ホーム > 日本銀行について > 講演・記者会見・談話 > 講演・記者会見(2010年以前の過去資料) > 講演・挨拶等 2004年 > 日本金融学会2004年度春季大会における須田審議委員講演要旨「中央銀行の情報発信と金融政策」

中央銀行の情報発信と金融政策1

日本金融学会2004年度春季大会(2004年5月15日)における須田審議委員講演要旨

  1. 1本稿は、須田審議委員が日本金融学会2004年度春季大会(2004年5月15日)において行った記念講演の内容を取りまとめ、加筆修正したものです。
  • *文中に一部不正確な箇所がありましたので、次のとおり訂正致しました(2004年5月28日):

9.3.金融政策ルールの透明性の第1段落

  • (訂正前)「反応関数を明らかにすべきであり、望ましいインフレ率とのギャップやGDPギャップのウェイトを」
  • (訂正後)「目的関数を明らかにすべきであり、望ましいインフレ率とのギャップとGDPギャップのウェイト比を」

2004年5月27日
日本銀行

目次

  1. 1.はじめに
  2. 2.透明性と金融政策の有効性
  3. 3.情報発信のフレームワーク構築 — 事前のコミュニケーションの重要性 —
  4. 4.日本銀行の金融政策と情報発信
    1. 4.1.金融政策は委員会で決定される
    2. 4.2.透明性は委員会メンバーの発言にどのような影響を与えるか?
  5. 5.議事要旨による情報発信
    1. 5.1.情報発信の内容
    2. 5.2.議事要旨公表のタイミング
  6. 6.委員会による金融政策
    1. 6.1.委員会はどこまで決定できるか
    2. 6.2.意見の集約は可能か
    3. 6.3.どこまで投票制度を導入するか
    4. 6.4.FOMC声明文への投票の導入
  7. 7.FRBの市場との対話 — デフレ懸念を巡って —
  8. 8.対話戦略の必要性
  9. 9.金融政策の透明性向上
    1. 9.1.金融政策の目的の透明性向上
    2. 9.2.バブル下での望ましい物価目標
    3. 9.3.金融政策ルールの透明性
    4. 9.4.情勢判断の難しさ
  10. 10.おわりに
  11. (BOX) FRBにおける主な情報開示内容の変更点

1.はじめに

 本日は、日本金融学会の2004年度春季大会にお招き頂き、誠に光栄に存じます。

 日本金融学会の会員の皆様方からは、常日頃、日本銀行の政策や業務の運営について貴重なご意見を頂戴しており、私どもも大いに参考にさせて頂いております。まずはじめに、そのことを申し上げ、この場をお借りして厚くお礼申し上げたいと思います。

 さて、私が学者から日本銀行に常勤するようになり、早いもので3年が経ちました。この間、金融政策をはじめ日本銀行の業務全般にかかわる一方で、そうした日本銀行の政策や業務について、金融経済懇談会、大学等での特別講義、講演や寄稿といった形で情報発信を行って参りましたが、最近ますます情報発信の難しさを実感するようになっております。そうした中で、講演の依頼を頂戴しましたもので、テーマをこのように設定させて頂きました。

 日本銀行は金融政策の透明性向上に努力を重ねていますが、それが必要な理由としては、第一に、独立性を持った中央銀行として金融政策を行う以上、自らの政策の内容やその背景となる考え方を国民に明らかにして説明責任を果たす必要があるということ、第二に、政策の内容を明らかにすることによって、金融政策の有効性を高めることができるということ、があげられます。IMFも1999年に、この二つの原則をもとに金融政策の透明性基準を策定していますが、日本銀行ではこの基準をすべて満たしているとの自己評価を行っています(資料1)2。他方、五つの基準3を独自に提示してそれを点数化し、日本銀行の透明性は低いと採点する向きもあります。日本銀行はその後も透明性を高めるべく努力をしてきていますので(資料2)、現時点での採点はもっと高いと考えられますが、これからも、情報発信については工夫を続ける必要があると思っています。

 本日は二番目の原則、つまり、政策の有効性を高める観点から、透明性向上のための情報発信について、金融政策決定に携わる者としての私の個人的な意見を述べさせて頂きます。本日のお話の本質にかかわるところですので、この「個人的な」というところを強調しておきたいと思います。以下では、(1)日本は現在ゼロ金利制約に陥っていること、(2)日本経済の構造変化や日本経済をとりまくグローバル経済について不確実性が非常に高い状況下にあること、それから(3)日本の金融政策が9人のボードメンバーの多数決で決まっていること、のうち、とりわけ(2)と(3)に重点を置いて、透明性向上の難しさについて、お話させて頂きます。

  1. 2金融部門評価プログラムFSAPを受け入れるに当っては、透明性基準の実施状況を評価することになっています。なお、日本銀行では、2002年8月に自己評価をとりまとめ公表しています。
  2. 3政治的透明性、経済的透明性、手続の透明性、政策の透明性、実施の透明性の五つです。詳しくは、Eijffinger, S.C. and Geraats, P.M.(2002) "How transparent are central banks?", CEPR Discussion Paper 3118をご参照下さい。

2.透明性と金融政策の有効性

 中央銀行はオーバーナイト金利や準備預金(または当座預金)などを操作目標として、金融政策を運営していますが、操作目標の水準自体が実体経済に直接働きかけるというより、むしろ金融政策の見通し、例えば、オーバーナイト金利の先行き予想が、長めの金利や資産価格に影響を与え、それらを通じて実体経済に影響が及ぶということです。すなわち、中央銀行がどのような政策目的をもち、足許や先行きの経済をどのようにみていて、かつ政策目的と経済情勢判断とを対応させて先行きどのような金融政策を採ると思われるか(政策運営方法)、についての市場の予想が、政策の波及効果にとって非常に重要となります。したがって、金融政策の透明性は、一般には、IMFで示された基準内容全般からではなく、(1)政策目的、(2)経済情勢判断、(3)政策運営方法、という三つの視点から議論されています。これらにかかわる情報についての透明性が全体的に高まれば、市場参加者は経済情勢に応じて中央銀行がどのような政策を採るのかをより的確に予想できますので、中央銀行の政策運営に関する不確実性が小さくなります。この結果、長めの金利形成についても、中央銀行の政策意図がより正確に反映されることになります。延いては、期待が安定化し、リスクプレミアムも縮小し、経済主体も中央銀行が望んだ方向に反応すると想定できます。

3.情報発信のフレームワーク構築 — 事前のコミュニケーションの重要性 ―

 透明性を向上させるべく情報発信を行うためには、どのような情報を出すかということに加えて、情報発信のフレームワークの構築が重要です。これを構成するものとしては、日本銀行についていえば、金融経済月報、経済・物価情勢の展望(いわゆる「展望レポート」)、金融政策決定会合議事要旨、総裁の定例記者会見などがあげられます。これらは情報発信は定期的であって、かつ含まれる情報が断片的でなく包括的だというところに特徴があります。こうした情報発信のフレームワークをガイ=シンは「事前のコミュニケーション」と名付け、その重要性を指摘しています4

