売りを行うことから、勝ち組の体力消耗さえ誘発してしまいます。第三が、「総需要の抑制」という副作用です。先程述べたように、重い負の荷物を抱えたままでは、新たな設備投資を行うインセンティブが阻害され、総需要が出てこなくなります。

 一方、不良債権問題を温存した場合の弊害ですが、第一に「金融仲介機能の不全を招来する副作用」です。先に述べたように銀行が二次ロスを警戒して、貸出スタンスに抑制色が強まるリスクがあります。更に、信用リスクテイク能力が落ちている下では、金融機関に企業再生のリーダーシップとなる能力も期待できません。第二が「銀行が市場に打たれるリスク」です。「不良債権処理がいつまでたっても終わらず、自己資本が減り続けるのを放置するような経営の行き先は破綻しかない」と市場が見透かしたとき、その銀行の株は売られ、金融市場での資金調達も難しくなり、経営破綻へ向かいかねません。第三に、企業・家計のマインド萎縮の問題です。経済の活気を削ぎます。

(2)需要サイドの解決──総需要喚起策

 デフレ脱却のためには、当然、総需要喚起のための施策が必要です。第一が財政出動。特に、民需を喚起するような波及効果の大きい財政出動が求められます。第二が民需が盛り上がるような、需要を刺激し、技術に裏付けられた製品開発です。これは企業努力が求められます。これらの諸点については、後でまとめて述べます。

(3)デフレ脱却は“合わせ技”で

 デフレ脱却に向けて、構造改革問題、不良債権問題の解決は、あくまで市場原理の下で、当事者である民間(銀行、企業)が自助努力で解決していくことが基本ですが、早期脱却のため、今は政府の財政政策と日銀の金融政策の三者合わせ技で取り組むべきものです。

(3−1)政府に求められるもの

 まず政府の役割は、第一に環境整備です。競争社会を促し、経済発展に資するような税体系の整備、減税も選択肢と思います。また、自由な競争を促す規制緩和や撤廃、雇用流動化に対応したセーフティーネットの整備、新産業・新技術創造のインセンティブを高めるような産業政策、グローバル競争に勝ち抜けるような競争政策(グローバル経済に相応しい独禁法運営)の見直しなど、国の経済力を強化する政策が求められます。

 第二は、家計、企業の先行き不安を解消し、萎縮した経済活動を正常化させるために、財政赤字、年金・医療等の社会保障、不良債権処理による金融システム安定化等について、先行きの道筋がみえるスケッチを明示することが重要です。特に、個人が保有する1,400兆円の資産を消費に回させるためには、将来不安を消し去る“期待形成に働きかける政策”が必要です。

 第三は、総需要が決定的に不足している下では、財政出動です。特に、今は二次補正は不可欠の情勢になってきました。ただ、いくら景気が悪いからと言っても、従来のようなバラマキ型の「量の財政出動」はできません。予算制約のある下で、乗数効果の高い「質の財政出動」が必要です。需要波及効果の大きい都市再生、21世紀を展望した環境・福祉分野、IT分野の基盤整備などに重点を置いた財政出動が望まれます。

(3−2)企業に求められるもの

 次に企業に求められるのは、国際競争力の向上です。第一に、経営資源の選択と集中を図る姿勢を一層明確化し、場合によっては、企業再編に向けて提携、経営統合で活路を見出す、前向きの経営判断も必要です。第二に、需要を喚起する新商品・新技術、生産性を高めるビジネスモデルの開発など、イノベーティブな取組みに注力すべきです。第三に、資源のない日本経済の力の根源は技術力(ハード、ソフト)強化しかありません。第四に、輸出依存型経済構造から、環境、福祉、バイオ、ナノテク、IT分野といった内需型経済構造への転換が必要です。

(3−3)銀行に求められるもの

 銀行にとっての最大の課題は不良債権問題の処理です。大手行が11月中旬に発表した中間決算発表では、金融庁の特別検査を控えていることもあり、不良債権の積み増しに動きました。市場からは「やっと出てきた」ということで、マインド面に好影響を与えているようです。評価はできますが、まだ十分ではありません。また「ここから先のシナリオ」が不透明です。一部の銀行では、剰余金がなくなり、中には法定準備金に手を付けざるを得ない先もあります。自己資本が枯渇し、時価会計による株式の損失発生リスクを考えると、今後の不良債権の処理原資は、唯一、業務純益のみになるわけです。今後とも、格付や自己資本比率を維持しつつ、信用仲介機能を果たすことができるだけの「銀行の体力」を維持できるのかが、市場には見えません。ペイオフ解禁を控えて、金融システム不安が高まりやすいだけに、一層真剣な対応が求められます。

