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最近の金融経済情勢について

2004年11月25日熊本県金融経済懇談会における春英彦審議委員挨拶要旨

2004年11月25日
日本銀行

[目次]

  1. 1.はじめに
  2. 2.景気・物価の現状と見通し
    1. (1)景気・物価の見通し、上振れ・下振れ要因
    2. (2)7~9月期GDP1次速報と連鎖方式への移行
    3. (3)懸念材料としての原油価格動向
    4. (4)企業活動の変化
  3. 3.金融政策運営の現状と見通し
    1. (1)量的緩和政策の仕組み
    2. (2)量的緩和政策の効果と課題
    3. (3)当面の金融政策運営の考え方
  4. 4.終わりに
    1. (1)ペイオフ全面解禁等について
    2. (2)熊本県における地域振興の努力

1.はじめに

 本日は、ご多忙の中、熊本県の行政および経済界を代表される皆様方のご出席を賜わり、懇談の機会を得ましたことを大変ありがたく、また光栄に存じます。

 日頃は、蓮井支店長をはじめ日本銀行熊本支店が、金融・経済の調査等々で大変お世話になっております。厚くお礼申し上げますとともに、今後ともよろしくご指導を賜りますよう、お願い申し上げます。

 日本銀行は、11月1日に新しい日本銀行券を発行しました。一万円券、五千円券、千円券の新日本銀行券発行は1984年以来20年振りのこととなります。新日本銀行券には、ホログラム(一万円券、五千円券)、潜像パール模様(千円券)、すき入れバーパターンという最新の技術が盛り込まれており、偽造対策では世界トップレベルのハイテク紙幣となっております。発行初日、日本銀行では、金融機関との大口出納窓口時間を通常の9時から繰り上げ、午前6時から新日本銀行券の支払いを開始しました。朝早くから金融機関各位のご協力もあって、円滑に流通が進み、当日に新日本銀行券を手にされた国民の方々も多かったものと思われます。その後も新日本銀行券の支払いは順調に増加しています。関係各位のご尽力に改めて御礼申し上げます。

 なお、この度、日本銀行前橋支店において、職員が、不適正なかたちで、特定の記番号の新日本銀行券を、外部から持ち込んだ自分の銀行券と交換していたことが判明しました。このため、昨日夕刻、内部調査の結果や関係者の処分、再発防止策等を公表しました。日本銀行では、新日本銀行券を国民の皆様に確実かつ早く行き渡るよう総力を挙げて取組んできましたが、その中で今回のようなことが起きたことは、誠に遺憾であり、心から国民の皆様にお詫び申し上げる次第です。私どもとしては、日本銀行にとっての「信認の重さ」を改めて認識し、業務運営の厳格性・公正性確保について意識の徹底を図るとともに、再発防止に向けて早急に必要な措置を講じていかなくてはならないと考えています。

 さて、本日は、まず私から最近の景気の現状や金融政策運営の状況などについてご報告し、その後、皆様方から熊本県の状況や金融政策についてのご意見等をお聞かせ頂ければと存じます。

2.景気・物価の現状と見通し

(1)景気・物価の見通し、上振れ・下振れ要因

 日本銀行は、10月29日、2004年度、2005年度の経済情勢の推移について、「経済・物価情勢の展望(2004年10月)」(所謂「展望レポート」)を公表しました。政策委員9人の見通しの内、最大、最小を除いた「大勢見通し」で言えば、2004年度は、実質GDP成長率が前年度比+3.4%~+3.7%(中央値+3.6%)、国内企業物価指数の前年度比が+1.4%~+1.5%(同+1.5%)、消費者物価指数(除く生鮮食品、以下、コアCPI)の前年度比が-0.2%~-0.1%(同-0.2%)という見通し。2005年度は同様に、実質GDPが+2.2%~+2.6%(同+2.5%)、国内企業物価指数が+0.2%~+0.5%(同+0.3%)、コアCPIが-0.1%~+0.2%(同+0.1%)となっています。

 2002年の1月に始まったバブル崩壊後3回目の景気回復は、既に2年半以上を経過して、これまで2回の回復ではできなかったデフレ克服に至ることを期待されていますが、2004年度下期から2005年度にかけての具体的な経済の流れとして、次のような展開を予想しています。

