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最近の金融経済情勢と金融政策運営

釧路市における金融経済懇談会での田谷審議委員挨拶要旨

2004年7月1日
日本銀行

目次

  1. 1.はじめに
  2. 2.最近の金融経済情勢
  3. 3.最近の金融政策運営について

1.はじめに

本日は釧路を中心とした道東における各界の皆様と懇談をさせていただく機会を賜り、御礼申し上げます。また、日頃から日本銀行釧路支店に対するご支援を賜り、心から感謝申し上げます。今日は、最初に、私の方から、内外の金融経済情勢と最近の金融政策の運営につきましてお話させていただきます。その後で、皆様から、当地の状況についてお話いただき、懇談させていただきたいと存じます。今後の政策運営に参考とさせていただきたいと考えております。よろしくお願い申し上げます。

2.最近の金融経済情勢

我が国の景気は、輸出、生産の増加が続き、企業収益の増加から設備投資の伸びがよりはっきりしてまいりました。設備投資拡大の動きは、まだ製造業を中心としたものですが、非製造業への広がりも見られ始めています。また、企業活動の活発化や収益の増加は、雇用情勢の好転にも結びついてきました。企業の労働コスト抑制姿勢が根強く、賃金の上昇をともなった雇用者所得の改善はまだはっきりとは確認できませんが、全体として、前向きの景気循環がこれまでよりも強まってきたことは確かのようです。ただ、依然として、輸出の増加が続くことが、景気回復の持続にとって重要です。そこで、まず、我が国の輸出環境を概観することから始めたいと思います。

海外金融経済情勢

以下では、米国、中国を中心として海外経済を概観した後、最近の海外マーケットの動きに触れたいと思います。まず、米国経済の状況ですが、これまでは、年央あたりから減税効果が減衰することが想定され、それまでに遅れていた雇用の回復がみられるかどうかが、景気の先行きを占う上での焦点となっていました。その雇用も回復傾向が明確化し、ディスインフレ傾向にも歯止めがかかってきました。過度のディスインフレ、あるいは、デフレ懸念から採用されてきた超低金利政策は、必要がなくなったということで、昨日、政策金利であるフェデラル・ファンド・レート(FFレート)が引き上げられました。これは、4月後半、「心配されていたディスインフレ傾向が多分過去のものとなった」とのグリーンスパンFRB議長のコメントが出て以来、広く予想されていたものです。今後は、FFレートが景気に対して中立的な水準まで引き上げられていくことが予想されています。こうしたFRBの政策は、物価安定下の持続可能な経済成長を目指したものと考えられます。

中国経済は昨年半ばあたりから今年初めにかけて、一部に過熱傾向が明確になってきました。政策当局は、昨年半ば以来引き締め気味の政策を行なってきましたが、今年に入り、さまざまな政策手段も動員して、過剰投資の抑制を図ってきました。4月以降の各種統計を見ると、そうした抑制策の効果が顕現化してきている兆候があります。傍証としては、国際商品市況が若干軟化気味になっていることや、海運市況がこのところ相当下がってきたことがあります。まだ、政府が目指している7%前後の成長率に収まるようになるかどうかは、分かりません。一部には経済活動に急ブレーキがかかることを恐れる向きもありますが、万一そうした展開になったとしても、経済自体に強い前向きの力がある限り、再加速させることは可能でしょう。米国経済とともに、巡航速度での成長に向かうとの想定が最もありうるシナリオではないかと考えております。

その他の国では、東アジア諸国の輸出、生産の動きに大きな変調は見られていません。ユーロ圏諸国経済につきましては、景気は底打ちしていると思われますが、雇用調整の遅れなどから、回復力が弱い状態が続いています。今後は、外需が牽引する形で、ゆるやかな回復過程を辿ると考えられます。オーストラリア、イギリス、スイスでは、景気は底堅く、金融政策はすでに引き締め方向に転じています。カナダはユーロ圏諸国よりは強い一方、金融を引き締めるほどには強くないといったところかと思われます。

