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石川県金融経済懇談会における武藤副総裁挨拶要旨

2004年 6月18日
日本銀行

目次

  1. はじめに
  2. 1.最近の経済情勢
  3. 2.最近の物価情勢
  4. 3.金融政策運営
  5. 4.金融システムの現状と課題
  6. 5.北陸経済の活性化に向けて

はじめに

 日本銀行の武藤です。平素より、私どもの支店が大変お世話になっており、本席をお借りして厚く御礼申し上げます。

 私は、20年ほど前に約2年間石川県庁で勤務する機会があり、当地の皆様方に大変お世話になりました。それ以来、当地には故郷のような愛着を感じており、また、当地の動きや話題を見聞きするたびに、当時を非常に懐かしく思い出しております。それだけに、今回、こうして石川県経済界を代表する皆様方とお話しする機会を頂き、大変嬉しく存じております。本日は、経済情勢や金融政策運営、金融システムの問題などについてお話ししたいと思います。

1.最近の経済情勢

わが国経済の現状

 わが国の景気は、昨年後半以降、回復を続けており、最近では、雇用面でも改善の動きがみられます。今回の景気回復は、海外経済の好転に伴う輸出増を起点に始まり、それが生産活動の活発化、企業収益の増加に繋がり、さらに設備投資の拡大を促すという「前向きの循環」が働いています。本年第1四半期の実質成長率をみても、前期比年率+6.1%と、昨年第4四半期に続いて高めの成長となりました。

 こうした順調なわが国の景気回復は、私どもの想定を上回るものでした。そのひとつの背景は、米国、中国を中心とした世界経済の予想以上の回復です。米国では、堅調な個人消費や設備投資にもかかわらずなかなか改善がみられなかった雇用面でも、このところ回復基調が鮮明になり、バランスのとれた成長を実現しています。中国でも、内外需ともに力強い拡大が続いています。こうした中で、わが国の輸出も、東アジア諸国向け──その中には東アジアで加工され最終的に米国向けに輸出されるものも含まれます──を中心に、昨年後半以降、大幅に増加しています。

 もうひとつの背景は、雇用・所得環境が必ずしも明確な回復をみていない中にあっても、個人消費が予想以上に健闘していることです。これには、様々な背景が考えられますが、例えば、薄型テレビ、DVDレコーダー、デジタルカメラといった「新三種の神器」に代表されるデジタル新商品が、消費意欲を刺激した面があると思います。また、企業業績の回復に伴い、雇用面での悲観的な見方が後退していることも、消費にプラスに働いているように見受けられます。

 さらに、今回の景気回復局面の中で見逃してはならないのは、構造調整の進展が景気回復の動きをサポートしているという点です。バブル経済崩壊以降、わが国の企業は、過剰な債務、雇用、設備についての調整に懸命に取り組んできたわけですが、ようやくその努力が実を結びつつあります。とくに製造業大企業では、リストラや企業再編等を通じて、収益を上げやすい企業体質に変化しつつあり、日本銀行の短観によると、売上高経常利益率がバブル経済崩壊後のピークを更新している状況です。また、金融機関の不良債権処理についても、全般に相当進捗してきています。金融システムが全体として健全性、安定性を徐々に取り戻しつつあることは、企業金融面での安心感に繋がっていると思います。

景気の先行き

 先行きについても、景気は回復の動きを続け、前向きの循環も明確化していくと予想しています。日本銀行では、年2回、経済・物価情勢の見通しを取りまとめて「展望レポート」として公表していますが、4月末のレポートでは、今年度の実質成長率が3%強になるとの政策委員の見通しを掲げています。もし、昨年度に続き2年連続3%台の成長となると、これはバブル経済崩壊後、初めてのこととなります。

 もっとも、このような見通しのとおりに景気が回復を続けるには、いくつかの点が鍵となります。第1に、海外経済が引き続き高めの成長を維持するかという点です。国内需要が底固さを増していると言っても、世界経済が連関性を高めている中、わが国の景気が海外経済の動きに影響を受けることは避けられません。例えば、世界的な情報通信関連需要がひとたび停滞すれば、国際分業体制のもとで米国、東アジア諸国はもちろん、わが国の製造業も大きな打撃を受ける可能性があります。また、中東情勢をはじめとするいわゆる地政学的リスクや米国の「双子の赤字」の問題等を巡り、金融・為替市場に大きな変動が生じないかということも注意を要します。後ほどもう一度触れますが、原油高が世界経済にどのような影響を与えるかも重要な点です。さらに、高成長が続く中国経済について、最近強化されている過熱抑制策を通じて持続的な成長を実現できるかという点もポイントです。

