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国債市場と日本銀行

2004年1月29日「金融調節に関する懇談会」における白川理事スピーチ

2004年1月30日
日本銀行

図表はこちら(mpo0401a.pdf 182KB)から入手できます。

[目次]

1.はじめに

 「金融調節に関する懇談会」は、私どもがオペ先の皆様とのコミュニケーションを深める機会として、2000年3月にスタートし、今回で12回目の開催となりました。私自身も、この会合には何度も参加し、その都度皆様から貴重なご意見を賜っており、感謝しています。本日は、多少お時間を頂戴し、「国債市場と日本銀行」というテーマで、金融市場局担当理事として、私自身が常日頃考えていることをお話させて頂きたいと思います。後ほど皆様の忌憚のないご意見、ご感想をお聞かせ願えれば幸いです。

2.日本銀行にとっての国債市場の重要性

 わが国の国債の発行残高は、昨年末時点において、長期国債と短期国債を合わせて、532兆円にも上っています。国債市場は政府にとって巨額の資金を調達する場であり、重要な市場であることは言うまでもありませんが、日本銀行にとっても国債市場は重要な市場です。日本銀行にとって、国債市場が何故重要かと言うと、この市場が以下で述べる3つの貴重な役割を果たしているからです。

 第1の役割は「リスクフリー金利の水準を示す」役割です。現在、日本経済が活力を取り戻す上で、貸出、社債、CP等のクレジットの金利がリスクを反映したプライスとなることが必要です。そのためには、クレジット・リスクの水準が正確に認識されるともに、クレジット・リスクのヘッジや投機等の取引が活発に行われることが大前提となります。国債市場は、そのための不可欠な存在です。リスクフリー金利の水準を示すという役割自体は昔から変わっていませんが、クレジット市場の発達が重要な政策課題となっている現在の金融経済情勢を考えますと、このことの意味はより一段と重要になっていると思います。

 第2の役割は「金融政策判断を行う上での情報源」としての役割です。国債金利やそのイールドカーブは、その時々の様々な市場参加者の金利観やその背後にある先行きの景況感を反映して変動するものであり、中央銀行として金融政策の判断を行う上で貴重な情報のひとつです。

 第3の役割は、「金融調節を実行する場」としての役割です。日本銀行は現在、極めて潤沢な資金供給を行っていますが、その際、国債を様々な形で利用しています(図表1、2)。オペという形では、短期国債と長期国債の買入オペに加えて、国債現先オペを行っており、国債を利用したオペは全部で85兆円、銀行券と当座預金合計の約8割にも上っています。長期国債買入オペだけをみても、64兆円、銀行券と当座預金合計の約6割に上っています。さらに、手形買入オペの共通担保をみますと、国債は44兆円も差し入れられており、共通担保全体の約6割を占めています。

 このように、国債市場は、日本銀行が金融政策を運営していく上で、不可欠な市場ですが、国債市場は単に存在するだけでは十分ではありません。流動性の高い市場であることが求められます。例えば、国債市場やそれに関連するヘッジ市場が十分に厚みを持っていないと、参加者間での金利リスクの移転が円滑に進まず、不必要にボラティリティーが高まります。そうなると、社債発行にも悪影響が出ますし、金融政策当局からみても、長期金利の動きから景況感の変化を抽出することが難しくなります。言い換えますと、国債市場の金利形成が何らかの理由によって歪められると、そこで成立する金利は「国債金利」ではあっても、真の意味での「リスクフリー金利」とは切り離され、国債市場が先程述べた役割を十分に果たすことができなくなります。その意味で、国債市場は機能性、流動性が高い市場であることが求められます。以下では、このような問題意識に立って、最初に国債市場の機能性・流動性向上に関する取組みについてお話しし、次いで、日本銀行のオペについてお話します。

3.国債市場の機能向上と市場改革の歩み

 流動性の高い国債市場の必要性は、政府、投資家、ディーラーをはじめ、多くの関係者が認識しており、近年、発行当局や市場関係者による努力の結果、各分野において制度や市場慣行の様々な見直しが実行されてきました(図表3)。

