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「変貌する経済・社会・国際環境の下での持続的経済成長への挑戦」

日本銀行金融研究所主催第11回国際コンファランスにおける福井総裁開会挨拶(日本語仮訳)
:原文<英語>はこちら

2004年 7月 5日
日本銀行

はじめに

 皆さん、お早うございます。金融研究所主催の第11回国際コンファランスで挨拶することは、私にとって大きな喜びであります。世界中からお集まり頂いた参加者の方々に対し、日本銀行の同僚を代表して、歓迎の気持ちを伝えたいと思います。

 今年のコンファランスは、「変貌する経済・社会・国際環境の下での持続的経済成長への挑戦」に焦点をあてています。2日間にわたるコンファランスでは、経済成長の主要な源泉は何か、国毎にばらつきのある経済成長は世界全体の資源配分に長期的にどのような帰結をもたらすのか、持続的な経済成長を促すために政府・中央銀行はどのような役割を担うべきか、といった経済成長に関する幅広い問題が議論されます。

持続的な経済成長の主要な源泉

 1980年代中頃の経済成長論の復興以降、われわれの経済成長に関する理解は大きく進展しました。過去20年間ほどの間、経済成長は経済分析の中でももっとも人気の高い研究分野の一つとなってきました。新しい「内生的」成長理論は、アイディアの創造・蓄積・普及といったかたちで、技術革新に関する系統的な説明を模索してきました。

 標準的な経済成長理論によると、労働投入を調整し一人あたりでみた経済成長は主として資本深化と全要素生産性(TFP: total factor productivity)向上の二つの源泉から生じます。資本深化は、生産関数に沿って産出量を増大させます。TFP向上は、生産関数を上方にシフトさせることを通じて産出量を増大させます。前者は、資本の蓄積が進むにつれて限界生産性逓減に直面しますので、持続的な成長を達成する上では、長期的には後者が次第により重要となってきます。

 新しい内生的成長理論が示唆しますように、TFP向上は、人的資本や研究開発といった無形資本の蓄積と密接な関係にあります。実際、こうした無形資本への投資がここ数十年間、拡大傾向を続けている証左は多数みられます。特に、高学歴をもった労働者や研究開発に従事する労働者は、いずれも主要先進国で増加してきています。

経済成長経路と景気循環の相互関係

 経済成長論は長期的な定常成長経路に焦点を当てる傾向があります。しかしながら、実際に観察される成長経路はスムーズなものではありません。趨勢的な経済成長経路と景気循環の間には、ダイナミックな相互関係が存在します。マクロ経済の短期的変動は、長期的な成長経路に影響を及ぼすのでしょうか。逆に、趨勢的な経済成長経路は、経済の短期的な変動に影響を与えるのでしょうか。

 例えば、過去30年余りの期間における日米両国の実質産出量の循環的な動向と趨勢的な動向には、対照的な動きがみられます。1970年代から1980年代半ばにかけて、日本経済は、米国経済と比較して、より高い成長トレンドの周りで、より小幅な循環的変動を示していました。しかしながら、こうした観察事実は、1980年代半ばに逆転しました。日本経済は、より低い成長トレンドの周りで、より大幅な変動を示すようになったのです。

 実際、1990年代は、しばしば日本経済にとっての「失われた十年」と呼ばれます。平均成長率は、1980年代の3%台半ばから、1990年代には1%台半ばにまで落ち込みました。幾度か訪れた景気回復は、自律的かつ持続的な成長に繋がるまでの力強さはありませんでした。また、景気後退は、深刻かつ長期にわたり、日本経済のファンダメンタルズを弱めました。

 しかしながら、日本経済はこのところ、ついに、バブル崩壊後の長く苦難に満ちた調整過程の終点に近づきつつあります。日本経済は、構造的な問題の克服へむけて大きな進展をみせてきました。そして、持続的成長への復帰に向けた勢いは徐々に増しつつあります。また、製造業から非製造業へ、大企業から中小企業へ、大都市圏から地域経済圏へといったかたちで、景気回復の兆しが、より広範にみられるようになっています。

 ただし、なお注意が必要なのも事実です。現在の景気回復が持続的な成長経路へと経済を押し戻すために十分な持続性と力強さを確実に備えているとまでは言い切れません。このため、現在の景気回復を過去2回の回復と異なるものとしているものは何であり、また、そうした違いは持続的成長経路に到達させるために十分なものなのか、という点を検討しておく必要があります。

 今ほど申し上げた過去30年間にわたる日米の経験からは、次の3つのことが確認できると思います。第1に、技術革新が経済成長の源泉として重要であることです。第2に、持続的な経済成長をもたらすためには、金融システムやグローバル化など技術革新以外の要因も重要な役割を担っている可能性があることです。第3に、低インフレ環境は持続的経済成長に対する新たな挑戦として浮かび上がってきていることです。

 そこで、持続的な経済成長を規定するうえで重要ではあるが、しばしば忘れられている、あるいは新たに浮上してきたいくつかの要因について、もう少し掘り下げてみたいと思います。本年のコンファランスは、こうした論点をバランスよく取り上げています。この場での議論を通じ、われわれの経済成長に関する論点を広げ、われわれの理解をさらに深めることができると確信しています。

グローバル化の含意

 まず、経済成長に対するグローバル化の含意に注目してみましょう。世界経済における国際的連関性の高まりは、国際的な知識の普及および分業という二つの鍵となるメカニズムを通じて、世界全体の経済成長を促すと期待されます。

