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わが国の企業金融の変革に向けて

2003年11月17日・「新しい企業金融がもたらす日本再生」シンポジウムにおける福井総裁基調講演要旨

2003年11月17日
日本銀行

[目次]

  1. 1.はじめに
  2. 2.企業金融の果たす役割
  3. 3.新たなコーポレート・ガヴァナンス
  4. 4.企業金融の新たな動き
  5. 5.企業金融の変化の方向性
  6. 6.シンディケートローン市場への期待
  7. 7.日本銀行の取組み
  8. 8.終わりに

1.はじめに

 日本銀行の福井でございます。本日は、日本経済新聞社および日本ローン債権市場協会(JSLA)共催のシンポジウムにお招きいただき、誠に有難うございます。

 JSLAは、2001年1月に設立されてから3年弱という短い期間の内に、貸付債権売買契約書の雛形を作り、普及に努められたほか、債権売買に関する取引情報の公開にも取組むなど、シンディケートローン市場のインフラ整備に多大な貢献をしてこられました。JSLA関係者の精力的な活動に対し、日本銀行を代表して心から敬意を表します。

 ダイナミックな日本経済を構築していく上で、企業金融の変革は必須の課題であり、JSLAの活動をはじめ、関係者の努力が、これからさらに重要性を増してくるものと思われます。

 本日は、折角の機会を頂戴しましたので、「わが国の企業金融の変革に向けて」というテーマで、私自身日頃考えておりますところを中心にお話し申し上げたいと思います。

2.企業金融の果たす役割

 最初に、企業金融が果たしている基本的な役割について、原理的なレベルに立ち帰って考えてみることといたしましょう。

 いずれの企業においても、日々数多くの決定がなされていますが、大別しますと、生産、販売、投資といった「事業に関する意思決定」と、負債(デット)や自己資本(エクィティ)の調達という「財務に関する意思決定」とに分けられます。

 現実から離れ、全く仮定の話として、経済や金融市場に摩擦が一切ない世界、即ち、売り手・買い手間および借り手・貸し手間に情報の非対称性がなく、倒産すら意識しなくて済むような世界があるとします。そのようなところでは、企業は、魅力的な製品、サービスの開発、販売に専念すれば良いのであって、財務に関して意味ある意思決定の余地は存在しない、つまり、財務は単に事業の展開に後から付いてくるだけの役割しか果たさないこととなります。

 しかし、現実の世界は、様々な不確実性に満ちていて、とくに借り手と貸し手の間に、かなり大きな情報の非対称性が存在するのが常態です。そうなると、事業に関する意思決定と並んで、財務に関する意思決定が重要となってきます。

 個々の企業は、自ら行っている事業の性格やリスクの態様を踏まえ、最適な資本・負債の構成を決定しなければなりません。ハイリスクの事業であれば、厚い自己資本が必要となります。負債の比率が高いと、リスクの顕現化が懸念されるような場合に、流動性調達の面で困難が生じ、事業を継続できなくなる心配があるからです。

 事業のリスクに関する認識度合いは、企業の発展段階によっても異なってきます。十分な信用が確立されていない創業期においては、自己資本の割合が高くならざるを得ません。

 最適な資本・負債の構成はマクロ的な経済環境如何によっても変わってきます。経済全体が不景気で倒産のリスクを強く意識せざるを得ない状況では、自己資本を厚めに持つ必要があります。

 情報ギャップを埋めながら、借り手と貸し手の間、より具体的には、企業と金融機関・投資家との間において、資金を円滑に流していかなければならない訳ですから、企業金融は、一方的に決められた条件でデットやエクィティを成立させるというプロセスではなく、資金の需要サイドにとっても、供給サイドにとっても、最適な調達、運用の組み合わせを探り当てるプロセスだと言えます。

 そのプロセスを全うさせる「鍵」を握るのは、リスクやリターンについて的確に、しかも効率的に評価する当事者の能力です。資金の供給者からみると、そうした能力が高いほど、望ましい運用収益をあげられます。また資金調達者としては、新しいファイナンス・ファシリティーを含め、様々な資金調達手段をどのように組み合わせて資金を調達すればコストと倒産可能性を最小化し得るかを判断しなければならず、それができなければ、効率的で安定的な経営につなげていくことが難しくなります。

