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佐賀県金融経済懇談会(2002年1月30日)における中原伸之審議委員挨拶要旨

2002年1月31日
日本銀行

[目次]

はじめに

 日本銀行審議委員の中原伸之です。

 本日は、佐賀県の皆様方と意見交換させて頂くことができまして、有難く思っております。また、お忙しいところを佐賀県知事、佐賀市長、財界の中核の方々にお集まり頂き、大変光栄に思っております。

 日頃から福岡支店長、佐賀事務所長を始め、日本銀行福岡支店、佐賀事務所の職員が、経済調査、その他で皆様に大変お世話になっていることと存じますが、この場を借りてお礼申し上げるとともに、今後ともご協力を承りますようお願い申し上げます。

 本日は、時間も限られておりますので、景気に対する認識や日本経済とりわけ企業部門の構造的な問題ということに重点をおいて、私の個人的な見方、考え方をご披露させて頂きます。また、皆様方からご批判を頂くとともに、佐賀県の経済情勢がどうなっているのか、等々につきましてご意見を賜ればと思います。

申告所得からみた景気の実態

 皆様方は税金に関してはご関心が強いと存じますが、最初に国税庁の申告所得のデータから景気の実態を見てみたいと思います。

 今回の出張に当たり佐賀県の企業の税務データについて調べましたところ、——皆さんご存知かもしれませんが——佐賀県には99年度段階で約1万1千社の法人があり、そのうち利益を計上している法人の数は全体の37%に過ぎないということが分かりました。逆に申し上げれば、欠損法人の割合が63%にも達しているということです。佐賀県の欠損法人割合の推移をやや長いレンジでみますと、92年の44%をボトムにして一貫して上昇しております。税務データなので佐賀県については1999年度までの数字しかありませんが、欠損法人割合は2000年度以降さらに上昇している可能性があります。

 同じ数字を全国についてみますと、全国企業の欠損法人割合は、1990年度の48%をボトムに2000年度68%にまで上昇しており、2000年度においては全国の法人254万社のうち利益を上げている企業は約3分の1にすぎず、残り3分の2は欠損法人という状況です。

 また、単年度の利益額から欠損額を引いた数字をみますと、全国につきましては1990年度の43兆円をピークに長期にわたって減少が続き、ついに1999年度は-2.6兆円と全体でも赤字に転落していることが分かります。一方、同じ数字を佐賀県についてみますと、1991年度をピークに1994年まで減少した後、増加に転じましたが、1997年度以降再び減少傾向を辿っております。ただ、全国の数字とは異なり、現時点でも欠損超には至らず、プラスをキープしています。

 このように、企業部門の収益という設備投資や消費へ繋がる川上の部分が長期にわたって悪化しているということは、マクロの景気全体が如何に不振かということを端的に表わしていると考えられます。企業部門が活力を取り戻し、利益が増えていくような状況にならない限り日本の再生はないと私は理解しております。

マクロ的な景気の実態

 次にわが国の経済のマクロ的な状況についてみてみたいと思います。景気について私が経済をみるうえで最も重視する指標の一つに内閣府で作成している景気動向指数がありますが、今次局面における景気動向指数のコンポジット・インデックス(CI)一致指数の動きを過去の下降局面と比較すると、景気のピークの時点からいかに急速に落ちてきているかが理解できると思います。これまでのCI・一致指数の下落の仕方は、バブル崩壊後の第11循環及び第一次オイルショック後の第7循環という2つの循環の後退期に酷似しています。第11循環は最初極めて急速に落ち、その後、落ち方は緩やかなものとなりましたが、極めて長い間、後退が続きました。一方、第7循環はご承知のとおり第一次オイルショックという外生ショックにより起こった景気後退で、期間は第11循環ほど長くありませんが、真っ逆さまという感じで景気後退期の終了まで非常に早いスピードで悪化が続きました。今回の局面については、すでに公表された11月の指数までをみる限り、非常に早いスピードでの下落となっています。その後、果たして第11循環のようにやや緩やかで長い下落が続くのか、第7循環のように非常に急速な下落が続くのかは、もう少し様子をみる必要があります。ただ、景気循環の過去のパターンや長期先行指標の現状から見る限り、今後、少なくとも数か月は景気回復に転ずる可能性は小さいと予想しています。