 まず、前提となる海外経済の先行きについては、原油価格の上昇やIT関連財の需要調整もあって、これまでの高めの成長から若干鈍化しますが、米国や中国を中心に拡大が続くものと見ています。IMFの見通しでも2004年の世界経済の実質成長率は+5.0%、2005年は+4.3%と高い伸びが続くと想定しています。既に見られているIT関連財の在庫調整については、デジタル家電市場が成長期にあること、過剰在庫が大きく膨らむ前に生産が抑制されていることから、基本的には軽い調整で終わる可能性が高いと考えています。このため、輸出、生産は若干の調整を伴いながらも増加基調を続けると見ています。

 また、企業収益の改善も続き上場企業の中間決算も概ね順調で、下期については慎重な見方をしていますが、それでも2004年度は2年連続で過去最高益を更新すると見込まれています。過剰債務や過剰設備など構造的な調整圧力が和らいできている環境の下で、設備投資の増加基調は継続するものと見ています。7~9月期GDP1次速報値における設備投資は前期比マイナスとなりましたが、各種の設備投資調査等でも、2004年度の設備投資は高い伸びが予測されています。

 雇用面では、パート労働者やアウトソーシングなど所謂非正規雇用の活用などによる企業の人件費抑制姿勢は続いていますが、既に失業率の低下や雇用者数の増加が見られており、現在下げ止っている雇用者所得も緩やかな増加に向かうものと見ています。このところ連続して上陸した台風や新潟中越地震の影響によって消費者マインドが押し下げられた部分もあると思いますが、こうした雇用者所得の増加は既に見られている消費の強さに、持続性を与えるものと見ています。

 次に物価面では、景気回復に伴う上昇圧力のほか、原油や内外商品市況の価格上昇は、当面、所謂川上の素原材料や中間財の価格押し上げに働くものと想定されます。この一方、企業部門における生産性の向上や、人件費等のコスト抑制などから、原材料コスト上昇の影響は相当程度吸収されることに加え、所謂川下の製品価格については、規制緩和が進展し厳しい競争環境の下、企業の価格設定も競争を意識したものになると見ています。

 これらから、素原材料や中間財のウェイトが高い国内企業物価は、当面上昇を続けますが、原油価格の一段の上昇等がない限り、2005年度にかけてその上昇テンポは緩やかになると見ています。一方、消費者物価は、2004年度中は2003年度の米価格上昇の反動減が続く中で、小幅の前年比マイナスで推移するものと考えられますが、2005年度は景気回復の継続を背景に、小幅の前年比プラスに転じると見ています。

 こうした物価の先行きについては、原油価格の動向や景気回復のテンポのほか、これまで続いてきた生産性向上がどの程度持続的なものか、あるいは非正規雇用拡大などの人件費抑制が今後どれほど続くかといったことにも影響されますので、上下に振れる可能性があることには留意が必要と考えています。

  1.  展望レポートの中で、景気の見通しについて上振れ、下振れさせる要因を4つ挙げています。

     第1は海外経済の動向です。米国や中国等東アジアの景気展開、原油価格動向、IT関連財の調整の深さ次第では、海外経済を下振れさせ、輸出の減少を通じて国内経済の下振れをもたらす惧れがあります。7~9月期の輸出は減速しましたが、ブッシュ政権が2期目を迎える米国では、10月29日発表の7~9月期実質GDPが年率+3.7%の成長、また11月5日発表の10月雇用統計が予想を上回るなど堅調な指標が見られています。また、中国では、金利の引き上げを含む政府による過熱抑制策がとられていますが、7~9月期の実質GDP成長率は+9%台の高成長を継続しています。

  2.  第2は国内民間需要の動向です。企業の人件費抑制姿勢が強まる場合は個人消費の下振れ、逆に先行きに対する企業や家計の見方が強まる場合には設備投資や個人消費の上振れに繋がります。また、大企業が多く、これまでの回復を主導してきた中央と、相対的に公共投資への依存度が高く、またこの秋、熊本県も稲作をはじめ相当の農業被害等を受けられたようですが、多くの地域が台風、地震等の大きな被害を受けた地方との較差が縮小方向に向かうかどうかという点も重要です。

  3.  第3は国内金融・為替市場の動向です。金利、株価、為替などは基本的には経済・物価動向を反映して動きますが、短期的には様々な要因によって変化し、上振れ、下振れいずれにも作用する可能性があります。特に、このところのドル安傾向がさらに進むことになるのか注意が必要です。

