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最近の金融経済情勢について

2003年12月4日・愛媛県金融経済懇談会における春英彦審議委員挨拶要旨

2003年12月 4日
日本銀行

[目次]

  1. 1.はじめに
  2. 2.景気の現状
    1. (1)GDPの動き等
    2. (2)日本銀行の見方
    3. (3)今回の回復の特徴
  3. 3.最近の金融政策運営等
    1. (1)量的緩和政策と時間軸効果
    2. (2)金融政策の波及メカニズムの強化
  4. 4.中小企業金融の円滑化
    1. (1)中小企業金融の課題
    2. (2)中小企業金融に関する新しい動き
  5. 5.終わりに

1.はじめに

 本日は、ご多忙の中、愛媛県の経済界を代表される皆様方にご出席頂き、ご懇談させて頂く機会を得ましたことを大変ありがたく、また光栄に存じます。

 日頃は、中島支店長をはじめ日本銀行松山支店が、金融・経済の調査等々で大変お世話になっております。厚くお礼申し上げますとともに、今後ともよろしくご指導を賜りますよう、お願い申し上げます。

 本日は、まず私から最近の景気の現状や金融政策、それから若干中小企業金融の動向についてご報告し、その後、皆様方から地域の状況や金融政策についてのご意見等をお聞かせ頂ければと存じます。

2.景気の現状

(1)GDPの動き等

 11月14日に発表されたGDP統計において、7~9月期の実質GDP成長率は年率+2.2%と、4~6月期の年率+3.5%に続いて7四半期連続のプラス成長となり、2003年度の政府見通しである+2.1%は、10~3月期の年率成長率-0.8%程度で達成される状況となりました。

 GDPの約60%弱を占める個人消費は依然として横這い状態ですが、設備投資と輸出が回復を支えた形となっています。

 企業収益も好調です。ある新聞の集計によれば、上場企業の2004年3月期の予想連結業績は経常利益で全産業前期比約+20%と2期連続の増益となり、過去最高益となる見通しとなっています。これまで増益幅が小さかった非製造業も、約+15%の増益と報じられています。

 但し、消費者物価は1998年度以降下落が続きデフレ状態が継続しています。名目GDPも、4~6月期の年率+1.0%から7~9月期は再び-0.1%とマイナスとなっています。

(2)日本銀行の見方

 日本銀行はこうした景気の現状について、11月21日に公表した11月金融経済月報の基本的見解の中で10月の「緩やかな景気回復への基盤が整いつつある」から「景気は、緩やかに回復しつつある」としました。輸出の増加や設備投資の回復、特に最近になって鉱工業生産の増加が明確になっていることを理由としています。

 一方、先行きについては、「景気は回復を続けるが、そのテンポは緩やかなものにとどまると考えられる」としています。その理由として、海外経済の成長とともに輸出、生産は増加し、設備投資も回復するものの過剰債務などの構造的な要因や、雇用・所得環境から個人消費が横這いの状態を続ける可能性が高いことを挙げています。

 また、消費者物価については「米価上昇の影響などにより、前年比が一時的にゼロ%以上となる可能性も考えられるが、需給バランスが徐々に改善しつつもなおかなり緩和した状況のもとで、基調的には緩やかな下落を続けると予想される」としています。

 実際に、その後発表された10月の消費者物価は前年比+0.1%と5年半振りのプラスとなりましたが、これは米価や医療費などの一時的な要因が大きく、基調としてマイナス幅は縮小していますが、マイナスの状況は続いていると考えます。

 具体的な日本銀行の経済成長率や物価の見通しは、10月31日に公表した6ヵ月毎に公表する通称展望レポートの基本的見解の中で政策委員会メンバーの大勢見通しとして、実質GDPは前年度比で2003年度、2004年度とも+2.3%から+2.6%と+2%台半ば、生鮮食品を除く消費者物価指数前年度比では、2003年度は-0.3%から-0.1%、2004年度は-0.5%から-0.2%と、ごく緩やかな下落が続く見通しを公表しています。

 また、この見通しを上振れまたは下振れさせるリスクとして、第1に米国や欧州、そして中国を中心とする東アジア経済の成長の持続性、第2に為替レート、株価、金利などの動向、第3に不良債権処理や金融システムの動向、第4に国内経済の製造業大企業を中心とする回復の非製造業や中小企業、さらには家計部門へのスムースな波及を挙げています。

(3)今回の回復の特徴

 今回の景気回復は昨年2002年1月から始まったとされており、これまで既に23ヵ月続いていますが、これはバブル崩壊以降の景気回復としては、1993年10月から始まって43ヵ月続いた第1回、1999年1月から始まって21ヵ月続いた第2回に続く第3回目のものです。

