ホーム > 日本銀行について > 講演・記者会見・談話 > 講演・記者会見(2010年以前の過去資料) > 講演・挨拶等 2003年 > ようこそ金融政策決定会合へ── 2003年3月13日・東洋大学における藤原副総裁講演要旨

ようこそ金融政策決定会合へ

2003年3月13日・東洋大学における藤原副総裁講演要旨

2003年 3月13日
日本銀行

目次

  1. はじめに
  2. 1.金融政策とは
  3. 2.金融政策は誰が決定するのか
  4. 3.金融政策決定会合とは
  5. 4.金融政策決定会合に向けた準備
  6. 5.金融政策決定会合の当日
  7. 6.おわりに

はじめに

 日本銀行の藤原でございます。本日はこの席でお話をする機会を頂き、あつく御礼申し上げます。

 皆様ご承知のとおり、私はまもなく、日本銀行副総裁としての5年間の任期を満了する予定ですが、ほぼ時を同じくして、新しい日銀法も、施行後、満5年を迎えようとしています。新日銀法は、中央銀行の独立性強化と政策運営の透明性確保という世界的な大きな流れを背景として、1997年に、ほぼ半世紀振りに抜本的に改正されたものです。このような新日銀法のもとで新たなスタートを切った新生日本銀行の副総裁にジャーナリスト出身の私が就任したわけですが、このことは、私自身の人生にとっても画期的な出来事でした。それまで外から日本銀行をみてきた者がいきなり日本銀行の中に入り込み、まさに「攻守ところを変えて」仕事をしてみて、日本銀行について新たに発見したことや新鮮に感じたことが数多くあります。同時に、政策運営を説明する側に立って、マスコミの果たす役割についても認識を新たにすることが数多くありました。

 日本銀行はわが国の中央銀行として、銀行券の発行をはじめ、様々な業務を行っていますが、本日は、この5年間の私の経験を踏まえつつ、新日銀法のもとで金融政策がどのようにして決定されているか、具体的には金融政策を決定する場である「金融政策決定会合」がどのように運営されているかについてお話ししたいと思います。

1.金融政策とは

 それでは、最初に、金融政策とは何かについて、簡単にお話ししたいと思います。

 新日銀法では、金融政策の理念を、「物価の安定を図ることを通じて国民経済の健全な発展に資すること」と定め、金融政策の目的が「物価の安定」であることを明確にしています。経済が成長するためには資源が効率的に配分される必要がありますが、競争的な市場メカニズムはそのための偉大な装置とも言えるものです。市場メカニズムが効率的な資源配分を実現するためには、物やサービスの価格──厳密に言えば、相対価格──がどのように変化し、例えば企業の立場からみますと、どの商品に人気が集まっているのか、といったことが分かることが必要となります。その際、物やサービスを全体として捉えた「物価」という、いわば「物差し」が安定していないと、正しい判断が出来ません。また、物価が予想外に上昇したり下落すると、貯蓄をしている人が損をしたり、借金をしている人が損をしたりということになり、不公平が生じますし、また、そうした損失の発生が経済活動に影響を与える惧れがあります。「物価の安定」が重要であるのは、このような理由によります。

 中央銀行が「物価の安定」をどのように実現しようとしているかについては、マクロ経済学や金融論の教科書にも記述されています。通常、中央銀行は、まず、金融機関同士が資金取引をする場である短期金融市場の金利をターゲットとして、それをコントロールしています。日本の状況に即して具体的に言うと、日本銀行は、日々、金融機関との間で国債や手形の売買を行い、金融市場に資金を供給したり市場から資金を吸収したりすること──これを金融市場調節と言います──を通じて、短期金利を変化させます。そうした短期金利の変化が中長期の国債金利や貸出金利、預金金利へと徐々に波及します。これが個人や企業の支出活動に間接的に影響を及ぼし、物やサービスの需給バランスに働きかけることで、「物価の安定」を達成しようとしています。このように、金融政策は、長い波及経路を介して経済物価情勢に影響を及ぼします。このプロセスが金融政策のトランスミッション・メカニズムと呼ばれます。

