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最近の金融経済情勢について
2003年5月8日岩手県金融経済懇談会における春英彦審議委員挨拶要旨
2003年5月8日
日本銀行
目次
1.はじめに
本日は、岩手県の県政や経済界を担う中核の方々にご出席頂き、金融経済情勢や日本銀行の政策運営を中心にご報告させて頂く機会を得ましたことを大変ありがたく、また光栄に存じます。
日頃は、八尾仙台支店長、井沢盛岡事務所長をはじめ日本銀行仙台支店、盛岡事務所が、金融・経済の調査等々で大変お世話になっております。この場を借りて厚くお礼申し上げますとともに、今後ともよろしくご指導、ご協力を賜りますよう、お願い申し上げます。
本日は、まず私から金融経済情勢や金融政策、それから若干中小企業金融についてご報告し、その後、皆様方から地域の状況や金融政策についてのご意見等をお聞かせ頂ければと存じます。
2.景気の現状
(1)現状評価
日本銀行では政策委員会での議論を基に年に2回「経済・物価の将来展望とリスク評価」を発表していますが、たまたま先週4月30日に2003年度を展望した新しいレポートを発表したばかりですので、この内容に沿って若干私の個人的な見解を交えてお話いたします。
まず、2002年度については、年度前半は輸出の回復から生産が増加し、景気は回復基調を示しましたが、年度後半には海外経済や金融システムなどの不透明感が強まる中で概ね横這いの動きを示しました。
この結果、2002年度の実質GDP成長率は、2001年度の前年度比-1.2%から、この1~3月期が前期比横這いであったと仮定すると、同+1.8%のプラス成長と政府の見通し+0.9%を上回る見込みです。消費者物価(除く生鮮食品)は、前年度比-0.8%と5年連続で緩やかな下落となる見込みです。
2003年度については、イラク戦争の短期終結を受けて海外経済が緩やかに回復し、新型肺炎SARSが東アジア経済に及ぼすマイナスが、限定的なものに止まることを前提とすれば、輸出や生産が再び上昇に転じてくると考えられます。この下で、企業収益はリストラ努力の成果もあって回復基調を続け、設備投資も徐々に回復すると見ています。一方、個人消費はベアや賞与など所得環境が厳しく、失業率の高止まりなど雇用環境の厳しさもあって回復感に乏しく、横這いの動きを続けるものと予想されます。
2003年度の実質GDP成長率としてはボードメンバー9名の見通しの中央値が前年度比+1.0%と低い伸び(政府見通しは+0.6%)、物価見通しについては同じく中央値で企業物価指数が同-1.0%、消費者物価指数(除く生鮮食品)が同-0.4%といずれも下落幅は縮小するものの緩やかなデフレが継続するものとなっています。
各需要項目を見ると、まず最大の項目である個人消費について、この春闘でも「ベアなし」が主流で、「定昇見直し」も増えてきており、雇用者所得は厳しい環境が続いていますが、その割には堅調に横這いで推移すると見ています。
次に企業収益を見ると、経常利益ベースで見る限り順調に回復しています。売上げ微増の中でも企業収益は、3月の日銀短観ベースで2002年度が大企業・製造業の3割増を筆頭に多くの規模・業種で増益となり、全規模・全産業で1割増、2003年度もさらに1割増の計画です。大手証券系の調査機関推計による全産業(除く金融)ベースの2003年度予想連結経常利益は、水準としても2000年度に記録した過去最高益を約1割程度上回り、更新する見通しとしています。
このような企業収益の好調やキャッシュフローの改善を背景に設備投資にも動きが見え始めています。先行指標といわれる機械受注や建築着工床面積は横這い、ないしごく緩やかに増加しています。3月短観では2003年度の大企業・製造業は前年比+2.9%とプラスの計画。大企業・非製造業および中小企業・製造業、同非製造業も、前年比マイナスの計画ながら、期初計画としては例年に比べ強気の計画となっています。3月に公表された日本政策投資銀行の設備投資計画調査では、従来の回復局面のような力強さはないが、薄型ディスプレイ関連投資など電気機械を起点とする設備投資連鎖の兆しが窺える、との分析も見られます。
