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最近の金融経済情勢と企業金融の変化について

2003年10月15日、日本経済研究センターにおける福間年勝審議委員講演要旨

2003年10月21日
日本銀行

[目次]

  1. 1.はじめに
  2. 2.最近の金融経済情勢
    1. (1)足元の動向
    2. (2)当面のリスク要因
    3. (3)残された課題
  3. 3.日本銀行の金融政策等
    1. (1)量的緩和政策
    2. (2)銀行保有株の買取り
    3. (3)資産担保証券の買入れ
  4. 4.企業金融の変化
    1. (1)企業を取り巻く3つのガバナンス
    2. (2)キャッシュフロー重視の経営への転換
      1. (2−1)コスト削減
      2. (2−2)リスク・マネージメント
      3. (2−3)ポートフォリオの組替え~資産内容の絶え間なき見直しによるキャッシュフローの拡大
    3. (3)金融モラルの再構築
  5. 5.むすびにかえて

1.はじめに

 日本銀行の福間でございます。
 本日は、お招き有り難うございます。このように、各界でご活躍の方々を前にお話をさせて頂く機会を得ましたことを、大変光栄に存じます。また、皆様には、日頃から、日本銀行の政策・業務運営に当り、大変お世話になっております。この場をお借りして厚く御礼申し上げますと共に、今後共ご理解ご協力を賜りますよう、よろしくお願い申し上げます。
 本日は、最初に、最近の金融経済情勢と日本銀行の政策等についてお話し、それに続けて、皆様、既に日頃からお感じになっていることとは思いますが、バブル崩壊後、長期に亘りマクロ経済が低迷する中で、ミクロの企業改革は大いに進展し、景気回復の原動力になりつつあることから、企業改革、なかんずく、企業金融の変化についてお話したいと思います。

2.最近の金融経済情勢

(1)足元の動向

 それでは、お手許の図表を適宜使いながらご説明致します。
 まず、最近の金融経済情勢ですが、わが国の経済は、図表1にあるとおり、昨年第1四半期以降、本年第2四半期まで6四半期連続でプラス成長を記録しています。足元についても、10月初に発表された9月短観では、自動車、鉄鋼、電機・精密・一般機械等輸出関連業種を中心に景況感の改善が続き、全産業全規模の設備投資も上方修正されるなど、アジア向けを中心とした輸出の拡大が、生産の増加に繋がり、更にそれが設備投資の持直しを促すという、外需主導の緩やかな景気回復が裏付けられる結果となりました。
 輸出を通じてわが国の景気を牽引するアジアでは、SARS制圧後のペントアップ需要の顕現化や、増勢が一服していたIT関連財輸出の増加、更には、低金利を背景とした個人消費の拡大から、内外需共好調で、SARS問題発生前の、日本、中国、ASEAN、NIEs相互間の自律的な成長メカニズムを取り戻しています。但し、このところのアジア各国の自国通貨高がそれぞれの輸出に与える影響は懸念されるところです。わが国からは、中国等への直接投資に伴う機械・設備類の輸出や、現地工場完成後の同工場向け部品・素材の輸出、更には中国を中心とする活発なインフラ投資に絡んだセメント・鋼材等の素材の輸出がそれぞれ高い伸びを示しています。アジア向け輸出は、ペントアップ需要一巡後は、さすがに現在の高い伸びは収まると予想されますが、地合いとしては堅調を維持していくものと期待されます。
 一方、設備投資の持直しについては、その背景には、第一に、図表2にあるように、企業収益が好調であること、第二に、図表3の生産能力指数の大幅な低下が示唆するように、最近の企業合併や、鉄鋼・紙パ等の産業再編成、あるいは電機等にみられる企業間の戦略的再編に伴い、設備廃棄が相当程度進められてきたこと、第三に、「新三種の神器」と言われるPDPテレビ、DVDレコーダー、デジタルカメラを始めとする新製品の需要が拡大していること、第四に、素材産業を中心に改修目的の設備投資が増えていることがあります。一部の業績不振企業のバランシート問題は依然として深刻ですが、一方で、キャッシュフローを生む資産へのポートフォリオの組み替えと、リストラとBPRを行ったうえでのITの導入により、損益分岐点が大幅に低下している企業も増え始めており、そのような企業では、今やリストラはダウンサイジングの段階を脱し、ライトサイジングの段階に入りつつあります。ジャンプする前に、まず身を縮めるように、成長するためには、不稼動資産を大幅に削減し、一度小さくなるしかないという意味で、私は時々「シュリンク・トゥ・グロウ」ということを申し上げるのですが、企業の中に、この「シュリンク」を脱して「グロウ」に入り、前向きな設備投資を行い始めている先がみられることは、ご承知のとおりです。このような動きが一段と広がれば、わが国の経済は、構造問題が徐々に解決していることもあり、自律的な回復過程に向けた発射台が整うことが期待されます。
 この間、物価は図表4に示されているように、前年比マイナスが続いていますが、最近は、医療費の値上がりやタバコの増税等の影響もあって、マイナス幅は幾分縮小しています。

