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「非伝統的」金融調節から得られた発見

2003年7月23日「金融調節に関する懇談会」における武藤副総裁スピーチ

2003年7月25日
日本銀行

[目次]

  1. はじめに
  2. 1.未踏の領域の金融政策
  3. 2.金融調節面での発見
  4. 3.量的緩和下でのチャレンジ
  5. 4.長期国債買入れオペ
  6. 5.オペ先と日本銀行の関係
  7. 6.おわりに

はじめに

 私が日本銀行に参りましてから4か月ほど経ちましたが、金融市場の第一線でご活躍の皆様とこのようなかたちでお会いできることを、とても楽しみにしておりました。この機会に私どもが日頃感じていることを幾つかお話しさせて頂き、後ほど皆様の忌憚のないご意見、ご感想をお聞かせ願えれば幸いです。

1.未踏の領域の金融政策

 改めて申し上げるまでもなく、日本経済は近年、厳しい調整局面を経験していますが、そうした状況を改善するために、金融政策面でも、ゼロ金利政策、量的緩和政策、時間軸効果を狙ったコミットメントをはじめ、中央銀行にとっては全く新しい様々な方法を試みてきました。買い入れる資産の範囲という点でも、今月末からは資産担保証券の買入れが可能となります。デフレ下の金融政策を巡っては、しばしば「非伝統的金融政策」ということが議論されていますが、ゼロ金利、量的緩和、時間軸効果、資産担保証券の買い入れ、いずれをとっても、従来の内外の中央銀行の基準からすると、まさに「非伝統的」なものでした。
 比較的最近まで、ゼロ金利にせよ量的緩和にせよ、これらは、デフレに悩む日本に固有の特殊な話であるという受け止め方が多かったように思います。しかし、現在、海外の政策金利の水準を見ますと、米国は1%、スイスは0~0.75%と、ゼロ金利に接近しつつある国が幾つか存在します。その結果、日本の量的緩和、あるいはゼロ金利下での金融政策運営に対する関心は、国際的にも高まっています。
 日本銀行が未踏の領域の金融政策に踏み出して以来、金融市場や金融調節運営の面では、後ほど申し上げますように、日々新たな発見の連続と言っても過言ではありません。それだけに、日本銀行はいわばフロンティアの立場にある中央銀行として、量的緩和、あるいはゼロ金利下での金融政策運営に関する経験を、内外にきちんと説明していく責務があるのではないかと感じています。本日お越し頂いている皆様は、いずれも金融調節や金融市場取引の専門家の方々ばかりですので、マクロ経済の動向や金融政策運営に関する、ある意味では聞き飽きた話をするより、皆様方と私どもを繋ぐ日々の金融調節や金融市場に絞ってお話をする方が有益だと思います。往々、「本質は細部に宿る」と言われますが、量的緩和下での金融調節に関する幾つかの「発見」──それ自体は一見、テクニカルな動きであるように見えますが──を共有することは、金融政策に関する議論を実りあるものにする上で大きな意味があるように思います。

2.金融調節面での発見

 前置きはこの程度にしまして、本題に入りたいと思います。現在の量的緩和には幾つかの重要な柱がありますが、最も重要な柱は当座預金を主たる操作目標として金融調節を行い、その上で潤沢に資金を供給することです。