こうした動きは、中国を中心とする東アジア向けに支えられた輸出の伸びと、これを反映した底固い生産の動きに下支えられています。また、かなり在庫水準が抑えられた形になっていることが特徴的です。企業の生産スタンスが極めて慎重ということを示していますが、反面、需要が伸び出荷が増してくると、生産に拍車がかかる可能性もあります。
(2)リスク評価
一方で日本経済には、景気にマイナスの影響を与えかねない不透明な要素も依然として大きく、警戒を怠ることは出来ません。特に心配されるのは、イラク戦争後の米国および新型肺炎SARSの感染拡大の影響を受ける東アジアなど海外経済の動向と、バブル後最安値圏内で推移し続けている国内の株価動向の2点です。
まず、米国経済は、イラク戦争という最大の不透明要因が取り除かれた状況となりましたが、これまでのところは個人消費・住宅投資が引き続き底固く、設備投資も下げ止まりという前向きの指標が出ていますので、方向としては回復基調にあると思われます。しかし、雇用情勢は年初以降、厳し目の指標が目立っています。設備投資は、底打ちはしたようですが、その後の力強さが窺われておりません。従来から経常収支は対名目GDP比で-5.2%(2002年10~12月期)の大きな赤字でしたが、政府支出も大幅減税やイラク戦争の戦費等から大きな赤字が心配され、双子の赤字への警戒感を市場に与えています。こうしたこともあって、民間アナリストの米国2003年実質GDP成長率のコンセンサス予想は、2002年10月には前年比+3.0%の予想であったものが足許4月の予想では+2.4%の予想まで引き下げられ、最近のIMFの予想でも+2.2%となっています。
また、欧州でもドイツが輸出の不振から成長を鈍化させていますほか、中国を中心に順調に経済を拡大させている東アジアでも、内需は概ね底固く推移しているものの、輸出の増勢鈍化が気掛かりです。また東アジアでは、北朝鮮の核開発を巡る動向に加えて、SARSの感染拡大によって、観光を中心としたサービス産業への打撃のほか、個人消費の悪化、生産活動や物流の停滞といったマイナスの影響も心配されるところです。
中東では、イラク戦争後の復興への推進体制が一つの焦点です。原油価格は既に一頃の高値が落ち着き不需要期ということもあって大きく下げていますが、中東第2位の原油生産国であるイラクの原油生産体制が従来のOPECの枠組みに則したものとなるかどうかも注目点です。
2002年度前半の景気回復は主として米国および中国向けを中心とする輸出の増加によってもたらされたものであり、2003年度の回復も残念ながら国内需要が弱いと思われる中で輸出の回復に期待せざるを得ない状況ですので、以上の情勢は懸念されるところです。
もう一つのリスク要因は国内の株価動向です。株価は、4月28日に7,607円を記録するなどバブル崩壊後最安値圏内での推移を続けています。企業の自社株買いや公的年金の買いのほか、日本銀行も銀行から株式を買入れていますが、一方では銀行の株式保有制限を踏まえた売りや、持合い解消の流れにある生保・企業の売り、企業年金の代行返上に伴う売りなどが嵩んでおり、そのような需給変化が株価低迷の主因とも言われています。
株価の下落は、折角改善している企業収益に対し評価損や年金債務の増加などマイナス要因となるほか、個人消費にも悪い影響を及ぼします。
国内の株式関連税制は大きく改善されているほか、株価利益率や株価純資産倍率なども相当程度低下している中で、株価がこのような状況にあることは、日本を取り巻く地政学的なリスクや不良債権処理の加速によるインパクトということもありますが、基本的には企業収益改善の持続性、言換えれば日本経済の先行きが市場で信頼されていないことが原因と受け止めております。
