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日本経済の現状:景気は屈折するか?

札幌市における金融経済懇談会での岩田副総裁挨拶要旨

2004年 9月22日
日本銀行

 図表は、こちら(ko0409d.pdf 44KB)から入手できます。

目次

I. はじめに

 本日は、北海道における皆様と懇談の機会を賜り、感謝致します。また、日頃から日本銀行札幌支店に対しまして皆様のご支援、ご協力を頂いておりますことをこの場を借りて御礼申し上げます。道内には、札幌支店のほかに、函館・釧路に支店があり、小樽には金融資料館、旭川と帯広には事務所があります。道内の支店・事務所等につきましても皆様のご支援を頂いておりますことを感謝致しております。

 本日は、内外経済の回復の持続力をどう評価するか、という点についてやや詳しくお話した後、金融政策運営、そして北海道経済の今後について、お話しようと思います。

II. 世界経済の現状と先行き

 世界経済は、2004年全体としては、IMFの4月見通しでは、4.6%と高い伸びが見込まれています。最近、IMF専務理事は、この高い成長率を越える可能性も示唆しています。今年の第2四半期以降、原油価格高騰、中国経済の減速、IT部門の一部における意図せざる在庫積み増しなどにより、世界の鉱工業生産や成長率が鈍化していますが、原油価格が更に高騰するといった事態がなければ、世界経済の減速は一時的なものに止まると思われます。

原油価格高騰がアメリカ経済に与える影響

 原油価格高騰は、ガソリン価格の高騰を通して個人消費の伸びを抑制し、第2四半期のアメリカの実質成長率を減速させる一因となりました。しかし、原油価格は高止まってはいるものの、上昇は一服しています。加えて、雇用面の改善も、アメリカの個人消費回復の後押し要因になると考えられます。即ち、名目雇用者所得は時間当り賃金と労働時間の増加によって伸びが回復しつつあります。雇用の伸びは事前の予想程にははかばかしくなく、大統領選挙戦でも雇用の増加が大きな焦点となっていますが、2003年6月以降毎月11.5万人といったペースで増加しています。また、失業率は、移民の増勢鈍化や労働参加率の低下により、当初見込んでいたよりも少ない雇用増加でも低下してゆく可能性があります。さらに、原油の実質価格は、2回の石油ショック時と比較しても低い水準にあることも念頭におくべきでしょう。原油価格が更に上昇を続けるということがなければ、アメリカ経済は、2004年上期に年率3.6%成長したあと、下期も潜在成長率(3%台半ばとみられています)をやや上回るテンポで推移すると思われます。

 なお、原油価格高止まりを受けて、インフレ期待が高まったり、エネルギー関連支出の増加が他の家計支出を抑制するといった懸念もあります。しかし、ガソリン価格は5月をピークとして最近は前月比で下落するなど落ち着きを取り戻しつつありますし、エネルギーや食料品を除いたコア個人消費デフレータは、1%台半ばをやや上回る水準で推移しています。また、物価上昇率を総合個人消費デフレータでみると、最近の3%台から先行きは1%台半ばに低下すると予測されています。インフレ再燃の心配は少ないということであれば、金利の中立水準への復帰は(注1)、経済の実態に即した、より慎重で緩やかなものであり得るといえます。

中国の減速

 中国の減速については、多くの議論がありますが、その本質的な要因は電力不足にあるものと見ております。90年代の引締期に発電所建設を先送りしたことや、輸送部門などでエネルギー価格が規制されており需給メカニズムが働きにくいことから、電力不足が深刻化しました。そこで、中国政府は、過大な伸びを示している固定資産投資について、エネルギー多消費型産業を中心に選択的な抑制を行なっています。中国政府は、巡航速度へのソフト・ランデイングを実現しようとしているのであり、中国経済の失速リスクは、電力不足が供給増加によって解消されるにつれて小さなものになると考えています。