 今回2002年1月から始まった回復は今年に入ってイラク戦争や原油価格の上昇、さらにはSARSの流行などによって失速が懸念されるという事態となりましたが、結果として海外経済の回復とともに7~9月以降、輸出や鉱工業生産の回復が確認されました。

 本格的なデフレ克服に至らなかった前2回、特に比較的短期間で終了した第2回に対し、今回の第3回目の回復が「2度あることは3度ある」となってしまうのか、「3度目の正直」となってデフレ克服に繋がるのかが問題です。勿論、楽観はできず、民間、政府それぞれの努力が必要ですが、私は必ずしも悲観する必要もないように考えます。

 今次回復の特色として3点挙げてみたいと思います。第1は、前2回の回復は輸出と財政支出に支えられた回復であったのに対し、今回は、厳しい財政事情から現在も毎年30兆円以上の赤字を出し続けていると見られますが、財政支出の増加は行われておらず、回復は輸出のほか、リストラや企業再編、新しいビジネスモデルの構築によって収益力を強化した企業の設備投資の増加によって支えられていることです。

 第2は、回復を主導している輸出を支えているのが、今回は米国と並んで東アジア、特に中国向けの輸出が大きく伸びていることです。中国や東アジア経済も結局のところ米国に依存している面が大きいことは否定できませんが、特に中国はこれまでの高成長の結果、消費活動も活発となり自律的な成長段階に入っており、日本の製造業の空洞化をもたらす面はあるとしても、日本製品のマーケットとして、または日本の製造業のパートナーとして、力強い存在になっています。

 第3は、不良債権問題への対応状況です。過去2回の回復過程に比べ、今回は対応の進捗状況が、より目に見えるようになってきています。すなわち、今回は、政府の金融再生プログラムに沿って、大手行は不良債権比率を2002年3月期末の8%台から2005年3月期末に4%台まで半減させるよう求められています。2003年9月中間期では、大手行7グループの不良債権残高は17.6兆円と3月期末対比で約14%減少、不良債権比率も3月期末の7.2%から6.3%へ-0.9%低下し、目標とする4%台が視野に入ってきました。

 以上3点は、今回の回復の力強さを示していると見ることもできると思います。

 今後、この3回目の回復が本格的なデフレ克服に繋がっていくかどうかがポイントです。先程の日本銀行の展望レポートで掲げた4つのリスクに示されていますが、特に解決していかなければならない課題としては2005年4月のペイオフ解禁を控えて第3の不良債権処理の推進等による金融システムの健全化を図ること、そして第4のこれまでの製造業大企業を中心とする回復を、第1次産業を除く雇用の約75%を占める非製造業や同じく約70%を占める中小企業、さらには個人消費、住宅投資を合計してGDPの約60%を占める家計部門の活性化に結び付けていくことが欠かせないと考えます。

3.最近の金融政策運営等

(1)量的緩和政策と時間軸効果

 日本銀行は2001年3月以降、それ以前の短期の市場金利を操作の対象とした金融緩和の結果、短期金利がほぼゼロまで低下した中で、金融機関が日本銀行に持つ、本来、金融機関同士の資金決済のための口座である当座預金の残高の量を対象とする枠組みに、金融政策を変更しました。

 日本銀行は金融機関との間の国債や手形などの売買、所謂オペを通じて金融調節を行っていますが、このオペなどで供給される資金は、金融機関の持つ日本銀行の当座預金に入金されます。金融機関はその当座預金に一定の残高(現状は4兆円)を準備預金として積むよう義務付けられていますが、その必要量を超えて、大量の資金が日本銀行の無利子の当座預金に預けられるほど潤沢に、日本銀行から金融機関へ資金を供給して、貸出などに資金が回り易くすることとしたのです。

 さらに、日本銀行はこの枠組みを、「消費者物価(全国、除く生鮮食品)の前年比上昇率が安定的に0%以上となるまで継続する」と宣言しています。

 このような量的緩和政策は、これまで、金融機関の流動性に関する懸念を取り除き、国内はもとより、国際的にもかつてないほどの低金利を実現させて経済に対して下支え効果を発揮してきましたが、残念ながら長く続くデフレを克服するに至っておりません。

 こうした中で日銀は、10月10日、量的緩和政策の効果をさらに確かなものとするため、幾つかの措置を決定、公表しました。まず、それまで最長期間が6か月となっていた国債買現先オペについても、手形買入オペや短期国債買入の最長期間と同様に1年に延長しました。このようなオペの対象期間を長めにすることやオペの対象の範囲を広げることによって機動的に資金を供給しようとしています。

