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最近の金融経済情勢について

鹿児島県金融経済懇談会における福間審議委員基調説明要旨

2003年 6月 5日
日本銀行

 図表は、こちら(ko0306b.pdf 150KB)から入手できます。

目次

1.はじめに

 日本銀行の福間でございます。本日は、お忙しい中、脇田副知事を初め官界・経済界の中核の方々にお越し頂き、金融経済情勢についてお話をさせて頂く機会を得ましたことを大変光栄に存じます。

 また、日頃は、日本銀行鹿児島支店が経済調査等々で皆様に大変お世話になっております。この場をお借りして厚く御礼申し上げますと共に、今後ともご協力を賜りますよう、よろしくお願い申し上げます。

 鹿児島県と日本銀行の繋がりは古く、日本銀行の創立者である松方正義や初代総裁・吉原重俊を初めとする3名の総裁が鹿児島県の出身です。今回、そうした縁ある地の方々とお話をさせて頂くことを個人的にも大変楽しみにして参りました。

 本日の懇談会では、時間も限られておりますので、冒頭、私の方から最近の内外の金融経済情勢等についてお話を申し上げ、その後、皆様方より、鹿児島県の経済動向を伺いながら、意見交換をさせて頂ければと存じます。

2.海外経済と日本経済の現状と先行き見通し

(1)海外の経済動向

 それでは、お手許の図表に沿ってご説明致します。

 まず、内外の経済情勢をみますと、5つの不安要因がグローバル経済を覆っています。第一は、図表1の景気の減速、第二は、図表2の株価の不安定、第三は、図表3のドルの下落、第四は、図表4が示すように、企業・家計のバランスシート調整を背景にした金融機関の信用仲介機能の低下も手伝い貸出が低迷していること、第五は、図表5の物価に対する下落プレッシャーです。物価については、FRBとECBでは、物価の低下について懸念を表明しています。こうした中、欧米の長短金利は、景気減速や物価の低下等を受けて、図表6が示すように、大幅に低下しています。

 最近の動きを国・地域別に概観しますと、米国経済は、個人消費が、雇用環境の悪化を背景にやや弱含みで推移しています。また、設備投資も、企業センチメントが好転しない中、未だ回復基調は確認されません。サウジやモロッコ等での自爆テロや中東情勢の混迷、さらには米国内でも政府がテロ危険度を引上げたことも手伝い、企業や家計のセンチメント改善の足枷となっております。このような経済成長の鈍化に対応して、ブッシュ政権は景気対策として減税案を成立させ、金融政策についても、グリーンスパン議長が更なる金融緩和の可能性を示唆しています。こうした財政・金融両面での景気刺激策から、景気は年後半には上昇するとの期待感が高まっており、このところの株価堅調の背景となっています。

 欧州経済は、財政支出の制約に加え、域内にデフレの大国とインフレの小国が混在していることから金融政策の機動性が欠けているとの指摘もあります。また、ユーロ高に伴い輸出が伸び悩んでいること、労働・雇用市場の硬直性という構造問題があること、不良債権の発生を背景に銀行の信用仲介機能が低下していること等から、全体的にみると、ドイツを中心に景気減速感の強い展開となっています。

(2)日本経済の動向

 一方、わが国の経済については、内需の不振を、中国・その他アジア諸国向け輸出の好調でカバーし景気回復を牽引して参りましたが、米国経済の成長鈍化とアジア諸国を中心としたSARSの感染拡大により、牽引役の輸出の鈍化が懸念されます。SARSの影響については、観光振興に力を入れられている鹿児島県でも大変ご心配されていると思いますが、ご承知のように、既にアジアを中心に航空・旅行・ホテル・小売業での影響が深刻化しています。生産や輸出、直接投資等へは今のところ明確な影響は表われていませんが、一部では、従業員解雇や、工場・事務所の閉鎖あるいは現地進出計画の延期といった生産活動に直接影響を及ぼしかねない動きがみられ始めており、来月以降も感染拡大が続くようであれば、アジア各国の内需の減少に伴うアジア域内での自律的な成長メカニズムへの影響拡大が懸念されます。一方で、中国や香港等ではSARSの新規感染者数が減少しているなどの良いニュースも聞かれており、今後、各国のSARS感染防止策が成果を収め、SARSの経済に対する影響も限定的なものに止まることを期待したいと思います。

