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最近の金融経済情勢について

2002年10月24日福岡県金融経済懇談会における福間年勝審議委員基調説明要旨

2002年10月24日
日本銀行

[目次]

  1. 1.はじめに
  2. 2.海外経済、日本経済の現状と先行き見通し
  3. 3.日本銀行の政策対応等
  4. 4.結びにかえて

1.はじめに

 日本銀行の福間でございます。本日は、お忙しいところを麻生福岡県知事、並びに官界・経済界の中核の方々にお越し頂き、金融経済情勢についてお話させて頂く機会を得ましたことを大変光栄に存じます。

 日頃は、支店長の佐藤をはじめ日本銀行福岡支店の職員が、経済調査等々で皆様に大変お世話になっていることと存じます。この場を借りてお礼申し上げるとともに、今後ともご協力を賜りますようよろしくお願い申し上げます。

 本日は、時間も限られておりますので、私の方から最近の金融経済情勢について簡単にお話し申し上げ、後ほど、皆様方から、福岡県の経済動向をうかがいながら意見交換をさせて頂ければ有り難いと思います。

2.海外経済、日本経済の現状と先行き見通し

(1)海外経済の動向

 まず、海外経済情勢をみますと、足元、日本を含め、米欧では3つの不安要因が覆っています。国によって背景は異なりますが、第一は、お手元資料の1に示しましたが、株価不安定、第二は資料の2と3にお示しした景気のスローダウンとデフレ圧力、第三は資料の4に示しましたが金融機関の貸出能力低下と企業、家計のバランスシート調整です。

 国別に懸念材料を整理しておきますと、米国では、企業会計不信、企業業績の下方修正、イラク問題など国際政治情勢への不安等を背景に、株価が大幅に調整した後、不安定な動きになっています。株価下落で消費マインドは悪化しており、消費はなお底堅いとはいえ、やや弱含みの兆しがみえてきました。設備投資も明確な回復感が出ていません。銀行の融資態度も慎重化しており、貸出の伸び率は鈍化しています。社債発行市場のクレジット・スプレッドも拡大したままであります。

 欧州をみると、第三世代携帯電話事業免許の過熱入札の咎めが出ています。携帯電話加入者が予想に比べ伸びない中で、通信業界では過剰債務が経営の足枷となる一方、金融機関の情報通信企業向け貸出並びに投資が不良債権として経営の重石になっています。銀行の融資姿勢も抑制気味で貸出の伸び率は低下してきています。

 この間、アジアでは、IT依存度の高い台湾、シンガポールでは生産が減産に転じ始めましたが、その他地域では内需堅調に支えられ、回復基調が持続しています。

 今後の海外経済については、イラク情勢、ブラジル情勢というリスク要因もあり、これら諸点を引続き注視していく局面です。

(2)わが国の実体経済

 わが国の実体経済をみると、全体として下げ止まっていますが、世界経済を巡る不透明感の強さもあって、回復へのはっきりとした動きはみられていない状況です。

 最終需要面をみると、設備投資は下げ止まりつつありますが、個人消費は弱めの動きを続けています。一方、輸出は、テンポの鈍化を伴いつつも、増加を続けています。

 こうした需要動向を反映して、生産の増加テンポが幾分緩やかになってきました。雇用・所得環境をみると、雇用者所得が明確な減少を続けており、全体として引続き厳しい状況にあります。この間、物価動向をみますと、国内卸売物価、消費者物価ともに緩やかな下落を続けています。

 今後の経済情勢を展望しますと、内需が低迷する下で、輸出が海外景気のスローダウンを反映して増勢鈍化傾向が続くと見込まれることから、生産は踊り場を迎えつつあると思われます。物価についても、当面、現状程度の緩やかな下落傾向を辿るものと考えられます。

 近く発表と言われている政府の総合デフレ対策が注目されます。

(3)わが国の金融動向

 次に、わが国の金融動向をみますと、金融機関、企業、家計ともに、信用リスクに対する警戒感が強まっています。マクロ的なマネーの流れをみると、「家計はマネーを流動性預金という形で金融機関に預金する」、「金融機関は、集まる預金を企業に貸出さずに、安全資産である国債を買う」、「企業は金融機関からカネを貸りてもいつ返済を迫られるかわからないという不安が拭えないため、厚めの手元流動性を持とうとする。また、資料5に示しましたが、企業の信用リスクもあり、企業間信用も落ちている」という姿になっています。このように、経済の色々な場面で信用が収縮する方向に力が働いており、経済が前向きに回る動きが出にくい状況です。資料6をご覧いただき、各経済主体が保有する安全資産の金融資産全体に占める比率をみますと、ここ数年、一貫して上昇基調が続いています。

