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金融サービスの高度化——経済の将来を切り開く

日本経済研究センターにおける総裁講演要旨

2004年 7月22日
日本銀行

目次

  1. 1.はじめに
  2. 2.金融サービス高度化のニーズ
  3. 3.金融サービス高度化による経済への貢献
  4. 4.日本銀行の取り組み
  5. 5.おわりに

1.はじめに

 日本銀行の福井でございます。本日は、日本経済研究センター主催講演会にお招きいただき、誠にありがとうございます。

 この会場には産業界や金融界で先頭に立って日本経済をリードされている方、日本経済の将来に大変深い関心をお持ちの方が多数お見えになっておられます。そこで本席ではわが国経済の将来を切り開くための金融サービスの高度化について、申し述べたいと思います。

 金融界では明年4月からのペイオフ完全解禁を控え、新たな事業再編や事業展開を模索する動きがすでに活発化していますが、皆様方がそれぞれのお立場で先々のことをお考えになられる上で、私のお話がその一助となれば幸いと存じます。

2.金融サービス高度化のニーズ

わが国経済と金融システムの現状

 まず、わが国経済の現状を見ますと、景気は、昨年後半以降、輸出の増加が生産活動の活発化や企業収益の増加につながり、設備投資の拡大を促すという前向きの循環メカニズムが働く下で、回復を続けています。最近は、雇用面の改善など、家計部門にも好影響が波及しつつあります。

 日本銀行は、この前向きの流れをより確実なものとするため、消費者物価指数の前年比変化率が安定的にゼロ%以上となるまでは、現在の枠組みで金融緩和を継続する方針です。本日は、まずもって、金融緩和維持に関する日本銀行の揺ぎないコミットメントを強調したいと思います。

 そして今一つ申し上げたいことは、持続的な景気回復の実現のためにも、その先長期的によりダイナミックな日本経済を築くためにも、それをしっかり支えていく金融機能の発揮がどうしても必要だということです。

 そこで金融システムの現状ですが、焦点の不良債権の処理は順調に進捗しています。

 大手銀行の貸出全体に対する不良債権の比率は、本年3月末の時点で5%程度まで低下したほか、削減が遅れ気味であった地域銀行でも、同比率が6%台まで低下しました。

 また、昨年度決算では、大手銀行、地域銀行を通じて9割程度の先が最終利益の黒字を確保しています。今年度についても、企業業績の一層の改善が期待されるうえ、金融機関サイドでも、問題先の企業再生への取り組みが加速してきており、不良債権問題克服への道筋が一段と明確になってきたことは疑いの余地がありません。

 このように、明年4月からのペイオフ完全解禁を前に、金融システムは全体として、健全性・安定性を回復しつつあるといってよいと思われます。

 一方、不良債権処理と併行して、会計・税制、倒産法制の整備や企業ガバナンス改善の仕組みなど様々な領域で改革が実施されてきました。

 これまでの日本経済の成長を効率的に支えてきたルールや諸慣行は、一言で言えば、企業間でも、金融機関と企業の間でも、高度成長の持続を前提に長期的関係の維持に力点が置かれ、その下で、少しぐらいの経済的ショックはパイの拡大に伴うメリットにより互いにこれを吸収しつつ、長い目で見て事業の発展を実現するというものでした。

 しかし高度成長が終り、グローバル化の急速な進展とともに、新しい経済環境が目まぐるしく訪れる時代となるにつれ、このままでは適切に対処することができなくなって参りました。過去の日本経済を支えた仕組みのうち、時代にそぐわなくなったものを抜本的に見直すことが求められています。

 実際、私達は、これまで大変苦しみながらも、こうした作業を一つ一つ積み重ねて参りました。これなしには、今日の状況──つまり、日本経済再生への足がかりを掴みつつある状況を迎えることはできなかったのではないかと思われます。バブル崩壊後の十年余りの期間は、「失われた十年」と簡単に要約されがちです。確かに長くかかり過ぎた面もありますが、こうした改革を実行していくために必要であったとも言えるかもしれません。

今後期待される金融サービスの役割

 とはいえ、私達は、さらに前進しなければなりません。なぜなら、これからは、企業も金融機関も、付加価値創出の最前線で絶えず強い競争力を築き上げていかなければならないからです。

