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福岡での各界代表者との懇談における総裁挨拶要旨

  • *文中に一部誤りがありましたので、次のとおり訂正致しました(2003年12月9日):

    4.金融システムの現状と課題、(大手銀行)の第1段落
    (誤)14年9月末をピークに減少を続けています。
    (正)14年3月末をピークに減少を続けています。

2003年12月 8日
日本銀行

[目次]

  1. はじめに
  2. 1.日本経済の現状と持続的な回復への課題
  3. 2.金融政策運営
  4. 3.金融政策運営の透明性強化
  5. 4.金融システムの現状と課題
  6. 5.来年に向けた金融システムの課題
  7. おわりに

はじめに

 九州経済界を代表する皆様方とお話する機会を頂き、大変嬉しく存じております。また、平素より、私どもの支店が大変お世話になっており、本席をお借りして厚く御礼申し上げます。本日は、金融経済情勢や金融政策運営、金融システムの問題などについてお話したいと思います。

1.日本経済の現状と持続的な回復への課題

日本経済の現状

 日本銀行では、年2回、経済・物価の先行き見通しについて、標準的なシナリオと様々なリスク要因という形でとりまとめ、報告書(展望レポート)を公表しています。本席では10月末にまとめた展望レポートの内容を中心に、その後の変化を織り込みながら、日本経済の現状と先行きについて、私どもの考え方をご説明します。

 日本経済は、夏場頃までは総じて横這い圏内の動きを続けていましたが、ここにきて緩やかに回復しつつあります。企業部門では、収益が改善する下で、設備投資が緩やかな回復を続けています。また、輸出も海外経済の好転を背景に、夏場以降横這いから増加に転じています。生産は輸出の増加にも関わらず、冷夏の影響などから回復がやや遅れていましたが、最近になって増加に向かい始めたことがはっきりしてまいりました。

 このように、輸出や設備投資の増加が明確に生産の回復につながってきていることは、漸く前向きの循環メカニズムが作動し始め、日本経済が回復軌道に乗りつつあることを窺わせます。

日本経済の先行き

 先行きについても、本年度下期から来年度を通じ、緩やかな景気回復が続くとみています。

 世界経済の動きをみると、IT関連需要の回復もあって、米国、そして、中国を筆頭とする東アジアが高めの成長を続けると予想されますし、欧州も景気底入れがはっきりしてきています。こうした状況の下で、国内では、輸出や生産がさらに増加し、それが企業収益の改善を伴いつつ設備投資の回復を一段と促していく、そういうシナリオが実現する蓋然性が高くなっていると考えております。

 もっとも、企業部門においては非製造業を中心に過剰債務の問題が残存するなど、構造的な調整圧力の根強さが窺われますし、家計部門についても、当面は雇用や所得環境の明確な改善を期待することは難しく、個人消費は概ね横這い圏内の動きを続けると思われます。このような事情を考慮すると、景気の回復が続いても、そのテンポは緩やかなものに止まる可能性が強いと考えられます。「緩やかな回復」の「緩やか」という形容詞がとれるまでには、なお暫くの時間を要することになりそうです。

 この間、消費者物価指数(除く生鮮食品)は、医療費自己負担やたばこ税の引き上げといった要因に加え、10月には冷夏の影響による米の値上がりもあり、前年比+0.1%と5年6か月振りにプラスとなりました。しかし、消費者物価指数は、このように一時的な要因によって振れることはあるにしても、引き続き需要が潜在的な供給能力を下回るもとで、本年度、来年度とも基調的には小幅の下落を続けるものと予想されます。

 日本経済に関する私どもの見方は以上の通りですが、当然こうしたシナリオには様々な不確定要因が伴っています。日本銀行では、これをリスク要因という言葉で表現していますが、とくに世界のIT需要動向や米国経済の展開、国内の金融システムの状況、金融資本市場等の動きなどに注目しています。これらのリスク要因如何によっては、シナリオが上振れあるいは下振れする可能性がある点には注意が必要です。

持続的な回復に向けて

 日本経済が持続的な成長軌道に辿り着き、デフレから脱却するためには、先程述べた循環的な要因による回復だけでは十分とは言えません。企業の過剰債務や金融システム面の弱さなど構造的な問題を解決しつつ、新しい価値創造を目指して企業や消費者の成長期待が高まり、それが活発な支出活動につながっていくことが必要です。

