ホーム > 日本銀行について > 講演・記者会見・談話 > 講演・記者会見(2010年以前の過去資料) > 講演・挨拶等 2002年 > 藤原副総裁講演「アジア経済と日本銀行」──JCIF国際金融セミナー特別講座における藤原副総裁講演

藤原副総裁講演「アジア経済と日本銀行」

JCIF国際金融セミナー特別講座における藤原副総裁講演

2002年10月31日
日本銀行

[目次]

  1. 1.はじめに
  2. 2.通貨危機後の東アジア経済
  3. 3.東アジアにおける構造問題への取り組み
  4. 4.域内相互依存関係の強まり
  5. 5.東アジアにおける金融協力
  6. 6.より実務的な金融協力−EMEAP
  7. 7.今後の課題

1.はじめに

 ご紹介いただきました日本銀行の藤原でございます。一昨年に引続き本席でお話する機会を得ましたことを大変光栄に存じます。今日は、「アジア経済と日本銀行」と題しまして、世界の中でも高い成長を続ける東アジア経済と、その中における日本の位置づけについて、中央銀行間の金融協力の視点からお話してみたいと思います。

 アジアといえば、私自身戦前の一時期を中国東北地方、旧満州で過ごし、懐かしい思い出があります。また、ジャーナリストとしても毎年のように中国を訪問していたこともあり、アジア大陸への思い入れはひとしおです。日本銀行副総裁としても、国際会議の折りに、中国、モンゴルのほか、フィリピン、マカオ、タイと海洋の国々にも出張しました。1997年のアジア通貨危機以後、東アジア経済の回復振りには目を見張るものがあります。私もこの成功経験をわが国に活かす方策はないか、常に思慮を巡らしています。一方で、アジアの発展を後押しできるようにわが国も積極的にかかわって新たなアジアの時代を築きたいものです。

2.通貨危機後の東アジア経済

 1997年7月のアジア通貨危機発生から5年余りが経過しました。この5年間を振り返ってみますと、東アジア諸国の多くは、97年から98年にかけて深刻な為替・金融市場の混乱と経済成長の落ち込みを経験しました。しかし、99年頃より、各国におけるマクロ政策や構造政策の効果浸透や、世界的なITブームといった良好な外部要因から、回復過程に移りました。ここ一両年は米国景気の減速によって、成長テンポはやや鈍っていますが、世界の他の地域に比べ際立った拡大基調にあります。

 IMFによれば、東アジア諸国、(すなわち、韓国、中国、香港、台湾、シンガポール、タイ、マレーシア、インドネシア、フィリピンですが、)の本年の経済成長見通しは平均して6%程度となっております。また物価も多くの国で概ね安定しております。

 通貨危機後の厳しい調整過程を経て、東アジア諸国の対外ポジションも大きく改善しました。通貨危機に至る前の90年代半ばの状況から振り返ってみますと、東アジアでは、タイ等のASEAN諸国を中心に巨額の経常収支赤字を抱え、それを海外からの資金、それも短期の銀行借り入れやポートフォリオ資金でファイナンスするという構図がみられました。しかし、「アジアの奇跡は持続する」という市場の見方が途切れた途端、通貨・金融危機に見舞われてしまったわけです。

 その後現在は、中国、NIEs、 ASEAN諸国とも軒並み大幅な経常収支黒字を記録しています。対外資金取引をみても、通貨危機以前のような短期債務への依存度が減り、直接投資等のウエイトが高まっています。このため急激に資金が流出するというリスクは低くなっています。こうした中で、外貨準備も増加しており、日本を除く東アジアの外貨準備は8千億ドルを超えるレベルに達しています。

 このように、マクロ経済指標をみると、東アジアは、通貨危機とその後の経済低迷を克服して、安定した成長軌道に復帰したといえるのではないかと思います。昨年来、アルゼンチンやブラジルをはじめとして、ラテンアメリカ諸国で金融市場が不安定化していますが、アジアへの伝播(コンテイジョン)は今のところ窺われていません。これも、東アジア経済のファンダメンタルズが改善し、外生的なショックに対する抵抗力が増してきた証左とみることができると思います。