 企業を取り巻く環境は激しく変化しています。新興工業国の参入などから国際的な競争はさらに厳しさを増し、ITの急速な進歩は、時間や空間の壁を超えて既存の競争力を短命化するように働いています。わが国の企業は、こうした激しい構造変化のうねりの中で、生き残りをかけて不断の経営努力を続けているわけですが、そこでは、新商品・新サービスの研究開発、業務全般に亘る生産性向上といった事業努力はもとより、資金調達コストの削減、各種市場リスクや決済リスクへの対処、といった金融面の対応も、企業経営の成否を大きく左右する要因となっています。

 また、家計の行動にも変化がみられます。雇用形態の多様化や高齢化の進行は、若年層から中高年層まで各層において、人生設計のあり方に大きな影響を及ぼしています。先の参議院議員選挙において、年金問題が大きな争点になったのも、そうした変化の一端を覗かせています。こうした変化は、例えば資産運用のあり方や生命保険の掛け方、あるいは消費者ローンの求め方などに見られるように、家計の金融行動に変化をもたらさないはずがありません。世代毎に、あるいはライフステージ毎に、求める金融サービスは実に多様化しているのです。

 このような企業・家計のニーズの変化を踏まえて、今後期待される金融サービスの役割を私なりに整理してみますと、次のようなものになります。

 第一に、今後の企業活動のダイナミックスを支援することです。

 次々と生まれる新しい事業展開のための適切なファイナンス、株主を満足させる資本政策、地球規模での事業の再編、さらには事業に絡む広範なリスクのヘッジ、等に貢献する高度な金融サービスの提供が求められています。

 第二に、家計の豊かさの増進に貢献することです。

 既に述べたように、個々人のライフステージに応じた多様な金融ニーズに対し、金融システム全体として、資金運用・調達両面で豊富な金融商品・サービスを取り揃え、効率的な方法でそれらを供給することが必要とされています。

 金融機関がこうした役割を的確に果たすことは、家計の豊かさの増進に貢献するものであると同時に、効率的な資源配分によって経済全体の活性化を促すという面からも、非常に大切なことです。

新たな金融システムの創造に向けての課題

 このように、今、金融界にとりわけ強く求められているのは、企業・家計の活動の可能性を広げること、すなわち日本経済の将来を切り開くことですが、その前提として、金融サービスに関わっている多くの主体が取り組んでいくべき課題としては、次の三点が重要ではないかと考えられます。

効率的な分業と多様なチャネルでのサービス提供

 第一は、金融界の効率的な分業体制と多様なチャネルでのサービス提供の確立です。

 金融業は、様々な金融サービス商品を開発し、その販売を通じて多様なリスクを自ら引き受け、あるいは加工し、そして他の経済主体に再分配する、という壮大な産業です。この意味で、金融業はサービス業であると同時に金融サービスの加工・流通業でもあると言い得るように思います。

 翻って、産業界では、世界の最先端を行く製造業を中心に、財・サービスを効率的に提供するために、様々な形態での分業が活発に行われています。

 金融界でも、同じ系列内の分業のみならず、金融サービス商品の開発、販売、リスクの加工、引受など、高度な専門性を有する幅広い主体の間で、もっと多様な分業があってよいのではないでしょうか。そのような分業体制の下では、企業行動のモニタリングに長けている先は、貸出の創出を主体にした事業に、豊富な資金を有する家計を顧客として多く確保している先は、家計に対する貯蓄・投資サービスの提供に、また、金融技術力に優れた先は、証券化などの先端分野でアドバイザリー能力の発揮に、それぞれ特化するといった具合に、それこそ分業の組み合わせ如何で多様なビジネスモデルが考え得ると思います。

 わが国の信用仲介のあり方を巡る議論に関しても、私はかねがね、信用供与チャネルの多様化──つまりは間接金融から直接金融まで連続的にサポートできるシームレスな信用供給システムの構築が必要であると申し上げてきました。そうしたシームレスな信用供給システムは、多様な分業の中で構築されていくものだと考えられます。

 また金融界で、比較優位を活かした多様な分業が成立するようになれば、金融機関の数の多寡を巡る議論はあまり意味を持たなくなります。わが国金融界に対しては「金融サービスが必ずしも十分でない」という批判がある一方で、「オーバーバンキングである」とも指摘されています。多様な分業が進展していけば、こうした複雑な状況も次第に解消していくように思われます。