 ただ、現在の日本は、ただ今申し上げたようなメカニズムが必ずしも教科書通りには働かないような状況に直面しています。長期にわたる経済活動の低迷を背景に、短期金利はすでにゼロまで低下しており、「短期金利を引き下げて金融を緩和する」という従来の金融政策の手法が限界に達してしまいました。そこで、ちょうど2年前より、日本銀行は、短期金利に代えて、金融機関が日本銀行に保有する日銀当座預金の量をターゲットとする、いわゆる「量的緩和」を開始しました。金融機関は、様々な支払いのための資金として、また準備預金制度に基づく準備預金として、日本銀行に当座預金を保有しているのですが、その全体の残高をターゲットとしたのです。その目標額は、当初、「5兆円程度」からスタートして、その後、数次にわたり引き上げられ、現在は、「15~20兆円程度」としています。日本銀行は、現在、こうした「量的緩和」の枠組みのもと、潤沢な資金供給を行い、これを通じて金融市場の安定化を図るとともに、景気回復や物価の下落防止に努めています。消費者物価は、現在、前年比1%弱の緩やかな下落が続いていますが、日本銀行は、このような「量的緩和」の枠組みを、物価が安定的にゼロ%以上となるまで継続することを約束し、物価下落の防止に向けた日本銀行の決意を明らかにしています。

 ただ今申し上げた、金融政策の効果波及メカニズムについては、現在、様々な議論が活発に行われていますが、その詳しい説明は別の機会に譲るとして、本日は、金融政策はどのように決定されるかというプロセスについて、皆様にご紹介したいと思います。まずは金融政策運営の現場の雰囲気を実感して頂いて、金融政策に対する興味や理解を深めて頂ければと考えています。

2.金融政策は誰が決定するのか

 日本の金融政策は、日本銀行の最高意思決定機関である政策委員会が決定します。「政策委員会が決定する」というのは、当然のように聞こえるかもしれませんが、ここでは、第1に、金融政策は日本銀行が独立して決定すること、そして第2に、委員会という合議体が決定するということがポイントです。

 それでは、まず、第1のポイントである、金融政策の独立性についてお話しします。金融政策は、なぜ、独立した中央銀行により運営されているかということですが、これは、金融政策に対しては、短期的な観点から景気刺激的な政策対応を求める圧力がかかりやすい一方、そのような政策運営は、中長期的にはかえって経済・物価情勢の大きな変動をもたらし、健全な経済発展を損なうリスクがあるということに由来します。実際、過去において、例えば第2次大戦前後の日本の経験をはじめ、通貨の増発から深刻なインフレを招いた例が数多くみられました。こうした歴史の教訓から、金融政策は、政府から独立した中央銀行が担うことが適当である、という考えが生まれ、米国やドイツ等ではかなり以前から中央銀行の独立性が尊重されていました。そうした中央銀行の独立性という考え方が、1990年代に入って、先進国、エマージング諸国を問わず拡がりをみせ、多くの国で、中央銀行の独立性の確立・強化を目的とした中央銀行法の改正が行われました。わが国でも、冒頭に紹介したとおり、1998年に施行された新日銀法において日本銀行の独立性が制度的に確立され、「通貨及び金融の調節における自主性は、尊重されなければならない」と、日本銀行の独立性が明記されています。そして、独立性を担保する仕組みとして、政策委員会のメンバーは、政府と意見を異にすることを理由として解任されることはなく、また、政府は日本銀行に対して政策を命令することができないこととなっています。

 もちろん、中央銀行に独立性が与えられているからといって、独善に陥ってはならないことは言うまでもありません。独立性のある中央銀行は、同時に、自らの政策の内容やその決定過程を国民に明らかにするよう努めなければなりません。これを中央銀行の説明責任、あるいは政策運営の透明性と呼びます。この点、新日銀法において、先ほど申し上げたように金融政策の理念を「物価の安定を図ることを通じて国民経済の健全な発展に資すること」と明記したうえで、こうした理念を達成する金融政策について、透明性に関する様々な工夫が定められています。また、金融政策が政府の経済政策の基本方針と整合的なものとなるよう、常に政府と十分な意思疎通を図ることも求められています。このため、後に触れるように、金融政策を決定する政策委員会の会合に、政府から、必要に応じ、出席して、意見を述べることなどができる仕組みとなっています。

