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わが国金融システムの現状と課題

安定化から活性化を目指して
2003年11月12日、JCIFにおける武藤副総裁講演

2003年11月12日
日本銀行

[目次]

1.はじめに

 日本銀行の武藤です。JCIF国際金融セミナーにおいてお話しする機会を頂き、大変光栄に存じます。

 本日は、テーマを金融システムを巡る問題に絞って、お話したいと思います。お話の順序としては、最初に、わが国金融システムの現状について概観した後、やや長い目で見て、「わが国の金融システムを再構築していく上で何が論点になるのか」ということについて、これまでの諸外国の経験なども踏まえて、お話ししたいと思います。

2.わが国金融システムの現状

改善の兆し

 まず、わが国の金融システムの現状についてですが、結論から申し上げると、「約10年に亘る長く苦しいプロセスを経て、これまでの取組みの成果が、ようやく大手銀行を中心に徐々に現れはじめてきている。しかしながら、なお多くの課題を抱えている厳しい状況」と受け止めています。

 今、「約10年間の長く苦しいプロセス」と申し上げましたが、平成4年度に初めて預金保険制度が発動されてから、10年余が経過しました。この間、破綻した180先の預金取扱金融機関の処理に要した金額、つまり各破綻金融機関の累積損失を補填し、預金等を全額保護するために要したコストは、約20兆円に達しています。また、金融機関自らが、不良債権の処理に費やしてきた金額も、累計で100兆円近くにのぼっています。この二つを合計しますと、これまでに約120兆円が不良債権処理などの損失に充てられてきたということになります。また、この間、先般の「りそな銀行」分を含め、約12兆円の公的資本が、金融機関の資本基盤強化のために注入されました。このほか、整理回収機構などが買取った不良債権は7兆円程度にのぼっています。これらを全部合せますと、この10年余の間、金融システムの安定のために、毎年平均してGDPの約3%に相当する資金を投入してきたことになります。いうまでもなく、これは、わが国経済にとって大変大きな負担です。

 この間、金融機関の数も、破綻や統合などから、大きく減少しました。平成4年末には約1,000先であった銀行、信用金庫、信用組合の数は、直近時点では約670先となっています。これだけ大規模の金融機関の整理淘汰が進んだのは、わが国の金融史上、昭和の初めの金融恐慌以来のことです。

 不良債権問題の克服に向けて、このように大きなコストをかけて取り組んできた訳ですが、冒頭述べたように、最近に至って、大手銀行を中心として、ようやく目に見える成果が現れつつあるように窺われます。例えば、14年度末の大手金融機関の開示不良債権額は約21兆円となり、不良債権のバランスシートからの切り離しの進展を背景に、1年間で約3割減少しました。大口要管理先に対する貸出についての引当も、将来キャッシュフローに基づいて債権の経済的価値を評価する、いわゆるDCF法の適用を軸として大幅に強化されました。

 また、金融システムが抱えるリスクという面からは、わが国金融システムにとって固有の問題である、金融機関の過大な保有株式も着実に圧縮されてきています。特に、大手銀行では、14年度中に、前年度末の4割に相当する約10兆円を削減し、保有株式残高は、中核的自己資本とほぼ同額の約15兆円まで低下しました。

 こうした多方面にわたる努力の結果、わが国金融システムに対する市場の見方は一頃に比べれば、随分改善してきました。銀行株価は主要行を中心にこの春以降大きく持ち直しました。また、国債と銀行の発行する社債の利回り格差、いわゆる信用スプレッドも縮小をみています。

全体としてはなお厳しい状況

 しかし、金融システムが本当に健全な姿を取り戻したのかというと、残念ながら、そうは言えません。

 第1に、バブル崩壊によって生じた不良債権のかたまりについては、金融機関による処理が相応に進展してきましたが、長引く景気の停滞や内外の経済構造の変化の下で、市場からの退出を余儀なくされる企業が増えています。この面から新たな不良債権の発生が続いていることを見逃す訳にはいきません。地方経済の疲弊ということがよく言われますが、これもまた、ボディーブローのような形で金融機関のバランスシートの悪化要因になってきています。

 第2に、これまでの不良債権処理や株式圧縮の過程で、金融機関のストック体力は、大きく毀損されています。もはや、これまでのようにストック体力の取り崩しで不良債権を処理していくことは困難です。金融機関は、毎年の利益を原資として、発生し得る損失を負担していかなければなりません。つまり、経営体力を維持、改善していくには、不良債権の処理コストを毎年の期間利益の範囲内に抑えていくことがどうしても必要な状況です。

