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大阪経済4団体共催懇談会における総裁挨拶要旨

2003年 7月 7日
日本銀行

[目次]

  1. 1.就任後の数ヶ月を振り返って
  2. 2.経済の現状とデフレ克服への展望
  3. 3.日本経済の目指すべき姿
  4. 4.金融政策運営について
  5. 5.企業再生への取組み
  6. 6.新しい公的資本注入制度
  7. 7.おわりに

 日本銀行の福井でございます。本日は、関西経済界を代表する皆様方とお話をする機会を頂き、大変嬉しく存じております。また、平素より、私どもの支店が大変お世話になっており、本席をお借りして厚く御礼申し上げます。

 本日は、最初に総裁就任後のここ数ヶ月の動きを簡単に振り返った後、当面の金融経済情勢や日本経済の抱える課題、金融政策運営や金融システムの問題などについて、私どもの考え方をお話したいと考えております。

1.就任後の数ヶ月を振り返って

先行き不透明感の高まり

 日本銀行総裁に就任後、早や3ヵ月半が過ぎました。この間の日本経済を巡る状況を振り返りますと、先行きに対する不透明感が非常に高まった時期だったと思います。

 いわゆる地政学的リスクを含めた不確実性の高まりがその筆頭です。くしくも私が就任した3月20日に、対イラク戦争が開始されました。世界経済がITバブル崩壊後の調整を経て、回復を模索していた矢先であっただけに、戦争がどのような影響をもたらすかは大きな懸念材料でした。その後、東アジアにおいて新型肺炎(SARS)の問題が生じ、戦争とは性格の異なる今ひとつの不確定要因が加わって参りました。また、国内における不確定要因として人々が強く意識したのは、株価が年度末にかけて7千円台まで下落したことでした。それが金融システム不安を高め、企業金融面などを通じて実体経済にも悪影響を及ぼすことが心配されました。為替相場の円高方向への動きや、りそな銀行の問題も、相次いで起こって参りました。

日本銀行による対応

 このような内外の不確実性の高まりに対し、日本銀行は、金融政策の面でも金融システム保全の面でも、万全の対応を行う必要があると考えました。何故ならば、日本経済は現状なお脆弱な基盤の上に立っており、そうした中でいくつものリスクが積み重なる事態に対しては、不安感を徒に増幅させないよう、可能な限り先取り的に物事を捉え、早め早めに措置を講ずることが必要と判断されたからであります。

 まず金融政策面では、就任後すぐに臨時の政策決定会合を開催し、金融市場の安定を確保する観点から、日銀当座預金残高の上限目標にかかわらず、いつでも追加的な資金供給を行い得る体制を整えるとともに、その後も今申し上げたような不確実性の高まりに即応して、2度にわたり、合わせて8兆円の日銀当座預金残高目標引き上げ(上限30兆円へ)に踏み切りました。

 金融システム保全の面では、株価下落が金融機関経営を直撃し、金融システム不安を惹起するリスクを軽減するため、日本銀行による銀行保有株式の買入れ上限額を2兆円から3兆円に引き上げました。また、りそな銀行の問題については、必要に応じ特融を発動することを決定し、同行の資金繰り確保に万全を期することとしましたが、幸い、りそな銀行の資金繰りはその後も安定的に推移し、金融市場や預金者の混乱も回避出来たように思います。

最近の海外経済を巡る動き

 こうして3ヵ月半が過ぎた訳ですが、現時点でこの間の状況変化を整理してみますと、日本経済を巡る先行き不透明感は、引き続き高いとはいえ、一頃に比べるといくつかの点で、多少の改善がみられるように思います。

 まず第一に、対イラク戦争は、ほぼ予想通り短期間で終結し、この面での地政学的リスクはほぼ解消しました。この結果、原油価格が昨年の終わり頃のレベルにまで低下したほか、各国の株価も昨年末の水準を超えるところまで反発しています。