当座預金需要の増加

 言うまでもなく、文字通り潤沢に資金を供給すれば、短期金利はゼロになります。短期金利がゼロ金利状態ではなくて、はっきりとしたプラスの水準にあるのであれば、金融機関は、金利のつかない日銀当座預金に置いておく資金の量を、所要準備額程度に止めようとするはずです。そうした金融機関行動は多くの中央銀行が長年慣れ親しんだ世界ですが、短期金利がゼロになった場合はどうなるのでしょうか。当預目標を導入した約2年前は、市場参加者も日銀も、当時全体で4兆円程度である所要準備額を大きく上回って日銀が当座預金を供給しようとしても、果たしてそうした供給が本当に可能であろうかという思いを有していました。実際、当預目標水準を5兆円として量的緩和を開始した2か月後の2001年5月には、資金供給オペの札割れが頻繁に発生しました。その後もしばしば札割れが発生したことは皆様ご記憶の通りですが、昨年秋に当預目標のレベルがそれまでの15兆円から引き上げられた後は、札割れは殆んど発生せず、現在は27~30兆円という、量的緩和採用時には考えられなかったような当座預金目標が達成できています。金融機関の資産がすべて中央銀行当座預金という姿は考えにくいので、どこかに限界があるのかもしれませんが、量的緩和を採用して2年以上経過した今日の時点で振り返ってみますと、「中央銀行はゼロ金利下でかなり大量の資金を供給できる」ということではないかと思います。これが第1の発見です。
 当初は必ずしも容易ではないと見られていた大量の資金供給が可能になったのには幾つかの要因が影響していますが、日銀当座預金に対する民間金融機関の需要が以下の2つの要因から著しく高まったことが挙げられます。
 第1の要因は、日銀当預保有にかかる機会費用が事実上ゼロになったことを反映して、多くの金融機関が、「所要準備額を大きく上回るような規模で日銀当座預金を保有しても構わない」と感じるようになっていることです。大手金融機関だけでなく、地方所在の金融機関や外国銀行の在日支店も、大きな規模の日銀当座預金を保有しています。短期金融市場の資金運用で得られる利息収入はわずかであるため、運用に伴う事務コストや、確率は非常に小さくても万一信用リスクが顕現化した時の損失を勘案すると、日々の取引で余った資金を敢えて市場に放出するよりも、そのまま日銀当預に置いておいた方がよい、と判断するようになった訳です。
 第2の要因は、株価下落をはじめ幾つかの出来事を契機として金融システムを巡る不安感が間歇的に高まったことです。そうした状況の下で、それぞれの金融機関にとっては、金融市場がタイトになりやすい期末や年末といった節目を如何にうまく乗り切るかが資金繰り運営上大きな課題となり、この面から、日銀当預の保有ニーズが高まりました。97~98年のいわゆる金融危機の中で市場が収縮し、急速な信認の低下に直面した幾つもの金融機関が破綻に追い込まれていったプロセスの記憶が、日銀当預に対する極めて強いニーズとして現れたことは至極当然のことと言えるように思います。

札割れの背景の多様性

 こうした市場参加者による需要の増加は何らかの供給手段で満たされなければなりません。さもなければ、金利は上昇します。その供給手段こそ、我々がオファーし皆様が応募されている資金供給オペであることは言うまでもありませんが、量的緩和下の金融調節に関する第2の発見は、「資金を供給するためには様々な工夫が必要である」ということです。先程、札割れに言及しましたが、札割れが発生していた時でも、札割れの発生しないオペもありました。また時期により、札割れの程度は異なりました。当座預金に対する需要曲線と供給曲線をマクロ・レベルで抽象的に描きますと、このような状況は想定できません。
 札割れが生じる最も大きな理由はマクロ的な資金余剰感の強まりであることは言うまでもありません。当預目標導入直後の一昨年5月の札割れは、日々の資金余剰感の強まりが背景でした。昨年2~3月頃や夏場に発生した札割れにはそうした要因も影響していましたが、それとはやや切り口の異なる要因によっても発生しました。
 例えば、日銀がオペの対象とする金融資産に対して、市場の需要が高まると札割れが生じやすくなります。オペは中央銀行が特定の金融資産を買い入れ、代わりに中央銀行当座預金を供給する取引ですが、例えば、昨年2~3月頃は、定期性預金のペイオフ解禁を控えて金融システム不安が底流に存在し、安全資産である短期国債への需要が、金融機関に限らず、市場全体としてみて非常に高まりました。そのため、日本銀行が短期国債買入れオペをオファーしても、短期国債が集まらず札割れが生じることになりました。
 金融市場において長年存在していた資金偏在パターンが変化したことも札割れの発生をもたらす要因となりました。以前は大手銀行では、貸出が預金を上回るような資金の運用調達構造を有していましたが、大手銀行への預金流入の動きを反映し、現在は預金が貸出を上回るようになり、その結果、資金調達ニーズが減少するようになりました。
 札割れが今後再び発生するかどうかは分かりませんが、当座預金に関するマクロ的な需要と供給だけでなく、オペ対象となる個々の金融資産への需要や個々の金融機関の資金ポジションといったミクロ的な要因も、ゼロ金利下で中央銀行が大量の資金を供給できるかどうかを左右する重要な要因であるように思います。このため、日本銀行は手形オペの期間を1年まで長期化するとか、手形オペの相手先を拡大するとか、さらには、期間の長い資金供給オペと期間の短い資金吸収オペ(売出手形オペ)を行うなど、個別市場における日々の微妙な状況の変化を観察しながらオペ手段を選択してきましたが、これらはいずれも、円滑に資金供給を行うための工夫です。

