公表資料・広報活動

ホーム > 公表資料・広報活動 > 講演・記者会見 > 講演・挨拶等 2004年 > 最近の金融経済情勢等について ── 2004年9月30日 島根県金融経済懇談会における福間年勝審議委員基調説明要旨

最近の金融経済情勢等について

2004年9月30日 島根県金融経済懇談会における福間年勝審議委員基調説明要旨

2004年 9月30日
日本銀行

 図表は、こちら(ko0409e.pdf 250KB)から入手できます。

目次

1.はじめに

 日本銀行の福間でございます。本日は、お忙しい中、澄田知事、松浦松江市長を初め経済界・金融界の中核の方々にお越し頂き、金融経済情勢についてお話をさせて頂く機会を得ましたことを大変光栄に存じます。また、平素より、日本銀行松江支店が経済調査等々で皆様に大変お世話になっております。この場をお借りして厚く御礼申し上げますとともに、今後ともご協力を賜りますよう、よろしくお願い申し上げます。本日の懇談会では、僭越ではございますが、冒頭、私の方から最近の金融経済情勢や日本銀行の金融政策等についてお話申し上げ、その後、皆様方と意見交換をさせて頂ければと思います。本席上では、皆様方から島根県の経済・金融の動向や、日本銀行の政策・業務運営等に対する忌憚のないご意見を頂戴できれば幸いに存じます。

2.海外経済と日本経済の現状と先行き見通し

(1)海外経済の動向

(1-1)景気・物価の動向

(1-1-1)景気の動向

 最初に、海外の景気動向ですが、図表1をご覧下さい。そこに示されているように、全体的にみると、日米欧の先進工業国から、NIEs、ASEAN、さらには"BRICs"と総称される中国、ブラジル、ロシア、インドに至るまで、広い範囲に亘って景気拡大が続いています。

 特に、NIEs、ASEAN、BRICsの経済成長は目覚しく、次の図表2にある通り、それらの国々のGDPや輸出入額が世界に占める割合は、近年、急速に高まっており、日米欧の景気や雇用、物価なかんずく燃料・原材料価格等にも影響を及ぼすようになっています。また、NIEs、ASEAN、中国に日本を加えた東アジア地域では、域内貿易の活発化を通じて経済の相互依存関係が深まっており、その下で自律的な経済成長メカニズムが働いています。

(1-1-2)物価の動向

 この間、物価の動向ですが、まずは図表3をご覧下さい。ここでは世界の石油と粗鋼の消費量の推移を国・地域別に表わしています。いずれも、BRICs、NIEs、ASEANが全体の消費量の伸びを牽引している姿が確認できます。石油や粗鋼のほか、石炭、鉄鉱石あるいは化学等の燃料・原材料についても、それらの国々の需要拡大と日米欧の景気回復が相俟って、世界的な需給逼迫が生じ、次の図表4が示すように、内外の商品市況や海上輸送の運賃の高騰に繋がっています。特に、かつて燃料・鉱物資源の純輸出国であった中国が、外資系企業の生産拠点の増加や内需の拡大を背景に、90年代後半に純輸入国に転じ、年々輸入超幅を拡大していることは、内外の商品市況等に少なからず影響を及ぼしています。

 このような燃料・原材料価格の高騰を反映して、図表5の上段に示されているように、各国の生産者物価(企業物価)は、本年春以降、急速に上昇率を高めていますが、対照的に、下段にある川下の消費者物価は、一貫して安定的な動きを続けています。

 これは、1.NIEs、ASEAN、BRICsの台頭や、WTOによる貿易自由化の取組み、さらには各国の規制緩和の動き等を背景に、国際的な企業間競争が激化し、企業の価格支配力が低下したこと、また、2.そのような中で、米国や日本の企業では、次の図表6に示されている一単位の付加価値を生み出すために要する労働コスト、いわゆるユニット・レーバー・コストの引下げや——この点については本年3月の長崎での講演でも指摘したところですが——、あるいは各種の技術進歩、省エネルギー化等により、燃料や原材料価格の上昇を吸収してきたこと、さらには、3.インターネットを通じて豊富な価格情報を持った消費者が値頃感をもって商品を購入する動きが広がっていること等、様々な構造変化が消費者物価の安定に寄与していると考えられます。因みに、ユニット・レーバー・コストの引下げについては、最近、欧州でも、「賃上げなしの労働時間延長」の動きがドイツを中心に広がりつつありますが、構造改革の遅れが指摘される欧州にあって、生産性を10%以上引き上げる今回の措置は画期的であり、今後、こうした動きが欧州の物価の安定とともに、成長を後押ししていくことが期待されます。