 景気回復が持続性を持つためには、第2に、国内需要面で回復の動きがさらに広がることも重要です。とくに、個人消費の動向に注目しています。先ほど申し上げたとおり、足許、個人消費はやや強めの動きを示していますが、雇用・所得面の裏付けを伴わなければ、個人消費の拡大は長続きしないのではないかと考えています。今のところ、新規求人や失業率などの面では改善傾向が窺われますが、賃金の下げ止まりはなお明確ではありません。今後、生産活動や企業収益が強まる中で、雇用・所得面への好影響の波及が次第に明確化していくものと予想されます。この点、今年の夏季賞与については、好調な企業業績を背景として製造業を中心に昨年を上回る支給が期待できますが、こうした動きが家計の所得、さらには消費支出の増加にどのように繋がっていくか、よくみていきたいと思います。また、パートや派遣労働者の活用といった最近の構造的な変化が、雇用・所得面にどのような影響を及ぼすかについても、今後の重要なポイントであると考えています。

地域格差の問題

 さて、ただ今、「回復の広がり」という観点から個人消費を取り上げましたが、他の面でも回復の裾野が拡大していくことが重要です。この点、今回の景気回復の広がりをみると、製造業と非製造業、大企業と中小企業、都市圏と地方圏との間で回復の程度に格差を伴っている点が特徴です。本日は、地方経済について少し焦点を当ててみたいと思います。

 まず、景気動向とほぼ同様の動きを示す生産活動をみると、確かに、今回の局面では、過去に比べて地域間のばらつきが大きくなっているように見受けられます。概して言えば、電気機械などの情報関連や自動車といった好調業種が集積している地域、例えば東海地方などの生産の伸びが高くなっています。また、労働需給については、ここ数年来、東京、愛知などの有効求人倍率が他の地域を上回っている状態が続いています。そのほか、地価の動きについても、足許、東京都心部では一部反転もみられているほか、大阪や愛知などの大都市圏でも下げ幅が縮小しつつある一方、地方圏ではなお下落傾向が継続しています。さらに、人の流れに着目しても、東京をはじめとする大都市圏における人口増加と、地方圏における人口減少のコントラストが明確化してきたように窺えます。このように様々な面で都市圏と地方圏で格差がみられているだけに、地域によっては景気回復をなかなか実感できないのが実情ではないかと思います。こうした地域格差の背景のひとつとしては、地域経済における財政のウエイトの大小や民間部門の産業構造の違いが指摘できます。例えば、ここ数年公共投資予算が抑制されている中、公共事業依存度の高い北海道などでは景況感に目立った改善がみられません。一方、輸出が好調な情報関連や自動車関連業種、あるいは設備投資関連業種の割合が高い地域では、景気の回復基調は比較的明確になっています。

 当地においても、景気回復の動きに他地域との違いがみられます。ここ石川県においては、製造業の中で電気機械や一般機械のウエイトが高く、これらの業種が牽引する形で、鉱工業生産指数は全国のレベルを上回る水準で推移しています。雇用情勢も、有効求人倍率をみると全国に比べて良好な状態が維持されています。福井県、富山県を含めた北陸3県でみた場合、日本銀行が公表している短観では、製造業の業況判断DI──業況が「良い」と回答した企業数の割合から「悪い」と回答した企業数の割合を引いたもの──が全国を上回るレベルにまで回復しています。一方、非製造業をみると、建設業では、公共工事への依存度が比較的高く、大型公的プロジェクトが一巡したこともあり、概して業績が芳しくありません。また、当地の著名な温泉地でも、宿泊客数は、足許若干の持ち直しが窺われますが、明確な増加をみていません。こうしたことから、日本銀行の短観で北陸3県の非製造業の業況判断DIは、一頃に比べれば改善しているものの、なお全国の水準を下回って推移しています。