 このような情報発信は、市場にとって金融政策決定会合での対外公表文に含まれる中央銀行の意図や目的を理解し易くします。政策の意図や目的を明示すれば、中央銀行としては、自らのレピュテーションを守るために明示した意図や目的に沿った行動を採る必要があり、それは結果的に中央銀行への信認を高めることにつながります。また、情報を手にした人が、自分だけでなく、他の全ての人もそれと同じ情報を手にしていると確信できる、つまり「共有知識」につながることが意味を持ちます。

 また、有効な情報発信を行うためには、情報発信のフレームワークの構築とともに、そこで発信される情報の質を高める必要があります。裏返せば情報発信のメリットは、質の高い情報、つまりノイズのない情報の存在が前提であって、情報の質が悪ければ情報発信は益よりも害をもたらす可能性が高いといえます。例えば、景気や物価についての判断にかかる情報発信を行ったとしても、その内容が正確でなければ、かえって市場の混乱を招いてしまうといったことです。

  1. 4Gai, P. and Shin, S.(2003) "Transparency and financial stability", Financial Stability Review : December 2003

4.日本銀行の金融政策と情報発信

4.1.金融政策は委員会で決定される

 さて、政策を決定し、それに関連した情報を発信する日本銀行についてですが、世の中においては、日本銀行はあたかも一つの統一された人格を持っているような主体として認識されているのでないかと思います。私も人から様々な問題について、「日本銀行としての意見を聞きたい」といわれ、当惑することが少なからずありますが、これは人々が日本銀行を一つの主体としてみているからだと思います。通常のマクロ経済学の教科書では、金融政策は一人の人が決めているような世界を想定しています。ニュージーランドの中央銀行など、世界には総裁等が一人で政策を決定する仕組みを持っている中央銀行がいくつかあります。しかし世界の中央銀行の意思決定方式をみると委員会形式をとっているものが大宗です(資料3)。しかしながら、世の中は「金融政策は委員会で決定している」ことの意味を正確に理解していないように思います。

 ブラインダーは、中央銀行が自分たちの政策スタンスに固執しすぎる傾向があるが、その理由の一つは、金融政策が一個人ではなく、委員会で決定・運営されている結果だと指摘し、委員会による意思決定が、「結果的にシステマティックな政策の失敗を招きかねない」と述べています。他方、委員会制度は、内部的にチェック・アンド・バランスのシステムを持っているのに等しいので、「真に重大な過ちを犯さないための、自然な安全装置となる」とも述べています5

 金融政策が委員会で決まるか一人で決められるかによって政策決定の中身に与える影響についてはここではとりあげませんが、「多くの理論が、『金融政策は、明確な選好関数の最大化を目指す一人の個人によって決定される』ことを前提にしていることには、どこか重大な落とし穴がある」、「学術書の中では稀にしか論じられないが、金融理論家たちは委員会による意思決定の本質についてもう少し注意を払ってはどうだろうか」というブラインダーの指摘に同感です6

  1. 5アラン・ブラインダー(1999)『金融政策の理論と実践』東洋経済新報社(河野龍太郎・前田栄治訳)
  2. 6もちろん分析がないわけではありません。合議制の方が、極端な意見に流れず、政策の振れを抑止できる結果、将来にわたる政策の不確実性を縮小できるという分析については、例えば、Waller, C.J.(200 "Policy Boards and Policy Smoothing", Quarterly Journal of Economics , February、Sibert, A.(2003) "Monetary Policy Committees: Individual and Collective Reputations", Review of Economic Studies 70, 649-665などをご参照下さい。

4.2.透明性は委員会メンバーの発言にどのような影響を与えるか?

 日本銀行の政策委員会・金融政策決定会合における議論の内容については、全ての議論が議事録として10年後に、議事要旨が金融政策決定会合の約1か月後に公表されることになっています(資料4)。日本銀行の議事録の公開が10年後であるのは、中央銀行研究会の報告や日銀法改正に関する金融制度調査会答申において、議事録公開には「政策委員会での自由な討議の妨げにならないような配慮も必要である」と明記され、公開までの期間の決定は政策委員会に委ねられたことを受け、政策委員会で決定されたものです。つまり、そもそも議事録を開示することが、議論の内容に影響を与えるのではないか、という問題があったのです。

 FRBのグリーンスパン議長は、金融政策決定会合の透明性について、公開討論を例に出し、公開でも自由に議論できる人はミルトン・フリードマンをはじめ僅かしかいないだろうと述べています7。ここまで極端ではなく、公開までにタイム・ラグがあるとしても、討論が情報開示されることは、委員会メンバーの発言に何らかの影響を与えると思われます。

 イングランド銀行のビーン理事は、議事要旨の公表にあたり、「発言者の名前を掲載しないのは、自由な討議を促進するためである」、「名前が掲載されるのなら、前もって発言原稿を用意するようになるだろうし、議論も知的なものにならなくなるだろう」と述べています8

 それでは私個人がどうかという点についてお話させて頂きます。議事録がいつかは公開されると思うと、自分の発言に責任を持つという意識がより強まります。例えば、過去の発言との整合性もなければならないと考えますので、過去の発言などもチェックしながら、時間をかけて発言原稿をしっかりと準備します。金融政策決定会合のディスカッションは、まず各委員が順番に金融経済情勢と金融政策について、意見を開陳しますが、この意見開陳については時間制限(各々5分程度)があるため、いかにポイントを絞って意見を述べるか、いつも苦労しています。また、各ラウンドの後に自由討議の時間があります。自由討議は、各委員の発言内容に沿った部分で盛り上がることはありますが、発言を超えて自由闊達にドンドン議論を広げていくことには難しさがあります。

 米国における金融政策決定会合であるFOMCでも、日本と同様に発言原稿を準備しているようです9。実際、投票権の有無以外については、議長を除く18人は全く同じ扱いを受けていますが、会合時間の長さ(午前9時に始まり午後2時15分には決定事項を公表)は日本銀行の金融政策決定会合の中間会合10とさほど変わりません11

 言いたいことを前もって準備しておくこのような意見開陳の仕方は、少なくとも私にとって、その場の判断でアドリブで話すよりもわかりやすくかつ内容は濃いものになりますし、時間の節約にもなります。他方、準備なしに特定の問題について突然議論を始めても、全ての話題について質の高い議論をする自信はありません。また、他の委員の意見を聞いてその場で判断を大幅に変えるということもまずあり得ません。他の委員の発言に対してその場で意見を述べることはあるものの、本格的にその意見に対応したい場合には、次回の金融政策決定会合で対応しよう、ということを考えます。

 このように情報公開を前提にすると、その場の突然の議論には慎重になりますが、今の方法でもよく考えて意見を述べることができるうえ、時間の経過とともに議論が蓄積されることになります。したがって、時間の経過も加味して、行われた議論を全体で捉えると、私自身は自分の意見を十分に言っているといえます。