 この点、ここ数年のわが国銀行の信用コスト率──不良債権処理額を貸出残高で除した比率──をみますと、1.7%程度、貸出利鞘は1.6%程度となっています。つまり経費を勘案する前の段階で、既に銀行は逆鞘を余儀なくされていると言えます。今後も、当面はある程度多めの不良債権の新規発生が続くことは避け難いとすると、銀行が、信用コスト率を、かつてのように0.2%以内にまで低下させることは想定しにくいところです。そうだとすれば、金融機関としては、ある程度の信用コスト率を前提として貸出業務を運営していくほかはなく、やはり貸出利鞘の改善などを軸とした、収益力の強化が重要な経営課題となってきます。

 また、ストック体力という観点からは、資本の量の減少だけではなく、質の面でも、資本性が脆弱とされる繰延税金資産への依存度が大きくなっています。この点は、現在、金融審議会ワーキング・グループでの議論の大きなテーマになっていますが、いずれにしても、自己資本に対する割合を将来的に低下させていくことが望ましいことはいうまでもありません。

 第3に、この点がマクロ的な観点からは最も重要ですが、経済の血液であり栄養ともいうべき資金と信用を、経済活動の隅々にまで送り出すポンプとしての役割──金融仲介機能──という面からは、わが国金融システムは、なお力不足であると言わざるを得ません。

 この点に関連して、金融仲介機能の回復の象徴的なテーマともいえる企業再生への金融機関の取組みについてみると、再生専門会社や専担部署を設置したり、弁護士や公認会計士といった外部専門家と提携する動きが広がっています。また、整理回収機構のほか、今年5月に業務を開始した産業再生機構においても、再生への取組みが本格化しています。そうした努力にもかかわらず、企業再生の実が挙がっているかというと、まだまだ満足できる状況に至っていないことは、多くの人が認めるところだと思います。

 わが国金融システムが全体としてはなお厳しい状況にあるというという、第4の理由は、幅広い公的サポートへの依存です。わが国金融システムに対する信認は、預金保険による流動性預金の全額保護を始めとして、政府の肝いりで設立された銀行等保有株式取得機構や日本銀行による銀行からの株式買取、さらには約12兆円に上る公的資本注入のほか、やや幅広く考えると、借り手に対する広範な公的信用保証などに支えられています。大変残念なことですが、民間の自助努力のみで金融システムの安定が確保されている状況ではありません。

3.金融システムの立ち直りの事例検証

 さて、わが国金融システムの健全化はなお十分とはいえないとして、それでは、この先どのようにして、わが国金融システムの本格的な立て直しを図っていくのか、ということが大きな問題です。

 そこで、一旦視点を変えて、手がかりとして、海外や過去のわが国が、いかにして金融システムの動揺から立ち直り、活性化を図ってきたのかということについて述べてみたいと思います。

 海外の事例などについては、むしろJCIFにおいて豊富な情報をお持ちかもしれませんが、ここではつとに有名な例として、米国、スウェーデン、韓国そしてわが国の昭和恐慌につき、私なりに簡単にレビューしてみたいと思います。

米国

 まず、米国においては、80年代から90年代の初頭にかけ、開発途上国、石油産業、農業、LBO、商業用不動産といった相対的にリスクの高いとされる分野への貸出が急激に増大し、そこから大量の不良債権が発生しました。それらが、結局80年代のS&L危機、90年代初頭の大手銀行の経営危機といった大きな動揺に繋がったとされています。こうしたリスクの高い分野への金融機関の融資拡大の背景として、当時の米国における銀行と証券会社との厳しい競争が挙げられています。すなわち、70年代から開始された預金金利の規制緩和により、金融機関の資金調達コストが上昇し、借り手である優良企業は資本市場調達へシフトしていきました。こうした中で、収益率を維持していくため、金融機関は、スプレッドの大きいハイリスク分野への貸出に傾斜していったという訳です。

