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「日本経済の現状と経済政策」

中原眞審議委員が2002年2月20日・スペイン大使館にて行った、EUメンバー国経済・財務担当参事官向け英文スピーチの日本語訳。

2002年3月5日
日本銀行

[目次]

  1. 1.はじめに
  2. 2.2001年3月以降の金融政策および今後採り得る政策
  3. 3.構造改革、国債管理政策というWILD CARD
  4. 4.金融システムの信認回復というWILD CARD
  5. 5.最後に

1.はじめに

 議長有り難うございます。私は、日本銀行審議委員の中原眞です。本日、EU経済参事官の会合で日本経済の現状について講演するという機会を得たことを感謝します。

 最近、日本経済に関する報道のヘッドラインには、 “Terminally ill”,“No hope”,“Bankrupt Japan” という単語が並んでいます。報道は、ショッキングなヘッドラインとともに、内容が驚く程悲観的です。しかしながら私は、大きな対外債権と経常黒字、そして高い貯蓄率と巨額の個人金融資産を抱える日本のポテンシャリティは高い、日本経済は、大きな問題を抱えているが、全ての経済主体が協力して、粘り強く対応すれば再生のチャンスは十分あると考えています。

 まず、何が問題なのでしょうか?私は、日本経済の問題は3つに集約できると考えています。一つは大幅な需給ギャップの存在であり、それがなお拡大していることです。資本ストックや雇用が過剰であり、その裏返しとして資本効率が低く労働分配率が高止まりし、供給能力に見合う需要がないのです。実質GDPは、2001年度、2002年度と2年連続のマイナスとなりそうです。この原因の一つは、循環的なものであり、2001年初頭から、米国・IT関連産業を中心とする急速な世界経済の減速があったためです。もう一つの原因は、構造的な問題であり、過剰ストック・高コスト体質の中で、中国等エマージング・マーケットが急速に供給力を拡大したことです。この間、資本ストックおよび労働分配率は減少していませんので、供給と需要のギャップが広がっています。二番目は財政赤字の問題です。政府債務残高のGDP比率は2001年度には113.8%まで上昇しています。経済財政諮問会議の見通しによると、プライマリー・バランスが黒字化するのは2010年代初頭と予想されています。過大な財政赤字は、将来の現役世代の負担となります。また、後程述べますが、過大な財政赤字は、財政政策だけでなく金融政策の裁量も狭めるという弊害も持っています。そして三番目は当面する最大の問題である不良債権です。金融庁によりますと、92年度以降、全国銀行は70兆円を超える不良債権処理を行ったにも拘わらず、不良債権はむしろ増加しています。また、1992年度以降、16兆円の公的資金が金融機関の破綻処理に使われました。しかし、金融システム全体への不安は払拭されていません。むしろ、2002年4月から始まるペイオフ解禁を前に高まっています。

 私は、以上の3つを日本経済が抱える最大の問題と認識しています。本日、私は、これらの問題を解決するため何をすべきか、日本銀行は何を為し得るかについてお話しするつもりです。

 まず、日本銀行がどのような政策を行ってきたか、今後採り得る政策から始めます。

2.2001年3月以降の金融政策および今後採り得る政策

 日本経済は、2000年中、IT関連業種を中心とした景気回復を続けていました。しかし、日本経済は、2000年末から世界経済が急減速したことから、再び調整局面入りしました。こうした景気情勢に対し、日本銀行は、昨年3月思い切った金融緩和政策を採りました。この政策の骨子は、(1)主な政策目標をそれまでの金利から日銀における金融機関の当座預金に変更し、当該時点での目標を必要準備を上回る5兆円としたこと、(2)この政策を「消費者物価指数の前年比上昇率が安定的にゼロ%以上となるまで」続けることの2つです。さらに、その後の経済情勢の悪化を踏まえ、日本銀行は、2001年8月、当座預金の目標を5兆円から6兆円に引上げ、長期国債の買切り増額を行いました。また9月、金融資本市場は米国同時テロ事件によって不安定となりました。このため、当座預金の目標を6兆円以上としたうえ、短期の上限金利である公定歩合を引き下げました。さらに、昨年末、日本銀行は、さらなる景気の悪化と信用リスクプレミアムの拡大を受けて、当座預金の目標額を10~15兆円にするとともに、流動性を供給するための手段を拡張しました。

