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資本市場の一層の発展にむけて

円滑な企業金融をサポートするために
(財)資本市場研究会主催 時事懇談会における速水総裁講演要旨

2002年12月 9日
日本銀行

(日本銀行から)

[目次]

  1. 1.はじめに
  2. 2.資本市場発展の意義
  3. 3.資本市場の発展に必要な条件
  4. 4. 資本市場の発展に向けて注目される動き
  5. 5.日本銀行の取り組み
  6. 参考文献

1.はじめに

 日本銀行の速水でございます。本日は資本市場研究会にお招きいただき、あつく御礼申し上げます。

 折角の機会でもありますので、本日は、わが国資本市場のさらなる発展に向けた課題や、資本市場を支える皆様方に期待するところについて、私の見解を申し述べたいと思います。

 最初に、なぜ、私が、資本市場の問題についてお話ししたいと考えたか、その問題意識をごく簡単に申し述べます。日本銀行は、昨年3月にいわゆる量的緩和という金融政策の枠組みを採用し、資金供給を大幅に拡大してきました。日本銀行がどれほど多くの資金を供給しているかを示す一つの尺度として、2001年度末時点の主な中央銀行の資産規模を比較したのが、お配りした図表1です。これをみると、日本銀行の資産規模は139兆円となっているのに対して、欧州中央銀行は日本円換算で95兆円、米国のFRBは86兆円と、今や資産規模でみれば日本銀行は世界で最大の中央銀行となっています。名目GDPに対する比率をみても、1998年度末から2001年度末の間に、日本銀行の資産規模は16%から28%に大きく上昇しています。

 このように、日本銀行からの資金の供給は大きく増えていますが、その一方で、金融機関の貸出は1997年以降ずっと減少を続けており、最近では償却等の要因を除いた実勢ベースで、前年比-3%程度のテンポで減少しています。

 現在、企業は全体としてみればなお過剰債務を抱えており、改善したキャッシュ・フローを、借入債務の返済に充てるといった財務リストラを進めています。他方、金融機関も、不良債権の処理を進め、収益を高めていく必要があります。そうした過程では、貸し手、借り手の双方から貸出を減少させる方向の力が働くことになります。そのプロセスを金融機関側からみれば、企業の資金需要は低調と映り、企業側からみると金融機関の貸出姿勢が厳しいと映ります。

 ここで重要なことは、金融機関からの借入以外に十分発達した資金調達の場が確保されているかどうか、ということであると思います。そうした場が確保されていれば、そこでの資金調達を通じて企業の資金需要が満たされ、ひいては経済の発展につながっていくことになります。資本市場は、まさにそうした役割を期待されるものと言えます。

 そこで、話の出発点として、図表2、3から、わが国の金融・資本市場全体の姿を概観しておきたいと思います。図表2が示すように、わが国の金融・資本市場で最も急速な拡大を遂げているのは国債市場で、発行残高はすでに500兆円を超えています。大幅に増加した国債をどのように返済していくかという財政再建は将来に向けての大きな課題ですが、国債市場そのものは、発行市場、流通市場、決済制度ともに大幅な改善をみてきています。

 一方、図表3の、企業セクターの資金調達面をみると、金融機関による貸出残高は約300兆円に達する一方で、社債・CP市場の発行残高は80兆円程度にとどまっています。この結果、社債・CP市場の貸出市場に対する比率も、米国に比べかなり低くなっています。また、社債を発行している企業の層も、BBB格の企業も活発に社債を発行している米国市場と異なり、相対的に高格付けの企業に限られ、市場の厚みに欠ける点は否めません。ここには掲げておりませんが、ABS等の債権流動化関連商品も、600兆円を超える米国市場に対し、わが国における発行残高は20兆円弱と、小さい規模にとどまっています。

 もちろん、金融・資本市場の在り様は、それぞれの国の歴史や経済構造にも大きく依存するものであり、米国と同じでなければならないということではありません。しかし、わが国の銀行セクターが不良債権問題を抱えている中にあっては、代替的な資金仲介のチャネルである資本市場の機能を有効に活用することが、重要な糸口となります。