3.最近の金融政策運営等について
(1)量的緩和について
日本銀行は2001年3月以降、それ以前の短期の市場金利を操作目標とした金融緩和の結果、短期金利がほぼゼロまで低下し、それ以上引下げの余地がなくなった状況にあって、一層の金融緩和状態を実現するため、金融調節の枠組みを、金融機関が日本銀行に持つ当座預金残高の量を対象とする枠組みに変更しました。金融機関は利子がつかない日本銀行当座預金に準備預金として一定の資金を置くよう義務付けられていますが、その必要量を超えて多額の資金が預けられるほど大量の資金供給を行っていこうとするものです。
加えて、日本銀行は、消費者物価(除く生鮮食品)の前年比上昇率が安定的にゼロ%以上となるまで、この枠組みを維持すると宣言しましたので、市場では相当期間、この超緩和状態が続くものと認識されています。その結果、短期金融市場において翌日物の金利がほぼ0.001%とゼロに近い状態を続けているほか、超長期の20年物国債の金利も1.0%を割り込むような状態まで低下するなど、長めの期間の金利まで極めて低くなっています。
その当座預金残高目標も2001年3月は「5兆円程度」というところからスタートしましたが、この4月30日には海外経済や日本の株式市場における不確実性を踏まえ、金融市場の安定確保に万全を期し、景気回復を支援する効果をより確実なものとすべく「22兆円から27兆円程度」に引き上げました。目標を定める指示文の「なお書き」で、金融市場に混乱をもたらしかねない不測の事態が生じた場合には、必要に応じてさらに潤沢な資金供給が行えることとしています。
このような量的緩和政策の効果については、どのように評価できるのでしょうか。「量的緩和の下での潤沢な資金供給は、長めの金利も含めた金利の低下などを通じて、金融市場の安定確保とデフレ・スパイラルの防止に貢献してきたが、残念ながら民間銀行貸出が減少を続け、物価も下落傾向を続けるなど、経済活動の拡大やデフレ克服に効果的に結び付いていない。従って今後、金融緩和の波及メカニズムを強化することが課題となっている」ということと考えます。
(2)デフレ克服への展望
こうした状況の中で、日本経済がデフレを克服し本格的に回復するためには、私は基本的に次の3つの活性化が欠かせないものと思います。すなわち、(1)家計における消費活動の活性化、(2)設備投資・研究開発・新規事業(起業)など企業活動の活性化、そして(3)株式市場の活性化です。このためには、展望レポートにも述べられていますが、経済活動の担い手であります企業や金融機関などの民間の経済主体と、政府、日本銀行それぞれの粘り強い取組みが必要です。
まず企業の側では、これまでのリストラや効率的な国際分業の追求などの経営体質改善に向けた努力により、企業の収益力は製造業を中心に改善されてきており、設備投資にも前向きの動きが見えています。
そうした企業の努力を後押しするために、政府による規制や税制、歳出面での改革が重要です。こうした点については政府の「構造改革や経済財政の中期展望」(所謂、「改革と展望」)等で基本的な戦略が示されています。
また、金融システムの面では不良債権問題の克服や金融機関の収益力の強化により、金融システムを早期に健全化していくことが必要です。この点については、借手のリスクを反映した貸出金利を設定する動きや資産担保証券市場など新しい金融市場の発展の動きがあります。
日本銀行としても引き続き潤沢な資金供給を通して金融市場の安定を確保するとともに、金融機関に対する考査を通じて金融機関の経営健全化のお手伝いをして参ります。また、金融調節面や企業金融円滑化のための工夫などを通じて金融緩和の波及メカニズムを強化する取組みを続けて参ります。
(3)金融政策の波及メカニズム強化について
日本銀行では、企業や家計にもっと資金が流れていく仕組みが構築できないか、従来の資金供給の枠組みを捉え直し、様々な方策を検討し、また関係機関の検討にも参加しています。