 私は、これまでの量的緩和政策に期待された効果には、少なくとも3つあったと考えています。一つは、当然といえば当然ですが、ベースマネーの増加によりマネーサプライの増加を図ることです。昨年末のマネタリーベースは、日銀当座預金の増加を主因として前年比2桁の増加となっています。しかし残念ながらマネーサプライ(M2+CD)の伸びは限定的であり、これは過剰な資本ストックの解消が進まず企業の資金需要が極めて低いこと、また不良債権の存在で銀行のリスクテイク能力、即ち金融の仲介機能(信用創造)が低下していることによるものと思われます。二番目の効果は、金利、就中、1年ものまでの金利を強力に押し下げていることです。また、97年以降の長期金利のボラティリティをみると、金利変動が少なくなったことがわかります。これは、金利が安定しているということです。中長期金利については、市場に財政のsustainabilityに対する懸念が根強く存在し、比較的短いところでは低位安定化していますが5年を超えるレンジについては必ずしも安定していません。最後の効果は、これら2つの効果を通じた潤沢な流動性の供給によって、流動性不足に基づく信用不安が抑えられたことです。社債の格付毎の利回り格差を、企業の資金調達がタイト化した98年当時と比較すると、今回は、金利上昇が低格付債に限られていること、その上昇幅も大きくないことに特徴があります。

 反面、昨年3月以来の政策は、企業や家計の期待形成に働きかけ支出を増加させる、金融機関が「少しでも収益の上がる資産を持つ」という考えに基づいて貸出等リスク資産を増加させる、という効果はみられていません。換言すれば、昨年3月以降の政策は、今までのところ、信用乗数を引上げ実体経済に効果を与えているとは言えません。また、技術的な面においても、金融機関の貨幣需要がなければ、無制限に当座預金目標を引上げることはできません。このところ短期の資金供給オペの入札額が、予定額を下回る状況が続いており、当預の目標額が達成できない可能性も高まっています。しかし、量的緩和策は前例の無い政策です。学問的にも、効果に対する判断は別れています。現実にベースマネーの大幅増加が始まったのは昨年の夏からです。私は、高いベースマネーの伸びを維持し、その効果を見守りたいと思います。

 さて今後、現在の当座預金を目標とする量的緩和政策が、信用乗数を引上げる効果を持たない場合、そしてデフレを食い止める効果を持たない場合、どのような手段が考えられるでしょうか。

 マネーサプライを引上げる一つの方法として、短期金利やベースマネー以外の操作変数を操作することが考えられます。具体的には、為替、長期金利を操作対象とすることや民間信用の需給に中央銀行として介入することです。これらはいずれも伝統的な中央銀行の金融政策ではありません。為替は現在の日銀法の下では金融政策の非操作対象です。様々な要因で決定される長期金利は、必ずしも十分に操作可能とは言えません。そして、株やCP・社債等民間信用は操作技術が不足しています。中央銀行の資産の健全性をどう考えるかの問題もあります。このような非伝統的な政策は、中央銀行の裁量で為し得るかという問題もあります。政府・日銀は一体となってデフレを克服するつもりですが、いずれにせよ金融政策が限界に近付いてきていることは事実であり、デフレがさらにスパイラル的に深刻化する場合には、財政の出動と合わせた非伝統的な政策の発動も全く排除する訳にはいかないと思います。

 デフレを食い止める方法として、「日本銀行はインフレターゲットを導入すべきである」という議論があります。インフレターゲットを提唱する論者の意見は、「インフレターゲットの採用によってインフレ期待を醸成することができる」、「名目金利は醸成された期待インフレの上昇率ほど上昇せず実質金利は低下する」というものです。

 インフレ期待は様々な要因で醸成されます。仮りに、それが、「中央銀行が具体的な数値目標を出すことに意味がある」と言う人もいるかもしれません。しかし、目標とした数値は、単にベースマネーを増やすことでは達成できないでしょう。中央銀行が直接不良債権や土地でも買うべしという議論がありますが、これらは中央銀行が独自に採り得る政策ではありません。実現する手段が伴わない限り数値目標は信頼されず、インフレ期待を醸成することはできません。結局、設定した数値が効果をあげるかどうかは、それが経済主体に信じてもらえるかどうかに大きく依存します。

 仮りに、日本銀行が、インフレ期待を醸成しインフレを作り出せた場合、名目金利はどうなるのか。名目金利は、インフレ下での人々の経済活動に依存します。過去の実績をみると、インフレ率と名目金利はほぼ連動して動いています。インフレ期待が高まっても名目金利は上昇しないという理想的状態の可能性は低いでしょう。