 その後90年代になって、米国の金融システムは、本格的な立ち直りを見せる訳ですが、80年代に試行錯誤を繰り返していた米国の金融システムが、何故90年代に回復を遂げたのか、これについても様々な要因が指摘されています。リスクと収益の関係を見直し、採算性の高い取引に業務を絞り込むという「フォーカシング戦略」の成功、あるいはリスク管理技術の向上により、許容可能なリスクの範囲拡大と資本の有効活用に成功したこと、さらには、証券、保険等も巻込んだ積極的な統合推進によるシナジーの実現などです。そうした戦略の背後には、リスク管理を始めとする金融技術の革新などを、現実の経営に活かす経営のダイナミズムがあったと考えられます。なお、経営統合という意味では、上位10グループの米銀全体に占める融資シェアは、大手行の合併等により、1985年の24%から2002年の42%へと大きく上昇しています。こうしたことが大手銀行の経営基盤の安定という面からは、大きなプラス効果を持ったことは否定できないように思います。

スウェーデン

 北欧諸国は90年代初頭に相次いで深刻な金融システム不安に見舞われました。特にスウェーデンでは、80年代の好景気の下で、「不動産バブル」が発生し、この崩壊に伴って、金融機関に多額の損失が発生しました。不動産バブルの発生の背景としては、欧州諸国における金融情勢の変化に対応した、金利の自由化、貸出上限規制の撤廃といった流れの中で、大手銀行を中心に、金融機関が融資規制を迂回するため、ノンバンクを利用して不動産ビジネスへの展開を図ろうとしたことなどが指摘されています。

 スウェーデンの金融システムの再生を特徴付けるのは、大手銀行に対する思い切った公的資本の投入です。これを軸として、リストラや経営統合の推進と、不良債権の受皿として設立された「バッド・バンク」の活用による産業再生が強力に進められました。

 具体的には、92〜93年にかけ、大手4行のうち2行に対して合計でGDPの5%近くにものぼる公的資金が投入されています。そして、新経営陣の下、人員・店舗の大幅削減や海外からの撤退などの徹底的なリストラや、貸出金利の見直し、さらには投信販売の強化などによるリテール業務の梃子入れが行われ、短期間のうちに、収益力を大幅に回復させることに成功しています。公的支援を受けた先のROEは、注入2〜3年後の95年には、世界標準とされる10%半ばを超える20%台となりました。こうした収益力の回復を背景に、政府は保有株を市場に放出しています。また、積極的な統合・再編戦略が進められた結果、大手4行の国内シェアは、以前の6割から9割弱まで高まったほか、ノルウェー、フィンランド、デンマークの大手金融機関との経営統合が進み、北欧諸国に広く強固な経営基盤を有する有力金融機関が誕生しています。

 「バッド・バンク」における事業再生の面では、会社分割、企業の合併・買収、MBOといった投資銀行的な手法が活用されました。破綻に瀕した企業については、再生可能な部分を切り出して付加価値を高める一方で、清算すべき部分は迅速に最終処理に持ち込まれました。この結果、バッド・バンクの政府出資額の毀損は、約3割にとどまり──この毀損率が高いか低いかは大いに議論の余地がありましょうが──いずれにせよ、バッド・バンク自体は、当初計画の15年間を大幅に下回る5年間で清算に漕ぎ着けることに成功しています。

韓国

 韓国における金融システムは、立ち直りに向けてのプロセスが今なお進展中であり、最終的な評価を行うには時機尚早ですが、示唆に富んだ近年の事例としてとりあげてみたいと思います。

 韓国においては、97年に財閥系企業の過剰投資・過剰債務が表面化し、短期の対外債務が一斉に引上げられたことにより、外貨流動性危機とともに金融危機に陥りました。危機への対応としては、金融機関に対し、資本注入や不良資産買取りなどのかたちで、実にGDPの30%にも上る巨額の公的資金が投入されました。そして、強化された資本基盤の下で、金融機関のビジネス・モデルが、財閥取引中心から、比較的収益性の高い個人や中小企業などをターゲットとしたリテール重視に転換されました。

 韓国における危機発生の構造的な背景という意味では、コーポレート・ガバナンスの問題が指摘されています。すなわち、(1)所有と経営の分離が、ともすれば不十分になりがちな財閥系企業が、90年代前半に急速に業容を拡大したこと、(2)金融機関がガバナンスを有効に機能させることができず、財閥への安易な貸付を維持していたこと、(3)財閥のノンバンク所有が容認され、過剰投資・債務に拍車をかけたこと、などが危機を深めた背景とされています。このため、危機対応にあたっても、コーポレート・ガバナンスの確立が強く意識されました。株主権の強化や社外取締役制度の導入など、制度面の対応のほか、外資の導入や経営陣の入れ替えなどの運用面でも、短期間のうちに対応が図られたところです。なお、この結果、韓国の商業銀行グループは26から11へと、大幅な集約が図られました。