 問題は中小企業金融です。資料7にお示ししたように、中小企業向け銀行貸出をみると、前年比マイナス幅が拡大基調にあります。また、資料8の9月短観をみると、業況判断DIは緩やかに改善していますが、金融機関の貸出態度判断DIは逆に緩やかに悪化する姿になっています。

 金融機関の貸出の減少について、金融機関サイドは「企業の資金需要がないので、貸出が伸びない」というのが言い分です。一方、企業からは「いつ返済を迫られるかを考えると、金融機関には頼れない。設備投資や運転資金に必要なカネはキャッシュフローの範囲内で自ら賄い、残った資金は出来るだけ金融機関に返していきたい」という本音が聞こえてきます。

 これは、97~98年の金融システム不安の際、BISの自己資本比率規制が制約となって、企業が、大小を問わず、金融機関から貸出回収を迫られた辛い経験があり、これが今なお不信感として企業に根付いているからだと思われます。当時は、大手企業でさえ、金融機関から借入金返済を迫られて、手元流動性を落とさざるを得ませんでしたので、ましてや中小企業には、貸出回収(いわゆる貸し剥がし)の圧力はより強かったものと思われます。また、資料9にありますように、資産圧縮の動きは、邦銀の海外支店のバランスシートに、より顕著に表れています。

 問題は、今後、金融機関の経営体力が、株安、不良債権処理によって、一段と弱まっていくことも予想されることです。BIS規制の制約を背景に、再び98年頃の信用収縮現象が広がりかねません。特に、ただでさえ厳しい中小企業金融が一段と詰まってしまうおそれがあります。日本経済を支えるのはまさに中小企業であり、中小企業の回復なくして景気回復はないと思います。それだけに中小企業金融については、非常に関心を持って注視しています。

 この点、政府では、中小企業へのセーフティーネットとして、信用保証制度の拡充、政府系金融機関の融資拡大を柱とする包括的中小企業対策を検討しているとの報道がなされてれています。民間金融機関の貸出の力が弱っている下では時宜を得たやむを得ぬ措置だと思います。

 また、日本銀行では、かねてから特に資金調達面で逼迫度が強い中小企業に金融緩和効果が浸透していくために、様々な工夫を講ずることが必要と考えており、経済財政諮問会議等の場でもその具体策を積極的に提言してまいりました。

 その一つは中小企業向けの証券化チャネルの整備です。既に、東京都に次いで福岡県も実施されている中小企業向け貸出債権の流動化プログラム(CLO)があります。福岡県の場合、この7月に、当該スキームを通じて597先、139億円強の融資が行われたとのことです。中小企業の資金繰りにかなり寄与したということで、関係者からは好評であったと聞いております。日本銀行では、これをさらに一歩進めて、中小企業が保有する売掛債権を直接証券化の裏付資産として活用する仕組みを整備してはどうかと考えています。この仕組みは、金融機関の融資を使わずに、中小企業が市場から資金を直接調達するというものです。これまで担保不足や規模の問題から市場による資金調達は困難とされていた中小企業に対し、複数の中小企業を束ねるという証券化技術を活用して、新たな調達チャネルを用意しようという試みです。こうした取組みをサポートするため、日本銀行は今年1月にABCPを適格担保に含めるという措置を講じました。

 また、中小企業金融支援の工夫として、中小企業庁も、昨年12月に中小企業が保有する売掛債権を資産として活用する制度をスタートさせました。ただ、残念なことに、事務手続きが煩雑ということもあって、出足は低調とのことです。今後とも、中小企業金融の支援のために、引続き官民ともに、更なるスキーム改善に努力していくことが必要と思います。

3.日本銀行の政策対応等

(1)量的緩和策

 次に、日本銀行の最近の具体的政策対応等をご説明します。

 日本銀行では、2001年3月以降、1年半に亘り、流動性を潤沢に供給する量的緩和策を続けてまいりました。この量的緩和策というものは、「金融機関が手元の流動性として日銀に預けている当座預金残高を、資金供給オペを通じて、法定必要額以上の水準に思い切って高めます。それによって、金融機関の民間企業や家計向けの貸出増加を促し、経済の総需要を刺激することを通じて、物価の継続的下落を防止することを狙う政策」です。この1年半の間、私どもは、実体経済や市場の動向を眺めながら、流動性の量を順次増加させ、足元は「10~15兆円程度」という調節目標の下で15兆円近傍の当座預金残高まで高めています。この結果、資料10の上の図にあるように、マネタリーベースの前年比伸び率は21%と高水準の伸びを示しています。にもかかわらず、金融機関の信用仲介能力が低下しているため、貸出の伸びはマイナス、マネーサプライの伸びも小幅に止まっています。なお、マネタリーベースについては、“伸び率”に注目が集まりがちですが、より大事なのは“残高のレベル”だと思います。資料10の下の図にありますように、名目GDP対比でみたマネタリーベースの水準は、足元は18%程度にまで上昇しています。これは、第二次大戦以降でみて、戦中の経済混乱期を除き、最も高い水準です。

