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最近の金融経済情勢と金融政策運営

 京都市における金融経済懇談会での田谷審議委員挨拶要旨

2004年 1月29日
日本銀行

 図表は、こちら(ko0401b.pdf 7KB)から入手できます。

目次

1.はじめに

 本日は、京都府および滋賀県における各界の皆様方と懇談をさせて頂く機会を賜り、感謝申し上げます。また、日頃から日本銀行京都支店に対し皆様方のご支援、ご協力を賜っておりますことに御礼申し上げます。今後とも、宜しくお願い申し上げます。今日は、まず、私の方から、簡単に内外の金融経済情勢、そして、最近の金融政策運営についてお話させて頂きました後、懇談させて頂きたいと思います。現場の生の声を政策を考える上での参考とさせて頂きたいと存じます。忌憚のないご意見をお聞かせ頂きたいと思いますので、よろしくお願い申し上げます。

2.最近の金融経済情勢

 最近の我が国の景気は、輸出、生産の回復を起点として、設備投資が増加し始めるなど、前向きの循環が始まっています。しかし、さまざまな構造問題もあって、回復のペースは緩やかですし、自律的な内需拡大の展望を持つには至っておりません。また、物価の低下傾向は若干緩やかになってきましたが、依然として続いています。今後、経済、物価情勢が改善を続けるかどうかは、輸出の増加が続くかどうかに依存するところが大きいように思います。そうしたことから、まず、海外の金融経済情勢から話を始めたいと思います。

海外金融経済情勢

 その海外金融経済情勢は、このところかなり良くなっています。物価が安定する下で成長率予想が高まり、株高にもかかわらず低金利が続いています。一方、商品市況が上昇したり、為替市場でドル安となっていることなどが世界経済の主たる特徴です。昨年半ば以降、世界経済の先行きに対する見方は上方修正され続けています。現在では、世界経済の実質成長率は、昨年の3%強から、今年は4%台半ばまで伸びを高めるというのが平均的な見方となっています。こうした見方の強気化は、先進諸国ばかりでなく、主要な新興国についても見られることです。昨年来、株価は、主要な先進国15カ国、新興国25カ国、全てで上昇しています。特に、新興国の株価上昇が顕著です。先進諸国の長期金利は、昨年半ばに若干反発しましたが、その後は安定的に推移していますし、新興国が国際金融市場で要求される上乗せ金利も低下してきています。一方、広い範囲の素原材料価格が上昇してきました。原油、鉄、非鉄金属などの鉱物資源の価格ばかりでなく、ゴムや穀物価格なども上昇してきています。また、海上運賃の高騰も目立ちます。これらは、世界的に生産活動が活発化し、素原材料に対する需要が拡大してきたことや、後で別途触れようと思っていますが、為替市場でドルがほとんどの通貨、特に資源国通貨に対して下落してきていることが影響していると思われます。

 こうした世界経済のさまざまな特徴を見ますと、近年、世界経済を突き動かしてきている二つの要因に行き着きます。それは、中国を筆頭に多くの新興国が世界経済に本格的に参加するようになったことと、IT革命の浸透です。これらの要因から、世界各国は等しく産業構造の転換を迫られてきました。しかし、そうした転換圧力に対して、国によってその対応力に差がありました。対応力の差は、第一に、産業構造によるものです。製造業比率の高い経済にとっては、それだけ対応が難しいものでした。これが米英と日独の差にもなったと思います。第二に、経済構造の柔軟性によるものです。企業ガバナンスの在り方、労働市場の伸縮性、金融制度の柔軟性、政治行政の柔軟性などが問題となります。

 図1は、世界経済を突き動かしてきている最も大きな要因の一つである、新興国等の市場経済化のインパクトを示す図表です。縦軸に賃金の代わりに一人当たりGDP、横軸に輸出シェアをとっています。単純化のために、輸出の世界に占める割合が1%以上の国だけを取り上げています。新興国等が市場経済に参入してくる中で、賃金が貿易を通じて世界的に等しくなる力が働いています。この力は、図2を見れば、潜在的にいかに強いものであるかが分かります。図2は横軸に輸出シェアの代わりに人口をとっています。しかも、ここには、最近、世界経済におけるプレゼンスを高めてきている多くの国がまだ示されていません。最近よく言われることで、BRICsという言葉があります。つまり、ブラジル、ロシア、インド、チャイナのことですが、インドやブラジルも早晩こうした図にも入ってくるものと思われます。

