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構造改革と金融政策:変化の胎動と期待

長野県金融経済懇談会における須田審議委員挨拶要旨

2002年5月29日
日本銀行

[目次]

  1. 1.はじめに
  2. 2.構造改革とその課題
    1. 2−1.構造改革と景気対策
    2. 2−2.構造改革の課題
  3. 3.構造改革の胎動:法・会計制度の改革
  4. 4.コーポレート・ガバナンスの重要性
  5. 5.公的部門の役割の見直し
  6. 6.金融政策に対するインプリケーション
    1. 6−1.構造改革とマネーサプライ
    2. 6−2.金融緩和の効果:試論

1.はじめに

 日本銀行政策委員会の須田美矢子です。本日は、長野県の各界を代表する有識者の皆様方にお越し頂きまして、誠にありがとうございます。また、日頃、私どもの松本支店ならびに長野事務所が大変にお世話になっています。重ねてお礼申し上げます。

 さて、現在、日本経済は、様々なリスク要因はあるものの、循環的な回復局面に入りつつあるように見受けられます。こうした時期にこそ、「構造改革なくして経済成長なし」という国民的な課題を改めて直視する意義があるように思います。そこで、本日は、メイン・テーマとして構造改革を取り上げたいと思います。まず私から、議論の叩き台として、構造改革を巡る論点について日頃考えていることの一端を申し述べたいと思います。具体的には、日本経済が必要としている構造調整の性格と課題を確認したうえで、構造改革の課題に対するこれまでの取組みを評価したいと思います。最後に、構造改革と金融政策との関係についての問題意識を申し上げます。そこで、企業や金融機関の経営の最前線でご活躍の皆様方からご意見を承り、議論を深めていければ幸いに思います。本日の懇談会が意義深い意見交換の場になることを大いに期待しています。どうか宜しくお願い申し上げます。

2.構造改革とその課題

 構造改革は何を目指しているのでしょうか。それは、日本経済の「潜在成長率」を高めることです。

 それでは、潜在成長率とはどのような概念でしょうか。まず、「潜在産出量」という概念を定義します。これは、「労働力や資本設備という生産要素を完全に利用し、かつ、インフレを加速せずに持続できる最大産出量」です。そして、この潜在産出量の変化率が「潜在成長率」です。言い換えれば、「潜在産出量の趨勢的な経路である」とみることもできます。潜在成長率については様々な推計手法があります。いずれも幅をもってみる必要がありますが、日本銀行では、現在の潜在成長率は1%台ではないか、とみています。過去に比べて、また、他の先進諸国に比べて、かなり低いというのが実情です。

 潜在成長率を高めるためには、環境の変化に適応して、労働力と資本という生産資源を効率的に活かすことができる経済社会に改革する必要があります。構造改革はそのプロセスとして捉えることができます。

2−1.構造改革と景気対策

 潜在成長率とは中長期的に実現可能な最大成長率です。他方、短期的には、経済活動は循環的に変動し、潜在成長の経路から外れることが少なくありません。すなわち、現実の経済成長率は、ある時には潜在成長率を上回り、ある時には下回ります。その繰り返しが景気循環です。例えば、景気が回復に向かう局面では、現実の成長率が潜在成長率を上回り、需給ギャップ(現実の産出量と潜在産出量の乖離)が縮小するというのが一般的な姿です。

 そこで、政府の「景気基準日付」による景気判断によって、90年代以降の景気循環についてみてみると、93年10月から97年5月までの43か月は「景気の拡張期」です。この43か月という景気拡張期間は、戦後最長の好況といわれた「いざなぎ景気」の57か月、80年代後半の「バブル景気」の51か月に次ぐ長さです。また、99年1月から2000年10月までの21か月も景気が拡張していた時期である、と暫定的にみなされています。

 ところが、多くの人々は、90年代の景気循環に関する説明に違和感を覚えるのではないでしょうか。むしろ、この間、景気が循環的には拡張期であったものの、厳しい雇用情勢が続いていたこともあって、多くの人々は「景気がよい」という実感を持てなかったように思います。こうした中で、財政・金融政策というマクロ経済政策による積極的な景気対策が求められました。

 しかし、景気対策によって潜在成長率を高めることはできませんでした。例えば、財政政策について、政府は、92年以降、度重なる経済対策を講じ、総額で130兆円を超える財政支出を行いました。しかし、今から振り返りますと、成長率に対する押し上げ効果は一時的であったうえ、政府債務は2002年度末で約700兆円と見込まれるほどまで積み上がりました。また、金融政策についても、90年代は一貫して金融緩和が続けられました。コールレート(無担保・翌日物)は、91年初に8%強でしたが、96年には0.5%まで低下しました。現在では、いわゆる量的緩和政策の下で、事実上ゼロ%という下限で推移しています。

 こうした経験を経て、近年では、「持続的・本格的な景気拡大を実現するためには中長期的な成長力(潜在成長率)を高めなければならない」という認識が次第に浸透してきました。現在の経済情勢をみますと、公共投資は減少を続けていますが、景気の悪化テンポは緩やかになってきました。こうした動きについて、様々な見方があるでしょうが、「従来の公共投資などを通じた所得再分配システムが大きな転換期を迎えている可能性がある」ということもできるように思います。