(2)当面のリスク要因

 わが国の経済を巡る当面のリスク要因としては、米国経済、為替相場、長期金利の3つを注視する必要があると考えています。
 まず、第一の米国経済ですが、このところの株高や、減税・低金利政策の効果に加え、天候要因も手伝って、個人消費が増加しているほか、軍事支出の拡大もあって、ここ2~3期は予想を上回る高い成長となっています。
 もっとも、牽引役の個人消費については、図表5が示すとおり、個人の負債残高が依然として高水準であることや、図表6が示すとおり、製造業を中心に雇用者数の減少が続いていること等を踏まえると、緩やかな増加に止まる可能性が高いと思います。雇用者数減少の背景としては、企業のIT導入効果も手伝って、図表7が示すように、労働生産性が上昇傾向を辿っているほか、製造業の海外への生産拠点移転や生産委託が一段と進み、非製造業でも、ソフト産業等の高付加価値サービス産業やバックオフィスの雇用がインド等の海外へアウトソーシングされていることが指摘できます。このような構造的な雇用機会の減少を把えて、1990年代初めの「ジョブレス・リカバリー(jobless recovery)」に対して、現在は「ジョブロス・リカバリー(jobloss recovery)」であると一部の経済学者は言っているのはご承知のとおりです。
 加えて、米国経済については、双子の赤字や、イラクを含む中東の地政学的リスク、更には州財政支出の抑制による地方経済の不振といった問題も残されています。このように米国経済が幾つかの不安定要因を抱える一方で、イラク問題の混迷等を背景に、民主党による政府の財政赤字に対する批判が強まっており、政府としては、先般の減税のように、財政を経済対策として使うことが困難になりつつあります。このため、足元の動向は良いとしても、来年の米国経済を巡る不透明感は依然として残っているのではないかと慎重にみています。
 第二の為替相場については、図表8にあるとおり、円の実質実効為替レートは大幅な円高となっています。為替円高は、輸出に対する打撃と共に、企業のグローバル展開の一段の進展に伴い、海外の収益ウェイトが高まっている企業では、在外連結子会社の円換算した業績の悪化を通じて企業業績に影響の及ぶことが懸念されます。
 第三の長期金利については、足元は一時の混乱した状態を脱し、落ち着きを取り戻しつつありますが、図表9の債券先物オプションのインプライド・ボラティリティが、低下傾向にあるとはいえ、依然として高めの水準にあるように、市場は、引続き先行きの相場展開を慎重にみています。長期金利の過度の上昇は、実体経済に影響を及ぼすだけでなく、金融機関の保有国債の損益への影響を通じて、不良債権処理の進捗にも影響を及ぼす可能性があるため、出来る限り、期待の安定を通じて、相場が安定的に推移することが望まれます。