世界の金融市場は、4月以降、予想される米国の金融政策スタンスの変化を織り込みつつあります。全体としては、5月の上旬に若干動きがありましたが、5月半ば以降は、比較的落ち着いた展開となっています。欧米の長期金利は、当初、上昇しましたが、比較的低い水準で推移しています。これは、FRBの政策が適切に行われることで、米国におけるインフレ率は長期的にも安定的に推移するとの見方が優勢であることなどによるものと考えられます。先進国の株価は日本を含めて、企業収益の好調を反映して、概ね堅調を維持しています。エマージング・マーケットにおける株価、通貨、ソブリン債の対米国債スプレッドは、5月上旬に一旦トリプル安となり、その後も、それぞれ一部に個別要因で振れはあるものの、全体としては、落ち着いた動きとなっています。米ドルの短期金利が非常に低い水準に維持されたことで、世界的にさまざまな投資ポジションが構築され、そうした投資ポジションの巻き戻しの過程ではさまざまな動きが出てくると考えられますが、これまでのところ、調整過程は大きな混乱もなく進んでいると思われます。国際商品市況もピークアウトの兆しがあり、落ち着きを取り戻しつつあります。原油価格も、今月に入って以来、若干下落してきました。

以上、海外の経済金融情勢は、好ましい方向での展開となっており、心配するとすれば、「Too good to be true」といったところです。敢えて挙げれば、米国の経常収支赤字や中東情勢の混迷などによるドル安の可能性と、つい最近ITバブルと崩壊を経験したばかりなので、その可能性は小さいとは思いますが、やはり世界半導体需給が突然大きく崩れるケースなどが考えられます。

国内金融経済情勢

国内経済は、輸出、生産の増加基調が持続することで、企業収益の伸びが経済の前向きの循環を強める方向で作用するようになってきました。昨年第4四半期、今年第1四半期の成長率は大方の想定を超えるものだったと思います。昨年第4四半期の年率7%を超える成長の後、今年第1四半期はさすがにスローダウンすると考えられていましたが、若干スローダウンはしたものの、年率6%を超える成長を記録しました。今年度に入って以降も、輸出、生産の増加は続いており、少なくとも、年度前半は順調な展開が続きそうです。ただ、年度後半以降、拡大ペースは緩やかなものになると予想されます。

輸出、生産の増加が続き、企業収益は増加を続けています。上場企業(金融機関を除く)の経常利益は、変化率で見れば、昨年度ほどではないにしても、10%前後の伸びが予想されています。中小企業でも増益基調がはっきりしてきました。企業収益の改善が続いていることもあって、設備投資回復の動きが続いています。特に、製造業の設備投資は足許、相当な勢いで伸びているようです。中小公庫調査による中小企業製造業の今年度設備投資計画は、前年度に二桁の伸びをした後、年度が始まったばかりの時点で、前年度比3.1%増となっており、かなり強い数字と言えるでしょう。また、内閣府と財務省の共同調査による法人企業景気予測調査によりますと、今年度の設備投資の伸び率は製造業で2割に近い数字となっており、非製造業も若干の増加計画となっています。これも、相当強い数字と言えます。

設備投資はキャッシュフローの範囲内で行い、債務返済の動きが続いています。債務の圧縮は、非製造業では相対的に緩やかですが、全体として、かなり進展してきた印象があります。過剰設備の調整も進み、減損会計を前倒しで導入する動きもあります。こうした過程では、資金需要はなかなか高まりませんでしたが、設備投資意欲が高まる一方、金融機関経営をめぐる状況が好転し、貸出姿勢が前向きになってきたことによって、金融機関貸出の前年比減少幅の縮小が大きくなる兆しがあります。

金融機関の不良債権処理は昨年度かなり進展し、不良債権比率が、大手行、地域金融機関とも顕著に下がりました。景気の回復に後押しされた面もありますが、金融機関自身が処理を強く進めた結果であると思います。貸出資産の経済価値を適切に把握し、十分な引当を積み、不良債権をバランス・シートから切り離し、企業の再生を図るといった動きが着実に進んできました。株価の上昇にも助けられて、収益も多くの先で好転しました。その結果、大手行の多くの先で信用格付けが引上げられるようになってきました。また、金融システムの健全性に関連した動きとしては、システミック・リスクが想定されない場合でも、公的資金投入を可能にする新法が成立しました。金融システムは全体として安定度を増し、金融機関の信用仲介機能も回復しつつあるように思います。