 ただ、構造改革と景気対策を二者択一の関係にあるかのように捉えることは不適当です。日本経済の生産性・効率性を高めるメニューの中から、景気対策の効果も合わせて期待できる施策を選ぶことは、構造改革と景気対策の両面で望ましい施策である、ということができます。例えば、財政支出については、公共投資の「規模」ではなく、社会資本としての「資産価値」——それが民間の生産性の改善をもたらすか、あるいは、人々の生活を便利に、快適にするか——という観点から評価し、その効果が高い投資を重点的に行うというアプローチが有効であると思います1

  1. 1潜在成長率を高めるためには後述のとおり「生産性の向上」が不可欠です。生産性の向上は、ある日突然、天から降ってくる訳ではありません。生産性の向上には技術進歩が不可欠です。技術進歩は研究開発の成果です。そして、研究開発が十分な成果を上げるためには人的資本が極めて重要な要素です。こうした観点から、政府は、科学技術政策の骨格である「科学技術基本計画」(2001~2005年度)において、生命科学、情報通信、環境、ナノテクノロジー・材料の4つを政府による研究開発投資の重点戦略分野と位置付けています。政府が、これらの分野に十分な資金を振り向け、それを有効に活用できる研究体制を整備していくことは意義深いことです。

 また、教育の役割も非常に重要です。私自身、昨春まで、学習院大学で教育に携わっていましたので、「教育のあり方を見直し、より創造的で多様な人材を育てることは、個人の生活を豊かなものにするだけではなく、日本経済の底力を強くするうえでも極めて重要な課題である」という強い問題意識を持っています。

2−2.構造改革の課題

 はじめに、「構造改革の目的は日本経済の潜在成長率を高めることである」と申し上げました。ところで、今日、「不良債権問題がわが国にとって最大の構造問題である」という声がしばしば聞かれます。改めて申し上げるまでもなく、不良債権問題は日本経済が克服しなければならない最重要課題の一つです。しかし、不良債権問題を金融機関の経営問題としてのみ捉えることは適当ではありません。後ほど改めて申し上げますが、金融機関の不良債権問題は、企業の収益性の問題と表裏一体の関係にあります。すなわち、不良債権問題に対して取り組むうえでは、「金融機関が貸出債権から得るキャッシュフローの源泉は、借り手である企業の経済活動が生み出す所得である」という現実から出発することが重要です。

 また、財政赤字につきましても、それを縮小するためには財政支出の削減や税収の増加が必要です。そのためには、民間需要の持続的な拡大が不可欠です。

 このような観点に立ちますと、「構造改革の中核は企業経営の改革である」と申し上げても過言ではないと思います。すなわち、政府や日本銀行の役割は企業ができるだけ働き易い環境を整備することであり、改革の主役はあくまでも企業自身である、と考えています。

 そこで、日本の企業部門についてしばしば耳にしますのが、「資本効率が低い」という指摘です2

  1. 2例えば、前田栄治・吉田孝太郎、「資本効率を巡る問題について」、『日本銀行調査月報』、1999年10月。前田栄治・肥後雅博・西崎健司、「わが国の「経済構造調整」についての一考察」、『日本銀行調査月報』、2001年7月号。

 例えば、企業の株主資本利益率(ROE)は、90年代に大幅に低下し、多少の循環的な変動を伴いつつも、基調的な水準は低迷しています。一方、米国企業のROEは、90年代初頭に一旦大きく落ち込みましたが、その後比較的短期間のうちに、以前よりも高い水準まで回復しています。

 日本企業のROEの低迷は、(1)陳腐化した資本ストックの存在(過剰設備)、および、(2)労働分配率の上昇(過剰雇用)によるものです。また、企業における過剰設備や過剰雇用の問題は、過剰債務の問題と表裏一体の関係にあります。

 そして、日本企業の効率性が低いという問題は必ずしも一部の産業だけの問題ではないという点も見逃せません。例えば、非製造業については、「製造業に比べて厳しい国際競争に晒されていないため、効率性が低い」という指摘がしばしば聞かれます。もちろん、そのように、製造業と非製造業の置かれてきた環境の違いが各々の効率性に対して影響を及ぼしてきたという面は否定できないでしょう。しかし、一口に製造業に国際競争力があると言いましても、実際には製品や部門によってかなりの差があり、ある部門が輸出などで高い収益を稼ぎ出し、その「稼ぎ」で低収益部門の穴を埋めてきたケースが少なくないのではないか、と思います。世の中では、「非製造業が、規制や公共事業に守られているため、非効率さが目立ち、製造業から非製造業へ所得が再分配されている」という指摘がみられますが、個々の企業の中でも高収益部門から低収益部門へと所得が再配分されてきたのではないでしょうか。

 仮に、私が只今申し上げたことが的外れではないとしますと、他の先進国との比較において、「日本の企業は、全体として、経済環境の変化に応じて、企業価値の最大化に徹することができなかった」ということになると思います。

