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デフレとの戦い

ジャパン・ソサエティNYにおける武藤副総裁講演(9月26日)要旨の邦訳

2003年9月29日
日本銀行

 ジャパン・ソサエティの場でお話させていただく機会を頂き、大変光栄に存じております。

 日本では、過去5年ほど消費者物価指数(除く生鮮食品。以下コアと表現します)が前年比マイナスとなり、日本銀行はデフレとの戦いを続けています。日本銀行は、1999年2月、いわゆるゼロ金利政策を採用しました。短期の政策金利は1990年の6%から95年には0.5%まで下がっていましたが、日本銀行は、潤沢な資金を市場に供給することによって事実上ゼロ%まで押し下げました。こうした政策は中央銀行の歴史で前例のないものでした。米国では、20世紀中最も低い公定歩合の水準は、1942年~46年まで実施した0.5%でした。また、スイスでも1999年に0.5%となったことがあります。

 2001年3月、日本銀行は、「量的緩和政策」を導入し、金融市場調節におけるターゲットを短期の政策金利から日銀当座預金残高に変更しました。超低金利にもかからわず、「日本経済は持続的な成長軌道に復するに至らず、再び経済情勢の悪化に見舞われるという困難な局面に立ち至った」ためです。その後の2年半の経験が示すとおり、量的緩和政策は、金融市場の安定に強力な効果を発揮しました。クレジットクランチを防止し、企業金融を円滑化するうえでも、重要な役割を果たしたと考えています。量的緩和政策は、こうした経路を通じて、経済を下支えしていますが、その柱は3つあります。

 第1に、潤沢な資金を供給し、高い日銀当座預金残高を維持することです。現在、当座預金残高は、所要準備の5倍以上の水準となっています。また、銀行券と合わせたベースマネーは、2年半で60%以上増加しました。日本銀行のバランスシートも拡大し、これまで半世紀に亘ってGDPの10%程度の規模であったものが、最近では30%近くになっています。そうしたもとで当然ながらオーバーナイト金利はほぼゼロ%に張り付いています。もとより、どれだけ資金を供給しても名目金利はゼロ%を下回ることはありません。後述する金利のゼロ制約の問題です。

 第2に、コアの消費者物価指数の前年比上昇率がゼロ%以上となるまで、現在の量的緩和を続けるというコミットメントです。このコミットメントは、市場参加者に金融緩和が当面継続すると期待させることで、将来の予想短期金利の水準と当該予想に関する不確実性が低下し、中期ゾーンまでの金利を低下させる効果──しばしば「時間軸効果」と呼ばれています──を有しています。

 第3に、資金を大量に供給する手段として、長期国債を毎月1.2兆円(100億ドル)購入しています。

 「デフレ」は古くからある現象です。日本では、1880年代に5年間で物価が3分の1下落しました。米国では1930年代の大恐慌で、3年間で4分の1の物価下落を経験しています。しかし、第2次大戦以降の半世紀は、ほとんどデフレの経験はありませんでした。各国の中央銀行の主たる関心事は、物価の「下落」よりも「上昇」であり、インフレを抑制することに精力を費やしていました。

 私は1975年~78年の3年間、ワシントンの日本大使館に勤務していましたが、FRBがインフレーションを強く懸念していたのを覚えています。当時は石油危機後の世界的なスタグフレーションの中で、日米独に世界経済を牽引する「機関車」の役割が期待されていました。

 1990年代以降、各国中央銀行の適切な政策運営やエマージング諸国の市場経済化などを背景に物価上昇率が徐々に低下し、「グローバル・ディスインフレーション」という現象が生じてきました。日本では、ディスインフレーションの域を越えて、緩やかなデフレの状況にあります。コアの消費者物価指数は、過去2年間1%弱のマイナスを経験した後、現在は−0.1%となっています。もっとも、大恐慌期の米国のように年間10%を越える下落が生じているわけではありません。

 加えて、日本では、1980年代後半のバブルが崩壊し、大幅な資産価格の下落を経験しました。バブル期のピークから株価は3分の1に、地価は4分の1になっています。株価は最近上昇していますが、地価の下落は続いています。資産価格、特に地価の下落は、財・サービス価格の下落よりはるかに大きな影響を銀行部門にもたらしています。

 日本は、一般物価と資産価格の両方の下落を経験している唯一の先進国です。このため、デフレとの戦いに関しては、日本銀行は世界の中央銀行の先頭を走ってきました。こうしたもとで、金融政策の遂行に当たって、知恵を絞ってきましたし、これからも絞っていきたいと思います。