 なお、ドル安の影響については、図表7の実効為替レートに大きな変動のないことが示すとおり、対ドルで円高が進み、対米輸出への影響が心配されていますが、対ユーロでは円安となっており、欧州への輸出企業の採算好転や在欧州連結子会社の円ベースでみた業績拡大といったプラスの面もあり、円独歩高に比べれば、円高に伴うマイナス・インパクトは今のところ限定的となっています。

 この間、消費者物価については図表5にお示ししましたが、このところ、医療費の上昇、電力料金の改定、安値品の輸入一服等から、4月の前年比下落率が前月に比べて0.2%ポイント縮小し▲0.4%となったように、下落率は縮小傾向にあり、今後も現状程度の下落率で推移するものと予想されます。

 こうした中、わが国では、ミクロ面で幾つかの明るい材料がみられ始めています。その1つは、企業業績の回復であり、もう1つは、設備投資の持ち直しです。

 企業業績の回復については、新技術の導入等とリストラ努力、さらには金融収支の改善も手伝い、図表8にあるとおり、本年3月期決算で6社に1社程度が既往最高益を達成し、今期についてもさらに増益が見込まれています。金融収支の改善については、これまでの日本銀行の金融緩和策——ゼロ金利と、後程述べる量的緩和策の「時間軸効果」も貢献しているとも言えます。図表9は、90年以降の金利低下により、企業の利払い負担がどの程度軽減したかを示す試算ですが、計算上は2001年までの累計で220兆円程度となっております。わが国の現状は、90年代初めの米国の「ジョブレス・リカバリー」時代に類似しており、雇用の拡大を伴わない業績回復ですが、只今述べたように、今期も増益が見込まれるなど、ミクロ面の好転が引続き期待されます。このようなミクロ面の好転をサポートしていくために、マクロ政策として、税制改革や規制改革、乗数効果の高い財政支出に集中する支出改革等を実施することによりミクロ面の好転が一段と弾みをつけ面を拡大していき、経済全体の先行きが好転することが期待できます。

 一方、設備投資の持ち直しについては、これまでの企業合併や鉄鋼・紙パ等の産業再編成、電機等にみられる企業間の戦略的再編等を背景として、設備廃棄も進んでおり、輸出の好調を背景とした生産増加により、これらの業種を中心に設備投資も持ち直し始めています。このように企業のリストラもダウンサイジング(down-sizing<ヒト・モノ・カネの3つの過剰の縮小>)の動きから、ライトサイジング(right-sizing<3つの過剰の縮小がほぼ完了した後の、現状に対応した適正規模の模索>)の段階に入りつつあると言えます。

 こうしたミクロ面の好転と、先程申し上げた米国景気の年後半における回復に伴い、対米輸出の増加も見込まれることから、SARSによる不透明感は残るものの、わが国の経済は、一時的に成長が鈍化した後、再び回復に向かうものと期待されています。

(3)わが国の金融動向

 次に、わが国の金融動向をみますと、図表10にあるとおり、日本銀行の量的緩和策によりマネタリーベースが極めて高い伸びを示している中で、マネーサプライの伸びは小幅に止まっています。これは、銀行が、BIS規制の下、不良債権処理ならびに株安による自己資本の減少の結果、貸出が制約されていることが主因です。 銀行は、貸出に代えて 、図表11−1が示すように、ゼロリスク資産である国債、あるいは外国国債を買ったりしております。信用リスクを回避する傾向は銀行間取引でもみられ、後ほど量的緩和策のところでも申し上げますが、図表12にある無担コール市場残高は急減しています。また、企業や家計も、図表11−2のとおり、手元流動性を増やしており、図表13の企業間信用残高も減少しています。

 銀行貸出の減少については、図表14が示すように、特に対中堅・中小企業向け貸出の減少が大きく、図表15の3月短観における「企業からみた金融機関の貸出態度」でも、中堅・中小企業に対する銀行の貸出態度が厳しいことが示されています。また、銀行サイドからは、「企業の資金需要がないので、貸出が伸びない」という声が聞かれます。これについては、97~98年の金融危機の際、銀行は流動性確保のために大企業から「貸し剥がし」を行いましたが、格付けがA格以上の大企業は、その時の体験を活かし、それ以降、キャッシュフロー重視に一段と転換し、設備投資・運転資金に必要な資金は自らのキャッシュフローの範囲内で賄い、残った資金を出来るだけ銀行借入れの返済に充てて財務内容を改善していくことに注力しております。このように自らの信用格付けの向上を図ることを財務戦略の柱として取り組んできた結果、A格以上の大企業は、直接金融への依存度を一段と高め、キャッシュフローも潤沢となる一方、銀行離れが急速に進むこととなりました。このような動きも銀行貸出の減少要因となっています。