 これは高度に専門的な仕事です。だからこそ、銀行や証券会社、機関投資家、格付機関、さらには企業の財務部門の存在価値がある訳です。

 リスクとリターンの評価は、ミクロ・レベルだけでなく、マクロ・レベルでも非常に大きな意味を持ちます。リスク対比でリターンの低い非効率な投資がファイナンスされるケースが多い場合には、貯蓄の生み出す果実が小さくなることを通じて、経済全体の生産性や成長率の低下をもたらします。また、リスクを織り込んでも高いリターンが期待される投資案件に十分な資金が供給されない場合にも、同様のことが言えます。これらのことはバブル期やバブル崩壊以降の、わが国の経済や金融の動きが示す通りです。

3.新たなコーポレート・ガヴァナンス

 それでは、わが国の経済が新しい活力を身につけていくためには、企業金融の面で、どのような変革が必要とされるのでしょうか。この問題を考えるために、過去のわが国企業金融の姿を簡単に振り返ってみたいと思います。

 わが国の企業金融は、これまでもしばしば指摘されているように、比較的最近まで、メインバンク・システムによる資金供給が支配的でした。

 このシステムの下では、銀行の貸出は個々の事業やプロジェクトに対してではなく、企業に対して行われました。また、銀行が貸出を実行するかどうかを判断するに当たっては、必ずしもキャッシュフローを厳密に測定するのでなく、土地担保に重要な役割を負わせました。そこで重視されたのは、個々の貸出の採算というより、貸出以外の取引も含めた長期的な総合採算でした。このような企業金融の仕組みの下では、メインバンクは企業に関する広範囲な情報を蓄積し、これに基づいて貸出実行・継続の可否を判断し、メインバンク以外の銀行はそうしたメインバンクの判断に追随しながら行動していました。

 コーポレート・ガヴァナンスという観点からこれを見ますと、メインバンクの主たる性格は債権者ではありますが、実質的に株主の役割を担っている面もありました。持合いを通じて形式的にも株主であることも少なくありませんでした。言い換えますと、銀行、とくにメインバンクは最も重要なステーク・ホールダーとして行動し、企業の行動をある意味で「規律付け」してきたと言って良いと思います。

 このようなシステムは、経済の高度成長が続き、地価も上昇を続ける下では、それなりの合理性を有していました。また実際、メインバンク・システムにそうした合理性がなければ、日本経済が高い成長を遂げることもなかったと思います。

 しかし、このような資金供給の仕組みは、経済環境の変化に次第に適合しなくなってきています。このことは既にバブルが発生する前から感じられていましたが、バブル崩壊後は、一層明らかになってきています。

 ただ、これまでの資金供給の仕組みが何故機能しなくなってきているのかという点については、今日でも理解が十分に行き届いているようには思えません。私自身は、高度成長、およびその余韻が漂う時代と異なり、経済のグローバル化が進展する下で、企業がより高いリスクの事業やプロジェクトに挑戦するようになってくると、リスクの態様に見合った金融の仕組みが求められようになってきた、ということだと考えています。銀行の方でも、従来のような「長期的な総合採算」という物差しでは、ともすれば採算判断が曖昧になり、高度に先進的、専門的な金融サービスを提供する内外の金融機関やノンバンクとの競争に太刀打ちできなくなってきた、ということだと思います。

 とは申しましても、私は、「銀行中心のシステム」から「資本市場中心のシステム」へ移行する必要があると、単純に主張している訳ではありません。「銀行中心と資本市場中心のどちらが望ましいか」とか、「間接金融から直接金融への移行が望ましいか」といった形式的な問題の立て方だけでは正しい答えを得ることは難しいように思われます。

 金融の姿、形をどのように変えようと、リスクとリターンについて、誰かが情報を収集し、分析し、的確に判断する役割を果たさない限り、真実、経済の発展には繋がりません。現在求められていることは、リスクとリターンに関する情報の生産や処理の仕方を再構築することであり、メインバンク・システムに代わる新たなコーポレート・ガヴァナンスのあり方を構築することだと言って良いと思います。