 第二に、米国経済をみますと、設備投資や生産・雇用の回復を示す動きが十分みられていないなど、企業活動面での弱さは引き続き残存しておりますものの、その中で、地政学的リスクの低下とともに家計・企業のマインドを表すコンフィデンス指標が若干改善に向かい、株価も上昇を続けるなど、米国経済を巡る雰囲気は幾分明るい方向に振れて来ていると思います。

 第三に、東アジア経済については、新型肺炎の問題が終息に向かおうとしています。東アジア全体の経済活動が元に復するには、なおある程度時間がかかるかもしれませんが、このままいけば、大きな影響を残すことは回避出来るような形勢になって来ていると思います。

最近の国内金融面の動き

 海外における不透明感の後退はこのようなことですが、それでは国内の方はどうでしょうか。最近の国内金融資本市場の動向をみますと、円の対ドル為替相場は、一時115円近辺まで円高が進んだ後、直近は若干円安方向へ戻って来ています。株価も、欧米株価の上昇を背景とした海外投資家の積極的な投資姿勢などを映じて、9,500円を超え、力強い持ち直しの動きをみせています。また金融市場の状況をみますと、このところ長期金利の動きがやや不安定となっているものの、短期金融市場は、様々なリスクが加わる中でも、日本銀行の潤沢な資金供給の下で、総じて落ち着いた推移を辿っています。

 このように、内外両面で、一頃に較べ不確実性は若干薄れておりますが、日本銀行の政策対応との関係で言えば、この間の量的緩和の拡大は、特に金融市場の安定確保という点で大きな効果を挙げたと言えるように思います。

2.経済の現状とデフレ克服への展望

経済の現状と先行き

 最近のわが国経済の足取りをみますと、達観すれば、4月の展望レポート —— 私どもは年2回、展望レポートというかたちで経済と物価の先行き見通しを公表しています —— の想定とそう大きな相違なく推移しているということが出来るように思います。ただ、より厳密に比較しますと、東アジア経済の減速を主因に輸出がこのところやや弱めに推移しており、それに伴い、生産は横這いの動きがやや長引く様相を呈しています。また設備投資も、未だはっきりとした回復の動きを示すには至っておりません。

 しかしながら、既に申し上げた通り、内外の不確実性は多少とも後退して来ています。しかも、足許、企業収益が回復し、在庫が低水準にあることを考えると、この先輸出の増勢が強まれば、それを起点に、製造業を中心に生産・収益・設備投資といった前向きの循環メカニズムが働き始めるのではないか、と考えられます。

 好循環の「鍵」と目される企業収益について、やや詳しく申し上げますと、リストラ効果が大きいとはいえ、このところ製造業・大企業を中心に増益基調が続いている点が目立っています。特に売上高経常利益率の水準は、90年代以降のピークに達する動きとなっています。当地においても、製造業の収益は、アジア向け輸出の比率の高さやデジタルカメラなどの最先端家電の売れ行き好調などもあって、全国平均に比べ急角度の回復をみていると伺いました。

 このような収益状況の下で、先行き、輸出や生産が増勢を取り戻せば、設備投資の回復傾向も次第に明確化して来るのではないでしょうか。この点、今般の短観により企業の設備投資計画をみますと、2002年度は製造業、非製造業ともかなりの減少となりましたが、これとは対照的に、2003年度は製造業・大企業で12%もの伸び、製造業全体でも小幅ながら増加、非製造業を含めた全業種で前年比ほぼ横這い(名目金額ベース)の計画となっています。

 ただ、過剰債務や過剰雇用など様々な構造調整圧力が残存する下では、輸出や生産の増加が企業の新規の設備投資を誘発する力は、さほど強力なものとはなりにくく、製造業・大企業を中心とする前向きの支出活動が非製造業を含めた企業全般、さらには家計部門にまで十分波及して行かない可能性があることには留意が必要です。