 銀行の資産圧縮の動きは、国内だけではなく、図表16が示すように、海外においてもみられています。日本の企業のグローバル展開が進んでいる中で、債権大国である日本の銀行が海外において資産を圧縮していることは、世界の金融界における日本の銀行のプレゼンスを小さくしているのではないかと懸念しております。やむを得ない事情があることは理解しておりますが、一日も早く日本の銀行が国際舞台に復活することを願っております。

3.日本銀行の金融政策等

(1)量的緩和策

 次に、日本銀行の最近の金融政策等についてご説明します。まずは、量的緩和策です。日本銀行は、先刻ご承知のように、2001年3月、物価の継続的な下落の防止を目的に、銀行間の資金過不足を調整する場であるインターバンク市場等に、資金供給オペを通じて潤沢に資金を供給する量的緩和政策をスタートさせました。その後、不良債権問題の深刻化や、2002年4月の金融機関の全債務全額保護措置の終了により、金融機関が、ゼロ金利に加えて、銀行相互間で信用リスクに敏感になったことから、インターバンク市場では、特に3~6ヶ月、あるいは1年という長めの資金の取引が困難となりました。このため、銀行の流動性不安が引き金となって、金融面から経済にマイナス・インパクトの及ぶ事態を回避するため、日本銀行は、量的緩和策を通じて銀行の流動性調達をサポートしております。これが量的緩和策の目的の1つとなっています。

 大手行の流動性調達については、最近の預貸率低下、すなわち貸金よりも預金の多い状態をもって、「流動性リスクはなくなった」との声も耳にしますが、短期の流動性預金が集まっても、長めの資金調達が困難であれば、金融機関は機動的なALM管理を行うことは難しくなります。銀行の負債総額に占める市場調達比率が大幅に減少し、余剰預金比率のボラティリティも高く、金融システムへの負荷が高まっております。こうした点を踏まえ、日本銀行は、量的緩和策の実施に当たり、単に量的な面だけではなく、長めの資金供給オペの回数を増やすなど、供給する資金の長さにも配慮して参りました。銀行株の下落もあって、日本銀行当座預金の需要は非常に高まり、当初5兆円であった当座預金残高の目標値は、27~30兆円にまで拡大しています。現在も、昨年みられたようなオペの「札割れ」はみられず、引続き当座預金需要が強いことを示しています。

 日本銀行が、長めの資金供給オペの回数を増やしてきたことと、当座預金残高の目標値を引上げてきたことは、市場に大きな安心感をもたらしており、「量的緩和策が長期化するという期待感」——私どもではこれを「時間軸効果」と呼んでいますが——こうした期待感が市場に浸透しています。長期国債の利回り低下に加えて、このところBB格等の低格付け社債の信用スプレッドが大きく縮小していることは、「時間軸効果」が金融・資本市場に浸透してきている表われとも言えます。

 量的緩和策については、先程ご覧頂いた図表12にあるとおり、無担コール市場取引が急減していること等をもって、その副作用を懸念する声があることは認識しており、私もその懸念を共有しております。一刻も早く金融システムが健全化して、長めの資金取引に市場メカニズムが回復し、現在の日本銀行によるオペ中心の状況から、信用リスクに見合ったリターンをベースに活発な資金取引が行われる状態に戻ることを期待しております。そのためには、銀行の不良債権問題の解決と銀行の収益力強化による経営の安定化を早急に図ることが課題です。

(2)銀行保有株の買取り等

 銀行の信用仲介機能を低下させている要因は、先週発表の大手行の決算内容でお分かりのとおり、銀行保有株式の価格下落と不良債権問題です。このうち銀行保有株式の価格下落に関しては、銀行による保有株式の価格変動リスクの軽減努力を促すため、日本銀行は、総額3兆円を上限に、銀行保有株式の買取りを行っております。これは、金融システムの安定を担う中央銀行としてギリギリの範囲でできる措置であり、銀行が本措置を活用しつつ、過大な株式保有の構造を早期に改善していくことを強く期待しています。また、政府でも、同様の趣旨から、「銀行等保有株式取得機構」を設立していますが、本制度については、与党が、機構の株式買取りの際に銀行等が負担する拠出金(買取価額の8%)を撤廃するなど、銀行にとって、より使い勝手のよい制度に改めるための法律改正案を今国会に提出しました。