 ここで資本市場という場合、株式市場——すなわちエクイティ・マーケット——と、社債・CP等民間企業債務にかかる市場——いわゆるデット・マーケット——の両方があります。いずれもきわめて重要な市場ですが、デット・マーケットについては、皆様のような専門家を除けば、これまで株式市場に比べ十分な議論がなされておらず、それだけに、今後改善を図っていく余地も大きいのではないか、という印象を持っています。

 そこで本日は、資本市場、なかでもデット・マーケットを念頭に置きながら、私が日頃考えていることを述べたいと思います。具体的には、まず、資本市場の発達がなぜ重要か、第2に、資本市場発展のための必要条件はなにか、第3に、資本市場では現在、どのような変化が生じているか、最後に、日本銀行がこの問題にどのように取り組んでいるか、といった順序で、お話しさせていただきます。

2.資本市場発展の意義

資本市場の機能:効率的な資金配分の実現

 それではまず、資本市場が発展することの意義について、考えてみたいと思います。

 資本市場の役割は、言うまでもなく、企業や家計の資金調達ニーズと投資家の資金運用ニーズとをつなぎ合わせ、効率的に資金を配分することにあります。ここで「効率的な資金配分」という言葉を使いましたが、このプロセスは、単なる量的な配分ではありません。それぞれの資金使途からの収益とリスクの特性に応じた「金利」という資金の価格は、市場を通じて見出されることにより、はじめて客観的な形成が可能となります。市場が発達するとともに多様な参加者が参入し、価格形成がより効率的になるほど、その資金配分機能も一段と高まります。こうした過程を通じて経済の発展の基盤が形成されることになります。これが、資本市場が発達することの意義です。

 たとえば、家計部門では、金融資産の蓄積や高齢化に伴って年金や保険の資産が増加し、長期資産への運用ニーズを拡大させています。資本市場は、多様な長期の投資手段を提供することで、こうしたニーズに対応していく必要があります。

 一方、企業は、産業構造の急速な変化のもとで、経営の革新や事業の再構築に積極的に取り組み始めています。この過程で、個々の企業が直面するリスクも複雑かつ多様になってきています。こうした中で、金利や為替相場、株価といった金融市場の価格変動や不動産価格の変動などの様々なリスクに対して、多様なヘッジ手段を提供していくことも、資本市場に期待される役割となります。

 もちろん、こうした効率的な資金配分の機能は、資本市場だけでなく、銀行も同様に担うべきものです。すなわち銀行は、預金を受け入れて貸出を行うといった形で、自らのバランスシートを使って一定のリスクをとりながら、資金調達者と預金者との間の資金仲介機能を果たしています。

 このような銀行と資本市場の機能に、どちらが優位とか、重要といったことはありません。むしろ、両者は相互に補完しあいながら、一国の金融・経済システムを支えるべきものです。実際、米国の例をみると、「銀行が問題を抱えた際には、資本市場が銀行を通じた資金の流れを代替し、逆に、資本市場がなんらかのショックで収縮する場合には、銀行が代替して企業などへの資金供給を拡大する」といった姿が、しばしばみられました。たとえば、98年秋に、大規模ヘッジファンドの一つであったLong-Term Capital Managementが破綻した際には、資本市場が一時急速に冷え込み、企業の起債も一挙に縮小しました。しかし、その時には、銀行貸出が大きく増加することで、企業への資金供給は円滑に維持されました。

 このように、銀行と資本市場は、両者が互いに影響を及ぼし合いながら、わが国経済を金融面から支える「車の両輪」として機能していくことが望まれます。

銀行の経営強化の過程で一層重要性を増す資本市場の役割

 なぜこのような抽象的なことを申し上げたかというと、銀行が多額の不良債権を抱え、企業が過剰債務を擁している現在の経済情勢のもとでは、資本市場の役割が、とくに重要性を増していると思うからです。