 こうした文脈からは、日本経済の現在の回復が国際的な相互依存関係の高まり、特に東アジア地域との関係の高まりと並行して進んでいることを指摘しておきたいと思います。わが国企業による東アジア経済への直接投資は、企業の生産拠点の再配置を加速させています。この結果、わが国と東アジア地域との間では、輸出と輸入が両建てで大きく増加しています。

 為替レートの変動が経済に及ぼす影響には、短期的なものと長期的なものがあります。短期的な影響としては、為替レートの変動が、国内財と外国財の相対価格を変化させることを通じて、経済に影響を及ぼすことが挙げられます。しかしながら、最近の実証研究は、輸入価格に対する為替レートのパス・スルー低下によって、こうした短期的効果が小さくなっていることを示しています。

 他方、長期的により効率的な資源配分を促すうえでは、為替レートの変動が依然として重要な役割を果たしています。モーリス・オブストフェルド教授は、前回のコンファランスにおける基調講演の中で、為替レートは、企業の国境を越えた生産拠点や資材調達に関する意思決定に影響を与えることを通じて、顕著な支出切り替え効果(expenditure-switching effects)をもたらしていると指摘されました。実際、近年の企業内貿易の拡大は、企業活動の国境を越えたシフトのより円滑な実現を可能とさせ、為替レートの変動に対する経済活動の長期的な反応を強めています。

資産価格の変動と金融システム

 より効率的な資源配分を進め、長期的な経済成長を促すうえで、資産価格の変動も重要な含意を有しています。金融研究所スタッフからは、わが国の1980年代半ば以降の経験に基づいて、資産価格の変動とその後の経済調整が持続的な成長にどう影響するかを分析した研究が示されます。彼らは、わが国の長期にわたる景気低迷が大規模な相対価格の変動に対する調整が不完全であったことに起因しているものだという視点を強調しています。

 バブル崩壊後の経済低迷の中での経済調整が不完全であったという論点に則して考えると、金融仲介の機能不全が金融システム内における資源配分メカニズムを損なっていたことを痛感します。脆弱化したバランスシートのもとでは、銀行は不採算企業への貸出を継続することで、その存続を許しがちです。こうした貸出政策がとられると、より将来性のある企業への生産資源の再配分は阻害されてしまいます。

 朗報なのは、銀行の貸出態度が次第に過去の景気回復局面と比べてはるかに積極化しているようにみえることです。これは、わが国の主要な銀行が不良債権問題への対応を大きく前進させたことを示しています。銀行のバランスシートの好転によって、銀行の貸出能力を高められると期待できます。

 持続的な成長を達成するためには、機能度の高い金融システムの存在が重要です。金融システムは、家計の貯蓄を企業部門へ移転させ、企業間に投資資金を配分するうえで決定的に重要な役割を果たしています。

人口構造の変化

 人口の高齢化と減少は、今日では、多くの先進国にとって深刻な問題となっています。日本の場合には、こうした人口構造の変化がこれまで近代国家が経験したことがないような極めて早いペースで進んでいます。

 一般に、人口の高齢化と減少は、経済活動を超え、より深遠な影響をもたらすものと考えられます。出生率の低下は、移民を増加させるかもしれません。家族や社会のあり方は、必然的に変化せざるを得ないでしょう。

低インフレ環境による新たなる挑戦

 ここで、新たなる挑戦について話を進めてみましょう。過去20年あまりの間に、主要先進国におけるインフレは、極めて低い水準へと低下しました。こうした低インフレそのものが今や世界経済における持続的経済成長を達成し、促進していくうえでの新たなる挑戦となっています。

 例えば、低インフレの経済では、デフレのリスクが高まると同時に、金利も低下せざるを得ません。しかしながら、デフレを未然に阻止するよう金融政策は運営されるべきであるにもかかわらず、中央銀行は名目金利をゼロ以下に低下させることはできません。

 名目賃金の下方硬直性も、極めて低いインフレ率のもとで実質賃金の円滑な調整を阻害する要因として、しばしば指摘されます。この要因は、企業間や地域間での労働力の再配分を阻害しがちです。

 こうした論点の先にある一つの問題としては、経済の需給関係が逼迫化してきても、中央銀行のインフレ抑制に対する高い信認がある場合には、インフレ期待はさしあたり十分低水準に落ち着いているかもしれない、という点が挙げられます。しかしながら、物価や賃金が実際に上昇を始めるころには、インフレの潜在的なリスクは高まっているでしょう。さらに悪いことに、財・サービス価格が相対的に安定している陰に隠れて、住宅価格などの資産価格の大幅な上昇も見逃されがちです。この結果、金融引締めは大きく後手に回ってしまう可能性が高いでしょう。

 わが国は、過去20年あまりの間に、かなり良好な物価環境のもとでの資産価格バブルとその後の長期にわたる経済低迷を経験しています。こうしたわが国の経験は、近年では、多くの中央銀行が強調しているとおり、かなり長い期間を通してみた場合に、物価の安定が持続可能かどうかを評価していくことの重要性を示唆しています。つまり、「物価の安定」は、特定のインフレ率を、特定の物価指数でみた特定の時間的視野で達成することには、必ずしも常に対応するわけではない、ということになります。

結び

 以上、変貌する経済・社会・国際環境の下での持続的経済成長への挑戦について感じているところを述べてみました。コンファランスで実りある議論が交され、学界と中央銀行がさらに多くを学び、その知見を共有し、明日の政策運営に活かせるようになることを期待しています。中央銀行は、いかにして世界経済の持続的な経済成長と健全な発展に貢献することができるのか、活発な議論を期待したいと思います。

 ご清聴有難うございました。

以上