 「金融政策を政策委員会が決定する」ことの第2のポイントは、合議体である委員会が決定主体であるという点です。これと対極をなす考え方が、中央銀行総裁個人が最終的に政策を決定するという枠組みで、現に、そうした方式を採用する中央銀行も一部に存在します。ただ、世界的にみると、現在、多くの中央銀行が委員会方式により金融政策を決定するようになってきています。日本銀行の金融政策も、この後すぐにみるように、9名からなる政策委員会が多数決をもって決定します。委員会方式は、「物価の安定を図ることを通じて国民経済の健全な発展に資すること」という共通の政策理念のもとで、参加メンバーが情報を共有し、かつ互いの考え方や意見にも学びながら、各メンバーが間違いのない判断をしていくための偉大な工夫であると思います。こうした方式が、よりよい意思決定を可能とし、適切な金融政策運営に資するものと考えています。

3.金融政策決定会合とは

金融政策決定会合

 政策委員会は、日本銀行の最高意思決定機関として、日本銀行の政策や業務運営に関する様々な事柄を議論し、決定します。そのうち、とくに、公定歩合操作や金融市場調節の方針や手段、さらには経済金融情勢についての判断等、いわゆる金融政策に関わる事項を議事とする会議が、これから皆様にご案内する「金融政策決定会合」です。以下では、適宜、「決定会合」と略させて頂きます。決定会合については、通常の政策委員会の会合とは異なる手続きが定められています。

 決定会合において決定する最も重要な事項は、金融市場調節の具体的なターゲットであり、先ほどご説明した現在の「量的緩和」の枠組みのもとで言えば、「日銀当座預金残高の目標を15~20兆円程度とする」、ということです。また、そうしたターゲットのもとで、具体的にどのような金融資産を購入するか、また担保として受け入れるかも決定します。例えば、最近、市場が拡大しているABS(資産担保債券)やABCP(資産担保CP)を担保として認める、といったことも決定会合での決定対象です。

 政策委員会のメンバーをみてみますと、総裁、私を含めた2名の副総裁、および6名の「審議委員」と呼ばれる委員の合計9名から構成されます。そこでは、総裁、副総裁もひとりの委員として、独立して経済金融情勢や金融政策運営の判断を行います。また、審議委員は、日銀法上、「経済又は金融に関して高い識見を有する者その他の学識経験のある者」との要件が定められています。「審議委員」というと、政府の各種審議会のメンバーのように、会議が開催されるときにやって来る非常勤のイメージがあるかもしれませんが、そうではありません。日本銀行の審議委員は、毎日、日本銀行に出勤し、決定会合以外にも、信用秩序の維持に関する政策、様々な業務運営、さらには内部管理に関する事項など、幅広い仕事に携わっています。

 政策委員会で決定された事項は、その後、総裁、副総裁、理事以下の日本銀行の役職員により実際に執行されることになります。そこで、業務執行に携わる日本銀行の事務方のことを、「執行部」と呼ぶことがしばしばあります。

決定会合の開催日程

 決定会合は、毎月1回か2回、定期的に開催されます。このうち、毎月最初の会合──「月初会合」と呼んでいます──は、2日間にわたって会議が開かれ、そこでは当面の金融政策運営方針の決定に加えて、経済金融情勢についての日本銀行の基本的見解も取りまとめられます。同じ月の2回目の会合は、1日間の開催で、月初会合の判断のレビューという位置付けとなっています。