 このことは、言い換えると、景気が循環的に回復の方向に向かう場合にも、構造調整圧力が強い中で、企業等の中期的な期待成長率は容易に高まって行かないことを意味しています。

 この点を、さらにやや具体的に申し上げると、非製造業、特に中小企業においては有利子負債のレベルが引き続き非常に高く、設備投資を行う際の非常に大きな重石としてのしかかっています。

 なお、過剰債務の問題が非製造業ほどでない製造業においても、海外生産へのシフトといったもう一つ別の要因を考慮すると、キャッシュフローの増加が国内における新規の設備投資の増加にはなかなか結びつきにくい面があると考えられます。

 また、家計の消費行動についてみましても、雇用者所得は、企業収益の増加に伴い、次第に下げ止まりに向かう可能性があると考えられますが、一方、企業における雇用過剰感は依然として強く、企業が労働コスト圧縮の手綱を緩める状況にはないだけに、家計を取り巻く雇用・所得環境は全体として依然厳しい状況にあるということが出来ます。そうした状況の下では、家計の消費は引き続き弱めの推移とならざるを得ません。要すれば、企業部門において過剰債務、過剰雇用の調整が続く中にあっては、全般的な企業活動の活発化、そこから来る雇用者所得の増加、さらには個人消費の強めの動きといった展開は、当面そう容易に想定しにくいように思われます。

デフレ克服への展望

 こうした中で、日本経済を持続的な成長軌道に復帰させ、それによってデフレ克服を実現していくためには、日本経済が抱える様々な調整圧力をこなしつつ、企業・家計の成長期待を高める努力を続けることが不可欠であると考えます。

 この点、問題の本質は、80年代後半以降生じて来た日本経済を取り巻く大きな潮流変化、すなわち、経済のグローバル化や情報通信革命、人口動態の変化といった環境変化に即応して、日本経済の仕組みを築き直すということであると思います。もちろん、経済の仕組みは、様々な制度や慣行、その下での企業、家計の行動様式などによって成り立っており、それらは相互に関連しているほか、過去長期にわたり日本経済に定着して来た枠組みでもあるため、これらを再構築していくためには、規制の緩和・撤廃を積極的に推進するとともに、企業、家計が相当思い切った行動変革を行うことがどうしても必要となります。

3.日本経済の目指すべき姿

 今後、日本経済の目指す姿を私なりの言葉で表現すると、それは、技術や知識のイノベーションを通ずる創造性の高い経済の構築であり、海外との関係においては、中国を含む東アジア諸国と相互依存関係の強い経済の構築ということではないかと考えております。

創造性の高い経済の構築

 まず、日本経済の創造性を高め、潜在成長能力を引き上げていくためには、結局のところ、規制の緩和・撤廃を通じて企業に新しい事業機会を提供すること、そして、企業の仕組みを中心に経済全体の柔軟性を向上させ、資本や労働といった資源を最も効率的に再配分していくことが必要です。

 新しい事業機会は、往々にして従来よりも高いリスクを孕みます。私は、今申し上げたような様々な潮流変化の中で、大胆に資源の再配分を推し進めていくためには、企業がリスクの評価とリスク管理のノウハウを涵養し、果敢に投資機会に挑戦していくことがとりわけ重要であると考えております。そのためには、創造性に富んだ人材の登用が不可欠であり、雇用の流動化を実現する諸条件を整えることも極めて重要な課題であると感じております。

東アジア諸国との関係

 次に、東アジア諸国とどのような関係を構築していくかという点に触れたいと思います。結論的に言えば、わが国と中国を含む東アジア諸国との間の相互依存関係を一層強めることにより、わが国経済のフロンティアを広めていくことが大切と思われます。