 もっとも、新たなコーポレート・ガヴァナンスのあり方を模索するのは、日本だけではありません。米国は、日本から見ますと、コーポレート・ガヴァナンスについて模範的な材料を提供していると思われていましたが、エンロンの破綻など一連の出来事のあと、米国もコーポレート・ガヴァナンスのあり方をめぐって新たな段階を迎えているように思えます。従って、我々にとって特定の教科書がある訳ではなく、正にこれからの「知恵の出しどころ」です。

4.企業金融の新たな動き

 そこで、わが国の状況を見ますと、ここ数年、企業金融の面で様々な新しい動きがみられるようになっており、今後さらなる変革を予感させるものがあります。

 第一に、1990年代からの大きな流れである「債務圧縮」の動きが続いています。

 企業部門は1998年度以降、貯蓄が投資を上回る「資金余剰主体」となっており、企業向けの銀行貸出残高も1994年以降、現在に至るまで純減を続けています。

 企業が債務を圧縮してきた要因としては、直接的には、1980年代後半のバブル期に過度に増大した債務を調整する必要があったことや、近年の経済低迷の下で新規の投資機会を容易に見出し得ない時期が長く続いたことが挙げられますが、より本質的に、企業も銀行も「時代の変化に即した、適正な財務構成」といったことを強く意識するようになったことが、今ひとつの大きな要因として挙げられます。

 企業においては、リスクとリターンの関係をきちんと比較考量し、資本と有利子負債について最適構成を実現していくという意識が高まってきているように窺われます。一方、銀行の方でも、自己資本の状況を勘案しながらリスク管理を強化するとともに、収益力向上の観点から、リスクに見合った金利設定を行う努力を強化しています。

 第二に、銀行の「株式持合い」が急速に解消に向かっています。

 因みに、この2年間で、全国銀行の株式保有額は21兆円、48%減少しました。もちろん、銀行にとって、株式保有が目的を問わずすべて好ましくないという訳ではありません。ただ、持合い株式は、機動的に保有リスクをコントロールできない性質のものですので、現下の限りある自己資本を前提とすると、銀行経営に対して不測の大きなダメージをもたらす可能性があります。その意味では、持合い株式削減努力は、銀行の経営健全性確保を狙いとしたものですが、同時に、これが進めば、株価リスクから解放された自己資本をバックに、企業支援のための融資を活発化させる道に通ずることにもなると思われます。

 第三に、貸出債権、なかでも不良債権の評価において、より的確に「経済価値」を把握しようとの動きが広がっています。

 例えば、昨年度の銀行決算においては、ディスカウント・キャッシュフローによる評価方式が取り入れられ、これに基づき引当の強化が行われたところです。このように、不良債権の評価が適正化すれば、不良債権の市場取引がより容易となり、銀行による不良債権処理が加速すると同時に、企業再生ファンドによる不良債権購入拡大を通じ、事業再生の動きが活発化することも期待されます。

 第四に、シンディケートローン市場を筆頭に、資産担保証券市場やクレディット・デリヴァティヴズ市場など新しい市場がこのところ急速に成長しています。

 例えば、1999年と2002年を比較してみますと、この3年間に、シンディケートローンの組成額は約3兆円から約11兆円へ、資産担保証券の組成額は約2兆円から5兆円弱へ、それぞれ大きく増加しています。これらは、市場を通じて資金とリスクの円滑な移転を可能とする特徴を有しており、またとくに、資産担保証券については、個々の貸出債権をプール化してリスク分散を図るといった点で、全く新しいリスク管理手法が採り入れられています。

 このほか、小口ビジネスローンやノンリコースローンといった新たな貸出形態への取り組みも積極化しています。

5.企業金融の変化の方向性

 以上申し上げた企業金融の新しい動きは、基本的に、将来への望ましい方向を指し示しているものと判断されます。

 しかし、この先急展開が期待されるかと言えば、前途なお多くの困難が待ち受けていることも事実です。

 例えば、銀行からは、「顧客との取引関係からすると、リスクに見合った金利設定は、言うは易く実現は困難」といった声が聞かれます。わが国の企業は、外部資金の多くを「比較的低利かつ固定的な」銀行借入れに依存するのが一般的であり、こうした負債の中には企業にとって「疑似エクィティ」とも言うべき性格のものが含まれています。リスクに見合った金利を求められるということは、当該企業にとっては、エクィティが突然デットに振替わるような事態を意味しており、抵抗感の強い反応が出て来るのはある意味で当然です。