3.量的緩和下でのチャレンジ

金融市場の安定確保を何によって判断するか?

 次に、量的緩和の下で、日本銀行が金融調節面でどのような悩み、ないしチャレンジに遭遇してきたかを述べたいと思います。
 第1のチャレンジは、金融調節に当り、何を見て金融市場の状況を判断するかということです。エコノミストの中には、「量的緩和を採用しているのだから毎日機械的に当座預金目標を達成すればすむことではないか」と思われる方もいるかもしれませんが、決してそうではありません。日本銀行は目標通りの当座預金を供給していても、金融市場が不安定な地合いを続けることがあります。その場合、金融市場の安定を確保することは重要な課題となります。
 問題は、金融市場の状況に関する微妙な変化を何によって判断するかということです。短期金融市場ではオーバーナイト金利はほとんどゼロの水準で推移するようになった結果、金融市場がタイト化する場合、それが、必ずしもオーバーナイト金利に現れる訳ではなくなりました。例えば、昨年秋に金融システムの安定性を巡る不透明感が強まった際、無担保オーバーナイト金利は0.001%に貼り付いていましたが、先日付取引のレポ・レート、期間が長めの短期国債レート、あるいは日銀の資金供給オペのレートなどが上昇しました。このような局面で、オペレーションを決定する際、当預水準の実現とか、オーバーナイト金利や各種ターム物金利の安定的な推移を、どのように、またどの程度確保すれば、金融市場の安定を確保したと言えるのか、ということが重要なファクターになるのです。また、その判断基準は局面毎に異なってきます。それだけに、金融市場が安定した地合いを維持できるかどうかを判断していくことが、非常にチャレンジングな仕事になっています。

金融市場の機能をどのように評価するか?

 第2のチャレンジは金融市場の機能維持ということです。コールというのはもともと「呼べば応える」取引であるからこそ、このような名前が付いたと理解していますが、多くの金融機関が、「所要準備額を大きく上回るような規模で日銀当座預金を保有しても構わない」と思うようになった結果、コール市場残高は大きく減少しました。コール市場は金融市場の参加者が資金を融通し合う市場であるだけに、この市場が縮小することは、金融機関がその機能を適切に発揮できなくなる惧れがあることを意味します。それだけに、日本銀行としても金融市場の機能維持には重大な関心を持たざるを得ません。確かに、今のように、短期金利が事実上ゼロ%まで低下しているような状況では、資金運用サイドの運用姿勢は減退します。東京支店を撤収する地方の銀行もみられております。コール市場については、市場参加者の厚みが減っているために市場流動性が低下しており、いざという時の資金調達の場としての機能が不十分である、といったご指摘も頂きます。
 これらは、いずれももっともなご指摘である訳ですが、幾つかの計数や事例を確認しながら、整理してみたいと思います。
 まず、量的緩和開始前の2001年2月末のコール市場残高は26.5兆円であったのに対し、本年2月末ではこれが16.5兆円と2年間で約10兆円減少しています。この減少には、量的緩和が導入されたことはもちろんですが、それ以外にも、この間に大手金融機関の統合が進められたことや、定期預金のペイオフ解禁に伴い預金者が大手銀行に預金をシフトしたことなども、相応の影響を及ぼしていると考えられます。
 次に、コール市場取引を、オーバーナイト取引とターム物取引に分けてみてみます。オーバーナイト取引の残高は2001年2月末の約15.3兆円から本年2月末では12.3兆円に、約2割減少していますが、ターム物取引は11.2兆円から4.2兆円へと、約3分の1の規模まで縮小しています。また、担保付取引と無担保取引という視点で、債券現先・レポ取引の出来高をみますと、2001年2月も本年2月も、1営業日当り合計で18兆円程度となっており、趨勢的な大きな変化がある訳ではありません。さらに、有担保コール市場残高は、現在の方が量的緩和導入以前よりも高い水準となっています。これらは、いわゆる短期金融市場の機能低下と呼ばれる現象が、ゼロ金利自体に由来する問題だけでなく、市場参加者が信用リスクをとることに非常に慎重になっていることと、密接に結びついていることを示しているように思います。
 もうひとつの視点として、さきほど、「短期金利が事実上ゼロ%まで低下すると、資金運用サイドの運用姿勢は減退する」とか、「東京支店を撤収する地方の銀行がある」といったことを申し上げましたが、実は、米国でもFF金利の低下に伴い、MMFの金利が信託報酬との関係でどこまで低下し得るか、低下した場合、MMFという大きな資金仲介のパイプは円滑に機能するのかという問題意識に基づく議論が活発に行われています。これら日米の議論の本質は共通します。すなわち、資金や証券の取引や決済にしても、信用リスクの審査にしても、必ず固定的なコストが発生する訳ですが、短期金利がゼロに接近すると、金利収入がそうしたコストを賄えなくなり、様々な金融取引が円滑に行われにくくなるということを意味しているように思います。
 以上申し上げたとおり、ゼロ金利や量的緩和と市場機能の関係は多面的な検討を要します。日本銀行としてはコール市場の残高だけに焦点を当てて、市場機能の低下を議論するのではなく、より広い観点からこの問題を考えていきたいと思っています。