(3)残された課題

 只今述べた当面のリスク要因に加えて、わが国の経済を巡っては、構造面でも幾つもの越えるべきハードルが残されています。
 第一に、コアCPI、CGPIおよび各種デフレータの下落等、物価の下落が継続していること。第二に、2004年度に主要行の不良債権比率を01年度の半分程度にすること。もっとも、不良債権問題の解決には、銀行の収益力向上という課題がありますし、また銀行の不良債権処理スタンスに大きな影響を及ぼす繰延税金資産の取扱いや、関連する諸税制の見直し、すなわち無税償却の範囲や、法人税の繰戻還付(キャリーバック)の取扱い、あるいは欠損金の繰越控除期間に関する見直しの帰趨が明確でないことが気になるところです。第三は、2005年4月にペイオフ全面解禁が予定されており、それまでに金融システムの健全化を図る必要があること。第四は、バランスシートの再構築を要する先が未だ多く、特に、業績不振企業の過剰債務問題は深刻であること。銀行および企業は、2006年3月期決算から減損会計を導入する予定であり——因みに、減損会計は、本年度から先行スタートが認められているため、前倒しで実施する企業も増加することが予想されます——、また、超低金利を反映した割引率の低下に伴う退職金給付負担の増加に直面しているほか、このところ4~5期に亘って税引後利益を上回る配当を続けた結果、資本勘定が大幅に減少した銀行・企業もみられています。第五は、政府の財政赤字の問題です。
 このように、景気のフローの動きは一頃に比べれば改善しているものの、金融機関を含む企業、家計、政府のストック面で、経済成長を阻害しかねない構造問題が残されており、実際、9月短観で業種・企業間で業況格差がみられたように、景気回復の波及が、過去にみられたような広がりをみせてはおりません。加えて、米国経済を巡る不透明感が依然として残っていることや、為替円高の企業マインド・業績への影響あるいはそのデフレ・インパクトも懸念されます。これらのことを勘案すると、現下の景気回復について、「自律的な景気回復過程に入った」と評価するのは時期早尚ではないかと考えております。

3.日本銀行の金融政策等

(1)量的緩和政策

 次に、日本銀行の最近の金融政策等についてご説明します。まずは、量的緩和政策です。日本銀行は、2001年3月、物価の継続的な下落の防止と、持続的な経済成長のための基盤整備に向けた断固たる決意をもって、量的緩和政策の導入に踏み切りました。量的緩和政策は、ご案内のとおり、市場に対する潤沢な資金供給を行うために、日本銀行当座預金残高を主たる操作目標として金融調節を行うことであり、この日本銀行当座預金残高の目標値について、先週末の金融政策決定会合では、金融政策面から、最近の景気回復に向けた動きをより確実にするため、それまでの「27~30兆円程度」から「27~32兆円程度」に上限を引き上げたところです。
 量的緩和政策の実施に当っては、単に量的な面だけではなく、供給する資金の長さにも配慮しております。これは、金融機関が、2002年4月の金融機関の全債務全額保護措置の終了を契機に、取引相手の信用リスクに一段と敏感となった結果、インターバンク市場での長めの資金の取引が困難化しているためで、こうした事態を眺め、日本銀行は、昨年10月、手形買入れオペの期間を従来の「6ヶ月以内」から「1年以内」に延長し、長めの資金供給オペの回数を増やしています。また、図表10に示されるように、中長期金利急騰の影響等から9月初にかけて金先レートが大幅に上昇し、現在も、金先からみたフォワードレート・カーブが、一頃に比べれば幾分緩やかになってはいるものの、依然としてスティープ化した状況にあるなど、量的緩和政策の「時間軸効果」、すなわち、「量的緩和策が長期化するという期待感」が揺らぎ始めています。このため、先週末の金融政策決定会合では、国債現先オペの期間についても、手形買入れオペと同様に、現行の「6ヶ月以内」を「1年以内」に延長し、長めの資金の供給手段を強化することを決定しました。
 目下の経済情勢を踏まえると、マクロ政策としては、持続的な経済成長を図るため、景気回復の底固めを万全に行うことが最優先の課題であり、日本銀行としては引続き「コアの消費者物価指数の前年比上昇率が安定的にゼロ%以上となるまで、量的緩和政策を継続する」という現行のレジームを堅持していく所存です。なお、この「安定的にゼロ%以上となるまで」という条件について、先週末の金融政策決定会合では、その意味するところをより明確にし市場と共有するため、第一に、直近公表のコアの消費者物価指数の前年比上昇率が、単月でゼロ%以上となるだけでなく、基調的な動きとしてゼロ%以上であると判断できること、第二に、コアの消費者物価指数の前年比上昇率が、先行き再びマイナスとなると見込まれないこと、第三に、こうした条件が満たされたとしても、経済・物価情勢によっては、量的緩和政策を継続する場合も考えられること、という日本銀行の考え方を明らかにしたところです。

