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デフレ下の日本経済と金融政策

2001年12月11日・資本市場研究会における中原伸之審議委員講演

2001年12月11日
日本銀行

[目次]

1.はじめに

 実は、本日はたまたま私の満67歳の誕生日にあたりますが、そういった日に、銀行・証券界等でご活躍の第一線の方々を前にお話をできることを、大変光栄に思っております。私は、1999年11月1日にこの資本市場研究会で講演をさせていただきました。この度ご縁がありまして、今日、再び講演をさせていただく機会を得ましたので、この場で私の見解を披瀝させていただきます。私は、「審議委員を含む政策委員は独立的な存在として、個人としての見識を問われる存在である」と考えておりますので、本講演においては、全て私個人の見解ということで述べさせていただきます。組織としての「日本銀行は」という表現を用いる場合は、「金融政策決定会合」あるいは「政策委員会」で決議された内容に限られるわけであり、個人の考えを述べる際に「日本銀行は」とか「われわれは」という言葉を安易に主語に用いることは不適切であると存じております。

 本日は、まず最初に前回講演を行った99年11月以降の金融政策の展開についてレビューさせていただき、その後、最近の経済情勢についての評価、現行金融政策・金融調節の問題点、私が現在打ち出すべきだと考えている金融政策の内容、不良債権問題、等について順次お話させていただきます。

 なお、本日の講演の内容は多岐に亘りますが、その中で特に述べたいメッセージをあらかじめ申し上げておきますと、(1)現下の経済情勢は極めて厳しくデフレスパイラルの初期の段階に入った可能性が強いこと、(2)そうした状況下、現在の金融政策のスタンスは流動性需要に対して受け身で対応しており不十分であることから、問題が大きいということ、(3)したがって、フィージブルで問題の少ない緩和手段で踏み込んだ量的緩和を進めていく必要があると考えるが、その一つの手段として外債購入が有力であること、の3点です。

2.99年11月以降の金融政策の展開

 99年11月以降の金融政策の推移をみますと、大きく分ければ、(1)2000年8月11日のゼロ金利解除までの「ゼロ金利政策時」、(2)2000年8月から2001年3月までの「ゼロ金利解除時」(コールレート0.25~0.15%)、(3)2001年3月19日の量的緩和への移行からテロ事件発生時までの「ピンポイントの日本銀行当座預金残高をターゲットとした金融調節運営時」、(4)2001年9月18日以降の「資金需要にアコモデイトするだけの金融調節をディレクティブとした時期」の4つに分けられると考えております。この間の私の金融政策決定会合におけるスタンスは、99年2月25日から2001年3月19日まで一貫して物価目標付き量的緩和策を提案し続けました。その後、8月までは独自の提案を行っておりませんでしたが、8月14日の決定会合以降はインフレーション・ターゲティングないしプライスレベル・ターゲティングの提案を、また9月18日の決定会合以降はピンポイントした日銀当座預金残高を操作目標とする提案を継続的に行いました。

 以下、クロノロジカルにやや詳しく振り返ってみたいと思います。

1999年後半から2000年8月11日のゼロ金利解除まで

 1999年2月25日以降ゼロ金利政策を続ける中で、経済は幾分改善するような動きを示していました。具体的には、ITブームを背景に輸出を起点として鉱工業生産が伸び、企業収益も回復していき、2000年度には設備投資も回復し、個人消費も堅調に推移しました。この間、私は、99年11月の決定会合では、99年4~5月頃から回復局面に入っている可能性が高いといち早く指摘しました。こうした中で、ダム(=企業)には水(=収益)が溜まっておりいずれ設備投資等にも流れるといういわゆる「ダム論」といった考え方も示されるようになっていました。しかし、私は、当時の金融政策では緩和度合いが不十分という認識から、潜在成長率と思われる2%程度の成長率が2年程度継続することが実現されるまで財政拡大とシンクロナイズする形で量的緩和を実施するよう一貫して提案し続けておりました。その背景として、(1)経済に幾分改善気配がみられているといっても依然かなり大きなデフレギャップが残存しており、物価についてもGDPデフレーター、CPIの前年比はマイナス幅を拡大しているように窺われたこと、(2)過去3回の景気循環における回復局面の平均は約2年強であり、それが短縮化されつつあること、(3)循環的にモメンタムが最も強いと判断された2000年春先頃から夏頃にかけて、短観の業況判断DI等景況感を示す指数が急速に上昇して前の景気循環のピークに迫り、また売上高経常利益率が前回のみならず、歴史的なピークを更新する勢いを示す等、明らかにピークアウトの兆しがあったこと、(4)景気に対して最も先行性の高い指標の一つである景気動向指数CIの一致・遅行比率が99年央以降どちらかと言えば弱含みであったこと、(5)ニューヨークの株式について、1929年の大天井当時を上回るような異常とも言える関連指標がいくつかみられたので、大天井の接近を示唆するサインであると考えたこと、(6)さらにより基本的には日本の企業セクターが過剰設備、過剰雇用、過剰債務という3つの重石を抱えて、循環的なアップスイングの頭を重くしていること、などの経済状況を繰り返して指摘しました。

 しかしながら、こうした状況下、ボードの大勢の景気に対する見方は、春以降、日を追う毎に強気化して行き、景気循環的にピークを迎えつつあった2000年7月17日の決定会合では「そごう問題」の影響を見極めるためにやむなく決断が延期されたものの、8月11日の決定会合では、政府が議決の延期を求めたにもかかわらず、ゼロ金利が解除され、無担保コールレート(オーバーナイト物)の誘導水準を0.25%前後に引き上げることが決定されました。この頃、世の中も強気一色となりました。私は、上記6つの理由から、金融引締め方向に動くことは経済理論的に難があり、反対しました。私自身は、「とにかくゼロ金利という異常な政策から出来るだけ早く脱出しよう」ということで政策的糊代(=金融政策の自由度)を一刻も早く生み出すことを狙って、強気の景気感に支えられていわばアプリオリに対応した政策を採るのではなく、フォーワード・ルッキングな視点からの経済分析をベースにその時々の経済状況に合わせて金融政策を考えるという立場を堅持したため、幸いにも、結果的にゼロ金利解除という誤った判断を下さずに済みました。

2000年8月から2001年3月の量的緩和への移行直前までの「ゼロ金利解除時」<コールレート0.25~0.15%>

 さて、その後の、経済状況を振り返りますと、多くのエコノミストの方が景気の山が2000年8月あるいは第4四半期であると言っておられるように、主要な経済指標が年央をピークに悪化し始めたほか、ITバブルがはじけ、これをきっかけに株価が下落していきました。特に、実体経済指標の中では、鉱工業生産と輸出が急速に落ち込んでいきました。こうした経済状況の悪化について一部ではIT関連部門だけの問題であるといった見方もありましたが、私は各種先行指標の分析から、IT関連部門だけの落ち込みだけにとどまらず、所謂オールドエコノミーと言われる分野を含む非IT部門も落ち込むだろうと指摘してまいりました。また、NYダウが2000年9月以降、反発力の弱い動きを示しており、2000年1月頃の大天井の形成を示唆していたことも大きな懸念材料でした。このように世界的に景気後退が顕現化していく中で、2001年2月9日には、金融機関サイドが能動的に日銀から資金を調達できるいわゆる「ロンバート型貸出」のファシリティの導入が決定され、同貸出の適用金利となった公定歩合については、同日に0.50%から0.35%へ引き下げが決定されました。そして、2月28日にはコールレート・オーバーナイトものの誘導水準が0.25%から0.15%へ引き下げが決定され、また、公定歩合も0.35%から0.25%へと引き下げが決定されました。私は2月9日の決定会合までは一貫して7兆円の量的緩和を、2月28日にはコールレート・オーバーナイトものの0.25%から0.1%へ引き下げといった、より踏み込んだ緩和策の提案をしました。

 この間の政策について、私は、ゼロ金利政策の解除は明らかに失敗だったと総括しております。例えば、2001年2月の決定会合において99年2月のゼロ金利導入時と比較すると、(1)名目GDPが減少している、(2)政府債務残高が膨らみ、財政の発動余地が乏しくなっている、(3)金融機関の体力が一段と減少している、(4)景気循環的に99年2月当時は底入れ直前であったが、当時の局面は下降局面に入りつつある、といったことから、より厳しい状況にあると指摘しました。そうした中で2000年8月から2001年2月にかけて引き締め方向の金融政策を実施したことは、実体経済の悪化を促進したと考えています。

 この間、従来より私が提唱してきた物価・経済見通しが2000年10月に、日本銀行の見通しではなく政策委員会の個々のメンバーの見通しとして、公表されました。同時に公表されたいわゆる「展望レポート」については、その中の標準シナリオが当時の厳しい経済情勢に比して楽観的だったため、採決において反対しました。