 国際貿易を通して、新興国から先進国、あるいは先行していた新興国に低価格製品が入り、物価低下圧力の一因になってきました。ディスインフレの進行に対応して、先進各国、特に、米国は金融緩和姿勢を強めました。また、各国が経済構造の転換圧力に対応するにつれ、貿易は双方向で増え、世界経済が活性化してきました。金融緩和、期待経済成長率の上昇が世界的な株高のひとつの背景でしょう。また、世界的な生産の拡大は素原材料価格の高騰をもたらす主因となってきています。ただ、工業生産過程の川上における価格上昇は、競争の激化やそれが誘因となって引き起こされる生産性の上昇などによって、川下の最終製品価格の上昇には結びつきにくい状況が続いています。

 世界経済を突き動かしてきているもう一つの要因にIT革命の浸透があります。IT革命は経済のグローバル化をもたらしてきた要因でもあります。最近の世界経済は、IT関連需要の動向によって左右される度合いが大きくなってきました。つい数年前もIT関連財分野で大きな仮需が発生したり、過剰投資が行われたりしたことが、世界的な好景気と、その後の景気後退をもたらす大きな要因となりました。株式市場でもバブルの発生とその後の破裂が起こり、景気の振幅を大きなものにしました。その後遺症も昨年前半あたりまでで目途がつき、景気の回復、株価の回復が起こってきました。我が国の輸出、生産の最近の動きは、電子部品関連の輸出に連動する面が強く、これがどうなるかが決定的に重要です。この点では、米国におけるIT関連財投資がどうなるかに依存するところが大きいと思います。米国の資本財受注、その中でも、IT関連財受注は増加基調を維持しています。また、米国株式市場は、ハイテク関連株主導でこのところ反発を強めており、今のところ、IT関連財需要の先行きに対する見方は堅調のようです。世界的にみても、前回のITブームの反省に立って、仮需の発生や過剰投資の惧れはなさそうです。以下では、我が国の主要輸出相手国別に、金融経済情勢をみてみたいと思います。

 まず、米国です。米国経済は、昨年後半から、減税効果もあって、かなり高い成長を記録してきており、今年についても、4%を超える成長が続くとの見方が一般的となっています。ただ、夏場過ぎあたりから、減税効果の剥落などによって、景気減速があるのか、あるとしてどのくらいの減速になるのかは、依然として不透明です。しかし、緩やかながら、昨秋からIT関連を中心として設備投資は増加傾向を見せていますし、雇用情勢にも明るい動きがみられます。こうした傾向が続く限り、景気の回復は続くと考えられます。ただ、これまでのところ、雇用の回復は緩慢なもので、この関連で、米国内において、国内の雇用機会がハード、つまり物作りの面では中国に、ソフトの面ではインドなどに移転していることを問題視する論調が増えています。もっとも、現在のところ、企業収益は好調ですし、株価も堅調となっており、雇用情勢の回復ペースも上がってくるのではないかと期待しています。今後とも、雇用情勢の推移には注意が必要でしょう。

 成長率見通しの上方修正、株高、ドル安にもかかわらず、長期金利は低位安定を続けています。これは、金融緩和の長期化に対する思惑のほか、一昨年あたりから続く海外金融当局のドル買い介入資金の流入にも関連していると思います。金融緩和の長期化の思惑は、米国における高い生産性の伸びや、労働、設備のスラックが依然として大きいことなどにより、コアCPI上昇率の低下基調が続いていることなどによるものと思われます。