 なお、中国経済について、原油価格との関連で注目すべきことは、中国の原油輸入依存度(輸入原油・原油消費比率)は2003年に30%になり、2005年には43%になると予測されていることです。更に、現状は1週間分程度といわれる備蓄を、2015年までに90日分とすることを目指しています。近年の原油需要増加の大半は、中国とインドによるものとされています。これらの国が高成長を続ける限り、世界の原油需要は高い水準で推移するものと思われます。

IT部門の減速

 世界経済を見通すうえでの3番目のポイントとして、最近のIT部門の減速があります。日本を含めたアジアにおける「意図せざる在庫」積み上がりの評価は、日本経済の回復の持続性を占う上でも重要なポイントです。

 この点、世界半導体の景気循環を示すとされる「シリコン・サイクル」は、通常4年程度といわれており、世界半導体出荷の伸びも最近マイナスに転じています。液晶についても「クリスタル・サイクル」が下降期に入りつつあるのではないかともいわれています。北米と同様に、日本の半導体製造装置の受注・出荷比率(BBレシオ)は、年末から年初にかけてピークアウトしており、7月に1程度になっています。こうした点を踏まえると、世界の鉱工業業生産の伸びは、第3四半期に鈍化する可能性があります。しかし、後で日本経済について詳しく述べるように、その生産・在庫調整が経済全体に与えるインパクトは、2000〜2001年と比べて小幅なものに止まると考えられます。

III. 日本経済の現状と先行き

 日本の景気は、2002年1月以来30ヶ月を越える回復を続けています。日本の景気が、生産の急速な伸びを示す局面から、成熟する局面へ向かいつつあることは確かです。特に、7月以降、機械受注や鉱工業生産などの経済指標にやや弱めの動きが見られることは、IT関連産業の景気牽引力が弱まりつつあることを反映しています。しかし、今回の景気回復局面では、これを鉄鋼・化学、非IT機械類など従来型産業が下支えする構図になっており、一部IT部門の減速は、景気の失速を示すものでも、また後退の始まりでもありません。景気回復が長期に亘る場合、景気を主導する主役交代を伴う、小さな山が複数存在することも戦後の景気循環でよく観察される事実です。

成長率の見方

 なお、日本の実質GDP成長率は、二次速報で第2四半期に前期比年率1.3%増と下方修正になりましたが、第1四半期の同6.6%増と平均すると3.8%増です。前年同期比では第2四半期に4.2%増加しており、第1四半期の5.9%増と平均すると5%増加しています。国民所得統計は、原系列前年比を基礎にして作成されているので、前期比年率の数字はフレが大きくなりやすいという特徴があります。本年前半の基調判断としては、2四半期の数字をならしてみた方がよいと思います。

電子部品・デバイス部門の在庫調整

 世界経済の減速を反映する形で、輸出数量は、生産財・情報関連財を中心にここ2ヶ月程減速しています。とりわけ、電子部品・デバイス産業については、私が予想したよりも早い時期に生産調整に入っています。7月には出荷が大幅に減少する(前月比5.4%減)中で、在庫調整(同1.2%減)と迅速な生産調整(同3.8%減)が行なわれています。生産調整は、特にデジタルカメラ向け半導体などで大きくなっています。鉱工業生産指数は、第2四半期の前期比2.6%増から第3四半期には0.6%増程度に減速すると予測されています。電子部品・デバイスは、鉱工業生産指数で11.4%のシェアを占めるにすぎませんが、最もダイナミックな動きを示す部門であり、景気循環の波を鮮明に描いています。日本の半導体製造装置受注は、年初に前年比100%を越える伸びを示し、7月も前年比50%と高い伸びを示すなど好調でありますが、前月比では減少しつつあります。半導体製造装置協会は、半導体関連の設備投資について、2005年以降2年連続の減少を予想しています。アテネ・オリンピック終了に伴い、デジタル家電でも売上の伸び鈍化が見込まれるとすれば、在庫調整が発生する可能性があります。売上の伸びが鈍化しているデジタルカメラは、すでに在庫調整に入っています。