4.長期国債買入れオペ

 先程、「資金を供給するためには様々な工夫が必要である」ということを量的緩和下の「発見」として申し上げました。また、只今は、量的緩和下のチャレンジや悩みとして、金融市場の安定や機能低下という話題に触れました。ここで、こうした議論の応用編として、長期国債買入れオペについてお話したいと思います。
 主要国の中央銀行のオペレーションを見回してみますと、多くの国は短期オペが中心で、もともと大規模に長期国債の買入れオペレーションを行っているのは、米国と日本だけです。日本銀行は、量的緩和が始まる以前から、成長通貨の供給という考え方に則って、長期国債買入れオペを実施していました。量的緩和が導入された際、長期国債オペについて、「日銀当預を円滑に供給する上で必要と判断される場合には、銀行券発行残高を上限として買入額を増額する」という考え方が採用されました。以上のような考え方に基づいて、毎月の国債買入れ額は、4度の引上げを経て、当初の4,000億円から現在の12,000億円にまで増額されてきました。その結果、現在日本銀行が保有する長期国債は、60兆円あまりに上っており、マネタリーベースの約6割は長期国債によって供給されています。
 量的緩和採用以降の長期国債買入れオペについて、調節運営の観点からの評価を端的に申し上げるとすれば、やはり、日銀当預を円滑に供給するという目標に対して大きな貢献があった、ということだと思います。現在は、短期の資金供給オペが札割れを繰り返すという事態は起きておりませんが、札割れが頻発するような局面において、毎月一定額の当預を確実に供給できるオペ手段がうしろに控えていることは、実務的には大変心強いものと思います。
 このように長期国債オペを大幅に増加させた結果、普段はあまり考えないようなことを考えさせられました。
 まず第1の感想です。私どもは、長期国債買入れオペは札割れが生じないオペと位置づけています。金融市場の参加者である皆様のお立場からすれば、手持ちの国債を市場で売ることができるにもかかわらず、私どものオペにわざわざいつも応じて下さっている訳です。ここには、どのような動機があると考えればよいのでしょうか。
 この点を皆様に伺いますと、第1に、オペ先になる条件として、日銀が積極的な応札を要求していること、第2に、大ロットで長期国債を売る場合、日銀のオペの方が、市場価格への影響を心配せずに売却することができること、あるいは第3に、短期金利とは異なり長期国債金利はゼロ%までには下がっていないこと、などのご説明を頂きます。いずれも説得的である説明ですが、このうち、第1の説明は現に札割れが生じた短期の資金供給オペにも当てはまるものです。第2の説明は、金利が極限的にゼロに近付いている短期オペと長期国債オペとでは、若干の差異があるとはいえ、短期オペにもある程度当てはまります。そういうふうに考えますと、長期国債金利がゼロ%レベルまでは下がっていないという、第3の説明が最も有力な説明であるようにも思えますが、第2の説明もある程度妥当するのかもしれません。いずれにしても、オペ参加動機をどのように考えておけばよいか、潤沢な資金供給を行う上で、また国債市場の価格形成への影響を考える上で、大変興味深いところです。