3.東アジアにおける構造問題への取り組み

 それでは、アジア通貨危機によって顕在化した金融や企業セクターの構造的な問題、あるいは、その背後にある様々な制度・市場インフラの立ち遅れの問題について、この5年間でどの程度改革が進んだのでしょうか。この問いに明確な答えを出すことはなかなか難しいのですが、少なくとも構造問題の重要な部分を占める金融システムの健全性回復については、課題を残しつつも、着実な進展があったと評価してよいのでないかと思います。

 構造問題は、わが国に引き直すまでもなく、重要な要素であり、腰の据わった対応が求められます。深刻な構造問題を抱えている経済は、短期的にはともかく、中長期的に成長を維持することが困難でしょう。もとより、構造問題の克服に取り組んでいるのは東アジア諸国に限ったことではなく、わが国を含め先進国でも同様です。しかし、改革は必然的に痛みを伴うものだけに、その実行は容易くありません。

 東アジアの場合には、97年から98年にかけて経済全体が、極めて深刻な危機に見舞われたことにより、以前から存在していた構造問題がより先鋭的な形で表面化しました。構造問題にメスを入れない限り、経済全体の破綻に繋がりかねない、のっぴきならない事態に追い込まれたわけです。

 そうした事態において、韓国やタイなどでは政府並びに国民全体が強い危機感を共有し、痛みを伴う大手術を断行したわけです。通貨危機は、いずれ取り組まなければならなかった構造改革に着手するきっかけになった面があります。きっかけを上手く活かしたという点において、日本が学ぶことも少なくないように思います。そうした中で、通貨危機からの回復が特に早かった韓国の金融改革の動きについては、わが国との共通点、相違点が何かといった観点から、私どもとしても大きな関心を寄せてきました。

 韓国では、97年から98年にかけて財閥の相次ぐ破綻をきっかけに、金融危機が発生しました。危機発生直後には、約半分の商業銀行の自己資本比率が8%を下回り、一部の主要銀行では債務超過に陥るなど、かなり深刻な様相となりました。こうした状況に対して、政府はリーダーシップを発揮し、速やかな不良債権処理と金融機関の再編を進めました。

 韓国における金融改革の特徴を3点に整理してみましょう。

 第1に、政府が、金融リストラと密接に関連する様々な分野の構造改革を包括的に推進したことです。中でも高い優先順位が与えられたのは、財閥を中心とした企業に対する改革です。政府は、過剰債務や過剰投資が問題となっていた大手財閥企業に対しては、債務比率の引下げや財閥間の事業交換による集約化などの構造改革を強く求めました。また、社外取締役選任の義務化などコーポレート・ガバナンスの強化を促しました。

 第2に、金融システム強化のために市場メカニズムを積極的に利用したことです。政府は外資の持株比率に関する制限を緩和したほか、労働基準法の改正により企業が経営上の理由で人員削減をすることを容易にするなど、市場原理が働くように枠組みを変えました。その結果、外資の流入が促進されることになりました。

 第3に、こうした施策を即座に実施に移せるように、政府はGDPの約30%に上る巨額の財政資金を、資本注入、不良債権買取、預金者保護等に投入しました。韓国の場合、公的資金注入の対象を、銀行に限定せず、生命保険や投資信託会社等のノンバンクにも広げたことが特徴です。

 以上のような諸施策の効果もあって、その不良債権比率は99年末の13.6%をピークに2002年6月時点では2.4%まで低下しました。その過程で、商業銀行の従業員数は約4割削減されましたが、2001年には全行合算ベースの銀行収益が5期振りに黒字化しました。

 このような韓国の金融改革は、包括的かつ迅速な改革を実行することの重要性を示すものといえるでしょう。しかし、金融システム問題の性格や金融経済構造は国によって異なります。韓国で成功した手法が、そのまま今日の日本における不良債権処理に当てはまると単純に考えることも危険です。日本の直面する問題は、より大きく、より複雑です。迅速かつ果敢に事に当たる決意と同時に、問題の実態に即した現実的な配慮も忘れてはならないと思います。