 企業価値を測る尺度は様々です。ROEもその代表的な指標の一つです。しかし、企業価の概念を突き詰めますと、一つのシンプルな考え方に至ります。それは、「その企業が将来にわたって生み出すキャッシュフロー(=利益)を資本コスト(=投資家の期待収益率)で割り引いた現在価値である」ということです。

 ここで、「将来にわたって」というところが一つの重要なポイントです。将来にわたってキャッシュフローをできるだけ多く生み出すためには、経済環境の変化に的確に対応する必要があります。

 日本の経済環境を振り返りますと、90年代に、急速な「グローバル化」の進展や中国などの台頭、規制緩和、「情報技術革新」などを背景に、経済構造の調整圧力が強くかかりました。しかし、「人口構成の変化」や「経済の成熟化」といった長期的な経済社会条件の変化は、80年代までに既にかなり明確になっていたはずです。「グローバル化」にしましても、90年代に急速に進展したことは確かですが、80年代後半には、(1)輸出主導型経済成長に対する国際的な批判、(2)それと関連した国際協調の枠組みによる円高誘導、(3)規制緩和や「日本的経営」の部分的な導入などを背景とする米国製造業の回復の兆し、(4)アジアNIEsのプレゼンス増大など、日本企業の世界市場における競争条件は既にかなりの程度変化し始めていました。わが国では、こうした経済環境の変化に対して必ずしも的確に対応し切れなかった結果として、資本効率が低い状況が続いてきたという面があるように思います。

 本来、市場経済は、「企業が、こうした経済環境の変化の中で効率性が低くなる部分を解消し、企業価値の最大化を図る機能を備えている」と考えられています。すなわち、理念的には、企業が資本市場の強い圧力に晒されていれば、経営資源(ヒト、モノ、カネ、そして、情報)の組み合わせを見直す——例えば、国際競争力など何らかの強さを発揮して高い収益を生み出す部門を残す一方、他の部門を売却・統合などで整理し、ROEの改善(過剰資本・過剰雇用の削減)を図る——と考えられます。

 そうした経営資源の再構築が実現しない、あるいは、その進捗が遅いのは、「非効率を解消に向かわせるメカニズム」が必ずしも十分に働かなかったことが主な理由である、と考えられます。

 その背景については多岐にわたる論点があります。これらの中でも、私は、次の2つのポイントが特に重要であると思います。

  1.  第1に、法・会計・税制度の環境整備という論点です。

     企業が効率的な経営を行い、高い収益を生み出すためには、法・会計・税制度が整備されていることが重要な前提です。「野菜作りは土作り」といいますが、法・会計・税制度は「大地」であり、国民の貴重な財産です。

  2.  第2に、コーポレート・ガバナンス(企業統治)のあり方に関する論点です。

     コーポレート・ガバナンスのあり方は非常に幅広いものであると思います。例えば、企業における意思決定の仕組みをどうするか、経営活動におけるステークホルダー(利害関係者)間の利害をどのように調整するべきか、あるいは、株主が経営を監視する仕組みをどうするか、など様々な論点があります。こうした中で、一つだけはっきりしていることは、「経営者は、自分に経営を委託している者のために奉仕する存在であり、経営者の報酬は、経営を委ねた者のために生み出した利益に応じて、得られるべきものである」という点です。

 なお、世の中では、このようなコーポレート・ガバナンスの考え方について、「従業員を軽視するのではないか」などといった誤解もみられます。確かに、ある一定の利益を投資家と従業員が分け合うと考えますと、どうしても対立の関係になります。しかし、先ほど、「企業価値をみるうえでは、将来にわたってどの程度のキャッシュフローを生み出すことができるかという視点が重要である」という趣旨のことを申し上げましたが、仮に従業員が軽視され続ける場合には、おそらく将来にわたって高いキャッシュフローを生み出しつづけることは期待し難いでしょう。したがって、「企業価値の最大化を図るうえでどのような施策が望ましいか」という視点が何よりも重要です。

 以上申し上げてきたことを簡単に整理しますと、企業が資本効率を高めていくためには、(1)法制・会計・税制など制度面の環境を整備すること、および、(2)コーポレート・ガバナンスの機能度を高めることの2つが特に重要な課題である、ということです。そこで、次に、こうした観点から構造調整の度合いを評価することに致します。

3.構造改革の胎動:法・会計制度の改革

 今日、内外の金融・資本市場では、依然として、「日本の構造改革は進んでいない」という声が聞かれます。その一方で、最近、新聞を開きますと、「子会社・事業部門の売却」、「事業統合のための持株会社設立」など、事業再編や企業再編に関する記事をみることが増えました。私は、こうした個々のリストラの動きを眺めながら、「資本効率を高める動きが徐々に始まっているのではないか」と感じています。そして、こうした動きの背景として、法・会計制度の改革を指摘することができます。

 特に、近年の法制度の急ピッチな改革には勇気づけられます。こうした改革によって、企業が柔軟なグループ経営を行うための基盤はかなり強化されました。具体的に近年の動きを整理しますと、次のとおりです。

  1.  第1に、企業再編を容易にするための環境整備です。

     企業の再編には、M&A、会社分割、社内カンパニー制など、様々なかたちがありますが、これらは、要するに、企業の付加価値を生み出す源泉である労働力と資本などの経営資源を効率的に組み合わせるための手法です。