統合的リスク管理の高度化と環境変化への迅速かつ的確な取り組み

 課題の第二は、諸リスクを統合的に管理する枠組みの高度化と、環境変化に対する迅速かつ的確な取り組みです。

 多くの金融機関では、顧客ニーズを円滑に充足するため、信用面や市場取引面での様々なリスクを自ら引き受けることが、──短期的であれ、ある程度の長い期間であれ──必要になります。金融機関としては、自己資本が大きければ、多くのリスクの引受が可能ですが、金融機関に本来求められていることは、限りのある資本を有効に使ってリスクを引き受け、顧客ニーズを充たすとともに、自らも高い収益をあげることです。

 そのためには、金融業務についてまわる多様なリスクを全体として管理し、経営体力とのバランスや部門毎の収益性を判断できる枠組みが必要となります。これが統合的リスク管理の手法と呼ばれるものです。

 具体的には、市場リスク、信用リスクといった諸リスクを計量化するとともに、各リスク量をバリュー・アット・リスク等の共通の手法で統合し、ビジネス全体のリスク量を把握した上、各業務分野に適切な資本を割り振るものです。この先も、企業や家計の金融ニーズが多様化・複雑化するにつれて、金融機関が引き受けるリスクの態様や性格が変容を遂げることは避けられません。金融機関のリスクや収益管理の枠組みも、最新の金融理論や技法を取り入れながら、不断に改良されていかなければなりません。

 そう申し上げたうえで、私は、リスクや収益を管理する枠組みが有効に機能するための最大の要素は、人間、とくに経営者の判断にあることを強調したいと思います。

 実際、経済情勢の変化のみならず、金融市場での市況の変動、さらには地政学的リスクの顕現化など、様々な要因により、経営環境は事前の想定とは異なる方向に振れることがあります。このような局面でこそ、金融機関経営陣の機敏で冷静な判断が求められますが、それを可能とするには、平時から備えを充実しておくことが必要です。

 すなわち、金融機関が環境の変化に対し、ためらうことなく迅速かつ的確に取り組むことができるかどうかは、スタッフが、自社や業界を巡る現状はもとより、需要予測など将来に関する分析や情報を、常日頃から十分現実味のある形で経営陣に提供しているか、経営陣は、それに加え、平素から、幅広い視野、深い洞察力、豊かな構想力、強い決断力を磨いているか、にかかっていると思われます。

郵貯や公的金融の改革

 課題の第三は、郵貯や公的金融の改革です。

 わが国では、もともと郵便貯金が金融資産の中で大きなプレゼンスを占めていることから、資金仲介のかなりの部分が公的セクターを通じて市場メカニズムの外側で行われ、結果として効率的な資源配分を歪めている可能性が強いと指摘されています。

 また、現状においては流動性預金の全額保護措置が継続されていることから、公的な元利保証が付された預貯金のプレゼンスが一層高くなっており、その結果、個人の間で「様々な金融資産の収益性とリスクを判断し、貯蓄保有形態に工夫を凝らす」という意識が育ちにくくなっています。このことは、日本の金融システム全体としてのイノベーションを妨げる一因にもなっているように思えます。

 もっとも、政府はこの面で既にアクションを起こしており、民間金融機関については、ペイオフの完全解禁が8か月後に予定されていますし、郵政公社の民営化についてもこれから議論が本格的に進められる形勢にあります。

 郵貯・簡保事業の民営化を検討するに当って、中央銀行の立場からは、次の三点が特に重要だと思っています。すなわち、(1)民間金融機関とのイコール・フッティングを確立すること、(2)十分なリスク管理体制を整えた上で、新しい郵貯・簡保事業の収益性を確保すること、(3)郵貯・簡保事業と、その他の事業との間でリスク遮断が明確になされること、という点です。

 この先、こうした点を踏まえて郵政民営化の具体案が策定され、金融面における健全な競争とイノベーションの一層の促進に結び付いていくことを強く期待しています。

3.金融サービス高度化による経済への貢献

 さて金融業は多岐にわたるサービスを提供していますが、私なりに整理してみますと、(1)決済サービスの提供、(2)顧客への資金調達手段の提供、(3)顧客への資金運用手段の提供、(4)リスクのヘッジ、(5)顧客の財産管理、(6)情報の提供、といった分類ができると思います。