 一方、ドル安傾向は、米国の経常収支の大きな赤字にもかかわらず、主要貿易相手国がそれぞれの事情からさらなる内需刺激策を取りにくく、米国も当面内需抑制策をとりにくい下では、所得面からの調整を政策的に後押ししにくいため、為替面での調整圧力が強まっている面があります。ドル安・自国通貨高に直面し、日本を含む東アジア諸国を中心として、金融当局のドル買い介入が続く展開となっています。外国金融当局の介入を反映する、米国における外国公的当局の保有資産の増加額は、昨年、2000億ドル前後に達したものと思われます。これだけでも、昨年、5500億ドル前後に達したと言われている米国の経常収支赤字に対し、かなりの額といえると思います。しかし、米国の主要貿易相手国の成長見通しも漸次引き上げられてきていますし、米国の景気拡大ペースも昨年後半に比べれば、今年は低くなるものと思われます。こうした状況下で、一昨年来のドル安の貿易収支に与える効果がそろそろ出てくることも考えられます。米国の経常収支がどうなるか、また、それと関連して、ドル安傾向が続くかどうかは、世界経済にとって大きな問題です。他方、なんらかのきっかけで米国の長期金利が上昇することになった場合、それはそれで、そのインパクトは米国経済だけでなく、世界的にも非常に大きなものとなる惧れがあるように思います。ドル安ばかりでなく、この点にも注意が必要です。

 東アジア経済につきましては、IT関連財を中心として、輸出、生産が増勢を続けています。主要な東アジア各国のGDPに占める輸出の割合は、最も低い中国ですら3割近くに達しており、その他の多くの国ではそれを大きく上回っています。日本の1割強と比べれば、いかに経済が輸出に依存しているかが分かります。今年の成長率は、中国は8%程度、NIEs・ASEAN諸国・地域でも5~6%になるとみられています。昨年、さまざまな問題が発生した韓国経済も、昨年後半からは輸出が順調に伸び始め、株価も順調に回復してきていますので、内需の減速も限定的なものにとどまりそうです。問題は中国で、不動産価格の上昇など一部で投資の過熱を示唆する兆候が出てきています。既に、昨年半ば過ぎから、中国金融当局は引き締め策を打ち出しています。また、昨年末、一部の国有銀行に対して公的資金を注入するなど、金融機関の体力強化に向けた具体的な対策を取り始めています。今後の金融政策や金融システム安定化措置とそれらの効果が注目されます。

 ユーロ・エリアの景気は、全体としては、底を打ったようで、昨年まで蔓延していた極端な悲観論は後退したようです。しかし、景気の牽引役は外需で、内需は低調です。また、域内でも国によって景気情勢にばらつきがあり、特に、高賃金国で製造業比率の高いドイツなどは成長率の低さが目立ちます。ドイツに加え、フランスなどの財政赤字のGDP比率が「安定成長協定」上の限度である3%を超えているのも、経済構造転換圧力がそれだけ強く、低成長が続いていることの現われかもしれません。ユーロ域内の競争に加え、チェコ、ポーランド、ハンガリーなど中東欧諸国へのこれまでの直接投資が、それらの国からの輸出攻勢をもたらすようになってきました。無論、東アジアからの輸出攻勢もあります。ただ、日本と東アジア諸国との関係と同様、ドイツ、フランスなどもこうした近隣新興諸国との新たな関係を構築し、双方向で貿易取引が拡大し始めています。しかし、このところ、ドル安の影響を受けて、ユーロの対ドル・レートの上昇が止まらず、その景気への影響が懸念され始めています。その他の先進国では、英国、カナダ、オーストラリアの経済は順調で、英国などは、最近、若干、金融を引き締めたほどです。これらの国の通貨も米ドルに対しては大幅に切り上がってきています。石油を含めさまざまな資源のドル建て価格が上昇している一因として、ドル安の目減り分を取り戻そうとする動きがあると思われます。