 日本銀行はさる10月、「不良債権問題の基本的な考え方」を公表し、この中で、不良債権問題の克服のためには、その経済価値の適切な把握と早期処理の促進、企業・金融機関双方の収益力の改善など、総合的な対応が不可欠であることを述べました。その後、金融庁が金融再生プログラムを策定し、さらに先々週には、いわゆる作業工程表を公表しています。銀行も、こうした不良債権問題を巡る一連の動きなどを踏まえつつ、不良債権の早期処理と収益力の向上を柱とする経営の強化に、一段と注力しています。

 こうした環境のもとでは、第1に、円滑な企業金融を維持するため、資本市場の機能をうまく活用していくことが重要となります。

 今後、銀行が経営強化を一層進めていく過程では、銀行は、ある程度資産を圧縮しながら、自己資本とバランスのとれたポートフォリオの構成を追求していくことが予想されます。このように述べると、往々にして「即、新規貸出の削減か」と受けとめられがちですが、実際には、銀行はこれまでも主として、貸出債権の流動化や海外資産の圧縮、有価証券の売却などを組み合わせながら、ポートフォリオの調整を行ってきました。こうした動きは、長い目でみて、銀行が効率的な資金仲介機能を回復するために必要なことといえますが、その過程では、健全な企業活動が金融面から圧迫されることはないか、十分に注視していく必要があります。

 円滑な企業金融を確保していくためには、様々な角度からの工夫が必要となります。その一つが資本市場の活用です。

 先程述べたように、本来、銀行と資本市場は、相互補完的な関係にあり、銀行が問題を抱えた際には、資本市場がその役割を代替していくことが期待されています。企業の資金調達手段をみると、社債・CPといった従来からの手段に加え、最近では金融技術の進展により、貸出債権を投資家ニーズに沿ったかたちで証券化し、流動化するといったこともできるようになりました。もちろん、これだけで企業金融の問題がすべて解決するわけではありませんが、円滑な企業金融を確保していくうえで、資本市場の機能を活用しない手はない、というのが私の認識です。

 第2に、——やや別の視点からとなりますが、——資本市場の価格形成がより効率的に行われれば、銀行の経営強化、すなわち不良債権の処理や収益力の向上にも、よい影響を与えることになります。

 不良債権処理を進めるに当たり、銀行は、不良債権の経済価値を適切に反映する形で引当を講じた上、これをバランスシートから切り離す努力が求められています。こうしたオフバランス化は、貸出債権の流動化市場などを通じて実現していくものですが、この市場に多様な投資家が参入するようになれば、それだけ、事業再生の意欲やノウハウを持つ投資家を見出し、再生への道筋をつけることが容易になります。また、こうしたプロセスを通じて、流動化債権に対し、借り手、貸し手双方が納得する、あるいは納得せざるをえない価格が形成され、これを参考にして、不良債権の処理がより円滑に進むことが期待されます。将来、不良債権処理や事業再生が産業再生機構や整理回収機構を通じて行われるケースでも、貸出債権流動化の市場が並行して存在し、様々な貸出債権に対して透明な価格形成が行われていれば、企業価値を評価するうえで、有益な手掛かりとなるように思います。

 また、銀行は、収益力強化の観点から、「リスクに見合った、より適切な貸出金利の形成」に努める必要があります。その際、発達した貸出債権流動化の市場があれば、銀行は、貸出金利水準の是非を判断しやすくなるでしょう。なぜなら、自らのリスク評価のノウハウとともに、類似の債権の市場価格をひとつの参考としうるからです。

 このように、銀行の経営強化のプロセスは、資本市場の拡充を促すものとなりますし、資本市場が十分に機能することで、銀行の経営強化が円滑に進むことにもなります。銀行の経営強化は、わが国資本市場発達の起爆剤となるものですし、また起爆剤としていかなければならないと考えます。