 一方、限られた時間のなかで結論を導かなければならないとき、情報公開が前提の会合の問題点は、会合の前に委員会のメンバーが集まって非公式に議論することができないことにあります。委員会には様々な考え方のメンバーがいますので、他のメンバーの考え方を事前に聞いて、自分の考えをまとめていくという作業ができれば、自分の考えもまとまりやすく、また自分の意見がどのような位置付けにあるのかもわかります。ただ、情報公開が前提の会合において、取り扱うテーマによってはこのようなことができませんので、各メンバーは、別々に勉強・検討してから会議に臨むしかありません。

 重要事項を1回の会合ですぐに決定するのではなく、何回かの会合に分けて議論を行うことができればよいのですが、次の会合までの間に情報が漏れてしまうリスクやその間に公表される議事要旨に議論途上の話題を掲載するのかしないのかといった問題もあります。このことは、取り扱う議題によっては議論を複数回の会合に分けて行うことを難しくしている面があります。

  1. 7Greenspan, A.(2001) "Transparency in Monetary Policy", Speech at the Federal Reserve Bank of St. Louis, Economic Policy Conference
  2. 8英国の金融政策委員会(Monetary Policy Committee)のプロセスについては、Bean, C.(2001) "The Formulation of Monetary Policy at the Bank of England"(イングランド銀行のホームページから入手可能)が詳しい。
  3. 9Meyer, L.(1998) "Come with Me to the FOMC", Speech at Willamette University, The Gillis Lecture(FRBのホームページから入手可能)
  4. 10各月行われる金融政策決定会合について1回目に行われる会合を「月初会合」(2日間に亘って開催)、2回目が行われる場合は、その会合を「中間会合」(1日間のみの開催)と呼んでいます。
  5. 11投票権があるかどうかは、最後にイエスと言うかノーと言うかどうかの違いであって、その他について何も違いはない。詳細は、(Pianalto, S.(2004) "The Process of Policy", The Charles J. Polliod Lecture Series Kent State University(クリーブランド地区連銀のホームページから入手可能)をご参照下さい。FOMCの議事進行の方法については、その他、Meyer, L.(1998) "Come with Me to the FOMC", Speech at Willamette University, The Gillis Lecture、Olsen, M.W.(2004) "The Federal Open Market Committee and the Formation of Monetary Policy", Speech at the 26th Conference of the American Council on Gift Annuities(いずれもFRBのホームページから入手可能)をご参照下さい。FOMCの決定は全会一致のケースが非常に多いのですが、その場合にはそのラウンドは非常に短いとのことです。

5.議事要旨による情報発信

5.1.情報発信の内容

 情報発信のツールとしては、議事録よりも議事要旨の方が、その要約の仕方やそれが公表されるタイミング等の面で難しい問題があると思っています。

 一つは会合ごとに、先に述べた事情から、議論が各回で完結しない場合がありますので、ある意見について他のメンバーから反応がなかった場合について、それが必ずしも「同意」を意味するわけではないため、誤解を呼ぶ惧れがあることです。もう一つの問題は、日本銀行では金融政策決定会合の議事要旨において、少数意見も含めて記述していることです(資料4)。

 私が日本銀行の審議委員に就任する前に議事要旨を読んだときの感想は、様々な意見が並列して記載されている結果、大勢意見や議論の大きな流れがわかりにくいということでした。議事要旨は、「一人の委員は」とか「複数の委員は」というような形で書かれていますが、メンバー全員が発言時にそれを意識し、例えば、他のメンバーと同じ意見であっても敢えて繰り返したりすれば、そうした表現は意味を持つことになります。もっとも、現実的には発言には時間的な制約もあるため、執行部の説明や他のメンバーの意見が自らと同じであれば、自分はそれに言及しないということもあります12。つまり、その話題に言及した人数の多少が必ずしもメンバーの関心の強さに比例しているわけではありませんので、その数に敏感に反応されてしまうと、議論の内容や方向が誤って伝わる可能性があります。議事要旨が薄いからとか、行数が少ないから議論がなかったということでもありません。そういう意味でも、議事要旨で各委員の持つ意見の全体像を示すのはなかなか難しい作業です。今後も改善の努力は必要でしょうが、これについてもメンバーそれぞれの考え方がありますので、いまのところ妙案は見出せていません。

  1. 12発言順は毎回変わりますが事前に決められます。なお、Bean, C.(2001) "The Formulation of Monetary Policy at the Bank of England"(イングランド銀行から入手可能)によると議事録を公開していないイングランド銀行では最初(金融政策担当の副総裁)と最後(総裁)を除いて、発言順はランダムのようです。

5.2.議事要旨公表のタイミング

 議事要旨がいつ公表されるかということも重要です。昨年の夏、金利の上昇が納まったときに開かれた7月の金融政策決定会合の議事要旨が、債券市場が再び荒れ始めた8月に公表されたため、非常に反感を買うことになりました。「日本銀行は量的緩和政策を解除するのではないか」という意見まで出ました。仮に会合時点に時間的に近い市場環境で公表されていたなら、議事要旨が市場の材料になることもなく、このような混乱が起きなかったかもしれません。

 FRBは昨年10月28日のFOMCにおいて、FOMCの景気・物価判断に関するコミュニケーションのとり方について、ファーガソン副議長をヘッドとする作業グループを立ち上げましたが、議事要旨公表の早期化もその一つの議題となっています。現在、FOMCの議事要旨の公表は、会合の約6週間後ですが、次の会合より前に公表することの是非について検討しています。

 本件についての経過報告が1月のFOMCで行われていますが、これを紹介しますと、早めに公表することによってFOMCの決定について理解し易くなるというメリットがある一方、会合での発言が早めの公表を意識したものとなるうえ、議事要旨の作り方にも影響を与えることとなり、かえって透明性が低下する懸念もあるとされています13。また、会合と会合の間に公表されるため、次の会合での政策の方向に関する憶測を増幅する可能性も指摘されています。その結果、会合後に公表される声明文と議事要旨の二つの情報を市場がうまく消化できなくなる可能性もあります。

 このように、議事要旨の発表のタイミング如何で、その内容が変化してしまう可能性だけでなく、同じ内容でも受け取る側の認識が異なることが考えられますので、FRBでは、公表のタイミングの問題については、議事要旨作成にかかる事務コストの問題も含めて、継続検討案件となっているようです。

  1. 13詳細は1月27、28日のFOMCの議事要旨をご参照下さい。

6.委員会による金融政策

6.1.委員会はどこまで決定できるか

 委員会で何でも決定できるわけではないことが、委員会による金融政策の決定にかかる情報発信を難しくします。つまり、はっきりと決定できないことを伝えることには、そもそも無理があるということです。委員会方式で政策を決定する場合、金利の誘導水準(ないしは現在の日本のように日本銀行当座預金残高目標)のような事項については、多数決で決定できます。そして採決を経て一旦決まった以上は、決定事項を説明することはできます。しかし、政策決定の背後にあるロジックや各種見通しはメンバーによって様々です。これらについては多数決を採っていませんし、もともと多数決が採れるような性格のものでもありません。