     具体的に振り返りますと、まず、97年10月の商法改正で合併手続きが簡素化されました。また、商法と直接関係はありませんが、同じく97年12月には、独占禁止法が改正され、純粋持株会社が原則として解禁されました。持株会社の導入は、ある企業や他社の事業部門を買い取り、自らの経営の傘下に組み込むことを容易にします。

     その後、99年10月の商法改正では、株式交換・移転制度が導入されました。株式交換とは、ある企業が他の企業の株式を取得する際に、その対価として自社の株式を交付することです。株式交換・移転制度が導入されたことによって、資金調達面や手続き面で機動的な企業再編の選択肢が増えました。

     さらに、2001年4月の商法改正で、会社分割法制が導入されました。先にみた株式交換・移転制度は、複数の企業を一つの株式所有のもとに統合するためには非常に有効な手段です。しかし、経営戦略上、統合した全てが必ずしも有用とは限りません。子会社や関係会社をグループ戦略の中に位置付ける場合には、「『それがコアなのか否か』という選別——『何をするか』ではなく『何をしないか』を決めること——が決定的に重要である」という指摘があります。こうした中で、企業経営者は、「ある事業部門について、それ自体は事業としての将来性があるとしても、自分の企業グループにとっては重荷である、あるいは、十分なシナジー効果を発揮できない」と判断することがあるでしょう。そこで、ある事業を切り離して再スタートさせることを可能にする仕組みが必要になります。それが昨年の商法改正で導入された会社分割制度です。

     また、99年10月に2003年3月までの時限立法で導入された産業活力再生特別措置法も、不採算事業の分社化や他社との事業統合等を容易にするうえで積極的に活用されています。

  2.  第2に、企業の財務戦略を多様化するための環境整備です。

     その代表例は、自己株式取得についての規制緩和と金庫株制度解禁です。

     従来、自己株式の取得については、「経営者が会社の資金で議決権をコントロールする可能性がある」など慎重な見方が根強くみられました。しかし、近年では、「企業の財務戦略における一つの手法である」という認識が広まりつつあります。こうした認識の変化を反映して、94年の商法改正により自己株式取得に関する要件が緩和され、その後も段階的に要件が緩和されましたが、依然として、取得した自己株式は相当の時期に処分することが義務付けられていました。

     しかし、昨年10月施行の改正商法では、自己株式取得が原則として自由になったうえ、取得した自己株式を保有し続けることが認められ(金庫株制度の解禁)、処分や消却は取締役会の判断に委ねられることになりました。この結果、自己株式取得に関する規制緩和は概ね行き着くところまで進みました。企業では、金庫株の解禁により、発行済み株式数を増やすことなく(新株を発行せず、金庫株を利用して)、合併、会社分割、株式交換、株式の第三者割当などの企業再編を進めることが可能になります。

  3.  第3に、倒産法制の整備です。

     経営に行き詰まった企業が、過剰債務状態を解消して事業の再建を図るための手法としては、当事者間の合意で債権放棄などが行われる私的整理と、裁判所の関与の下で公正・衡平な再建計画が策定される法的整理があります。

     こうした中で、民事再生法は、和議に比べて申し立て要件が緩和されているため、比較的早いタイミングで申し立てを行うことができます。この結果、その企業が持つ有用な経営資源が徒に散逸・劣化することなく、有効に活用されることが可能になりました3

  1. 32000年4月~2002年3月の2年間の民事再生法の認定決定を受けた企業について、手続きに要した平均日数をみますと、申請から1か月後に開始決定を受け、その6~7か月後に再生計画が認可されるというのが平均的な姿となっています(帝国データバンク調べ)。

 これまでに指摘してきた法制度の改革は、いずれも企業経営の柔軟性を高めるための環境整備という性格を持っています。他方で、企業経営の柔軟性が高まるほど、コーポレート・ガバナンスが有効に機能することが一段と重要になります。これが法制度改革の第4のポイントです。今年5月に施行された商法改正では、監査役の機能強化など、コーポレート・ガバナンスの仕組みが見直されています。来年4月からは米国型の取締役会制度の採用も可能になります。

 こうした法制の整備は、企業が資本市場からの評価をより重視し、資本効率の改善を図るうえで非常に重要な要因である、と考えられます。

 他方、会計制度については、既に、会計ビッグバンといわれる情報開示のグローバル・スタンダード化が図られています。連結財務諸表制度の見直しで情報開示の中心は連結ベースになりました。この結果、不良資産の子会社への押し付けや、出向・転籍による見掛け上の固定費削減といったリストラ手法は無意味になりました。また、取得原価主義から時価会計主義への移行についても、既に、金融商品などへの時価会計が導入されているうえ、現在、固定資産の「減損会計」も視野に入っています4。こうした中で、企業は、経営課題として、グループ全体としての経営効率の改善を強く認識するようになっています。

  1. 4「減損会計」とは、資産を売却する場合の評価額と、資産を利用し続けることによって将来得られるキャッシュフローを現在価値に割り戻した額を比較し、金額の大きい方を帳簿価額とし、それまでの帳簿価額との差額を評価損として計上する会計処理のことです。今年4月、企業会計審議会は、固定資産についての減損会計の適用について、公開草案を公表しています。