 量的緩和策は、先ほど述べた「物価の継続的下落を防止する」ことを目的にスタートさせたものです。ただ、その後、金融システム不安が徐々に強まっていく中で、結果的に「金融システムの安定化」という面でも、量的緩和が大きくプラス寄与する形になっています。量的緩和策に新たな目的が加わったわけで、私はこれを量的緩和の二元目的論と呼んでいます。

 「量的緩和」がなぜ「金融システム安定化」に寄与するのかという点ですが、簡単に言えば、銀行間の資金取引が成立しにくい中で、中央銀行が金融機関に対して相対で潤沢な流動性を供給することによって、金融機関の流動性確保をより着実なものにし、金融機関経営を資金繰りの面から万全にするためです。具体的な実務に則して申しますと、金融機関は資金の出入りが頻繁に起こりますので、一時的に資金の過不足が起こるのが通常です。これを短期金融市場という場で調整するのが常ですが、資金放出する相手方の信用リスクが少しでも気になれば、オーバーナイト資金も出そうとせず、一番安全な日銀の当座預金に積み上げてしまいます。この結果、信用リスクが相対的に高いとみられる金融機関は、資金の借入ができずに資金ショートに陥いることも起こり得ます。

 そこで、こうした事態を防ぐべく、担保さえあれば、金融機関がいつでも自由に日銀から流動性を引き出せる補完貸付制度というファシリティをも用意しつつ、日本銀行が万全な流動性供給体制を敷いているわけです。

 足元、市場ではこうした日銀の流動性に対する配慮が大きな安心感になっているほか、「量的緩和が長期化するという期待感」──私どもはこれを「時間軸効果」と呼んでいますが、こうした期待が市場に浸透しています。この結果、短期金融市場を含め金融システム全体が安定しているほか、短期から長期金利に至るまで金利全般が低位安定水準に落ち着く姿になっています。

 ただ、最近は金融政策の面ではやや注意すべき局面になってきたと思います。株安による評価損発生で金融機関の経営体力が更に弱まっているとみられます。また、不良債権処理を巡っての金融行政に変化がみられる中で、市場が信用リスクに対して更に警戒的になっていく可能性も考えられます。こうした幾つかの環境変化を踏まえると、金融機関の流動性需要の動向については更に注意深くみておくことが必要になってきたと思います。日本銀行としては、金融資本市場、なかんずく短期金融市場の動向を注意深く見守りながら、引続き機動的かつ弾力的な政策対応を心掛けていきたいと思います。

(2)不良債権問題の基本的な考え方

 次に、日本銀行の不良債権問題の基本的な考え方を申し上げます。これは、去る10月11日に公表したもので、ポイントは資料11にお示ししていますが、簡単にエッセンスをご説明します。

 ご存知の通り、金融機関は過去約10年にわたり、90兆円にのぼる巨額の不良債権処理を実施してきており、問題克服に向けて相応の進捗をみてはいます。しかし、金融機関の経営体力は、資料12でお示ししたとおり、特に大手行の場合は、徐々に落ち込んでいます。しかも、その中身をみると、税効果会計による繰延税金資産によって資本勘定が嵩上げされています。また、収益力も芳しくありません。この結果、今後とも不良債権処理が続くことが予想されるもとでは、金融機関経営はむしろこれまで以上に厳しい状況に直面しているのではないかと危惧されます。そこで不良債権問題克服のための基本的な対応原則として、次の3つの点が必要になると考えています。

  1.  第一が、不良債権の経済価値の適切な把握と早期処理の促進です。最近の経済構造の急激な変化、資料13に示したような最近の資産評価を巡る会計の動き、あるいは信用リスク管理手法の高度化の流れなどを踏まえ、現在の金融機関の引当手法にさらに改善の余地はないか、検討を深める必要があると思われます。日本銀行としては、とりわけ大手行に対しては、考査等を通じより適切な引当に向けた金融機関の自主的な努力を促していきたいと思います。また、整理回収機構(RCC)の活用などを通じて貸出債権流動化市場の拡充を図り、不良債権の市場価格のより適切な形成とオフ・バランス化を促すことも重要な課題です。