 また、現行の委員会が将来のメンバーを完全に拘束することはできませんし、望ましいことでもありません。他方、場合によってはある程度拘束することも必要になります。例えば、私が審議委員に就任したときは、時間軸効果を伴った量的緩和政策が既に導入されていましたので、これを引き継いだ形で意思決定するしかありませんし、私自身としても、自らの任期までのタイムスパンで物事を考えているわけでもなく、任期終了後の日本の金融経済のことまでも考慮に入れて日々判断しています。

 イングランド銀行のキング総裁は、「金融政策の問題のコアは、どんな既存の金融政策戦略に対しても我々の後任をコミットさせることはできないし、望ましいことでもない、ということから生じる将来の社会的意思決定についての不確実性である」と論じています14

  1. 14King, M.(2004) "The Institutions of Monetary Policy", Speech at the American Economic Association(イングランド銀行のホームページから入手可能)

6.2.意見の集約は可能か

 本日は、将来の委員会の姿についての不確実性にまで話を広げることはしませんが、現行の委員会決定において、各メンバーの多様なロジックや見通しなどを放置しておいて、金融政策の透明性は向上するのでしょうか。

 イングランド銀行では、委員会メンバー間の対立が顕在化し、金融政策委員会(Monetary Policy Committee<MPC>)の運営に関して問題が生じたこともあって、2000年に委員会の運営方法について、FRBのコーン局長(現在理事)に論評を委託しました。その報告に対するイングランド銀行側の回答において、「提出されたレポート(コーン・レポート)全体を貫いている一つの重要な課題、つまり、委員会の決定についての集団的なメッセージを示す必要性と委員会メンバーの個々の説明責任とに折り合いをつける問題に簡単な答えはない」と述べています15

 FRBでは、現在はグリーンスパン議長がリーダーシップを発揮していることや19人という大所帯がその背景にあるのかもしれませんが16、ファーガソン副議長やラインハート局長の発言からは、意見の集約は行われていないように見受けられます。ラインハート局長は「議長やその他の理事の公式の証言は、普通、ボードでレビューするため、そうした証言を除く政策担当者のスピーチはその人の個人の意見を表わしている」ことを強調しています17

 このように、個々の意見がばらばらに出ることは、意見の多様性という意味では評価できる面もありますが、「個々のメンバーからなる委員会の見解を説明する場合に、メンバー間の意見の相違を開示することが市場を混乱させ、害をもたらすかもしれない」という指摘18もあります。

  1. 15詳しくは、「コーン・レポート」(Report to The Non-executive Directors of the Court of the Bank of England on Monetary Policy Processes and The Work of Monetary Analysis)(2000)と「コーン・レポートへの回答」(Bank of England Response to the Kohn Report)(2000)いずれも(イングランド銀行のホームページのホームページから入手可能)をご参照下さい。
  2. 16資料3に示したとおり、世界的にみれば委員会メンバーの数は5人から10人が一般的です。日本銀行における金融政策は、総裁、二人の副総裁、六人の審議委員、の合わせて9人の政策委員による、一人一票の多数決で運営していますが、実際にメンバーの一人として金融政策決定会合に参加していて、適度な規模だと実感しています。イングランド銀行も同様に9人ですが、ECBは票決ではなくコンセンサス方式であり、議事要旨も作成・公表されていないため明らかではありませんが、現在のメンバーは18人です(ユーロを採用する国が増えるとメンバーも増えることになります)。
  3. 17Ferguson, R.W.(2002) "Why Central Banks Should Talk", Speech at the Graduate Institute of International Studies、Reinhart, V.(2003) "Making Monetary Policy in an Uncertain World"(いずれもFRBのホームページから入手可能)
  4. 18Amato, J.D., Morris, S. and Shin, H.S.(2002) "Communication and Monetary Policy", Oxford Review of Economic Policy , Vol.18, No.4

6.3.どこまで投票制度を導入するか

 委員会の見解をより明確にする方法としては、投票制度の導入が考えられますが、どこまで投票制度を導入するかについて、日米には違いがみられます。

 最近の金融政策運営方針の決定については、日本銀行における議決の方が反対票が多いものの、見解や見通しの委員会全体での共有部分は日本銀行の方が大きいように思われます。

 例えば、議事要旨について、日本銀行では執行部が作成した案について各ボードメンバーが自分の発言等をチェックし、金融政策決定会合時に自らがサインする形で承認していますが、FRBでは各メンバーは承認しているものの、執行部がサインをしています。また、日本銀行では、金融政策決定会合において政策にかかる対外公表文、月報や展望レポートの基本的見解についても賛否を採っています。もちろん、その政策に反対した場合には、当該対外公表文に反対することはありますが、その他の部分では最近では全会一致が続いていることも、日本銀行における委員会メンバーの共有部分が大きい証左ではないでしょうか。

 金融政策決定会合の資料は、会合の2営業日前に手元に届きますので、会合までの2日間に、月報や展望レポートの基本的見解の文章表現についても、自分の見方と違うところはないかチェックしています。

 金融経済の見方については、当然、楽観的なメンバーも、慎重なメンバーもいますので、同じ言葉であってもそのニュアンスについては各人各様であるように思われます。ただ、言葉の上での乖離はそれほど大きくありません。そのため、金融政策決定会合において、基本的見解の文章表現について、多少、字句の修正の議論に時間がかかることがありますが、合意に至らないということはありません。日本銀行では、このように合意へ向けて調整し、投票においては賛成しているため、少なくとも言葉の上では、日本銀行の政策委員は、共通の土台に立っているといえるでしょう。

 このように合意が得易い背景には、委員会のメンバーの数も影響していると思われます。

6.4.FOMC声明文への投票の導入

 米国では、94年2月のFOMC以降、政策変更とその背後説明を簡単な声明文で即日公表することになりましたが、声明文の内容を巡り、文章の表現方法やそれへのボードメンバーの関与の仕方については、その後も今日までFOMCでしばしば議論が行われています(BOX参照)。声明文については、議長が起案し、メンバーの了承を得るという形でありましたが、地区連銀の総裁には声明文の起草過程に何らかの形で携わるべきという意見が根強くありました。例えば、ブローダス・リッチモンド連銀総裁は、当初から、声明文の起草にFOMCメンバー全員が関与すべきという考え方でしたし、声明文を会合より前に検討できるようにして欲しいとも述べています。そのような考え方に対して、グリーンスパン議長はその調整コストが大きいことを懸念していました19

 プール・セントルイス連銀総裁は、「現行の声明文は誤解を生じる。声明文の意図を巡る不透明性を残すと、円滑な対話の助けにはなるまい」20と述べ、景況感や背景説明に定型表現を用いることを提案しています。