2001年3月19日の量的緩和への移行からテロ事件発生時までの「日本銀行当座預金残高をターゲットとした金融調節運営時」

 このように2001年2月28日に小幅の利下げを行った後、続けて、3月19日には、(1)生産・輸出の減速、(2)設備投資の先行き懸念、(3)海外経済の下振れリスクの増大、(4)物価の下落、といった経済状況の悪化を踏まえて、「量的緩和」というこれまで日本銀行の120年の歴史に先例にない画期的な政策を導入しました。具体的には、(1)金融市場調節方式として、(a)金融市場調節の主たる操作目標をコールレートから日銀当座預金残高へ変更する、(b)その調節方式を消費者物価指数(除く生鮮)の前年比上昇率が安定的にゼロ%以上となるまで継続する、(c)必要があれば、長国の買切りオペを増額するが、日銀の長国保有残高については支配玉ベースで銀行券発行残高を上限とする、といった変更を行ったうえで、(2)ディレクティブとして、操作目標である日銀当座預金を5兆円程度と定める、という内容の政策変更です。同日の決定会合においては、(1)ゼロ金利制約がある中でさらなる金融緩和を実施するために量的指標へ移行し、また、たとえ小幅であっても市場の機能に委ねて金利の変動を認めるか、あるいは、(2)量的には流動性需要を満たしつつも、あくまで金利ターゲティングを残しオーバーナイト金利をゼロ%近傍でマイクロ・マネージするか、という2つの相反する考え方を巡って侃侃諤諤の議論がなされましたが、結果的には量的ターゲットへの移行が可決されたわけです。この政策転換の内容は、私がそれまで提案しておりました「物価安定目標付量的緩和政策」と比べて、(1)日銀当座預金残高を操作変数とする、(2)CPI(除く生鮮食品)をゼロ%以上とする、という2点において実質的に相違しておらず、その時点ではほぼ満足のいくものでした。

 その後、輸出が引き続き減少傾向を辿ったほか、鉱工業生産も大きく落ち込み、さらに設備投資も先行きの減少がはっきりしてくるなど、景気は一段と後退していきました。一方、マーケット関係の指標を見ても、株価は5月上旬までは上昇していきましたが、その後下落方向に転じたほか、長期金利も景気悪化懸念などを背景に8月初以降下落していきました。こうした中で、景気悪化を理由に8月14日の金融政策決定会合において、操作目標である日銀当座預金残高を5兆円から6兆円へ引き上げることを決定しました。それまでの日銀当座預金5兆円というのは概ね2000年8月までのゼロ金利政策同様の残高でしたので、この段階でようやく踏み込んだ量的緩和の領域に入ったわけです。私は、6兆円は7月の段階に相応しい数字と考えておりましたが、ニューヨーク株価の急騰振り等を踏まえ、敢えて提案は見合わせました。8月14日の時点では鉱工業生産の大幅な落ち込みなど実体経済の著しい悪化等を背景に日銀当座預金残高を7兆円程度に引き上げるべきであると考えて提案しましたが、私の提案は否決されました。日銀当座預金残高目標引き上げを躊躇し、結果的に政策対応がtoo little,too lateになってしまったことは、今も悔やまれてなりません。

 しかし、そうした中で9月11日に米国の同時多発テロ事件が発生しました。日本銀行は、この非常事態に対応し、潤沢な流動性を供給し、日銀当座預金はテロ事件以降、8~9兆円程度にまで上昇しました。私は、テロ事件後に一層潤沢な流動性を供給したことは、「なお書き」の「金融市場が不安定化するおそれがある場合には、上記目標にかかわらず、一層潤沢な資金供給を行う。」という対応を実践したわけであり、適切な措置であったと考えています。

2001年9月18日以降の資金需要にアコモデイトするだけの金融調節

 テロ事件以降、マーケットが不安定になることをおそれ一部金融機関が超過準備を持ちましたが、こうした状況はマーケットがそれなりの落ち着きを取り戻しても解消されませんでした。この間の状況をみると、日本の一部機関投資家が、日米の金利差を踏まえた利鞘稼ぎと米国の先行きの金融緩和を見越したキャピタルゲイン狙いから、円投によるドル債運用を積極化しました。そうした中で、円転コストがマイナスとなったことなどもあり、外銀勢が大量の超過準備を持ち続けるようになりました。さらに、最近では、地銀等一部邦銀でも、インターバンクでの運用利回りの低さをみて、資金を市場に放出せずに、超過準備として抱えるという動きが出てきています。一方で、夏ごろまで頻発していた札割れは、まったく起こらない状況となりました。

 さて、こうした状況下、日本銀行は、9月18日に「当面、日本銀行当座預金残高が6兆円を上回ることを目標として、潤沢な資金供給を行う。」というディレクティブを賛成多数で可決し、それ以降、このディレクティブを継続しています。また、同じく9月18日には、ロンバート金利も0.1%へ引き下げられています。

 私は、現在のこのディレクティブは、(1)インターバンクマーケットの資金需要をアコモデイトするだけであるので、思い切って日銀当座預金を積み上げ、デフレから脱却しようという中央銀行の意思表示からは程遠い、(2)日銀当座預金残高目標をピンポイントで決めないため、資金需要をアコモデイトしつつ、一方、コールレート・オーバーナイトものを0.01%を下回るようにマイクロ・マネージするという、実質的な金利ターゲットに復してしまっていて、3月19日の金融調節方式変更の趣旨に反している、と考えています。また、公定歩合を0.25%から0.10%へと引き下げた結果、多少の金利変動すら許容されていないことも問題だと思います。これらの点については、後ほどもう少し詳しく申し上げたいと思います。

99年11月以降に実現された点、実現されなかった点

 日本銀行の金融政策運営について、今後、さらに改善すべき点が多々あると思っていますが、一方で、改善されたこと、進歩したこともいくつかあります。私が99年11月の講演で指摘した点を中心に、改められたことを挙げてみましょう。

 第一に、——すでに指摘したように現在、実質的に金利ターゲットになってしまっている面が否めないなど運営上の問題はありますが——、曲がりなりにも量的緩和、日銀当座預金残高目標という量を操作目標とする金融調節方式が実現されました。

 第二に、99年当時、マーケットにおける日本銀行の調節スタンスの量的シグナルであったのは「積み上」という概念でしたが、これが「当座預金残高目標」というシンプルで分かりやすい内容の計数に変わったことです。

 第三に、日本銀行の日々公表している資金需給の予想の発表が、2000年6月より「日銀当座預金増減要因と金融調節」という名称に変更され、内容も市場関係者が把握しやすいような形に改められました。資金需給、当座預金、マネタリーベース関係の発表統計についても随分と改善が図られています。特にマネタリーベースの定義については、「日銀券発行高+貨幣流通高+準備預金」から「日銀券発行高+貨幣流通高+日銀当座預金」へ変更され、日銀の資金供給のうち短資等へ流れた部分も反映されることとなったため、量的指標としての意味合いが増大しました。

 第四に、有担コールについては、RTGSへの移行に伴いブローキング取引が本格的に開始され、好ましい方向に進んでいるということです。最近はディーリング取引のウエイトが高くなっているようですが、今後、クレジットリスクが意識されるようになれば、方向的にブローキングのウエイトが高まると考えています。

 第五に、99年の講演では「資金供給に不十分な場合は、残存期間のより長い国債等を弾力的に購入するべきである」と申しましたが、本年8月より長期国債の買切りオペは月2回4,000億円から、月3回6,000億円へ増額されるなど、長年固定されていた金額が変更されています。

 第六に、「ECBで行っているような常設ファシリティ」の設置を申し上げましたが、本年2月9日には公定歩合により受動的に実行する補完貸出制度——いわゆるロンバート型貸出——の導入が決定されました。

 また、前回の講演では触れませんでしたが、かねてより私が申し上げていた日本銀行は経済についての予測を対外公表するべきであるという点についても、ボードメンバーによる見通しという形で2000年10月より公表が開始されました。現状は、実質GDP、WPI、CPIだけですが、今後、(1)需要項目別に内訳を示す、(2)四半期別に推移を示すとかBOEで行っているようにファンチャートを描くなど経済的なパスが分かるようにする、といった改善が図られれば 、国際的にみても充実したものと評価できましょう。

 さらに、金融政策とは関係ありませんが、ここでどうしても触れておきたいのは、私が日銀内部でかねてより主張していた日銀の自己保有外貨のインデックス運用が2000年度上期から開始されたということです。