 中国を含む東アジア諸国の経済成長には近年目覚しいものがあります。こうした動きは、一面では、国内で競合関係にある企業にとって極めて厳しい状況を生み出しており、製造業の空洞化現象をもたらしていますが、他面においては、近隣に巨大なマーケットを誕生させ、現に、わが国の企業に新しいビジネス・チャンスをもたらしています。事実、東アジア諸国に向けたわが国からの部品や工場設備などの資本財の輸出はこのところ加速度的に増加しています。また、特に中国に対しては、単に安価な労働力を利用するというに止まらず、広大な市場に浸透していくための企業の投資が増えています。

 もちろんこれには様々な困難が伴うことは申すまでもありません。東アジアとの交易に多くの経験と実績を持っておられる当地の方々にとっては身をもって痛感されておられるところであると思いますが、ここにおいても、企業の行動様式を柔軟に変革し、果敢にリスクを取る覚悟が求められているのではないでしょうか。そのようにして、中国を含む東アジア諸国との強い相互依存関係を追い風としていくことは、これからの日本経済にとってどうしても必要なことだと考えております。

4.金融政策運営について

量的緩和政策の評価

 次に、金融政策の運営についてお話したいと思います。私どもは、新体制スタートを機に、現在の金融政策運営の基本的な枠組み、すなわち量的緩和政策についてレビューを行いました。この結果は、4月の展望レポートにも盛込んだところです。こうしたレビューを通じて私どもが改めて確認したことは、量的緩和は様々なショックが流動性不安に繋がるルートを遮断し、金融市場の安定を確保することを通じて、経済がデフレ・スパイラルに陥るのを回避する上で大いに寄与して来たということです。

 しかしながら、これだけ思い切った量的緩和を行ってきても、それがより積極的に経済活動を刺激したり、物価を押し上げたりする効果を持つには至っていないことも厳然たる事実です。金融市場においては極めて緩和的な金融環境が実現されていますが、その効果が企業や家計といった実体経済の担い手に必ずしも十分に伝わっておりません。また、量的緩和の副作用として金融市場の機能の低下というマイナスの面が次第に強く感じられるようになって来ていることも否めません。

 金融政策の責任を負っている私どもの立場からすれば、これらの副作用を乗り越えて、量的緩和の効果が企業や家計といった経済主体の手許に、より十分に及んでいくようにしなければなりません。このため、私は、総裁就任以降、金融政策について、運営の透明性向上と効果波及メカニズムの強化、この二つの課題を特に強く意識して参りました。

金融政策の透明性向上への取組み

 まず政策運営の透明性向上については、日本銀行の行う政策の目的や考え方を人々に分かり易く提示し、そのことが将来の政策展開に対する人々の期待の安定化に繋がることが重要であり、政策効果を高めるという点でも意味があると思っております。4月に公表した展望レポートにおいて、新たな章を設け、量的緩和政策の効果とそれを制約している要因に関し詳しく述べているのも、こうした考え方に基づくものです。

金融緩和の波及メカニズム強化への取組み

 日本銀行は、一昨年春の量的緩和政策の開始以来、これまでの間に、流動性供給目標である日銀当座預金残高を当初の6倍の水準に引き上げて参りました。しかしながら、先程も申し上げました通り、そうした極めて緩和的な金融環境が、企業などの前向きの活動に十分に繋がっておりません。それだけに、どのようにすれば緩和効果を経済の隅々にまで行き渡らせることが出来るか、特に中堅・中小企業の資金調達を円滑化するにはどのような手段が考えられるのか、新しい工夫を凝らす必要に迫られています。

 私どもが考えついたひとつのアプローチが、中堅・中小企業関連の資産担保証券を日本銀行が直接買入れることです。わが国の資産担保証券市場は、潜在的なニーズの強さと比較すると、インフラ整備や取引慣行改善の遅れを背景に、現状、大きく拡大するには至っておらず、依然として揺籃期にあります。今後、この市場が拡大すれば、市場型間接金融という新たな金融仲介ルートの拡大・定着に繋がり、中堅・中小企業を含む企業金融全般の円滑化に資することになると思われます。