企業部門の収益が回復し、その好影響が家計部門にも一部波及してきました。雇用者数の回復です。もっとも、企業の労働コスト抑制姿勢は根強く、まだはっきりとした賃金の増加はみられません。パートあるいは一時雇用などが増えていることも、雇用者所得の上昇になかなかつながらない要因となっています。しかし、労働市場は全体として回復しつつありますし、消費者マインドも改善してきています。高齢者層の消費意欲が強いことなどもあって、個人消費は所得対比で堅調を維持しています。個人消費の堅調が、所得面での改善が明確になった段階で、さらに明確化するかどうかに注目しております。

個人消費の堅調が続くことになれば、非製造業の業況もさらに好転していくことになるでしょう。非製造業の回復が、景気回復の地方への波及を考える上で重要です。公共投資の減少傾向がまだ続きそうな下にあっては、なおさらです。その他では、住宅投資はほぼ横ばいを予想していますが、先行き、地価が下げ止まる予想が浮上してきている首都圏などを中心に若干伸びを高める可能性があると考えております。以上、国内経済は、好調な輸出環境が続く下で、企業収益の改善が続き、その好影響が設備投資、個人消費といった内需の増加をもたらす前向きの循環が出てきています。今後、景気は回復の動きを続け、前向きの循環も明確化していくと思われます。

3.最近の金融政策運営について

ここで、最近の金融政策運営についてお話させていただきます。今年1月末に京都において、今日と同じような機会に、それまでの政策運営についてお話させていただきました。今日は、それ以降のお話をさせていただきたいと思います。この間の政策運営としましては、日銀当座預金残高目標レンジを30−35兆円に維持してまいりました。こうした大量の流動性供給の下で、短期金融市場の金利は低位安定を続けました。コール・レート、レポ・レート、ユーロ円金利にほとんど変化はありませんでした。子細に見れば、最近、短国レートがやや高くなっていますが、レートの動きは落ち着いたものです。ただ、6月入り後、ユーロ円金先レートが若干上昇しています。以前に比べれば、先行きの短期金利に上昇予想が高まってきているということです。

昨年10月、量的金融緩和はいつまで続けるのか、あるいは、どういった条件のもとで解除を考えるのか、といったことを公表しました。第一に、数ヶ月均してみてコアCPI(CPI総合、除く生鮮食品)の前年比がゼロ%以上となること。第二に、政策委員の多くが、コアCPIの前年比ゼロ%を超える見通しを有すること。つまり、デフレ状態に逆戻りしないと判断されること。第三に、これら第一、第二条件は必要条件であって、必ずしも十分条件ではないということ。つまり、その時の経済金融情勢によっては、解除が適当でないと判断することもありうる、ということです。

以下では、今年度のコアCPIの動きに関連して、GDPギャップとの関係を中心に私が考えていることをいくつかお話します。最近の推計結果によると、日本経済の潜在成長率は1%台前半です。推計結果は十分な幅をもってみる必要がありますが、以下の議論を単純化するため、これを1.3%と置いてみます。こうして計測された実質潜在成長率には、GDPデフレーターの下方バイアス(実質成長率の上方バイアス)が入っています。パーシェ・バイアスと呼ばれるものです。こうしたバイアスが時間を通してほぼ一定幅で入っている限りあまり問題になりませんが、それが一定でないところが問題となります。このバイアスは、基準年から離れるにしたがって拡大します。現在の国民所得統計の基準年が1995年ですので、足許、バイアスは大きく、1%超となっていると考えられます。潜在成長率を計測する上で平均して入り込んでいると思われるバイアスは、それに比べればかなり小さいものでしょう。これを、仮に0.3%と置き、足許のバイアスを1%とすると、バイアスを除いた真の潜在成長率は1.0%(=計測された実質潜在成長率<1.3%>−計測に含まれているGDPデフレーターの平均下方バイアス<0.3%>)になり、バイアスの入った見かけ上の最近の潜在成長率は2.0%(=真の実質潜在成長率<1.0%>+現在のGDPデフレーターの下方バイアス<1.0%>)になります。

今年度の実質経済成長率を、4月の「展望レポート」における大勢見通しの3.1%とすると、GDPギャップは1.1%縮小することになります。GDPギャップとコアCPIの関係を、過去20年間のデータを用いて経済構造に変化がないという前提で計算すると、ギャップが1%縮小した場合、平均して0.42%物価が上がる関係がみられました。ただ、この関係はかなり幅を持って見なければならないもので、統計上の概念である信頼区間がかなり広いのが特徴です。単純化のため、この過去の平均的な関係をそのまま今年度に当てはめて考えますと、GDPギャップの縮小1.1%に0.42を掛けることになり、結果は0.46%になります。昨年度のコアCPIの変化率は、一時的要因によるものを除いたベースで、マイナス0.5%でした。このマイナス0.5%に0.46%の物価上昇圧力が加わると、今年度のコアCPI変化率はほぼゼロになることになります。ただし、昨年度の一時的物価上昇要因の一つであったコメ価格が、今年度は逆に下落要因になると想定すれば、今年度のコアCPI変化率には若干のマイナスが残ることになります。