その一つが、4月8日の会合で方針を決定し、現在、市場関係者にご意見を伺っている中堅・中小企業が保有する売掛債権や金融機関の中堅・中小企業向け貸付債権を裏付資産とした資産担保証券の日本銀行による買取りという仕組みです。中堅・中小企業のもつ売掛債権を流動化させることは、金融機関のB/Sを直接経由しない資金供給ルートを開くという意味があります。また、金融機関の貸付債権を流動化させるということは、流動化した分だけ、金融機関の信用リスク量が減少することを意味し、新たな貸出余力が生まれる可能性があります。これらの資産流動化を進めていくためには、流動化資産を裏付けとした証券の円滑な消化と流通が肝要ですが、その市場は未だ揺籃期にあります。今回の検討は、日本銀行が初期の段階で買手として参加することによって市場の早期の、かつ健全な成長に繋がることを期待するものです。また、政府関係機関にも市場参加を呼びかけているところです。
(4)株式買入の増額について
3月25日の会合では、銀行が保有する株式の価格変動リスクの削減に資するよう昨年11月以降実施していた株式買入のスキームについて、買入総額の上限を2兆円から3兆円に、買入対象の銀行毎の累計買入限度額を5,000億円から7,500億円にそれぞれ引き上げました。これは当時、株価が一段と不安定となっていることを踏まえ、3月20日に対イラクの武力行使が開始されたことを機に、金融機関による株価変動リスクの早期削減に向けた努力をさらに支援することが適当であるとの判断によったものです。
なお、昨年11月にこのスキームを開始した際にも話題になりましたが、中央銀行として通貨の信認を守らなければならない日銀が、こうしたリスク資産を買い取ることは極めて異例なことであります。日銀としても日銀の財務の健全性を守ることの重要性は十分認識しており、今回の増額に当たっても日銀の自己資本を損なうことのないよう慎重に検討の上、そのリスクを限定する方策を引き続き講じております。
(5)インフレターゲット等について
先ほども触れましたが、日銀はこの金融緩和の枠組みを消費者物価(除く生鮮食品)の前年比上昇率が安定的にゼロ%以上となるまで、言換えればデフレ克服が明らかになるまで継続すると宣言しています。また、政府も「改革と展望」の中でデフレ克服の目標である2005年度ないし2006年度には、実質経済成長率1%程度以上、名目経済成長率2%程度以上と、間接的な表現ですが1%程度の物価上昇を展望しています。
現在、こうした点について、デフレ克服への意思を、より明確にするため、日銀はさらに踏み込んだ宣言をし、その実現に向けて一層の努力をすべきであるとの議論があります。
それは、インフレ目標として下限値だけでなく上限値も明らかにするとともに、目標を実現する時期を明確にし、その結果について説明責任を持つべきであるとの内容です。また別に、インフレ参照値等の呼び方で、同じく下限値と上限値を示し、望ましい物価水準の幅を明らかにすべきとの議論もあります。
世界の主要な中央銀行は、いずれも実質GDP成長率や物価の見通しを発表していますほか、英国のイングランド銀行はインフレ目標値1を、欧州の欧州中央銀行は物価安定の数値的定義2を示していますが、米国の連邦準備制度は特に目標的な数字は出していないという色分けになっています。
私は、インフレ目標等については、政策の透明性向上への有効性とともに、目標達成のために想定される手段の効果と副作用を総合的に考えることが必要と考えており、日本経済の状況に応じた目標設定のあり方について引き続き検討を続けたいと考えています。
なお、量的緩和をさらに進めるため、上場株式投信(ETF)や個別の株式などのリスク資産を日本銀行が買上げ、一段と資金供給を増やしてはどうか、といった議論があります。これらのリスク資産の日銀による買取りについては、金融緩和の波及メカニズム強化のための政策としての実効性や、本来市場メカニズムによって為される適正な資源配分への影響、日銀の財務の健全性や円という通貨の信認にどういう影響があるか等の点を総合的に検討することが必要と思います。