 実際、昨年より発表文の取り扱いに変化がみられます。昨年6月以降、インフレに関して下振れのリスクの方が大きいという趣旨を声明文に入れるかどうかについて投票にかけられるようになったほか、12月にはリスクバランスの評価を述べた文章が投票にかけられましたし、今年1月、3月には、声明文全体が投票にかけられています。このように投票にかけられる部分が増えれば、全会一致となる限り、委員会として一つの見解が共有されたということが明確になります。明確に賛否の意思表示をするとなると、人数が多いため合意形成までのコストがこれまで以上にかかることになりますが、委員会での対話が深まるとともに、その後の個々のメンバーの発言もそれに制約されたものになり、ある程度かもしれませんが、皆の意見が収斂する可能性があります。

 この間、先ほど言及したファーガソン副議長をヘッドとする作業グループにおいて、声明文のあり方についても検討されました。

 声明文の表現については、1月27~28日のFOMCにおいて、特定の標準的な言い回しを用いるべきとの意見やリスクバランスについての声明を取りやめるべきという意見も出されましたが、最終的には、経済状況に応じて徐々に調整していくアプローチを全員が支持しました。

 このように声明文を巡って、FOMC内で議論が高まったのは、市場への働きかけのツールとして、声明文の文言を通じる効果に期待する部分が高まったということでもあります。実際、声明文は市場にインパクトを与えていることが実証されているとの指摘もあります21

  1. 1995年1月31日から2月1日に開催されたFOMCにおいて議論されています。詳しくは当時の議事録ご参照下さい。
  2. 20Poole, W.(2001) "Central Bank Transparency: Why and How?", Speech at The Philadelphia Fed Policy Forum(セントルイス地区連銀のホームページから入手可能)
  3. 21コーンとサックは、声明文発表当日の予期しない価格変化をその効果と想定して、声明文の効果を実証分析しています。彼らは声明文と半期ごとの議会証言も効果があったと分析しています。詳しくは、Kohn, D.L. and Sack, B.P.(2003) "Central Bank Talk: Does It Matter and Why?"(FRBのホームページから入手可能)をご参照下さい。

7.FRBの市場との対話—デフレ懸念を巡って—

 最近のFRBの動きをみると、定期的な情報発信ツールをその時々の情報発信ツールとして別々に捉えるのではなく、声明文、議事要旨、半年毎の両院での議会証言を戦略的に利用して、市場との対話に苦心しているように思われます。

 特に、2002年秋以降、僅かでありますがデフレ懸念とゼロ金利制約を意識して、ゼロ金利になる前に積極的に金融緩和政策を採り、非伝統的手段も辞さないので日本のようにはならないと日本の経験を活かして情報発信したつもりが22、かえってデフレ懸念を掻き立てるとともに非伝統的な政策が行われるのではないかという思惑を市場に生じさせてしまいました。そしてグリーンスパン議長の昨年4月30日の証言23や5月6日のFOMCでの「望ましくないインフレ率低下」への言及が、非伝統的手段として中長期国債を購入するのではないかという期待を生じさせ、長期金利が下落しました(資料5)。グリーンスパン議長が6月のIMC総会で、「次回FOMCではデフレリスクについて詳細な議論が行われるであろう」との見方を示したことや、FOMC直前に、声明文の役割の重要性を強調した上で、「単純で要約された声明文よりも詳細な内容の声明文の方が有効」というコーン理事などの論文が公表されたことも、6月のFOMCにおける声明文への注目をより一層高めることになりました24

 ところが6月25日のFOMCで、FF金利がマーケットの予想に反して0.25%しか引き下げられなかったことと、中長期国債購入についての計画が示されなかったことから、金利が大きく反転することとなりました(資料5)。それまでの金利の低下の理由について、セントルイス連銀のスタッフは、ディスインフレ懸念への言及によって期待インフレが下がったというよりも、中長期国債をかなり購入するのではないかという期待が醸成されてしまったことにあるのではないか、と分析しています25

 長期金利の反騰に対して、グリーンスパン議長は7月の議会への半期報告証言の中で、金融緩和政策を「相当期間」(for a considerable period)継続することが可能だと述べ、8月のFOMCでも「相当期間」という言葉を声明文に入れざるを得なかったと思われます。日本の経験を生かしたつもりが、結果的には政策への期待が予想以上に大きくなり過ぎ、金利の振れを生じさせたことは、市場との対話の難しさを示す一例だと思います。

 その後、12月には、「相当期間」を低インフレと需給ギャップという経済条件に関連付けましたが、今年1月29日にはこの表現を外し、緩和政策の解除に「辛抱強くなれる」(can be patient)と変更することで26、緩和政策の時間的長さについての直接的コミットメントから脱却しました。また5月4日のFOMCでは「辛抱強くなれる」という表現からも卒業しています(資料5)。

 時間軸政策からの脱却については、市場に94年の金融引締め時の経験を意識して、FRBが短期間に金利を引き上げてしまうのではないかという見方が根強くあるのに対して、5月にFRBは金融緩和の解除のスピードについて、「慎重かつゆっくりしたペースで」と言及することで、そのような見方を払拭するよう工夫していることが窺われます。

  1. 22Bernanke, B.S.(2002) "Deflation: Making Sure "it" Doesn't Happen Here", Speech before the National Economists Club(FRBのホームページから入手可能)
  2. 23米国では、半年毎(2月と7月)に議会へ金融政策報告を行っていますが、そのフォローアップのため議会証言。
  3. 24Kohn, D.L. and Sack, B.P.(2003) "Central Bank Talk: Does It Matter and Why?"(FRBのホームページから入手可能)
  4. 25Neely, C.J.(2004) "Miscommunication: Shook Up Mortgage, Bond Markets", The Regional Economist, April 2004(セントルイス地区連銀のホームページから入手可能)
  5. 262003年11月6日の証券業協会年次総会で、グリーンスパン議長は「金融政策はより辛抱強くなれる」(able to be more patient)と述べています。詳しくは、Greenspan, A.(2003) Speech at the Securities Industry Association Annual Meeting(FRBのホームページから入手可能)をご参照下さい。

8.対話戦略の必要性

 このように声明文を変更させることで、FRBは時間軸効果を徐々に解除していくのに成功したように思われますが、声明文の変更だけで市場の期待をうまくコントロールできたわけではないと思います。この間、1月の「相当期間」の削除は市場を驚かせ時間軸が大きく短縮化したと解釈されましたが、その後に公表された12月FOMCの議事要旨が市場の落ち着きに貢献しました。なぜ議事要旨が市場の落ち着きに貢献したかというと、12月のFOMCで複数のメンバーが「相当期間」の削除を求めていることが記載されており、その後の強い指標の発表もあったため、1月のFOMCでは他のメンバーも「相当期間」の削除に賛成したという流れに、市場が納得したという面があったと思います。また、2月11日の半期金融政策報告は、声明文とほぼ同じ文章で締めくくられていましたが、現在の金融政策について適切だと述べていたほか、僅かな言葉の違いを見出して、グリーンスパン議長が利上げを急いでいないというように市場は解釈しました。

 その後、5月のFOMCに向けて、3月19日に公表された1月のFOMCの議事要旨によって、「辛抱強くなれる」という表現を削除すべきという意見があったことが公表され市場で注目を浴びました。