 なお、次の図表7は、各国の消費者物価の長期的な推移を示しています。特徴的であるのは、いずれの国・地域でも消費者物価の伸び率が趨勢的に低下傾向を辿っていることであり、只今指摘した国際的な企業間競争の激化や生産性の上昇、消費行動の変化等、様々な構造要因が消費者物価に下押し圧力として働いていることが示唆されます。これは後程述べる日本についても同様です。

(1-2)当面のリスク要因

 海外経済の当面のリスク要因としては、米国および中国経済の動向と、原油高の影響に特に注目しています。

(1-2-1)米国経済の動向

 1つ目の米国経済については、経常収支の赤字幅が拡大しつつあること(海外余剰の減少)と、今年の春以降、減税効果が徐々に剥落し、ガソリン価格が高騰したことで、個人消費の伸びも鈍化したこと、主にこの2つの要因から、景気拡大のテンポは一時に比べ減速しています。今のところ景気拡大の基調そのものには大きな変化は窺えないことから、景気は、巡航速度での成長過程に移行する踊り場局面にあるとみています。ただ、米国経済に関しては、原油高や地政学リスク、住宅価格の動向と家計の負債問題、大統領選挙を巡る不透明感等、幾つかの不確定要因があるため、米国経済の減速の程度ならびにその期間については今しばらくの見極めが必要と考えています。

(1-2-2)中国経済の動向

 2つ目の中国経済については、中央政府による一連の景気過熱抑制策から、経済成長率が10%を超えて一段と加速するリスクは後退しました。しかし、中国では、政策の効果を浸透させるためには、マクロ政策だけではなく種々の行政指導も粘り強く行う必要があるなど、時間を要する面があり、現在も9%台半ばの高成長ということで過熱感の残存した状況にあります。こうした中で、既に電力・水不足や交通渋滞等インフラ面、あるいは環境問題の面から生産にボトルネックも生じています。先行きについては、景気過熱抑制策が採られる一方で、2008年の北京オリンピックを控えていることから、ハードランディング・シナリオは予想し難いのですが、燃料や原材料のタイトな生産、流通が輸入のさらなる増大を招き、結果として景気過熱が抑制されることはあり得ると考えています。

(1-2-3)原油高の影響

 3つ目の原油高については、基本的には、急ピッチな需要拡大に見合った供給能力の増大は見込み難いとの見方が根強いことから、相場の先高観は払拭されていません。

 原油の供給能力については、2度に亘るオイル・ショックの後、大手石油会社は、先行き、経済の成熟化、省エネルギー化、産業構造のソフト化・サービス化が進展し、原油をはじめとするエネルギー需要の伸び悩みとその継続を予想しました。このため、合併・統合を繰り返し、油田の掘削や製油所の建設を大幅に抑制しました。図表8をご覧下さい。油田の掘削件数は、80年代後半以降一貫してピーク時の半分以下に抑えられており、また、世界の製油所の生産能力は、中国等アジアで大幅に増強されているものの、元々ウェイトの大きかった欧米諸国の精製能力が減少したことから、世界全体では、25年前の1980年当時と変わらない水準に止まっています。加えて、最近では、イラク、サウジアラビア等主要産油国でのテロ続発(地政学リスク)やロシアの石油会社の経営不安等が市場の供給不安を強める形となっています。

 新たな石油資源として、オイル・サンドが開発開始後30年を経て漸く商業ベースに乗ってきたことは心強い訳ですが、一般に、石油資源の探鉱・開発は5〜10年の長い時間を要するため、BRICs等の需要が急拡大する中にあっては、過去、油田の掘削を大幅に抑制してきたことが原油相場の押上げに寄与していると考えられ、相場の先高観を払拭するにはある程度の時間が掛かるのではないかと思われます。

 原油高の影響については、今のところは、企業が先程述べたようなコスト上昇の吸収努力を続けてきたことから、企業業績や川下の消費者物価への影響も比較的緩やかなものに止まっています。ただ、原油高の先行きへの影響については、エネルギー効率の状況や産業構造、あるいは経済・物価情勢の違いから、各国間の見方に微妙な違いがあり、それを反映し金融政策面では、原油高のインフレ・リスクを懸念して政策金利の引上げを行う国がある一方、景気に対するデフレ効果を心配して金利の引下げを行う国もみられます。原油相場の先高観が払拭されていないうえ、最近では史上最多のハリケーン襲来を材料にヘッジファンドによる投機的な買いがみられ、暫く相場の乱高下が続く可能性があることから、今後とも、原油相場が、各国の景気、物価、企業業績等に与える影響には十分な注意が必要であると考えています。