 もっとも、以下のような点を踏まえれば、現段階で一部IT部門の在庫調整が始まっていることは、日本経済の先行きに必ずしもネガティブなサインを送っているとのみ捉える必要はないと思われます。

 まず、第一に、DVD、薄型TVなどデジタル家電の普及率から見ると、まだ普及率上昇の余地があり、息の長い拡大が見込まれます。また、家電製品の買い替えサイクル(7〜8年といわれています)も、2005年にかけて耐久消費財購入の拡大が続くことを示唆しています。

 第二に、電子部品・デバイス部門の在庫率も、高まっているとはいえ、2001年の6割程度と低く、短期に終了する可能性を示唆しています。

 第三に、IT関連企業が2000年の教訓を学んでおり、過大な生産能力投資に対して慎重であり、早め、早めに調整を行なっていることです。予想していた以上に早期にIT部門の一部で生産調整が始まったことは、調整幅が軽微であってむしろ景気回復の持続性を高めるよう作用すると考えられます。

 第四に、製造業全体の在庫・出荷比率は歴史的にみて低い水準にあり、経済全体に大幅な在庫調整が起こる局面ではありません。

 第五に、日本の企業部門でバランスシート調整が進捗していることに加え、労働生産性の伸び回復もあって、損益がゼロとなる分岐点上の売上高(損益分岐点)が大きく低下するなど企業部門のショックに対する適応力が格段に強くなっていることです。

 第六に、日本企業の収益が高い水準にあり、更新投資や能力増強投資など設備投資意欲が旺盛なことです。

 設備投資を見ると最近は除却率が大きく高まり、設備投資の大幅な伸びが見られるにもかかわらず、民間資本ストックは第1四半期に減少しています。90年代後半以降上昇傾向を強めていた資本係数も、2.3から2.2へと低下し、設備の平均年齢は若返りつつあります。また、ソフトウェア投資も、法人企業統計季報によれば、第2四半期に前年比26%増加しています。企業収益がバブル崩壊後最も好調で、設備投資の息切れは当面心配しなくてよいことも、かりに在庫調整があったとしても経済全体に与える影響は小幅に止まる可能性を示唆しています。

原油価格と日本経済

 原油価格は、4割上昇し、日本の輸入原油円価格は33%上昇しましたが、日本のガソリン価格は8%上昇し、消費者物価を0.14%押し上げたにすぎません。一方、米は0.15%押し上げ要因になっています。日本の輸入原油は、長期契約に基くものが多く、国内卸売業者の段階では 10%強の上昇、さらに消費者までには、固定費の削減努力や生産性向上、従量税の存在などにより8%の上昇に止まっています。原油輸入額は、1970〜80年代半ばまではGDPの5%程度でしたが、現在ではGDPの1〜2%を占めるに過ぎません。また、日本はエネルギー効率が高く、1単位のGDPを生み出すための原油消費量はアメリカの3分の1程度との試算もあります。加えて、石油従量税の比率がアメリカよりもはるかに高いことも、消費段階における石油価格上昇への波及を小さくしています。

賃金波及の遅れとデフレ克服

 これまで、日本経済について、IT部門の在庫調整、原油価格高騰の影響など、比較的短期的な視点でお話しましたが、ここからは、もう少し長い目で見て、今回の景気回復局面の姿がどのような展開を示していくか、その持続性はどうか、といった点をお話したいと思います。これは、先行きの物価動向を考えるうえでも、重要なポイントです。