  4.  第4は不良債権処理や金融システムの動向です。不良債権問題への対応は相当程度進み、金融システムに対する不安感は後退していますが、ペイオフ解禁を控え、引き続き注意を払っていく必要があります。

 この景気、物価の見通しについて、日本銀行は来年1月に今回見通しの中間評価を、また来年4月には改めてその時点における見通しを公表することとしています。また、毎月、金融政策運営に関する決定と共に、景気、物価、金融の状況について取り纏め、金融経済月報として公表しています。

(2)7~9月期GDP1次速報と連鎖方式への移行

 展望レポートを公表した後、11月12日に7~9月期の実質GDP1次速報値(内閣府)が公表されました。

  1.  その内容としては、第1に、7~9月期実質GDP伸び率は前期比+0.1%(年率+0.3%)と+0.5%(同+2%)程度としていた大方の事前予測を下回り、10~12月の+1.9%(同+7.6%)、1~3月の+1.5%(同+6.3%)から減速した4~6月の+0.3%(同+1.1%)から更に減速した形となりました。

  2.  第2には、前期比+0.1%の内訳(寄与度)をみると、これまでの回復をリードしていた外需(純輸出)が-0.2%とマイナスになり、内需が減速したものの+0.3%とプラス成長を支えた形になりました。

     外需については、米国向け、中国向けを中心に輸出が減速(前期比+0.4%)した一方、輸入は堅調に伸びている(同+2.7%)ため、マイナスの寄与となりました。

     一方、内需については、個人消費はデジタル家電の好調などから引き続き堅調(同+0.9%)でしたが、設備投資が4四半期振りに予想外のマイナス(同-0.2%)となったことが減速の要因となりました。

     設備投資減少の一つの原因として、期中に6回も上陸した台風による工事の中断が可能性として挙げられています。ただ、この間の設備投資の基調は、資本財出荷(除く輸送機械)等の動きを見ても増加が続いていたこともあり、12月8日に公表される7~9月GDP2次速報値においては、今後公表される「法人企業統計季報」(財務省)、「法人企業景気予測調査」(内閣府・財務省)の内容により新たに推計されるので、若干上方修正されるのではないかとの見方もあるようです。

     一方で7~9月期GDP1次速報値発表の前日、11月11日に発表された設備投資の先行指標とされている7~9月の機械受注が前期比マイナスとなったこともあり、設備投資の増勢は曲がり角を迎えたのではないかとの見方もあります。

  3.  第3に、以上の結果、この1次速報値を前提とすると、今年度の政府による試算値(実質GDP成長率+3.5%程度)を実現するためには、計算上残り2四半期を前期比+1.3%程度(年率+5.2%程度)と相当な再加速が必要な状況となりました。

     その後11月18日には、実質GDPの算出に用いられる実質化(GDPデフレーターによる名目値から実質値への換算)の手法を、従来の固定基準年方式から連鎖方式に移行することが公表されました。この新しい方式は、12月8日に同時に公表が予定されている7~9月期実質GDP2次速報と2003年度国民経済計算確報(支出系列)から採用されます。11月18日には7~9月期実質GDP1次速報などに連鎖方式を適用した暫定的な試算値も公表されています。

     これは、基準年を5年毎に更新するこれまでの方式では、基準年から離れるに従って、コンピューター等に典型的に見られる価格下落の影響が過大に評価され、デフレーターの前年比マイナス幅や実質成長率が過大に評価される傾向があることから変更されるものです。連鎖方式は基準年を頻繁に更新する方式で、従来の固定基準年方式に見られるバイアスを取り除くものと理解しております。既に、米国(1996年)、カナダ(2001年)、英国(2003年)は、この連鎖方式に移行しています。

     公表された新しい方式による2003年度の試算値を見ると、GDPでは、デフレーターが従来の前年比-2.4%から-1.2%へマイナス幅を縮小し、実質値が+3.2%から+2.0%へ縮小しています。7~9月期実質GDP1次速報値も前期比+0.1%から同-0.0%へ縮小することが示されています。

     日本銀行が10月の展望レポートで公表した2004年度、2005年度の実質GDP成長率見通しは、従来の固定基準年方式を前提としたものです。新しい連鎖方式に移行することで、これまで公表されていたGDPなどの実質値は数値としては低下することが予想されますが、この新しい方式への移行は、あくまでも従来の方式に見られるGDPデフレーターのバイアスを取り除くためのもので、景気判断の大枠に影響を及ぼすものではないと考えています。