 企業部門においては、過去10年以上の長期にわたり、過剰債務や過剰雇用等の問題解決に向けて着実な取組みが続けられています。とくに製造業大企業では、損益分岐点の引き下げを通じて、売上高経常利益率が大幅に改善し、バブル崩壊以降最も高い水準に達しています。それに加え、新しい成長分野への投資や効率的な国際分業体制の構築などにより、生産性の向上を積極的に追求する動きもみられます。

 今後こうした動きが、非製造業、さらには中小企業を含めた企業部門全体に拡がっていくかどうか、わが国経済を持続的な成長軌道へ導く上で重要な鍵がそこに託されています。

 私はこれまでも様々な機会を捉え、わが国経済の活力を高めるためには、人々の新しいニーズを探り当て、それに高度にマッチした製品やサービスを提供する、言い換えればそうした形で企業の付加価値創造力を向上させていくこと、そして、アジアとの相互依存関係をより重層的なものに深化させていくこと、この二つがとくに重要であると述べてきました。

 この点、福岡をはじめ九州地区では、既に相当積極的な取組みがみられると聞いております。

 とくに、地域が一体となって、「自律的経済圏」の形成を目指す動きを進めておられることに、私は深い関心を抱いております。環境対応技術の開発を通じた新しい産業集積の推進や海外を主要なターゲットとする観光戦略作りなど、需要創出型かつ付加価値の高いビジネスの仕組みを、企業や業種の枠を越え、地域を挙げてこれを構築しようとしておられるところに、当地の活力と先見性を強く感じます。

 また、九州地区は、早くからアジアとの相互依存関係の構築に努めてこられ、現在も、九州とアジアの中小企業を結ぶ電子商取引市場の推進や、経済文化圏形成に向けた交流の促進など、様々な取組みが進められていると伺っております。当地の輸出入の5割以上がアジア向けとなっているほか、当地企業の海外進出先の75%がアジア諸国となっていることなどに、アジアとの連携強化に向けた努力の成果が表れているとみられます。

 アジアは、わが国企業にとっては需要の大きな拡がりを展望できる市場であると同時に、安価な労働力を背景とした強力な競争相手でもあります。こうした特色を有するアジアとの相互交流、切磋琢磨を通じて、当地の企業が競争力をさらに強め、地域経済の一層の活性化に貢献していかれることを強く期待しております。

2.金融政策運営

 次に、私どもの金融政策運営についてお話したいと思います。

 日本銀行は、いわゆる量的緩和政策の下、日銀当座預金残高をターゲットとして潤沢な資金供給を続けております。今年に入ってからも、対イラク戦争や新型肺炎の問題などリスクの高まりを意識しながら、4月、5月と二度に亘り当座預金残高目標の大幅な引き上げに踏み切りました。

 また10月には、金融調節の柔軟性を高め流動性供給をより機動的に実施していくことを目的として、当座預金残高目標レンジの上限を引き上げました。漸く出てきた経済の新しい「芽」を大切に育てていくことを狙いとしたものです。様々な不確定要因を引きずりながら景気が回復に向かう局面においては、市場参加者の先行きの予想が微妙に振れ、市場の資金ニーズにも従来にない新しい変化が生ずる可能性があります。私どもの金融調節も、こうした動きに柔軟に対応できるようにし、それを通じて景気回復に向けての動きを少しでも確かなものにしたい、と考えた訳です。

 当座預金残高は年初には約20兆円の水準でしたが、現在は約30兆円という高さに到達しており、現在この水準を中心として日々の市場情勢にマッチしたきめ細かい調節が行われています。

 また、私どもは、今申し述べたような潤沢な資金供給による金融緩和の効果を経済のすみずみにまで浸透させていくため、波及メカニズムの強化にも取組んでいます。8月に中堅・中小企業関連資産を主たる裏付けとする資産担保証券の買入れを開始したほか、先般新たにシンジケート・ローン債権を担保として受け入れることとしたのも、そうした取組みの一環です。

 なお、当面の金融政策運営とは別に、より長期の視点から見ても、これらの措置は重要な意味合いを持っています。こうした動きが切っ掛けとなって、市場関係者の新しい工夫、行動が呼び起こされていけば、銀行貸出という従来型の資金調達ルートに加え、市場を通ずる様々な資金調達ルートが整えられ、これからの時代の日本経済に相応しい金融の姿を構築していく道が拓かれると期待されるからです。