3.資本市場の発展に必要な条件

資本市場を支えるインフラストラクチャーの整備

 次に、資本市場の発展のために私が重要と考える、4つの条件を指摘したいと思います。

 第1に、資本市場を支える法律、税制、会計といった制度面のインフラストラクチャーを常に点検し、環境の変化に合わせてスピーディーに改善を図っていくことです。

 わが国の資本市場では、90年代半ばまで、債券発行にせよ株式公開にせよ、国内で証券を発行できる企業に厳しい基準が設けられていました。信用力が低めとみなされる企業は、そもそも資本市場に入りにくい制度設計になっていたのです。また、機関投資家が投資できる有価証券の範囲も、信用力が相対的に高めのものに限定されていました。これは、「投資家保護」を事前的な規制に大きく依存して実現するというものでした。しかし、これには、「様々なリスクを取扱って多様な投資家を呼び込み、効率的な資金配分を実現する」という資本市場のもっとも大事な機能を、みずから抑制していた面がありました。しかし、この問題は、近年、ディスクロージャー制度の充実などと並行して、適債基準の撤廃や機関投資家の投資対象範囲の拡大が行われるなど、ずいぶんと改善してきました。

 ただ、現在のように、金融・経済の構造が急速に変化し、金融技術もどんどんと進化するもとでは、従来の制度設計が、すぐに時代にそぐわなくなる可能性もあります。今日、有効であった制度も、明日は市場の発展を阻害する要因になりかねません。

 そうした観点から、最近悩ましい問題は、新しい技術を応用して次々に新しい金融商品が生まれる中で、その税制や会計制度上の取扱いが必ずしも明瞭でないケースが少なくないことです。実際、我々が市場関係者の方と話しますと、このために新しい取引を見合わせているという話もしばしば耳にします。実際の適用のレベルでの問題も含め、税制や会計制度上の取扱いがはっきりしないと、個々の商品のリスク・リターンの正確な評価が難しくなります。このような状態が続くと、折角市場ニーズに応えうる技術があっても、これを有効に活用できないことになりかねません。さらに、法制度との関係でも、新しい手法を取り入れながら進化を続ける金融商品や取引は、従来想定されていないものが多いだけに、法律上の位置づけが問題となることもしばしばあります。たとえば、皆様ご記憶の通り、かつてデリバティブ取引を日本で定着させる際に、これが賭博罪に当たるのではないかといった議論がなされたことがありました。また、最近でも、後ほど申し上げる資産担保証券やシンジケート・ローンなど新しい仕組みの商品について、すぐれた商品特性を存分に発揮するため、どのようにして法制度との調和を図っていくかも課題となっているようです。

 新しい商品であるがゆえに、制度上の取扱いの検討が容易でないという事情もありましょう。しかし、これは、事前照会制度やノーアクション・レターの一層の活用を含め、実際的な改善に向けて関係者が知恵を集めることが、ますます重要になってきているように感じています。

急速に進展する情報技術革新の活用

 資本市場が発達するための2つ目の条件は、情報技術革新の成果を、積極的に取り込むことです。

 コンピュータやインターネット技術の進歩と普及は、経済のあらゆる分野で効率化と多様化を生み出してきました。これは、金融の分野でも例外ではありません。

 コンピュータによる演算技術の急速な進歩により、大量のデータを瞬時に処理することが可能となりました。たとえば、金融商品を取扱う上で不可欠となる倒産確率やさまざまなリスクの計算も、きわめて短時間のうちに行えるようになりました。さらに、インターネットなどの通信技術の発達により、大量のデータの収集も、以前に比べはるかに容易になりました。

 たとえば、デリバティブ取引は、もともとの資産が持つリスクを、原資産から切り離して取引できるようにした商品です。こうした抽象度の高い取引が可能となったのも、コンピュータの進歩によるところが大きいものです。また、こうしたデリバティブ取引を応用して、リスクをさらに分解したり、束ねたりして、原資産とは異なるリスクとリターンの組み合わせをつくり出すことも、より容易になりました。

