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名古屋での各界代表者との懇談における総裁挨拶要旨

2002年 9月 6日
日本銀行

[目次]

  1. 1.はじめに
  2. 2.最近の金融経済情勢について
  3. 3.金融システム関連
  4. 4.おわりに

1.はじめに

 日本銀行の速水でございます。

 本日は、中部経済界を代表する皆様方とお話をする機会が得られましたことをたいへん光栄に思います。また、平素より、私どもの名古屋支店がたいへんお世話になっております。本席をお借りして厚く御礼申し上げます。

 はじめに私から、若干お時間を頂戴してお話をさせて頂きました後に、皆様方からも最近の経済情勢等につきまして忌憚のないご意見を拝聴し、今後の政策運営の参考にさせて頂きたいと思います。どうかよろしくお願い申し上げます。

2.最近の金融経済情勢について

わが国の経済情勢

 最初に、最近の金融経済情勢についてお話ししたいと思います。わが国経済は、昨年初来、世界的に生じたIT分野における急激な調整の影響を受けて、悪化傾向を辿ってきました。ちょうど1年前、当地にお邪魔した頃は、景気調整が一段と深まっている時期でした。しかし、景気の悪化テンポは、本年の春先以降、海外経済の回復を背景に緩やかになり、最近では、全体としてほぼ下げ止まるに至っています。とくに、景気改善の出発点となった輸出については、地域別には東アジア向け、品目別には情報関連財などを中心に、大幅な増加となっており、これを受けて、生産もはっきりと持ち直しています。

 しかし、国内需要は依然として弱めの動きが続いています。過剰雇用や過剰債務の調整圧力が根強いことなどを踏まえると、日本経済が自律的な回復を実現するには、なお時間を要すると考えられます。また、先行きについては、世界経済の動向、とくに米国景気についての不透明感がここへきて増しています。このため、内外の金融・資本市場も、不安定な動きを示しており、わが国の株価も、バブル崩壊後の最安値水準にまで下落しています。そこで、まず、日本経済の先行きを展望するうえで鍵となる米国経済の動きについて、若干敷衍させて頂きます。

米国経済の動向

 米国経済は、IT分野の在庫調整の進展に加え個人消費の下支えもあって、本年入り後、回復基調を辿ってきました。ただ、米国金融資本市場では、春頃より、株価やドル相場が、不安定な動きをみせています。こうした市場の動きの背景には、企業会計に対する不信感のほか、テロの再発や中東情勢への懸念などが引き続き影響している面があると思います。加えて、最近では米国景気の回復力やその持続性に関して、市場参加者の見方が慎重化していることもあるように窺われます。実際、最近発表された経済指標には、雇用面などで、景気回復の足踏みを示唆するものが目立ってきました。また、不安定な株価を背景に、企業や家計のコンフィデンスの悪化も見られ始めています。米国の中央銀行であるFRBも、先行きのリスクに関し、本年3月には、いったん上方・下方の双方のリスクが均衡しているとの認識を示していましたが、8月半ばに、景気減速にウエイトを置いた判断に再び改めています。

 米国経済の先行きについては、家計支出が今後も底固く推移するか、企業の設備投資がいつ頃回復するか、さらに、株価や住宅価格などの資産価格の動きが実体経済にどのような影響を及ぼすか、といった点がポイントになると思います。今のところ、年後半には再び比較的堅調な成長パスに戻るとの見方がなお優勢ですが、今後の情勢については、日本経済の改善の動きが外需主導であるだけに、注意深くみていきたいと考えています。

金融政策運営

 次に金融政策運営について述べたいと思います。わが国の経済情勢を改めて要約すると、現状、ほぼ下げ止まりの状況にある一方で、先行きについては、海外経済や金融資本市場の動きにみられるように、不透明感が幾分強まっている、とまとめられます。こうした情勢を踏まえ、日本銀行としては、思い切った金融緩和を継続し、漸く見え始めた景気回復に向けた動きが確実なものとなるよう、金融面からしっかりとサポートしていきたいと考えています。

 ご承知のとおり、昨年3月に日銀当座預金という資金の「量」を目標とする、新たな金融政策運営の枠組みを採用して以来、まもなく1年半になります。この間は、米国テロ事件の発生や、昨年度末にかけての金融システム不安の高まりなど、日本経済に大変ストレスのかかった時期でしたが、こうした中で、日本銀行は機動的かつ弾力的に緩和措置を講じてきました。この結果、金融機関の手許資金である日銀当座預金は、昨年3月の量的緩和採用直後には5兆円程度でしたが、現在は15兆円程度で推移しています。また、日銀当座預金と流通現金を合わせた「マネタリーベース」という通貨量は、経済規模、すなわち名目GDPとの対比でみると、日本の過去百余年の歴史の中で、第二次世界大戦時に次ぐ歴史的な高水準にあります。

