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名古屋での各界代表者との懇談における総裁挨拶要旨

2004年12月13日
日本銀行

[目次]

はじめに

 日本銀行の福井でございます。本日は、中部経済界を代表する皆様方とお話する機会を頂き、大変嬉しく存じております。また、平素より、私どもの支店が大変お世話になっており、本席をお借りして厚くお礼申し上げます。

 わが国経済は、昨年夏頃から回復過程に入っていますが、最近では、輸出や生産を中心に弱めの経済指標がみられています。このため、市場などでは景気の先行きに対して幾分慎重な見方が広がっているように見受けられますが、私どもでは、足許の減速は一時的なものであり、わが国経済は次第に持続的な成長軌道に移行していく可能性が高いとみています。本日は、こうした金融経済情勢や金融政策運営に関する私どもの考え方を中心にお話したいと思います。

海外経済の動向

 最初に、わが国経済を取り巻く環境について申し上げます。海外経済は、ひと頃に比べれば幾分減速していますが、米国や中国を中心に景気拡大を続けていくとみています。

 米国経済は、家計支出や設備投資等の国内民需に支えられ、拡大を続けています。個人消費の伸び率低下や雇用拡大ペースの鈍化など、一部に弱めの動きがみられた時期もありましたが、最近では個人消費の伸びが再び高まっているほか、雇用者数の増加テンポも振れを均してみれば持ち直しているなど、米国経済は一時的な踊り場局面を脱しつつあるものとみられます。先行き、減税効果の一巡や原油価格の高止まりといったリスク要因には留意する必要がありますが、基本的には着実な景気拡大を続けていくとみています。

 この間、中国では、堅調な内外の需要に支えられて、力強い拡大を続けており、景気過熱感は依然として根強いようです。中国当局では、春先以降、行政的な手法を中心に過熱抑制策を講じてきましたが、10月末には、中央銀行である中国人民銀行が9年振りに政策金利の引き上げを実施しました。当面は、こうした一連の施策の効果に注目していきたいと思います。

わが国景気の現状と回復の持続性

 わが国経済については、夏場以降、輸出や生産の伸びに一服感がみられるほか、第2・第3四半期の実質GDPも横這い圏内の動きとなりましたが、以下に申し上げる通り、景気回復のメカニズムは引き続き働いているとみています。

 第一に、輸出や生産は、先行き増加基調に復すると見込まれることです。このところの輸出や生産の一服感の背景としては、海外経済の一時的な減速が多少の時間的なラグをもって影響していることに加え、IT関連財の生産・在庫調整がグローバルな規模で行われていることが指摘できます。このうち、海外経済については、先程申し上げたとおり拡大を続けていくものとみられます。また、IT関連財については、デジタル家電や自動車用電子部品などを含め需要の裾野が広がっていることや、メーカーが生産・在庫面で早めの対応を行っていることなどから、2001年のITバブル崩壊時のように大幅な調整となる可能性は低いとの見方が多いようです。

 第二に、好調な企業収益を背景に、設備投資が増加を続けると見込まれることです。確かに、足許の動きをみると、第3四半期のGDP統計において設備投資の伸びが鈍化したほか、設備投資の同時指標である資本財出荷の増加テンポも緩やかなものになってきています。しかしながら、上場企業の中間決算などにもみられるように、企業の収益は引き続き好調であり、製造業を中心に積極的な設備投資計画を維持しているようです。また、このところ、工場やオフィスビル、ショッピングセンター、物流・配送拠点などの幅広い業種において、建築着工床面積の増加がみられています。近年、不動産取引において、将来のキャッシュ・フローの予測に基づく価格設定が広がりつつあることも、こうした動きに影響しているのかもしれません。いずれにしても、企業収益や設備投資については、中小企業や非製造業の動きを含め、明後日に公表される日銀短観の結果も踏まえ、しっかりと見極めていきたいと考えています。

 第三に、企業部門から家計部門への波及が、緩やかながらも着実に進んでいることです。雇用者数は引き続き増加しており、企業における雇用の過剰感も払拭されつつあります。企業の人件費抑制姿勢は引き続き根強いものの、一人当たりでみた賃金の減少幅は次第に縮小してきています。こうしたもとで、雇用者所得は下げ止まっており、今後は、企業収益の増加や雇用過剰感の緩和が続くもとで緩やかな増加に向かう可能性が高いとみています。個人消費は、これまでマインド面の改善にも支えられて底堅い動きを続けてきたところですが、今後は所得の裏付けを伴いつつ、緩やかに増加していくものとみられます。