 一方で、実現できていないものもあります。

 第一は、具体的な物価安定目標の設置です。現行の金融調節方式においては、「操作目標を日本銀行当座預金残高とする金融市場調節方式を、消費者物価指数(全国、除く生鮮食品)の前年比上昇率が安定的にゼロ%以上となるまで、継続すること」という条項を設けていますが、積極的・能動的にいつまでに目指す物価上昇率に持っていこうという目標性は感じられません。中央銀行が達成時期を決めた物価安定目標を設けることは、後ほど詳述しますが、デフレ下において国民に対するアカウンタビリティを果たし、また認可法人としての日本銀行の政策パフォーマンスを評価するためにも必要であり、私は早期に、達成時期を特定した物価安定目標を設置すべきと考えております。さらに、インフレーション・ターゲティングにまで充実していないにしても、例えばECBがすでに設定しているような達成時期を明示しない数値目標でさえも、日本銀行は設けていないことを申し添えておきます。

 第二に、資金供給の補助的手段として99年の講演で例示した外為スワップです。日本経済が先行き一段と厳しい状況になると予想されることを考えると、今後、外為スワップに限らず、外債、デリバティブ利用等、金融調節手段の多様化、拡充を図るための検討を進めるとともに、外債購入、外為スワップといった手段についてはすぐにでも開始することができるよう、実務面等の体制整備を進めるべきだと、考えております。

3.現在の経済情勢についての評価と今後の展望

 次に、私の日本経済についての見方をご説明します。

現下の経済局面

 現在の日本経済は、大観すれば、国際的にみて割高な賃金、土地、電力料金、その他のインフラコスト等を背景に、わが国の企業は急速に国際競争力を失いつつあり、こうした中で、日本経済は、所得の減少が不可避であり、それが消費の後退に繋がるという不況が一段と深刻化したフェイズに入りつつあります。私は現在進行中の「平成大不況」の3度目の景気後退が、遅くともここ2~3年のうちに、これまで先送りしてきた諸問題の総決算を迫ることになると思っています。2001年度は名目GDP、実質GDP両方の伸び率がマイナスとなることが必至の情勢といえますが、私は2002年度についても名目GDP、実質GDPの両方がマイナスになる可能性があると考えています。名目GDP、実質GDPの両方がマイナスとなった年は、関東大震災後の1923年度、山一・北拓が倒産した1998年度の2回が数字をもって確認できますが、それ以外に、統計的に十分確認できない時期として松方デフレの1892年と第二次大戦敗戦時についてもそうなっていた可能性があります。しかし、本年度、来年度と2年続けて名目GDP、実質GDP両方の伸び率がマイナスになれば、これは少なくとも20世紀以降初めての事態と言えるでしょう。現下のデフレはそれほど深刻なものです。

 私が経済をみるうえで最も重視する指標の一つに景気動向指数がありますが、これまでの景気動向指数のコンポジット・インデックス(CI)一致指数の動きを過去の下降局面と比較すると、景気のピークの時点からいかに急速に落ちてきているかが理解できると思います。これまでのCI・一致指数の下落の仕方は、2000年12月を景気のピークとすると、バブル崩壊後の第11循環及び第一次オイルショック後の第7循環という2つの循環の後退期に酷似しています。第11循環は最初極めて急速に落ち、その後、落ち方は緩やかなものとなりましたが、極めて長い間、後退が続きました。一方、第7循環はご承知のとおり第一次オイルショックという外生ショックにより起こった景気後退で、期間は第11循環ほど長くありませんが、真っ逆さまという感じで景気後退期の終了まで非常に早いスピードで悪化が続きました。今回の局面については、すでに公表された10月の指数までをみる限り、非常に早いスピードでの下落となっています。その後、果たして第11循環のようにやや緩やかで長い下落が続くのか、第7循環のように非常に急速な下落が続くのかは、もう2、3か月様子をみる必要があります。ただ、景気循環の過去のパターンや長期先行指標の現状から見る限り、今後、少なくとも8~10か月は景気回復に転ずる可能性は小さいと予想しています。

 今回の景気後退局面についてもう一つ指摘しておきたいことは、10月辺りからフェイズが変わり、一段と深刻な局面に入ったのではないかと感じられるということです。具体的に申し上げますと、11月30日に発表された10月の失業率は5.4%と過去最高を記録しました。また、11月14日に発表された10月の倒産件数(東京商工リサーチ)は1,843件と前月に比べ250件も増加し、84年10月(1,888件)以来の高水準を記録しました。これらはいわば遅行指標であり、今後も増加していくことが見込まれます。さらに、各種企業金融のアンケートをみると、これだけ潤沢に資金供給をしているにもかかわらず、ここへきて中小企業を中心に企業金融面で厳しさが増してきています。一部業種の社債におけるクレジット・スプレッドが上昇していることも心配です。加えて、TOPIXの銀行セクターの株価が、11月12日には98年10月の安値を更新し、その後も低迷しています。金融機関の調達面についても、短期の調達についてのいわゆるジャパン・プレミアムはゼロ近傍で落ち着いているものの、中長期のリスクを示すクレジット・デフォルト・スワップの5年ものレートについては、通常は9月末を越えると低下するのが一般的ですが、今次局面は要警戒の上昇トレンドが続いています。このように、過去最悪となる指標が出てきているほか、中小企業金融の資金繰り判断のように、これまで小康状態を保っていたがここへ来て悪化を示す指標が散見されています。さらに、景気に対して先行性の高いとみられる諸指標においてまったく明るい兆しがみえないほか、今まで底堅さを示していたGDPの7割弱を占める消費にも悪化の気配がみられていることを虚心坦懐に受け止めますと、私は日本経済がある種の破断界を越えつつあるのではないかと危惧しています。

日本経済はすでにデフレスパイラルの初期の段階

 そうした中で、日銀が中央銀行として最も配慮を払わなければならない物価については、GDPデフレーター、WPI、CPI、CSPIのいずれもが前年比マイナスで推移しています。GDPデフレーター前年比については14期連続でマイナスが続いており、2001年7~9月にはマイナス幅を拡大させているほか、CPI前年比についてはこのところ過去最低ないしはそれに近いマイナス幅が続いています。さらに実質GDPの前期比をみても、2001年1~3月期プラスの後、4~6月期▲1.2%、7~9月期▲0.5%と、98年1~3月期、4~6月期以来の2四半期連続のマイナスを記録しています。このように、日本経済は潜在成長力よりかなり下のパスを走っており、GDPギャップのマイナス幅は一段と拡大し、需要の弱さに基づく物価下落圧力は一段と増しています。

 日本経済はデフレスパイラルに入っているかどうかという議論をよく耳にしますが、私は、現状はデフレスパイラルの初期の段階であると考えています。デフレスパイラルの定義はいろいろあるようですが、「景気が後退する中で、物価が下落幅を拡大する」あるいは「物価下落が景気後退をもたらし、これがさらに物価を下落させる」と定義すれば、すでにこうした経済状況の軌道に乗ってしまっていると私は考えています。すなわち、短観ベースでみると、全国企業全産業の経常利益は2000年度は前年比+18%でしたが、2001年度は9月時点で▲9%と予想されており、さらに今期業績が足元落ち込んでいっている現状を踏まえますとマイナス幅はさらに拡大すると考えられます。例えば、11月30日発表の新光証券の調査によれば、2001年度の経常利益の予想は▲36.5%となっています。こうした状況下、ボーナスをみると、カバレッジの最も広い毎勤ベース特別給与(5人以上)は2001年夏季は▲1.1%と結局マイナスとなりましたが、冬季はさらにマイナス幅が拡大するとみられ、さらに今年度収益の反映度合いが大きい来年夏季については、二桁近いマイナス幅になる可能性があると私は予想しています。また、毎勤の所定内給与前年比については、来春のベアもマイナスになると予想しており、一段とマイナス幅が拡大するとみています。加えて、完全失業率については今後も上昇を続け、先行き7~8%程度には達すると予想しておりますので、これらの動きが消費者マインドに対して悪影響を与えるのではないかと懸念される状況にあります。こうした中で、すでに7~9月期GDPにおける雇用者報酬、消費の動きや、チェーンストア販売、自動車販売等にその兆候がみえていますが、これまで辛うじて持ちこたえていた消費が今後所得の減少につれて落ち込んでゆくことは必至であり、さらに次のステージとしては賃金指数と相関が強いサービス価格についても、下落幅が拡大していくと予想されます。財価格についてはすでに中国等からの安値輸入品の増大やそうした製品との競合で大きく下落していましたが、今後は、サービス価格についてもはっきりと下落していく状況になると予想しています。一方、先ほど申し上げましたように、7~9月期の実質GDP前期比がマイナスであり現状GDPギャップが拡大しておりますが、景気循環の局面からみてここ当面景気が回復軌道に入る可能性は低く、GDPギャップがさらに拡大していくことは間違いないといえますので、今申し上げたような道筋に至る可能性が高いことをマクロ的にも確認できます。このように経済をフォーワード・ルッキングにみれば、すでにデフレスパイラルの初期の段階に入っていると考えられ、遅くとも来年後半には、粘着性の高いCPIにおいても前年比マイナス幅をはっきりと拡大させていくと予想しております。