昭和金融恐慌

 次に戦前のわが国の例を取り上げてみます。当時、つまり1920年代においては、第一次大戦後のバブル崩壊、営業基盤の弱い多数の金融機関の存在などを背景に、1920年、23年、27年と立て続けに深刻な金融システムの動揺を経験しました。こうした事態に対し、わが国政府は、監督体制の強化と銀行部門の急激なリストラ策を採用しました。監督体制の強化については、大蔵省検査の体制が強化されたほか、日本銀行の考査もこの時に開始されています。また、28年には銀行法が施行され、最低資本金制度が導入されます。この間、戦時下で、「1県1行主義」に基づく強力な行政指導が実施され、金融機関数は昭和元年の1,420行から、昭和20年には61行まで減少しています。また、手形法の一新や抵当証券制度の導入など、今日的にいえば「債権流動化手段の整備」も、金融システムの安定化に寄与したと考えられています。当時を振り返ってみると、「時代は巡る」という感想を持つのは私だけではないと思います。

 また、その後の戦時統制下での金融機関を中心とした与信管理体制の強化、また、終戦後の財閥解体などを通じて、戦後のわが国金融システムの骨格が形成されていくことになりました。戦時体制をはさんで構築された、こうしたわが国金融システムが、近年の経済構造の変化の中で今や制度疲労をきたしているという歴史認識はこのところ識者の間でかなり共有されているように思います。

 因みに、わが国の金融恐慌とほぼ同じ頃、米国では、いわゆる「大恐慌」が発生しています。米国でも、監督体制やグラス・スティーガル法などの規制強化が図られた点は、わが国と共通しています。しかし、金融機関数に関しては、米国では整理・淘汰を図るよりも、小規模金融機関を存続させたまま預金保険制度を整備するという対照的な方策が採用されている点、やや余談とはなりますが、興味深いところです。

現状への示唆

 今述べた内外の事例、特に金融危機からの立ち直りのプロセスをみると、当然ながら各国固有の事情があり、対応の重点の置き方などは異っています。ただ、その中から共通の処方箋を抽出することは、さほど難しいことではないように思います。

 まず第1のポイントは、当局による考査や検査も活用した資産査定の厳格化と引当強化、それをベースにした自力での再建が困難な先の公的支援による再生ないし破綻処理、またそれらの結果としての、民間の自発的な経営統合を含めた、金融機関の整理・淘汰の進行です。第2は、不良債権の金融機関からの切り離しと産業再生への取組み強化です。産業再生に当たっては、企業と金融機関の双方が、早め早めに事業継続の可能性を判断し、通常の金融支援のみでは再生が困難とされた企業については、貸出債権を金融機関から切り離して、法的整理を含めて抜本的な手を打っていくことが重要です。これにより、金融機関は貸出債権からの追加損失の発生を回避できます。また、切り離された債権はわが国で言えばRCCや産業再生機構などの公的組織を含めた再生投資家が購入し、専門的なノウハウを活かして、改めて再生の可能性を模索することも可能です。先ほどから申し上げているように、海外では、この辺りの展開が非常に大胆だったと思います。第3は、経営のガバナンスの強化と、新たなビジネス・モデルへの転換です。具体的には、金融機関の再生に当たった経営者達の多くは、収益率の高い分野──例えば、リテール分野など──に思い切ってフォーカスしていくといった戦略を打ち出しています。

 翻って、こうした海外などの事例と、最近のわが国の状況を比較してみますと、現在のわが国も先人の知恵に思いをいたしたということかもしれませんが、既に同じ方向感でかなりの手を打って来たと言えるように思います。つまり、現在わが国の金融システムに求められているのは、全く新たな展開というよりは、これまでに打ち出した計画や施策をしっかりと実行し、早く具体的な成果を挙げていくということではないかと思います。

 以下、具体的に幾つかの課題に絞ってピックアップしてみたいと思います。

4.わが国金融システムの課題

ペイオフ全面解禁に向けた対応

 課題の第1は、やはり2005年4月に予定されているペイオフ全面解禁への対応です。ペイオフ解禁は単なる預金の保護範囲の縮小ということではなく、金融機関経営の自立という面から捉えることが重要です。因みに、韓国では2001年からペイオフを解禁していますし、スウェーデンでも 96年には預金の国家保証は外されています。また、米国では34年以降現在に至るまで、金融機関の破綻がなかった年はありませんが、原則として預金の全額保護を前提としないかたちでの破綻処理が行われてきました。さらに、単純に参考にすべきとは全く思いませんが、戦前のわが国では、破綻処理に当たって預金が全額保護されることは、ほとんどなかったようです。