 このように、近年における法律および会計の制度整備の動きを振り返りますと、既に、「構造改革の胎動」が始まっているのではないか、と思います。すなわち、「90年代とは、内外で広く認識されているような『失われた10年』だったのだろうか」という気持ちになります。後世の歴史家からは、「90年代は次の飛躍のために備えた時期だった」と評価される可能性もあるかも知れません。

 また、企業経営のあり方が単体ベースから連結ベースへとシフトする中で、税制についても、「企業経営のグループ化の流れと整合的なかたちに見直すべきではないか」という声が高まりました。確かに、個別の企業を納税単位とするよりも、企業グループを一つの納税単位とする方が経営の実態と合致します。現在、詳細については色々と検討されていますが、実現すれば今年4月に遡って実施される予定になっています。

4.コーポレート・ガバナンスの重要性

 このように、企業経営に関する法律、会計、税務の諸制度は改善されてきましたが、こうした動きは企業経営の環境整備に他なりません。経営者が、多様な選択肢を企業価値の最大化に結び付けることができなければ意味はありません。そのためには、コーポレート・ガバナンスが有効に機能することが不可欠です。

 近年、コーポレート・ガバナンスを巡る環境は大きく変化しています。すなわち、(1)日本独特の仕組みであったメインバンクによる企業支援機能および監視機能が低下しています。また、(2)資本市場では海外投資家のプレゼンスが増大しています。こうした環境の変化は、企業経営において、資本市場からの評価をより重視する方向に意識が変わっていく要因として働くものとみられます。

 なお、「海外投資家のプレゼンスの増大」という点に関連して、最近、やや気掛かりに思うことがあります。「海外投資家のプレゼンスの増大」と裏腹の関係にあるのかも知れませんが、私は、最近、「対内直接投資に対する抵抗感がやや強まっているのではないか」と感じることがあります。

 確かに、企業再編の動きについて、国内だけをみていますと、「バブルの後始末」というわが国に固有の要因が強く印象付けられるのかも知れません。しかし、視野を広げて海外に目を向けますと、以前から競争関係にある企業同士が国境を越え、すなわち各々の国の法制や慣習という基本的な違いを超えて、グローバルに提携を進める動きが活発化しています。

 一般に、「企業の再編を促進するためには、社内の経営資源の制約を超えて、広く社外に、必要があれば世界にも、技術や経営資源を求めることが必要である」という指摘があります。特に、今日では、ドッグ・イヤーの時代(従来の約7倍のスピードで変化しているという意味)、あるいは、マウス・イヤーの時代(同じく従来の約18倍のスピードで変化しているという意味)と呼ばれるほど、技術は急速に進歩し陳腐化しています。こうした時代においては、いかにして時間を節約し、企業価値の最大化を図るか、という点がこれまで以上に求められています。

 また、海外資本の進出がもたらす競争刺激効果や、マネジメント手法も含めた新たな経営資源の導入などによる経営革新効果は、市場を活性化し、企業の競争力を向上させ、ひいては日本経済の潜在成長力を引き上げていくうえでかなり重要な要因であるように思います。

 今後は、企業経営に対する株主のチェック機能が高まることと軌を一にして、必要があれば海外資本でも戦略的に活用するという方向に経営者や従業員などの意識が変わっていくことが求められるのではないか、と思っています。

5.公的部門の役割の見直し

 これまで構造改革を企業経営という観点からお話してきましたが、日本経済全体として構造改革を進めていくうえでは、公的部門の役割を柔軟に見直していくことも必要です。公的部門の見直しについては、政府系金融機関の見直し、財政支出の中味の見直し、特殊法人・公益法人の改革など、多岐にわたる論点があります。ここでは、これらの個々の論点を取り上げるというよりも、公的部門の役割を見直すうえで重要と思われる着眼点を整理したいと思います。

  1.  第1に、公的部門自体が持つ非効率性を排除することが必要です。

     一般に、経済全体として効率性を最大化していくためには、公的部門の経済活動を必要最小限に止めることが必要である、と考えられます。こうした観点に立ちますと、新しいビジネスの成長を妨げるような規制の撤廃・緩和が不可欠です。さらに、公共投資の非効率性はしばしば指摘されますが、公的金融を中心とした財政投融資事業についても、市場メカニズムに任せることができる部分が含まれていないのかどうか、という点から検討していく必要があるように思います。

     例えば、2001年末現在、非金融法人部門の借入残高は526兆円ありますが、このうち、公的金融機関からの借入残高は124兆円と、民間金融機関(346兆円)の約3分の1に匹敵する規模となっています。こうした中には、本来、社債発行が容易であるはずの優良企業向け貸出も一部に含まれていることも見逃せません。

  2.  第2に、公的部門のプレゼンスが大きいことは、個人や企業の意識付けのうえでも、自己責任原則の浸透を阻害する要因として働く可能性があります。

     一般に、「政府の規制の強さと産業の生産性の間には負の相関がある」と指摘されますが、これには、生産性の低い産業を規制によって保護してきたという側面と、規制に守られている産業では、生産性向上へのインセンティブが十分には働かなかったことの双方が反映されていると考えられます。