 さらに、資産担保証券の一部——後程述べる中小企業売掛債権担保CPや住宅ローン債権担保証券など——は、多数の小口の資産を束ねることでリスクの分散を図り、これをひとつの証券に仕立て上げたものです。これも、大量のデータ収集と迅速な計算処理なしには考えられなかったものと言えます。

 資本市場がより効率的な資金の配分を目指していくためには、こうした新しい技術をできる限り活用して、市場のニーズに的確に応えていくことが重要な課題となります。

公的金融機関が果たす役割の明確化

 第3の必要条件は、金融市場において公的金融機関が果たすべき政策目的や役割を明確にすることです。

 わが国金融市場における公的金融のウェイトは、他国に比べ、著しく高いものとなっています。公的金融は、戦後の復興期をはじめ、歴史的に重要な役割を果たしてきました。また、1997~98年のように、銀行の貸出が急激に減少した時にも、公的金融機関が一定の補完的機能を果たしました。そういう意味で、私は決して公的金融機関の役割一般を否定しているわけではありません。ただ、物事には必ず効果と副作用があるので、副作用の面にも注意を向けることが必要です。それでは副作用とは何でしょうか。

 経済環境が刻々変化する中で、企業の経済活動にかかるリスクやリターンの組み合わせは、どんどんと変化しています。金融・資本市場の機能は、そうしたリスク・リターンの変化をリアルタイムで価格に織り込み、より効率的な資金の配分を実現することにあります。しかし、公的金融機関の規模があまりに大き過ぎると、経済全体におけるリスク・リターンの関係が歪められ、市場経済のもつ価格メカニズム——つまり、価格の変動が起点となって、企業や投資家に新たな経営の革新を迫るメカニズム——が、経済全体に貫徹しないという問題が生じてきます。

 公的金融機関の規模という点では、先進国では日本とドイツが大きなシェアを占めていますが、この両国とも、金融機関の収益性が低く、資本市場が充分には発展していないという事実は決して偶然ではないように感じています。国全体としての資金の仲介をすべて公的金融機関が担うことはできない以上、やはり、どうすれば、民間金融機関に集まった資金が企業や個人に効率的に回っていくか、その中で公的金融機関の果たすべき役割は何かを明瞭にしていくことが必要と考えます。たとえば、民間金融機関と競合するような分野での直接貸付については、長期的に見直しを図っていくべきではないか、といったことです。

 だからといって私は、公的金融機関の役割がなくなるという風に考えているわけではありません。公的金融機関が果たすべき役割は厳然と存在しているし、是非そのような役割は担って欲しいと考えています。長期的に考えますと、その主な役割は、政策的に必要な分野に限って、信用補完を提供する機能に集約されていくのではないかと思います。資本市場との関連でいえば、後程述べる中小企業の売掛債権担保CPや住宅ローン債権担保証券などの、証券化のテイクオフ段階において、公的な信用補完によって市場の発展をサポートしていくといったことが考えられます。

 もちろん、公的な信用補完の供与という機能も、投資家のリスクに対する意識を薄めさせ、リスク・リターンの関係を歪めてしまう可能性を残しています。したがって、この場合にも、信用補完の方法を工夫するなどして、経済全体の市場メカニズムを阻害しないような配慮が必要と考えます。

「クレジット・カルチャー」の定着

 資本市場の発達に必要な第4の条件として、「クレジット・カルチャー」の定着を挙げたいと思います。

 耳慣れない言葉を使い恐縮ですが、要は、資本市場の本質である、「リスクとリターンを正確に評価し、そこから弾き出された計算結果にしたがって資金運用、資金調達を行っていくという基本姿勢」を根付かせるということです。

 資本市場は、リスクに投資をしてリターンを求める場であり、「リスクをよく評価し、適切に投資せよ」と言うのは、当たり前のことといえます。それにもかかわらず、私があえてここでとり上げようとするのは、ここ数年来様々な制度改革が行われてきたにもかかわらず、とりわけデット・マーケットは、当初の期待ほどのテンポでは発達してこなかったようにみえるからです。この理由を探っていくと、どうしても、この「クレジット・カルチャー」の問題に突き当たる気がしてなりません。