 発行という面でみますと、以前は市場流動性という観点から、「10年債への偏重」や「1銘柄当りの発行額の少なさ」が指摘されていました。しかしながら、これらの問題については、2001年に、中期債が5年債に統合されて発行年限のベンチマーク化が図られ、また、リオープン方式の導入により1銘柄当りの平均発行額も増大しました。

 取引や決済という点でも、様々な努力が払われてきました。この間、日本銀行自身も、国債の決済のRTGS化をはじめインフラ整備の面で努力してきました。本席では時間の制約から詳細な説明は省きますが、2001年初に日銀ネットにおける国債市中決済のRTGS化をスタートさせた後、2002年6月には国債の発行・払込みに係る国債決済、2002年11月と2003年11月にはそれぞれ国債現先オペと国債買入オペの決済、そして今月19日には外国中銀との取引に係る国債決済について、RTGS化が実現しました。これをもって、国債決済に係るRTGS化への取組みは一応完了したと考えています。

 国債市場については、今後を展望しても、多くの見直しが予定されています。昨年末には財務省から「国債管理体制の新たな展開」と題する文書が公表され、国債市場特別参加者(プライマリー・ディーラー)制度の導入をはじめ、国債市場改革に向けた諸施策を講じていく方針が示されています。また、永年の市場関係者の努力の結果、来年には国債の清算機関が業務を開始する予定となっています。

 このような市場改革の努力は市場流動性の向上という形で成果が表れていると思います。国債市場の流動性を客観的に計測することは容易ではありませんが、例えば、ひとつの尺度として国債の「イールドカーブの滑らかさ」をみますと、一連の市場改革の結果、国債市場の流動性は一頃に比べかなり向上しているようです(図表4)。

 このように、近年わが国の国債市場の流動性は向上してきましたが、課題がまだ残っていることも事実です。例えば、わが国の経済や国債市場の規模を考えると、非居住者の国債保有はもう少し増えても不思議ではありませんが、非居住者の国債保有割合は依然として数%に止まっています。勿論、どの国の市場にも自国の金融資産を選好する、いわゆるホーム・バイアスは存在しますが、わが国の場合は、非居住者の国債保有割合が小さく国内投資家の割合が高いことが、海外主要国とは際立った違いとして指摘されます。この点は、同じわが国の金融資本市場でも、投資家層のグローバル化が進んでいる株式市場とは対照的です。このように保有者構造に偏りがある市場では、保有者の相場観やリスク管理手法、投資ホライズンのバラツキが小さくなるため、多様な投資家が存在する市場に比べ、局面によっては相場が一方向に大きく振れてしまいやすくなります。昨年夏の国債相場の下落局面では、債券ポートフォリオに占める国債のウェイトが高く、市場でのプレゼンスが大きい金融機関が同じようなリスク管理手法を採用していたことが相場下落を増幅したとの指摘も多く聞かれました。非居住者の国債保有割合が際立って小さいのは何故か、その原因は何であるかは改めて検討する必要があると思っています。この他にも、課題は幾つか残されています。例えば、国債アウトライト取引の決済期間ですが、現在はT+3で決済が行われています。この点、海外主要国ではT+1の決済が主流となっており、将来は更なる短縮化が課題となります。また、国債レポについても、T+0の決済の実現は今後の課題であると思っています。

4.日本銀行の金融調節の面での取組み

 これまで国債市場の機能性・流動性向上の努力の重要性についてお話ししましたが、このことは日本銀行の行う国債系オペについても当てはまります。次に、こうした点を念頭に置いた、日本銀行の金融調節の面での取組みについてご説明します。