 企業部門は、バブル崩壊後最高の収益改善を享受していますが、その家計部門への波及、とりわけ賃金上昇への波及は、1999年〜2000年の回復期と比べても遅れています。雇用は最近増加傾向にあり、有効求人倍率が上昇する中で、多くの産業で企業の常用労働者に対する不足感も強まっています。その一方で、賃金への波及は遅れています(注2)。特別給与は、大企業については増加していますが、中小企業を含めると微減となっています。パート比率の上昇、契約社員や派遣社員の増加に加えて公務員の賞与が減少していることが影響しています。420万人と推計されるフリーターの増加や転職希望者の増加に見られる労働市場の流動化という構造変化に加えて、労働分配率がなお高い水準にあることが賃金上昇を抑制する要因として作用しています。労働分配率は、現在66%でバブル崩壊以前の62%に達しておらず、非製造業や中小企業でなお高い水準にあることが賃金の下押し圧力として働いています。

単位労働費用の低下と物価動向

 今回の回復局面の1つの特徴は、単位労働費用の低下傾向が続き、前年比でみて大幅な下落を続けていることです。単位労働費用の変化率をみると、とりわけ、経済が回復に転じた2002年以降マイナス幅を大きく拡大させています。人件費削減圧力は、卸小売・サービス関連で大きく、製造業では生産性の向上によって単位労働費用の低下を図っています。単位労働費用の低下が続く中でも、企業物価指数は、国際的な素材価格の上昇やマクロ的な需給バランスの変化に素直に反応して、8月には前年比1.7%上昇しています。その一方で、マクロ的な需給バランスの改善に対して、消費者物価の動きは過小反応と見える程に鈍く、コア消費者物価は、昨年10月以降、0%をやや下回る水準で驚くべき安定性を示しています。素材価格、中間財価格の上昇が最終財や消費者物価に波及する時期は、私が昨年10月時点に予想したよりも後ずれしています。この原因としては、デフレ期待が浸透した経済において、期待が変化するには通常よりも長い期間が必要、ということがある可能性があります(注3)。また、労働生産性の向上に加えて、労働市場流動化、人口構造の変化が相当程度影響していると思います。パート比率の上昇のみならず、団塊世代が退職期を迎えつつあること(50歳台の離職)も賃金の下押し圧力になっていると思われます。

労働生産性

 労働生産性は、景気回復期に上昇し、後退期にマイナスになるという特徴があります。今回の回復期でも、労働生産性は、2000年の3%程度の伸びを上回り、80年代後半と同様に4〜5%の伸びを示しています。問題は、労働生産性が中長期的に上昇する傾向が現れているかどうかです。経済の構造改革の成果がどこに現れているかは、マクロ経済の上では労働生産性の伸びのトレンドとその部門別内訳でみることが最も手っ取り早いと言えます。労働生産性に構造的な変化が生じているかどうかは、なお検討を要しますが、5年前と比べた労働生産性の伸びは、90年代後半以降、1.5%程度で安定していたのが、2003年後半以降は、2%を上回る水準へとシフトしているように見えます。アメリカのIT革命で観察されたように、労働生産性の上昇が、サービスや流通部門など非製造業にも波及してゆくとすれば、80年代半ば以降の構造改革の課題である国内における製造業と非製造業の生産性格差を縮小させ、明治以来の日本経済の発展パターンに大きな変化が生ずることになります。アメリカと比べて、日本のサービスや流通部門の労働生産性は、購買力平価で測って6〜7割程度との試算もあります。この格差を縮小させることによって、経済全体の労働生産性の伸びは大きく上昇することになります。この結果、消費者物価の上昇は抑制されますが、内外価格差が縮小し、景気回復の持続性を強めることになります。

 他方で、法人企業統計季報において第2四半期に企業の売上が5.4%増加し、中小企業でも6.6%増加したことは心強い動きと言えます。名目成長率についても第1四半期と第2四半期をならすと前期比年率で2%増、前年比では2.3%増加しています。アメリカの名目成長率は、5〜6%であり、長年デフレに悩んできた香港もデフレから脱却するなど、グローバルにみてディスインフレ、ないしデフレからリフレに向かうという基本的な流れは維持されていると思います。