     また、わが国においては、資本市場を通じた金融取引が活発化しない理由として、「公的金融が、戦後の復興・高度成長期を通じて大きな役割を果たした後も引き続き民間対比で有利な金融サービスを提供しているため、借り手、貸し手ともに資本市場を活用するインセンティブが生じにくくなっている可能性がある」という指摘もみられます5

    1. 5馬場直彦・久田高正、「わが国金融システムの将来像」、『金融研究』、第20巻第4号、日本銀行金融研究所、2001年
  3.  他方で、第3に、社会的セーフティネットの再構築という観点も非常に重要です。

     すなわち、人々が雇用システムの変化を受け容れながら、将来への過度の不安を持つことなく経済活動にその持てる能力を遺憾なく発揮するためには、医療、年金、介護、労働市場などの分野を中心にして、社会全体でリスクを分かち合う仕組みを明確にすることが必要です。

6.金融政策に対するインプリケーション

 最後に、本日のまとめをかねまして、構造改革の金融政策に対するインプリケーションを考えることに致します。

6−1.構造改革とマネーサプライ

マネーサプライとは

 構造改革とマネーサプライの関係を取り上げる前に、その前置きとして、「マネーサプライとは何か」という点を簡単に確認させて頂きます。

 最初に「マネー」と聞いて思い浮かべるのは、私どもの財布の中にある「お札」(日本銀行券)や「硬貨」でしょう。しかし、「マネー」を「日常生活における支払手段としてのサービスを提供するもの」としてみますと、日本銀行券や硬貨だけではなく、「当座預金」や「普通預金」なども「マネー」に含まれてきます。すなわち、「当座預金」は、取引の相手方に小切手を振り出すことによって、支払いに用いることができます。また、「普通預金」も自動振替等によって直接に支払いに用いられています。

 日本銀行では、マネーサプライの統計を作成していますが、個人や企業などがどの程度容易に決済手段として用いることができるか、という観点から、いくつかのカテゴリーに分けています。その中で最も代表的な指標が、「M2+CD」と呼ばれるもので、これは、最も容易に決済手段として用いることができる「銀行券」、「貨幣」、金融機関の「要求払預金」(当座預金や普通預金など)の合計に、「定期性預金」およびその一種である「譲渡性預金(CD)」を加えたものからなります。

 そこで、実際に、今年4月末現在のマネーサプライ(M2+CD)の残高をみますと、671兆円となっています。この内訳をみますと、「銀行券」と「貨幣」の合計は64兆円と、マネーサプライの約1割に過ぎません。残る9割は、個人や企業などが金融機関に預けている「預金」(要求払預金、定期性預金、および、譲渡性預金)が占めています6

  1. 6金融機関のバランスシートに着目しますと、「預金」は「負債」ですから、その一方には「資産」(金融機関以外に対する信用供与)があります。したがって、預金の動き、あるいは、マネーサプライの動きをみるうえでは、資産の変動要因をみることが重要です。具体的にみますと、その要因は、「海外要因」(対外債権)、「公的部門資金調達要因」(財政部門向け信用+地方公共団体向け信用)、「民間資金調達要因」(民間向け信用)、「その他」(以上の残差)に分解できます。このうち、最も大きなウエイトを占めているのが民間向け信用です。

 ところで、世の中では、「サプライ」(供給する)という言葉のいたずらからか、「マネーとは日本銀行券のことであり、金融政策とは、日本銀行が日本銀行券の発行量を増やしたり、減らしたりすることである」と誤解されている面があるように思います。

 経済全体の預金量、すなわちマネーサプライに影響を与える最も重要な要因は、銀行など民間の金融機関による貸出です。また、日本銀行は、市中に流通する銀行券の残高を決めることもできません。最近、日本銀行券の発行残高がかなり高い伸びを示していますが(前年比伸び率:2月+12.4%⇒3月+14.6%⇒4月+16.2%)、それは人々の銀行券に対する需要が増大している結果です。こうした状況の下では、日本銀行がマネーサプライを直接コントロールすることはかなり難しいと思います。日本銀行による超金融緩和政策にもかかわらず、マネーサプライの伸びが3%台に止まっているのは(前年比伸び率:2月+3.6%⇒3月+3.7%⇒4月+3.6%)、民間金融機関の貸出が大きく落ち込んでいる(前年比伸び率<償却・為替・流動化要因調整後>:2月—2.4%⇒3月−2.4%⇒4月—2.8%)ことが大きく影響しているという点を是非ご理解頂きたい、と思います。

構造改革はマネーサプライにどのような影響を及ぼすか

 「マネーサプライは民間金融機関による貸出によって直接左右される」ということを踏まえ、構造改革の進展がマネーサプライに与える影響について、主として貸出の視点から、私の見解を整理して申し上げます。