国内金融経済情勢

 国内景気につきましては、輸出、生産の増加基調が続いています。伸び率で見れば、昨年末の高い伸びに対する反動もあって、年初、低下するかもしれませんが、それは一時的なもので、問題は今のところ少ないと考えられます。輸出環境は良好です。海外景気は順調ですし、IT関連財需要の増加基調も続いています。円高も、実効レートが対ドル・レートほどには上昇していないこともあって、これまでのところ、影響は限定的と考えられます。円建て比率の比較的高い東アジア向け輸出が大きくなっていることや、海外生産比率が高まっていることなども、円高のマイナス・インパクトを和らげるものと思われます。さらに、少なくとも短期的には、為替レートの変化による価格効果より、輸出相手国の所得の変化による所得効果の方が大きいと考えられます。輸出の増加基調が維持される限り、生産も増加を続けるでしょう。

 輸出、生産の増加を受けて、企業収益は、製造業を中心として増加しています。海外子会社を含めた連結ベースの収益が好調です。上場企業(金融を除く)についてみると、製造業大企業の連結経常利益は今年度は2割強の増益、来年度も1割強の増益が予想されています。製造業は、中小企業についても、今年度は増益となるところが多い模様です。非製造業につきましても、上場大企業は、リストラ効果もあって、今年度、来年度とも1割程度の増益となる予想が出ています。しかし、規模のより小さな中小零細企業、その内でも、特に非製造業の収益の改善は遅れているようです。

 企業収益の改善もあって、大企業製造業を中心として、設備投資が一昨年末あたりから回復してきており、ここに来て、その動きを強めているようです。しかし、設備投資はキャッシュ・フローの範囲内で行い、過去の債務の圧縮が続けられています。マクロ的にみても、非製造業の過剰債務は依然として大きく、その削減努力は続くと思われます。また、過剰設備の調整圧力も一部残っているようです。これらのことから、設備投資拡大の広がりには限界があります。また、株価はこのところ回復してきていますが、地価の下落が続いていることも、減損会計の導入を控え、企業の投資行動を慎重化させる一因となっているようです。

 設備投資はキャッシュ・フローの範囲内で行い、債務の返済が続いている状況下で、資金需要は弱い状況が続いていますが、資金供給面では、一部、改善の動きが見られます。大手銀行では不良債権処理が進み、2002年3月末時点での不良債権比率を2005年3月末までに半減するという目標を達成できそうです。しかも、自己資本比率は、昨年度末を底に上昇傾向を見せています。それに比べると、地域金融機関の不良債権処理は遅れ気味です。ペイオフ完全解禁を来年4月に控え、対応の迅速化が求められます。

 不良債権処理が進み、金融機関がリスク・テイクを行う際の自己資本制約が緩和されるに従い、金融機関の融資姿勢も緩和される方向にあります。最近、金融機関サイド、企業サイド、双方のサーベイから、限界的ながら、融資姿勢の変化が見て取れます。また、リスク・テイクの取り方も多様化してきています。シンジケート・ローン、ノン・リコース・ローン、コミットメント・ライン、コベナンツ(融資保全のため通常の契約事項に追加して定める債務者の遵守条項)の利用、無担保小口ビジネス・ローンなどが普及してきました。また、金融機関は、ABS、ABCPの組成にも積極的に取り組み始めています。

 輸出、生産の増加に加え、設備投資は増加傾向にありますが、消費は横ばい圏内の動きを続けています。その背景として、雇用・所得情勢がなかなか改善しないことがあります。企業は過剰雇用を抱え、増益を達成してきている企業も、その主因がリストラという先が少なくありません。有効求人倍率は上昇していますし、新規求人も増えていますが、雇用のミスマッチなどがあって、雇用が全体としては増えません。もっとも、雇用者数が減り続ける局面からは脱しつつありますし、賃金面でも減り続ける局面からは脱しつつあるのではないかと思います。ただ、雇用・所得情勢の改善には時間がかかりそうです。