(2)日本経済の動向

(2-1)景気の現状

 以上のように、海外経済は、全体として拡大傾向を続けながらも、米国および中国経済の動向や、原油高といったリスク要因が存在しています。日本経済についても、地域間、業種間、あるいは同一業種内であっても規模の異なる企業間で、業況格差の問題が未だ残っています。しかし、全体としてみると、景気は引続き内需と外需を両輪に回復を続けており、後程述べるように、ミクロの構造改革が大幅に進展していることを勘案すると、持続的な成長基盤は整いつつあると考えています。

 内需のうち設備投資については、デジタル関連、医療・介護サービス等、需要の中長期的な拡大が予想される分野での新規の設備投資、あるいは郊外におけるショッピング・センターの建設が増えているほか、内外需とも好調な鉄鋼、化学等素材や輸送・一般機械のいわゆる重厚長大産業でも、生産能力増強を目的とした既存設備の補修・改修がコンスタントに行われています。先日発表された商工中金の調査によると、中小企業の設備投資も好調であることから、全体としては、業種や企業規模の面で広がりをみせながら堅調に推移しています。また、個人消費については、雇用不安の後退やシニア層の消費性向の上昇、物価の安定ないし下落、さらには猛暑やオリンピック開催の効果が相俟って、全体的には強めの動きが続いています。この強めの伸びは、図表9にありますように、旅行、娯楽、介護、家事サポート等サービス向け支出の高い伸びに支えられており、消費の中心がモノからサービスに移りつつあるように思います。なお、月次の経済指標では捕捉が難しいのですが、インターネットやカタログ・テレビ等新たな流通チャネルを通じた財・サービス取引(いわゆるB to C取引)の拡大も消費回復に寄与していると思われます。一方、外需すなわち輸出については、ここへきて、米国向けの半導体等電子部品やデジタル家電の輸出が減少するといった動きがみられますが、全体的には、重厚長大産業を中心に好調が続いています。

(2-2)好調な企業業績〜ミクロの構造改革の進展

 この間、企業業績は、図表10に示されるように、製造業、非製造業とも引続き好調で、今年度の連結経常利益については、金融を除く東証1部上場企業ベースでみると、前年比2割を超える高い伸びが予想されています。ただ、企業業績については、燃料や原材料価格の上昇あるいはデジタル関連業界の価格動向を不確定要因とみる企業もあり、特に、原油相場が一段と上振れることがあれば、業績への影響が懸念されることから、先程も申し上げましたように、原油相場の動向には十分な注意が必要です。

 企業業績が好調を続けているのは、ミクロの構造改革が大幅に進展していることがその根底にあります。図表11をご覧下さい。これは業種・企業規模別の損益分岐点の推移を表わしたものですが、製造業の大企業では、既に損益分岐点はバブル発生前の1980年代前半の水準にまで低下しているほか、その他の中堅中小企業あるいは非製造業でも、低下傾向を辿っています。こうした動きは、企業がヒト、モノ、カネの3つの過剰問題の解決を図りつつ、その一方で収益基盤の強化に努めてきた結果、トヨタ自動車の「トヨタ・ウェイ」のような各社それぞれの生産方式を構築しつつあることを表わしています。

 収益基盤の強化については、新技術・新製品の開発やコスト削減に加えて、経営の効率化・グローバル化により内外の景気拡大の果実をしっかりと掴むことで収益の安定性と成長性を高めています。経営のグローバル化は、特に中国、ASEAN、NIEsとの関係強化を通じて進められてきました。アジア危機発生の際も、多くの欧米企業はアジアを後にしましたが、それとは対照的に日系企業の殆んどは撤退せず、中にはそれをチャンスとして一段と東アジアの拠点を拡充する企業もありました。今日、わが国の海外進出企業では、日本を含む東アジアの拠点間で、生産、販売に関する一体的、効率的な関係が構築されています。因みに、日本の企業の海外での売上高の割合をみますと、図表12にありますように、全企業ベースでは約2割、海外進出企業に限れば約4割で、ソニーやキャノン、ホンダ、ヤマハ等大手のグローバル企業では7〜8割台に達しています。今後は、めまぐるしい時代の変化にスピーディーに対応するため、M&Aも一段と増加していくことが予想されます。