 私は、「物価は長期的には貨幣的な現象であり、経済が正常な状態であれば、金融政策はデフレを食い止めるために有効である」と思います。金融政策は、経済活動によって作り出された信用を流動性の高い現金に換えることを通じて、実体経済に必要かつ十分なマネーを供給することです。この必要かつ十分なマネーを与えることを通じて、物価も安定するからです。しかし、金融政策が有効になるためには、経済活動の結果としてのマネーに対する需要が増え、それに対してマネーを供給するルートが正常に動いていることが必要です。現在、企業・家計の取引動機に基づく貨幣需要が殆どありません。反面、財政の貨幣需要は旺盛です。マネーを過度に供給しようとすれば、財政のチャネルを通じざるを得ません。しかしながら、財政赤字のsustainabilityを考えると、これは困難です。財政規律に対する市場の懸念は根強いものがあり十分な注意が必要です。

 なお、一定のポジティブな物価上昇率を、期待インフレを醸成するためではなく、中長期的な金融政策のフレームワークとして中央銀行が持つ、または政府と共通認識を持っていることは、必要かつ意味のあることと思います。もちろん、どのような物価指標を用いるか、その程度の数字を明示するかは十分検討が必要です。

3.需給ギャップ解消および国債管理政策というWILD CARD

 ここまでお話しすると、「金融政策はもはややるべきことはないのか」と思われるかもしれません。私は、金融政策はもはややるべきことがないとは思いません。私は、当面潤沢な流動性の供給により金融システムを安定させることが最も重要と思います。金融市場は、ペイオフ解禁の前に、予備的動機に基づく予期しない貨幣需要が生じる可能性があるからです。このため、信用不安を取り除くのに有効であれば、さらに流動性を供給するための方策を検討する必要があるかもしれません。また、マネーサプライを増加させるための手段やルートとについてさらに検討することも必要です。

 しかし、同時に、マネーを正常に供給するルートを回復しなければなりません。即ち、日本経済が悩んでいる問題——需給ギャップ、財政赤字、不良債権——の解決が欠かせません。

 カードゲームで手持ちの札を早く無くした方が勝つという勝負を考えて下さい。勝つためには、自分の手持ちのカードが出せる環境を整えねばなりません。現在、日本銀行を含めた日本経済は、手持ちのカードを出せる環境が整っていません。日本経済は、まず、手持ちのカードを出せる環境を作る自由札を出さねばなりません。日本経済を活性化するという戦いには、まずこの自由札(WILD CARD)を出すことが必要です。

 まず、一番目のWILD CARDは需給ギャップの解消です。解消の方策は、構造改革——資本・労働を需要のある分野に配分すること——です。GDPの産業別の成長率をみると、製造業や建設業、卸売・小売業が低成長を甘受する一方、運輸・通信業、サービス業は高い成長を維持しています。こうした需要のある業種に資本・労働を配分し、新たな需要を掘起こす財・サービスを創出することが必要です。また、私は、経済主体間での所得配分の問題も指摘したいと思います。1960年以降、日本の労働分配率は大きく上昇しました。これは米国の労働分配率が安定しているのと対照的です。この間、日本企業の設備収益率は下落しています。この状況から何が言えるのでしょうか。一つ目は、富を貯えた家計に対し需要のある財・サービスの供給をしなければなりません。二つ目は、日本経済は、企業の成長力回復のためには、労働分配率を引下げる必要があります。日本経済の調整過程では、2つのことが同時に起きねばなりません。即ち、資本・労働の成長分野への配分がなされる過程で、資本分配率が上昇し労働分配率が下落します。この前提として、企業・家計の自由な経済活動を保証するため、規制を緩和しなければならないのは言うまでもないことです。

 二番目のWILD CARDは財政改革です。この問題の解決は、政府の国債管理政策が十分にsustainableなものであることです。昨年末、日銀が引上げられた当座預金目標に向けた資金の円滑な供給のため国債買切り額を増やす決定をした際、長期金利は、財政規律への懸念から上昇しました。国債買切りオペは、当座預金目標を達成するための手段との位置付けです。現在の量的緩和政策の裁量を広げるため、財政に関する市場の不安を払拭することが欠かせません。98年末、債券相場が急落した原因も、国債増発懸念や財政拡張路線でした。