 たとえば、機関投資家は本来、多様な対象に投資を分散し、最適なリスクとリターンの組み合わせを追求していくことが求められます。この点、90年代半ばまでは、こうした投資の分散が制度的に容易ではありませんでした。しかし、その後、こうした制度面での制約はかなり緩和されてきました。そのことを前提に、投資対象の拡充、投資の分散を通じたリターンの追求は、どの程度進んできたといえるでしょうか。もちろん、厳しい経済情勢が続いていることもありましょうが、残念ながら、たとえば、社債を発行している企業の層には、いつまでも厚みがでてきていません。

 企業サイドをみても、メインバンク制の影響下、銀行との関係を希薄化させかねないような資金調達手段の拡大には概して慎重であったようにみえます。この点は、今でも、銀行が貸出債権を流動化しようとする際、企業がこれに異を唱えることが多いという話にもつながっています。もちろん、これが企業にとって厳しい計算の結果、有利と判断したということであれば、それでよいわけです。しかし、金融環境の急速な変化のもとで、現在、企業の資金調達には多様な選択肢が生まれてきています。さらに、従来のメインバンク制に象徴されるような企業と銀行の関係が、いつまでも続くとも思えません。そうしたことを総合的に睨み合わせながら、多様な資金調達の選択肢の中から、もっとも有利な方法を選んでいく姿勢が大事であるように思います。

 誤解のないように付け加えれば、私は、「クレジット・カルチャー」という言葉で、企業や投資家の「性格」とか「勇気」とかを論じているわけではありません。リスクとリターンの計算に必要なのは、「勇気」でなく、専門家としての「経験」であり、それを支える「技術」です。金融機関や機関投資家は、リスクとリターンを評価する高い技術を持ち、そのうえで、リスクをコントロールしながらリターンを実現していくことにこそ、収益の源泉があり、存在意義があるといえます。

 もちろん、資本市場の発達とクレジット・カルチャーの定着の間には、「にわとりと卵」の関係があります。クレジット・カルチャーが根付いていないからデット・マーケットの発達が遅れ気味であったともいえますし、デット・マーケットが十分に発達していなかったから、クレジット・カルチャーがなかなか根付いてこなかったとも言えます。しかし、資本市場が変革の時期を迎えようとしているこの機会を逃すことなく、わが国においても、クレジットを冷徹に評価し、それを貫徹する姿勢が定着していくよう、期待したいと思います。

4. 資本市場の発展に向けて注目される動き

資産担保証券市場の発展:中小企業の売掛債権流動化

 次に、資本市場の発展という観点から、日本銀行としてとくに注目している動きを、いくつかご紹介します。

 ひとつは、資産担保証券市場の拡大です。資産担保証券については、担保資産として、リース・クレジット債権から不動産に至るまで、また、関与する企業として、大企業から中小企業まで、様々な形態のものが発行されるに至っています。ここではとくに、中小企業の売掛債権を担保とする資産担保CPと、住宅ローン債権を担保とする資産担保証券の二つをとり上げたいと思います。

 従来、大企業などに対する中小企業の売掛債権は、証券や手形の形態をとっていないものが多いことや、一つ一つの金額が相対的に小さいことから、資金調達の担保として利用することがなかなかできませんでした。しかし最近は、売掛債権などを担保に銀行が貸出を行い、この貸出債権を裏付けに証券化して投資家に売却する事例が出てきました。これらは、中小企業の資金調達をサポートするスキームとして、市場の評価も高いようです。

 将来的には、こうした技術を用いて、銀行の融資を介することなく、企業が銀行やファクタリング会社などのアレンジや仲介により債権を証券化して、直接投資家に販売するスキームも考えられます。これらのスキームを拡充していくことができれば、中小企業金融の円滑化にも一段と資することになりましょう。