 企業金融の現場で苦労されている方々の実感をそのままお伝えしますと、次のようになります。まず、銀行の貸出担当者の目には、「顧客との間では過去の長い歴史を共有している。収益性やリスクに応じた貸出金利の設定ということは、抽象的には分かってもらえても、代替的な資金調達手段である社債などの市場が十分に発達していないこともあって、具体的な話し合いは難しい」というふうに映ります。他方、機関投資家からしますと、「投資しようにも社債の発行自体が少ない」と認識されます。そして、社債の発行が少ない理由として、そもそも銀行貸出金利の水準が低すぎる、ということがしばしば指摘されます。最後に、企業ですが、特に信用度の低い中小企業からしますと、「社債の発行はおろか、銀行からの借入れも思うに任せない」と感じられます。これらはいずれも、それぞれの立場からすると、もっともな話だと思います。すべては互いに連関しており、これらの問題を解決することは、言わば、「鶏が先か、卵が先か」という面があります。

 私は、それでもやはり、今後さまざまな工夫を凝らすことにより、わが国の企業金融に、「リスクとリターンを的確に評価し、それに基づいて取引を行う」という、やや熟さない言葉かもしれませんが、そういう「クレディット・カルチャー」を定着させていくことが重要と考えています。

 以下申し上げることは決して包括的な解決策という訳ではありませんが、私としては、戦略的な観点から、次の2点を強調したいと思います。

 第一は、情報に関するインフラ作りの重要性です。

 資金の出し手が、リスクとリターンの関係を的確に理解するためには、企業金融に係る商品や取引に関する情報が適切かつ効率的に開示されることが不可欠です。

 例えば、JSLAによる貸付債権の情報開示に関する行動規範の作成はこうした方向に即した動きと言えます。

 また、各種の企業財務情報データベースは、個別企業に関する情報の統計的処理を可能とし、ユーザーの側におけるリスク管理を効率化する点で、大きな意味を持っています。

 各種の金融取引実績や市場規模を示すデータの整備も有用であり、例えば、不良債権売買市場に関する情報ベンダーの取組みも注目されるところです。

 わが国の場合、これまでは銀行貸出のウエイトが高く、借り手に関する情報が借り手とメインバンクの間だけで共有されていても、とくに大きな支障が生ずることなく済んでいました。このため、敢えてこれを変えようとすると抵抗感が出てまいります。その意味では、情報インフラの整備をはじめ、あらゆる機会をとらえて市場関係者の意識のあり方それ自体を変える努力を粘り強く行っていくことが大切と考えられます。

 第二は、金融技術革新の成果を利用して、クレディット市場の活性化を図ることの重要性です。

 他の産業と同様、金融についても技術進歩には目覚しいものがあります。なかでも信用リスクに関しては、財務指標と倒産確率などのデータに基づくリスクの定量的把握や、ポートフォリオ全体としてのリスク評価など、様々な統計的手法が導入されてきました。シンディケートローン、資産担保証券、スコアリング・モデルを利用した小口ビジネス・ローン、ノン・リコースローン、あるいはクレディット・デリヴァティヴズなどの急速な成長は、こうした金融技術革新の成果によって支えられています。資産担保証券の組成に際し、異なるリスク選好を持つ投資家にそれぞれ適合する形で、シニア、メザニン、エクィティー、といったいわゆるトランシェ分けを行うことが可能となっているのも、金融技術の進歩のお蔭と言えるでしょう。

6.シンディケートローン市場への期待

 次に、以上申し上げた新しい動きの中から、シンディケートローンに焦点を当てながら、企業金融変革への文脈をさらにやや深掘りしてみたいと思います。

 シンディケートローンに焦点をあてる理由は、効率的な情報生産・処理の仕組みが織り込まれており、それだけ先進的商品として完成度が高い、と感じられるからです。この市場の発展は、わが国企業金融の姿を望ましい方向に変え、「クレディット・カルチャー」の確立を促す上に、大きな動機付けとなる可能性があると考えられます。

 シンディケートローンの第一の特徴は、申すまでもなく、借り手と銀行との関係、エージェント行と参加行との関係が契約ではっきりと規定され、「義務」と「対価」が明確になっていることです。