 第2の感想は、長期国債買入れに頼った資金供給それ自体が招いている金融調節上の悩みです。現在の毎月1.2兆円の買入はかなりのハイペ−スです。日銀のバランスシートをみますと、2002年度1年間に銀行券と当座預金は合計して6.5兆円増加しました。他方、資金の供給サイドを見ると、長期国債オペを大幅に増額させた結果、相対的に長期国債オペが増え、短期の資金供給オペは減少しました。具体的な計数で見ますと、日銀の保有長期国債残高は約9兆円増加した一方、短期の資金供給オペは7兆円ほど減少しました。銀行券と当座預金の合計金額の増加と、日銀による資金供給全体の増加の差、約3兆円は政府の余裕資金が民間に支払われる形で供給されました。
 先程も申し上げましたように、短期金融市場での取引が減少し、市場での円滑な短期資金調達が難しくなっているとすれば、日銀の短期オペは金融機関からみると、円滑な資金調達の手段となり得るものです。そのような状況の下で、短期オペの残高が減少するということは、金融市場の安定確保を実現していく上で、ひとつのマイナス要因として作用する可能性があります。時として資金余剰期に短期市場金利が強含むという現象が見られますが、これは資金余剰期に短期オペの機会が減少することと関係しています。勿論、短期金利が有意にプラスの水準をつけ、金融システム不安もない場合には、どの資産を使ってオペを行っても、最終的には市場内部で資金過不足の調整が行われるので問題は生じないはずですが、わが国の現在のような金融市場では必ずしもそのような状況は実現していません。
 若干、繰り返しになりますが、長期国債買入れオペは、日銀当預を円滑に供給するための手段であり、それへの貢献を通じて、金融市場の安定確保に大きな役割を果たしてきました。しかし、その結果、先ほど述べたように、短期オペの機会が減少し、場合によっては短期金利が強含む要因になるなど、いつの間にか予期しなかったような影響も及ぼしている訳です。
 なお、長期金利と国債買入れオペの関連について一言だけ申し添えますと、6月半ばまで長期金利が低下を続けていた際、その背景として、市場の方からしばしば、日銀の国債買入れオペの存在が相場のサポート材料になっているとのご指摘をいただいたところです。確かに、毎月1.2兆円という規模の買入れですので、ディーラーからみた場合、ポジションの調整弁として相応の効果があるように思います。したがって、何らかの理由によって長期金利が低下する場合、この調整弁の存在がディーラーの相場感をさらに強気化させるというルートは理解し易いように思います。しかし、同時に、この1か月の間に、10年債利回りでみて上下1%の範囲内で大きく振幅したことを観察してきました。これをみると、長期金利に影響を与える要因は複雑であるように思います。

5.オペ先と日本銀行の関係

 以上、量的緩和下の金融調節の発見やチャレンジといったことを中心に述べてまいりました。残された時間を使って、オペ先の皆様と日本銀行の関係について、お話したいと思います。