さらに、外債を購入してはどうか、との議論もあります。この場合、政府による為替介入政策との関係をどのように考えるか、という検討課題が加わります。
私としては、実体経済や金融市場の動向を見極めながら議論を重ね、検討を続けたいと考えています。
- 1モーゲージ金利を除いた小売物価指数(RPIX)の前年比で+2.5%。
- 2ユーロエリア全体のCPI(HICP)の前年比上昇率が中期的に+2%を下回ることと定義。
4.企業金融における諸課題とその対応
(1)中小企業金融の現状
金融の分野において最も重要な課題の一つは、中小企業金融の問題です。
まず、中小企業は、その社数や雇用者数のウェイト(それぞれ99.7%、69.5%)とも極めて重要なセクターですが、日本の中小企業は大企業と比較して自己資本が小さく、借入金への依存度が高いという傾向があります(総資金調達に占める自己資本の比率<全産業>:大企業30.3%、中小企業16.8%)3。
中小企業向けの貸出では、銀行等の貸手が借手である企業の収益性、将来性などの判断に必要な情報を把握することが難しく、また貸出1件当りのロットが小さいため、そのコストは大企業向け貸出に比べ割高なものとなります。このため、中小企業の金融取引は特定の銀行が長期に亘って継続することで、借手に関する情報を蓄積し、そのメインバンクは、貸出の期日到来毎に借換えを伴う、実体としてかなり超長期の貸出を行うことも行なわれてきました。借手企業から見ると、これは事実上自己資本に類似する性格を有しており、中小企業の乏しい自己資本を補う機能を果たしてきたとの見方もできます。
銀行の貸出原資は元本を保証しなければならない預金が多く、また情報の把握が難しいこともあって、貸出の回収可能性を高めるためには不動産担保や経営者の個人保証、さらには各県の信用保証協会や第三者の連帯保証を求める例が多いとされています。バブル崩壊後の不動産価格が下落する状況にあって、このことが中小企業経営者に大きな負担を強いている面があります。
さらに、ここ数年の超低金利期を経た今では、銀行の貸出は金利5%以下のローリスク・ローリターンの分野に集中し、金利15%以上のノンバンクによるハイリスク・ハイリターンの分野までの間を繋ぐミドルリスク・ミドルリターンの貸出市場が薄いという指摘もあります。
長く続く不況・デフレによって、借手企業においては、売上げが伸びない中でリストラを厳しく迫られ、運転資金需要も減退しているほか、新規の投資にも慎重になり、設備資金需要も落ちています。キャッシュフローを債務の返済に当てる企業が増加する反面、採算が悪化して資金繰りに窮する企業も増えています。一方、銀行から見れば、不良債権処理の負担などでリスクを取る力が減少しているところに、地価の下落によって担保に余裕がなくなるため、不採算の企業向け貸出には慎重になっています。財務状況が悪化し、信用リスクに見合う金利を確保できない借手には既往の貸出の借換えさえ応じることが難しくなっています。
これらを背景に、銀行の中小企業向け貸出はこのところ減少しており、2001年3月の233兆円から2002年12月の199兆円まで-15%程度の減少となっています。
こうした状況の中では金融機関の信用リスク審査能力の強化による貸出拡大の努力に加えて、不動産担保などに依存するのではなく市場機能を用いて、幅広い投資家層の資金を活用しながら、一方で銀行の収益力を強化していく仕組みが必要です。そして、その仕組みが整うまでの間は、公的機関による政策金融が橋渡しを担うこともある程度は必要であると思います。
- 3資料出所:財務省「法人企業統計調査」(平成14年度)
(2)無担保貸出の拡大