 3つの過剰問題について敷衍しますと、まず、過剰人員は、図表13の厚生労働省の調査に基づけば、全体的には昨年の秋口までに概ね解消され、それ以降は、雇用のミスマッチ等を背景に一転して人手不足が発生しています。また、過剰設備については、2006年3月末に減損会計の導入期限を控え、昨年度は1兆円を超える固定資産の減損処理が行われ、今年度も前年を上回るペースで減損処理がみられるなど、急ピッチにその整理が進んでいます。最後に、過剰債務については、次の図表14の白抜きの部分が示すように、企業の銀行借入は、金融危機が発生した97年に返済超に転じ、その後現在に至るまで、企業業績が好調な下で返済が続けられています。ただ、最近では設備投資資金や運転資金の増加もあって、返済圧力はやや弱くなっています。

 以上のような事業の再編・転換や企業の再生、あるいは銀行の不良債権処理を進め易くする舞台装置の役割を果たしたのが、再編・転換・再生に関する法制の整備や、企業会計基準の国際化、コーポレート・ガバナンス強化・企業の社会的責任(Corporate Social Responsibility)重視の流れ、あるいは企業金融に関する規制改革であり、さらには日本銀行による超金融緩和の継続でありました。図表15は、企業の借入金利を90年当時の水準で固定した場合と、実際の利払負担を比べて、金融緩和によりどれだけ利払負担が軽減されたかを試算したものですが、これによると1990年から2002年までの累計で約250兆円の負担軽減効果があったと推計されます。因みに、ミクロの構造改革の大幅な進展の影響もあって、図表16にありますように、倒産件数はピーク時に比べて3割強減少しています。

(2-3)景気の先行き見通し

 次に景気の先行き見通しについて述べたいと思います。只今述べましたように、ミクロの構造改革が大幅に進展する中で、「選択と集中」により新たなビジネスモデルを構築した企業の間では、内外の景気拡大に対応して、拡大路線への転換を図る企業が増え始めています。こうしたいわば「攻めの経営姿勢」の広がりは、景気との関係で言えば、研究開発投資や能力増強投資を一段と増加させるとともに、雇用の増加を通じて個人消費を下支えしていくと予想されます。

 このうち、能力増強投資の増加に関しては、損益分岐点を引き下げたうえ、本業において需要の拡大と製品価格の上昇がみられる企業では、図表17が示すように、キャッシュフローを借入れ返済や株主還元という財務政策に充てるだけではなく、本業の拡大にも投資した方が、資産効率や資本効率は良くなる点に着目する企業が増えています。実際、後ほど述べますが、内外で需要が拡大している鉄鋼等重厚長大産業では、このところ能力増強投資が一段と増えています。1週間ほど前に発表された某経済団体の企業アンケートでも、今年度、設備投資の増額を予定している製造業のうち約半数が、能力増強投資の拡大を増額の理由に挙げています。企業は、バブル崩壊の経験から拡大のリスクも学んでおり、大規模な能力増強投資には慎重です。このため需給動向を確認しながら能力増強投資を行っていますが、これが結果として景気や企業業績の回復を長引かせる要因ともなっています。明日発表の短観の結果をみなければ確たることは申し上げられませんが、最近の個別の動きからしますと、設備投資は、引続き堅調に推移していくと予想されます。

 一方、輸出についても、好調が持続する可能性が高いと思われます。鉄鋼等素材や機械類も、石油と同様、世界的に生産能力の拡大が抑制されてきたため、このところのグローバルな需要拡大により、内外の需給は非常にタイトな状況にあります。図表18をご覧ください。これは世界の粗鋼生産量の推移を示していますが、過去約10年間でみると、中国の生産量は2倍以上に急増している一方、日米欧の生産量は概ね横這いであるため、世界全体の生産量は微増に止まっています。こうした中で、景気低迷下にあっても、東アジア諸国との水平分業を進めつつ、品質の良いモノ作りを大切にしてきたわが国の重厚長大産業は、ITも活用することで競争力を一段と向上させており、今や東アジア諸国を中心に世界各国への供給基地として不可欠の存在となっています。このことが当面輸出の伸びを支えていくものと思われます。

 足元においては、IT関連部品の在庫調整に加え、米中経済の動向や原油価格の高騰が企業あるいは市場マインドを慎重にしている面があります。このうちIT関連部品の在庫調整については、サプライ・チェーン・マネージメントにより早めに調整が始められており、また、設備投資、個人消費、輸出と、景気の牽引役が複線化していること等から、景気の先行きについて、私は、昨年度下半期の年率6〜7%というペースは無理にしても、最終的には日本銀行が本年4月に発表した今年度の成長率予想を上回るペースで景気が回復を続けると予想しています。また、企業が自己満足することなく引続きミクロの構造改革を進め、その動きが地域や業種、企業規模に関わらず一段と広がっていけば、バラツキは残るものの、持続的な成長基盤は一段と整っていくと期待されます。