(3)懸念材料としての原油価格動向

 昨年秋以来、世界経済の大きな懸念材料となっている原油価格上昇の原因は基本的に(1)短期需給要因と(2)長期需給要因があり、さらに投機資金の動きによって若干振れが大きくなったものと考えられます。

 短期需給要因としては、米国や中国の経済拡大による需要増加の反面、イラク等の中東情勢やナイジェリア・ベネズエラ等産油国におけるゼネストや政変、さらにハリケーンの影響による供給減などが重なり、OPECの増産により需給バランスは保たれているものの、却ってOPECの供給余力縮小が懸念されています。

 長期需給要因としては、今後とも中国をはじめ途上国の需要増加が見込まれる一方、可採埋蔵量は相当量存在すると言われていますが、産油国やメジャーは過去1980年代における価格下落の経験から大規模な油田開発、精油施設建設などの投資に慎重と見られます。

 こうしたことから、原油価格は米国の代表的な油種であるWTIで、昨年秋の1バーレル30ドル前後の水準から、本年10月下旬には55ドル台まで上昇しましたが、このところ反落して直近では48ドル前後となっています。これはハリケーンの影響を受けた製油施設の復旧の目途がついたこと、ナイジェリアのゼネストが当面回避されたこと、9月には低水準に落込んでいた米国内の民間在庫が急速に増加していることなどの情報によって、米国における短期需給の逼迫懸念が緩和されたことによると言われています。原油価格は沈静化の方向との見方が多いようですが、戦闘が続いているイラクなど不安定な中東情勢や基本的に長期需給要因が継続していることを考えると、楽観はできません。

 日本はエネルギーの海外依存度が高く、特に石油については100%輸入であることから、1970年代の2回に亘る石油ショックでは大きな影響を受けました。その後、原子力をはじめとする脱石油やエネルギーの有効利用を進めたことにより、相対的に原油価格上昇に対する抵抗力を強めていることは、過去の石油ショック時からの大きな変化です。さらにこうした技術の活用により国際的な競争力強化に繋げていくことも考えられると思います。

(4)企業活動の変化

 企業、経営者の姿勢は借入金政策、雇用政策、在庫政策から見る限り、なお慎重さが続いています。好調な企業業績から得られたキャッシュフローの多くは債務の返済に当てられ、銀行貸出は前年比マイナスを続けています。雇用の回復もパート採用によるところが大きく、正規採用は概して抑えられています。また、在庫投資も慎重で、鉱工業生産指数で言えば2003年7~9月期から2004年7~9月期までの1年で、生産、出荷はそれぞれ約+6%程度伸びている一方、在庫は+0.7%の増加に止まっています。

 その中で最近の動きを見ると、企業業績の改善を背景に、「攻めの経営への転換」ないし「株主を向いた、企業価値拡大への動き」が静かに広がっているように思えます。

 いくつか例を挙げますと、(1)雇用の積極化が見られ始めており、毎月勤労統計(厚生労働省)によれば、常用労働者数は既に4月から前年比プラスとなっています。その中でも、パートタイム労働者は前年比プラス幅を縮小させている一方、フルタイムの労働者は前年比マイナス幅を縮小させています。

 また、(2)日本銀行の9月短観など各種設備投資計画アンケート調査において、非製造業や中小企業を含めて設備投資意欲の高まりが明らかになっています。特に、知的財産の流失防止や技術に強い人材確保を目的に国内での投資活発化が目立っています。海外投資では、単なる低コストの人材活用という視点から、あるべき国際分業の中での戦略的立地という視点への転換が見られるようです。

 このほか、財務、会計等の面では(3)減損処理の前倒し、(4)海外も含めたグループトータルでのキャッシュマネジメントシステムの実施、(5)キャッシュフローを活用した自社株取得や企業買収、(6)安定配当指向から、業績に応じた配当への転換などの動きが広がっています。