 また同日には、日本銀行当座預金残高の目標値について、2001年の5兆円から2003年5月まで順次引き上げ「27兆円~30兆円」となっていたレンジを「27兆円~32兆円」として、レンジの幅を広げました。これにより一層、機動的な金融調節を行っていこうとするものです。

 さらに、量的緩和の解除に関し、3つのポイントを明らかにしました。具体的には、(1)消費者物価の前年比上昇率が単月ではなく、数ヵ月均して観察し、基調的な動きとして0%以上であると判断できること、(2)政策委員の多くが1年ないしは1年半の見通し期間における消費者物価指数前年比について0%を超える見通しを持つこと、さらに、(3)この2つの条件を満たしても、経済・物価情勢によっては量的緩和政策を継続する場合があるということです。

 市場では景気が回復基調に入り、消費者物価の上昇率も先程も触れたように10月には+0.1%とプラスになったこともあって、日銀が早めに緩和政策を解除するのではないかとの懸念もあるようですが、敢えて言えば、日本銀行は量的緩和政策の解除については、デフレ克服の展望をしっかりと確認した上で、ワンテンポ遅れるくらいのタイミングを考えていると言っても良いのではないかと考えます。

(2)金融政策の波及メカニズムの強化

 金融政策とGDP、物価の関係については、基本的に金利を下げることによって消費や投資が増加し、GDP成長率が高まり、物価が上昇するとされていますが、先にも述べたように2001年3月の時点で既に金利はゼロとなっており、このため日銀は現在の量的緩和政策を採用しました。これは日銀が金融機関に対し潤沢な資金を供給することを通じて家計や企業に資金が十分に供給され、そして消費や投資を増加させることを期待したものです。

 2001年3月の量的緩和開始以来、最近時点までに金融機関への資金供給を示すマネタリーベース(日本銀行券、貨幣+日銀当座預金)は約70%増加しましたが、家計や企業への資金供給を示すマネーサプライ(日本銀行券、貨幣+銀行・信金等金融機関の要求払い預金・定期預金等)は約7%の増加に止まっています。この間の実質GDPの増加は1.4%、消費者物価指数は1.3%のマイナスです。

 この背景としては、(1)家計がリストラや新卒の就職難、年金の不安などから消費に慎重だったこと、(2)企業が過剰債務、過剰雇用、過剰設備の中で債務の返済を優先させ設備投資に慎重であったこと、(3)金融機関が不良債権処理や自己資本比率規制、さらには地価下落に伴う借手の担保不足などから貸出に慎重であったことなど、それぞれの主体としては合理的な行動が結果として、金融政策の効果を限定的なものとしたと考えます。

 こうした状況にあって日本銀行は企業金融の円滑化を図るなど、金融政策の波及メカニズムの強化に努めてきました。

 具体的には、(1)資産担保証券市場の発展を支援するため、8月から金融調節手段としてABCP、ABSなど資産担保証券の買入を開始し、これまで約2,000億円を買入れたほか、広範囲な市場参加者による「証券化市場フォーラム」を主催し、11月7日に第1回を開催しました。

 また、(2)11月21日、シンジケートローン市場の発展を支援するため、シンジケートローン債権を担保として受入れることを決定しました。

 さらに、日本銀行は金融システムの安定化に向けて、銀行が保有する株式の価格変動リスクの削減に資するよう昨年11月から銀行保有株式の買入を開始し、これまで約1兆8000億円を買入れていますが、金融機関のリスクテーク力を強める面では、この施策も波及メカニズム強化に一定の寄与があったものと考えます。今後も引き続き波及メカニズムを強化する方策を検討、実施していく考えです。

 なお、先週末の11月29日には金融危機対応会議を経て足利銀行を特別危機管理銀行とすることが決定され、日銀は金融庁長官および財務大臣からの要請を受けて、同行の業務継続に必要な資金を供給する所謂特融について、必要に応じて実施する方針を決定しました。

4.中小企業金融の円滑化

(1)中小企業金融の課題

 中小企業の活性化のためには中小企業金融の円滑化が欠かせませんが、日銀短観を見ても企業側から見て金融機関の中小企業に対する貸出態度は依然として厳しく、貸出残高も大企業向けよりも大きく落込んでいます。

 中小企業の資金調達の特徴は、所謂メインバンクからの土地担保や個人保証による借入が中心で、自己資本比率が低く、約定日毎にロールオーバーを繰り返す形の短期の借入金が言わば自己資本に代る機能を果たしてきたとされています。

 ところがデフレ等により企業業績が悪化すると、土地価格の下落により担保価値が低下し、金融機関の側にも不良債権処理による自己資本比率の低下や利鞘確保の必要があって債務者に厳しい態度を取らざるを得ない状況が出て参ります。この場合、個人保証の存在は、経営者にとって重荷になっていきます。