3.金融政策運営の透明性強化

透明性強化の内容

 金融政策の運営に当っては、有効な施策を適切なタイミングで実行していくことが最も重要であることは申すまでもありません。しかし、それと並んで、日本銀行が、経済・物価情勢をどう判断しているのか、どのような考え方に基づいて政策を運営しているのか、こうした点を人々に分かりやすく説明し、理解を求めていくことも重要です。

 新しい日銀法においては、日本銀行が政府から独立して金融政策を行うこととなった以上、意思決定プロセスを国民の前に明らかにし、いわゆる「透明性」向上に努めるべき旨、規定されています。

 日本銀行としても、人々の理解が得られれば得られるほど、政策の効果が高まると考えています。

 こうした観点から、10月の金融政策決定会合では「透明性」強化策として二つのことを決定しました。

 第一に、経済・物価情勢に関する日本銀行の判断について、分かりやすく、よりタイムリーに情報発信していくため、冒頭にお話した年2回の展望レポートに加え、各々その3か月後に中間評価を行い、これを公表することといたしました。

 中間評価は、展望レポートで示した経済・物価の標準シナリオと比較して、その後の足取りをみるとどのような変化が生じているか、すなわち、標準シナリオと比べ上振れしているか、下振れしているかなどをきちんと点検し、明らかにしていこうとするものです。

 第二に、量的緩和政策の継続に関するコミットメントの明確化です。量的緩和政策について日本銀行は、「消費者物価指数(除く生鮮食品)の前年比変化率が安定的にゼロ%以上となるまで継続する」ことを約束していますが、「安定的にゼロ%以上」とは具体的にどのような状況か、この点をより明確にすることにしました。

 ポイントは三つです。まず、消費者物価指数の前年比上昇率が単月でゼロ%以上となるだけでなく、「数か月均してみてゼロ%以上、つまり基調的にゼロ%以上となった」と判断されることです。

 また、足許がゼロ%以上となるだけでなく、先行き再びマイナスとなると見込まれないことです。具体的にいえば、展望レポートでは、4月は当該年度、すなわち先行き1年程度を、また10月は当該年度と翌年度、すなわち先行き1年半位の期間を想定して経済・物価の姿を記述していますが、当該見通し期間において、政策委員の多くが、「消費者物価指数の前年比変化率がゼロ%を超える見通し」を示すようになれば、この条件が満たされたということになります。

 そして、この二つの条件はあくまで必要条件であり、これらが満たされても、経済・物価情勢如何によっては量的緩和政策をなお継続することもありうる、そうした点も明らかにしました。

 このようにコミットメントの内容を明確化することにより、量的緩和政策の継続に向けての日本銀行の姿勢を、市場および一般の方々により正確に伝えることができるようになったのではないかと考えております。

情勢判断と政策運営のタイミング

 先般導入した金融政策の透明性強化の内容は以上のとおりですが、これらの措置に対して、幾つかの問いが投げかけられておりますので、少し補足的に説明したいと思います。

 第一の質問は、中間評価は何故毎月行わないのか、というものです。経済は刻々変化している訳ですから、毎月、さらに言えば、毎週中間評価を行うことも理屈の上では考えられます。しかし、十分なデータの蓄積を待たず、あまり頻繁にこれを行うことは、判断の正確を期すうえで問題ですし、判断が振れると却って市場を混乱させる惧れもあります。金融政策レポートやインフレーション・レポートを公表している海外の中央銀行をみても、3か月に一度としているところが多いようですが、日本銀行としても、経済の経路に関する基本的な見方を示すという目的を考えると、3か月くらいの間隔で判断を公表するのが適当ではないかと考えられたものです。

 ただ注意しておいていただきたいのは、だからといって3か月経たなければ政策変更は行わないということではない点です。基本的な情勢判断は3か月程度の間隔をおいて行うにしても、経済・物価情勢は刻々変化するものであり、毎回の金融政策決定会合においてこれをつぶさに点検するとともに、その都度政策変更の要否を判断していかなければなりません。展望レポートや中間評価のタイミング如何に関わらず、必要と判断されれば機を逸することなく政策対応を行うという点はこれまでと全く変わりはありません。

コミットメントの明確化と政策対応の機動性

 第二の質問は、量的緩和政策継続についてのコミットメントをあまりに明確化すると将来の政策運営の機動性を損なう結果とならないかというものです。

 とくに、現在の日本銀行は、消費者物価指数という特定の経済指標にリンクさせて政策運営のコミットメントをしているわけですので、極めて異例のことであり、このような疑問が湧いてくるのもある意味で当然のことかもしれません。