 日本銀行は、非伝統的な政策手段のひとつとして、資産担保証券や株式などのリスク資産の購入を行っています。

 第1に、企業債務を原資産とする資産担保証券の買取りを始めました。日本銀行の買取りも契機にして、市場が自律的に拡大していくことを期待しています。こうしたことを通じて、現状は弱まってしまっている金融政策の波及メカニズムを強化していくことが狙いです。日本では、銀行貸出が企業金融の中心ですが、資産担保証券のような、銀行のリスクテイク能力に左右されにくい金融仲介手段を育てていくことが、重要な政策となっています。

 第2に、これも中央銀行として異例のことですが、銀行の金融仲介機能を強化する観点から銀行の保有する株式を買い取っています。日本では、大手行など一部の銀行は、取引先との持合いなどにより過大な株式を所有し、株価変動リスクにさらされています。日本銀行の買取りは、銀行の株価変動リスクを軽減し、リスクテイク能力を高めることにつながると考えています。

 このような施策を実施していく過程では、いくつかの発見がありましたが、本日はそのうち2つだけ述べてみたいと思います。

 ひとつは、量的緩和政策のもとで、短期金融市場の機能が弱まっているという副作用です。短期金利がほぼゼロ%に張り付いている結果、慎重な市場参加者にとって資金放出のインセンティブは乏しく、短期金融市場の規模が縮小しています。機能の高い市場は、資金の効率的な配分のため極めて重要ですが、こうした問題は、政策の効果と表裏の関係にあり、不可避のものです。現在の日本経済の状況のもとでは、量的緩和政策には、市場機能の低下の問題を上回る効果があると考えています。

 もうひとつは、「時間軸効果」をどのように効かせていくかという問題です。日本銀行は、ゼロ金利政策の際は、継続の基準として「デフレ懸念の払拭が展望できるような情勢となるまで」という記述的な表現を使っていました。これと比べて、コアCPIの実績値が安定的にゼロ%以上となるまで量的緩和政策を続けるという、現行のコミットメントは、格段に具体的、客観的なものです。それだけ将来の政策の自由度を強く縛ってしまうものではありますが、効果も強力です。実際、ゼロ金利政策時に比べて、中期ゾーンの金利は、均してみれば、低水準でかつボラティリティも小さくなっています。

 金利のゼロ制約の問題は中央銀行にとって重要な課題です。これまでの経験に基いて言えば、金利のゼロ制約がマクロ政策をどの程度制約するかは、その国の置かれている経済や金融の状況によって異なってくるように思います。

 第1の要因は、銀行システムや金融資本市場の状況です。これらが、健全かつ効率的でないと、金融政策の波及メカニズムは十分機能しません。日本では、現在、金融政策の波及メカニズムは教科書通りには働いていません。資産担保証券や株式の買取りは、この問題に焦点を当てた施策です。銀行システムはなお万全とは言えず、金融資本市場も複線的な金融仲介手段を提供するほどには発達していません。この点では、銀行システムが健全で、資本市場も発展している米国は、状況が異なります。

 第2は、有効な財政政策を発動する余地です。金融政策の効果が制約されているとしても、財政政策が効果的に発動できれば、デフレ脱却はより容易なものになります。日本の場合、効率的な景気刺激策について国民的なコンセンサスが得られるかという問題があります。現在の小泉政権のスタンスは、「2006年度までの一般政府の支出規模のGDP比率が2002年度の水準を上回らない程度とすることを目指す」というものです。この点、米国では、連邦政府による大型減税の効果に期待が集まっており、現実に目に見える効果も生じ始めています。

 日本経済は、確たる成長軌道に復したと言うには時機尚早ですが、設備投資など内需面でも改善の兆候がみられます。世界経済に対する過度に悲観的な見方が後退する中、日本経済も、年末にかけて緩やかな回復過程に入っていくと考えています。日本銀行も、現在の金融緩和政策を堅持し、景気回復の動きを全力でサポートしていきたいと思います。為替相場について一言だけ触れますと、ドバイのG7声明でも述べられているとおり、為替相場は経済のファンダメンタルズを反映して形成されることが望ましいと思っています。日本の場合、デフレ脱却のためにも為替相場の安定が重要です。

 もちろん、循環的な需要の回復だけでデフレの克服や持続的な経済のパスへの復帰が可能と考えているわけではありません。構造改革も着実に進んでいます。財政改革に関する国民的なコンセンサスが作られつつあり、社会保障制度の改革についても真剣な議論が行われています。また、大手銀行の不良債権比率を2005年3月末までに半減するとの目標が政府によって課されています。4月に設立された産業再生機構が、精力的に企業再生に取組んでいることも、不良債権問題解決に資するものと思います。小泉首相は、自民党総裁選挙に勝利した後、22日に内閣改造を行いましたが、新しい内閣のもとでも、「改革なくして成長なし」との考え方のもとで、構造改革を積極的に進めていく姿勢を改めて示しました。日本銀行としては、中央銀行の立場から、あらゆる政策手段を尽くして、デフレ克服と持続的な成長軌道への復帰に向けて、引き続き取り組んで参りたいと思います。

以上