 さらに、(7)株式を新規公開する企業が急増していますし、(8)大手電機メーカーや商社などでは大型エクイティファイナンスに踏み切る例も目立っています。

 こうした慎重さと積極性を兼ね備えた企業の経営姿勢は、今回の回復を緩やかながらも持続性のある回復に繋げていくものと、期待を持って見て行きたいと思います。

3.金融政策運営の現状と見通し

(1)量的緩和政策の仕組み

 日本銀行は2001年3月から開始した、所謂量的緩和政策によって、金融機関等から日本銀行の当座預金に預けられている残高を、法律などによって義務付けられる水準以上に積上がるよう、短期金融市場における金融調節を通じて潤沢に資金を供給しています。準備預金として金融機関等が日本銀行当座預金に置くべき金額は合計6兆円程度ですが、現在はその5~6倍に当る30兆円から35兆円の資金が積まれるように資金供給を行っています。さらに、こうした量的緩和政策を、コアCPIの前年比が安定的にプラスとなるまで続けると約束しています。

 昨年の10月には、この量的緩和政策を継続する条件について、(1)数ヵ月均して見てコアCPIの前年比がゼロ%以上で推移すること、(2)先行き再びコアCPIの前年比がマイナスに戻らないと見込まれること、具体的には多くの政策委員の持つ、展望レポートの見通し期間におけるコアCPI前年比上昇率見通しがゼロ%を超えること、(3)その上で、こうした条件が満たされたとしても経済・物価情勢を考えて総合的に判断していくことを明確にしました。

 日本銀行は、量的緩和政策を採用した2001年3月までは、他の先進国と同様に短期の市場金利を目標として金融調節を行っていましたが、短期の市場金利がほぼゼロ%まで低下した状況でさらに金融緩和を進めるため、他の先進国にあまり例を見ないこの量的緩和政策を採用しました。また、量的緩和政策の変更の条件を明示することによって、長期間に亘って低金利が続くという見方が市場に浸透し、長めの金利にも低下圧力が働きました。

(2)量的緩和政策の効果と課題

 約3年半続いたこの量的緩和政策によって、日銀券、貨幣と、日銀が金融機関から受入れている当座預金残高の合計からなる所謂マネタリーベースは、名目GDPと対比しても約22%と戦後最高の水準に達していますが、この潤沢な資金供給に拘わらず、金融機関の貸出は、マイナス幅は縮小していますが前年比マイナスが続いており、所謂マネーサプライの十分な増加に繋がらなかったという指摘があります。

 一方、この間海外では2001年の9.11をはじめとするテロや、2003年のイラク戦争、および、その後現在も続いている局地的戦闘、2003年のSARSの流行、国内では金融機関に対する公的資金の注入、株式や為替市場の急激な変動などが発生しましたが、日本銀行の量的緩和政策は金融市場の安定や景気の下支えに効果を発揮したと考えています。

 また、現在、米国や中国など海外経済の拡大、国内では民間や政府の努力により、景気は減速しつつも回復基調を続けていますが、このような時期、日本銀行が量的緩和政策を堅持し、低金利が継続することは、デフレ克服に向けて従来以上の効果を発揮する可能性があると思います。

 これまでの量的金融緩和の結果、潤沢に供給された資金を如何に活発に循環させていくかが引き続き課題です。日本銀行は、量的緩和政策を堅持することに加えて、金融機関などの所謂間接金融を通じた資金の循環ルートの他に、証券化市場を通じた市場型間接金融などのルートを広げるよう、市場参加者である企業や金融機関と一緒に、引き続き努力を続けて行く考えです。

(3)当面の金融政策運営の考え方

 今回の展望レポートの見通しでは2005年度のコアCPIは僅かながらプラスになるものと見込んでいますが、2005年度中に現在の量的緩和政策の枠組みを変更する時期を迎えるか否かは明らかでなく、日本銀行は当分の間現在の量的緩和政策を堅持していくことにしています。今後の金融政策運営については、日本経済が持続的な成長過程を辿る中にあって、生産性の向上や、企業の人件費抑制努力の継続を背景に、物価が上昇しにくい状況が続くのであれば、余裕を持って対応を進められる可能性が高いと考えられます。

 いずれ来る枠組み変更は、早すぎず遅すぎず、そのタイミングを誤らないことが日本銀行の大きな課題ですが、私はどちらかといえば再びデフレに戻らないことを重視して判断したいと考えています。