 日本銀行としても、政策対応の機動性を軽視する積りは全くありません。ただ日本銀行としては、こうした点には十分注意を払いつつも、日本経済をデフレから脱却させていく道程はなお険しい、との判断に立って、敢えてこのような明確なコミットメントが必要と考えるに至ったものです。そこには、今後の政策運営に対する日本銀行の強い決意が込められていることを読み取っていただきたいと思います。

4.金融システムの現状と課題

 次に、金融システムの動向について申し述べます。

 わが国の金融システムの現状は、全体としては、依然厳しい状況にあると言わざるを得ません。しかし、大手銀行を中心に健全化に向けた取組みの成果が徐々に目に見えるようになってきたことも事実です。

 まずは、この点について、大手銀行と地域金融機関の中間決算などを踏まえつつ確認していきたいと思います。

大手銀行

 大手銀行では、前年度に多額の増資を行う一方、不良債権の引当てをかなり強化したこともあって、15年9月期は、不良債権処理に伴う損失額が減少しました。こうしたことを主たる背景として、先般公的資本の注入を受けたりそなグループを除き全行で黒字となり、業績は大きく改善しました。また、不良債権残高もバランスシートからの切離しが進行したことから、14年3月末をピークに減少を続けています。

 また保有株式の残高も、この9月期には、中核的な自己資本を大きく下回るところまで減少しました。それだけ株価変動リスクに晒される度合いが低下し、この面からも、銀行収益の安定性が向上してきております。

 この他、収益力の底上げという意味では、一層のコスト削減に加え、いわゆるフィー・ビジネスの拡大などの努力も徐々に成果が出てきているように思います。

地域金融機関

 次に地域金融機関について申し上げます。

 ご案内の通り、先月末、足利銀行に対して、一時国有化の措置がとられました。簡単にその経緯を述べますと、まず同行から、「9月期決算において債務超過となり、預金等の払戻しを停止するおそれがある」との申し出がありました。足利銀行は栃木県を中心に極めて大きな金融機能を有しており、政府としては、これをそのまま放置すれば、地域における信用秩序の維持に極めて重大な支障が生じるとの判断から、金融危機対応会議を開催し——因みに私もメンバーの一人ですが——預金保険法102条第1項3号に基づく措置、即ち同行を特別危機管理の対象とすること(いわゆる一時国有化)を決定した次第です。

 本措置により、同行は通常通り業務を継続するとともに、預金、インターバンク取引を含め、全ての債務の円滑な履行が確保されることとなりました。今後は、新経営陣の下、経営を立て直し、出来るだけ速やかに受皿となる金融機関への営業譲渡等を図っていくことになります。

 その間、日本銀行としては、必要とあればいわゆる「特融」実施を含め、流動性面から万全のサポートを行っていく方針です。

 幸い、他の地域金融機関をみますと、現時点で足利銀行のような状況に立ち至っているところはありません。最近発表された中間決算をみても、不良債権処理に伴う損失が減少していることなどを背景として、業績の改善をみている先が少なくないのが実情です。

 ただそうはいっても、地域金融機関にとっても非常に重要な課題である不良債権の経済価値のより適切な把握、それに基づく引当ての強化、企業再生への取組みなどの点では、やはり全国的には、大手銀行が一歩先行していることは否定できないように思われます。地域経済においては、業況回復への動きが遅れがちな中小企業非製造業のウエイトが高いほか、地価も下落を続けるなど、地域金融機関にとって経営環境は依然厳しいものがありますが、それだけに、地域金融機関の経営者のご努力に対しては各方面から一段と強い期待が寄せられております。私どもも、考査その他あらゆる機会を通じ、及ばずながら出来る限りのご支援をして参りたいと考えております。

5.来年に向けた金融システムの課題

 以上申し上げた金融システムの現状を踏まえ、来年の課題を展望してみたいと思います。

 来年は、17年4月からのペイオフ全面解禁、すなわち流動性預金の全額保護の終了、という次のステージへ進むための仕上げの年と位置づけられます。私は、ペイオフ解禁は単なる預金の保護範囲の変更に止まるものではなく、金融機関が民間企業として真に自立した経営を確立していくための「最後のハードル」と捉えるべきだと考えています。

 17年3月末は、大手銀行の不良債権残高比率半減という政府目標や産業再生機構による債権買取の最終期限であること、同年4月からは固定資産の減損会計が導入されることなど、色々な区切りがここに置かれていることも、十分意識しておかなければなりません。

