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日本銀行金融研究所主催第10回国際コンファランス「21世紀の国際通貨制度」における総裁開会挨拶(邦訳)

2002年 7月 1日
日本銀行

 本日、金融研究所主催の第10回国際コンファランスにおいて開会挨拶を行うことは、私にとって大きな喜びである。最初に、本席にお集まり頂いた皆様に対し、日本銀行を代表して心から歓迎の気持ちをお伝えしたい。また、本コンファランスの開催にあたり、お世話になった2人の海外顧問、アラン・メルツアー教授とモーリス・オブストフェルド教授に対して、この場を借りてお礼を申し上げる。お二人には、このコンファランスの開催までに多大なご協力を賜った。

今回は21世紀最初のコンファランスであり、こうした記念すべき会合に金融研究所では「21世紀の国際通貨制度」をテーマとして選んだ。主要国間の国際通貨体制は、国際間の貿易・投資を円滑化すると同時に、世界経済の成長を促し、物価安定を確保していくという期待される役割を果たしつつ、第2次世界大戦後も幾多の変遷を経ている。

そうした通貨制度の変遷は、中央銀行員としての私自身の経験とも重なる。1971年8月15日の日曜日にニクソン米大統領が米ドルの金兌換停止を発表した当時、私は日本銀行のロンドン事務所に勤務していた。私は今でもよく覚えているが、翌日の月曜日、ブンデスバンクのエミンガー副総裁らと一緒に、米国の財務次官であったボルカー氏が開いた非公開会合に参加した。ボルカー氏は、大統領の発表について、欧州の通貨当局者に対して説明するためにロンドンに飛来したのであった。

日本を除いて主要国のほとんどは金兌換停止のアナウンスメント以後、為替市場を閉鎖していた。欧州参加者たちが会議で口火を切り、米国が新平価を決定するまで外国為替市場を再開できない、と述べた。当時の通貨当局にとって、変動相場制は自信にみちた新たな時代の幕開け、というようなものではなかった。当時BIS(国際決済銀行)総裁であったザイルストラ氏は、ブレトンウッズ体制崩壊以降のフロート制のもとでの試行錯誤を「海図なき航海」に喩えられたが、この言葉は当時のわれわれの心境をよく物語っていると思う。

その後、変動相場制の下で30年を経た現在、われわれは国際通貨制度が満たすべき二つの課題に直面している。

一つは、主要通貨間における為替レート安定をいかにして維持していくか、である。ドルは変動相場制移行後も基軸通貨であり続けた。しかし、その価値は安定してきたとは言い難い。

私自身、ある時は中央銀行員として、また、ある時は商社のトップとして、為替相場の大きな変動にはたいへん苦労させられてきた。

この間、EU諸国は、早くから互いの為替相場を安定させる努力を行い、それが、20世紀末に結実した。共通通貨ユーロの誕生である。

ユーロが域内の貿易・投資の促進に役立つことは疑いなく、この点は、他の地域の諸国にとっても参考となるだろう。ただ、そうは言っても、ユーロが基軸通貨としての役割をどの程度担うようになるのか、また、それが主要通貨間の為替相場の一段の安定につながるのか、といった答えの確たる手がかりを得るには、今少し時間が必要であろう。

私は1969年にIMF(国際通貨基金)がSDR(特別引出権)制度を創設した歴史的背景とその理由を検証する必要があるかもしれないとも思う。

21世紀の課題として、もう一つ重要なのは、エマージング諸国における通貨・金融危機の発生を未然に防ぎ、あるいは生じた危機の伝播を極力小さなものにとどめるために、通貨制度上どのような工夫が可能か、という点である。

周知のように、これまでのラテンアメリカやアジアにおける通貨危機は、それぞれに固有の要因によって引き起こされたものである。しかし、金融危機の予防と伝播の抑制には、各国におけるこれまでの危機の経験から地道に学ぶこと以外に道はない。今回のコンファランスではこうした点も論じられると聞いており、われわれの理解を深める良い機会になるであろうことを確信している。

むろん、こうして望ましい国際通貨制度への理解が深まったとしても、すべての国が満足する普遍的な通貨制度というものがあるとは思われない。私自身、ある国にとって、ある時点で最適であった通貨制度が、時の経過とともに矛盾をはらみ不安定化していく姿を幾度も目の当たりにしてきたからだ。

しかしながら、私は決して悲観論に与している訳ではない。私自身は、国際通貨を巡って次々と芽生えてきた矛盾こそが、国際通貨制度の機能と役割への理解を深めさせ、その進化を促してきたのではないか、と考えている。そして、そうした矛盾を乗り超えるより良い通貨制度を求めて知恵を出し、工夫を重ねていくことこそが、われわれ中央銀行員に与えられたもっとも重要な課題の一つではないか、と考えている。

今回、世界各地からお集まり頂いた専門家の皆様が、それぞれの経験や見解を交換し合うことで、このコンファランスは、先程申し上げたような課題を達成するうえで、大いに資するものと信じている。また、このコンファランスが荒波を切り抜ける海図を作り出す指針をもたらしてくれるものと確信している。

ご清聴を感謝する。

以上