 決定会合の開催日については、予め、四半期毎に、先行き半年間分のスケジュールを公表しています。

 ちなみに、海外主要中央銀行の例をみると、米国の連邦準備制度のFOMC(連邦公開市場委員会)は年間8回、ECB(ヨーロッパ中央銀行)の金融政策を決定する政策理事会は原則として毎月1回、BOE(イングランド銀行)のMPC(金融政策委員会)も毎月1回の開催となっています。これらと比較すると、日本銀行の決定会合は開催頻度はやや高くなっています。

4.金融政策決定会合に向けた準備

 それでは、決定会合に向けて、私ども政策委員会のメンバーはどのような準備をしているのでしょうか。政策委員会のメンバーの仕事は、日本銀行の業務・政策運営を決定することですから、当然のことではありますが、常日頃より、金融政策運営に考えを巡らしています。政策判断の前提となる経済金融情勢に関しては、毎日のように経済指標が公表され、内外の金融市場も常に動いています。政策委員会メンバーは、これらの実体経済や金融市場のデータをフォローしたり、執行部スタッフの調査・分析結果、本支店で集められた金融機関や企業に関するミクロ情報、さらに内外の各種調査論文等にも目を通します。また、独自に市場参加者や企業経営者に対しインタビューや意見交換を行ったりもします。こうして政策委員は、日々、マクロ・ミクロの経済情報を集めています。

 決定会合は、このような日々の調査・分析内容を一同に集め、討議を重ねたうえで、日本銀行としての結論を得る場です。決定会合では、最初に、日本銀行のスタッフが経済金融情勢についての報告を行うこととしています。その際の説明資料は、会合の2営業日前までに各政策委員に配付されます。そこには、前回決定会合以降に明らかになったマクロ・ミクロの情報をもとにした総括的な分析が盛り込まれており、分量的にも、図表編を含め、全部で数百ページに及ぶ大部なものです。決定会合までの2営業日の間、各委員は、これらの資料にも目を通し、経済金融情勢の見方および金融政策運営についての意見を固めていきます。

5.金融政策決定会合の当日

政策委員会会議室

 いよいよ決定会合の当日を迎えます。2日間開催される月初会合を例にとってご紹介しますと、初日は、午後2時に会合が始まります。経済情勢判断や金融政策運営について十分に吟味してきた政策委員会メンバー9名は、日本銀行本店内にある政策委員会会議室に集まります。政府からは、新日銀法の規定にしたがい、財務大臣または経済財政政策担当大臣が、必要に応じ、決定会合に出席したり、あるいはそれぞれの指名する職員を決定会合に出席させることができます。

 さらに、日本銀行の執行部から、通常、報告者として、金融政策に直接関係するセクションを担当する理事3名、関係局室の局長等が出席しているほか、会議の議事進行をサポートする事務局のスタッフや対外広報担当者も陪席しています。

金融経済動向の執行部説明

 決定会合初日の議題は、金融経済動向についての執行部からの報告です。具体的には、担当局室から、前回会合以降の金融市場調節の運営実績や内外の経済金融情勢等について説明があります。資料配付後明らかになった経済指標や金融市場の動きなどについても、追加資料とともに説明が加えられます。ときには、会合当日に公表された経済指標についても、言及されます。まさに、会合の時点で利用可能な情報をすべてインプットしていくわけです。各々の説明毎に、政策委員会メンバーからの質問があれば、それに対して、報告者が答えます。

経済金融情勢に関する政策委員による討議

 決定会合の2日目は、午前9時に始まり、政策委員会メンバーによる討議が行われます。最初に、経済金融情勢について討議するセッションがあり、まず、政策委員会メンバーが、順番に発言します。各委員は、前日の執行部からの報告内容や、他の委員が表明した情勢認識も踏まえながら、実体経済および金融情勢の現状や先行きの留意点等についての自分の見解を述べます。