 こうしたスキームが成功するには、企業も、投資家の資金を呼び込むための工夫が大切となります。たとえば、自分自身の取引の管理を徹底したり、財務情報を積極的に開示していくことが考えられます。現時点では、中小企業売掛債権担保CPの発行は小規模なものにとどまっていますが、円滑な企業金融を確保していくための工夫のひとつとして、今後一層検討を進めていくことが有益であると思います。

資産担保証券市場の発展:住宅ローン債権の流動化

 また、住宅ローン債権の証券化も、今後成長が期待できる分野の一つです。住宅ローン一件一件をそのまま流動化することは、その金額規模からみて難しいわけですが、類似のローン債権をまとめることで、投資家のニーズに見合った証券化商品につくり変えることができます。米国では、1980年代以降、住宅ローン債権担保証券の市場が急速に拡大し、今では、財務省証券の市場残高を凌駕する規模に達しています。

 わが国では、住宅ローン債権担保証券は、これまでのところ住宅金融公庫の発行する債券を中心に、1兆円程度の小規模の市場が存在するにすぎません。しかし、たとえば、年金や生保のような機関投資家には、長期債務に見合う運用手段として、長期資産に対する強い投資ニーズが存在します。住宅金融公庫の廃止後、住宅金融の提供は、主に民間金融機関が担っていくことになりましょう。これら民間金融機関が金利リスクや期限前返済リスクをコントロールする手段としても、住宅ローン債権の流動化市場は、ますます重要な役割を果たしていくことになるものと思われます。こうした市場の活性化は、住宅ローン資金の安定的な供給にも役立つものと考えられます。

 今後、わが国においても、こうした市場が育成されていくよう、銀行や市場参加者、公的当局など幅広い分野の関係者による準備作業が一段と具体化していくことを期待しています。

シンジケート・ローン市場の拡大

 以上が資産担保証券市場にかかる最近の具体例ですが、これと同時に、大企業向け貸出については、近年、貸出債権の流動化市場の拡大と並行して、シンジケート形式のローンも徐々に増加しています。

 シンジケート形式によるローンとは、一般に、「幹事銀行の取り纏めのもとで、企業に対し、複数の金融機関が同一の契約により実行する貸出」を言います。

 最近のシンジケート・ローンの増大は、大手銀行が経営強化を図る過程で、与信の集中リスクを軽減しつつ、アレンジャー(幹事行)としての収益向上を目指し始めたことによるものです。また、ローンに参加する地域金融機関や機関投資家は、従来アプローチすることの難しかった大手企業などへの貸出の道が開かれ、収益向上や信用リスクコントロールのチャンスが広がるものと受け止めています。実際、最近では銀行だけでなく機関投資家も、シンジケート・ローンに当初から名を連ね始めており、資本市場の一つの変形とみることも可能かと思います。

 こうした、シンジケート・ローンや貸出債権の流動化市場は、米国では90年代半ば以降急拡大しました。一方、わが国におけるシンジケート・ローンの組成規模は、これまでのところ新規貸出の4%程度にとどまっています。また、現在のところ、わが国におけるシンジケート・ローンはかつての協調融資の変形というような性格が強く、アンダーライターが証券を売り捌くような米国型のシンジケート・ローンになっているとはいえないように感じています。その意味で、これから本格的な発展が期待される市場と言ってよいと思います。市場参加者の間では、すでに取引慣行を整備したり、ローンの価格に関する情報を蓄積し公表していくための努力が始まっています。

 シンジケート・ローン市場や貸出債権流動化市場での取引が活発になっていけば、大手銀行が資産を圧縮する際にも、円滑な企業金融の維持に資することになります。関係者の努力が実を結び、市場の一層の拡充につながることを期待しています。

5.日本銀行の取り組み

 最後に、資本市場の発展に向けた日本銀行自身の取り組みについて、申し述べたいと思います。

 日本銀行は、中央銀行の様々な業務に関連し、資本市場と深い関わりをもっています。たとえば、日々の金融調節の運営に当たっては、資本市場をひとつの「場」として、債券の売買などのオペレーションを行っています。また、決済システムの面でも、日銀ネットを通じて、国債決済システムをみずから運営しています。