  2.  二番目は金融機関と企業、双方の収益力強化です。金融機関の収益力強化や健全化に向けた経営努力を促すという観点から、金融制度、金融機関の業務規制、税制等のあり方を常に見直していくことが必要です。また、不良債権問題克服のためには、産業政策や地域政策の観点も含め、企業の収益力強化や企業再生に向けた総合的な取り組みが不可欠です。先ほども触れましたが、証券化技術を応用した企業金融円滑化を図っていくことも必要です。

  3.  三番目は、金融システムの安定性確保です。まず、金融システムの危機を未然に防ぐとともに、金融機関が不良債権問題の克服に着実に取り組める環境や仕組みを整備することが必要です。そのためには、後に触れますが、金融機関保有株式の削減を促進することが必要です。また、不良債権処理の過程で資本が不十分となる金融機関に対しては自主的かつ責任ある収益力向上努力を促すようなかたちでの公的資本注入がひとつの選択肢です。そして、金融危機のおそれがある場合には、預金保険法第102条の発動による政府の措置と併せて日本銀行による「最後の貸し手」機能の発揮により、適切かつ機動的に対応する必要があると考えます。

(3)銀行保有株の買取り

 不良債権問題の基本的な考え方でも触れましたが、金融機関の経営を不安定にしているもう一つの要素が、保有株式の価格変動リスクです。銀行が法律により2004年9月末までに残高圧縮を求められている株式残高は、資料12の下図に示したように、ざっと約8兆円あります。このリスクを軽減することは、金融システムの安定を確保するとともに、金融機関が不良債権問題の克服に着実に取り組める環境を整備するという観点からも、喫緊の課題と言えます。そこで、日本銀行としては、中央銀行の信認、通貨価値の信認を維持しつつ、かつ金融システム安定を担う中央銀行としてギリギリの範囲でできることは何かを考え、今回、金融機関の保有する株式の買取りを決断しました。

 資料14に詳細をお示ししましたが、ポイントを述べますと、原則、平成15年9月末までの間、株式等保有額が自己資本(Tier1)を超過している銀行から、上場株式(BBBマイナス相当以上)を総額2兆円を上限に日本銀行が購入するというものです。

4.結びにかえて

 現在の不況で、企業の大小を問わず、経営者の皆様は大変なご苦労をされていると思います。どうやってこの不況を脱するのか──一つの活路は、成長産業に絡むことです。IT、バイオ、環境、ナノテク、いわゆる重点四分野が大きなターゲットになります。もう一つの活路は、成長地域に絡むことです。中国を含むアジアが大きなターゲットになります。勿論、少子・高齢化の中で新たに求められるサービス産業や、企業や政府機関のアウトソーシング化に伴うサービス産業への参入も一つの選択肢です。

 福岡県が非常に恵まれているのは、成長地域アジア、中国に近い点です。既に、福岡県では麻生県知事の強力なリーダーシップの下、将来における産業の色々な変化の可能性を考えながら、総合的で幅広い政策に取り組んでおられます。(1)ベンチャー育成のために経営資源(人、モノ、カネ)の出し手と受け手(ベンチャー企業)の円滑な出合いを付ける“フクオカ・ベンチャー・マーケット”、(2)経済、行政、医療、教育などあらゆる分野においてIT化を進めるためのインフラ整備である“福岡ギガビットハイウェイ”、(3)高技術が求められるシステムLSIの開発設計拠点を目指す“シリコンシーベルト構想”、(4)アジア地域との文化面も含めた関係強化など、多岐に亘る政策を実行されておられますが、これらの政策が大きな成果につながることを期待しています。

 こうしたご努力の成果と思われますが、福岡からアジアへの進出企業数は資料15のとおり、順調に増加しています。一方、輸出動向については、資料16、17を見比べていただきますと、この10年間、福岡県の韓国・台湾向け輸出は2倍強の伸びと全国に比べ高い伸びとなっていますが、中国向け輸出はほぼ全国並みの伸びに止まっています。これは、福岡県企業が地の利を生かして輸出よりもむしろ現地進出を優先している現われと思われますが、まだまだ輸出が伸ばせる余地は大きいと思います。今後は、福岡からの現地への進出というアプローチの他に、既にお考えのことと思いますが、中国、韓国等のアジアの企業から対福岡への投資を誘致していくことで、福岡県経済を更に活発化することも期待したいと思います。

 今後、こうした官民のご努力で福岡県が一段と発展されていくことを応援申し上げたいと思います。本日はご清聴有り難うございました。

以上