 政策委員会メンバーの発言が一通り終わると、経済金融情勢に関する自由討議の時間となり、メンバー同士で、互いに質問やコメントをしたり、さらにそれに対する返答をするなど、追加的な討議が行われます。一例として、個人消費動向についての議論を紹介してみましょう。個人消費をみるには、代表的には、百貨店売上高や家電販売額、自動車新車登録台数等が参照されます。こうした経済指標に加えて、インタビュー等を通じて得たミクロ情報をもとに、例えば、年末商戦の盛り上がりはどうだったかとか、天候要因はどの程度影響したかなどの評価も加えられます。また、個人消費の基調的な動きが個人所得の状況に依存することに着目し、雇用や所得環境の評価を通じて、個人消費の先行きをどうみるかについても議論されます。さらに、家計の債務負担の状況や、地価・株価といった資産価格の動きの個人消費への影響についても判断していきます。このように、個人消費ひとつをとっても、9名の政策委員会メンバーにより、様々な角度からの検討が加えられ、全体として深みのある判断が形成されていきます。

金融政策運営に関する討議

 その後、いよいよ決定会合の主要議題である金融政策運営に関する討議に入ります。まず、各委員が、順番に、自らの意見を披露します。次回決定会合までの金融市場調節方針を現状維持とするのか、それとも変更するのか、そしてその判断理由は何かという点を中心に見解が表明されます。加えて、次回会合以降のもう少し長めの期間を意識した金融政策運営上の論点も議論されます。また、金融政策のみならず、金融システム問題や財政政策を含めた経済政策全般の考え方について意見が述べられることもあります。

 その後、再び自由討議の時間となり、各委員間で、互いの考え方の確認や見解の相違点の明確化がなされるとともに、それを踏まえてさらに追加的な意見が交換されます。こうした活発な議論を経て、採決の対象となる議案が固まっていきます。

政府からの出席者の発言

 次に、議長である総裁は、政府からの出席者の発言の機会を設けます。先ほど述べたように、決定会合には、財務大臣、経済財政政策担当大臣またはその代理者が、必要に応じ、出席することができます。これらの出席者は、それぞれ、財務省、内閣府を代表して、経済情勢や政府の政策運営、さらに金融政策運営に関する意見を述べることができます。また、政府からの出席者は、政策委員会メンバーが提案する議案について、議決を次回の決定会合まで延期することを求めることができます。さらに、政策委員会が決める金融政策運営に関する事項に具体的な提案がある場合には、議案を提出することができます。政府の出席者から議決の延期の求めがあった場合のその採否の決定や、議案の提出があった場合の議決は、いずれも、日本銀行政策委員会自身が行うことになっています。

 このように、政府からの出席者が金融政策を決定する決定会合で意見を表明したり、議案を提出することができるというのは、一見すると、中央銀行の独立性を脅かすものと受け取る方もあるかもしれません。もちろん、こうした枠組みのもとで、仮に政府が日本銀行の金融政策運営の自主性を損なうような対応を行うことがあれば、それは、新日銀法の趣旨に反すると言わざるを得ません。しかし、決定会合におけるこのような仕組みは、政府として金融政策に関する意見は決定会合という場を通じて日本銀行に伝え、日本銀行はそうした意見も踏まえながら最終的には自らの責任で判断するというもので、かつそうした過程が議事要旨を通じて対外的に明らかにされる透明なプロセスを目指すものであると理解しています。その意味で、私自身は、現在の仕組みは政府と日本銀行との間の意思疎通のためのツールとして重要なものと考えています。

採決

 政府からの出席者の発言を含め、議論が十分尽くされたところで、採決に入ります。議長である総裁は、それまでの議論を踏まえて、政策委員の大勢の意見を議長案として取りまとめます。異なる意見を持つ他の政策委員から、別の議案が提出されることもしばしばあります。事務局により各議案が読み上げられた後、それぞれ採決に付されます。これまでの活発な議論をもとにひとつの結論が出されるわけですから、緊張感の最も高まる瞬間であり、政策委員は全員、真剣に投票に臨みます。その結果、最初に述べたように、議案は多数決によって決定されます。政策委員会で議決された議案に対して反対の票を投じた政策委員は、どのような理由で反対したかを述べることができます。これらの手続きを経て、次回決定会合までの金融市場調節方針が決定されます。