 地方圏を含めて全国に景気回復の動きが広がっていくには、今後、地域および各企業の創意と工夫がますます求められるのではないかと考えています。この点、当地では、これまで推進してきた電気機械メーカーなどの誘致の成功が、最近の景況感改善に寄与していると思います。また、古くから当地の一大産業である繊維業では、中国をはじめとするアジア諸国との競争激化から、事業規模の縮小や廃業を余儀なくされた先もみられましたが、最近は、高級衣料品やインテリア製品等の高付加価値商品へのシフトといった経営努力が奏効し、業況も底固く推移しています。さらに、漆器や陶磁器などの当地の伝統工芸産業においても、精緻な技術を応用して新たな製品分野に取り組む動きがみられます。観光産業でも、各種イベントの開催や街並みの整備など、消費者の嗜好の変化を捉えた様々な工夫を試みているとの話も伺っています。このように、当地の皆様方が自ら地域の活性化に向けて努力をされている姿は大変心強いと感じています。この点は後ほどもう一度触れたいと思います。

2.最近の物価情勢

 次に、最近の物価情勢についてお話ししたいと思います。

 まず、世界的な動きを振り返ってみると、昨年の今頃は各国の物価が弱めの動きを示し、「グローバルなデフレ」のリスクが心配されている時期でした。その後、各国の緩和的な金融財政政策やそれを映じた景気回復を背景に、物価情勢は徐々に改善をみてきました。米国では、消費者物価(コア)の前年比上昇率が一時1%近くまで低下しましたが、足許では1%台後半まで戻しているほか、中国でも、消費者物価の前年比上昇率が高まっています。

 こうした中、わが国の物価をみると、企業間の取引価格である国内企業物価は、非鉄金属や鋼材、さらに原油などの内外の商品市況高や、需給の改善を反映して、このところ上昇を続けており、3か月前と比べた伸び率は0.5%前後に達しています。その中身をもう少し詳しくみると、昨年後半頃より、米国、中国を中心とした世界経済の回復を背景に原材料価格の上昇が目立ち始めたのに続き、今年に入ってその中間財価格への波及が明確化してきています。しかし、その一方で、最終財価格や、消費者物価、例えば家電製品価格などへの波及はなお限定的です。これは、企業の生産性向上に向けた努力や賃金抑制姿勢を反映して、商品を生産するのに必要な人件費コストが低下していることが基本的背景にあります。つまり原材料にかかるコスト上昇が企業段階で吸収されていると言えます。また、物価の基調的な動きに影響する経済全体の需要と供給のバランスは、景気の回復を反映して着実な改善をみていますが、なお緩和した状態が続いており、引き続き物価を押し下げる方向に作用していると考えられます。

 これらの事情を踏まえ、私どもでは、物価下落圧力は徐々に減じているものの、今年度の消費者物価は基調的には依然として小幅な下落が続くものと予想しています。

 こうした中、このところ、原油価格の上昇とその影響に内外の関心が集まっています。原油相場は中東情勢の不透明感が強まる中で一段高となった後、足許若干落ち着きつつあるものの、90年の湾岸危機以来の高水準で推移しています。原油価格は、需給バランスの状況のみならず、中東情勢や投機的な資金の流れにも左右されます。また、原油製品は、鉄や銅といった他の原材料を用いた製品と比べれば加工プロセスが少ないものが多く、それだけ、中間段階でコストが吸収されにくいため、ガソリンなどの最終財の価格上昇に繋がりやすい面もあるように思います。さらに、わが国のように、原油をほとんど輸入に頼っている経済にとっては、原油高は交易条件の悪化を通じてマクロの実質的な購買力を圧迫するなど、景気にマイナスの影響を与える惧れがあります。