 現下の厳しい財政状況では、「一つの景気循環を通じての予算の均衡を目指す」という「スウェーデン方式」を提唱するのは非現実的でしょう。しかし、「政府は、財政構造改革法が凍結された中でも、しっかりした国債管理政策を行っている」という市場の信認を得ることは何にも増して重要です。

 市場の信認を得るためには、歳出・歳入構造の改革も必要となってきます。歳出においては、行政、地方財政の効率化を進め、硬直的となった内容を是正することです。また、歳入面においては、国民負担のあり方の議論が欠かせません。少子高齢化は、公的医療・年金で受給者が増える一方、税金や社会保障負担で拠出してくれる将来世代が減少することを意味します。日本の税金や社会保障負担の国民所得に対する比率は、諸外国と比較して相対的に低いものとなっています。この負担は、中長期的に50%を超えることも予想されます。ただし、将来の現役世代の負担増加は、彼等の納税者としての納得がなくては実施できません。納得を得るため、具体的には、政府は、個人においては、直接税と間接税の比率を是正する必要があります。所得税に依拠して高齢化社会に必要な財源を調達すれば、数の少なくなった将来の現役世代に重い負担を課してしまうからです。重い負担は、勤労意欲を大幅に減退させ経済活性化のマイナス要因となります。また、法人においては、創業や新規投資にインセンティブを与える税制が求められます。

4.金融システムの信認回復というWILD CARD

 最後のWILD CARDは不良債権処理による金融システムの信認回復です。1995年以降すでに10を超える銀行、140を超える信金・信組が清算ないし破綻認定を受け、16兆円の公的資金が使われています。また、これとは別に公的資本として10兆円が注入されています。しかしながら、金融システムへの信認は一向に回復しません。まず大事なことは、その規模を正しく認識することです。不良債権の規模は、「どこまでを不良債権とみなすか」という点で、金融機関、政治家、マーケット・エコノミストが様々な解釈をしています。この共通の言語で話せない状況が日本の金融システムへの過度の不安につながっています。金融庁によると、破綻懸念先以下の2001年9月末時点の不良債権の総額は全国銀行136行で23.2兆円です。これに加えて、要注意債権全てを不良債権とみなす見方がありますが、私は、正しくないと思います。要注意債権はNon Performing Loanではありません。米国の分類でいえば、Special MentionSubstandardの一部を含む概念とみてよいでしょう。日本の場合、永年の取引関係や経営者の質、業種の将来性など定性的判断の要素も多く、特に中小企業の場合など一律な判断ができない難しさがあります。今後この自己査定の客観性をさらに高めていくことは必要ですが、これには時間がかかるのはやむを得ないと思います。金融庁によると、件数ベースでみて、2000年3月時点の要注意債権のうち、8.4%が一年後に「破綻懸念先」以下に劣化している一方、「要注意債権」の12.8%が正常債権に向上しています。これは私の民間銀行における経験からみても妥当な数字とみています。要注意債権のうち貸出条件を通常の取引以上に緩和したり特別な与信管理を行っている債権、「要管理債権」に破綻懸念先以下の債権を加えたものを広い意味で不良債権と捉えるべきでしょう。具体的には、2001年9月末では破綻懸念先以下の23.3兆円に要管理債権13.5兆円を加えた36.8兆円が一般的な意味での不良債権、リスク管理の対象という意味のリスク管理債権です。現在、一番定義が難しく議論の出るのが要管理債権であり、現実にはこれより大きい数字である可能性は高いと思っています。これについては定義において解釈の分かれるところも大きく、これを統一性・信頼性の高いものとすることがポイントかと思います。現在行われている特別検査により、こうした問題をできるだけ早く解決することが必要です。

 また、日本の不良債権の規模は処理できないほど大きいのでしょうか。1980年代から1990年代初頭にかけて、先進各国は不良債権に苦しみました。各国のピーク時の不良債権比率をみると、現在の日本の不良債権額がピークである保証はありませんが、日本の不良債権比率が飛び抜けて高いわけでないことが分かります。