量的緩和の効果と企業金融の状況

 こうした日本銀行による極めて潤沢な資金供給は、これまでのところ民間需要を引き出す効果を十分示してきたとは言えませんが、それでも、緩和的な金融環境を作り出すことを通じて、景気の底割れを防いできたものと思います。

 例えば、金融市場では、オーバーナイト金利はもちろん、やや長めの短期金利までほぼゼロに低下しています。中長期の金利も、5年物の国債利回りが0.3%前後となるなど、極めて低い水準で推移しています。このような市場金利を反映して、皆様との関係が深い、企業金融を巡る環境も昨年後半に比べて改善しています。企業の借入コストとなる貸出約定平均金利も極めて低い水準で推移しているほか、資本市場では、社債やCPの発行環境は概ね良好な状態が維持されています。企業の資金繰り状況も、短観などの各種アンケート調査によると、3月末にかけて悪化した後、最近では悪化に歯止めが掛かっています。

 もっとも、個々の企業経営者の方々からは、金融機関の貸出回収スタンスが厳しくなったとか、借入金利の引き上げを要請されたなど、金融機関の貸出態度が厳格化しているとの指摘が多くあることも承知しています。金融機関が企業と十分な対話を重ねたうえで、リスクに応じた貸出金利の設定に取り組んでいくことは、金融システムの健全化と信用仲介機能の強化のために、避けて通れない課題であると思います。また、このことは、金融機関と企業との建設的な対話を通じて、企業経営の改善に繋がったり、新規事業についての資金調達の可能性を広げることができるなど、最終的には経済活動全体の活発化に寄与するというプラスの面があると考えています。

 もちろん、仮に、こうした金融機関の行動が行き過ぎ、健全な企業の資金調達の機会まで奪ってしまうのであれば、せっかくの金融緩和の効果も削がれてしまいます。金融緩和効果の一層の浸透を図る観点からも、企業金融の動向については、引き続き、注意深くみていきたいと思います。

 以上、日本銀行の金融緩和の効果や企業金融についてお話ししましたが、日本経済が自律的かつ持続的な成長を実現するためには、規制改革や税制改革をはじめとした経済・産業面の構造改革や、金融システムの強化を進めることが何よりも重要です。

 そこで、次に、金融システムの問題について述べたいと思います。

3.金融システム関連

金融システムの現状

 「10年ひと昔」と申しますが、金融機関の破綻という事態に対して、預金保険が初めて発動されたのは、今からちょうど10年前のことです。ご承知のとおり、その後、多くの金融機関が破綻し、また、合併や統合の進展もあって銀行、信用金庫、信用組合の数は、この10年の間に約1,000から約700へと、3割も減少しました。この間、金融機関が不良債権処理のために要したコストは、80兆円強にものぼっています。

 このように長期にわたる、大きな痛みを伴う経験を経ても、わが国の金融システムは十分に信認を回復したとは言えません。誠に残念なことですが、内外からの評価には、今なお非常に厳しいものがあります。

不良債権問題

 厳しい評価の背景には、「わが国金融機関は、不良債権問題をどのようにして克服して行こうとしているのか、その道筋が必ずしもはっきりしていない」という見方があると思います。

 この点に答えていくための手掛かりとして、まず、今後想定しておくべき不良債権処理に関するリスクを類型化して整理してみます。第一の類型は、既に不良債権化しており、その原因をいわゆるバブル期の問題にほぼ帰着できる債権です。これらについては、これまでに相当程度処理が進捗してきています。しかし、(1)企業の過剰債務がなお解消し切れていないこと、(2)担保不動産の価格の下落も止まっていないこと、も事実です。このため、債権の価値がさらに低下し、追加引当等を余儀なくされるリスクがなお残っているとみておくべきだと思います。

 次に第二の類型は、今のところ明確に不良債権化しているとまでは言えないものの、借入先企業の収益力や財務体力が相対的に弱く、経済情勢の展開如何では、今後不良化するリスクを抱えている債権です。最近の景気動向やわが国経済の構造変化、さらには厳しい企業間の競争の実情を踏まえれば、少なくとも今しばらくの間は、新規に不良債権が発生するリスクは決して小さくないように思います。以上のように考えると、既存、新規いずれの類型についても、金融機関に追加的な不良債権処理の負担が生じるリスクがあると言わざるを得ません。

収益力強化の必要性

 そうだとすれば、金融機関は、こうした不良債権処理に必要な財源を、十分備えておく必要があることは言うまでもありません。具体的に備えとは、ストックとしての体力である「資本」とフローの「収益」です。しかしながら、体力については、これまでの不良債権処理や株価の下落などにより、余力は相当小さくなっています。従って、金融機関は、今後の不良債権処理の原資を、基本的にフローの期間収益でまかなっていかざるを得ないということになります。