 仮に、雇用・所得が増えるようになっても、消費が基調的に増える情勢にはなかなかなりにくい側面があります。国民所得統計で名目消費支出を見ると、ここ5、6年ほとんど横ばいです。一方、この間、可処分所得は減る傾向にありました。特に、昨年度、一昨年度の減少は大きなものでした。その結果として、家計貯蓄率が下がりました。高齢者の貯蓄はマイナスですし、高齢者の人口に占める割合は上昇してきていますので、貯蓄率が低下傾向にあることは分かります。しかし、ここ2、3年の低下はかなり急なものです。90年代を振り返りますと、所得が増えた時は貯蓄率が上がり、減った時は下がる傾向が見られました。所得の振幅に対し、消費を平準化しようとする傾向です。こうした消費者のスタンスが続くのであれば、今後、所得が増える局面に入っても、人々は消費をあまり増やさず、貯蓄して将来に備える姿勢を強める可能性があります。

 こうした状況下では、非製造業の業況がなかなか改善しないことにもなります。製造業と非製造業との業況間格差が縮小するのには、時間がかかりそうです。経済が構造調整を進めている下では、輸出、生産の拡大を起点とした前向きの循環が始まっても、それが経済全体に広がりを持つようになるまでには、相当の時間が必要だろう、ということです。ただ、ここで、一つ付け加えたいのは、90年代に入って以来の過去2回の景気回復局面に比べれば、状況はそれなりに改善していることも事実だろう、ということです。過剰設備、過剰債務、過剰雇用、不良債権問題、地価の下落、どれをとっても、問題の程度は小さくなっています。

 今年度、来年度の実質成長率としては、2%台半ばになるとの見方を昨年10月の「展望レポート」でお示ししました。現在のところ、日本経済は、こうした見通しにほぼ沿った動きをしており、マクロの需給ギャップは、僅かながらも縮小傾向を辿ると考えられます。こうした見方は、需給ギャップの近似値としても使える日本銀行の「短観」から計算される雇用判断DIと設備判断DIの加重平均を見ると、過剰超幅が緩やかに小さくなってきていることと整合的です。

 需給ギャップが縮小する分、物価下落圧力は小さくなるはずです。実際の消費者物価指数(生鮮食品を除く)は、昨年秋口あたりから、前年比プラス、マイナス0.1%くらいになりました。昨年度の変化率がマイナス0.8%であったことからすると、下落率は大きく縮小したことになります。しかし、これは、今年度中にあった様々な特殊要因によるところが大きいと考えられます。診療費負担の増加、たばこ税の引き上げ、天候不順によるコメ価格の上昇などです。さらに、BSE問題から牛肉価格の上昇、また、最近では、鳥インフルエンザによる鶏肉価格の上昇も、今後、物価押し上げ要因になると思われます。しかし、これらを一時的な要因としてその影響を除いたベースで考えれば、今年度の消費者物価変化率はマイナス0.5%前後といったところかと思われます。これが、来年度は、「展望レポート」時の見通しとあまり変わらず、マイナス0.3%程度になると現在のところ考えています。デフレ脱却の展望はまだ持てません。

3.最近の金融政策運営について

 ここで、最近の金融政策運営についてお話させていただきます。最近の、と申しましたが、昨年5月下旬に、それまでの政策運営について、今日と同じような機会にお話したことがございますので、それ以降、ということにさせて頂きたいと思います。この間、行いましたことは、第一に、量的緩和をさらに進めました。第二に、資産担保証券市場の育成、発展を促すとともに、中小企業金融の円滑化にも資するため、中小企業関連資産を主たる裏付けとする証券の買い取りを始めました。第三に、金融政策運営の透明性を強化する観点から、経済・物価情勢に関する日本銀行の判断についての説明を充実するとともに、量的緩和を継続する条件についてより明確にしました。