 もちろん、私どもとしても、IT関連需要や原油価格の動向など、景気の下振れ要因には十分注意していく必要があると考えています。IT関連財については、先程申し上げたように、現状では調整は大幅なものとならないとみられますが、産業の特性として需要の振幅が大きいだけに、調整が思いのほか長引くことも考えられます。その場合には、企業や家計のコンフィデンスにも悪影響が生じ、景気回復の動きに影響を与える可能性も否定できません。また、原油価格は、このところ上昇に一服感がみられますが、引き続き歴史的な高値圏で推移しており、既往の値上げ分の波及を含め、経済・物価両面に与える影響には注意が必要です。

 さらに、このところ為替市場では、ドル安傾向に関心が注がれています。その背景としては、いわゆる「双子の赤字」に対する懸念などが指摘されています。米国は、生産性の上昇を背景にインフレなき高成長を続けており、資本市場のグローバル化が進む中で、世界の投資家に魅力的な投資機会を提供しています。金融財政政策面でも、持続的な成長を確保する観点から、適切な運営が行われていくものとみられます。こうしたもとで、経常収支赤字のファイナンスは支障なく行われています。ただ、為替市場に限らず、市場は短期的には思惑等によって変動する面もありますので、為替相場の動向とこれが経済に与える影響については、注意してみてまいりたいと思います。

 なお、先日公表されたGDP統計について、景気回復の弱さを改めて裏付けるものであるとする見方もあるようです。GDP統計は、今回からデフレーターの計算方式が連鎖方式に変更されており、その結果、実質成長率が従来の計算方式に比べて低めとなっています。しかしながら、連鎖方式への移行は、GDPデフレーターの計算に当たって、さまざまな商品やサービスのウェイト付けを毎年見直すことにより、経済構造の変化をより適切に反映するために実施されたものです。実際、基準年を固定してデフレーターを計算する従来の方式では、基準年からの時間の経過に伴ってデフレーターの低下幅が過大に評価される傾向があるという点が指摘されてきました。GDPは、景気動向を包括的に示す重要な統計ですが、いま申し上げたように、他の統計と同様、固有の特性や限界があることも事実です。日本銀行では、従来からこうした点も踏まえたうえで景気情勢を判断してきており、今回の改訂は、景気判断の大枠に影響を及ぼすものではないと考えています。

景気回復をサポートする構造的な調整の進展

 今回の景気回復が、バブル経済崩壊以降の過去2回の回復局面と異なるのは、企業部門、金融システムの両面においてわが国経済が抱える構造的な要因の調整が進捗し、その結果、民間部門における前向きの取り組みが強まってきていることです。

 企業部門では、過剰債務・過剰雇用・過剰設備といった構造的な要因の調整を着実に進めながら、付加価値の高いビジネスモデルの構築に努めてきており、企業の収益力は大きく改善しています。2004年度の売上高経常利益率は、製造業・非製造業とも、バブル経済崩壊後、最も高い水準となる見通しです。

 金融システム面でも、健全性回復に向けた対応は相当程度進捗してきています。バブル経済崩壊以降の景気後退局面においては、金融システムの脆弱性が景気後退の程度を増幅するという悪循環に陥りがちでしたが、金融システムの改善に伴い、こうしたリスクは小さくなってきたと思います。

 すなわち、金融機関は、これまで不良債権の経済価値の適切な把握と引当、企業再生やオフバランス化に関する様々な手法の活用等、不良債権問題への対応を進めてきました。最近では、いわゆる大口債務者の経営再建に関しても、産業再生機構の活用を含めて抜本的な再建策の策定が相次ぐなど、目処が立ってきています。また、地域の企業の再生への取組みも徐々に成果を挙げており、景気回復の流れと相俟って、企業財務の改善や、それに対する市場関係者の評価の向上などが明確になってきました。

 先月公表された銀行の中間決算でも、主要行の不良債権比率は4.6%と、いわゆる半減目標をほぼ達成しました。また、地域銀行の不良債権比率も6.4%と、本年3月末の6.9%から着実に低下しています。貸倒れの引当や償却のためのコスト、すなわち「信用コスト」も総じて低下してきたことから、大方の先が最終黒字を確保しました。この間、過大とされてきた政策保有株の売却も進み、株価変動リスクも削減されてきました。さらに、経費削減やフィービジネス拡大に向けての努力も実を結び始めています。

 こうした信用リスクや株価変動リスクの削減により、自己資本の制約が緩和され、金融機関が新たな業務を積極的に展開しうる条件が次第に整ってきています。実際、中堅中小企業向けを中心とする貸出姿勢の一段の積極化、公的資本返済の動きや金融機関同士の経営統合、さらにはノンバンクとの資本提携の動き等、収益力強化や事業再編を模索する前向きな取組みが加速してきました。