 以上を要約しますと、世界経済は、第2四半期以降、原油価格高騰やIT産業の一部における在庫調整の影響もあって、生産活動が減速しています。しかし、原油価格がさらに高騰を続ける場合を除けば、減速は一時的であるとみることが出来ます。世界経済の減速の影響を受けて、日本の輸出数量や生産も減速傾向を示しています。しかし、日本経済の原油価格高騰に対する適応力は格段に強化されています。また、最近の電子部品・デバイス部門の生産・在庫調整については、在庫率の水準などから判断して、短期に終了する可能性が高いといえます。さらに、半導体の「シリコン・サイクル」についても、2000年の経験を踏まえ、企業の側で今後も慎重かつ適切な対応がとられるとすれば、サイクルが下降期に入ることの影響は限定的なものに止まる可能性が高いと見ています。今回の景気回復局面は、企業部門のバランスシート調整と不良債権処理の進展、企業収益の高さ、設備投資意欲、設備の平均年齢の若返り、在庫率の低さ、労働生産性の伸びなど総合的に考えると、過去2回の回復期と比べ、最善の姿となっており、持続性の強さを示しています。グローバルにみても、また国内経済においてもディスインフレ、ないしデフレから脱却し、緩やかな物価上昇と名目所得の増加をもたらすリフレへ向けた基調的なトレンドには変化がないと考えています。

IV. 最近の金融市場動向

 国際金融市場に目を移しますと、原油価格高騰にも関わらず、長期金利が低下していることが注目されます。インフレ期待の高まりが中央銀行に対する信認の強さもあって抑制される一方で、需要面(成長率)への悪影響が懸念されている結果と解釈することが可能です。

 アメリカやイギリスを始め、いくつかの国で政策金利が引き上げられる中で、8月中旬までハイテク関連株が中心のナスダック指数が振るわず、エマージング諸国の債券市場のパフォーマンスを示す指標(エマージング・マーケット・ボンド・インデックス)が上昇するという、従来の金利引上げ局面と異なったパターンになっていたことも注目されます。これは、一次産品価格が上昇し、従来型産業や資源関連産業が好調で、第2四半期にブラジル、南アフリカが高成長する一方で、ハイテク産業が減速していることを反映したものと見られます(注4)

 日本においても景気の減速予想の強まり(GDPショック)や時間軸効果の復元もあり、国債市場は、長期金利が低下し、落ち着いた動きになっています。

V. 金融政策運営

 昨年末から年初にかけての高い成長からのスピード調整を経験しつつある日本経済において、金融政策はどのように運営すべきでしょうか。日本銀行は、2001年3月以降、日銀当座預金残高を主たる操作目標とする政策、いわゆる「量的緩和」を続けています。量的緩和は、政策持続へのコミットメントが金利の低下を促す効果や、金融市場への潤沢な流動性の供給を通じて金融システムの安定性を確保するといった効果に加えて、家計の実質資産残高を増加させる効果を通じて、デフレ脱却に向けた有効なツールとなってきたと思われます。

 「量的緩和」は、導入当初から、「消費者物価指数(全国、除く生鮮食品)の前年比上昇率が安定的にゼロ%以上となるまで、継続することとする」との「約束」が付されており、その「約束」は、昨年10月に、「消費者物価指数の前年比が安定的にゼロ以上になること、また、政策委員の多数が、先行き、デフレに再び戻らないとの見通しを持つこと」と、より明確化されました。私は、常々、金融政策運営を行ううえでは、中央銀行が政策目標(物価安定)について明確な最終ゴールをしっかりと持ち、それを適切にコミュニケートし、市場と共通の知識とすることが重要であると考えております。それによって、様々な経済主体や市場参加者の期待を安定化させることができ、デフレ脱却への険しい道のりを行くことが、より容易になると考えております。そうした観点から見ても、このような「約束」は、現在の日本経済・金融市場の中で、有効に機能していると考えております。