(2-4)物価の動向

 わが国の物価動向については、燃料・原材料価格の高騰を背景に国内企業物価の上昇が続いており、4月の見通しに比べると、今後ともかなり上振れて推移する見込みです。ただ、わが国では、第1次オイル・ショック以降、一貫して経済の省エネルギー化が進められ、例えば、図表19が示すように、一生産当たりに要する原油の消費量は、70年代始めのピークに比べて半分程度になっています。また、第1次オイル・ショックのときは、原油高と賃金の引上げがインフレ高騰を招きましたが、賃金に関連しては、今回の場合、企業は生産性の上昇と、雇用形態の多様化等を通じての賃金総額の抑制によりユニット・レーバー・コストの引下げを図っており、この点で大きな違いがあります。このため、予断を持つことは避けなければなりませんが、原油高の影響について、過去の景気・物価動向をイメージし過ぎることも適当ではないと思います。

 一方、生鮮食品を除くコアの消費者物価は、前年比ゼロ%近傍で推移しています。わが国でも、消費者物価への構造的な下押し圧力が、景気回復下での消費者物価の安定を可能にしてきたと考えられます。特に、わが国の場合、中国、台湾、韓国という強力な競争相手が身近にいることは、日本企業に対し、絶え間ない合理化・自己変革努力を促す大きな要因となっています。また、このところ為替相場も110円前後で安定的に推移しているため、かつてのように原油高がドル高円安をもたらし、それがインフレ期待を惹起するという悪循環も見込まれません。このため、消費者物価については、米価の下落や電気料金の引下げといった追加的・一時的な要因を除いても、前年比ゼロ%近傍で推移する可能性が高いと予想しています。

 なお、一部に、現下のコア消費者物価の下落基調に歯止めを掛けることに対し悲観的な見方も聞かれますが、1.川上の国内企業物価が高めの伸びを続けていることや、2.潜在成長率を上回る成長が続いて経済の体温が上昇すれば、それに伴い物価上昇圧力も緩やかながら強まると考えられること、さらには、3.先程ご覧頂いた図表6にあるように、日本のユニット・レーバー・コストの低下に足元やや一服感が窺われること、等を勘案しますと、消費者物価がこのまま一方向に動き続けるとも予想されません。因みに、最近の10年国債利回りや日経平均株価が大きくみればボックス圏の動きを続けていることは、少なくともデフレが緩やかになったと市場が判断していることを表わしていると思っています。

3.金融政策運営等

 次に、以上のような景気・物価情勢の下で、日本銀行が行ってきた金融政策についてご説明したいと思います。日本銀行は、物価の継続的な下落を防止し、持続的な経済成長の基盤を整備する観点から、2001年3月に量的緩和政策を開始し、既に3年半が経過しました。今後、図表20の量的緩和政策の概要を纏めた表の「実施期間」の欄にある3つの条件が満たされるまで量的緩和政策を続ける方針です。本席上では、現行の政策運営についての考え方と、金融政策を巡る将来的な課題について述べることと致します。

(1)現行の政策運営についての考え方

(1-1)総合判断の必要性

 量的緩和政策については、景気の回復基調が次第に確かなものとなる一方、コア消費者物価は、前年比小幅のマイナスを続けている状況を受けて、2つの対照的な意見が聞かれています。1つは、景気が回復しているにも関わらず、消費者物価の動きとリンクした形で量的緩和を続けることは不適当であり、景気の実体に合わせて、日本銀行当座預金残高の目標値を引き下げ、金利を引き上げるべきだという意見です。もう1つは、景気が回復を続けても、物価の下落基調が収まらない事態を重視して、インフレ・ターゲットの導入等により量的緩和政策の解除条件をより厳しめに設定し、量的緩和の「時間軸効果」を強化すべきだという意見です。

 しかし、どのような形であれ、現段階で日本銀行が対外公約としている量的緩和政策の解除条件を変更することは、日本銀行の信認低下とともに、金融市場の混乱を招く惧れがあります。また、インフレ・ターゲットについては、図表7をもう一度ご覧頂きたいのですが、そこに示されているように、各国の消費者物価は趨勢的に低下傾向を辿っており、わが国の場合、過去20年間の平均的な上昇率は+0.7%、過去10年間でみるとマイナス0.2%と下方にシフトしています。こうした状況の下で物価を直接的な操作目標とすることは、中長期的に経済に歪みをもたらす可能性が高いと考えます。寧ろ、現在の日本において物価をプラスに持っていくために金融政策に求められることは、ミクロの構造改革を粘り強くサポートし、経済の体温が上昇する基盤を引続き整えていくことであると思います。