 来年4月には、ペイオフ全面解禁を控えていますが、各金融機関がさらなる経営改善に向けて努力していくことにより、金融システムが一層健全化・安定化し、さらには活性化していくことが期待されます。

 その際、ノンバンクや外資も含む幅広い金融サービスの提供主体が、個々の特性を活かしつつ、多様な金融サービスを競っていくことにより、多様な顧客ニーズに的確かつ効率的に応えていくことが重要です。また、そうした取組みにより、様々なプレーヤーが多様な金融仲介チャネルを構築し、金融システム全体が一層イノベーティブで、外的なショックにも強い体質になっていくことが望まれます。

 日本銀行としても、考査やモニタリング機能も活用して、これらの課題に向けた金融機関の対応を支援すること等により、民間金融機関の創造的な金融サービスの展開、ひいては金融仲介機能のさらなる強化・高度化に向けて、精一杯後押ししてまいりたいと考えています。

 こうしたもとにあっても、銀行貸出は前年比でみて減少を続けていますが、これには企業側の要因が大きく影響していると考えられます。例えば企業の過剰債務の問題を売上高対比の負債残高でみると、非製造業では進捗したとはいえなお高水準にあり、有利子負債の返済を続けている一方、製造業では80年代前半と比べてもかなり低い水準まで低下してきています。企業の収益力が高まる一方で負債による資金調達コストは引き続き低位で推移していることや、倒産リスクも総じてみれば低下していることを踏まえると、製造業を中心に、むしろこの辺でレバレッジを効かせることによって資本収益率を高める動きが出てきても不自然ではないように思いますが、格付け意識の高まりや過去の金融不安時の経験、さらには先行きの成長期待が十分には高まっていないことなどから、なお全体としては、負債を返済し、自己資本比率を高める方向にあります。この先、銀行貸出や、それと表裏の関係にあるマネーサプライの動きをみるに当っては、金融機関の活動振りや、非製造業を中心とした過剰債務返済の動きと合わせて、景気回復が続く中で企業の先行きに対する見方がどの程度強気になっていくかにも注目していく必要があると思います。

物価の動きと金融政策運営

 以上のようにわが国経済は回復の過程にあり、原油価格の高騰もあって、国内企業物価は上昇しています。ただ、その影響は、企業部門における生産性の向上や人件費の抑制によってかなりの程度吸収され、消費者物価は、引き続き小幅ながらも下落基調で推移しています。

 こうしたもとで、日本銀行は、量的緩和政策を「消費者物価指数(全国、除く生鮮食品)の前年比上昇率が安定的にゼロ%以上になるまで継続する」という「約束」に基づいて、極めて潤沢な資金供給を続けています。こうした「約束」がもたらす金利を通じた景気支援効果は、景気回復に伴って以前と比べて強まっており、今後も景気が回復し企業収益が改善を続けるもとで、より強まっていくと考えています。

 今後の金融政策運営の基本的な考え方については、10月末に公表した「経済・物価情勢の展望」(展望レポート)の中で示したところです。そのポイントは、経済がバランスの取れた持続的な成長過程を辿る中にあって生産性の向上を基本的な背景として物価が反応しにくいという状況が続いていくのであれば、金融政策面で余裕をもって対応を進められる可能性が高い、ということです。ここでいう「今後の金融政策運営」とは、どの時点で現在の金融緩和政策の枠組みを変更し、どのようなペースで短期金利を経済・物価情勢に見合った水準に引き上げていくのか、というかなり先のことまでを含んだものです。それらについてどう対応するかは、もちろん今後の経済・物価情勢次第ではありますが、物価が反応しにくいという状況が続くのであれば、政策選択の余地は大きく、状況に応じて適切な対応を採ることができると考えています。例えば、量的緩和政策をできるだけ続けるという選択肢もあれば、量的緩和政策を解除した後の利上げのペースを緩やかなものにするということも考えられます。現時点では、どのような選択肢を採ることが適切かは明らかではありませんが、いずれにしても、こうした一連のプロセスについて、あわてて対応しなければならなくなることはない、と思っています。この点を表現したのが「余裕をもって」という言葉です。今後、解除が近づいてくるにしたがって、さらに工夫を重ねて日本銀行の情勢判断や政策運営の考え方を説明し、市場参加者が金融政策の先行きを予測する上で参考になる材料を適切に提供していきたいと考えています。

おわりに

 当地は、高度な技術力を背景に、国際的にも競争力の高い産業を数多く有し、いまや日本経済をリードする経済エリアといっても過言ではありません。さらに、来年には、本格的なハブ空港となる中部国際空港(セントレア)の開港や、「自然の叡智」をテーマとした愛知万博の開催といったビッグ・プロジェクトが予定されており、これらをきっかけに一段と躍進されることを期待しております。

 ご静聴ありがとうございました。

以上