 ここで、銀行の信用仲介機能を低下させているもう一つの要因である不良債権問題について述べたいと思います。ご承知のように、先般、りそな銀行への公的資本投入の方針が決定されました。りそな銀行は、本年3月期決算について、監査法人と協議のうえ、繰延税金資産を厳格に見積もって計上することとしました。

 銀行の自己資本比率規制における繰延税金資産の扱いについては、現在、金融審議会のワーキング・グループにおいてその見直しの是非が検討されていますが、一方で、金融庁、与党、銀行業界では、不良債権処理を加速させるために、図表17にあるように、(1)無税償却の範囲拡大、(2)欠損金の繰越控除期間の延長、(3)法人税の繰戻還付(キャリーバック)の凍結解除と繰戻還付対象期間の延長という税制改正を要望しています。このうち、法人税の繰戻還付の凍結解除等は新たな財源が必要となるため、これを銀行に対してのみ実施することについては、わが国では、税の公平性の観点からその導入に批判的な意見が聞かれています。しかし、米国や英国等では、「経済の心臓」に当たる銀行の経営を正常化することは、経済の持続的かつ健全な成長を図るために必要なマクロ政策であるとの観点から、銀行に対する税の還付に踏み切った経緯があります。

 銀行の不良債権問題は、97~98年の金融危機の経験や、最近の中小企業をはじめとする企業に対しての銀行の貸し渋り、あるいは、保有銀行株の大幅な下落に伴う膨大な特別損失の発生により企業の本業の利益が相殺されているという形で企業業績にも大きな影響を与えているなど、いわば社会的コストになっているとも言えます。また、バブル崩壊やデフレから発生する不良債権は、構造調整の遅れた企業の不払い(デフォルト)に原因があり、間接金融中心のわが国では、不良債権は、結果として貸手である銀行に集中するということを認識しておく必要があります。このため、不良債権処理を加速するために、金融庁や与党等が要望している税制改正に加え、産業再生機構やRCC等の既存スキームを活用した金融と事業の一体的再生、あるいは、現在、金融審議会で検討中の予防的な公的資本の投入を含めて、総合的な対策が必要であると思います。本問題は、政府と日本銀行が一体となって取り組むべき最重要の問題であります。

(3)資産担保証券市場の活性化

 量的緩和策の波及メカニズム強化のためには、銀行の信用仲介機能の回復が最大の課題ですが、日本銀行は、中小企業金融が、引続き厳しい環境に置かれている現状に鑑み、量的緩和策の波及メカニズムを強化するため、広く市場関係者等の意見を聞きながら、中堅・中小企業関連資産を主たる裏付資産とする資産担保証券を、時限的措置として金融調節上の買入れ対象資産とすることを検討中です。

 図表18は資産担保証券の買入れスキームの概要です。ここに示されているように、銀行等が保有する複数の中堅・中小企業向け貸出債権や、中堅・中小企業が保有する売掛債権を集積して、債権プールを構成し、この債権プールを裏付資産とする新たな証券、すなわち「資産担保証券」を発行して、これを投資家や日本銀行等公的部門が買い入れます。中堅・中小企業関連資産を裏付資産とする資産担保証券の市場規模は、図表19が示すように発展途上にあるため、日本銀行が、それらを買い入れても、直ちに量的緩和策の効果が強化されるものではありません。しかし、資産担保証券市場において、中堅・中小企業の信用リスクのプライシングが進み、それがベンチマーク化、すなわち基準化されれば、それを参考にしながら、間接金融においても、信用リスクに見合ったリターンを反映した中堅・中小企業向けの貸出金利が、より体系付けられることが期待されます。

 なお、米銀は、80年代後半から90年代にかけてのラ米危機(LDC)、米国不動産危機(LAND)、買収金融危機(LBO)という「3つのL」の失敗を活かして、デリバティブ化や不良債権の証券化等リスク管理手法を高度化した結果、アジア危機の際には、その被害を極小化し、また、バランスシートを使わない金融分野を拡大することができました。

 中小企業金融の円滑化に関しては、政府でも、図表20でまとめたように、中小企業金融のセーフティネットとして信用保証制度の拡充を進めており、中小企業金融を下支えしています。今後、日本銀行による資産担保証券買入れの具体的スキームの構築に当たっては、関係官庁、政府系金融機関、民間金融機関あるいは中堅・中小企業と連携をとりながら、最終的に、使い勝手がよく、市場の自律的な拡大が期待できる仕組みにすることを検討中です。