 これらの点を含め、国内企業物価、消費者物価等の動き、およびその実体経済活動との関連について、引き続き丹念にみていきたいと思います。

3.金融政策運営

 次に、金融政策運営についてお話ししたいと思います。日本銀行は、2001年3月以降、日銀当座預金残高を主たる操作目標とする金融政策を行っています。今週初めに金融政策決定会合があり、最近の経済金融情勢を点検したうえで、日銀当座預金残高の目標額を「30~35兆円程度」に維持することが適当であるとの結論を得たところです。この日銀当座預金残高の水準は、法律等により必要とされる所要準備額約6兆円の5倍を上回るものです。このような日本銀行による潤沢な資金供給のもとで、短期の金利はほぼゼロ%となり、金融市場は総じて落ち着いた状況が続いています。この間、長期金利は概して安定的に推移してきましたが、ここにきてやや強含んでいます。これは、世界経済が高めの成長を続けており、ディスインフレーションの傾向にも変化が窺われつつあることや、わが国の景気も回復しているといった状況の中での動きと理解できると思います。長期金利は、やや長い目でみると経済や物価情勢を反映して変動するものです。ただ、同時に短期的には様々な思惑によって動く一面も有していますので、今後の長期金利の動きについて、注意深くみてまいりたいと考えています。

 さて、現在の金融政策運営の枠組みにはいくつかの柱がありますが、経済の局面に応じて金融政策の効果の表れ方も変わってきました。景気が停滞し金融システム不安も強い局面では、金融市場に対し潤沢に流動性を供給することがとくに重要な意味を持っていました。潤沢な流動性は、金融市場の安定を確保し、デフレ・スパイラルを防ぐうえで大きな効果があったと言えます。景気が回復を続けている現在のような状況のもとでは、「消費者物価の前年比が安定的にゼロ%以上となるまで」日銀当座預金残高を操作目標とする金融政策を継続するという「約束」が大きな意味を持つようになっています。現在の金融緩和政策のもとで短期金利はゼロ%になり、この点は現在も1年前も変わりませんが、この間、わが国の経済成長率は名目でみても実質でみても着実に高まっています。このことはゼロ金利の景気刺激効果が1年前に比べ強まっているということを意味し、そうした政策が継続される中、今後、景気刺激効果がさらに強まるものと考えられます。日本銀行の「約束」はそのような効果を引き出すための工夫であるわけです。

 このように申し上げると、「約束」の水準を引き上げて、例えば、基準となる消費者物価の前年比についてゼロ%より高い水準に改めた方が、もっと景気刺激効果を引き出せるのではないかという疑問を持たれるかもしれません。しかし、物事には必ず表と裏があります。仮に日本銀行が消費者物価の前年比が高い水準に達することを確認するまで現在の政策を続けると宣言し、経済にどのような変化が生じても、そうした段階に至るまでゼロ金利状態を続けるとなると、経済は過熱し、物価上昇率は急速に高まるかもしれません。少なくとも、市場は常に経済の先行きを予想しながら動く性格を有していますから、ゼロ金利状態が長くなる分だけ、将来の短期金利の上昇幅は大きくなるという予想が広がり、結果として長期金利が大きく上昇する可能性もあります。現在の日本銀行の「約束」は、こうしたリスクと先ほど述べた効果のバランスを十分踏まえて決定したものと言えます。

 こうした中にあって、最近のわが国の景気回復を受け、市場などの一部には、量的緩和政策からのいわゆる「出口」についての議論が聞かれるところです。私自身、先行きの金融政策運営について、当然のことながら常日頃より様々な角度から思考を巡らしているわけですが、ただ、現在は、景気が回復を続けているとはいえ、消費者物価の前年比がなお小幅のマイナスで推移している状況です。そうしたもとでは、量的緩和政策からの「出口」を具体的に論じる段階ではないと考えています。現時点で私がもっとも重要と認識している点を一言述べれば、政策の転換のプロセスを通じて人々の予想形成を不安定にさせないということです。このためには、日本銀行として、経済・物価情勢の判断を的確に行ったうえで、金融政策運営についてどのように分かりやすく説明していくか、言い換えれば金融政策の透明性を高める方法についてどのように考えていくかが何にも増して大切になってくると思います。

 いずれにせよ、日本銀行としては、デフレ脱却を最優先として、今後とも、消費者物価に基づく「約束」にしたがって、適切な金融政策運営に努めてまいりたいと思います。

4.金融システムの現状と課題

 以上、足許の景気動向を中心に述べてきましたが、わが国の経済構造に関わる問題にも引き続き目を向ける必要があります。そのひとつが金融システムの問題であることは言うまでもありません。