 私は、デフレスパイラルの初期の局面に入っているとみられる以上、金融政策は、多少の不確実性があったり、技術的に難しい面があっても、何とかして一段の緩和の方策を見つけて、それを実行すべきであると考えています。

 なお、今後の経済の展開をフォーワード・ルッキングにみていくうえで、現在、私が特に注目している指標の一部をご参考までに申し上げておきますと、先ほども触れましたが、景気動向指数、株価、クレジット・デフォルト・スワップの3つが挙げられます。これらの指標は、今後の展開を占う材料を提供してくれるのではないかと思います。

非製造業を中心とした生産性の問題について

 さて、日本経済がここまで深刻な、国難とでも言うべき状況に陥ってしまったことに関しては、その根本原因としての非製造業を中心とした低労働生産性の問題に触れざるを得ません。

 すなわち、マッキンゼーが日米比較を行った調査資料をみると、99年において米国を100とした場合のわが国の一人当たり実質GDP(=GDP/人口)は約77でした。これは労働生産性(=GDP/総労働時間)と国民1人当たりの労働投入量(=総労働時間/人口)の積ですが、前者は米国を100として約69、後者は同約111という状況になっています。さらに労働生産性は、資本の生産性(=GDP/資本サービス量)と資本集約度(=資本サービス量/総労働時間)の積ですが、前者は米国を100として約61、後者は同113となっています。これらをみると、結局、資本と労働の生産性の低さを、米国を上回る労働投入量と資本集約度で補うことで、どうにか米国比8割程度の実質GDPをキープしていることが分かります。同じ資料で米国を100とした場合の労働生産性を業種ごとにみてみますと、雇用の約10%を占める輸出主導型製造業4業種では約120と米国を上回っていますが、雇用の7割強を占めるサービス業、2割弱を占める国内向け製造業の労働生産性はともに約63と米国を大きく下回っています。

 また、別のデータにより70年から2000年までの日米の産業別相対賃金をみますと、米国では製造業がサービス業、卸小売業を上回っており、金融保険業が90年代後半になって漸く製造業を上回ったのに対し、わが国では、卸小売こそ辛うじて製造業を下回っているものの、サービス業、金融保険業といった業種では製造業を大幅に上回っている状況にあります。

 さらに、業種別の長期的な労働生産性上昇率と製品・サービス価格上昇率の関係(70年以降の平均変化率)をみてみますと、労働生産性については、電気機械では年平均10%を上回る伸びとなっている一方で建設、不動産、サービスといった業種では同0~1%にとどまっています。一方、製品・サービス価格上昇率については電気機械が年平均で約5%の下落となる一方で、建設、不動産、サービスは逆に年平均で4~5%の上昇となっています。これは、非製造業は、各種規制が存在するお陰で、生産性上昇率が低いにもかかわらず、大幅な値上げによって利益率を維持し、これを原資として輸出主導型製造業を上回る賃金を享受してきたことを意味しています。さらに申し上げれば、これまでの非製造業の価格設定は、コストに一定のマージン率を乗せるということであったと理解できますが、グローバリゼーションが進み規制緩和が進展する中で、非製造業がこうした行動を取り得なくなり、収益率が下がっているのが現状であると思います。この間、非製造業においては、建設業に代表されるように大規模な過剰雇用を抱える状況に至っています。こうした非製造業の構造的な問題の中で、金融機関においては非製造業向け貸出を中心に不良債権が増加している、というのが現在の大まかな姿であると私は理解しています。

 こうした状況下、先ほど述べた資本の生産性との関連で言えば、企業はROAやROEの改善に一段と注力をする必要に迫られていると言えます。私は企業のリストラの必要性を早くから一貫して強調して参りましたが、現在、その必要性が一段と高まっていると考えられます。ただ、ROAやROEを引き上げるためには、借金の返済だけでなく、低収益資産、不稼働資産を売却するなど積極的にバランスシートを圧縮することなどで、分母を圧縮する手だてを踏み込んで行うことはもちろんです。加えて、同時に、製品差別化を図るとか新たな収益分野に取り組むとともに、徹底したコスト削減を行い、分子である利益を引き上げるよう努力することが必要です。この点に関連して言えば、いわゆる総需要喚起策は、分子である収益を売上増加によって支えようとする方策です。しかし、それだけでは十分ではありません。また、経営者はこのような市場からのチャレンジを受けているわけであり、これを乗り越えない限り、早晩、市場からの退場を迫られることになりましょう。

 なお、金融緩和をさらに促進することは、こうした資本や労働の生産性を上げるという努力を含めたリストラ・構造改革を決して阻害するものではないと考えています。

次の景気回復局面のイメージ

 このように、非製造業の生産性が低く、構造改善に相当な時間がかかると考えられる中で、次の景気回復局面はどういったパターンを示すことになるのでしょうか。私は、現時点では、内需中心の回復ではなく、輸出主導型の回復しか展望できないように思います。

 過去10回の景気回復局面について、景気の谷からの需要項目ごとの推移をみてみますと、平均的には輸出ないしは公共投資に牽引されるパターンであり、それ以外が牽引する可能性はあまり大きくありません。特にGDPにおけるウエイトの高い消費についてはごく緩やかにしか伸びないというパターンの場合がほとんどであり、加えて、先ほど申し上げたように、これから所得、賃金調整が本格化することを考えると、当面期待薄です。一方、設備投資については、最近の傾向として半導体製造装置の受注額が回復してから後1年程度経って機械受注が立ち上がり、その数か月後に設備投資が増えるという足取りを示していますが、今回の半導体製造装置受注の底は2001年6月であった可能性が高いとしても、設備投資の回復し始める時期は、早くとも2002年度後半以降ということになり、こちらも当分期待できません。また、資本集約度が米国よりはるかに高いことは先ほど申し上げましたが、GDP統計の設備投資比率をとってみても、それは依然米国を上回っており、さらにその比率が中期的に下降傾向を辿っていくであろうことを考えると、牽引役として足り得ないと思われます。そうすると、過去の多くのパターン同様、輸出か公共投資に期待するほかないのですが、現在の財政路線を考えると、結局のところ、輸出主導の景気回復しか想定し得ないというのが私の見通しです。もっとも、仮に米国を中心とした海外景気が2002年後半位から立ち上がるとすれば、日本経済は2003年以降徐々に回復に向かうと思いますが、製造業が生産拠点を相当程度海外へシフトさせていることや、非製造業の生産性の回復にはまだかなりの時間を要すること等を考え合わせると、おそらくあまり力強い回復にはなりえないのではないかと想像しています。

4.金融政策の運営上の問題点

 次に、金融政策についての運営上の問題点、調節上の問題点についてお話したいと思います。

金融政策を遂行するうえでの基本原則

 私は、中央銀行が金融政策を遂行するうえでの基本的な原則を次のように考えています。

 第一は、主として考慮すべきはマクロ的な経済状況であり、短期金融市場で発生する副作用、銀行経営等への配慮は従的なものであるということです。また、誰のための金融政策かという観点から申し上げると、短期金融市場の関係者や一部専門家、金融業界等も重要ですが、基本的には、国民全体のためのものです。

 第二は、金融政策には、基本的には「金融緩和」「現状維持」「金融引締め」という3つの選択肢しかありません。現状では、(1)実際の物価が下落しており、(2)デフレギャップが拡大している——すなわち、需要の弱さに基づく物価下落圧力が拡大している——ため、金融は緩和すべきであるということです。この原則に反した行動をとるためには、それによるメリットが、金融緩和の効果よりも明らかに大きいということを証明する必要があると考えます。

 第三は、中央銀行は、物価あるいはその背後にある景気をフォーワード・ルッキングにみて、躊躇することなく果断に金融政策を打ち出すべきであり、GDP、鉱工業生産等の悪い経済指標の発表、株価の大幅下落、信用不安の発生、政治的圧力の増大等のイベントに対処するために、対症療法的に小出しに政策を打ち出すようなやり方には賛成できません。

現行の金融政策の問題点

 私は、現在の6兆円以上というディレクティブのもとで、通常は目立ちにくい日銀の金融政策の伝統的・根本的な問題点が明らかになってきており、日本銀行は金融調節上のパラダイムの転換を求められていると考えています。まず、多少重複するかもしれませんが、現行ディレクティブの問題点をレビューしておきましょう。