 今後の鍵は、不良債権処理を一段と進めても、体力面で不安が出ないような施策をどれだけ積極的に打っていけるかどうかです。第一に、不良債権処理のオフバランス化をどこまで進められるかです。特に、破綻懸念先以下の不良債権はRCC(整理回収機構)への資産買取り制度の活用も含め、オフバランス化を図ることが必要です。RCCには日銀が預保を通じて資金を出すスキームがあります。また要注意債権に対して、引当金を厚く積むことも重要です。第二に、要注意先等の融資先に対する経営指導強化に本格的に踏み込めるか──企業を助けるか、助けないかの判断を真摯に行い、抜本的な再建策に腰を据えて取り組む企業再生のリーダーシップです。第三に不良債権の処理損失が発生しても体力が毀損しないように、収益強化策(大胆なリストラ、貸出スプレッドの適正化)、貸出資産の流動化による資産の圧縮、自己資本増強が自助努力で行えるか、といった点などが大事なポイントになると思います。なお、あらゆる自助努力を行っても、自己資本が不足する大手行については、公的資本注入も辞さないスタンスで望むべきだと思います。

(3−4)日本銀行に求められるもの

 日本銀行に求められるものは、「第一にデフレファイターとして物価下落を止めること、第二に金融システムの信認回復」の二つです。

 第一については、市場の流動性ニーズの強さをよくチェックしながら、引続き潤沢な流動性を供給していくことです。特に、実体経済にマネーが流れるような金融調節の手段を導入することが求められていると思います。一方、金融緩和政策を続けることは勿論ですが、金融政策運営の透明性を向上させるための枠組みとして、物価の安定を目的に、物価目標を──レベルもしくは変化率のいずれにせよ──数値化することは必要です。ただ、バランスシート調整、構造改革の中にある日本経済にとって、物価下落は財政・金融・民間の自助努力という三者合わせ技での対応とならざるを得ません。しかも、金融政策にとっては名目金利がほぼゼロの下で、今の金融政策だけでは、コントローラビリティーは極めて低い状況です。そういう意味で、今、日銀にとって必要なのは「目標」ではなく、物価下落を止める「手段」です。「物価目標の数値化」は、デフレを脱却、経済が平時に復してから考えたらどうかと思います。

 第二の「信用秩序の維持」ですが、不良債権問題が未解決のため、わが国の信用秩序、すなわち金融システムは必ずしも万全と言える状態ではありません。不良債権問題の解決については、あくまで銀行の自主判断・自助努力が大原則ですが、日本銀行としても金融システムの信認回復に向けて、金融庁と連携しつつ、能動的、機動的に動くことを世間から求められていると思います。この点を十分心して取り組んでいきたいと思います。

IV.金融政策

 今、日本銀行に求められている最大の課題は「物価下落を止めること」です。求められるのは、そのための金融政策の手段です。

 今は、セントラルバンクの信認、銀行券の信認、円の信認を念頭に、健全な金融政策スキームの中で、銀行の保有する健全な資産の購入、あるいは健全な資産を担保にして流動性の供給を行うということで、国債、政府短期証券等を金融調節の対象にしています。そして、名目金利をほぼ実質ゼロに張り付け、流動性をジャブジャブにしています。

 今は、市場に流動性不安が残っているので、この健全なスキームの中で、十分に流動性の供給がなされ、市場レートも落ち着き、流動性に対する潤沢感も市場で確保されているわけです。今は、この基本的なスタンスを続けるべきと思います。

 一方、金融システムの外にある企業、家計に資金が中々流れていかない、量的緩和策の効果が中々浸透していかない状況を踏まえると、健全な金融政策のスキームが限界に近づきつつあるのも確かです。金融政策単独では限界で、金融政策も合わせ技にならざるを得ません。いずれ財政政策──財政出動と国債購入、為替政策──為替介入と外債購入など、経済政策の範疇に金融政策が自然と重なっていく──ポリシーミックス──局面も念頭に置く必要があると思います。また、市場原理を歪めない範囲内で、社債、CP、ABS(資産担保証券)等の購入についても検討する意味があります。更に言えば、株、土地といった民間資産の購入という面では最も遠いところにある手段もありますが、いずれも慎重な判断を要します。

 金融政策はセントラルバンクの信認、銀行券の信認、円の信認を念頭に、健全な政策方針を堅持することが基本です。ただ、経済は流れているわけであり、局面が変われば、その判断も自ずと変わります。今は、金融政策のみで考えれば不健全な政策と解される領域の政策も、経済政策の中では健全な領域と解される場面も想定されます。そうした局面も想定し、政府との政策整合性、ポリシーミックスも念頭に置きながら、「金融システムの外にある企業や家計に資金が流れる金融調節手段として何があるか」を常に考え、「判断のタイミングは」ということを慎重に検討しておくのが課題です。

以上