 資産担保証券は、最先端の金融技術を駆使して、リスクを全体として削減するとともに、リスクの許容度に応じて多様な投資家を呼び込むことが可能となる商品特性を有しています。そうした商品特性を活用することは、金融機関の信用仲介機能が現状なお必ずしも十全でない状況の下で、大きな意義があると考えます。日本銀行による資産担保証券の買入れ、すなわち民間の信用リスクを直接引き受けるという中央銀行としては異例の措置が、市場の発展の一助となることを強く期待しております。

 ここ大阪では、自治体と金融機関が緊密に協力して、中小企業の積極的な事業活動を支援するために、資金調達手段の多様化を図るべく、CLO(ローン担保証券)融資などの新たな取組みを進めておられ、着実に実績を挙げて来られています。それだけに、今回私どもが取り組んでいるスキームの意義も、十分にご理解を頂けるのではないかと思っております。

 金融政策の透明性向上や波及メカニズムの強化といった取組みは、いずれも一朝一夕で実現出来るものではなく、私どもとしても今後とも知恵を絞りつつ、可能なものから一つ一つ積み上げる地道な努力を続けたいと考えております。その際、資源の再配分を促し、日本経済の転換を後押し出来ると、確信出来るものであれば、必ずしも今までのものの考え方にとらわれない姿勢で臨みたいと考えておりますが、ただ、そうした検討にあたっては、どのような効果が期待出来るかという面だけでなく、市場機能を阻害しないか、適切な金融政策の遂行能力を維持する上で重要な本行の財務の健全性にどのような影響を与えるか、といった点についても留意することが重要であると考えております。

 企業などの前向きな活動をどのように引き出していくかという観点からは、こうした金融政策面での取組みに加え、金融システムの早期健全化、さらには金融機関が企業の新しいニーズに的確に応えられるよう伝統の殻を破って金融サービス業への変身を遂げることが喫緊の課題と目されます。この点に関して、以下では、企業再生への取組みと新しい公的資本投入の制度という二つの点に焦点をあてて私の現時点での考え方を申し述べたいと思います。

5.企業再生への取組み

 そこで、まず企業再生への取組みについて申し述べます。

 金融機関の不良債権問題は、別の面からみれば企業の過剰債務問題であることは、ご承知の通りです。この問題に対し、金融機関サイドでは、これまでかなり長い時間をかけて、不良債権の経済価値のより適切な把握と引当の積増しに、苦しい努力を続けて来ました。ようやく最近に至り、問題をより前向きに解決するためには企業再生への取組みを強化することが大切であること、そして、これらの課題を積み残すことなく果たすためには収益力や資本基盤の強化が不可欠であること、が強く認識されるようになって来ました。

 企業の方でも、過剰債務の圧縮に懸命の努力が続けられていますが、今なお財務面で過去の負の遺産が大きいため、有用な技術やノウハウを持ちながら、なかなか業況が上向かないところがあります。こうした企業は、金融機関の協力を得ながら、大胆に不採算事業を切り離し、中核となる事業に経営資源を集中していくことが問題の解決に繋がることが少なくありません。企業再生に成功すれば、当該企業の業況が好転することは申すまでもありませんが、こうした企業の債務者区分がランクアップし、金融機関にとっても不良債権の削減に繋がっていくことになります。

 さる5月、企業再生を支援するため、産業再生機構が業務を開始しました。整理回収機構も、不良債権の回収という従来からの機能に加えて、企業再生ファンドとの提携などを通じて、再生機能を強化しています。最近では、金融機関でも、多くの先が、専担部署を設けたり、弁護士・公認会計士といった外部の専門家と提携するなど、企業再生への取組み強化を模索する動きが広がっています。先に公的資本注入を受けたりそな銀行は、現在、新経営陣の下、自身の新たなビジネスモデルの構築を急いでいるところですが、同行にとって企業再生にどう取り組んでいくかは、経営建て直しのプロセスの中で大きなポイントになるものと考えられます。