4.域内相互依存関係の強まり

 こうした通貨危機の克服過程と並行して、東アジア域内経済間の相互依存関係がますます強まっていることにも注目する必要があります。それは貿易面で特に顕著に現れています。東アジア9ヶ国の域内貿易規模の名目GDP比率は、80年代後半の8%から、最近では17%と2倍以上になっています。

 この比率は、概ねEU(欧州連合)に匹敵するものです。域内貿易が活発化している背景には、IT分野を中心とした東アジア地域への直接投資の増加とそれに伴う国際分業の進展があります。

 東アジア地域における国際分業の進展は、80年代後半以降、日本からNIEs、そしてNIEsからASEANへの直接投資を伴いながら進んできました。そして、最近では、WTO加盟を果たし、国際経済の中に本格的に加わってきた中国経済の急成長によって、東アジア地域の国際分業も新たな局面に入ってきているように思われます。最近の中国向け直接投資の規模は年間400億ドルを超え、2002年には米国を抜いて世界一になるとの見通しも出ています。投資先も、従来のような労働集約的な繊維産業等から、より資本集約的な情報・通信機器等のIT関連産業まで裾野が広がってきています。こうした直接投資は、中国のリーディングインダストリー、生産能力、国際競争力に大きな影響を与えるとともに、中国の産業構造が高度化し、東アジア域内の国際分業のダイナミズムを大きく変化させつつあるようです。

 国際分業構造の変化は、同時に各国の産業構造調整圧力を強めていくという面をも持っているため、時として、国際的な貿易摩擦を引き起こすことがあります。こうした中で、各国が国内の構造調整を先送りするために保護主義的な貿易政策をとれば、東アジア地域の成長のダイナミズムは失われてしまいます。オープンな経済・貿易システムを維持しながら、比較優位に基づいた国際分業の進展を通じて、地域全体の成長ポテンシャルを高めることが、東アジア地域にとって大変チャレンジングかつ重要な課題ということができると思います。

 域内貿易拡大についてやや別の角度からみてみましょう。従来から、「米国がくしゃみをすると東アジアが風邪をひく」といわれてきたように、東アジア経済は米国への依存度が高いと認識されてきました。域内貿易の拡大が、こうした対米依存の経済構造からの脱却を示唆しているのかどうかは非常に興味深い点です。おそらく現時点では、域内貿易増加の原動力となっているIT関連製品の最終需要に大きな影響力を持っているのが米国であるため、域内貿易自体も米国の需要によって誘発されている部分が大きい点は否定できないように思います。ただ、このところ東アジア各国から中国への輸出が非常に速いペースで増大しており、中長期的には、中国の内需が域内経済へ与える影響が増す方向にあると思われます。今後は、東アジア域内の自律的な需要が、各国の成長を牽引する力を、徐々に高めていくことが期待されます。

 東アジア地域内の経済の相互依存が強まるということは、同時に、地域内の景気や金融市場の連動性が高まりやすいことも意味します。アジア通貨危機やラテンアメリカなど他のエマージング・マーケット危機の経験が示唆するように、ある国に発生した危機は、緊密な経済関係を持つ地域内の他国にショックを伝播する傾向があります。そこで、それぞれの国は、地域内の他国の経済情勢や政策に対して高い関心を持つインセンティブが生まれるわけです。これから述べます中央銀行間の金融協力体制の強化も、こうした域内経済の相互依存関係の深まりと密接な関係を持っています。

5.東アジアにおける金融協力

 そこで、通貨危機後の東アジア経済の流れを念頭におきながら、東アジアにおける金融協力がどのように進んできたのか、日本銀行がそれにどのようにかかわってきたのかを振り返ってみようと思います。