 以下では、これらの分類の一部を取り出して、どのような金融サービスの高度化が具体的に求められているのか、企業と家計に分けて例示してみたいと思います。

(1)企業部門への貢献

 まず、金融サービスが果たす企業部門への貢献のあり方として、効率的な信用供給とリスクヘッジ手段の提供について取り上げます。

信用供給

 信用供給面では、新たな事業が求める高度で多様な資金調達ニーズに十分応え得るよう、金融機関側の工夫が不断に求められています。

 現に金融機関は、不動産担保への偏重を見直しながら、事業の将来キャッシュフローの評価を基本に、担保に依存しない与信を広げようとしています。

 今後とも、こうした動きを推し進めていくためには、企業の取り組む新しい事業の内容に即し、キャッシュフローの評価方法を進歩させていく必要があります。また不動産担保に代えて、売掛債権や知的財産権など有形無形の価値を信用補完に活用していくことも重要になってくるものと予想されます。

 また、資本市場調達が容易な大企業向けでは、証券業務の役割も重要です。例えば、最近、内外証券会社が、グローバルに活躍する本邦企業の公募転換社債を引受け、これを株価オプションと普通社債に分解し、内外の多様な投資家に転売する動きが見られます。今後、金融機関には、企業と投資家をともに満足させる高度な信用仲介が、一層必要とされるものと考えます。

 その一方で、こうした金融技術力の活用に劣らず重要なのは、企業と金融機関の間で真のリレーションシップを確立することではないか、と思われます。

 銀行などの資金の貸し手と借り手企業との関係は、経済学の世界でも「エージェンシー問題」や「情報の非対称性の問題」として重要な研究対象となっており、大変複雑な問題です。

 その中で、私がとくに取り上げたい点は、日本における企業と金融機関のこれまでの関係は、株式の持ち合いに象徴されるように、両者が相互に拘束し合い、依存し合うような要素が強過ぎなかったか、ということです。また、個々の取引毎に採算確保を求めない、いわゆる「総合採算」的な慣行には、当事者間の規律をあいまいにさせる要素があります。

 金融機関にとって企業との緊密な関係は、自らの情報生産能力を十全に発揮するためには不可欠なことです。しかし、それが相互に行動を拘束し過ぎたり、相互規律をあいまいなものにしたりすると、現在のように激しく変化する時代にあっては、産業界にとっても、金融界にとってもかえって非効率となって競争上不利に働き、好ましいこととは言えないと思われます。

 わが国の企業と金融機関の長期にわたる緊密な関係については、企業金融の一つのモデルとして世界的にも注目されてきました。しかし今後は、互いにある明確な時間的距離を意識しながら建設的に提案し合い、チェックし合う、より時代の要請に沿った関係に修正していく必要があります。

 このような新たな関係の下では、金融機関が企業の業況を肌理細かくレビューし、業況が変化した場合に機動的に信用供与の条件変更を行い、それを契機に企業側も業況改善への取り組みを加速する、結果として互いに時代の流れに沿って進むことができるといった、双方がメリットを享受できるようになるものと考えられます。

 また、そのための工夫としては、信用供与の段階で契約継続条件(コブナンツ)をより明確化しておくことが有効であろうと思われます。また、例えば貸し手に将来の新株予約権を付けるといった技法により、債務(デット)と資本(エクイティ)を使い分けることも一案か、と思われます。

 このような形で企業と金融機関の関係を構築し直すことができれば、日本発の新たな企業金融のモデルとして改めて世界に向けて発信できるようになるかもしれません。

リスクヘッジ手段の提供

 また企業活動は日常的に、為替リスクや市場リスク、さらには取引相手の信用リスクなど、様々なリスクにさらされており、これらに対するヘッジ手段の提供といった面でも、金融機関の貢献が重要となっています。

 しかも今後は、企業の活動が一層多様化するのに伴って、リスクヘッジのニーズも多様化し、事業の性格に応じた特別仕立の(カスタマイズされた)リスクヘッジも求められるようになるものと予想されます。

 金融理論とITの発達は、複雑なリスクでも計量化を可能にしてきましたが、それでも、個別のヘッジニーズに応えるのは容易ではありません。特別仕立の度合いが強いほど、リスクの受け手を探すことが困難化するからです。

 しかし金融機関は、顧客の特別なリスクについても、標準的なリスクに分解・加工できるところは極力そうした上で、自己勘定の中で相殺・吸収するとか、はみ出すリスクを市場で再ヘッジする、といった能力を有しています。とくにリスクの加工や再ヘッジの過程では、保険機能の活用も含め、専門知識を有する多様な金融機関の間での分業が威力を発揮すると思われます。