 したがって私は、日本銀行が現行の枠組みの中で引続き量的緩和政策を実施していくことが適当であると考えています。そして、コア消費者物価が安定的にプラスになったと判断するためには、景気・物価情勢のみならず、それらに影響を与える様々な要因も踏まえたうえで総合判断を行うことが必要と考えています。そのような趣旨から、日本銀行も、量的緩和解除の条件に、経済・物価情勢の総合判断という項目を設けています。

 この総合判断については、事前にどのような基準がどのようなウェイトで含まれるのかを特定することは難しいと言えます。ただ、量的緩和政策が事実上果たしてきた役割の1つとして、銀行間の信用不安の高まり等を背景に短期金融市場経由での調達が困難になった長めのターム物資金を、オペを通じて供給し、銀行の資金繰りをサポートすることで、結果として金融面から経済にデフレ・インパクトの及ぶ事態を防いできたということがあります。この点を踏まえると、総合判断に当たっては、金融システムの動向も注視する必要があると思います。金融システムについては、セーフティーネットの整備によりシステム全体の安定性は高まりましたが、個別行の不良債権問題が完結したとは必ずしも言い切れず、各行では、来年3月末のペイオフ全面解禁に向けて引続き不良債権処理を進めており、借り手の企業サイドでも、先程述べたように、固定資産の減損処理が急ピッチに進められています。

 日本銀行としては、コア消費者物価・前年比が安定的にプラスという条件さえ達成されていない状況下では、今後とも、景気回復下において現在の量的緩和政策を忍耐を持って粛々と継続していくことが重要と考えています。そのうえで、将来、コア消費者物価・前年比が数ヶ月均してみてプラスになった段階で、物価が本当に「安定的にプラスになった」と言えるのか、その裏返しとして景気回復に持続性が確認できるのかを、金融システムの健全化の状況も踏まえて総合的に判断し、慎重に量的緩和解除の可否について判断して参りたいと考えています。

(1-2)市場との対話の重要性

 現行の政策運営について、総合判断の必要性と並んで触れておかなければならないのは、市場との対話の重要性です。日本銀行は、昨年10月に、総合判断の必要性に関する考え方を明確にした際、併せて、金融政策の透明性を強化するための施策も発表しました。

 日本銀行が金融政策の透明性強化に取り組んできたのは、総合判断に対する市場の理解を深めるためです。市場の理解が深まれば、将来、量的緩和政策を解除する際にも、金融資本市場に大きな混乱が生じることを防ぐことができます。ただ、日本銀行から市場に対して一方向に情報発信をするだけでは市場の理解を深めることは難しいと思います。最終的には、日本銀行の経済・物価情勢に対する見方を明示し、その下で金融政策を実施し、それらに対する市場の反応を、市場メカニズムを通じて、具体的には、図表21にある債券相場の動きやインプライド・ボラティリティの動き——これは債券相場の先行きの変動度合いに対する市場の見方を表わしますが——、あるいは図表22にある短期の金利先物市場の動向等を通じて把握する。そしてそれが日本銀行として方向感の強弱に違いがある場合には、再び原点の実体経済に立ち戻って、自らの見方・考え方を点検する。このような市場との対話を絶えず繰り返していくことが重要であると考えています。

(2)金融政策を巡る将来的な課題〜市場機能の回復

 金融政策を巡る将来的な課題としては、短期金融市場における市場機能の回復を図ることが重要であると考えています。既にオーバーナイト取引については、その取引高は一時に比べて増加しており、また、銀行・証券の資金担当部署が、自らのクレジット・ラインを確認する「ストレス・チェック」を行う動きも散見されることは歓迎すべきことです。

 もっとも、3ヶ月以上の長めのターム物取引については、依然として市場経由の取引は殆んど行われておらず、それらの調達が日本銀行のオペに依存した状態となっている点に変わりはありません。その背景については、ターム物レートを含め金利がほぼゼロであることや、合併・統合により銀行の数が減少していることを指摘する声も聞かれますが、底流には、銀行間で互いの信用力に対する確信が持てない状態が続いていることがあるのではないかと考えています。このため、今後、銀行の不良債権問題の解決と収益基盤の強化を通じて、銀行の格付がさらに引き上げられ、その中で、市場内部で自律的、機動的に資金繰りが行えるよう、銀行間のクレジット・ラインの復活・拡大が図られていくことが望まれます。