地域金融機関を含む多くの銀行が、ミドルリスクゾーンを狙って、無担保無保証で審査期間も短い小口ビジネスローンと呼ばれる金融商品に力を入れています。これは借手から提供される財務データなどを基に、統計的な手法を用いて簡便に信用リスク評価を行うものですが、比較的厚めのスプレッドを確保できる新規先開拓のツールとして用いられています。
このような小口ビジネスローンに限らず、借手経営者の過大な負担を避けながら中小企業に資金を供給し、貸手として適正なリターンを確保する無担保貸出が広く行われることが重要と考えますが、このような無担保貸出の拡大に当たっては、先に申し上げた通り、個別の中小企業毎に情報を十分に把握することが難しいため、金融機関によるリスク評価の専門家育成とともに、これを埋めるような信用リスク評価のインフラ整備が重要です。
このような信用リスク評価のインフラ整備の例としては、大手行や民間の信用リスク評価会社のシステムもありますが、中小企業信用リスク情報データベース(CRD)運営協議会という中小企業庁が設立した団体が「中小企業信用リスク情報データベース」(CRD)を構築し、139万社の財務情報、10万社のデフォルトデータ(2002年12月時点)を蓄積しつつある点が注目されます。定性的な情報の評価方法の確立やデータの利用範囲の拡大など、なお課題は残されているようですが、その活用の余地はかなり大きいようです。
(3)市場型間接金融の拡大
中小企業金融では貸手と借手が1対1で融資契約を結ぶいわゆる相対型の間接金融が主流ですが、銀行や信金等の金融機関は、それぞれ預金等を主な貸出の原資としているうえ、不良債権処理などのため従来ほど体力がなくなっており、負担できるリスク量には限りがあるようです。一方で、中小企業は生き残りをかけてバイオ等の新技術や介護、環境などの新事業に挑んだり、アジアの低賃金国との競争のために合理化を図るなど様々なニーズのリスクマネーを必要としております。
そこで、具体的に新たな取組みとして期待されるのは、銀行以外の投資主体にも広く資金提供を求める、所謂、証券化スキームです。中小企業が持つ売掛債権や、銀行が持つ中小企業向け貸付債権をプールした上で、それを裏付け資産とした証券を発行することが行なわれています。先に申し上げましたが、その市場拡大に向けた呼び水として日本銀行もその資産担保証券の買手として市場に参加することを検討することとしました。
このほかにも、必ずしも中小企業対象とは言えませんが、市場における貸出債権の流通を前提としたプライシングを行うシンジケート・ローンを通じた資金調達ルートも広がりを見せています。シンジケート・ローンとは、メインバンクが務めることの多いアレンジャーが中心になって、複数の金融機関が協調融資団を組み、同一の約定条件に基づいて、貸付等を行うというものです。これは、借手にとって資金調達手段の多様化をもたらし、参加する貸手にとっても貸出の分散という点でメリットの大きいものです。また、アレンジャーにとっても、自行だけで借手の資金ニーズに応じる場合と比べるとB/Sのスリム化が図られることになりますし、手数料収入を増やすことにも寄与します。シンジケート・ローンでは、市場での売却の可能性を踏まえて貸出が行われるものであるため、その貸出金利は市場の需給を反映したものとなります。シンジケート・ローン市場は現在急拡大を遂げているものと推測され、2003年1~3月期の組成額は約4.3兆円、前年比5割程度の増加を見ていると報じられています。
(4)政策金融の活用
こういった無担保貸出や市場型間接金融は徐々に拡大を見せていますが、それらが機能を本格的に発揮するまでの間に限っては、公的機関による政策金融の果たす役割が大きいと思います。現在、政策金融が果たしている役割の中では、市場原理に沿ったものとして利子補給が重要だと考えていますが、このほか信用補完や直接の資金供与といったことも広く行われています。