(2)銀行保有株の買取り

 第二は、銀行保有株の買取りです。量的緩和政策により、図表11にあるように、マネタリーベースは極めて高い伸びを示していますが、マネーサプライの伸びは小幅に止まっています。これは、銀行が、BISの自己資本比率規制の下、不良債権処理や保有株式の価格下落による自己資本の減少により、貸出が制約されていることが主因です。これに対して日本銀行は、銀行による保有株式の価格変動リスクの軽減努力を促すため、総額3兆円を上限に、銀行保有株式の買取りを行っています。因みに、9月30日現在で、累計で、全体の枠の6割に相当する約1兆8,430億円の株式を買い入れています。

(3)資産担保証券の買入れ

 第三は、資産担保証券の買入れです。日本銀行は、量的緩和政策の波及メカニズムを強化するため、本年8月より、中堅・中小企業関連資産を主たる裏付資産とする資産担保証券を、時限的措置として金融調節上の買入れ対象としました。10月14日現在でこれまでに計4回、約1,500億円を買い入れています。

4.企業金融の変化

 ここで、視点を、足元から1980年代中頃まで遡り、長期的なスパンで日本経済の歩みを眺めると、ミクロ面では、バブル崩壊後13年を経て、企業のビジネス・モデル、ベスト・プラクティスは、大きく変貌しています。その新しいビジネス・モデルの下で、企業業績が急速に回復していることが、景気回復の原動力となりつつあります。「日本経済は変わっていない」という声を依然として耳にしますが、現実には、企業のバランスシートをみますと、企業経営、なかんずく、企業金融については、かつて80年代には理想とされていた姿に向かっております。最後に、この点について述べたいと思います。

(1)企業を取り巻く3つのガバナンス

 現在、わが国の企業に対しては、3つのガバナンスが働いていると言えます。第一は、国際的なガバナンス、第二は、コーポレート・ガバナンス、第三は、市場のガバナンスです。
 第一の国際的なガバナンスとしては、国際会計基準と銀行に対するBISの自己資本比率規制が挙げられます。このうち国際会計基準については、図表12−1にあるように、既に、2000年3月期決算から連結キャッシュフロー計算書の開示が、2001年3月期決算から退職金給付会計と金融商品の時価会計が、2002年3月期決算から持合い株式の時価会計が、それぞれ導入済みであるほか、2006年3月期決算からは、固定資産の減損会計が導入される予定です。BIS規制は、リスク・マネージメントの観点から、銀行のバランスシートの質的改善を図り、同一の尺度で銀行経営をマネージしようとするものであり、また、国際会計基準の導入は、企業の資産評価を、従来の簿価ベースから、時価ないしキャッシュフローをベースに行うというものであります。
 第二のコーポレート・ガバナンスについては、1990年代入り後、金融機関や企業の相次ぐ不祥事や、外人株主の増加を背景に、企業経営を透明化し、株主の利益を最大化する経営が行われることを制度的に担保するため、図表12−1にあるとおり、1993年に株主代表訴訟手数料の軽減が、2001年には監査役の機能強化が図られたほか、昨年には、「委員会等設置会社」の選択導入制度が始まりました。「委員会等設置会社」では、取締役・執行役の職務執行を監督・監査する「監査委員会」、取締役の選任・解任案を決定する「指名委員会」、取締役・執行役の報酬を決定する「報酬委員会」をそれぞれ取締役会に設置するほか、各委員会の過半数は社外取締役にすることとなっています。
 第三の市場のガバナンスについては、企業と銀行の株式持合いの解消により、いわゆる「安定株主」が減少する一方で、1996年の金融ビッグバンを境に、ROEやROAを重視して投資を行う外人投資家や国内機関投資家の株式保有比率が上昇した結果、企業の収益力や財務内容に対する市場の評価が、株価や格付に絶えず反映されるようになりました。1997~1998年の金融危機においては、一部金融機関や企業が、自社の株価と格付の急激な低下が一つのきっかけとなって経営破綻に追い込まれるなど、今や株価と格付の動向は無視できない、中枢的な経営指標となっています。