 第一の問題点は、事実上、金利ターゲットに復してしまっており、そうした中で日本銀行は短期金融市場での資金需要に正確にアコモデイトするだけの対応に終始しており、過度に安定的ともいえるようなマーケットのコンディションを作ってしまっているということです。これは3月19日の金融調節方式変更の趣旨とは異なる、と私は理解しています。すなわち、現在の日本銀行のディレクティブは、9月18日以降、「日本当座預金残高が6兆円を上回ることを目標として、潤沢な供給を行う。」となっています。しかし、先ほども少し触れましたとおり、実際には、コールレートO/Nものの金利が安定的に0.01%以下に落ち着くように、さらに言えば0.001~0.003%になるよう、事実上、金利をターゲットにした金融調節であると言ってよいと思います。調節部署のビヘイビアーをみますと、9月下旬から10月初にかけては、本来青天井のディレクティブであるにもかかわらず調節部署の裁量により余分な資金は吸い上げるということまで行っています。具体的には、9月16日~10月15日の積み期間においては、即日オペでの吸収は6日(延べ7本、37,000億円)、10月16日~11月15日は10日(延べ17本、85,000億円)に及んでいます。すなわち、達成可能なぎりぎりまで当座預金残高を引き上げていくという調節ではないということです。これは、「準備預金の積みが進捗しすぎると、積み期間の最後の方で所要準備が非常に少なくなることから金融機関が日銀当座預金残高を大きく落とす可能性があるので、その場合にたまたま決済需要が膨らんだ場合にはレートが跳ねる可能性がある」ことから「こうした事態を未然に防止したい」という、インターバンク市場参加者に対する配慮からのようです。また、調節部署はよく「市場が吸収を望んでいたので吸収した」という説明をします。しかし、当座預金をターゲットにしており、また、ロンバートレート(公定歩合、0.1%)という上限を低く設けている以上、レートをマイクロ・マネージするといった配慮は不要なのではないでしょうか。信用不安的な要素が顕現化しているケースは別ですが、基本的には、あくまでマクロ的な目標を実現するために金融調節を行うべきであり、金融機関もオウン・リスクで積み進捗をコントロールしていけばよいだけの話だと思います。

 第二は、日本銀行の金融政策が依然として、テロ事件直後の流動性モードのままで、平時モード、すなわち政策目標実現のための金融政策に復していないということです。さらに言えば、現在のディレクティブが一体何を狙っているのか不明であり、アナウンスメント効果を発揮していないということです。本来、デフレ克服という政策目標を遂行するための金融政策であれば、いくらの当座預金残高が必要かということをピンポイントで決めるべきで——その場合、当然、10兆円、12兆円といったより高い当座預金残高を追求すべきだと思いますが——、アコモデイトするだけの「6兆円以上」といったディレクティブではいけないはずです。あるいは6兆円以上で目一杯出すということであれば、即日実施の吸収オペなどしないはずです。にもかかわらず、テロ事件から、3か月という長い期間が経過してもピンポイントで日銀当座預金を示さない、流動性重視モードのディレクティブ、単に資金需要にアコモデイトするだけのディレクティブを変えていない、しかも流動性需要が11月末には6兆円の倍以上の14兆円にまで跳ね上がったりしている状況にあります。これでは金融調節のマクロ政策的な狙いがどこにあるのか、理解できないと思います。これに対してFRBは、テロ事件の翌週には流動性モードを平時モードに戻して、その後、仕切り直しをして景気等のために金融緩和を行っており、日銀と際立った違いをみせています。また、テロ後のような時ではなくとも、日本の場合、9月末、3月末といった期末時には流動性を潤沢に供給しそれを相当長い期間維持し続けます。私は日銀のこれまでの対応は、流動性需要をアコモデイトする面が強く出過ぎているので、より的確に金融政策を金融調節に反映させるという観点から考えますと、すみやかに流動性モードから平時モードへ切り替えたうえで、景気の状況に合わせてピンポイントで高い日銀当座預金残高を目標とすべきである、と考えています。

 第三は、日本銀行当座預金残高をピンポイントで決めないということは、金融政策上の操作目標の設定を実質的に金融調節部署の裁量に任せてしまっていることになるということです。多少インターバンクマーケットでの資金需要が不安定化する可能性があると言っても、金融政策決定会合は原則月2回開催されるわけですから、その時その時で妥当と思われる当座預金を予測して決定していけばよいと考えます。仮に大きく資金需要が変化し、「なお書き」での対処が不適切になった場合には、臨時の決定会合を開いて新たなディレクティブを決定すればよいわけです。私は、操作目標は、多少の難しさがあっても、ボードが主体的に決めなければならないと考えています。金融調節方式を事実上量から金利へ戻したと考えれば、これまでの金融調節についての説明は容易ですが、その場合、ボードは金融調節方式を再変更するという手続きとか、対外的な説明を十分に行ってアカウンタビリティも果たさなければなりません。

根本にある体質としての問題

 さて、最近の芸術的とも言えるレート・コントロール等についての印象を申し上げますと、日本銀行は、金融調節からの金融政策を指向している、換言すれば、原点には金融政策と言うよりは、むしろオーバーナイト金利の安定に関して完璧性を求めた金融調節がある、と言えるような気がします。しかし、デフレ経済の下で求められている金融政策は、踏み込んだ大胆な金融政策により「期待を動かす」ことです。流動性を十分かつ平穏に供給するということではないと思います。そのためには、まずディレクティブを現行の「6兆円以上」という資金需要にアコモデイトする形からピンポイント型に変更したうえで、日本銀行の調節部署においては金融機関からの甘えを断ち切って、場合によっては、市場参加者と対峙した形となっても、ピンポイントの量的拡大を実現すべく厳しいスタンスで金融調節をするべきであると思います。その際、多少のレートの振れは容認すべきでしょう。

 一方、私は、市場参加者等にも多少問題があると思っています。例えば、0.002%がマーケットでアベイラブルな調達レートであるときに担当者が0.004%で資金をとってしまい、それを上司の担当役員が叱ったなどという話をたまたま聞きましたが、0.002%の金利差を考えると、——手数料を除くベースで——100億円調達して1日550円弱、1000億円調達したとしても1日5,500円弱しか差が出ないということになります。都銀各行では依然として超過準備をほとんど抱えないという以前同様の資金繰りを行っている先が多いようですが、合理的かつ先見性のある経営者であれば、ある程度多めの超過準備を抱えつつ、一方で資金繰りセクションの人数を縮小するとか、運用セクションと統合するといったコスト削減方策を採るのではないでしょうか。また、0.002%が0.01%に振れたところでコスト面の効果は極めて小さいのですから、報道するには値しないと思います。

量的緩和は本当に効果がなかったのか——金融市場の変化の胎動——

 さて、今までのところは政策効果が十分出ていないと説明してきました。これは踏み込んだ政策を打ち出さなかったことによる面が強く、私は、量的緩和という政策自体が有効でないとは決して思っていません。本当の意味での量的緩和が始まったといえるのは、日本銀行当座預金残高についてゼロ金利をぎりぎり達成する5兆円から、6兆円へと引き上げた8月の決定会合の時点であり、これ以降が、結果的な意味で真の量的緩和の世界に入ったのではないかと理解しています。

 そうした意味から考え、量的緩和が実質3か月程度では未だ効果があったかなかったかを判断するには尚早といえますが、短期金融市場においては、これまでみられなかった当座預金のビヘイビアーが現れつつあり、これが先々ポートフォリオ・リバランシングや金融機関の行動の変化に繋がる可能性があると考えています。最大の変化は、外銀のみならず一部都地銀においても大量の超過準備を持つ先が出てきたということです。従前、都銀等は必要額以上を決して持たず、超過準備をゼロとすることを「よし」とする対応でしたが、ここまで調達コストが下がってくるとごく僅かな先ですが邦銀でも超過準備を持つ先が出てきています。先々、コスト面から合理的に考え超過準備を大量に抱えるように意識が変わり、先ほど申し上げたように人員の合理化といったところまで踏み切れば、日銀当座預金残高は大きく増大する可能性があります。そうした中で、何かのきっかけで少しでも金利観や期待インフレ率に変化が生じれば、かなり大きなポートフォリオ・リバランシング効果が期待できるのではないかと考えます。

 いずれにせよ、金融緩和の実体経済への影響は通常1年半から2年程度かかると言われていますので、物価をはじめとする実体経済面への効果は、現段階で判断することはできません。ただ、何はともあれ、期待を動かすためには、今以上に踏み込んで金融緩和を行うことが必要であり、その道具立てが量的緩和しかないということを認識しておくべきであると考えます。