信用補完については、銀行貸出に占める各県信用保証協会の信用保証の利用率が、従業員数100人以下の中小企業において、社数ベースで70%~80%と大きな割合を占めています。その種類も、一般保証のほか、セーフティネット保証、資金繰り円滑化借換え保証、売掛債権担保融資保証といった制度が用意されています。広く利用されている現行の一般保証制度は、(1)代位弁済が生じた場合には保証協会が100%リスクを負い(全額保証)、(2)中小企業が支払う信用保険料は中小企業の信用度に関わらず一律1%というところに特色があります。
信用補完以外の政府系金融機関による中小企業金融支援では、所謂中小企業向け3機関による貸出のほか、商工中央金庫のように売掛債権担保証券の買手となって、民間金融機関による流動化市場拡大の動きを支援する機関も見受けられます。
興味深い取組みとしては、政策投資銀行による集団的投資スキーム、コミュニティクレジットがあります。2001年11月に神戸で組成されたものが第1号とされています。
(5)岩手県における中小企業支援について
中小企業向け貸出の減少傾向は全国的なものでありますが、東北地域においても、同様と伺っています。
こうした中で、岩手県でも貸出金の拡大に向けて、融資推進体制の強化や小口ビジネスローン等新商品発売の動きが相次いでおり、小口ビジネスローンと保証協会による保証などを組み合わせたローンも工夫されているとのことです。流動化債権の購入も進んでおり、シンジケート・ローンでは都銀等からのオファーに積極的に取組むといった声も聞かれています。既に地元地銀が、都銀と並んでシンジケート・ローンの主幹事を務める例も見られていると聞いていますが、今後は地元行が地場優良企業のアレンジャーとなって県内企業の資金調達ルート多元化に一段と寄与していくことが期待されます。この間、県も独自の制度融資として、「中小企業経営安定資金」「いわて起業家育成資金」「創造的中小企業支援資金」といった制度を提供していると伺っています。
5.終わりに——起業促進の現状——
先月の経済財政諮問会議では、平沼経済産業大臣から日本の創業・起業の増大を示す情報として、大学発ベンチャー1000社計画の支援を14,15年度に実施していたところ、平成16年には起業数が約800社に達する見込みであるとか、個人保証も土地担保も不要とした新創業融資制度を設けたところ、2002年1月からの実績が件数で3,600件、融資総額で118億円と従来の10倍のスピードで進んでいることが報告されました。また、起業における制度整備でも、従来、株式会社では1,000万円、有限会社の場合には300万円という最低資本金制度がネックになっていたのでこれを改め、資本金1円からの企業も認める法律を整備したところ、2ヵ月で約1,500件の申請があり、企業が新しく600社程度誕生したことが紹介されました。
岩手県でも、新産業を起し、生産性の高い事業分野に資源を集中させていく面での体制整備が進められていると伺っています。岩手大学では地域共同センターにおける共同研究の約6割が地元企業との地道な地域密着型の活動ということです。接着剤を使わずに金属と樹脂を直接結合させる技術であるとか、金型が錆びない保管庫、ひえ・きび・あわなどの雑穀を加えた動脈硬化の抑制効果があるパンの開発など、地域密着の産学協同研究の件数が105件(2001年度)、全国12位というのは立派な実績だと思います。ベンチャー支援でも、昨年4月に中小企業事業団や県内17社が共同で設立した「いわてインキュベーションファンド」は既に県内で投資の実績を挙げているとのことです。新産業の芽、企業の芽を育てていこうとする当県の施策は将来の実り豊かな収穫の時期が楽しみなものと感じられます。
日本経済の本格的回復には、まず地域が元気になるということが肝要で、地域の企業、特に中小企業やベンチャーの元気が欠かせません。本日はこれから皆様から地域の状況等についてお話をお聞かせ頂きたいと思います。また、日本銀行に対するご意見、ご質問なども是非お聞きしたいと思います。
また、今後とも日本銀行、特に仙台支店および盛岡事務所を引き続きご支援頂くとともに、是非その能力をご活用頂くよう、お願いいたします。
以上