 これに対して、4月20日に行われた上院銀行委員会でのグリーンスパン議長の証言では「デフレ懸念は過去のものとなった」と述べるとともに、「辛抱強くなれる」との表現がなくなり「必要に応じて行動する」との表現に変更されたことから、市場では早急な利上げ観測が生じました。もっとも、翌日には「足許、広範なインフレ圧力は発生していない」と、インフレに対してより中立的な発言になったことから、市場の早急な利上げ観測は後退しました。また、それとともに「辛抱強くなれる」という言葉の削除が市場に織り込まれることとなりました。このように二日間にわたる証言をうまく利用して、5月のFOMCにおける声明文の変更が急速な利上げ観測に結びつかないような努力を行い、結果的に成功したといえるのではないでしょうか。

 また、5月6日に公表された3月のFOMCの議事要旨に声明文で物価のリスク評価を「均衡」に変更した方が良いとする意見がかなりあったことが示されたほか、非常に緩和的な金融政策を長期にわたって維持するとインフレ圧力につながる懸念があるとの指摘もあり、前回の会合の議論の延長で、5月4日の決定があったことが認識されました。

 このようなFRBの対話戦略に得るものは多いのですが、残念ながらこのような方法は日本について必ずしも適用できません。それは、一つには議会証言で求められる内容やスタイルが異なるということがありますし、議事要旨の内容も議論を幅広く載せるというスタイルであるため、メッセージや焦点が惚ける可能性があるということもあります。

 日本の時間軸効果は、米国の「相当期間」という「期間」にのみ焦点があたる時間軸ではなく、「消費者物価指数(全国、除く生鮮食品)の対前年比上昇率が安定的にゼロ%以上となるまで」という経済条件に紐付けられています。この間、昨年の10月に量的緩和政策の解除の条件を明確化しました。政策委員の物価見通しを必要条件にしたため、展望レポート時や中間の見直し時を除いては、量的緩和政策からの解除はないとの認識—— これは正しい認識ではありません ——が市場の一部に広がっており、その意味では経済状況にかかわらず解除はないという意味での時間軸効果も含まれてしまっています。今後、現在設定されている必要条件が満たされたことだけを受けて直ちに量的緩和政策を解除するということはありませんが、いつ解除されるかが定かでなくなることに対し、市場における解除時期を巡る不安感の解消のために解除条件を厳しくすることが求められるかもしれません。しかし、デフレ脱却の道筋が見えてきたときには、今のような「物価」だけの強いコミットメントで日銀の手足を縛ることではなく、国民からの信認を得て総合判断で金融政策を運営する方が私は望ましいと思います。そのためにも、今回の米国の対話戦略を学んでおく必要があると思っています。

9.金融政策の透明性向上

 最後になりましたが、冒頭で触れました政策の透明性向上のための三つの構成要素について取り上げたいと思います。

9.1.金融政策の目的の透明性向上

 まず最初に、金融政策の透明性を高めるには、金融政策目標を明らかにしておく必要があります。金融政策の目的を「物価の安定」と表現すること自体にはコンセンサスがありますが、問題はその解釈です。物価の安定といった場合、何らかの物価指標の数値を用いて定義する場合と、持続的な経済成長の基礎的な前提条件としての物価の安定を考え、物価の安定をより広い概念で捉える場合とがあります。前者は数値目標の達成が、後者はマクロ経済環境の安定化を図ることが重要となります27。前者について厳密なルールを考えると、両者の整合性を得ることは困難ですが、最近の目標の数値化を巡る議論には、たとえ数値目標を設定したとしてもそれは長期的な目的であるので、厳密なルールを定め、そのルールどおりに政策を運営するのではなく、裁量の余地(制限された裁量)があることを前提とした議論が見受けられます28。この場合、物価の安定を数値化することで政策ルールが変わるということではなく、目的の明示化によって透明性が増し、それがプラスの効果を持つかどうかということが議論の対象となります。バーナンキFRB理事29も、効果的なコミュニケーションが重要であるため、政策の柔軟性を損なわずに、対話や政策決定を改善するという観点から長期インフレ目標の導入を主張しています。委員会で金融政策が決定されるもとでは、個々のメンバーが持つ経済の様々な側面についての見解の相違を対外発信することが金融政策運営に対するノイズとなることを、共通の目標を設定することで回避できるのではないかと考えることもできます。確かに、望ましいインフレ率について合意ができ、政策のルールなどその他の条件は変わらないもとで、単純に目標値を明らかにするだけで中央銀行の信頼性が増し、物価安定やインフレ期待の形成に役立つのであれば、採用しない理由はありません。ただ、私はそんな単純なものではないと考えています。

 まず、望ましいインフレ率について各メンバーが合意できるのでしょうか。目標を数値化する場合、物価指数の選択、バイアス問題、目標の設定がレンジなのかピンポイントなのか、なども検討しなければなりません30。バーナンキ理事の指摘のとおりに「平均的に最良の経済状況を達成可能となるような最適長期インフレ率をなるべくピンポイントで明示する」となるともっと難しくなるでしょう。ここではそのような観点からの議論は脇において、コミュニケーションの道具として物価安定を数値化することにメリットがあるかどうか、という観点から数値化の一例をとりあげてみたいと思います。この場合には、国民との対話を考えますと、金融政策の説明の容易さが重要なキーになります。

  1. 27白塚(2001)は、これらを「統計上の物価安定」と「持続的な物価安定」と呼んで、両者の折り合いをどうつけるか、について議論を行っています。詳しくは、白塚重典「望ましい物価上昇率とは何か?:物価の安定のメリットに関する理論的・実証的議論の整理」『金融研究』第20巻第1号(2001年1月発行)をご参照下さい。
  2. 28イングランド銀行のキング総裁は、インフレ目標を明示している国もそうでない国も極めて似通った政策運営を行っていると指摘しています。詳しくは、King, M.(2004) "Comments on 'Risk and Uncertainty in Monetary Policy' by Alan Greenspan, AEA Annual Conference, 2004"(イングランド銀行のホームページから入手可能)をご覧ください。
  3. 29Bernanke, B.S.(2003) "Inflation Targeting: Prospects and Problems", Panel Discussion at 28th Annual Policy Conference(FRBのホームページから入手可能)
  4. 30白川方明、門間一夫(2001)「物価の安定を巡る論点整理」『物価に関する研究会(第3回)』報告論文(日本銀行のホームページ)をご参照下さい。

9.2.バブル下での望ましい物価目標

 金融政策の目標は物価の安定だといった場合に、資産価格の動きをどう扱うかが問題になりますが、資産価格を政策目標に取り込むのは望ましくないというのが一般的な意見です31。この際、物価安定下での資産価格上昇にどのように対応するかというのが難しい課題になります。とりわけコミュニケーションの向上を目的に目標の明示化をする場合には、困難が伴います。このことは現在のイングランド銀行のケースを考えると難しさが伝わってきます。