4.企業金融の今後のあり方

(1)銀行の今後の重点分野

 次に、銀行の今後のあり方について述べたいと思います。

 まず、教科書的ではありますが、銀行業とは何かということを考えてみたいと思います。基本的な機能としては、銀行は、伝統的に「預金」という形で資金調達し、「貸出」という形で資金運用して、その利鞘を稼ぐことを本業としてきました。「貸出」は、銀行にとって元利金返済のリスクを伴いますが、このリスクを低減するため、銀行は貸出先に「預金」という決済手段を同時に供給して、貸出先の資金繰り状況をモニターし、さらには、貸出先から財務諸表を取り付けて、その収益状況をモニターしています。このように、収益追求という観点から言えば、銀行業は、一般企業と同様に、リスクマネージメント産業であるとも言えます。すなわち、信用リスクを管理しながら収益を上げるということがポイントとなります。特に、現在のように、新発国債の利回りが、5年物で0.16%程度、10年物で0.52%程度、20年物で0.88%程度といずれもゼロ・パーセントに近い、いわゆるイールド・カーブがフラット化した状況下では、時間の経過に伴う価値、すなわちタイム・バリューによる収益は、今までのようには期待できません。このため、信用リスクに見合ったリターンをどれだけ確保するかがますます重要になってきます。

 こうした流れの中で、今後、銀行が重点的に取り組む分野については、既に各行において戦略を立てておられますが、私のこれまでの体験や金融機関の方々との対話、あるいは新聞報道等を通じた情報を総括すれば、図表21のようになるのではないかと思います。このうち、特に申し上げたいのは、今後、住宅ローンを中心とする個人ローンや、中堅・中小企業向け貸出、すなわちミドルマーケットの開拓が重要な戦略分野となることです。

(2)手形の利用

 第二のポイントは手形の利用です。先程、資産担保証券についてご説明しましたが、耳慣れない、馴染みの薄い言葉であったのではないかと思います。過去、わが国の企業金融、なかんずく中小企業金融において、資産担保証券がなくても資金の融通が行われていたのはなぜでしょうか。それは、銀行が、商取引の裏付けのある商業手形を担保としたり割り引いたりして、中堅・中小企業向けを中心に積極的に資金を融通していたからではないかと思います。しかし、平成2年にCPの印紙税が軽減され、図表22に示すとおり、手形の印紙税が相対的に高くなったため、大手企業を中心として企業は経費節減のため手形の発行をほぼ一貫して削減してきました。図表23は90年入り後、手形交換高がほぼ一貫して減少している姿を表わしています。

 手形は、(1)債務者のデフォルトが手形交換所における取引停止処分という形で明確であるほか、(2)手形法により債権の回収も有利であるなどのメリットがあります。その意味からも、手形を、使い勝手のよい決済手段にしていくことが重要ではないかと思います。また、手形は、手形法(第15条第2項)に基づき、債務不履行の際、債務の弁済が過去の裏書人に遡及しないノンリコース型にすることができるため(「無担保裏書」)、これを現在検討中の資産担保証券の裏付資産とすることもできます。手形の利用が拡大していけば、旧来の手形をベースにした融資が円滑に行われるようになり、また、資産担保証券をより簡単明瞭な手続きで発行することができるようになるというメリットも期待できます。

(3)キャッシュフローに着目した貸出への転換

 第三のポイントはキャッシュフローに着目した貸出への転換です。従来の貸出は、債務者の信用力や不動産担保に依存した貸出が主流であったため、債権者たる銀行が債務者たる企業の経営等に関与するタイミングや、企業に関する情報の共有・負担の割合について、予め契約を結ぶことは通常行われず、銀行(貸手)と企業(借手)の緊張関係が今にして思えば弱かったとの反省があります。このような債権・債務者の関係の中では、債権放棄等の財務のリストラを要することとなった場合、対応策についての合意が遅れ、損失額の拡大する事態が発生しました。こうした経験を踏まえると、社債を発行する場合と同様に、一定水準以上の自己資本比率の維持を義務づけること等債権保全のための財務制限条項を約定し、リスクの変化に対応できる貸出スキームとしたり、あるいは債務者の信用力・担保価値ではなく、事業の収益性に基づいて貸出を行うプロジェクト・ファイナンスを拡大するといった、キャッシュフローに着目した貸出に転換していくことが必要です。因みに、このような新たな貸出慣行の構築については、経済産業省が本年2月に公表した「早期事業再生ガイドライン(案)」にも整理されています。そのポイントを図表24に抜粋しましたので、ご参照ください。