 東アジアにおける金融協力を語る上で、97年のアジア通貨危機は色々な意味でエポックメーキングなものであったように思います。通貨危機は97年7月にタイで始まり、その後インドネシア、韓国へと、飛び火する事態となりました。この間IMFが中心となって経済再建プログラムを決定したのですが、市場の信認を回復することは容易ではありませんでした。東アジア経済は先程もふれた通り99年頃から良好な国際環境の中で回復を遂げましたが、この間の動きを振り返る中で、東アジア地域において独自の金融協力の枠組みを求める声が高まっていきました。

 2000年5月、東南アジア諸国連合(ASEAN)10ヶ国に日本、中国、韓国の 3ヶ国を含めた13ヶ国(これは、ASEANプラス3と呼ばれるものです)が、「2ヶ国間での金融取極をそれぞれが相互に結ぶことを通じて支援体制を構築すること」が合意されました。これは、会議が開催されたタイの地名を取って「チェンマイ・イニシャティブ」と呼ばれています。この枠組みは、集団的な金融支援体制として、東アジア地域の域内協力を前面に出しながら、IMF支援を含む既存の国際的な資金支援制度を補完するものと位置付けられています。為替投機等の動きを牽制するとともに、為替・金融市場の安定を図ることがその目的です。

 これまでに日本は、韓国、マレーシア、タイ、フィリピンと取極を結び、今年の3月に中国とも締結しました。さらに、現在インドネシアやシンガポールとも交渉を行っています。また、中国、韓国ともに日本に続けと、アジア域内でのスワップ・ネットワークの構築が進んでいます。

 この2国間取極めの中で、日本が中国と結んだスワップ取極締結にあたって特筆すべきことが幾つかあります。

 その1つは、東アジア地域の国境を跨った相互支援体制に中国が事実上初めて加わったことです。市場経済をベースに高度成長を続ける中国に対する見方は様々ですが、中国がこうした取極を通じて国際社会の枠組みにコミットするという点において、大きな意義があると考えます。中国自身が直接通貨危機に見舞われたわけではありませんが、貿易取引等を通じてその悪影響を肌身に感じたことは事実です。また、中国では、金融資本市場の自由化や対外開放政策を進めていますが、これは中国市場が国際金融環境の影響をより受け易くなることを意味します。中国が東アジアの金融安定化に多大の関心を示すようになった背景には、この様な環境認識があったと思われます。

 因みに、中国は資本の自由化について日本の経験をつぶさに点検していると聞いております。この3月に中国人民銀行の戴行長一行が来日されて、スワップ取極を調印した際、この問題について集中的に日本銀行の幹部との間で議論を交わしました。資本自由化の順番やペース、とりわけ人民元の変動幅拡大については、今後、注目されるところかと思います。この9月に北京でこうした問題に関する会議が開催されましたが、中国が外国の歴史に学び、自由化の手順を自分なりに設定していく政策を打ち出す方向にあることが確認された次第です。

 スワップ取極については、もう1つ、その内容にも特徴があります。すなわち、日本がこれまで中国以外のアジア諸国と結んだ取極めは、日本が「一方的にアジア各国に資金を融通する」ものでした。これは、外貨流動性危機に陥った国からの要請があれば、わが国は保有する豊富な「米ドル」を現地通貨と交換することを約束するという「危機対応」を主たる目的にしたものでした。

 これに対し、この日本銀行と中国人民銀行との間で締結された日中間のスワップは、「円と人民元を対象」として、両国間が対等な立場で取極めを結び、両国がいずれも資金を融通しあう立場で契約を結んだことが特記すべき点です。

 中国の外貨準備は、この9月末で2,586億ドルと、今や日本に次ぐ世界第2位の規模にまで膨らんでいます。現状において、具体的な有事対応を要する危機が想定されているわけではありません。中国が今後各方面で経済発展を押し進める上で、安定した金融為替市場はその基礎となるものです。中国が外国と協力して図っていくという1つのモデルとして、このスワップ取極めは、意義を持っていると考えています。