  1. 以上のいささか機械的な計算から得られる結論にはいくつか留保が必要です。まず第一に、潜在成長率の推計はかなり幅を持って考えるべきものでしょう。最近の低成長期における生産性上昇率を過小評価しているとすれば、潜在成長率の過小推計につながっている可能性があります。たとえば、ここ1、2年は、高い成長であったにもかかわらず、労働投入がほとんど増えていなかったことからすると、生産性の伸びは相当高かったことになります。潜在成長率が想定以上に高かったということになると、GDPギャップはそれほど縮小していなかったことになります。

  2. 第二に、今年度の実質経済成長率が上方修正される可能性があります。6月初め、今年第1四半期のGDP統計の2次速報値が発表され、今年度の成長率へのいわゆるゲタが2.1%になりました。4月以降に発表になった各種経済指標も強めのものが多く、今年度の成長率見通しは今後上方修正される可能性があります。もし上方修正ということになると、GDPギャップはそれだけ大きく縮小することになります。

  3. 第三に、GDPギャップとコアCPI変化率の関係が、特に90年代半ば以降、弱いものになっているのではないかということです。つまり、コアCPI前年比の実質成長率に対する弾力性が0.42より小さな値となっている可能性です。経済にスラックがある場合、つまり、経済に利用されていない生産要素が存在する場合、GDPギャップの縮小がそうでない場合に比べて物価上昇圧力につながらない可能性が高いということです。

  4. 第四に、鉄、非鉄といった国際商品市況や原油価格の上昇の影響をどう考えるかということがあります。ここ2年、特に、昨年末あたりから、鉄、非鉄を中心とした国際商品市況の上昇が顕著でした。国内企業物価指数も上昇してきました。素原材料といった川上から始まって、中間財といった川中あたりまでの価格の上昇は観察されますが、これまでのところ、最終財といった川下への影響はかなり限定的です。素原材料価格上昇の影響は、長い生産過程のさまざまな段階で吸収されてきています。また、国際商品市況も先月あたりで当面のピークを付けた可能性があり、素原材料価格上昇の影響が消費者物価の上昇圧力となる度合いはかなり限られたものにとどまると考えられます。原油価格も先月あたりでピークをつけ、その後若干下落しましたが、高止まりしています。原油価格の上昇は、鉄、非鉄といった素原材料の価格上昇と異なり、ガソリン等では生産過程が短いことから、最終需要者への影響が出やすいと言えます。6月以降の全国消費者物価への影響も、0.1%強は出ると思われます。以上の諸要因を考慮に入れて、今年度の物価見通しについて修正が必要かどうか、また、10月には、来年度の見通しについても考えることになります。

強めの景気指標が公表される中で、量的緩和解除の第二条件を近々変更するのではないかとの見方が一部に出てきています。来年度についての委員の大勢見通しとして、コアCPIの変化率がプラスになった場合、マーケットの安定化を図るため、条件を厳格化するのではないかといった見方です。個人的には、現在、そうした厳格化は必要ないし、適切でもないと思います。第一に、まだ足許のコアCPIの変化率はマイナスです。これを安定的にプラスにすることが現在第一の課題です。第二に、量的緩和解除を実際のコアCPIがα%を超え、将来の予想変化率がβ%を超えることを条件にする、あるいは、将来の予想変化率がγ%を超えないことも合わせて条件にする、といった一部で言われているような事前のコミットメントは難しいと思います。そうすることで、将来の弾力的な政策対応の余地をなくすことに対し、市場参加者が不安感を抱くということが、かえってマーケットの変動を大きくしてしまうことも考えられます。