 今回の景気後退局面についてもう一つ指摘しておきたいことは、昨年秋頃辺りからフェイズが変わり、一段と深刻な局面に入ったのではないかと感じられるということです。具体的に申し上げますと、失業率については、8月には4.96%であったのが、9月5.30%、10月5.36%、11月5.45%とピークを更新し、昨日発表になった12月についても5.56%と過去最高を記録し続けています。また、倒産件数(東京商工リサーチ)をみても、9月までは1,500件台で推移していましたが10月は1,843件と前月に比べ250件も増加し、84年10月(1,888件)以来の高水準を記録しました。10~12月平均でも1,729件となっており、こうした企業倒産の大幅増加が一過性の動きではないことがみてとれます。これらはいわば遅行指標であり、今後も増加していくことが見込まれます。加えて、各種企業金融のアンケートをみると、これだけ潤沢に資金供給をしているにもかかわらず、中小企業を中心に企業金融面で厳しさが増してきているように窺えます。

 また、設備投資については、マクロ的にみて、(1)限界需給バランスが下降局面に入っていること、(2)投資採算が悪化し始めていること、(3)名目民間設備投資を名目GDPで割ったいわゆる設備投資比率が相当高いレベルにまで上昇していること、等からみて、中期循環的に下降局面にあり期待できないと考えています。さらに、今まで底堅さを示していたGDPの6割弱を占める消費にも悪化の気配がみられていることを考え合わせますと、私は日本経済がある種の破断界を越えつつあるのではないかと危惧しています。

日本経済はすでにデフレスパイラルの初期の段階

 そうした中で、日銀が中央銀行として最も配慮を払わなければならない物価については、GDPデフレーター、WPI、CPI、CSPIのいずれもが前年比マイナスで推移しています。GDPデフレーター前年比については14期連続でマイナスが続いており、2001年7~9月にはマイナス幅を拡大させているほか、CPI前年比についてはこのところ過去最低ないしはそれに近いマイナス幅が続いています。さらに実質GDPの前期比をみても、2001年1~3月期プラスの後、4~6月期-1.2%、7~9月期-0.5%と、98年1~3月期、4~6月期以来の2四半期連続のマイナスを記録しています。こうした中で、需要の弱さに基づく物価下落圧力は一段と増していると考えられます。

 日本経済はデフレスパイラルに入っているかどうかという議論をよく耳にしますが、私は、現状はデフレスパイラルの初期の段階であると考えています。この点は、金融政策決定会合に出席している委員の大勢意見とは異なって、景気の現状をさらに厳しく判断しております。デフレスパイラルの定義はいろいろあるようですが、「景気が後退する中で、物価が下落幅を拡大する」あるいは「物価下落が景気後退をもたらし、これがさらに物価を下落させる」と定義すれば、すでにこうした経済状況の軌道に乗ってしまっていると私は考えています。

 すなわち、短観ベースでみると、全国企業全産業の経常利益は2000年度は前年比+18.0%でしたが、2001年度は12月時点で-18.7%と予想されています。また、ボーナスをみると、カバレッジの最も広い毎勤ベース特別給与(5人以上)は2001年夏季は-2.1%と結局マイナスとなりましたが、冬季はそれを上回る大幅なマイナス幅になったことが確実です。さらに今年度収益の反映度合いが大きい本年夏季については、二桁マイナス幅になる可能性があると私は予想しています。また、毎勤の所定内給与前年比については、来春のベアもマイナスになると予想しており、一段とマイナス幅が拡大するとみています。加えて、完全失業率については今後も上昇を続け、先行き7~8%程度には達すると予想しておりますので、これらの動きが消費者マインドに対して悪影響を与えるのではないかと懸念される状況にあります。こうした中で、これまで辛うじて持ちこたえていた消費が今後所得の減少につれて落ち込んでゆくことは必至であり、さらに次のステージとしては賃金指数と相関が強いサービス価格についても、下落幅が拡大していくと予想されます。財価格についてはすでに中国等からの安値輸入品の増大やそうした製品との競合で大きく下落していますが、今後は、サービス価格についてもはっきりと下落していく状況になると予想しています。一方、景気循環の局面からみると、ここ当面景気が回復軌道に入る可能性は低いと言え、このように経済をフォーワード・ルッキングにみれば、すでにデフレスパイラルの初期の段階に入っていると考えられますので、遅くとも本年後半には、粘着性の高いCPIにおいても前年比マイナス幅をはっきりと拡大させていくと予想しております。