6.より実務的な金融協力−EMEAP

 アジア通貨危機の経験として、それまで市場経済のルールに則って発展してきたと考えられてきた東アジアの国々でも、実態をつぶさにみると、金融市場の自由化の進展度合いはもとより、決済システムの整備や取引慣行、また預金保険などのセイフティネットの有無など、実際の経済運営や制度はかなり多様であることが改めて確認されました。各国の歴史や文化、また固有の経済事情を踏まえた上で、市場経済を安定的に機能させるための社会インフラやルールの整備とは如何にあるべきか、といった点について、より実務的なレベルで、日頃から情報交換を密にしておくことの重要性を再認識させられたということです。

 その意味では、91年に、当時の三重野総裁がアジア重視の姿勢を打ち出し、日本銀行の提唱で創設されたアジア・オセアニア地域における中央銀行のフォーラム、EMEAP1(エミアップ)の存在意義には大変大きいものがあります。参加メンバーはオーストラリア、中国、香港、インドネシア、日本、韓国、マレーシア、ニュージーランド、フィリピン、シンガポール、タイの11の中央銀行および通貨当局です。既に10年余りを経ているだけに、どのメンバーも、非常にフランクに議論しています。アジア通貨危機の際にも有効なコミュニケーション・チャンネルとして機能したことはいうまでもありません。

 EMEAPは、従来から会議終了後にコミュニケを発表することが頻繁にはなかったことから、皆さんにとってあまり馴染みがないものかもしれません。具体的な活動について簡単にご紹介させていただきます。設立を提案した発足当初は、副総裁クラスの会合のみでしたが、96年以降、松下総裁の時代には、総裁レベル、副総裁レベル、さらに実務者によるワーキング・グループと3階層に分かれて定期的に議論が行われるようになっています。今年、速水総裁が出席したクアラルンプールでの総裁レベル会合には、全ての加盟国の総裁が揃い、各国共通の関心事である金融リストラ問題について活発な議論を行ったところです。

 総裁レベル・副総裁レベルの会合では、主として金融・経済情勢や当面の政策課題などについて意見交換を行っています。一方、ワーキング・グループでは、為替・金融市場の動向、外貨準備の運用、決済システム、さらには金融機関監督・規制など幅広い分野に亘って実務レベルの意見交換を行っています。研究成果の対外発信も積極的に行っており、最近では、例えばアジア地域における外為決済リスクの現状と提言をとりまとめた報告書や、EMEAPメンバー各国の資金・証券決済システムに関する報告書を公表しています。またワーキング・グループは、地域内の問題を議論するだけでなく、例えばBIS(国際決済銀行)の市場委員会やバーゼル委員会などのほかの国際フォーラムとの対話も行っており、国際社会に対してアジアの考え方を積極的に発信しているところです。これらはEMEAP独自のホームページに掲載されていますので是非一度クリックしていただきたいと思います。

 東アジア域内の中央銀行間の政策や実務に関する対話のネットワークはEMEAPだけではありません。BISも近年ではアジア重視の姿勢を示し、98年に香港に事務所を開設し、それをベースに各種会合を開催しています。地域内で中央銀行間の重層的なコミュニケーションのネットワークが構築されつつあります。

 地域協力のもう1つの柱として技術支援(いわゆるテクニカル・アシスタンス)があります。この技術支援は、先進国の成功・失敗体験を発展途上国に還元する役割を果たすものです。これにより、発展途上国は時間的にもコスト的にも無駄を省いて効率的に追い付くことが可能です。

 技術支援に関して、日本銀行で実際に行われているプログラムなどをみますと、EMEAPメンバーとは、アジアの経済発展に伴い、今や私どもが一方的に教える関係ではなく、相互に学習をしあい、お互いに切磋琢磨する場へと変化しています。特に、近年の技術革新によって、途上国でも最先端の技術を組みこんだ社会インフラや情報システムの導入によって、先進国とその分野で肩を並べることが容易にできる時代になったことも確かです。例えば、コストや時間をかけて大型のシステムを構築するよりも、スピードと効率性を重視した投資を行うことが重要な場合も多くみられます。そうした点では、むしろ途上国の意思決定にかかる迅速さや、発想の柔軟さなどに、我々が学ぶ点も少なくありません。