(2)キャッシュフロー重視の経営への転換

 以上のような3つのガバナンスが働く下では、企業も銀行も、キャッシュフローの創造と拡大を図り、高株価と高格付を実現していくことが経営の最終的な目標となります。このキャッシュフローの創造と拡大のためには、第一にコストの削減、第二にリスク・マーネジメント、第三にポートフォリオの組替えがそれぞれ重要なポイントとなります。

(2−1)コスト削減

 第一のコストの削減については、企業がキャッシュフローの拡大を図るためには、製品・サービスの価格を上げるか、コストを下げるかのいずれか、あるいは両方を行う必要がありますが、経済がグローバル化し、国際的な企業間競争が激しくなる中では、ブランドの確立により製品・サービスを差別化したり、新技術・新製品開発に積極的に投資し、新しい付加価値の創造に成功しない限りは、価格の決定権は企業の手から市場に委ねられています。このため、基本的には、価格に合わせて人件費や調達コスト等コスト全般を引き下げていくことが重要となります。雇用形態について正社員を減らして臨時雇用者を増やしたり、人事評価を年功序列ではなく成果主義に基づいたり、あるいは原材料・部品の調達を、既存の調達ルートに加え、内外のサプライ・チェーン・マネージメントにより効率化する動きは、いずれもコスト削減を図ろうとするものです。企業金融面でも、設備投資に必要な資金や日々の運転資金は、図表13が示すように、自らのキャッシュフローの範囲内で賄い、残った資金は銀行借入の返済に充て、更に余裕がある場合には、ROE向上のため、1980年代後半のエクイティ・ブームによって過剰となっていた資本を回収すべく自社株買入れを行うなど、様々な面から資本コストの低減が図られています。因みに、自社株の買入れについては、図表12−2にあるとおり、2001年に自社株の取得・保有が原則自由化され(いわゆる「金庫株」の解禁)、企業が過剰資本を回収し易い環境が整えられています。
 銀行借入の返済については、1997~1998年の金融危機において、銀行が流動性確保のために、大企業から「貸し剥がし」を行ったことがその動きに拍車を掛けました。すなわち、格付がA格以上の大企業、つまり自らの信用力により市場から直接的に資金調達できるような大企業は、金融危機の際の経験を踏まえ、経営の安定化を図るため、銀行借入に依存した資金調達構造を改め、直接金融にシフトするようになりました。「災い転じて福となす」ではありませんが、企業は、金融危機を境に、キャッシュフローの創出、資金調達手段の多様化、直接金融へのシフトに目覚めたと言えます。図表14は、日本の企業の1990年度以降昨年度までの資金調達動向を表わしていますが、企業が、1997年以降、銀行借入を中心に債務を削減する一方、必要な資金は内部資金で賄う姿が明確に示されています。債務の削減という点では、図表15の債務比率が示すように、製造業および小売業の大企業でその傾向が顕著です。日本経済新聞社の調べでは、今年度についても、上場企業では、キャッシュフローが過去最高水準を維持する一方で、連結有利子負債は、前期比6%程度減少する見通しとのことであり、当面、現状の流れが続くと予想されます。
 このように資金調達手段の多様化が急速に進んだのは、図表12−2にあるように、1996年に社債発行に係る「適債基準」が完全撤廃されたことや、1997年頃より、「発行登録制度」——これは、予め所定の手続きを踏んでおけば機動的な社債発行が可能となる制度ですが——の利用が、利用資格の緩和もあり急増したこと、更には、CP発行も1998年に完全自由化されたことが大きく影響しています。資金の調達手段の多様化という点では、1993年の特例債権法の施行以降、間接金融、直接金融に続く第三の資金調達手段として市場型間接金融(証券化)の市場整備が進められており、日本銀行としても、先程述べた資産担保証券の買入れに加えて、同市場の発展のために、市場のインフラ整備を進めていくことが不可欠であるとの観点に立って、今秋以降、各方面の市場参加者を招いて「証券化市場フォーラム」を開催することを予定するなど、資産担保証券市場の発展に向けた市場参加者の取組みをサポートするための努力を続けております。
 この間、事業をグローバル展開する企業の海外における資金調達については、図表16が示すように、日本の銀行が海外資産の圧縮を進めてきたことも手伝い、銀行借入に依存しない、企業内金融を中心とするグローバルなキャッシュ・マネージメントを行う体制が構築されてきています。日本の銀行にやむを得ない事情があることは理解しておりますが、海外における貸出スプレッドは、国内に比べれば有利ではないかと思われることから、銀行としても──もとより、各行の経営判断に係る事項ではありますが──今後の収益力向上のために、企業のグローバル展開に併せて、一日も早く国際舞台に復活することが望まれます。