 枠組み変更のプロセスとしては、(1)当座預金残高目標を金利目標へ切り替え、当座預金残高を縮小させるプロセスと、(2)金利目標をゼロからプラスに切り替えるプロセスがあり、それぞれのプロセスをどう組み合わせていくのか、どのタイミングで開始し、どのようなスピードで進めるかは、その時の情勢に応じて判断することが必要です。その判断基準としては、(1)基本的にコアCPIのレベルとその上昇スピードおよび持続性の見通しにかかっていますが、(2)景気の実態、(3)地価等資産価格の状況、(4)金融システムの状況、(5)金融市場の状況などにも注意を払う必要があると思っています。

 今後、そうした日本銀行の金融経済情勢に関する判断や金融政策運営に関する基本的な考え方などについて、可能な限り丁寧にご説明していきたいと考えています。市場の価格や金利等が、需給や市場参加者の先行き予測を反映して形成されることは当然ですが、その予測が円滑に形成され推移する一助となるよう、日本銀行の政策運営に係わる基本的な判断材料を可能な範囲で提供していきたいと考えています。

4.終わりに

(1)ペイオフ全面解禁等について

 わが国の金融システムについては、長年の懸案であった不良債権問題への対応が相当程度前進しました。来年4月にはペイオフの全面解禁を控えていますが、全体として金融機関の収益改善も進んでおり、各金融機関は顧客ニーズ等を勘案し、決済性預金の導入や名寄せなどへの準備を進めておられます。公的資金新法の活用も含め、不良債権問題の克服や金融機能強化に向けた取組みが引き続き進められるものと認識しております。

 また、企業向け貸出についても、金融機関における積極的な取組みが見られています。シンジケートローンや中小企業向けの無担保ビジネスローン、商業用不動産ローンなどの資産を担保とする証券、所謂資産担保証券の活用なども広く進んでおります。「地域企業再生ファンド」の設定などを通じた企業再生への動きも活発化しているようです。

 この間、2002年11月から開始した日本銀行の金融機関保有株式の買取りは、合計2兆円余を買入れて、2004年9月で予定通り終了しました。極めて異例の措置として行ってきたこの施策については、金融機関の自己資本の制約を緩和し、ひいては不良債権問題への対応を後押しすることによって、金融システムの安定化のために所期の目的を遂げることができたと認識しています。

(2)熊本県における地域振興の努力

 最後に熊本県経済の現状、先行きについて申し上げます。熊本県は、阿蘇を代表とする雄大な自然に育まれた豊富で良質の水資源を有しており、これを利用する半導体関連産業の集積が進んでいると伺っています。2003年には、2010年までに県内で1兆円の半導体関連産業を創出することを目指す熊本セミコンダクタ・フォレスト構想が立ち上げられました。

 国内の製造業では、(1)開発部門により近いところで最新技術を活かした生産ラインを稼働させること、(2)技術の海外流出を避けること、かつ、(3)良質で豊富な人材を求めていることから、戦略的な生産部門を海外ではなく国内に回帰させる動きが目立っていますが、当県でも大手メーカーの液晶表示装置用基幹部品の生産工場の計画が表明されています。半導体をはじめ先端技術に関する関連企業の集積の厚さや良質の労働力、豊富な水資源など好立地条件が整っている当県には、これからも多くの企業の注目が集まるものと期待されます。

 また、非製造業においても、大規模ショッピングセンターや大型コールセンターの計画が報道されています。

 この間、企業再生への取り組みに目を移しますと、当地では、地場最大手旅客運送企業である「九州産業交通」が、「産業再生機構」による第1号の支援案件として、経営再建に取組んでいるところです。足許の同社の動向については、合理化効果等から再生計画を上回るペースで経営改善が進んでいるほか、グループ企業であった「九州産交運輸」において、スポンサー企業が決定するなど、順調な再生過程を辿っていると伺っております。今後とも、中小企業を含めた企業再生の動きが一段と進展していくことを期待しています。

 当県は世界一のカルデラを誇る阿蘇や大小120の島々からなる天草といった2つの国立公園を含む自然、熊本城や水前寺公園といった歴史記念物、さらには黒川温泉など著名な温泉施設もあり、観光資源も豊富です。

 様々な発展の可能性を秘める当県は、企業が攻めの経営を展開することが期待されるこれからの時期、一段の発展が期待できるものと思われます。

 本日は、これよりご出席の皆様から熊本県の状況についてお話を聞かせて頂き、併せて日本経済の将来展望、これを踏まえた日本銀行の金融政策へのご注文などを拝聴して参りたいと存じます。長らくのご静聴、感謝いたします。

以上