5.むすびにかえて

 デフレや銀行貸出の低迷、株安、最近ではSARSの問題と、内外に不安定要因が多い中で、経営者の皆様は、大変ご苦労をされていることと思います。私も、昨年4月に日本銀行審議委員を拝命する前、40年以上に亘り民間企業におりましたが、バブル崩壊やグローバル化、情報化、さらには金融ビッグバンという経済の構造転換の下で厳しさを体験し、市場の絶え間ない変化に対応し企業変革を行うことが、重要であるとともに大変であることを痛感して参りました。

 このような環境下で、どのようにして苦境を乗り切っていくことができるでしょうか。今後の企業戦略については、皆様が既に経営の中で行っていることであり、改めて申し上げる必要もありませんが、ご参考までにお示しすると、図表25のようになるのではないかと思います。すなわち、まず自社の強み、弱みを分析し、「選択と集中」を行い、自社のコア・ビジネスを見定めたうえで、成長産業および海外の成長地域に絡んでいくことがポイントになります。ご参考までに申し上げれば、第一の成長産業については、バイオ、IT、環境、ナノテクという「重点四分野」に加え、新たな企業の攻め筋分野(心、体、自然)が大きなターゲットになります。特に、いつでもどこでもインターネット等に接続できる「ユビキタス社会」の具体化や、2005年に世界最先端のIT国家になることを目指した政府の「e-Japan戦略」の動きから、関連する電子部品産業の隆盛や、IT関連ソフト産業の拡大等が期待されます。この点、鹿児島県でも、昨日訪問した電子部品工場では、「電子の目」と呼ばれる、光を電気信号に変える半導体部品(CCD)をはじめ、最先端の技術を駆使し、世界的に高いシェアを占める電子部品が製造されており、その技術水準の高さと製品の競争力向上に向けた取組みには目を見張るものがありました。また、当地では、「21世紀新かごしま総合計画」の下で、情報通信の基盤整備や、高齢化・環境問題に対応した住まい作り、高齢者福祉の増進等に多くの予算を投入されているほか、鹿児島大学が中心となって学術研究機関の持つ技術や研究成果を、企業の技術ニーズに結び付ける産学官の連携体制も構築されています。こうした取組みが、企業あるいは銀行の新たなビジネス・チャンスの創出に繋がることを期待しています。

 第二の成長地域については、中国を含むアジアが大きなターゲットになります。現下のSARSの問題は悩ましい問題ですが、見方を変えれば、一極集中的な海外進出に伴うリスクと、ある程度生産拠点を分散させることの必要性を再認識するよい機会でもあると思います。海外に目をむけるという点では、鹿児島県には長い歴史があります。薩摩藩がオランダや中国との貿易を通じて厳しい財政難を乗り切ったことや、海外の知識・技術の積極的な導入と応用により、わが国最初の洋式溶鉱炉や帆船、紡績機械を製造し、幕末の混乱期に「国防力」の充実を図ったこと等は、広く知られています。現在も、鹿児島県には、焼酎や黒豚、さつまいも、さつま揚げといったブランド力のある商品が数多くあります。また、海・山・離島・温泉と観光資源に大変恵まれています。観光業については、既にその振興に取り組まれていると伺いましたが、鹿児島という土地が育んできた「歴史」や「生活」を輸出していくことも、地域経済に活路を見出す方策ではないかと思います。一部には、焼酎を輸出する動きがあると聞きますが、これなどは、土地の「生活」を輸出することには、期待以上の潜在的な需要があることを示しています。

 成長産業、成長地域いずれにしても、新規分野への進出にはリスクが付き物ですが、必要に応じて他社の経営資源も利用するため、戦略的に合弁を利用することもリスク管理の上では重要な選択肢です。

 最後に、私が社会人1年目であった1961年1月に、ジョン・F・ケネディがその大統領就任演説で述べた言葉を申し上げて、私の話を締めくくりたいと思います。当時、米国は第二次世界大戦後の黄金期を経て、戦後初めて国際収支が赤字に転落するなど危機感を強めていた時期でした。

" … ask not what your country can do for you, ask what you can do for your country "

 「国が自分に何をしてくれるのかを問うのではなく、今求められているのは、国民一人一人が国のために何をするかである」——現在の日本のような困難な状況では、国に求めるのではなく、各企業、各個人が、「自助努力」、「自己変革」、「自己責任」を実践してミクロの改革の成果を上げ、そうした改革の成果を集積していくことが、わが国が現在の苦境から脱却するうえで欠かせないのではないかと思います。

 長い時間ご静聴有り難うございました。

以上