 また、現在、中小企業にとっての資金調達先は、金利5%以下の金融機関借入と金利15%以上の所謂貸金業者の借入しかなく、その中間のミドルリスク・ミドルリターンの借入の余地が小さいという問題もあります。

 一方、金融機関にとっては、大手行を中心に不良債権の処理は進展しつつあり、収益力拡大のための貸出拡大のニーズはありますが、大企業は依然として債務の返済を優先しながら社債やCPなどの直接金融にシフトしているため、リスクに見合うリターンを得られる可能性のある中小企業金融や住宅ローンなど個人金融にも目を向けるようになっており、中小企業金融の円滑化に向けた新しい動きが見られています。

(2)中小企業金融に関する新しい動き

 その第1は、不動産担保、個人保証に頼らない融資の動きです。

 最近では審査の効率化により、融資の申込みに対して即日可否を決定し、無担保のリスクを若干高目の金利でカバーする形での所謂無担保、無保証の小口ビジネスローンへの取組みが活発になっています。

 また、従来商社やリース会社などが行っていた中小企業が保有する売掛金や在庫、設備などの動産を担保とする金融を支援、拡大する動きもあります。具体的には、商社やリース会社などの金融に信用保証協会の保証を付けることや、金融機関がこれらの担保を取り易くするため動産担保公示制度や債権譲渡について法改正の検討も始められています。

 問題の多い個人保証についても、金額や期限に制限を設けない所謂「包括根保証」を無効とすることにより個人保証に上限を設ける法改正も検討されているようです。

 その第2は、貸付債権の証券化等市場型間接金融により資金供給者を多様化し、リスクを分散する動きです。

 メインバンクは相対型の間接金融により中小企業金融を行っていますが、融資後に貸手が貸付債権を証券化し機関投資家に売却することにより資金負担やリスクを分散することができます。

 既に自治体主導で金融機関が保有する中小企業向けの貸付債権を証券化する所謂CLOの取組みが行われており、2000年3月の東京都に続いて福岡県、大阪市、大阪府が実施しています。

 シンジケートローンもそうですが、将来譲渡することを前提に仕組みが作られるので、リスクに見合う金利が形成されるとともに、地域の金融機関にとって特定の地域や業種に債権が集中することによるリスクを分散することに繋がります。

 日銀はこうした市場を育成するため、先程触れたように資産担保証券の買入やシンジケートローン債権の担保受入れを開始しています。

 第3は情報を取ることが難しい中小企業の情報に関するインフラであるデータベースの整備と審査手続の改善の動きです。

 先程触れた小口ビジネスローンのように新規の借手の申込みに対し即日融資の可否を決定するためには、金融機関個別の取引先データベースのほか、広く中小企業をカバーする共通のデータベースが必要です。

 具体的には、古い歴史を持つ民間信用調査機関のほか、2000年4月に発足し30万件のデータを持つRDB(日本リスクデータバンク)、2001年3月、中小企業庁が中心となって設立し、既に160万件のデータを持つCRD(中小企業信用リスクデータベース)があります。

 また、1999年5月に発足した地銀11行による「信用リスク定量化共同システム」は100万件のデータを持っていますが、このほど地銀64行が参加し、システムの高度化を図ることが決定、発表されました。

 第4は企業再生への取組強化です。

 バブル期の投資の失敗等でバランスシートは悪くなっているが、事業自体は十分な競争力がある中小企業に対し、企業再生を支援する動きが活発化しています。

 多くの金融機関が内部に企業再生を専門に担当する部署を設置しており、企業再生ファンドについても、これまで外資系ファンドの動きが活発でしたが、国内の投資ファンドの動きも活発になり、最近では各県毎に企業再生ファンドを作る動きもあるようです。

 また、各県に設置された中小企業再生支援協議会は9月29日までに全国の累計再生完了案件17件、1,259名の雇用が確保されたと発表しています。

 日本銀行としても、支店ネットワークを活用しながら、企業金融の円滑化や企業再生に関する政府や民間の研究会などに積極的に参加して、情報の提供や提案を行っています。

5.終わりに

 日本経済は回復しつつあると言うものの中央と地方、大企業と中小企業、製造業と非製造業という較差は依然として大きく、回復の実感に乏しいという声も多く聞かれます。日本経済の本格的回復には、まず地域が元気になるということが肝要で、地域の企業、特に中小企業やベンチャーの元気が欠かせません。本日はこれから皆様より愛媛県や四国地方の状況等についてお話をお聞かせ頂きたいと思います。また、日本銀行に対するご意見、ご質問なども是非お聞きしたいと思います。

 また、今後とも日本銀行、特に松山支店を引き続きご支援頂くとともに、是非その能力をご活用頂くよう、お願いいたします。

以上