 さて、2005年4月からのペイオフ全面解禁は当然実施されるものと考えられます。これをどのように円滑に実現していくか、ということですが、私としては、不幸にして、ペイオフしか対応の選択肢のない金融機関の破綻が発生した場合でも、それが、他の健全金融機関の経営存続を危うくするほどの預金流出を招くことがない、そういった程度に、金融システム全体の信認を回復しておくことが望ましいと考えています。いうまでもないことですが、そのための即効薬がある訳ではなく、不良債権の経済価値の適切な把握に基づいた引当、産業・金融一体となった対応、株価変動リスクの軽減、金融機関の収益力改善といった現在の取組みを粘り強く継続していく以外にありません。

 ただ、その場合のひとつのポイントは、万一資本不足に陥った金融機関が現れた場合への対応です。資本不足は、本来、金融機関自らが対応すべき問題です。しかし、ペイオフ全面解禁までの限られた時間的枠組みの中で、自助努力のみでは対応し難いケースも考えられない訳ではないと思います。システミック・リスクの未然回避という観点からは、既に預金保険法102条が恒久的なラストリゾートとして存在し、「りそな銀行」のケースではまさにそれが有効に機能したと言ってよいように思います。2005年4月に予定されているペイオフの全面解禁は待ったなしの政策課題です。したがって、そこに向かってのプロセスを円滑に進め、さらに金融機関の破綻の可能性を排除する訳にはいかないという前提に立ったうえで、金融機関のモラルハザードを惹起することなく金融市場や金融システムの安定が損なわれないようにしていくにはどうしたらよいか、また、現行の対応の枠組みで十分かどうか、こうした点を議論することが必要であると考える次第です。

債権流動化市場の整備

 第2の課題は、不良債権を含めた全般的な債権流動化市場の整備・育成です。

 このテーマは、既存の不良債権の処理促進だけではなく、貸出債権の不良化の初期段階における、早め早めの対応のための有力なツールとしても、大きな意義があります。また、金融機関に資本面の制約がある現状の下で、オリジネーション、つまり貸出の実行による収益機会の確保とその後の資本節約を両立させていくためには、債権の流動化が是非とも必要です。

 わが国では、かねて直接金融の本格的な育成が大きな課題とされてきましたが、債権流動化市場には直接金融と間接金融の間を繋いで両者をとりもつ、いわば「隙間を埋める中間市場」という位置付けを与えることもできると思っています。

 債権流動化市場が育成され、そこでの取引条件、すなわち貸出債権の流通利回りと、オリジネーションの際の条件、つまり新規貸出利回りが相互に作用し合って、リスクに見合った取引条件が形成されるようになれば、貸し手からみても、借り手からみても納得性のある条件設定ができるようになります。すなわち、金融機関にとっては、リスクに見合ったリターンが得られる大きな条件が整うということになります。

 債権流動化市場の拡大に向けては、これまでも多大な努力が払われてきました。しかし、わが国においては、指名債権譲渡の第三者対抗要件を具備することが容易でない点が、債権流動化の大きな障害となってきました。近年、債権譲渡特例法やサービサー法などの法的枠組みの整備のほか、リスクを再分解しトランシェに分けて流通させるなどの実務的な工夫も行われてきました。しかし、まだまだ円滑で安定的なインフラストラクチュアの整備には至っていないように思います。ディスクロージャーの強化による市場情報の充実や、実務面での取扱いコスト削減などと併せて、隙間を埋める重要な市場のインフラ整備に向けてさらに工夫していく必要があると思います。

 日本銀行としても、この問題には積極的に取り組んでいます。昨年来、資産担保CPの適格担保化や資産担保証券の買取りを実施しているほか、この11月からは、「証券化市場フォーラム」を開催し、幅広い関係者の方々との間で、市場の発展に向けた検討を進めていくこととしています。