 順序は逆になりますが、第三の点から始めさせていただきます。昨年10月までは、量的緩和政策は、消費者物価の前年比が安定的にゼロ%以上になるまで続ける、としていました。しかし、実際の消費者物価変化率が、特殊要因の影響もあり、ゼロ%近くに達する情勢になってきました。そうしたこともあって、量的緩和継続の条件をより明確化する必要性が出てきました。そこで、消費者物価の前年比がゼロ%を超えても、それが数ヶ月は続くこと、また、その後もゼロ%を超えた状態が続くであろうと政策委員会の多数が判断すること、つまり、その後もデフレ状態に後戻りしないであろうと判断されることを必要条件として公表しました。それと同時に、それらはあくまでも必要条件であって、必ずしも十分条件でないことも、併せて明らかにしました。その時点での金融経済情勢によっては、量的緩和を解除することが適当でないこともありうる、ということです。こうした量的緩和政策継続に関するコミットメントは、一面、将来の政策運営の自由度を制約するものですが、異例の状況下にあることを考えれば、適切なものと考えております。また、こうして明らかにした諸条件は、それまでの簡単な表現の中味をより丁寧に説明したものであるとも言えると思います。このコミットメントの明確化は、将来の短期金利の予想を通じて現在の長めの金利に働きかける「時間軸効果」を強めるものと考えられます。

 次に、資産担保証券の購入の件ですが、昨年の夏場以降、買い取りを進めてまいりました。この間、市場参加者と資産担保証券市場の育成、発展のためにはどうしたらよいかの意見交換を続けてまいりました。そして、実際の買い取りの経験も踏まえて、先週の政策決定会合で、買入基準を見直すことにしました。説明の詳細は省かせていただきますが、市場の発展に資するために、日本銀行自体の財務の健全性を維持する下で、我々として何ができるかを考えた上での変更です。買い取り実績を上げるといったことに重点を置いたものではありません。

 量的緩和につきましては、昨年の10月に日銀当座預金残高目標レンジの上限を引き上げたのに続き、先週も、目標レンジ自体を引き上げました。量的緩和とは、日銀が大量の流動性を供給することによって、実際に金融機関が日銀に預ける金利のつかない当座預金の残高を、法律で決められた必要最低額を上回る状態にしておくことです。そうすることによって、次のような効果が期待されます。第一に、短期金利を超低位で安定させ、第二に、日銀に当座預金を保有する金融機関の資産選択に影響を及ぼして、いわゆるポートフォリオ・リバランスを起こす誘因を与え、第三に、流動性不足による金融システム不安の回避に貢献することです。さらに、付け加えれば、当座預金残高目標を引き上げてくる過程で、長期国債の買い切りを増やしてきましたが、その長期金利に対する影響も考えられます。

 まず、第一の短期金利の安定化につきましては、ほぼ達成された状態が続いています。短期金融市場は、金融システム不安が若干後退してきたこともあって、資金余剰感の強い状態が続いています。為替市場へのドル買い介入によって生じる資金の偏在から、短期金融市場において逼迫感が生じるといったことも起こっていません。日銀の短期資金の吸収オペも応札倍率が高く、金利も0.001%に張り付いた状態が続いています。つまり、短めの資金需給は相当緩んでいるということです。大手銀行の一部には、自行の株価の上昇や信用格付けの引き上げなどもあって、最近では、マーケットでの資金調達を以前よりも積極的に行なっているとの報道がありますし、預貸尻の好転や運用難もあって、日銀当座預金需要が減少するかもしれません。その上、大手銀行に加え、日銀当座預金を多額に積み上げていると言われる外銀の当座預金需要が、金融システム不安の後退などから減少してきた場合、供給オペの札割れすらありうる状況ではないかと思います。

 第二のポートフォリオ・リバランスにつきましても、「キャッシュつぶし」あるいは「資金つぶし」といったことがマーケットで言われてきましたように、多額の日銀当座預金を他の資産に振り替えようとする動きが一部に見られ、短国レートのさらなる低下圧力となったり、社債の対国債イールド・スプレッドなどを多少なりとも縮小させた可能性はあります。量的緩和によって生じるポートフォリオ・リバランスは、金融機関のバランス・シートの変化を通して観察される現象です。多額の日銀当座預金を持った金融機関は、流動性制約が低下するため、流動性が若干劣っても収益が高い資産を増やそうとすると考えられます。国内銀行(銀行勘定)の資産構成の変化を量的緩和政策が始まった2001年3月から見ますと、貸出の減少を主因に資産総額が大きく低下する下で、短期物を含めて国債が増えましたが、社債、外債は若干の増加に止まっています。仮に量的緩和によって短国レートや社債の信用スプレッドが影響を受けたとしても、限られたものでしょう。現在では、たとえば、3ヵ月、6ヵ月の短国レートは0.01%以下に下がっていますし、ダブルA格社債の信用スプレッドは0.1%台にまで下がってしまっています。