現在採るべき金融政策

 さて、日本経済は、現在未曾有のデフレに直面していると言えます。名目GDPはピークの526兆円(97年1~3月期)から、2001年7~9月期には502兆円にまで減少しています。私はこうした国難とでもいうべき厳しいデフレ経済においては、例えば、株価の大暴落があったら、あるいは不測の負の経済的なショックが起こったら、その時点で初めて追加的な金融政策を打ち出すといった「イベント・ドリブン」でリアクティブな戦略を採るべきではありません。今すぐ、フォーワード・ルッキングに手を打つべきだと思います。これ以上の金融緩和は効果がない、あるいは極めて効果が限界的だから、といった理由で政策効果にネガティブなスタンスを採ったり、遠い遠い先のインフレを懸念し手を拱いたりすること自体が、過去におけるいく度かの失敗と同様に、結果的に人々の期待をよりデフレ的なものにしてしまい、あるいは中央銀行の政策効果を打ち消してしまうと考えます。現在私が考えている日本銀行の金融政策は、(1)インフレーション・ターゲティングあるいはプライスレベル・ターゲティングを導入し、金融政策として何時までにどの程度の物価安定を図ってデフレからの脱却を図る予定なのか、数値をもって明確に目標を示す、(2)その実現のために、マネタリーベースの伸び率を年率15%程度に維持し、様子をみて必要があればさらに伸び率を高めるような、思い切ったさらなる量的緩和を2年間くらい実施することです。その際、もちろん、非伝統的な手段を何でもかんでも動員するべきだとは思いませんが、短期国債のようなマネーの密接な代替物との交換がさしたる意味もなくなっている現在、従来使わなかった方法をも含めて、過去にとらわれず柔軟に考えていくべきであると思っています。現在は、過去に経験したこともないようなデフレ局面にあるというとを忘れてはなりません。

 私は、物価安定目標を掲げ、踏み込んだ量的緩和策を行えば、多少の不確実性はあっても、人々の期待を変えることができると思っています。また、金融緩和を進めることでわが国のマネタリーベースの伸び率を米国に比べ相対的に高めることなどにより、為替レートにある程度の影響を与え得ると考えています。金利低下によるコスト削減効果はほとんど期待できないと思いますが、主として期待を通じたルートと為替を通じたルートについては、今後も効果を追求できると考えます。

 次に、私が10月29日の決定会合で提唱した具体的な金融政策——12月4日発表の議事要旨に示されています——の中身についてご説明しておきたいと思います。

 まず、金融調節方式としては、2点の変更を提案しています。第一に、現行の金融調節方式では「量をターゲットとした金融市場調節方式を、消費者物価指数(全国、除く生鮮食品)の前年比上昇率が安定的にゼロ%以上となるまで、継続することとする。」としていますが、これを、「2001年1~3月期平均の消費者物価指数(全国、除く生鮮食品)のレベルを基準として、2003年1~3月期平均の同指数について、同基準レベルを維持ないしそれ以上に引き上げることを目的として、金融市場調節を行う」と改めることを提案しています。すなわち、まず、国民が評価できるような達成時期を、概ね1年半後と特定した明確な数値目標に改めます。さらに、インフレーション・ターゲティングではデフレが続き、物価指数のレベルが下がっていても、最後の年に前年比で物価が目標率以上に上昇しさえすれば、目標が達成されることになります。これでは、デフレが払拭されない可能性があります。そこで、ある時点の指数を将来的に維持し、経済学者のいうベース・ドリフトを排除するために、所謂プライスレベル・ターゲティングを導入して、デフレから決別しようという中央銀行の確固たる意思をはっきりと示すことを狙っています。単純な数値例を示しますと、例えば、ゼロ%のインフレ目標を2年で達成するというケースを考えた場合、当初時点で100だった物価指数が、翌年80となり、その次の最終年に80のままの場合でも、インフレーション・ターゲティングでは前年比上昇率ゼロ%の目標を達成したことになりますが、これでは基準時点の物価指数を20%下回っています。そのため、プライスレベル・ターゲティングにおいては、今以上にデフレにせず、今の100という物価指数より下げないということを明示的に目標にします。また、こうした達成時期を含む数値目標を明示的に示すことで、日本銀行は自己評価が可能になるので、これは日銀のコーポレート・ガバナンスに資すると考えています。

 金融調節方式の変更の2点目としては、「日本銀行が保有する長期国債の残高(支配玉<現先売買を調整した実質保有分>ベース)は、銀行券発行残高を上限とすること。」という一文を削除することを提案しています。あわせて私は、国債買切りオペを、現行の月3回6,000億円から、月4回8,000億円に増額するとともに、外債の購入を毎月定期的に2,000億円程度開始することを事実上提案しております。私は、日本経済がそう簡単にデフレから脱却できない厳しい状況にあることを考えると、現時点で資金供給手段の多様化と有効化——すなわち、なるべくマネーと代替性の低い資産を購入する——を図る必要があると考えており、外債の購入開始を提唱しているわけです。

 また、金融市場調節方針としては、現在の、「日本銀行当座預金6兆円を上回る」という、執行部に過度に裁量権を与え、資金需要にアコモデートするだけの事実上ゼロ金利政策とも考えられるディレクティブを改め、金融緩和をより一段踏み込んで「日本銀行当座預金残高を10兆円程度とする」ことを提案しています。この点は、前に説明したとおりですが、私は、先々、手段を駆使し、長期国債買切りに過度に負担が掛からない形で、12兆円、15兆円へと日銀当座預金残高を引き上げていく必要が出てくると考えております。

外債購入等について

 次に今申し上げました金融調節手段のうちの外債購入についてやや詳しく申し上げたいと思います。

 私が外債購入を提唱しているのは、(1)日本経済のデフレ状況は悪化しつつあり、(2)こうした中で、調節手段の中で国債購入のみを大幅に増額することは財政規律の喪失を連想させる等の理由から好ましくなく、また、(3)欧米の主要先進国に外債購入について反対がないと思われるこのタイミングで開始することがよい、と考えたからです。私の提唱している外債購入は、決して為替安定目的ではなく、あくまで円貨の円滑な供給としての手段を拡充させるためのものです。このため、当面は毎月定時定額の外債の買切りで、国債買切りオペの補助手段としての位置付けの購入を考えております。一方、為替介入は、為替相場の乱高下を抑えたり、為替レートの一定水準を意識して弾力的に行われますので、ベースマネーの拡大を目的とした毎月定時定額の外債の購入との相違は明確です。つまり、提案している外債購入は、日銀法第40条第2項の為替安定目的に抵触することはなく、日銀法第33条に掲げられる通常業務内の範囲であり、法律的に全く問題ないと考えています。デフレからの脱却が至上命題であり、国益にかなう今日、当然のことながら、日銀の金融政策手段について100%の自由度が認められるべきであると思います。なお、日本銀行には、自己保有の外貨資産の運用実績がありますので、外債購入についてはノウハウも十分あり、実務的にもフィージブルだと理解しています。

 また、そもそも為替相場は経済のファンダメンタルズに応じて決まってくるわけであり、介入の機能は、機動的・適時適切に、短期的な相場の乱高下を防ぐ以上にはないと考えられます。例えば、9月17日から28日にかけては、3.2兆円の巨額の介入を集中的に行いました。これに反して、私の提唱している外債購入は毎月定時定額でサプライズの要素が全くなく、しかも——世界全体で1日平均1.2兆ドルの取引が行なわれている中で——毎月2、3千億円というレベルを行うことを考えているわけですから、たとえ市場を通じての外債購入であれ、乱高下を防ぐという目的とは全く異なることをご理解いただけると思います。

 現下の厳しい局面で、先々の金融政策の方向性を考えますと、過度に国債買切りオペの増額だけに偏った対応をしていけば、場合によっては、格付け等の動きとも相俟って、長期金利の予期せざる大幅上昇を招くような事態に陥るという可能性もなしとはしません。こうしたことから、私は早いうちに手段の多様化をはかるべきと考えています。10月29日の決定会合では長国の買い切り増額と外債購入の両方を提唱しましたが、現下の優先順位としては、まず、外債購入の開始がよいと思っています。

 さらに短期の調節手段においても必要とあれば、外為スワップの利用を考えるべきでしょう。外為スワップについては、教科書的には為替に対してニュートラルと考えられますので、こちらも法律的な問題はないと考えております。また、いくつかの中央銀行で実際に調節手段として利用しており、ノウハウ面では問題ないと理解しています。

 このように、私は短い調節手段としては外為スワップ、長期的な資金供給手段としては外債購入を補助的な手段として活用し、さらには長国買い切りオペの増額も行えば、調節面ではかなりのことまで行うことが可能だと考えております。一部の方々は日本銀行の直接的な株式購入や土地購入等を主張されますが、私は画一的な商品性が確保されていない資産を対象に、所謂不健全な方法を追及していくことをしないでも、外債、国債あるいは外為スワップといった方法で、相当踏み込んだことをできるというのが私の理解です。なお、REIT、ETFを担保として利用する、あるいは法律を変更して購入するなどといった考え方もありましょうが、私は、マーケットの成熟性、量の確保ということからみて、現在の段階ではかなり難しいと考えております。