 いずれにしても、企業に対する様々なリスクヘッジ手段の提供は、金融機関から見ても、これまでの企業向け貸出に劣らず重要なビジネス分野になっていくものと考えられます。

(2)家計部門への貢献

 次に、家計の金融ニーズへの貢献を、家計の資金運用と資金調達の両面から考えてみたいと思います。

資金運用

 まず、家計の資金運用ニーズに着目すると、家計のリスク選好は、環境の変化に実に敏感に反応していることが見てとれます。

 例えば、銀行券発行残高の動きを見ますと、ペイオフ部分解禁のあった2002年4月には前年比16%もの高い伸びを示していましたが、信用不安の後退につれて最近では1%台の伸びに止まっています。その一方で、個人の株式投資意欲は企業業績の改善につれて高まっており、2003年度の個人の株式売買シェアは、非居住者に次いで2割強まで上昇しています。

 こうした家計の動きに対する金融機関側の取り組みも、目覚しいものがあります。ここ2年間は、銀行による投信・保険商品の窓販が急増しています。これは、規制緩和の効果とも評価できますし、銀行と、投信・保険商品の提供者との間の分業によって、顧客ニーズをうまく捉えたケースとも言えます。政府においても、個人向け国債の発行増などを通して、家計の多様な運用ニーズに応えようとしていることは意義深いことと思います。

 この先も、家計に対する金融機関の営業体制面では、先進的な個人向け小売業の対応ぶりなどをヒントに多様な戦略が打ち出されてくるものと期待されます。

 しかし、この分野で私が強く訴えたいことは、こうした営業技術的な側面というよりは、むしろ金融機関と家計との間の信頼関係維持の重要性です。

 金融機関と家計とがしっかりした信頼関係を維持し、その下で金融機関が、金融商品が持つリスクの特性や分散投資の意義などを家計に丁寧に説明し、家計はその情報を十分咀嚼した上で最適な投資判断を下すこととなれば、経済全体の効率的な資源配分につながります。

 消費者保護の見地からは、現在、金融商品の取り扱いに関しても様々な規制がありますが、この種のいかなる規制よりも、金融機関と家計の間の信頼関係が強固であることの方が、有効に消費者を保護し、資源配分の効率性を確保する効果が大きいものと考えます。

資金調達

 次に、家計の資金調達のサポートについて触れたいと思います。

 従来は、個人にとって臨時かつ短期間の資金ニーズが生じた場合、定期預金の解約や金融資産の売却によって資金手当てを行うケースが多かったように思います。

 これには、日本の消費者金融がまだ十分には機能していないことも影響している可能性があります。確かに、銀行と消費者金融会社のローン金利の間には大きな開きがあり、このことは充足されていない個人の借入ニーズが存在することを示唆しています。

 銀行から見ると、個人ローンのリスク管理には、企業金融とは異なる難しさがあると感じられるかもしれません。しかし、個人ローンのリスク管理には、大数の法則に基づく統計的なアプローチが有効であることは既に明らかで、リスク管理手法に基本的なボトルネックがあるとは思えません。

 最近、金融界では、銀行、カード、信販、消費者金融といった形で分断されている現状を見直して、充実した店舗網を有する銀行自身が営業戦略面で工夫を凝らすとか、業界横断的なアライアンスを強化するといった対応を図っており、こうした努力を続けることによって、全体としてサービスの一層の向上が期待できるように思われます。

4.日本銀行の取り組み

 以上、金融サービスの高度化について申し述べてきましたが、最後に、この面での日本銀行の取り組みについて付言しておきたいと思います。

金融サービス高度化と金融システムの安定確保

 まず、民間金融機関の活力の向上と金融システムの安定確保との関係についてです。

 これまで日本銀行は、極めて潤沢な流動性の供給や、最後の貸し手機能の発揮により、金融システム不安を未然に防ぐよう尽力してきました。しかし、金融システム安定のために、規制や監督が「銀行を絶対倒産させないようにリスクを極小化する」ことについて余りに目を奪われ過ぎると、金融仲介機能はかえって活力を失い、金融サービスの高度化も覚束ないことになってしまいます。

 ペイオフ完全解禁後は、金融についても物事を真に動態的に考える、即ち、金融機関の新規参入も退出も、ともに当然に起こることを前提として、新しい次元で金融システムの安定確保を図ることが基本とならなければならないと考えております。