 一口に「構造改革」と申しましても、現時点でマネーサプライとの関係をみるうえでは、次のように整理することが有益です。

  1.  第1に、企業が資本効率の引き上げに取り組むことがマネーにどのような影響を及ぼすか、という論点です。

     この点については、さらに3つのポイントに分けて考えることができるように思います。

    1.  まず、バブル期に積み上がった過剰設備・有利子負債を削減する動きです。これを貸手の金融機関サイドからみてみましょう。

       バブル崩壊後の資産デフレの下で、資産の「時価」と「簿価」は大きく乖離しました。実は、金融機関の資産である「貸出」にも「時価」という考え方は当てはまります。すなわち、貸出は、債券と同じく、将来にわたってキャッシュフローを生み出します。貸出の場合には元利の返済を受けることになります。そこで、将来にわたる元利返済の見込みについて、「現時点ではどの程度の価値なのか」という観点から求めた価額が「時価」となります。「時価」が「簿価」を下回っているとこの貸出は「不良資産」に位置付けられます。こうした資産は、資本を投じて保有しているにもかかわらず、それに見合う果実を生み出さないことになります。そこで、資産の簿価を時価に洗い替えしますと、資産の減価分だけ資本が毀損することになります。

       他方、企業サイドからみますと、現在、有利子負債の削減圧力は、主に財務内容や収益力に問題を抱える業種に集中しています。一般に、こうした企業では、流動化できる資産を十分には持っていないため、債務免除(金融機関の側からみれば債権放棄)や企業業績の回復を待つかたちで過剰債務の調整が進みます。したがって、基本的には、こうしたバブル期に積み上がった過剰設備・有利子負債の削減はマネーを大きく減らす要因にはならないのではないか、と思います。

    2.  次に、設備投資などの前向きな資金需要についてみたいと思います。

       今後、規制緩和等を背景に新しいビジネスが出現し、拡大していくことが強く求められています。21世紀は、生産者の時代から消費者の時代へ、さらに生活者の時代へと変わっていきます。こうした中で、「生活者の幸せ・満足」を創造するビジネス(例えば、法人・個人向けサービス、流通、観光などの非製造業)の重要性が高まらないはずはないと思います。今後、こうした新しいビジネスが力強く成長していけば、自ずと前向きな資金需要が増大するでしょう。

       もっとも、当面ということになりますと、既存の企業が過剰資本を調整する圧力がこうした新しい動きを凌駕し、前向きな資金需要は全体として低迷を続ける可能性が高いとみられます。これはマネーの残高を抑える要因になります。

    3.  さらに、資本効率の引き上げの一環として、財務の効率化を図る動きも広がっています。

       具体的には、融資枠(コミットメント・ライン)の設定や、情報通信技術などを活かしたグループ資金管理の効率化(例えば、グループ内の債権債務を相殺)などといった動きです。こうした財務効率化の動きは、保有する現預金残高の見直しにつながります。

     以上のように、企業が資本効率の引き上げに取り組む過程では、マネーの残高には下押し圧力が掛かり続けるように思います。

  2.  さらに、今後の展開をもう少し長い目でみますと、わが国の金融システムが変容し、マネーがその影響を大きく受ける可能性が考えられます。これが第2のポイントです。

     よく知られているとおり、わが国では、「日本版金融ビッグバン」構想の下で、資本市場を活用する方向に舵を切りましたが、その後も、今日まで、金融システムは間接金融が中心となっています。もちろん、直接金融と間接金融は、一国の金融システムにおいて、それぞれに存在意義を持っていますが、今後、情報技術革新、グローバル化、金融規制の緩和・撤廃などの金融環境の変化は、資本市場の機能度を相対的に向上させ、間接金融の機能度を相対的に低下させる方向に働く可能性があります。仮にこうした動きが進む場合には、マネーサプライ(M2+CD)を構成する現預金から、その他の金融資産——国債や投資信託などの広義流動性ばかりではなく、その対象外の株式や社債なども含む——にシフト・アウトしていくことになります。今後の展開をやや長い目でみる場合には、家計などの金融資産選択の変化がマネーの伸び率に対して大きな影響を及ぼす可能性があるという点にも留意する必要があると思います。

 以上の議論を整理しますと、現在でも、企業部門における構造改革の動きが、マネー、あるいは、金融機関の貸出の伸び率を低く抑えている可能性があります。さらに、もう少し視線を先に延ばしますと、間接金融と直接金融のバランス、あるいは、家計の金融資産選択行動が変化していく可能性もあります。いずれもマネーの伸び率を押し下げる要因です。

 こうした状況の下では、マネーから経済活動に関する意味のある情報を引き出すことが難しくなります。

 そもそも、マネーサプライの特徴点は、経済活動全体の動きを包括的に反映することです。すなわち、マネーサプライの持つ情報の価値は、特定の経済変数と厳密な1対1の対応関係にあるというよりは、大づかみにみて、経済活動全体と対応しているところにあります。しかし、只今指摘したような金融市場における資金シフトなどが発生しますと、マネーサプライはマクロ経済の動きから離れて変動することになります。現在、マネーサプライは3%半ばの伸びですが、潜在成長率を1%台として、それをどう解釈すればよいのかむずかしいところです。