金融経済月報の「基本的見解」の決定等

 こうして金融政策の運営方針の決定がなされた後に、月初会合では、翌営業日に公表される「金融経済月報」に掲載される、経済金融情勢に関する「基本的見解」の検討が行われます。政策委員の意見に基づいて、文案が固められますが、とくに、景気判断が微妙な時期には、どのような表現を用いるかについて活発な議論が行われます。各委員が、自らの景気判断をいかに適切に対外発信していくかについての意気込みが感じられる場面でもあります。

 そのほか、決定会合では、ほぼ1か月前に行われた会合の議事要旨の承認も行われます。また、先ほど少し触れましたが、毎四半期の最後の決定会合では、先行き半年間の決定会合の日程について、政策委員会として承認します。

 さらに、金融市場調節方針の変更があった場合や、決定会合の決定の背景となる考え方の説明等が必要と判断される場合には、対外公表文を政策委員会として決定します。

 以上を経て、決定会合は閉会します。会合の終了時刻に関しては、会合での決定事項を、極力、日本の金融市場が開いている間に消化できるように公表することを念頭に置いています。現在、通常の場合は、午後1時前後の会合終了となっています。

対外公表

 決定会合における金融市場調節方針の決定内容については、会合終了後、直ちに対外公表します。具体的には、まず、決定会合に出席している対外広報担当者が、会合終了後、直ちに、マスコミ関係者が待機する広報ルームに走り、決定内容を公表します。記者はそれを聞いてすぐに報道を開始します。また、同時に、日本銀行の事務方では、日本銀行のホームページに決定内容を掲示し、インターネットを通じて世界中に発信します。英語による対外公表も、原則として、日本語と同時に行うようにしています。こうして、決定会合終了後、ほどなくして、世界中の人々が、決定された金融市場調節方針を知ることができるのです。

 政策変更があった場合、決定内容をより丁寧に説明するため、決定会合終了の約1時間後に、政策委員会の議長である総裁の記者会見が行われます。政策変更がない場合にも、決定会合の2営業日後に総裁の月例記者会見があります。また、経済金融情勢に関する日本銀行の基本的見解を掲載した「金融経済月報」は、決定会合の翌営業日に、さらに会合の議事の概要をまとめた議事要旨は、1か月程度後に決定会合での承認を経て、それぞれ公表されます。加えて、会合の詳しい議事録は、10年後に公表されることになっています。

展望レポート

 以上が通常の決定会合の様子ですが、4月と10月のそれぞれの月の2回目の決定会合では、先行き1年間程度を視野に入れて経済・物価情勢の展望を取りまとめたレポート──「展望レポート」と呼んでいます──を、議論・作成し、公表しています。このレポートの中では、先行きの日本経済の標準シナリオと想定されるリスクを整理するとともに、物価と成長率に関する政策委員の見通しも参考情報として示されています。その後の毎回の決定会合では、少し長めの視点を踏まえつつ、この「展望レポート」で想定した標準シナリオやリスク要因についても言及されます。「展望レポート」は、経済情勢の検討に際してのいわば共通の土台を提供しています。

6.おわりに

 新日銀法施行とほぼ同時に日本銀行にやってきた私は、この5年間に、90回近く決定会合に出席してきました。この間、政策委員会メンバーのひとりとして、政策金利を変更したり、あるいは、内外の中央銀行の歴史上例のない、量的緩和政策を導入する等、重要な決定を数多く行ってきました。思い起こせば、どの会合も、金融政策運営を巡る熱い議論が戦わされ、大変中身の濃い充実した会議でした。そこで、最後に、私の5年間の経験を通じて得た決定会合についての印象を3点ほどお話ししたいと思います。

 第1に、金融政策決定会合の枠組みが、適切な金融政策運営のためにいかに重要か、という点です。これまでお話ししてきたように、決定会合は、金融経済動向に関わる日本銀行の有する情報と調査・分析力の全てが集約的にインプットされる場となっています。その中には、マクロの経済データはもちろん、金融機関や企業に関するミクロ情報も含まれます。刻々と変化する経済活動や金融市場に向き合いつつ、同時に相当先の時点までの政策効果波及を念頭に置く金融政策においては、金融経済に関するこうした幅広い情報をベースとする政策決定の枠組みが大きな威力を発揮すると思います。