(2−2)リスク・マネージメント

 第二のリスク・マネージメントについては、経済の成熟化に伴い、これまでのように右肩上りの経済成長を前提にすることができないうえ、市場経済化の進展により、企業経営が様々な市場リスクに晒されるようになった今日、キャッシュフローの拡大のためには、コストの削減と並んで、リスク・マネージメントが重要なポイントとなります。
 デリバティブ等の金融技術が今ほど発達していなかった1980年代までのALM管理では、運用・調達のタイミングをいかに的確に見定めていくかが最大のポイントであり、一旦、運用・調達を行った後はバイ・アンド・ホールド(buy & hold)で臨むことが基本的なスタンスでした。バイ・アンド・ホールドはバランスシートの拡大を伴いますが、1990年代入り後、バブル崩壊によりバランスシートのスリム化が必要になると、従来型のALM管理では柔軟性を欠くようになったため、企業は、金利・為替・株式のデリバティブや、信用リスク、カントリー・リスク、プロジェクト・リスク、為替リスク等各種リスクの証券化商品等、新たな金融技術を駆使して、バランスシートの拡大を伴わない形でリスク・マネージメントを行うようになっています。同時に、デリバティブや証券化商品の登場により、企業の抱えるリスクは、バランスシートだけではなく、オフバランスを含めた全体でみないと把握できなくなっております。言い換えれば、資金の調達・運用のディーリング化が企業においても進んでいます。例えば「ヘッジするとリスクがある」として動かないことは、市場化された経済においては、逆にリスクになるのです。

(2−3)ポートフォリオの組替え~資産内容の絶え間なき見直しによるキャッシュフローの拡大

 第三のポートフォリオの組替えについては、経済のグローバル化・市場経済化の流れの中では、企業は、ROAを向上させるため、キャッシュフローがより大きくなるように、時代環境に合わせて絶えず資産内容を見直していくことも必要となります。企業としては、誠にしんどい時代となりましたが、それが現実であります。既に、設備投資について、ROIの高い戦略的な分野に限定する動きが広範にみられるほか、今後は、事業のポートフォリオそのものについても、バイ・アンド・ホールドではなく、バイ・アンド・トレード(buy & trade)のスタンスで臨む必要性が一段と高まると考えられます。先行きキャッシュフローが一段と拡大する見込みのない、あるいは減少する見込みにある事業については部分売却(ダイベスチャー)を行い、新製品・新技術の開発や、中国等アジア諸国・ロシアといった成長地域での新規事業の展開により、新たなキャッシュフローが見込まれる新規事業、あるいは買収によって更なるキャッシュフローの拡大が見込まれる事業についてはM&Aを行うという機動的な経営を行わなければ生き残りは困難になると予想されます。幸い、事業の再編、企業・産業の再生については、図表12−3にもあるとおり、1997年の純粋持ち株会社の解禁を初め、1999年の株式交換・株式移転制度の創設、2000年の株式分割制度の創設、本年の産業再生機構の設立と、着々と環境整備が図られています。