 こうした状況を踏まえると、金融機関が信認を回復していくためには、まず既存の不良債権を適切に処理していくこと、次いで将来にわたって発生する不良債権処理コストをカバーできる収益力を確保しなければなりません。金融機関が自らの信認を回復していくためには、この点につき、市場や預金者に対して、改めて説得力ある対応を示していくことが必要です。

 加えて、金融機関は、引き続きコストの削減に努めることが重要です。しかし、これまでのような、どちらかといえば一律的なコスト削減の余地はかなり小さくなってきているようにも思います。改めて、「選択と集中」という原則に戻り、各々の業務の持つ収益力との見合いで、コスト削減に知恵を出していく必要性が高まっています。

 今ひとつの収益力向上のための手段は、自らの提供するサービスの内容や価格、条件を今一度見直してみることです。

貸出スプレッドの見直し

 先程触れた、金融機関が企業に対して貸出スプレッドの見直しを提示することは、その意味で金融機関の収益力向上にとって中心的なテーマであると思います。経済の変動に応じてリスクも変化するので、近年における信用リスクの上昇などを考慮しつつ、金融機関が貸出利鞘の改善を求めることは自然な動きであると受け止めています。ただ、その場合、取引先企業からみれば、コストの増加であるため、金融機関と企業との間で、十分な対話が行われることが不可欠です。借り手企業から見れば、自らの経営状況を金融機関がどのように評価しているのか把握したいのは当然でしょうし、それを超えて経営に対するアドバイスを求めたいこともあるでしょう。同時に金融機関としても、貸出以外のサービスで企業のお役に立てる面はないか、今一度提供するサービスの内容を見直してみる必要があるように思います。こうした点を含めて、取引先企業と金融機関の対話が進展していくことを強く期待しています。

 また、こうした対話を通じて、貸出債権の価格形成の見直しが進展すれば、規制緩和や法的枠組の整備などと相俟って、債権流動化市場の一層の活性化にも寄与すると期待されます。これは、金融機関のビジネス・チャンス拡大や信用仲介機能の強化の契機ともなり得るものです。

 先ほど申し上げた「不良債権問題克服への道筋の提示」というテーマに戻れば、結局のところ金融機関が今後取引先の納得を得ながら、いかにして収益力の向上を図っていけるかに掛かっているように思います。私どもとしても、そうした企業と金融機関との間でどのような新しい関係が構築されていくのか、十分目を配っていきたいと考えています。

金融機関の経営努力の重要性

 最後に、先般の総理の指示に端を発した、預金保険制度の見直しの議論に、簡単に触れておきたいと思います。つまり、決済性預金の保護などの問題ですが、私ども日本銀行としても、この問題については、決済システムの安定確保に責務を有している立場から、かねてより大きな関心を払って来ています。

 ただ、ここで強調しておきたいのは、セーフティネットは、その名の通り、「金融システム全体に対する信認が地に落ちてしまわないための安全網」であり、それによって、個別金融機関の信認を回復することまではできない、ということです。個別金融機関の信認の回復や向上をもたらすものは、これまで縷々申し上げてきたような点に関する、金融機関自身の経営努力であり、その点を忘れた議論は不十分といわざるを得ません。

 このような民間セクターの努力が重要であるという点は、構造改革一般に共通する考え方です。ご承知のとおり、政府は構造改革を重要な政策課題に据えていますが、政府の様々な取組は、あくまで個々の企業の自由で創造的な活動を引き出すための環境整備と位置付けられるものです。むしろ、構造改革の主役は、民間企業自身であるといって良いかと思います。本日、企業経営に携わる皆様を前に、この点をぜひ強調させて頂きたいと思います。

4.おわりに

 以上で私からの説明を終わらせて頂きます。わが国経済は、引き続き根深い構造問題を克服する過程にありますが、当地の皆様方はこれまでも、グローバルな市場に目線を据え、また、長期的な視野から改善や創意工夫を積み重ねてこられました。現在も、そうした時代を先取りする進取の精神と「ものづくりの伝統」を活かしながら、環境・エネルギー分野における先駆的な技術開発や、将来の技術基盤となる新素材分野での多様な研究開発など、経済構造の変化に対応した新たな事業分野への取り組みを活発に行っておられると聞いております。こうした各方面における皆様方の積極的な取り組みを通じて、中部経済が現在の難局を乗り越え、今後新たな発展を遂げられることを祈念致しますとともに、私どもとしても、中央銀行としての立場から精一杯サポ−トしてまいりたいと考えております。

 ご清聴どうもありがとうございました。

以上