 ただし、市場はこうした見方をせず、金融庁の公表する不良債権の規模を信用していません。不良債権の規模や今後の処理について、冷静な分析と判断が必要ですが、先ずは現実はともかく市場の信認を回復することに全精力を傾けざるを得ません。金融当局においては、検査・考査の能力を高め市場に対し透明性・説明力を高めるとともに、資本不足がはっきりした場合や市場の信認回復のために必要な場合には、公的資金の注入を果断に行うことが必要です。もちろんこれは全ての銀行に一律に投入することを意味するものではありません。なぜ市場の信認がないのか。冒頭申し上げたとおり、不良債権の金額が減少しないのが根本的な原因です。そこにこそ問題があります。現実には、長い景気停滞のため処理額を上回る新規不良債権の発生が続くこと、引き続く資産デフレで担保がどんどん目減りすること、日本の法律や市場未整備のため不良債権のオフバランス化が進まないこと等様々の理由があります。また、処理が進まないもうひとつの原因は、基本的に銀行の収益力が低いうえに、持合いを通じた銀行と企業の従来からの関係をもとにしたビジネスモデルが、信用リスクとリターンをもとにした新しいビジネスモデルに転換するのに時間がかかっているということだと思います。

 私は、不良債権処理を確実に早く進める具体的な方策として、3つ申し上げたいと思います。まずは、銀行は、金融庁検査・日銀考査の結果を踏まえたうえで、要管理債権を含めた不良債権に対し充分な引当金を積むことが第一です。要管理債権が破綻懸念先に落ちることに伴う要引当額は、要管理債権が正常先になって開放される引当額を上回っています。この格差を埋めるのに充分な引当額の計上が必要です。二番目は、銀行本体から不良債権を切り離すこと、具体的には、先ずRCCによる買取りをできるだけ早く大量に行うべきです。少なくとも破綻懸念先以下のRCCへの売却は法的に強制力をもってやることも必要かと思います。RCCは、昨年の法改正によって機能強化が図られました。しかし、企業再生機関として十分な陣容ではありません。このため、銀行も不良債権を持ち込めませんし、対象企業も持ち込まれるのを嫌がります。RCCの人材・ノウハウを充実させ、企業再生機能の強化を図るべきです。このためにはRCCとは別の受皿を作ることも検討するとともにメイン行のバンキング機能を活用すべきと思います。メイン行とRCCが協力して企業の再建を図る体制を作るべきです。以上のような施策の結果として、資本不足に陥る銀行があれば、公的資金をもって資本を増強することを躊躇うべきではないことは先程述べたとおりです。この辺りの処理については、期末を控え市場が不安定になっているところからできるだけ早く行うべきです。最後は、公的金融機関を含め、金融機関の再編を促すことです。この目的は、金融機関の収益回復です。公的金融機関の貸出残高は150兆円と民間金融機関貸出残高の25%に達します。市場原理に基づかない業務運営が行われているからです。このため、毎年、貸出残高の0.4%の補給金が支給されています。郵貯・簡保も資金の流れや経済構造をある程度歪めてきており問題といえます。オーバーバンキングと公的金融機関の存在が民間金融機関の低収益をもたらしています。銀行の再編を促す競争促進的な政策を導入するとともに、公的金融は必要最小限として、民間でできることは民間に任せるとの原則が必要です。

5.最後に

 最後に、日本経済を活性化させるための戦いに当って、私の基本的な考え方を3つ申し上げて、本日の講演の結びとしたいと思います。

 一つ目は、日本経済活性化のための戦いは総力戦であるということです。日本銀行は、橋の上のホレーシオではありません。財政、金融、企業、家計、全ての経済主体は同じ戦いに挑むべきです。全ての経済主体は、日本経済を活性化するため、今まで申し上げた3つのWILD CARDを出す方策に着手するべきです。全ての経済主体が「全ては一つのために、一つは全てのために」行動しなければなりません。

 二つ目は、この戦いが時間を要するという認識を持つことです。日本経済が構造改革の傷みを乗り越えて再び成長力を持つ、信用創造のメカニズムが正常に動くには時間がかかる、根気強い努力が必要ということです。

 三つ目は、市場規律の確立と市場原理の貫徹を経済運営の基本としていくことだと思います。欧州では、70年代後半から80年代前半まで、「このままでは没落の道を歩むしかない」というユーロペシミズムが蔓延しました。これに対し、各国が採った政策は、財政赤字を削減し物価上昇を抑制、産業の効率を高め、経済主体のリスク管理の能力を高め、自己責任原則を貫徹させるという地道な努力でした。そして、EU諸国は、15年以上経た後、通貨統合を成し遂げ、その経済は活力を維持しています。

 「日本経済は、大きな問題を抱えているが、全ての経済主体が協力して、粘り強く対応すれば再生のチャンスはある」。冒頭申し上げたこの言葉を再度申し上げ、本日の講演のclosureとさせて頂きます。

 ご清聴感謝します。

以上