資金の運用・調達ニーズの発見

 現在、私どもの金融調節の取引先は、150先近くとなっております。オペ取引をお願いする際には、「積極的にオペに参加して下さい」、「正確・迅速に事務を処理して下さい」、さらには、「金融政策遂行に有益な市場情報または分析を提供して下さい」など、いろいろと、お願いを申し上げています。また、最近では、オペの落札実績を翌年のオペ先選定の際に利用することを条件とさせて頂いています。これらの条件は、中央銀行として資金を円滑に供給して金融調節を遂行する必要があること、その際、すべての市場参加者と取引することが不可能である以上、透明性を十分に確保した選定基準が必要であること、によるものであります。
 最初にそのことを申し上げた上で、オペ先と日本銀行の関係ということで私が強く感じますことは、オペ先の皆様と私どもは、お互いがお互いにとって、金融市場における重要な「取引相手」であるということです。この「取引相手」と言う言葉には、私は、2つの意味合いを込めています。
 まず、ひとつめは、実際の資金や国債の取引を通じて、市場参加者の皆様は資金や国債に関するポジションの調整や収益の向上、私ども日本銀行は量の供給や金利のコントロールという目的の実現を目指していくということです。
 再び、資金供給オペの札割れを例にお話します。先程、申し上げましたように、資金供給オペの札割れは、所要準備額分が既に確保されているような場合のほか、期末越え資金が市場で調達できたり、短期国債やCPを最終投資家に容易に売却できるような場合に発生します。端的に申し上げれば、日銀のオペに頼る必要がないから、札割れが発生する、ということです。別の言葉で言えば、金融調節を円滑に進めるためには、市場の皆様のオペに対するニーズをどう充足していくかが重要であるということです。あるいは、私どもが提供するオペのサイドに、どのようにして皆様のニーズを掻き立てるような工夫を凝らしていくかが求められている、と言ってもよいでしょう。
 このごく当たり前なことは、実は、金利目標のもとではあまり認識できなかったことだと思います。金利目標の時は、金利が目標値を上回れば資金を供給し、下回れば吸収します。やや受動的と言ってもよいかもしれません。ところが、当座預金目標を設定し潤沢に資金を供給するというレジームの下では、私どもには、何とか当預を供給しなければならない、という一種のプレッシャーのようなものがかかっています。そうであるからこそ、金融市場での取引の重さを従来以上に痛感することになったのだと思います。
 例えば、何らかの理由で短期金融市場のうち特定の市場でタイト感が強まった場合、金融市場局は資金供給で対応しようと考えるでしょう。市場の安定に万全を期すという責任を果たす観点から、そうした場合に資金を供給するのはもちろん必要なことですし、少し視点を変えてみると、市場にタイト感が出るということは、その特定の市場で皆様の「資金調達ニーズ」があるということです。未曾有の当預目標を運営している立場から言えば、その機会を利用するということになります。

オペを通じる情報の交換

 「取引相手」という言葉のもうひとつの意味は、情報の交換にあると思います。market intelligenceという言葉がありますが、市場の動きから様々な知恵を汲み取ることができます。先程、「金融政策遂行に有益な市場情報または分析を提供して下さい」とお願いしていると申し上げたことが、まさにそれに当ります。
 日本銀行は日々オペを実施していますが、オペの入札結果は、私どもがオファーしたオペの内容を皆様がどのように判断されているのかをみるという観点からは、まさに「情報の宝庫」です。しかし、オペは何も私どもが皆様から一方的に情報を頂くことを想定している訳ではありません。オペの結果は、皆様にとっても、他のプレーヤーの行動など、市場全体の地合いを推し量る上で、格好の場になっているのではないかと想像しています。特に、最近のように、短期金融市場の取引が減少している際には、ある意味では異常なことかもしれませんが、その役割が一段と高まっているのかもしれません。
 このほか、同じ市場参加者として、市場のインフラを整備し便利の良い市場を作っていく上で知恵を出し合っていくということも、大切な「情報の取引」のひとつではないかと考えています。

6.おわりに

 本日は量的緩和下の金融調節のテクニカルな側面に絞って話をしてきましたが、そうしたテクニカルな話は、金融政策運営のあり方を考える上で、本質的な論点を数多く含んでいます。先程触れた市場機能の問題は、そのひとつです。日本銀行としては量的緩和という枠組みのもとで円滑な資金供給に努めるとともに、効果波及メカニズムの改善に向けていろいろと知恵を絞り、工夫を重ねていきたいと思っています。
 私どもは日々の金融調節を含め、様々な方法で市場の微妙な変化を常に探っていますが、やはり、実際にお客様と取引をされている皆様の手触り感ほど、正確に市場の息づかいをつかめるものは他にはないと思います。未踏の領域での金融政策運営であるだけに、金融市場の重要な担い手である皆様におかれましては、折りに触れてご教示下さいますようお願い申し上げます。

以上