 昨今、私自身が企業再生の分野で活躍されている方の話を直接伺う機会が少なくありません。そこでのお話などを踏まえると、企業再生にあたって、特に企業経営者自身の先見性と対応のスピード感が重要だとの思いに至ります。すなわち、貸し手である金融機関による支援もさることながら、借り手である企業自身が事業の再構築を果敢に判断し、迅速に実行に移していくことが求められているように思います。

 今更申すまでもないことですが、わが国の企業は、中小企業を含め、世界的な競争の中で生きて行かなければなりません。このことは、アジアとの貿易が盛んな関西地区の経営者の皆様方には、一層実感を持って感じておられるのではないでしょうか。そして、世界的な競争の波は、経済のグローバル化が進展する下で、今後さらに強まっていくものと予想されます。現在経営に大きな問題がない先も含め、5年後、10年後を見据えた経営判断を行っていく必要があるということではないかと思われます。

6.新しい公的資本注入制度

 最後にもう一度金融機関サイドの課題に戻りたいと思います。当然のことですが、金融機関としては、今日一層、借り手企業との対話を進め、企業経営の現状や将来の姿について共通認識を持つことが重要と思われます。共通認識をしっかり持つことが金融仲介機能強化や企業再生支援の出発点と思います。その上で金融機関が、審査能力、リスク管理機能、さらには強固な財務基盤を持ちあわせていくことが重要です。

 強固な財務基盤、特に資本充実という点では、金融機関が自力でこれを達成することが最も望ましい訳ですが、現状ではそれがなお容易でないケースも考えられます。今般のりそな銀行への公的資本注入がその例ですが、私は、金融機関が財務基盤の強化を通じて早期に本来の機能を十全に発揮していくためには、もっと早い段階で公的資金を注入する道も用意しておくべきではないか、と考えております。そうすれば、企業再生への取組みも一段と促進されることになるでしょう。

 このような公的資本の注入について、国民の皆様方から支持を得るためには、注入の対象となる金融機関の思い切った経営改革が必要です。従来の経営態様のまま単に生き残るということでは、資本注入を受けていない先との公平な競争という観点で、問題が生じる可能性も否定出来ません。経営は抜本的に刷新する、その代わり、当該金融機関の行動を過度に制約することなく、経営の自由度を十分確保した上で、自己責任に基づく経営努力を求めることが適当だと考えます。例えば、りそな銀行で行ったようにコーポレートガバナンスの観点から委員会制度を導入することも有力な手法だと思われます。新しい公的資本注入制度については、現在、金融審議会で検討中ですが、私の考えは以上の通りです。

 わが国金融システムの健全性は、なお道半ばであり、引き続き厳しい状況にあると言わざるを得ません。しかし、企業再生を巡る動きのように、これまでになかった前向きの動きも出て来たことも事実です。日本銀行としては、政府と連携し、中央銀行の立場から、引き続き金融システムの安定確保に貢献していくとともに、金融仲介機能の強化や企業再生についても可能な限り後押ししていきたいと考えております。

7.おわりに

 以上、21世紀にふさわしい日本経済の構築へ向けて日本銀行が取り組もうとしていることを中心に、いくつか私の考えていることを申し上げました。ただ、繰り返しになりますが、経済の成長の源泉はあくまでも民間部門の創意工夫を通じたイノベーションにあるのであって、それこそは進取の気性と柔軟な発想に富む関西の企業が得意とする分野であるはずです。中小企業のシェアの高さや失業率の高さなどから明らかなように、関西地域が構造調整への取組みでとりわけご苦労されていることは承知しておりますが、それらを乗り越えて、関西が日本経済再生の原動力として発展していくことを祈念いたしまして私のご挨拶を終えさせて頂きます。

 ご静聴、誠に有難うございました。

以上