 例えば、借り手と銀行との契約には、「コヴェナンツ」が設けられていますが、これは、借り手が、自らの収益性や資産内容について条件を設定し、これらを守ることを銀行に約束するものです。借り手からみると、「コヴェナンツ」を具体的に定めることで、銀行からの不必要な介入を免れ、経営の自由度が増すメリットが期待できます。他方、貸し手からみると、借り手が「コヴェナンツ」の条件を守れなくなった時に、必要な対応を迅速にとることが可能となります。シンディケートローン市場の発達している米国の状況を見ますと、「コヴェナンツ」は、その遵守が難しくなった場合に、借り手と銀行が速やかに対応策を協議し、実施に移すためのトリガーとして意識されているようです。

 シンディケートローンの契約は、エージェント行と参加行との間でも結ばれます。これによって、エージェント行は、借り手に関する情報開示や「コヴェナンツ」に係る借り手企業との調整といった責務を果たす一方、その対価としての手数料を得ることになります。この結果、エージェント行には借り手の状況をモニターするインセンティヴが生じます。

 シンディケートローンの第二の特徴は、組成の段階から貸出債権の流通が展望されている点です。

 借り手が貸し手による債権譲渡を容認するようになれば、わが国の金融市場にとってこれは劇的な変化です。従来、わが国では、借り手と銀行、とくにメインバンクとの間で、密接かつ排他的な関係が築かれており、債権が第三者に譲渡されることには強い抵抗感が存在していました。そして銀行からの借入残高のシェアが変化することにさえ違和感が示されてきました。このため、わが国のシンディケートローンの現場では譲渡可能先に関して条件を付すといった工夫もなされているようです。

 貸出債権が流動性を持つためには、既に貸出を行っている銀行以外の銀行や機関投資家にも受入可能な貸出条件が設定されていることが必要です。このため、プライマリー市場における借り手とエージェント行による貸出条件の設定に当たり、「市場価格」の存在が強く意識されるようになります。こうした動きが強まっていけば、あらためてクレディット市場へ機関投資家の参入が活発化する、という好循環が展望されます。

 勿論、シンディケートローン市場の拡大が全てという訳ではありませんが、シンディケートローン債権の流通市場の発展を通じて、債権譲渡に対する抵抗感が薄れていくようであれば、資産担保証券のような新しい証券化市場の流動性向上にも良い影響をもたらすことになるでしょう。

 また、シンディケートローン市場が発展し、「コヴェナンツ」による迅速な対応が定着していけば、その波及効果として、一般的にも、採算の低い事業に貸出や投資が継続されるということが次第に少なくなり、収益性の高い事業や産業へ資源の移動を促す切っ掛けとなることが期待されます。

 今後のJSLAの活動に益々大きな期待を寄せたいと思います。

7.日本銀行の取組み

 最後に、日本銀行としての取組みについてお話します。

金融緩和政策の3つの柱

 日本銀行は、わが国経済がデフレを克服し、持続的な成長軌道に到達するよう、金融緩和政策の効果浸透に努めています。その具体的な中身は3点に纏めることができると思います。

 第一は、金融市場に対する極めて潤沢な流動性の供給です。日本銀行のこうした政策運営は「量的緩和」と呼ばれており、金融市場の安定を確保するとともに、経済活動の回復を支援する効果を有するものです。

 第二は、量的緩和政策の継続に関するコミットメントです。これは、いわゆる「時間軸効果」と呼ばれるもので、将来の政策展開に対する人々の期待を安定化させ、やや長めの金利を低水準にとどめる役割を担っています。

 日本銀行は、消費者物価指数の前年比変化率が安定的にゼロ%以上となるまで、量的緩和政策を続けることを約束している訳ですが、去る10月の金融政策決定会合においては、その約束をさらに噛み砕いて言うとどのようになるか、明確化を図ったところです。

 そして、第三は、金融緩和効果波及メカニズムの強化です。量的緩和の効果が、企業部門や家計部門の隅々にまで及ぶためには、銀行その他の金融機関、ないしは金融市場を通じ、効率的な信用供給が広がりをもってみられるようになることが大切です。この点で、企業金融の変革は、当面の日本銀行の金融政策運営と密接な関連を持っています。