 因みに、6月26日に公表された新BIS規制は、銀行の破綻を前提にしています。そこでは、銀行に対し、百年に一度起こるぐらいの最大の年間損失にも耐え得るような自己資本を最低限、保有することを求めています。これを裏返せば、それ以上の損失が生じた場合は、銀行破綻が発生することを想定していることになります。誤解を恐れずに単純化して言えば、ぎりぎり最低限の自己資本しか持たない銀行が百行あるとすると、そのうち年に一行ぐらいは破綻が生じても不思議ではないということです。

 ペイオフ完全解禁後は、それ位の緊張感を持って、金融機関経営の自由度確保と、システミック・リスク回避の要請との間のバランスを図っていくことになります。

 また、今後の金融機関規制・監督の面では、金融機関の将来のイノベーションを妨げないようなデザインがより重要になってくるものと考えております。

 こうした考え方は、新BIS規制の中にも取り入れられています。新BIS規制は、金融機関に求める最低限の自己資本額の計算方法を、現行基準より精緻化し、リスク感応的な枠組みを導入しているほか、銀行の内部モデルの使用を認めることによって、金融機関自身がリスク管理の向上に取り組むインセンティブを高めるよう工夫されています。

 つまり、今後の規制や監督のあり方としては、危機対応モードのこれまでとは異なり、金融機関の行動について詳細に指示するものではなくて、個々の金融機関の自主性を極力尊重し、経営上のイノベーションを背後から後押しするようなものでなくてはならないということです。

 日本銀行の考査においても、このような視点を意識した運営をすでに試みてきているところです。

金融機能と金融政策運営

 金融政策の運営と金融市場・金融機関の機能との関連についても、一言触れておきたいと思います。

 この十年ほどの内外経済の動きを見ますと、金融政策の運営に当っては、実体経済の変動そのものだけでなく、実体経済と金融との相互連関にも十分留意した適切な情勢判断が、強く求められるようになってきています。

 これは、規制緩和とグローバル化の進展やITの発達を受けて、金融資本市場が急速な拡大を続けるとともに、その果たす役割が飛躍的に大きくなってきていることに伴うものであり、各国中央銀行共通のテーマでもあります。

 例えば、バブル崩壊後のわが国金融システムと実体経済が相互に及ぼし合ってきた影響の大きさ、アジア危機における関連各国の実体経済の変動などを想起すれば、明らかなことと言えましょう。今また、世界的に低金利が続いた後の金融政策の運営を巡り金融市場との対話の重要性がかつてなく強調されているのも、こうした流れの中に位置付けることができましょう。

 日本銀行としても、今後とも、金融市場の動きがどのように変り、それが金融機関行動や企業行動ひいては経済全体にどのような影響をおよぼすかを十分注視しつつ、的確な政策運営を進めて参りたいと考えています。

 また、金融機能の向上については、どんなに進展してもこれで十分ということはなく、これから益々「各種金融市場」と「個々の金融機関」の双方の機能向上を図っていくことが大切です。

 とくにわが国の場合には、当面金融政策のトランスミッション・メカニズムを強化するとともに、より長期的にダイナミックな日本経済の構築を支えて行くためにも、大変重要なことと認識されています。

 金融市場の機能向上の面では、これまでも金融調節のためのオペレーションや貸出適格担保の面で工夫を凝らすことにより、関連する市場取引の育成、拡大を支援して参りました。今後も、クレジット市場をはじめとする金融資本市場の機能向上のため、市場関係者とともに努力を重ねていく方針です。

 また、金融機関の機能向上の面でも、既に述べた通り、金融機関が新しいビジネスモデルを築き上げるとともに、より高度で統合的なリスク管理体制を整備し、その下で効率的な金融機能の発揮が可能となるよう、考査・モニタリングにおける議論などを通じて、環境整備に貢献していきたいと考えております。

5.おわりに

 本日は金融サービスの将来に論点を絞って申し述べました。

 今後、わが国の金融サービスが、企業や家計の活動の可能性を押し広げながら、日本経済の将来を力強く切り開いていき、さらに、その間に培われた新しい金融技法や取引手法が日本発として広く発信され、世界経済の発展にも貢献していくこと、を強く期待して私のお話を終えたいと思います。

 ご清聴誠にありがとうございました。

以上