 もとより、依然として日本経済はデフレ脱却に向けた歩みの途上にあり、現時点での金融政策運営は、上記の「約束」を基本に据えて、しっかりと量的緩和を継続していく段階にあると思われます。

VI. 北海道経済の今後について

 最後に、このたび、北海道をお訪ねするにあたり、北海道経済についての事前の勉強等を通じて、いくつか感じた点をお話したいと思います。北海道経済は、今回の景気回復局面においても回復の足取りが他の地域に比べて遅れがちであります。道内の経済規模もかつて「5%経済」と呼ばれていましたが、90年代後半以降全国平均の成長率を下回る傾向にあったために、現在は4%程度に低下しています。製造業においては、電気機械など加工組立型産業の占める割合が低く、食料品など生活関連産業や紙・パルプ、鉄鋼など基礎素材型産業のしめる割合が約7割と高くなっています。公共工事に依存する建設業のみならず第三次産業においても政府サービスのウエイトが全国の平均よりも高い水準にあります。

 他方で、北海道経済産業局を中心にITやバイオに焦点を合わせた「北海道スーパークラスター振興戦略」が構想され、情報産業クラスターとバイオ産業クラスターの形成が促進されています。情報系ベンチャーを中心とする「札幌北口ソフト回廊」では、インターネットによる音声通信技術や電子暗号技術関連のソフトウエア企業が集積しています。また、遺伝子情報解析では全国に先駆けた国立大学発ベンチャーとして北海道大学との連携によるバイオ・ベンチャー企業(ジェネティックラボ)が育成されています。さらには発酵・醸造技術を基礎とした天然資源の製品開発(オールドバイオ)との結合など新たな産業創出の試みも進展しています。また、サハリンの石油・天然ガスの発掘プロジェクトに関連した企業の取り組みも行なわれています。グローバルな視野から経済を見ますと、IT関連産業の一部で生産活動が減速し、従来型産業や一次産品や自然資源の豊かな国で成長率が高まることによって景気の下支えをする傾向が見られます。北海道経済においても、育ちつつある先端産業と、従来型産業——その中には、豊かな自然資源や観光資源という強みを活かしたものも多く含まれると思います——が支えあって、大きく発展する可能性を秘めていると期待しております。

以上

脚注

  • (注1)フェデラルファンド・レートの中立的な水準については、論者によって大きな違いがあります。歴史的な平均をとれば、4%程度ということになりますが、2.5%から5%まで大きな幅があります。原油価格上昇によって物価上昇率(総合)が高まり、実質金利が低下していることも中立的な水準への復帰を促す要因になっているとの見方もあります。日本の場合は、政策金利は不変なので、企業物価上昇率を差し引いた実質金利は低下することになり、交易条件悪化の影響を受ける企業部門にとって、金利負担の面ではプラスの要因になります。
  • (注2)賃金への波及の遅れがあるにもかかわらず、個人消費は増加しています。名目個人消費と名目雇用者所得の乖離は、90年代の10兆円から2002年以降は拡大し25兆円に達しています。この要因としては、退職者、年金受給者の増加という構造要因に加え、金利が高かった時期の郵貯の満期の到来による利子所得の増加といった一時的要因のほかに、高齢者のみならず団塊世代、団塊ジュニアで限界消費性向が高まっていることが注目されます。
  • (注3)経済学に心理学の成果を取り入れようとする「行動経済学」や「行動ファイナンス」では、市場において過剰反応と過小反応が生ずるケースを分析対象とすることがあります。消費者物価の最近の安定性は、仮に人々が過去2回の回復期のように景気回復の持続性が弱いと予想する場合には、価格設定を変更しないという行動に出る(過小反応する)可能性が高いと解釈することも可能でしょう。
  • (注4)8月中旬以降のナスダック指数の回復傾向については、先行きIT関連産業の調整一巡を予知するものかどうか慎重に見極めることが必要です。