 第三点の金融システム安定化効果につきましては、量的緩和を始めた時点では、あまり考慮されなかった点だと思います。日銀当座預金残高が大きくなるにつれて、そうした効果もより注目されるようになってきました。金融機関は、急激な預金流出に直面した場合などに備えて、流動資産を保有していますが、日銀当座預金はそうした際の第一線準備として最適のものです。預金保険法102条に基づいて足利銀行の一時国有化が決定された際、金融システムが非常に安定していた背景の一つとして、多額の日銀当座預金の存在を指摘する向きもあります。しかし、こうした効果に期待する金融機関の数も多くはないと思われますので、日銀当座預金残高を少しずつ増やすに従って、それだけ比例的に効果が高まる、といったものでもないでしょう。

 日銀当座預金残高目標を引き上げるかどうかは、これらの観点に即して判断されるべきものでしょう。決定の時点で、効果があると判断すれば引き上げることになりますし、ほとんどないと判断されれば現状を維持することが適当ということになるかもしれません。日銀当座預金残高目標の引上げが、これらの観点からの効果の有無と独立に、期待への働きかけを通じて「時間軸効果」を強めるかどうかについては議論が分かれますが、個人的には疑問に思っています。現下の金融政策の目的は、できるだけ早期のデフレ脱却です。現在のところ、デフレ脱却の見通しが持てない状況下で、デメリットよりもメリットが大きい有効な緩和策があれば、それを実施することに躊躇する理由はありません。仮に、景気が標準的な見通しから上振れたとしても、デフレ脱却の見通しを持てない限り、こうした姿勢に変わりはありません。ただ、日本銀行が行う政策について、市場参加者等の正しい理解を得ることは、政策の信頼性を確保するために不可欠です。

 最後に、最近話題となっているマネー・サプライについて簡単に触れておきたいと思います。このところ、マネー・サプライの伸び率低下が問題視されることがあります。確かに、最近、現金、M1,M2+CDの伸び率が低下してきています。これは、これまで様々な要因から少々高すぎた反動が出始めたものと考えられます。現金の伸び率の鈍化は、主として、保有コストの低下効果の減衰や金融システムの安定化に伴って起こっていることで、将来、伸び率がさらに低下していったとしても、自然な動きでしょう。M1やM2+CDの伸び率低下も、金融情勢の安定化に伴って、より高いリターンを求めた資金シフトによるところが大きいと思います。広義流動性は比較的高い伸びを維持しており、狭義のマネタリー・アグリゲイトの伸び率低下だけを取り出して、問題視することは必ずしも適当ではないと思います。最近では、金融機関の貸出態度も若干前向きになってきていますし、信用供与の多様化も進んできています。金融機関の信用供与をさらに促進させる方向での働きかけを考え、結果として、マネー・サプライの伸び率を高める努力は必要と考えております。

 ただ、量的緩和は、マネタリー・ベース(現金+日銀当座預金)の伸び率を引き上げたり、維持することを目的に行なってきたものではありません。まして、マネタリー・ベースの伸び率を高めることにより、直接的にマネー・サプライの伸び率を高めようとしたものではありません。平時、つまり、短期金利がそこそこのプラス水準にある下では、金融政策運営方式として、マネタリー・ベースの伸び率を安定的に維持することに力点を置くことも、ひとつの議論として成り立つ余地はあります。しかし、短期金利がほぼゼロに張り付いてしまっている下では、マネタリー・ベース、あるいはマネー・サプライと経済成長率、物価変化率、あるいは、為替レートなどとの関係は、理屈の上でもはっきりしません。また、特に、90年代半ば以降は、経験的にもはっきりしません。これらの点は、今後とも、粘り強く説明していく必要があると考えております。

 ご静聴ありがとうございました。

以上