  1. Executives Meeting of East-Asia Pacific Central Banksの略。

7.今後の課題

 本日はこれまでアジア通貨危機後の東アジア経済について構造改革の進捗度合いや、その過程で生まれてきた様々な問題点、さらに東アジア域内での金融協力が実際にどのような形で進んできたか一端をご紹介しました。最後に、わが国、あるいは日本銀行として今後の課題にどう取り組むか、一言触れたいと思います。

 東アジアの金融安定化に向けた取り組みとしては、単にスワップを結ぶだけでなく、有事の金融支援に先立って、各国の経済状況を互いにモニタリングしあう相互監視体制を確立することは非常に重要です。より実効性のある仕組みを作るため、例えば、IMFなど既存の国際機関が持っている情報を如何に活用し、各国の経済政策立案にあたって意義のある意見交換ができるようにする必要がありましょう。

 また、そうした枠組みを考える際には、グローバル経済の中で東アジアが開かれた地域として、位置づけられることが重要かと思います。日本には、東アジアにおける先進国としてリードしていく役割がこれまでも陰に陽に期待されてきました。現に世界経済が米国・欧州・アジアの3極で語られる中にあって、アジアは日本が代表し、日本が欧米における議論をアジア諸国に伝達するという構図がみられてきました。先程来ご紹介してきたEMEAPでも、日本銀行が参加国の中央銀行に対し、BISでの議論を説明する役割を担ってきたわけです。

 しかし現在そして今後は、東アジア域内の金融安定化および東アジア市場の発展に向けて、アジアの立場から域内の意見調整を行い、国際基準を設定する際にはアジアの声を世界のスタンダード作りに反映させていくことが一段と重要になっていると考えています。例えば、銀行の自己資本に関する新バーゼル合意について、日本銀行はBISの中枢メンバーとEMEAPメンバーとの対話の機会を設けるなど、積極的な関与をしてきたところです。

 もう1つは、通貨危機で一時は先行きが危ぶまれたアジア経済が見事に立ち直った、そのダイナミズムを考えれば、問題を実効的に克服する力をもって世界経済に貢献できるように考えたいものです。特にアジアには日本をはじめ膨大な金融資産の蓄積があり、この資金を有効に活用することが重要でしょう。そのためには、金融面でのインフラ整備を一層進めることが緊要です。東アジア地域において最大の経済力を有し、かつ貿易、直接投資、資本取引、経済支援等において深い関係にあるわが国が、より地域経済に貢献するようになる必要があると感じます。このことはとりもなおさず、自国通貨である円の国際通貨としての役割を一層高めることにつながります。

 こうした意味での円の国際化は、残念ながら長年の掛け声にもかかわらず進んでいるとはいえません。その原因の大きな1つには、日本経済全体のファンダメンタルズの弱さが影響しているように思えます。これに関連して最近の大きな話題は、不良債権処理をどのように進めるかという問題です。この点について日本銀行としては、金融セクターの問題だけではなく、企業セクターを含めた日本経済全体の問題との認識を持っています。したがって、この問題の解決には、金融セクターおよび企業セクターの再生を同時に進める必要があります。さらに金融を巡る法制・税制の一層の整備や、公的金融の見直しといった総合的な対策をとることで、民間の力を引出すように環境整備をすることが必要です。

 日本銀行としても、構造改革の過程では、中央銀行としてなし得る最大限の努力を続けてまいりたいと思います。金融政策面では、潤沢な資金供給を通じて市場の安定と緩和効果の浸透に全力をあげてきました。関係者が総力を上げて取組むことで、一刻も早く日本経済の活力を取り戻すことが、日本自身の大きな願いであると同時に、アジアの期待でもあるかと思います。

 以上で私からの話を終ります。ありがとうございました。

以上