 こうした中で日本銀行は昨年の12月19日にそれまでの「日本銀行当座預金残高が6兆円を上回る」という金融調節方針を変更し、「日本銀行当座預金残高が10~15兆円程度」としました。しかし私は、デフレスパイラルの初期の局面に入っているとみられる以上、金融政策は、ある程度の不確実性があったり多少技術的に難しい面があっても、「日本銀行当座預金残高15兆円程度」と目標をピンポイントで明示した形で、さらに緩和していくべきであると考えており、金融政策決定会合でも提案しております。また、日本銀行のデフレ訣別への強い意思を対外的に示すためにも、具体的な数値を持った物価安定目標を設置し、同時に金融緩和手段を多様化するために外債の購入を開始するべきだと考えており、こうした提案を金融政策決定会合で行っております。

非製造業を中心とした生産性の問題について

 さて、日本経済がここまで深刻な状況に陥ってしまったことに関しては、その根本原因としての非製造業を中心とした低労働生産性の問題に触れざるを得ません。

 すなわち、マッキンゼーが日米比較を行った調査資料をみると、99年において米国を100とした場合のわが国の一人当たり実質GDP(=GDP/人口)は約77でした。これは労働生産性(=GDP/総労働時間)と国民1人当たりの労働投入量(=総労働時間/人口)の積ですが、前者は米国を100として約69、後者は同約111という状況になっています。さらに労働生産性は、資本の生産性(=GDP/資本サービス量)と資本集約度(=資本サービス量/総労働時間)の積ですが、前者は米国を100として約61、後者は同約113となっています。これらをみると、結局、資本と労働の生産性の低さを、米国を上回る労働投入量と資本集約度で補うことで、どうにか米国比8割程度の実質GDPをキープしていることが分かります。同じ資料で米国を100とした場合の労働生産性を業種ごとにみてみますと、雇用の約10%を占める輸出主導型製造業4業種では約120と米国を上回っていますが、雇用の7割強を占めるサービス業、2割弱を占める国内向け製造業の労働生産性はともに約63と米国を大きく下回っています。

 また、別のデータにより70年から2000年までの日米の産業別相対賃金をみますと、米国では製造業がサービス業、卸小売業を上回っており、金融保険業が90年代後半になって漸く製造業を上回ったのに対し、わが国では、卸小売こそ辛うじて製造業を下回っているものの、サービス業、金融保険業といった業種では製造業を大幅に上回っている状況にあります。

 さらに、業種別の長期的な労働生産性上昇率と製品・サービス価格上昇率の関係(70年以降の平均変化率)をみてみますと、労働生産性については、電気機械では年平均10%を上回る伸びとなっている一方で建設、不動産、サービスといった業種では同0~1%にとどまっています。一方、製品・サービス価格上昇率については電気機械が年平均で約5%の下落となる一方で、建設、不動産、サービスは逆に年平均で4~5%の上昇となっています。これは、非製造業は、各種規制が存在するお陰で、生産性上昇率が低いにもかかわらず、大幅な値上げによって利益率を維持し、これを原資として輸出主導型製造業を上回る賃金を享受してきたことを意味しています。さらに申し上げれば、これまでの非製造業の価格設定は、原価に一定の利益率を乗せるということであったと理解できますが、グローバリゼーションが進み規制緩和が進展する中で、非製造業がこうした行動を取り得なくなり、収益率が下がっているのが現状であると思います。この間、非製造業においては、建設業に代表されるように大規模な過剰雇用を抱える状況に至っています。こうした非製造業の構造的な問題の中で、金融機関においては非製造業向け貸出を中心に不良債権が増加してきており、その処理が現下の最大の問題の一つであると私は理解しています。