特色ある経営の確立による収益力の強化

 今後の課題として、第3番目に指摘したいのが、各金融機関の特色を生かした大胆な経営方針の確立による収益力の強化です。

 金融機関の収益基盤という意味では、これまで、わが国金融機関は、決済機能、貸出や預金などの信用仲介に関わる様々な機能、情報提供機能などの付随的なサービス、さらには取引先の株式保有などを一括して担うことによる、シナジー効果にひとつの重点を置いてきました。この間、それらのサービスとフィーの関係も総合採算という名の下に、やや未整理の状態にありました。取引先の株式の価格が上昇トレンドにあり、その含み益が増大していったバブル期までは、それでも問題は表面化しませんでした。しかしながら、その後、不良債権問題の発生などに伴って、収益力の安定・強化が従来にも増して重い課題となる中で、金融機関サイドの取組みスタンスは大きく変化してきました。具体的には、これまで手数料の対象としてこなかった各種サービスの有料化、新たなフィービジネスの拡大、貸出などリスクを伴う各種サービスの種類ごとのリスクに見合ったリターンの確保などですが、その背後にある金融機関サイドの考え方は、「自分の提供するサービスを個別に分解してみて、それぞれについて市場価格を基にした適正な対価を求めていく」というものです。こうした考え方は、正攻法とも言うべきもので、さらにその方向での努力が求められていると言えます。

 このような、サービスの種類ごとに適正なリターンを求めていくという考え方が出てきた背景には、もうひとつ別の事情もあります。従来金融機関が一括して提供してきた金融サービスの一部を専門的、効率的に提供する会社、例えば決済専門会社、M&A専門会社、独立系カード会社など、金融機関以外の様々な専門会社のプレゼンスの拡大です。つまり、これまでの金融機関の収益基盤である「シナジーを生かした総合採算」という考え方を脅かす存在が登場してきたことです。さらに、インターネット専業銀行や、他業種からの銀行業務への進出などの新たな動きもみられています。この間、長期信用金融銀行、信託銀行などの専門金融機関制度や、銀行業務と証券業務の分離による、広い意味での金融機関の中の業態の垣根が、制度面から相当程度低くなってきたという事情もあります。

 いずれにせよ、こうした流れの中で、既存の金融機関の収益環境は、ますます厳しくなっています。これまでのところ、金融機関としては、厳しいリストラなどによって、一定の利益水準はなんとか維持していますが、今後さらに抜本的に収益基盤の再構築を図っていくことが必要になってきています。

 具体的に述べますと、まず第1に、得意分野に集中的に経営資源を配分する「選択と集中」によるビジネス・モデルの再構築が必要です。金融コングロマリットを形成し、総合的な金融サービスをパッケージ化して顧客に提供することも選択肢の一つですし、反対にブティック化して、提供する金融サービスを個別性の高いニッチ分野に絞っていくことも考えられます。また、特定分野の金融サービスに特化すると同時に、自らは一般顧客に対する販売チャネルを保有せず、他の金融機関に提供する卸業者となるという、「モジュール化」戦略もあり得ましょう。画一的な金融機関行動が日本の特徴のように言われてきましたが、これを見直す時期が来ていることははっきりしていると思います。

 しかし、もうひとつ重要なことがあるように思います。それは、ある意味で「金融業の原点に帰る」ということかも知れません。金融機関、特に銀行は、広い意味での金融業者の中にあって、唯一、決済機能を軸として多彩な金融サービス提供機能を有しています。つまり、継続的な取引関係に基づく情報の集積、最近の言葉で言うと、「インフォメーション・キャピタル」を有しています。「集中と選択」は今後の経営のあり方の基本ですが、金融機関の最大の武器である、「インフォメーション・キャピタル」を生かさない限り、金融機関の持つ優位性を収益として実現していくことは難しいように感じています。このことは、金融機関の業務のシナジーを情報という観点から再構成するということにもなります。また、あえて言えば、私は金融機関の本質的な専門性とは、こうした情報の集積と活用にあるのではないかとさえ思います。

 このように申し上げると、「古き良き時代の、しかし時代遅れのメインバンクシステム」に戻れというのか、という批判を直ちに受けそうですが、そうではありません。確かに、メインバンク制度の下においては、株式持合いを含む長期継続的な取引関係が構築され、メインバンクは、債権者を代表して、借り手企業の詳細なモニタリングを行う一方、企業が経営不振に陥った場合には、積極的に経営再建に関わるものとされていました。メインバンクへの信頼が、それ以外の貸し手と借り手企業の情報の非対称性を縮小させ、いわゆる「エージェンシー・コスト」の削減にも寄与したことは、学術的にも世界に誇るべき銀行業務の成功モデルとされてきたことは事実です。