アナウンスメント等の問題

 さて、先ほど、金融政策運営における調節上のテクニカルな問題点を指摘しましたが、もう一つ重要な問題点を指摘しておきたいと思います。それは、アナウンスメントに関連した問題です。私としては、(1)量的緩和はできないし、やっても意味がないとしながら、結局、量的緩和を導入した、(2)量的緩和が有効だとして導入したにもかかわらず、その後、その効果を疑問視する、(3)デフレから脱却するために量的緩和を行っているにもかかわらず、一方で先行きのハイパー・インフレの懸念を強調する、などの行為があれば、世間に自己否定的な印象を与え、誤解を招きかねませんし、政策効果を著しく損なう可能性があると考えます。

 私は、これについては、(1)現下の厳しい経済局面においてはこれ以上の金融緩和はできないという発言は不適切である、(2)日本銀行は金融緩和をさらに進めるためにインフレーション・ターゲティングを含む手段・方法を否定せず、現実的に考えていくべきである、(3)2、3年のうちに皆が恐れているようなハイパー・インフレが発生する可能性は極めて低い、という3点が肝要であると考えます。特に3点目については、10年以上の長きに亘ってデフレが続いているわけですから、むしろ目先CPIの下落が止まったり、2、3年前の水準に戻ることは結構なことです。仮にインフレ率が3%なり4%になるとしても、その時は引き締めをしていけばよいわけで、急にハイパー・インフレになることなどまず考えられませんから、躊躇することなく思い切ってデフレ期待を払拭するような政策及びアナウンスメントを行うことこそ、中央銀行に課せられた使命であると考えている次第です。

5.不良債権問題について

 次に、皆さんのご関心が深い不良債権問題について、私の考えを簡単に述べたいと思います。金融政策等でデフレからの克服を図りつつ、一方では、不良債権問題、非製造業を中心とする日本経済の労働生産性改善の問題、市場原理から外れたり市場価格から乖離した価格を作り出した規制あるいは保護の撤廃、民間企業のマネージメント慣行の根本的な見直し等を、スピード感をもって大胆に進めるべきである、というのが、私の基本的な考え方です。

不良債権発生の原因

 まず、申し上げなければならないことは、不良債権の発生および拡大の原因という観点から考えると、(1)根本的な原因として銀行業の主たる融資先である日本の非製造業を中心とする企業の生産性の低さ、競争力のなさ、(2)そもそもの銀行業のオーバーバンキング的な状態——すなわち、銀行貸出のGDPに対する比率が国際的にみて飛びぬけて高いまま横這って推移しているという問題があります——、(3)日本の金融機関が80年代以降横並び的に非製造業中小企業を中心とする中長期貸しに走りボリュームを増やしていったこと、(4)銀行が審査機能の充実を怠り、安易な不動産担保主義をとったこと、しかも担保の評価も不十分であったこと、(5)過去の行政の対応の拙さ——この中にはバブルを拡大させるような緩和的金融政策をとり、その後、一気にバブルを潰してしまった日銀の対応も含まれます——といった要因が重なっている、と私は考えております。

 このうち、非製造業の問題について少しだけ触れますと、例えば全銀ベースの貸出における非製造業の残高構成比は約6割ですが、リスク管理債権あるいは要注意債権における残高構成比は約8割となり、社数では9割となります。これはとりもなおさず、先ほど指摘した、わが国の非製造業の生産性の低さと緊密に関係していると考えられます。

不良債権の根本にあるビジネスモデルの問題

 私が民間企業のCEOとしての体験から指摘しておきたい点があります。それは、銀行経営、企業経営のサイドからの問題として、わが国の不動産の登記制度という便利で充実した制度を利用して、不動産担保での融資拡大により横並び的に貸出拡大を図り、独自の審査能力、リスク管理能力に基づいたユニークなビジネスモデルを展開できなかったというマネジメントの問題が大きいということです。金融機関の融資の7~8割は土地を担保に取っており、融資する金額も担保となる土地の路線価ないし公示地価の何割ということで上限が決まっていることが多いようです。しかし一方で、融資担当者は必ずしもその事業計画や事業内容に専門的な知識を持っていないケースがあります。一部の銀行は、例えば、ディスカウント・キャッシュフロー法でみてどうなるか、カットオフレート(必要最低収益率)をどこに置くか、といったことを十分考えないで融資を拡大してきたのではないかと思います。この点は、企業の設備投資計画についても全く同様です。その咎が90年代以降、出てきているのだと思います。しかし、同じ貸し金業でも、個人を中心に融資する消費者金融や中小企業を中心に融資する商工ローンでは、業況が好調な先もあります。このようにみると、90年頃まで右肩上がりで上昇した地価に甘え、独自のノウハウやビジネスモデルを追及しなかった銀行業は、厳しく言えば、先ほど申し上げた生産性の低い非製造業の典型であったと言えましょう。最近は、例えばインターネット専業銀行、コンビニ銀行等、決済面についてはユニークなビジネスモデルの銀行が生まれていますが、与信面についてもイノベイティブな銀行が現れて、ビジネスモデルが多様化していくことが望まれます。

不良債権処理策

 さて、このように根深い問題を含んでいる不良債権問題ですが、例えば、大手30社の問題を片付ければ全て片付くかというと、今一部で言われていますように氷山の一角にしか過ぎません。それは大きな前進でしょうが、決して全面的な解決とはならないということを申し上げておきたいと思います。

 私は、不良債権問題の解決方法は、本筋として、大手30社だけではなく、非製造業・中小企業も含めたすべての貸出先対象にきちんと厳格な査定を行い、厳格な引き当てを行うということです。引き当てた結果、現行ルールにより計算した自己資本比率が過小となった銀行については、今後、存続可能かどうかは厳密な資産査定によって判断する必要があります。存続可能と判断された先に対して公的資本を注入する際には、無配、減資、トップ経営陣の総入れ替え、銀行再編成等を前提条件として、国が第三者割り当てに応じて普通株式を購入する方法が一つの有力な方法だと考えます。また、その際、これまでのような申請方式では不十分で、強制注入を行うことが避けられないと思います。同時に不可欠なことは、これ以上の景気悪化を防ぎ景気回復を図るということです。毎年の新規発生分が毎年の不良債権処理額にほぼ匹敵するといった厳しい状況が問題となっている以上、さらなる金融緩和を含むあらゆる手段を尽くして、景気の回復を図るべきであり、「デフレからの脱却なくして不良債権の根本的な解決なし」と思います。また、RCC(整理回収機構)の活用については、あくまで補助手段として認識しています。基本的には回収要員と訴訟に携わっていくための弁護士が主力であり、RCCに不良債権を移管してみても、RCCにとって企業の再建は恐らく荷が重く、根本的な問題解決にはならないと思うからです。

 経済状況の悪化についてのマーケット認識の是正は極めて早くなってきており、時間的余裕がなくなってきていることも事実であり、この点を非常に懸念しています。先ほども少し触れましたが、クレジット・デフォルト・スワップについては、9月末を過ぎても低下せず、98年の山一・北拓倒産時に迫る勢いであり、一方で、景気が当面後退を続けることははっきりしているほか、地価の下方トレンドも続いています。さらに、金融機関においては、融資の低迷から国債等を買い増したため、価格変動リスクが高まっているほか、これまでの累次の処理により財務体力は大きく低下しています。こうしたことを考えると、金融緩和等によりこれ以上の景気後退を防ぎつつ、できるだけ早期に、先ほど申し上げたような、厳格な検査・考査と徹底した引当て、さらに必要とあれば公的資本注入といった対応をスピード感をもって行っていくべきであるというのが私の認識です。

6.いくつかの申し述べておきたいこと

 さて、本日は、金融政策、経済状況、不良債権問題等について、オーバーオールに私の今考えていることをお話してまいりましましたが、折角の機会ですので、最後に、約3年9か月、日本銀行審議委員をして気がついた点、あるいはこの機会に申し述べておきたい点に触れておきたいと思います。

ボードメンバーの意思決定、groupthinkについて

 申し上げておきたいことの第一の点は、金融政策決定会合での議論が今後もずっと活発であることを期待したいということです。

 ご承知のように今のような金融政策の決定の仕方は98年4月の新日銀法の施行とともに導入されました。それまでの金融政策は実質的にどう決められたのかベールに包まれていた状況でした。今では、全てを金融政策決定会合において9人のメンバーが議論し、多数決で決めることになっています。この点は、閣議の全会一致のルールと異なっております。また、議事の様子については、1か月程度後に公表される議事要旨を通じて大筋は把握できる仕組みになっています。議事要旨がもう少し早く公表されればよいとか、全ての発言が記録されている議事録については10年後の公表では遅すぎるのではないかといった意見もありますが、それ以前の状況に比べれば大きな進歩ですし、概して、国民に対して金融政策決定における活発な議論がオープンな形で公開されてきたと思います。なお、議事録公表については、私はかつては10年後を考えていましたが、来年の独立行政法人の情報公開法の施行や、政策委員再任の際の評価材料の必要性等も考慮して、5年以内、できれば3年くらいで公表されるのが望ましいと考えるようになりました。