 こうした状況下、企業はROAやROEの改善に一段と注力をする必要に迫られていると言えます。私は企業のリストラの必要性を早くから一貫して強調して参りましたが、現在、その必要性がさらに高まっていると考えられます。ただ、ROAやROEを引き上げるためには、借金の返済だけでなく、低収益資産、不稼働資産を売却するなど積極的にバランスシートを圧縮することなどで、分母を圧縮する手だてを踏み込んで行うことはもちろんです。加えて、同時に、製品差別化を図るとか新たな収益分野に取り組むとともに、徹底したコスト削減を行い、分子である利益を引き上げるよう努力することが必要です。この点に関連して言えば、いわゆる総需要喚起策は、分子である収益を売上増加によって支えようとする方策です。しかし、今申し上げたように、それだけでは十分ではありません。また、経営者はこのような市場からのチャレンジを受けているわけであり、これを乗り越えない限り、早晩、市場からの退場を迫られることになりましょう。

 今まで経済の厳しい面ばかりを申し上げてきましたが、しかしながら現在、先に繋がるような動きが全くみられないかというと、決してそうではありません。例えば、5業態合計——すなわち、都銀、長期信用銀行、信託銀行、地銀、地銀II——の貸出残高の推移をみますと、96年3月末の536.6兆円をピークに2001年12月末段階では440.6兆円にまで減少しています。すなわち、100兆円弱も減少しており、これはある面では不良債権処理を進めた結果が一部現れていると言うこともできます。また、5業態の貸出残高の対名目GDP比をみますと、90年代前半には110%にまで上昇しましたが、足元、88%にまで低下しております。バブル以前である80年代の初頭においては、5業態の貸出残高の対名目GDP比は8割程度でしたので、経済構造の変化や間接金融と直接金融との間のウエイトの変化との関係はあるものの、仮にこれが適正比率だとすると、現在名目GDPは約500兆円ですので、その8割の400兆円程度にまで貸出残高が減少すれば一応歴史的にみて妥当な水準と考えられます。すなわち、あと40兆円程度、貸出残高が減少する頃には、その間に不良債権の処理もそれなりに進み、金融機関の与信機能もある程度正常に復すると期待できるのではないかと思います。先ほど申し上げましたとおり金融機関はこれまで100兆円程度貸出を減らしてきた訳ですから、不良債権処理の道程は折り返し地点をすでに越えたかもしれず、もう一踏ん張り、二踏ん張りだと言うことができるかもしれません。また、金融機関のこれまでの不良債権処理額の累計をみても、1992年度から2000年度までの間に約70兆円を処理しており、そのうち30兆円強はバランス・シートから切り離されているという事実も、こうした見方の参考になると考えられます。

 もう一つの明るい要素は、日本銀行がようやく昨年9月から本格的な大幅金融緩和を行ったことからマネタリーベースの前年比がここ4~5か月継続的に10%台半ばから20%という高い伸びを示しているということです。こうした高い伸びが1年半から2年程度続けば、経済に必ずや好影響が及んでくると考えております。

おわりに

 以上、ごく簡単に日本経済に対すると私の見方の一端を披瀝させて頂きました。

 私は、ここ当分は依然として日本経済の正念場が続くと思っております。しかし、日本の産業界が生産性の向上等直面している問題に正面から取り組み、徹底したリストラを行い、先見的な経営に邁進すれば、国際的に見劣りのしないレベルにまで労働生産性や資本効率を改善することができ、必ずや道は開けると考えています。そして、企業部門がリストラ等に不断の努力を続け、金融・財政政策、不良債権処理等についての政策対応が適切であれば、2003年プラスマイナス1年といった時期を底に経済が立ち直ってくると予想しています。しかし、リストラの手を拱き、経済原理とそれに基づく価格が経済の全分野に浸透しないような状況が続くならば、不況が長引き、将来的に「失われた20年」といわれるような状態に陥りかねません。そういった状況にならないよう金融政策面からも最大限の努力を払う所存です。

 さて、本日は、佐賀のトップの方々にお集まり頂きましたので、地元経済の実情、経営されている実感、金融政策についての注文等についてご意見を頂戴できればと思っております。宜しくお願いいたします。

 ご清聴ありがとうございました。

以上