金融システムの現状

 そこで、わが国の金融システムに目を転じてみますと、取り組むべき課題はなお少なくありませんが、不良債権処理の進捗などを背景に、全体として健全性、安定性を徐々に取り戻しつつあるというのが現状ではないかと思います。

 本年3月期の銀行決算をもとにこの点をやや敷衍しますと、まず大手銀行については、全体でみて、不良債権の処理コストが3.4兆円と、前々年の7.7兆円、前年の5.0兆円に比べて大幅に減少しました。また、貸出全体に対する不良債権の割合、すなわち「不良債権比率」も、大手銀行全体で、ピークであった2002年3月末の8.7%から、本年3月末には5.1%まで大きく低下し、「来年3月末までに4%程度に引き下げる」という、2002年10月に政府が打出した目標の達成にも目処がついてきました。

 この間、収益面でもこれまでの大幅赤字基調から脱却し、この3月期では久方振りに大半の先が黒字決算となりました。自己資本比率も直近のボトムである2003年3月末の9.6%から、10.9%まで回復するなどストック体力も改善してきました。このように、大手銀行の経営はここへ来てかなり健全化してきています。

 一方、地域銀行の状況ですが、これまで大手銀行に比べて全般に経営改善が遅れ気味でした。しかし、ここへきて経営の健全性回復の方向性が明確になっています。まず、不良債権比率は、2002年3月末の8.1%をピークに、2003年3月末は7.9%と小幅な改善にとどまっていましたが、2004年3月末には6.9%と大きく低下しました。また、昨年11月に破綻した足利銀行を除いたベースでみると、この3月期決算は97年3月期以来実に7年振りの黒字を計上し、自己資本比率も2002年3月末は9.3%、2003年3月末は9.4%であったものが、この3月期は9.7%まで上昇しました。

 以上のような金融機関の経営改善の背景には、景気情勢の好転などによるところが少なくないことは否定できません。しかし、不良債権に対する引当強化や経費の削減など、これまで金融機関が取り組んできた経営努力がここへきてようやく実り始めているといえるでしょう。今後は、こうした好ましい展開を定着・拡大させていくことが重要な課題ではないかと思います。

不良債権処理の総仕上げに向けて

 その意味では、「不良債権処理の総仕上げに向けて、取り組みをさらに強化していくこと」が、やはり課題の第1といわざるを得ません。

 金融システムが当面乗り越えなければならないハードルは、来年4月のペイオフ全面解禁への対応ですが、このことは金融機関が民間企業として真に自立していくという非常に重要な意味を持っています。このペイオフ全面解禁を余裕を持って乗り越えていくためには、経営上の重石となってきた不良債権問題の克服に早期に目処をつけ、預金者や市場からの信認を磐石なものとしていく必要があります。今後は、「不良債権の経済的な価値を適切に把握し、将来の損失発生リスクに備えて十分な引当を行う」ことにとどまらず、企業再生を実現して不良債権それ自体を解消していくことや、貸出債権の流通市場も活用して不良債権をバランスシートから切り離していくことが重要です。こうした点については、各金融機関が創意工夫を凝らしつつ一層取り組みを強化していくことが期待されます。

 なお、最近では、地域金融機関の中にも、自主的に不良債権の削減目標を設定して、取り組みを強化する向きもみられます。また、不良債権処理に目処をつけた金融機関が積極的な業務展開に転じつつあるという心強い兆候もみられます。わが国全体の金融仲介機能の向上を図るためにも、より多くの金融機関が、より早期にそうした状況になっていくことを強く期待しています。

収益力の強化

 金融システムに関する2つ目の課題は、「金融機関の収益力強化」です。収益力強化は民間企業として当然の課題ですが、信用仲介を基本的な役割としている金融機関の場合、借り手・預金者双方の顧客ニーズに応えた商品・サービスを適切に提供していくことにより収益力を高めていくことは、金融システム全体の機能向上にも繋がります。

 例えば貸出業務についても、すでに一部の金融機関で取り組みがみられるように、財務制限条項(コベナンツ)や、売掛債権のキャッシュフロー等を債権の保全に活用する、といった工夫を凝らすことにより、潜在的な借入需要を掘り起こすとともに、利鞘の改善を図っていくことが必要になってきています。