 のみならず、本日ここで詳しく申し上げたことからお分かりいただける通り、日本銀行としては、企業金融の変革は、より長期的な観点からみて、極めて重要な課題だと考えております。創造的でダイナミックなこれからのわが国経済において、企業が新しい価値を追い求め、リスクに積極的に挑戦していく上に、財務面からの必要性に寸分違わぬ形で、企業金融面から十分なサポートが得られることが欠かせないと考えられるからであります。

クレディット市場の活性化に向けた取組み

 日本銀行は、こうした考え方に立って、クレディット市場の発展を目指して様々な角度から努力を重ねております。

 第一は、民間の市場整備の動きを強くサポートすることです。貸出やCP、社債といった伝統的なクレディット市場のほか、とくにこれからは、シンディケートローンや資産担保証券、クレディットデリヴァティヴズといった、新たなクレディット市場を発展させていくことが大切です。

 日本銀行では、かねてよりJSLAおよび多くの市場参加者の努力に呼応しつつ、新しい市場について、取引約定の雛形作成、市場取引慣行の整備、統計の収集・公表などの面で地道に支援を続けてまいりました。最も新しい例としては、市場参加者からの強い要請にお応えして、来月からシンディケートローンに関する統計を作成し公表する運びとなっております。このほか、金融市場や金融機関の動きに関する様々なデータを駆使して、定量的、理論的な分析・研究を行い、成果を公表するとともに、市場参加者との間で高レベルの知識共有ができるよう努力しております。

 第二は、金融資本市場の決済インフラを整備することです。日本銀行では、1988年に日銀当座預金のオンラインによる振替業務、90年には国債のオンラインによる振替業務を開始しました。また、CP、社債、株式の決済についても、関係者と協力しながら、決済のオンライン化や「もの」と資金との同時決済化、いわゆるDVP化をサポートしてまいりました。今後は、社債や株式の完全なペーパーレス化などが予定されていますが、これについても、引続き積極的に支援を行っていく考えです。

 第三は、日本銀行自身の様々な政策手段や業務のあり方について、金融市場や民間金融機関の機能の変化を十分先取りしながら、不断の見直しを行うことです。

 1999年には、金融市場に対して流動性供給を行うオペレーションの担保として、資産担保証券(ABS)の受入れを開始し、その後も、適格資産担保証券の範囲について見直しを行ってきました。

 現在、シンディケートローンの担保受け入れについて、市場参加者の意見を踏まえながら、実務的な詰めを進めています。

 これらに加え、日本銀行は、本年夏以降、資産担保証券の直接買入措置を実施しています。

 中央銀行としては極めて異例の措置と言わざるを得ませんが、日本銀行が資産担保証券の直接買入措置に敢えて踏み切ったのは、市場が揺籃期にあって、リスクテイクを積極的に行う参加者が乏しく、組成自体が容易に進まない現実があるためです。日本銀行による市場介入によって、市場の価格発見機能を歪め、却って市場の発展を阻害するリスクもないとは言えません。日本銀行としては、これらの点に細心の注意を払いながら、買い入れスキームを設計し、慎重に運営しています。

 日本銀行としては、今後とも、市場関係者と協力しながら、できる限りの措置を講じ、市場の発展を促していきたいと考えております。先日、初回会合を開催した「証券化市場フォーラム」もその一環です。このフォーラムでは、発行体から投資家まで広く市場関係者のご参加を得て、クレディット市場の一層の整備に向けて叡智を結集することを狙いとしています。必ずや大きな成果が得られるものと期待しております。

8.終わりに

 ダイナミックな日本経済の構築に向けては、市場メカニズムによる資源配分機能をフルに活用することが必要であり、それを金融面から裏打ちするため、企業金融については、リスクとリターンを的確に評価する機能を内蔵するものへ、変革していくことが大切です。

 これが、本日のお話のポイントですが、わが国の伝統的な企業金融の仕組みは、過去の経済環境や経済構造の下では一定の経済合理性を有していました。そして、これが非常に長く通用してきただけに、方向転換には大きなエネルギーを要します。

 企業、金融機関、公的当局といった全ての関係者が、新しい考え方を十分共有し、それぞれの立場で知恵を絞り、イノベーションを進めつつ、果敢に取組む必要があります。

 日本銀行としても、今後とも率先して努力することをお約束し、本日の講演を終えさせていただきます。

 ご静聴、誠にありがとうございました。

以上