経済がデフレ状況を脱し、政策金利もある程度の水準に達した後であれば、中央銀行が望ましい物価変化率を持って政策を運営することも一つの選択であるかもしれません。しかし、政策対応力に限界があり、デフレからの脱却を模索している現在、正常な状況下での望ましい物価変化率を公表することが直ちに政策の透明性を高め、マーケットとの対話を容易にするとも思えません。政策の自由度を過度に奪い、経済の安定に悪影響を及ぼしかねないように思います。

この関連で、消費者物価の上方バイアス、あるいは、金融政策のゼロ金利制約が問題となることがあります。消費者物価はさまざまな要因から上方バイアスを持っていることが知られています。バイアスのマグニチュードは、なんとか数値化できる部分に限って言えば、年1%弱であるとの研究が何年か前にありました。その後、指数計算上の基準年が2000年になり、新商品が多く取り込まれたり、ウエイトの見直しも行われました。また、パソコンなど一部の商品についてヘドニック法という品質調整方法が行われるようになったことから、バイアスのマグニチュードは、半分程度に縮小している可能性があります。固より、指数問題は高度に複雑で、バイアス問題に関して確かなことを言うことは難しいというのが率直な実感であり、これはあくまでも個人的に引き出した暫定的な結論です。

望ましい物価変化率は、ゼロ金利制約に関連して、再びマイナスにならないだけの糊代をもったものであると言われることがあります。しかし、これも、内外経済情勢と独立に、事前に決めることは難しいでしょう。変化率は、高ければ高いほど、再びマイナスに陥る可能性は小さくなります。ただ、望ましいと考えられる変化率をあまり高くすると、その後の経済や政策の振れが大きくなりかねません。逆に、あまり低すぎても、役に立たないということになります。この問題は、その時点での物価を巡るさまざまな環境との関係で考えることになると思います。

望ましい物価変化率ということに関連して、それが若干のプラスであるその他の要因もあります。まず、バランスシート調整を進めるためには、物価変化率が若干のプラスである方が望ましいということです。さらに、賃金に下方硬直性がある場合、プラスの物価変化は、経済の構造調整をスムーズに進めることに寄与すると考えられます。実際には、賃金の下方硬直性はそう顕著なものではなかったとの見方もありますが、依然として、この点も考慮に値する点だと思います。

結局、政策の透明性を高めるためには、景況感や物価見通しについてマーケットとの対話をより密にしていくことが必要です。量的緩和解除の第三条件に関連する点です。金融政策決定会合の議事要旨、総裁を始めとするボード・メンバーのコメント、「金融経済月報」、「展望レポート」と3ヶ月後の中間評価、などを通して、物価の変化方向とそのスピード、物価変動の要因に関する理解、景気の強さとその局面、景気に関する先行きリスクの在りよう、資産市場の状況などについての見方をマーケットと共有することが重要です。

コアCPIが仮にプラスになったとしても、変化率が短期的にも大きくなっていくのか、そうでないのか。物価上昇圧力があったとしても、それが需要サイドからきているものか、供給サイドからのものか。たとえば、同じ原油価格の上昇に直面しても、実体経済が景気後退局面に直面しつつある場合などは、その他の場合とは、政策対応が違ってくるかもしれません。また、国内景気を取り巻くリスクは常にありますが、顕在化すればかなり大きなデフレ・ショックとなることが分かっており、しかも、それがある程度の蓋然性をもって予想される場合などは、自ずと政策は慎重にならざるを得ないでしょう。資産価格の動向も政策的に直接反応するしないということとは別に、考慮する必要があるでしょう。

以上、金融経済情勢および金融政策運営について、述べさせていただきました。わが国の景気は回復を続けており、先行きについても、前向きの循環が明確化していくとみられます。しかしながら、現在のところ、コアCPI前年比はマイナスを続けており、先行きについても、当面、基調的には小幅のマイナスで推移すると予想されます。こうした中、私としては、現在の量的緩和を粘り強く続けていくことが重要であると考えています。また、強めの経済指標が公表される中で、量的緩和の解除条件を変更するとの見方が出ていますが、適切ではないと思います。望ましいインフレ率の公表についても、政策手段に限界があり、デフレからの脱却を模索している状況下では、政策の自由度を過度に奪い、経済の安定に悪影響を及ぼしかねないというデメリットが大きいように思います。景気が回復を続け、コアCPI前年比がプラスとなる局面においては、物価の変化方向とそのスピード、景気の強さとその局面等について、適切な情報発信を行い、市場等と認識を共有していくことが重要であると考えております。

ご清聴ありがとうございました。

以上