 しかし、金融機関と顧客の関係が大きく変容する中にあって、かつてのように、常に貸出の上位順位を維持し、さらには資本、場合によっては経営者まで派遣しつつ、丸抱えで面倒をみるといったメインバンク制度の復活はもはや不可能です。また、株式持合いによるガバナンス低下の弊害が大きいため、適当でもありません。さらに、多種多様な金融サービスの全てをひとつの金融機関が担うことは現実的でもありません。しかし、金融機関、特に銀行が決済機能を軸とした多彩な金融サービスを提供できるという特性によって「インフォメーション・キャピタル」を保有するというメリットは、やはり非常に大きいはずです。特にディスクロージャーに限界があり、資本市場への参入も困難な中小企業の円滑化を図っていく観点からは、経済の構造変化に直面している現在、従来にもまして大きな意義があると考えています。今わが国の金融機関の多くは、主たる収益の源泉を中小企業金融や個人に求めて行こうとしている訳ですから、このことは大事な着眼点として強調しておきたいと思います。

5.21世紀の金融システム構築に向けて

歴史的な流れの中での金融システム

 以上、ペイオフ全面解禁や金融機関経営に関わる論点について述べてきましたが、さらに議論を進めて、21世紀のわが国金融システムのあり方を考えてみた場合、どのような課題があるのでしょうか。この点に関連して、かねて、私は金融システムとマクロ経済の関係に十分な注意を払うべきだと考えてきました。例えば、バブルの経験から学ぶべき最大の教訓の一つは、マクロ的視点から、市場や金融システム全体のリスク・プロファイルを注意深く観察することの重要性です。バブルの生成期において、自らの置かれた状況をバブルと自己評価することは極めて難しいことではありましょう。しかし、バブルの生成と崩壊が、金融システム、ひいてはマクロ経済にどのような甚大な影響を及ぼすかは、ここにいる我々一人一人が身をもって体験したところです。金融当局としては、マクロ経済と金融システムの相互作用などを十分意識し、金融経済情勢の適確な判断と、適切な政策運営を行っていくことが、マクロ経済と金融システムの双方の安定を確保する上で、益々重要になると感じています。

 そうした観点に立つと、歴史的な流れの中で金融システムを捉えるということが、21世紀の金融システムを考えていく上での重要な手がかりになると感じています。

 戦後の復興期から高度成長期までのわが国を振り返ってみると、家計部門に蓄積された貯蓄では、企業の旺盛な投資意欲をまかないきれませんでした。金融機関は、いわゆる「オーバーローン」の状況にあり、効率的な資金供給を図る観点から、長期信用銀行制度、中小企業専門金融機関など、専門制・分業制に基づく金融制度が構築されました。経済成長のため金利水準を低位に維持する観点から、預貸金利は規制され、その裏返しとして、金融機関の預貸業務には安定的な利鞘が保証されていました。また、土地は「まず値下がりすることのない有利な資産」であるという「土地神話」の下で、不動産担保融資が安全な与信形態であるとの認識が広がりました。こうした仕組みの下で、金融機関は積極的に預金を吸収して、民間企業の旺盛な設備資金需要に貸し応じ、わが国経済の高度成長に大きく寄与しました。この間、大規模プロジェクトへの融資や輸出入金融、中小零細企業融資、農業関連融資などの分野においては、公的金融制度が拡充されました。また、定額郵貯という独特の商品性を擁する郵便貯金が資金量を拡大し、公的金融を原資面で支えました。一言で言えば、戦後の復興から高度成長を可能とした、ひとつの壮大なビジネス・モデルが構築されていたといっても過言ではないと思います。

 さて経済の安定成長への移行後、企業の資金需要は減速しますが、金融機関の資金量は拡大を続けました。金融機関の貸出残高をGDPとの対比でみると、1970年代半ばは70%程度で安定していましたが、80年代の終わりには110%程度まで上昇しています。長期にわたる金融緩和の下での、こうした金融機関からの潤沢な資金供給が、右肩上がりの成長神話や土地神話の下で、不動産バブルの生成などにつながっていったことは多くの識者の指摘するとおりだと思います。後知恵となりますが、金融機関行動の過度な積極化をもたらし、バブルを生んだ背景の一つは、こうした当時の金融・社会情勢のほか、金融自由化の進展にやや時間を掛けすぎた点に求められるようにも思われます。預金金利の自由化は、昭和60年から平成6年にかけ段階的に進められましたが、規制金利体系の下での預貸利鞘の保証が、銀行融資が膨張を続けた大きな背景となったことは否定できないように思います。また、当時大企業は、資金調達ルートの拡大を資本市場に求め、企業の銀行離れということがさかんに喧伝されていました。他方では、東京市場の国際化ということが謳われ、大型都市開発プロジェクトが林立していました。こうした状況下で、金融機関貸出が不動産関連に向かいやすいといった事情もあったように思います。また、このころ、金融機関にとってリスクが高いと感じられる不動産関連融資には、系列ノンバンク経由で貸し応じるという行動も広くみられました。今にして思えば、系列ノンバンクの株主や借入先は、関係金融機関や同一グループ内の会社であり、ノンバンク経由としたからといって、金融機関の抱える信用リスクが大きく減少する訳ではないのですが、今述べたような状況の下で、金融機関のガバナンスとリスク感覚が十分には働かなかったように思われます。