 英国では従来よりファンチャートのインフレ率見通しと政策判断(政策金利決定)の間に機械的な対応関係は存在していないと言明してきましたものの、足許では、政策対応の難しさに直面しています。英国では、政策目標未達の場合、大蔵省への弁明のための公開書簡が必要となりますが、足許、消費者物価上昇率が目標下限値の1%に近付いています(3月+1.1%)。それにもかかわらず、住宅価格の上昇が続いているため、5月の金融政策委員会(MPC)で金利を引き上げました。このことは政策の柔軟性の証であるともいえますが、過去三回の継続的な金利上昇がすべてインフレーション・レポートの公表時(したがって三か月ごと)であったことから考えると、消費者物価上昇率が目標をかなり下回っているために、インフレーション・レポートの力を借りなければ利上げへの政策変更を説明しにくいという意味で、政策決定の制約要因になっていると思います。それでも現在、市場が金利の上昇を受け入れているのは、英国の景気が良いことと、イングランド銀行への信認があることが影響していることは否めません。

 英国のケースを参考にしますと、説明のし易さという観点から、仮に望ましい物価目標を数値化する場合には、目標の下限から下振れた状態で、引締めをしなければならない状況をできるだけ避けておくことが望ましいと思います。具体的には、日本のバブル期を振り返ってみて、望ましい物価上昇率の下限が、バブル期の物価上昇率よりも高いような状況は避けておきたいと思います。当時の日本のインフレ率と経済成長率の推移をみると、80年代後半のバブル生成期においては、実質成長率が伸びを高めていった87年後半から88年末にかけて、大きな供給ショックもない状況で、コアCPIの前年比上昇率は低い水準で安定的に推移しました(資料6)。この当時は今から振り返ってみれば金融引締めが望ましいということだったと思いますが32、その当時に物価安定目標がそれよりも高いところに設置されていれば、引締め政策を採る説明が難しくなっていたことは確かです。この観点からは、仮に望ましい物価上昇率を定めるとするならば、下限はこのような水準を含むものにしておく必要があるのではないでしょうか。

  1. 31例えば、翁邦雄、白塚重典(2002)「資産価格バブル、物価の安定と金融政策:日本の経験」『金融研究』第21巻第2号(2002年3月発行)や白川方明、門間一夫(2001)(前出)などをご覧ください。
  2. 32詳しくは、翁邦雄、白川方明、白塚重典(2000)「資産価格バブルと金融政策:1980年代後半の日本の経験とその教訓」『金融研究』第19巻第4号(2000年12月発行)、翁邦雄、白塚重典(2002)「資産価格バブル、物価の安定と金融政策:日本の経験」『金融研究』第21巻第2号(2002年3月発行)をご参照下さい。

9.3.金融政策ルールの透明性

 金融政策の透明性向上に向けたもう一つの考え方は、政策目標を明示するだけではなく、その達成に向けた政策反応関数をも示すべきだというものです。どの中央銀行でも、金融政策運営においては「政策ルール」と呼ぶかどうかは別にして、何らかの行動原理を有しています。この論からすれば透明性向上のためには、その曖昧さをなくすべく、政策反応関数を明確化すべきということになります。この場合、テーラー・ルールが想定されるかもしれません。実際、スベンソンは、透明性向上のために、ボードメンバーは個々人あるいは集団的な政策の目的関数を明らかにすべきであり、望ましいインフレ率とのギャップとGDPギャップのウェイト比を公表すべきだと述べています33

 これに対して、プールは、「適切なコミュニケーションの目標は、金融政策に対する市場の不確実性を最小限にしていくことであるが、予期しない出来事があるため将来の金融政策の不確実性は排除できない。したがって、最小限にすべきなのは、新たな情報に対する中央銀行の反応に関する不確実性である。こうした観点からコミュニケーション問題の中心は、政策ルールの本質、つまり、中央銀行が政策目標を可能な限り達成すべく、新たな情報が政策行動にいかにフィードバックされるかを市場に説明することである」と述べていますが、プールが描いている政策反応関数はテーラー・ルールのような簡単なルールではなく、問題は非常に難しいとしています34

 私も政策反応関数として、機械的なルールを適用できないと思っています。委員会で決定している政策を単純なルールでどの程度表わせるのか疑問であると考えています。それは、金融政策のトランスミッション・メカニズムについて、ある程度の共通の理解が前提となるからです。しかし、特にバブルの時には、その理解が各メンバーで異なる可能性があります。また、日本の場合、量的緩和政策の効果についてメンバーの間で評価は区々です。このような状況で委員会全体としての反応関数が求められるとは思えません。また、委員会は、将来のメンバーを拘束できないということもありますし、将来のショックについてすべて予測できるわけではないということもあります。

 厳密なルールはわかり易いとは思いますが、このような決定プロセスのもとでは、構造変化や大きなショックに直面した場合に、特にルールの継続性について、市場から疑念を持たれ易いと思います。ルールは、その時々のメンバーが日々の判断を積み重ねることと、それを通じて自ら「学ぶ」ことに委ねるしかないのではと思います。

  1. 33Svensson, L.(2003) "The Inflation Forecast and the Loss Function" in Central Banking, Monetary Theory and Practice: Essay in Honour of Charles Goodhart, (ed P Mizen) Volume I, Edward Elgar, pp. 135-152
  2. 34プールは「テーラーによって始められた研究を基礎とし、それを大きく前進させた政策ルールに関する専門的な文献がみられていないのは残念なことである」とも述べています。詳しくは、Poole, W.(2003) "Fed Transparency: How, Not Whether", Speech at Luncheon Address before the Global Interdependence Center(セントルイス地区連銀のホームページから入手可能)をご覧ください。

9.4.情勢判断の難しさ

 先月末、展望レポートで日本銀行としての経済見通しを出しましたが、昨年10月10日の透明性強化によって、我々ボードメンバーの見通しが政策決定とリンクする程度が強まりました(資料2)。先程も申し上げましたように、展望レポートの基本的見解については、全会一致の合意がなされています。したがって、展望レポートに描かれている景気回復の見通しについては、委員会全体の見方といえますが、合意に当っては、当然のことですが全メンバーが許容できるように修正作業を行っています。もっとも、そこに記載されている言葉の持つ意味合いは個々のメンバーで異なることもありますし、上振れ・下振れ要因が顕現化する蓋然性についての評価も異なりますので、それぞれのメンバーの口から発せられる見通しは楽観的なものから慎重なものまで様々ですし、同時に参考として公表している見通しの計数をご覧になれば一目瞭然ですが、計数で示せばばらつきが見られます。このような状況で合意された見通しは一体誰の見通しなのでしょうか。ここにも委員会決定による難しさがあります。

 また、見通しの計数についても、個々のメンバーは各々のシナリオに則って経済成長率やインフレ率についての計数を算出しますが、経済成長率について強気の人が必ずしも物価についても強気とは限りません。現在、見通しの中心値も発表していますが、経済成長率と物価の中心値は必ずしも同じメンバーの計数とは限りません。つまり、変数間の関係は各メンバーによって区々だということです。グリーンスパン議長は「金融政策がうまくいくかどうかは見通しの質に依存する」としていますが35、委員会で決定される見通しの質を上げるためには、私も含め個々のメンバーの弛まぬ努力がまず第一ではないかと考えています。