(3)金融モラルの再構築

 ここで、今後の企業金融に関して、金融モラルの再構築が急務である点にも触れたいと思います。従来の貸出は、借手である企業との過去長年に亘る取引実績あるいは株式の持合いや、企業の不動産担保に依存した貸出が主流であったため、貸手である銀行が企業の経営等に関与するタイミングや、企業に関する情報の共有・負担の割合について、予め契約を結ぶことは通常行われませんでした。このような銀行と企業の関係は、右肩上りの経済では特段の問題も生じませんでしたが、右肩上がりの経済を前提に出来ないというように状況が変わった現在、債権放棄や金利減免、あるいはデッド・エクイティ・スワップ等財務のリストラを要することとなった場合に、銀行と企業の損失の分担等をどうするかという問題がクローズアップされることとなりました。
 このため、銀行と企業の関係をアームズ・レングス(arms' length)の関係、つまり、取引に関して馴れ合いのない関係にすることが重要となっており、具体的には、リスクの変化に対応できる貸出スキームを構築すべく、企業に一定水準以上の自己資本比率の維持を義務付けるなどの債権保全のための財務制限条項を約定したり、企業の信用力・担保価値ではなく、プロジェクト・ファイナンスという事業の収益性に基づく貸出にシフトしたり、あるいは、手形の復活・活用を図ることにより、銀行と企業のコンフリクト・オブ・インタレスト(conflict of interest<利益相反>)を円滑に調整し、借手の企業に債務返済に関するモラルハザードが生じないようにするなどの対応が求められます。またそれらのために、銀行・企業双方のディスクロージャー(情報開示)を進めて行くことも重要です。なお、手形については、平成2年のCPの印紙税軽減に伴い、その利用が大幅に減少していますが、債務者のデフォルトが手形交換所における取引停止処分という形で明確であるほか、手形法により債権の回収も有利であるなどのメリットがあり、手形の利用が拡大していけば、旧来の手形をベースにした融資が円滑に行われるようになります。その意味からも、手形の印紙税を引き下げ、手形をより使い勝手のよい決済手段にしていくことが有意義ではないかと考えています。
 米国では、金融モラルの再構築に関して、昨年7月に米国企業会計改革法、いわゆるサーベインズ=オックスレー法を制定するなど、絶えず改革への努力をしており、わが国も、問題があれば常に見直していくという姿勢が必要ではないかと思います。私は、日債銀や長銀の株価算定等や、「私的整理に関するガイドライン」の作成に参加しましたが、その際一番感じたことは、日本のディシプリン(discipline)に乏しい金融取引慣行と、簿価によるバランスシート管理の問題でした。今後、金融モラルの再構築や時価主義への移行等により、"The earlier, the better"、つまり処理すべきことは一刻も早く処理するという体制が整えられていくことが重要であると考えております。

5.むすびにかえて

 かつて1980年代までのように、期待成長率が高い経済においては、資本にしろ、資産にしろ、負債にしろ、それらを保有することにメリットがあると考えられ、先程述べたバイ・アンド・ホールドが一般的な経営スタンスでありました。金融における担保万能主義も、銀行・企業双方が、担保さえあれば何とかなるとの楽観的な見通しに依っていたことに支えられたものです。
 しかし、経済が成熟化し、国際的な企業間競争が激しさを増している今日においては、受け身の経営姿勢では、安定的な収益を享受することは困難ですし、改革を行っても、「ここまでやれば十分であろう」と自己満足して、昨日、今日、明日と同じことを繰り返すようでは収益を上げることも難しくなってきます。そのような意味で、今後の最大の課題は、自己満足をしないことであると言えます。

 今回の景気回復は、マクロの財政・金融政策ではなく、ミクロの改革を推し進めてきた結果に依るところが大きいという点で画期的であり、また、英米では、例えば、レーガノミックスやサッチャー改革の際にストが多発しましたが、わが国の場合、そうした大混乱もなく、労使一体という日本企業の強みを生かしながら企業改革が進められてきました。今後も、各企業が、「自助努力」、「自己変革」、「自己責任」を実践してミクロの改革の成果を一段と上げ、そうした改革の成果を集積していくことが日本経済再生の鍵であり、その際重要なことは、何でも欧米を真似るのではなく、「和魂洋才」、つまり変えるべきことと、変えざることを峻別していくことであり、そこから地に足のついた改革が生まれてくると思います。マクロ政策面では、税制改革や規制改革、財政支出改革を実施することにより、外需依存から内需依存型の経済への転換を図ることが今後の課題であり、日本銀行としても、企業の経営転換努力を金融面から万全にサポートしていくために、対外的なコミットメントである量的緩和政策について、「ここまで行えばもう大丈夫」と自己満足に陥ることなく、物価の継続的な下落の防止と、持続的な経済成長のための基盤整備に向けて、引続き現行のレジームを堅持して参りたいと思います。本日ご出席の皆様には、引続きご理解とご協力を賜りますよう改めてお願い申し上げます。
 長い時間、ご静聴有り難うございました。

以上