マネーフローの変化への対応

 さて現在、わが国の金融機関貸出のGDPに対する比率は、バブル期以前の90%弱まで低下してきており、単純にマクロ的にみた総量という意味では徐々に正常化してきていると言えるかもしれません。しかし、先程述べたとおり、日本の高度成長を支えてきた金融システム、私のいうところの壮大なビジネス・モデルが、経済構造の変化の中で、制度疲労を起こしていることは、かなり明確になってきているように思います。もちろん、先ほど触れたメインバンク制度の見直しの動きのほか、個々の分野毎にみれば、シンジケートローンやノン・リコース・ローンの導入など、金融取引慣行や仕組みの見直しが進展しています。また、視点を変えれば、住宅金融公庫の独立行政法人化や郵政事業の民営化論議など、公的金融を見直す新たな動きもみられています。しかしながら、家計部門の資産形成はなお預金に偏っており、国債の買手は相変わらず金融機関であること、企業は大企業を中心に一段と多様な資金調達ルートを内外に求めていること、さらにはリテール金融の面で金融機関の対応がなお不十分とされていることなどからみても、わが国金融システムは、わが国経済の変化に十分対応できていないように思います。

 こうした状況が続くことは、まず第1に、金融機関サイドに立って考えると、収益機会を逃していることになります。先ほど、「インフォメーション・キャピタル」を軸にした、経営戦略の再構築を図るべきだと申し上げましたが、経済構造の変化に即応した新たな資金需要の掘り起こし、リテール戦略の再構築などが実現しない限り、金融機関の収益基盤の強化は覚つきません。

 また、金融機関がそうした再構築に未だ成功していないということは、マクロ的にみると、金融システムが資金や信用の最適配分を実現し得ていないということにもなります。構造変化を支えていくには、やはり活力ある金融システムの存在が必要です。

終わりに

 以上、今後の金融システムのあり方を考えていく際の手がかりについて、私なりに議論を進めてきました。そして、金融システムの安定化を越えて、これからの日本経済を支えることのできる金融システムへと変革していくためには、金融システム全体のビジネス・モデルを転換していくことが重要だと述べてきました。しかしながら、現在、金融機関の経営者を始めとした関係者の間で、このビジネス・モデルの転換に向けた戦略的な展望が共有されているとは言い難い状況にあると思います。

 さて、そのように申し上げた上で、私の話の締めくくりとして、この機会に是非強調しておきたいことがあります。それは、金融システムの変革を実現していくためには、関係者が「創造力と実践力」を発揮していくことが必要だということです。そして、「創造力と実践力」を発揮しやすい環境を作っていく観点からは、金融機関に幅広い選択肢と自由な行動を可能とするようなインフラストラクチュア──つまり「ユニバーサルなシステム」──を構築していくことが重要ではないかということです。私としては、マーケットにおいては相対の間接金融、市場型間接金融、直接金融を包含したシームレスなシステムを目指すべきであると考えていますが、併せてインスティテューションのあり方についても「ユニバーサルなシステム」を構築していくことが必要ではないかと思います。かつては存在意義のあった規制であっても、今では金融機関を非効率に制約する弊害の方が大きくなってきたものは、なるべく早く取り除いていくべきでしょう。金融機関経営の「創造力と実践力」を確保する観点から、いま一度金融システム全体のビジネス・モデルのあり方を総点検してみてはどうかと思っています。

 もちろん、日本銀行としても、日本経済の安定かつ持続的な発展を実現するため、今後とも最大限の貢献をして行きたいと思っています。

 ご静聴 有り難うございました。

以上