 また、いわゆるフィービジネスについても、投信・保険の窓販や、ビジネスマッチングなどを通じて、顧客ニーズに多面的に応えていくことは、顧客とのリレーションシップの強化・多様化にも寄与していくものと思われます。

地域経済への貢献

 課題の3つ目は、地域金融機関の基本的な使命でもある「地域経済への貢献」です。

 当地は、これまで様々な産業分野で進取の気性に富む企業を多々生み出してきた実績があります。今も、必ずやどこかに将来の地域経済をリードし得る企業が生まれているはずです。また、既存の企業の中にも、財務面の重石が大きいために優れた技術やノウハウをストレートに業績に結び付けられなくなっている先も少なくないのではないかと思われます。

 こうした状況のもとで、地域金融機関としては、一方で地元密着という強みを活かしつつも、他方で地域の枠に必ずしも囚われることなく、産業再生機構や整理回収機構、中小企業再生支援協議会、さらには他の金融機関や各種の再生ファンドなどが有する専門知識や資金を広く活用していくことも重要です。外部関係者の目を通すことで、創業支援や再生支援の対象となる企業や事業をより客観的に評価し、支援計画の出発点をしっかりと固めることができれば、企業再生等の実現可能性が大きく高まるはずです。

 また、企業再生には、地域再生の視点が重要なことは言うまでもありません。企業再生が、関係先企業、周辺地域、関連産業分野に好影響を及ぼし、再生が点から面へと広がりをもっていくことが期待されます。

5.北陸経済の活性化に向けて

 以上、景気動向や金融システム問題についてお話ししてまいりました。最後に、もう一度、北陸経済の将来について私なりに考えているところを述べたいと思います。

 先ほども申し上げたとおり、景気回復の動きに地域格差がみられる中、北陸経済の活性化に向け当地の経済界は様々な努力を続けておられます。具体的な取り組みは、世界経済の動きにも影響を受けるわけですが、その中で、中国経済の目覚しい発展を背景に、当地と中国との結びつきを強化する動きが拡大していることが注目されます。北陸に所在する企業の輸出動向をみると、電気機械や一般機械、繊維等を中心に堅調な伸びを示していますが、とりわけ中国向け輸出が大幅に増加していることが目立ちます。輸出先別シェアでみても、中国向けが、2001年度の約1割の水準から最近では2割弱に達し、北米向け、欧州向けと肩を並べるまでに高まっています。また、当地の地場の製造業の中国進出もここ2、3年で急増しているようです。当初は、現地の豊富な労働力を活用した生産拠点として位置付ける例が多いようですが、繊維や機械メーカーなどの間で巨大な中国市場での販売拡大を狙う動きも徐々に積極化しています。さらに、中国との経済関係を一段と深めるとともに、中国からの観光客の誘致も視野に入れ、上海への定期航空便開設に向けた動きもみられはじめています。こうした中、当地の金融機関でも、現地事務所の設置、提携銀行を通じた人民元建て融資の実施など、中国進出企業をサポートする取り組みが活発化しています。

 このように、当地と中国との経済関係は、従来以上に相互依存的な間柄となり、互いに不可欠な存在になっているのではないかと思います。それだけに、中国当局の景気過熱抑制策が中国経済にどう影響し、それが当地経済にどのように波及してくるか、注意してみていく必要があります。ただ、景気の過熱を抑え、巡航速度に向けて調整していくことは、むしろ息の長い成長を実現するうえで重要であり、中国当局もこの点を正しく認識したうえで、問題に適切に対処しているのではないかと思います。当地経済界においても、中国経済の活力をどのように北陸経済に活かしていくか、また北陸経済と中国経済の相互依存関係をどのように深めていくかという視点から、中長期的な取り組みを進めることが大切です。

 北陸経済の活性化に向けた取り組みとの関連で、中国経済との関わりを挙げてみました。今後も、当地の可能性豊かな産業基盤、風光明媚な観光資源、そして勤勉・堅実な人的資源を十二分に活かしながら、当地の企業が力強い回復と発展を遂げていかれることを祈念したいと思います。日本銀行としても、引き続き民間の努力をサポートし、日本経済の新たな発展に向けて、最大限の努力を続けてまいる所存です。

 ご清聴、誠に有難うございました。

以上