 第2に、金融政策運営の透明性が向上した、という点です。この点は、以前より日本銀行の政策運営を見つめてきたジャーナリスト出身の私にとっても重要な課題でした。もちろん、情報化が進展し、ニュースが瞬時に世界中を駆け回る今日では、不確実な情報が国民や金融市場を混乱させないよう、一定の機密保持が求められます。一方で、金融政策の円滑な効果発揮のためには、金融政策の決定内容を迅速に公表するとともに、その決定に至った考え方や判断の基礎となる経済情勢についての見方を、国民や金融市場に分かりやすく伝える必要があります。同時に、政策決定過程をきちんと説明することは、中央銀行に金融政策運営の独立性が与えられていることの当然の義務として、欠かせない要素だと考えています。私自身が特に意識したことは、「何を決定したか」に関する透明性も重要ですが、それと同時に、「日本銀行はどのように考えるか」という点に関する透明性も重要であるという点です。中央銀行の考え方、行動様式が市場参加者に理解されていると、市場自体が中央銀行の金融政策を先取りする形で中長期金利が変化し、経済活動に影響しますし、経済の大きな変動を防ぐ効果が期待されます。

 本日ご説明したような、決定会合における決定事項の即時公表、総裁記者会見の実施、金融経済月報や議事要旨の公表等は、こうした意味で、金融政策運営の透明性向上に大きく寄与していると思います。

 第3に、決定会合では、政策委員の間で、極めて活発な議論が行われている、という点です。決定会合において、「全員一致」で金融政策が決定されることを捉えて、「たいした議論が行われていないのではないか」、とか、「政策委員は予め用意されたシナリオに沿った発言ばかりしているのではないか」、といったご批判を頂くことがあります。しかし、この点は政策委員会を代表し、声を大にして異を唱えたいと思います。繰り返し申し上げているように、各政策委員は、自らの見識に基づき、経済情勢に対する見解と政策判断を十分に吟味したうえで決定会合に臨みます。私自身も、決定会合の直前は、担当局室のスタッフとの議論も含め、会合に向けた準備に集中し、具体的にどのような内容の発言を行うか、熟慮を重ねてきました。そのため、会合では、委員同士が意見を戦わす場面も少なくありません。それだけ、各委員が政策委員としての責任を自覚し、適切な金融政策運営を実現したいという熱い思いを抱いていると言えます。自分が何を発言したか、どのような政策を提案したかは、議事要旨、議事録を通じて公表されるわけで、常に市場の審判、歴史の審判を意識せざるを得ません。以前、旧日銀法下の政策委員会を「スリーピング・ボード」と揶揄する向きもありましたが、現在は、まさに眠気も吹き飛ぶような活発な会議となっています。私どもは、こうした熱心な議論にしっかりと裏付けされた決定会合の結果について、重みを感じているとともに、自信をもって世の中に打ち出すことができるのです。

 冒頭にも申し上げましたが、新日銀法のもとで、日本銀行の金融政策決定会合の歴史は、ちょうど5年を迎えたところです。思い返せば、決定会合を開始した当初は、執行部の報告にしても、政策委員会メンバーの議論にしても、どのように進めるべきか、いわば手探りの状態でした。その後5年間、試行錯誤を重ねながら、日本銀行の金融政策決定会合のスタイルは徐々に変化してきました。しかし、決定会合の姿がこれで完成したというわけでは決してありません。経済や金融情勢が変化し、そのもとで直面する問題も変化するので、望ましい決定会合の運営スタイルも常に進化を続けるはずです。今後も、「物価の安定を図ることを通じて国民経済の健全な発展に資する」という金融政策の目的を達成するために、金融政策決定会合がその機能を十分発揮していくよう、6名の審議委員と新たな総裁・副総裁のもとで、不断の努力が続けられていくものと信じています。

 ご清聴ありがとうございました。

以上