 私はこれまでの3年半をこえる審議委員の任期中、日本経済について他のボードメンバーより厳しい景気認識を持っておりましたので、どちらかといえば少数の立場からの独自の提案を行うことが多かったと思います。そして私の提案は、当初段階では誰も実現しないと思っていたにもかかわらず、後日、かなりの部分が現実の政策として実現したことは、有難いことだと思っております。多数意見と違う提案を行うことが大きな精神的・肉体的エネルギーを必要としたことは事実ですが、ポリティカル・アポイントメントを受け、身分を保証された独立のボードメンバーとして責務を果たすべきだと考えて提案してまいりました。

 こうした点に関して、英国での議論をみますとgroupthinkという概念が出てきています。一般的に「集団による決定は個人による決定よりも質において優れている、他方、集団はgroupthink——すなわち、思考のパターン化——に陥り、柔軟な決定が困難になるリスクを持つ」と考えられます。この点について、先進的なボード運営をしているイギリスでは、中央銀行のボードメンバーの個別のアカウンタビリティにより、groupthinkの弊害を避けることを指向しているようにみえます。すなわち、ボードメンバーは個別にアカウンタブルであることを求められており、就任時やインフレーション・レポート発表の後などに議会からのヒアリングを受けることにより、各自の政策判断の背後にあった考え方等を明らかにすることを義務付けられています。「各委員がアカウンタブルでない場合、例え議論の過程で反対意見を出したとしても、最終的には投票でその考えを公にするインセンティブが小さくなり、結果として、常に有力な個人を含む多数の意見が通りやすくなってしまう」(元BOE・MPCメンバー・ジュリウス女史)という可能性があるので、こうした事態を、議会の個別ヒアリングの実施等という仕組みによって避けようと考えているわけです。この結果かどうかわかりませんが、BOEの決定会合においては、98年4月から今までの間に、執行部サイドである副総裁が可決された提案について反対したケースが、8回、延べ11人に及びます。この点に関しては、日銀では、最近の国会の質疑でも取り上げられたように、執行部サイドの3人の票が割れたことは、一度もありません。

 我が国は元々「和をもって尊しとなす」「以心伝心」「横並び」という風土をもち、大勢順応的な意思決定が行われやすい人間関係の国ですが、ボードメンバーの多数決による意思決定のあり方についてより深く研究と実践が積まれ、将来的な日銀の金融政策の決定の質が向上するよう期待しております。

政府との関係

 申し上げたいことの第二の点は、政府との意思調整の問題です。日銀法の第4条には「日本銀行は、その行う通貨及び金融の調節が経済政策の一環をなすものであることを踏まえ、それが政府の経済政策の基本方針と整合的なものとなるよう、常に政府と連絡を密にし、十分な意思疎通を図らなければならない。」と規定されています。一方で、皆さんご承知の通り、昨年8月のゼロ金利解除においては、政府の出した議決延期請求が決定会合で多数の反対により否決されました。

 私はボードメンバーとして主として「経済の論理」に基づいて議論を行っていますが、一方、国会あるいは政府においては、「政治の論理」に基づいて政策を決定することが多いと考えられます。中央銀行がよりよく機能し、信認を高めるためには、この両者の論理を調整する方法について、関係者と真剣に議論する必要があると考えます。私は、経済の論理と政治の論理とを調整すべき場としての中央の制度ないし組織が存在すべきであると考えており、経済財政諮問会議はそのための一つの有力な候補ではないかと思っております。また、私が提唱するインフレーション・ターゲティングあるいはプライスレベル・ターゲティングは、経済の論理と政治の論理を調整するための一つの有力な方法であると思っています。現在、日本経済は未曾有のデフレにあり、私はこうした状況から脱出するためには、中央銀行は政府と協力して対応せざるをえないと考えます。さらにデフレが深刻化すれば、私は有効需要を創出するために財政の出動もありうると考えておりますが、その際には金融政策を財政政策とシンクロナイズさせてより一段緩和し、効果を相乗的に高めるべきでしょう。そうした日銀の政府とのハーモナイゼーションにより、市場での金融・経済政策へのコンフィデンスが高まり、この深刻なデフレからの脱出が可能になるのだと考えております。

 しかし、念のために申し上げておきますと、私が申し上げているハーモナイゼーションというのは、何も日銀が政府の言う通りに金融政策を行うという意味ではありません。これは、政府の議決延期請求に関する議論において、いつも私がはっきり申し上げていることです。当然、適時適切に必要なことを主張していくべきです。そしてこうした積極的な発言の積み重ねが、中央銀行の自主性を高めることに繋がると信じています。

金融政策の将来

 第三に私が申し上げておきたい点は、我が国の金融政策はまだまだ進化・発展の余地があるということです。

 ここ5~6年、世界の金融・経済学者の低金利や名目金利非負制約に関する議論やデフレに関する議論は急速に進んだように思いますし、世界の中央銀行においても政策手段の研究が随分と進展しているように思います。

 例えば、ECBやスイス中銀では、GDPギャップ等、各種経済指標から実体経済を分析する従来からの手法に加え、マネー・ギャップ、クレジットの伸び率など、さまざまな金融変数が持つ独自の情報価値に注目して、これを分析することで経済・金融市場の状態を判断するという方法で、クロスチェックを行い、金融政策の判断に活用しているようです。このような方法は、Active Money Paradigmと呼ばれており、例えばP*モデル等による分析が有名です。

 また、テイラー・ルールに基づいて算出した適正金利や、マッカラム・ルールに基づいて算出した適正マネタリーベース伸び率といった指標についても、単純な適用は難しいと思いますが、参考にしている中央銀行は多いようです。

 こうしたすでに他の国の金融政策の遂行において実際に利用されている手段の多くについては、日銀においても研究は急速に進んでいますが、必ずしも実際に活用されていません。これらの活用は今後の課題でしょう。

 また、先ほども申したように、金融調節の手段においても、外為スワップ、外債購入等まだまだ新たに活用できる現実的な手段が多く、私は金融政策というのは技術的に今後の発展の余地が大きい分野であると認識しています。

終わりに

 振り返ると、80年代の日本経済はマイクロエレクトロニクスの発展を基礎に労働生産性が緩やかに上昇し比較的高い成長を達成しました。しかし、バブルの崩壊とともに90年代の経済は混迷を極め、「失われた10年」と言われました。一方、米国は、90年代、情報通信革命と金融証券業の発展で高い成長を達成しました。そして今、日本は不良債権問題等構造問題が解決されない状況下、一段とデフレが進行し、一方、米国については景気循環面の減速とテロ事件の影響が相俟っており、ともに厳しい局面に直面しております。

 私は、ここ2~3年が日本経済の正念場であると思っております。日本の産業界が生産性の向上等直面している問題に正面から取り組み、徹底したB/S、P/L両面からのリストラや先見的な経営に邁進すれば、国際的に見劣りのしないレベルまで労働生産性と資本効率の改善を達成でき、必ずや道は開けると考えています。しかし、経済の硬直性をそのままに放置し、市場原理と市場価格が経済の全分野に浸透しない状況が続くならば、将来的に「失われた20年」と言われるような状況に陥りかねません。いずれにせよ、近い将来には日本経済が極めて厳しい局面に直面する可能性が高く、そうした状況にならないよう金融政策からも最大限の努力を払う所存です。

 事実、金融政策については、依然、いろいろな対応余地が残されていると思いますので、叡智を結集してこれらを活用すれば、相当程度、日本経済の苦痛を軽減できると考えます。私は、金融・財政政策、プルーデンス政策等の一連の政策が適切であれば、2003年プラスマイナス1年といった時期を底に経済が立ち直っていくとみております。

 最後に、店頭銘柄となっている額面100円の日銀出資証券の価格をみますと、89年10月のピーク745,000円から、本年1月には54,000円とピークの1/15にまで下げ、直近は58,000円まで戻ったものの、ほとんど戻りらしい戻りもなく、いわば大勢的に下落してきています。これが何を物語っているのか、各人の解釈は様々でしょう。私は、日銀の政策に対する市場の厳しい評価も含まれていると考え、少なくとも98年4月以降の日銀株価の動向については、ボードメンバーの一人として厳粛に受け止めております。おそらく、日銀の株価に底が入って反転し始めた時には、日本経済の前途にも曙光が差し込んでくる時ではないかと期待しております。そして、景気の長期波動の観点からみても2010年頃にかけて日本経済が再び大きく発展する段階に入ると信じています。

 本日は、長時間のご清聴有り難うございました。

以上