(3)金融面の動向

 日本銀行の金融政策について述べたところで、次に、わが国の最近の金融動向について触れたいと思います。日本銀行が量的緩和政策により短期金融市場に資金を潤沢に供給してきた結果、図表23に示されているとおり、日本銀行当座預金残高と流通現金を合計したマネタリーベースは、対名目GDP比率でみると、歴史的にみて極めて高い水準で推移しています。これに対し、企業や個人が保有する通貨の量、すなわちマネーサプライは小幅な伸びに止まっており、マネーサプライのマネタリーベースに対する比率で、銀行の信用創造能力を示す「信用乗数」は、90年代後半以降、昨年秋頃まで低下傾向を辿りました。

 もっとも、最近では、銀行は、株価の反転や不良債権処理の進捗を背景に、住宅ローンを中心とした個人向け貸出や中堅中小企業向け貸出を中心に貸出姿勢を積極化しています。一方、企業サイドでも、先程述べた「攻めの経営姿勢」への転換により設備投資を一段と増やし始めています。このため、企業の返済圧力は一頃に比べて弱まっており、その結果、図表24が示すように、銀行貸出の減少幅は徐々に縮小しており、信用乗数も下げ止まった形となっています。このような銀行貸出の減少幅の縮小に加え、図表25にあるように、クレジット・スプレッドも大幅に縮小していることを踏まえると、量的緩和政策の効果は、ここへきて、貸出市場や社債市場等、短期金融市場以外にも浸透しつつあると言えます。

4.少子・高齢化の中での課題

 最後に、今後、少子・高齢化が一段と進行する中でわが国経済が直面する課題のうち、当面特に重要と考えている点について簡単に触れておきたいと思います。因みに、政府の経済財政諮問会議でも、今後のわが国の各種基本政策に関する議論が開始されています。そこで重要な検討テーマとして挙げられている事項については、お配りした資料の図表26に纏められていますので、適宜ご参照下さい。

(1)財政規律の維持

 まず第1は財政規律の維持です。わが国は、既に国と地方を合わせて700兆円を超える長期債務を抱えており、今後の少子・高齢化の進行に伴う年金、医療、介護等社会保障費のさらなる増加も考え合わせれば、生産性の上昇や規制改革、税制改革を通じて、より高く、より長期に亘る経済成長を実現していくことで歳入増加を図るとともに、徹底した歳出改革が実施されることにより、今後とも財政規律が維持されていくことが重要であります。

 この財政規律と、財政再建コストを最小化する低金利が両立するためには、現下の景気の回復と物価の安定という均衡——このような望ましい経済状態をNon-Inflationary, Consistently Expansionary、略して「ナイス」(NICE)と呼ぶ人もいます——を保つことが望ましい選択肢となります。逆に、物価を直接的な操作目標とする策は、この両者の微妙な均衡を崩すものであり、現状のわが国に採用することは適当でないと言えます。

(2)生産性のさらなる上昇

 第2は、物価の安定を確保しながら、景気の回復を続けていくために、企業において生産性のさらなる上昇が図られていく必要があります。図表27をご覧ください。その上段に示されているように、わが国では、過去90年代前半を除いて、ほぼ一貫して労働生産性は上昇してきましたが、間接部門の生産性については、未だ改善余地が残されていると思います。図表27の下段にある厚生労働省の調査をみても、技術者や技能工の不足感は急速に高まっていますが、管理者や事務員については過剰感の根強い状況が続いています。

 間接部門の生産性を上昇させるためには、ITを活用して業務プロセスの合理化(Business Process Reengineering)や業務の標準化を進め、その上で各部門に分散していた同一業務の集約化(shared service化)あるいはアウトソーシングを進めることが必要です。なお、政府においても、現在、行政サービスの電子化、いわゆるe-Japan構想が進められているほか、公共サービスの提供主体を競争入札で決める「市場化テスト」の全面導入が検討されていますが、こうした動きは公的部門の生産性向上に寄与するものとして期待されます。

 この間、製造分野では、IT(情報技術)と、高度な製造技術、さらには独自の生産工程技術の三者を融合することにより生産性を飛躍的に上昇させている動きが、大企業のみならず中堅中小企業にもみられ始めていることは、日本経済にとって大変心強い動きです。今後とも、こうした絶え間ない生産性上昇への取組みが広がっていくことが求められます。