 産業界においては、経営体質の改善や競争力強化のために、懸命な努力が続けられています。わが国経済がグローバルな競争に立ち向かいつつ、逞しく発展していくためには、民間の創造力と活力こそが原動力となります。こうした中で、産業界と一体となって日本経済を支えていくべき金融機関が、いつまでも手厚いセーフティネットの下「官主導で動かされている」状態では、真の意味で日本経済のダイナミックな発展は望めません。価値創造主軸のこれからの経済社会においては、企業だけでなく金融機関にとっても、参入・退出、統合・再編といった新陳代謝が常態化することは避けられないと思います。それ故、少しでも早く「自力で走る」体制を整え、市場からの信認を高めていくことが不可欠だと考えます。

 以下では、そのための課題を幾つか整理してみたいと思います。

企業再生

 わが国経済の仕組みの刷新と、金融システムの健全化をさらに加速していく観点からは、金融機関において、不良債権問題の処理に一段と拍車がかけられるとともに、特に大手銀行において、企業再生への取組みに次第に大きな比重がかけられていくことが大切だと考えられます。

 大手銀行各行においては、既に企業再生専門会社の設立などにより、その体制が整ってきているように伺われますが、今後個別案件処理の実績を多く積み上げていって欲しいものと願っております。

 また、産業再生機構や整理回収機構の活用の面でも、さらに工夫を凝らしていく必要があるように思われます。

地域経済への貢献

 もちろん、大手銀行のみならず、地域金融機関の取引先である地元企業の中にも、今なお財務面で過去の負の遺産が大きいため、有用な技術やノウハウを持ちながら、なかなか業況が上向かない先も少なくありません。その意味では、地域金融機関も、基本的には大手銀行と同じ課題に直面しているといえましょう。実際、私どもが地域金融機関から伺っているところでも、綿密な経営相談、経営支援強化、事業再生への取組みなどを優先課題として採り上げる先が増えてきております。私どもとしては、こうした努力が、順次、具体的な成果に繋がっていくことを期待しております。

 また、これからは「地方の時代」といわれていることを念頭に置くと、地域金融機関には、企業の再生とともに、より前向きに、新しく台頭する地域産業を支援していくことも重要です。

 バイオテクノロジー等の先端技術や資源リサイクル等の環境対応技術開発を通じた新たな産業集積、地方都市の再生、観光、医療、介護サービスなど、色々な分野で、少しずつ具体的な動きが見られるようになってきています。それらの流れを確りとしたものとし、地方から「新しい風」を吹き起こす上に、地域金融機関に対しては、新しい役割が期待されています。

 こうした期待に応えようとすると、地域の金融機関としては、従来と異なる発想で仕事の組み立て方を見直す必要が出て来るでしょう。担保や保証には必ずしも依存出来ず、プロジェクトの性格を見究めながら、地域金融機関として取れるリスクと取れないリスクを的確に判別するとともに、プロジェクト全般の円滑な運営に必要なアドヴァイスを提供するノウハウを築くことなどが、その例ですが、これらは地域金融機関それ自身の活性化にも繋がる面があるのではないか、と感じられます。

 私としては、地域金融機関がそうした方向に沿って是非とも底力を発揮して頂きたいと願っている次第です。

新しい公的資本注入制度

 先程も申し上げたとおり、ペイオフ全面解禁は、真の意味で金融機関経営の自立へ向けて前進することを意味します。したがって、これからは、残る不良債権問題の処理をはじめ、様々な課題に対しては、自らの経営判断を一層前面に押し立てながら乗り切っていくことが基本です。

 しかしながら、経営再構築の前提として資本基盤の強化を図ろうとしても、限られた時間の中では、自助努力の範囲を超えるケースも考えられます。こうした事態に備え、金融危機対応として用意されている公的資金投入の現行枠組み(預金保険法102条)とは別に、必ずしもシステミック・リスクの存在を条件としない、新しい公的資金投入の仕組みが工夫されてしかるべきではないかと考えられます。

 もちろん、資本注入の枠組みを追加することについて様々な慎重論があり、それぞれ傾聴に値する内容を含んでいることはよく承知しております。そうした議論を踏まえながら、民間の努力を後押しする、いわば最後の公的サポートとして、新しい枠組みが適切に設計されていくよう、叡智が結集されていくことを願っております。

おわりに

 以上、いろいろと申し述べましたが、日本銀行は、今後とも民間の努力をサポートし、日本経済の新たな発展に向けて、最大限の努力を続けてまいる方針です。

 ご静聴、誠に有難うございました。

以上