 金融・資本市場は、金融政策の効果を経済活動全般に伝える「媒体」としての役割を果たします。金融・資本市場が十分に機能しなければ、政策の効果が迅速かつ的確に経済全体に伝わらず、政策の効果が削がれることになりかねません。このため日本銀行は、資本市場の機能が十分に発揮されるよう、様々な面からサポートに取り組んでいます。

 最近のいくつかの事例をご紹介すると、まず、金融調節の面では、従来の債券貸借オペや短期国債現先オペに代えて、先月、新しい形式での国債現先オペ——いわゆる新現先オペ——を開始しました。これは、市場における取引手法の改善を踏まえて、より安全で、利便性の高いオペ形式を採用することが適当と判断したものです。また、市中でCPの電子化準備が進められていることを踏まえ、明年春に予定される民間の電子CP振替決済システムの稼働が開始されたのち、その適格担保化、さらには電子CPオペを順次実現させる方向で検討を進めております。

 さらに、私どもの適格担保について敷衍すると、日本銀行は、手形オペや補完貸付などの担保として、信用力と市場性を主な基準に適格担保を選定しています。私どもは、こうした適格担保が間接的に市場の拡充にも寄与することを念頭に置きながら、新しい金融商品について、積極的に適格担保に取り込んできました。たとえば、一定の基準を満たす資産担保証券や資産担保CPは、すでに日本銀行の適格担保となっています。先程とり上げた中小企業売掛債権担保CPや住宅ローン債権担保証券も、一定の要件を満たすものは、すでに受入れを行っております。これまでのところ、これら証券化商品の担保持ち込み額自体はあまり多くありませんが、これらの適格化は、流動性の付与などを通じて、市場の発展にも寄与していると考えています。

 また、決済システムの面では、資金決済や国債決済の安全性を一層向上させる観点から、昨年1月、日銀ネットに、即時グロス決済——RTGS——を導入しました。その後、RTGSシステムは順調に稼働を続けており、新しい決済方法は完全に定着したとみられます。また、来年1月の振替決済にかかる新法制の施行にあわせ、国債決済システムもつくり替えを行っております。さらに、今後発行が予定される個人向け国債やストリップス債についても、システム面での対応を進めています。今後は、こうした決済システムの整備を踏まえ、即日決済(T+0)の新現先取引を市場でどのように発展させていくかといった課題にも、取り組んでいく必要があると考えています。

 それらと同時に、日本銀行は、関係者の方々とともに、資本市場の発展に向けた様々な検討を行っています。たとえば、中小企業売掛債権担保CPについては、これまでも公的当局や銀行、証券界など幅広い方々と議論し、その成果を公表しています。このほか、様々なテーマに関する検討の場に積極的に参加し、私どもとしての貢献を果たしてきております。

 日本銀行としては、今後とも、資本市場の一段の発展のため、関係者の方々と様々な検討を進めてまいりたいと考えています。なにとぞ、よろしくお願い申し上げます。

 以上縷々述べてきましたが、現下の日本経済の直面する課題を克服するうえで、資本市場に対する期待はきわめて大きいということを改めて申し上げ、本日の私の話を締めくくらせていただきます。

 ご清聴、ありがとうございました。

以上

参考文献

  • 日本銀行金融市場局マーケット・レビュー
  • 2001-J-3「米国におけるローン債権市場の発展とわが国へのインプリケーション」(藤田研二・菱川 功)
  • 2002-J-4「ABCP市場拡大に向けた取組み——中小企業金融の円滑化と証券化ビジネスの拡大——」(清水季子・稲村保成・西崎健司)
  • 2002-J-8「米国MBS市場の現状とわが国へのインプリケーション——わが国における住宅ローン担保証券市場の活性化について——」(二宮拓人・菅野浩之・植木修康・加藤毅)
  • 2002-J-11「日本銀行の適格担保制度と最近の担保受入状況」(石賀和義・岡田康平・加藤毅)