(3)労働力の質の低下への対応

 第3は、最近の労働力の質の低下に歯止めを掛け、企業の国際競争力の源泉である技能の伝承をしっかりと行っていくことです。

 企業は、最後の図表28にあるように、労働分配率を引き下げる手段の1つとして非正規社員の比率を増やしてきましたが、その行き過ぎた増加は、企業の、特に現場における技能の伝承や改善を困難化し、品質・安全管理に関する事故を招き易い状況を生みました。このため、最近では、若年層の正規雇用を増やし、専門の養成所を設けるなどして技術者や技能工の養成に注力する動きが広がりをみせており、歓迎すべき動きであると思っています。

 ただ、応募してくる若者の知識や労働意欲等が採用基準に満たないため、企業が希望する数ほど人材を確保できないとの話も少なくありません。このため、今後は、ニート(Not in Employment, Education or Training)と総称される、就職もせず、教育も訓練も受けない若年層を含め、創造性、社会性豊かな人材を育て、有効な戦力としていくことが必要であり、これは社会的にみても大きな課題ではないかと思います。

(4)需要創造型の規制改革

 第4は、国全体の付加価値創造力を高めるために、需要の中長期的な拡大が予想される医療・福祉・環境・教育等のサービス分野や農業分野において規制改革を進め、新規産業の発展を促していくことも引続き重要な課題です。産業の裾野が広がることは、余剰人員を吸収する基盤を整えることにもなり、結果として、経済成長力の向上にも寄与します。

5.むすびにかえて

 以上、鏤々申し上げましたが、むすびとして島根県経済について若干触れさせて頂きたいと思います。県内総生産に占める公共投資のウェイトが全国に比べて高い島根県においては、現在のような国の財政状況の下、これまでと同じペースで公共事業を進めることが困難になっているということで、県をはじめ各市町村および地元の財界、金融界におかれては、今後の経済運営あるいは企業・銀行経営を巡って色々とご苦労も絶えないこととお察しします。

 これまで本県において行われてきた公共工事は、山陰自動車道・中国横断自動車道の建設等、交通インフラの整備や、松江市のソフトビジネスパークの建設等、産業集積基盤施設の整備等を通じて、県内経済のみならず、わが国全体の均衡ある発展にも寄与してきたと思います。ただ、少子・高齢化に伴う社会保障費のさらなる増加が不可避となる中では、高度成長期のような「あれもこれも」という政策は成り立ち得ず、「あれかこれか」の選択の中で地方のニーズに沿って政策の優先順位を明確にし、地域の活性化を図っていかざるを得ません。

 こうした時代の流れに対応して、既に島根県では、澄田知事のリーダーシップの下、県に「新産業創出戦略会議」を立ち上げ、民間の企業家や大学関係者とも連携しながら、公共事業に代わる新たな牽引役を育てるべく、新素材や新エネルギー製品の開発、あるいはナノテク、バイオ、環境関連等の新しい分野を中心に、産業振興に取り組まれています。また、民間においても、地元の銀行が、大学や高専との連携を強化して、情報提供・金融の両面から大学発のベンチャー企業を支援する体制を整えられたと伺っています。

 新しい分野での産業振興や、そのための産学官の連携は、粘り強い取組みが求められ、公共事業のような経済に対するカンフル剤とはなり得ませんが、中長期的な観点からは、申すまでもなく、県内経済の競争力を高め、産業の裾野を広げるものであり、また、県が掲げる「経済の自立」という目的にも適ったものと思います。

 この間、当地では、石見の瓦産業に対して産業再生機構の支援が決定されました。この支援計画では、瓦需要の縮小に対応して、企業統合により過剰設備の削減を行いコスト競争力を強化するとともに、営業力も向上させて、伝統ある地場産業の存続が企図されています。新分野での産業振興と並んで、こうした地場産業の構造調整を進めることは、県内経済の一段の底上げに資するものと思います。今後とも、同様の取組みが進められ、そのうえで、地域の特性・特色を活かしたオンリー・ワン企業が輩出されていくことが期待されます。

 最後に、松下幸之助が残した「不況心得十訓」の中で、現在の我々日本人が引続き心に止めておくべきではないかと思われる言葉を申し上げて、私の基調説明を終わらせて頂きます。曰く、「かつてない困難、かつてない不況からはかつてない革新が生まれる。それは技術における革新、製品開発、販売、宣伝、営業における革新である。そしてかつてない革新からはかつてない飛躍が生まれる。」また、こうも言っています。「不況、難局こそ何が正しいかを考える好機である。不況の時こそ事をおこすべし。」

 島根県のさらなる発展を心よりお祈り申し上げます。ご静聴誠に有り難うございました。

以上