6−2.金融緩和の効果:試論

 こうした中で、今のところ、私は、金融緩和が実体経済に好影響を及ぼす場合であっても、今後、構造改革が進んでいく過程では、銀行などの貸出が増加するとは限らないのではないか、と思っています。このように申し上げますと、皆様方は、「では、金融緩和はどのような波及メカニズムで実体経済に影響を及ぼすと考えているのか」という疑問をお持ちになるかも知れません。

 こうした問い掛けに対する答えをマクロ経済学の教科書に求めますと、「金融政策は、長期金利、為替レート、その他の資産価格、あるいは、期待の変化を通じて、実体経済に影響を及ぼす。経済のどの産業により強く作用するかはその時々で異なる。いずれにしても、金利と設備投資の関係だけで金融政策の効果を理解しようとすることは適当ではない」ということになるように思います。

 以下では、こうした認識も踏まえたうえで、私の個人的な考え方を一つの試論としてをお示ししたいと思います。

 まず、構造改革が設備投資のファイナンスに与える影響についてみていきたいと思います。具体的には、設備投資に必要な資金需要が内部資金を上回る——すなわち、必要な設備投資を行うためには外部から資金を調達する——というケースを念頭に置いて話を進めます。

 基本的に、企業がどのほどの資金量を、どの程度のコストで外部から調達することができるのか、という点については、その企業に対する信用リスクに対する評価がかなり重要な要素であり、かつ、その信用リスクは自己資本の状況によって変動する、と考えられています。

 そこで、ある企業が、構造改革に取り組んだ結果、資本効率の引き上げに成功したとします。この場合には、企業の持つ資産の「時価」が増大し、自己資本が増大することになります。要するに、実質自己資本比率が上昇します。

 実質自己資本比率が改善すれば、銀行からの借入であれ、資本市場からの調達であれ、外部からの資金調達を容易にすると考えられます(アベイラビリティの増大)。

 さらに、その好影響は資金調達コストにも及びます。最近、多くの銀行が、貸出業務において、信用リスクに見合った貸出金利を設定する姿勢を強めています。銀行貸出に伴うリスクの本質は貸倒れの発生という信用リスクですから、貸倒れリスクをできるだけ正確に予測し、予測可能な損失に見合うリスク・プレミアムを予め貸出金利に上乗せすることは極めて合理的な行動です。また、資本市場(例えば社債市場)においても、信用リスクが資金調達コストを左右します。したがって、実質自己資本比率が上昇すれば、リスク・プレミアムが低下し調達コストが低下することになります。

 こうした議論から明らかなとおり、内部資金に制約がある企業にとっては、資本効率の引き上げは、より低い調達コストで、より多くの資金を集め、それを投資に振り向けることを可能にします。すなわち、企業の信用リスクが改善されますと、たとえ金融緩和政策が現状維持であるとしても、緩和効果が現れてくると考えることができます。

 なお、一般的に、中堅・中小企業では、金融機関の借入が主たる資金調達ル−トになっています。金融機関がこうした企業の信用リスクを評価するうえでは、財務内容などが不透明なほど、不確実性が高いため、より高いリスク・プレミアムを求められます。言い換えますと、企業にとっては、企業財務の透明性を高めることが自らの資金調達コストを引き下げることに繋がる可能性が高いのではないか、と思います。

 また、金融機関に対しては、借り手企業の懐に入り、「(基準を甘くするのではなく)この企業の資金調達コストが低下するためには現在の経営内容をどのように改善する必要があるのか」というかたちで、一緒に問題の解決に当たる姿勢を期待したいと思います。そうした取り組みが金融機関の収益性を改善するうえでも非常に重要ではないか、と考えています。

 それでは、こうした中で、金融政策はどのような役割を担うのでしょうか。日本銀行は、「思い切った金融緩和により構造改革を下支えする」と説明してまいりました。私なりにこの意味合いを説明すれば、次のとおりです。

 まず、現在、金融政策は、金融調節の主たる操作目標を日本銀行当座預金残高という「量」としたうえで、この金融調節の枠組みを「消費者物価前年比が安定的にゼロ%以上になるまで」継続することを約束しています。このような金融政策の下で、短期市場金利は事実上ゼロ%近傍で推移しています。

 ところで、わが国経済において、国内面における最大のダウンサイド・リスクは金融システムの脆弱性です。こうした中で、日本銀行としては、積極的に資金を供給することにより、流動性不足に起因する金融市場の混乱や急激な信用収縮を回避することに努めてきました。

 金融システムの安定は、企業が、資本効率の引き上げという構造改革に取り組むために不可欠な環境整備である、と考えています。流動性リスクに関するプレミアムを抑えることには非常に重要な意義があります。万が一にも、金融システムの不安定化——具体的にはシステミック・リスクの発生やその兆し——がリスク・プレミアムを全体として上昇させ、信用チャネルにマイナスの影響が及ぶことは何としても避けなければなりません。

 逆に、金融システムの安定が堅持される中で、企業の構造改革が進みますと、その果実をそのまま手にすることができます。そして、それが経済活動の前向きな循環に繋がっていくことを期待しています。

 私は、このような考え方に基づき、「構造改革を下支えする」ことに大きな意義を見出しつつ、金融政策の運営に携わっている次第です。

 ご清聴頂きまして、ありがとうございました。

以上