 私も、重要な内外の経済指標等が公表される日程を頭に入れて、その市場の予想値をチェックしつつ発表されたデータを解析するという生活を送っていますが、公表される指標が強弱区々であるため、例えば、個人消費の先行きについては、なかなかそのパスを描けないでいます。日本銀行はそれらデータを様々な観点から検討・検証する高い能力を備えていますが、それでも先行きについて蓋然性の高いシナリオを導出するのはなかなか困難です。したがって、時には間違うこともあると思いますし、それは仕方ないことだと思っています。

 国民にとっては、政策の先行きを見通すうえで中央銀行の情勢判断を知ることは必要であり、中央銀行はそれをできるだけ明らかにすることが必要です。ただし、自らの情勢判断を中央銀行の判断に全て任せてしまうと、中央銀行の発出する情報に過大に反応し、ノイズのインパクトが大きくなる可能性があります36。情報獲得にはコストがかかるため、その可能性も否定できません。

 国民への情報発信については、「公表までの期間は早いが後々修正される度合いが大きい情報」と「公表までに時間はかかるが正確な情報」がありますが、両者はトレード・オフの関係にあります。バーナンキ理事は成長率や物価についてのFOMCの成長率や物価の予測値をもっと頻繁に公表することを提案していますが37、今日のようにデータの振れが大きく、ある程度の期間を掛けて分析しなければトレンドが見えないような状況では、必ずしも望ましいことだと思いません。むしろ、可能な限り質の良い情報を提供することが必要なのではないでしょうか。

  1. 35Greenspan, A.(2004) "Risk and Uncertainty in Monetary Policy", Speech at the Meeting of the American Economic Association(FRBのホームページから入手可能)
  2. 36Amato, J.D., Morris, S. and Shin, H.S.(2002) "Communication and Monetary Policy", Oxford Review of Economic Policy, Vol.18, No.4
  3. 37Bernanke, B.S.(2004) "Fedspeak", Speech at the Meeting of the American Economic Association(FRBのホームページから入手可能)

10.おわりに

 本日は、金融政策の委員会制度が、金融政策の透明性向上に難しい問題を投げ掛けていることをお話させて頂きましたが、そういうことだからこそ、可能な限り同じ視点で議論できるように、政策目標を具体的に共有することが必要ということかもしれません。キング総裁は、物価安定を目指すための中央銀行をとりまく制度設計について、(1)集団的意思決定の実現可能領域を広げると同時に、事前にアナウンスした条件に基づく政策パスから乖離する意思決定を行うコストを引き上げること、(2)物価安定という広範な目標のもとで一定の裁量(限定された裁量)を働かせる土台を作ること、という二点が重要だと強調しています38。確かに制度設計としてはそうかもしれませんが、実現可能性となると疑問なしとしません。

 現在、私にとって今一番悩ましいのは、見通しだけでなく、現状さえも実態がなかなか把握できないことです。経済指標等個々の計数が振れることも多く、なかなかトレンドが読み取れません。先ほど、FRBが人々の期待をさほど撹乱させることなく時間軸からうまく脱出できたことを説明しましたが、それに伴って人々の期待が安定しているわけではありません。人々の期待は、米国経済の回復のトレンドに確証が掴めないため、月々の雇用統計や物価統計の数字に踊らされています。

 また、しばしば主張されるように、透明性向上で求められているものが、インフレ目標の明示とテーラー・ルールに基づく政策反応関数の明示ということだとした場合、セントルイス連銀が試算しているテーラー・ルールによると、2003年以降は、例えインフレ目標を4%にしたとしても現行FFレートは低すぎる状態が続いていることになります(資料7)。仮に、バーナンキ理事が言うような2%近傍のインフレ率が目標であるとしますとFFレートを3%とするのが適切ということになり、今後、速やかにFFレートを2%の引き上げることが必要になります。不確実性が非常に高く、しかも低金利政策がグローバル経済に組み込まれている状況で、FRBが現在インフレ目標値が2%であると明示することが期待の安定化につながるのか、私は疑問なしとはしません。日本のように政策の波及効果が明らかでない状況ではなおさらです。

 現在、金融政策の透明性を高めるために必要なのは、まず第一に、経済情勢の現状認識と先行き見通しについて、展望レポートの見通しの蓋然性の程度はどの程度か、上振れ・下振れ要因の顕現化の可能性はどの程度と考えておくかを日々蓄積されるデータや分析などから検討し、それらについて委員会内部の議論や市場との対話を深め、委員会の見方についての認識を共有していくことだと考えています。このような共有は、新たに公表される個々のデータが振れの範囲かどうかの理解を深めますし、上振れ・下振れ要因が顕現化した場合の混乱を小さくするうえでも有効であると考えられます。

 第二には、ゼロ金利制約のもとでは、金融政策の波及効果は主として期待を通じるものとなるため、今のコミットメントの必要条件が達成されたあとに、どのような出口政策を考えるのかについても、不確実な要素が多すぎるということだと思いますが、市場の誤解を防ぐためにも考え始める必要があると思います。

 最後に、金融政策についてのわかりやすい内容の情報発信を行い、市場参加者だけでなく幅広い民間経済主体に日本銀行の金融政策についての理解を広めることも重要と思います。

 私としても本日申し上げたようなことを胆に銘じ、今後とも適宜適切な情報発信を心掛けたいと思っています。

 ご清聴頂きまして、誠にありがとうございました。

  1. 38King, M.(2004) "The Institutions of Monetary Policy", Speech at the American Economic Association(イングランド銀行のホームページから入手可能)

以上


BOX)FRBにおける主な情報開示内容の変更点

 FRBは、透明性の向上が政策の有効性を高めるという考え方と議会からの情報開示の執拗な要請を背景に、94年2月のFOMC以降、FFターゲットレート政策変更の事実とその背景について簡単な声明文を即日公表することになった。

 FOMCで議論されている「政策バイアス」(ティルト。先行きの景気指標に応じて次回会合までの間に政策変更もありうるという意味で条件付き政策)も、情報公開へのプレッシャーに加え、政策バイアスの事前漏洩が度重なり、99年5月より即日公表することとなった。

 しかし、反対意見や解釈をめぐる混乱が続いたことから、2000年2月以降、公表内容は、「政策バランス」から「リスクバランス」に変更された。リスクバランスについては、FRBの長期的な政策目標に照らし、先行きのリスクを、「景気減速につながるリスクに傾いている」、「インフレにつながるリスクに傾いている」、「これらのリスクが平衡している」、の三つの定型表現を用いて表現することにした。

 さらに2002年3月より投票結果も即日公表している。

 また、2003年5月より、リスクバランスは「経済成長リスク」と「インフレリスク」とに分けて発表されるようになっている。