 日本銀行は近年、国債系オペの様々な見直しを行ってきましたが、それらを貫く縦糸をひとつ挙げるとすれば、私は「市場に対する中立性の維持」ではないかと思っています。このように言うと、そもそも中央銀行が国債市場で売買を行うこと自体、市場には当然様々な影響を与えるものであり、「中立的」ということはあり得ないという疑問が生じるかもしれません。勿論、中央銀行の金融政策の目的は利益極大化ではなく物価の安定を通じて経済の健全な発展を達成することである以上、利潤原理で動く民間市場参加者の行動原理と異なることはその通りです。その意味では、中央銀行の金融調節が市場に対し中立的ということはあり得ません。日本銀行は金利ターゲットの下ではコールレートを、また現在のような量的緩和のレジームの下では、日本銀行当座預金のコントロールを目的としています。ただ、金融調節によってコールレートあるいは当座預金の総量はコントロールしますが、あとは極力市場に任せ、市場機能や個別銘柄の価格形成に対しては、中立的であることが望ましいと考えています。と言うのも、中央銀行が市場をドミネートするようになると、「リスクフリー金利を示す機能」、「金融政策判断を行う上での情報源機能」が損なわれることになるからです。そうなると、「金融調節を実行する場」としての役割も低下しかねません。

 日本銀行は現在、持続的成長軌道に復帰しデフレから脱却することを目的として、極めて潤沢な資金供給を行っています。このため、長期国債についても、多額の買入オペを行っており、市場でのプレゼンスは拡大しています(図表5)。デフレからの脱却を図るという重要な課題と、経済の発展を支える市場の機能を維持するという重要な課題との両立をいかにして図るかは、昨年7月の本席で武藤副総裁が述べたように、悩ましい問題です。日本銀行としては、そうした点も意識しながら、オペが個別銘柄の国債価格や特定ゾーンの金利の形成に影響を及ぼすことを極力回避する工夫を行っています。そうした工夫はオペの実行方式の見直し、オペ関連の情報開示などによる国債市場に関する情報整備に分けられます。

 まず国債買入オペの実行方式の見直しですが、次のような措置を実施してきました。

  • 買入対象銘柄の拡大:従来は「10年債および20年債のうち20銘柄」に限定されていましたが、1999年6月に、「原則10年債および20年債の全銘柄」にまで拡大し、2001年5月には中期債を買入対象として新たに追加、さらに2002年1月には、対象除外銘柄を「発行後1年以内の全銘柄」から「発行後1年以内の銘柄のうち直近発行2銘柄」に縮小しました。
  • 個別銘柄毎の市中での残存流通量の勘案:1999年6月以降、買入に当たって市中での残存流通量等を勘案するといった対象除外銘柄の選定に係る内部ルールを定めており、昨年7月には、短国買入についても内部ルールを設けるようにしました。
  • オファー先の拡大:2001年12月に、従来のいわゆる「輪番オファー」を廃止し、オペ先全先への一斉オファー方式に変更しました。もっとも、海外のレポート等を読むと、未だに“RINBAN”という用語が登場することがあり、一度定着した用語を変えることの難しさを感じています。
  • オペのオファーバックの迅速化:オペの応札の締め切りからオファーバックまでの時間がかかれば、不確実性の増大を通じて、その間の市場流動性の低下要因となります。この点、1999年6月以前は応札の締め切りからオファーバックまでの時間が2時間弱かかっていましたが、その後段階的に見直され、現在では15分程度にまで短縮しています。

 次に、国債市場に関する情報の整備ですが、私どもでは、国債系のオペ先からの報告やオペ結果などに基づいた国債関連統計を作成し、公表しています。これらは、市場参加者が取引を行う上での不確実性を減らすことを通じて、市場の流動性向上に貢献すると考えています。具体的には、以下のような情報整備を行ってきました。

  • レポ・レート情報の公表:2000年12月から、国債レポ市場における情報整備の取組みの一環として、日本銀行が国債系オペのオペ先から報告を受けている「レポ・レート」の集計結果を公表しています(図表6)。これは、レポ取引に関する公示性の高い市場レート情報が公表されていなかったという状況を踏まえ、皆様のご協力のもとに、始めたものです。
  • 日本銀行保有国債の銘柄別残高の公表:私どもがオペによって買入れた国債の銘柄別残高の公表も行っています(図表7、8)。わが国の場合、公的部門の国債保有の割合が非常に高いことが大きな特徴です。それだけに、日本銀行としては、オペに関する情報は可能な限り市場にフィードバックすることにより、民間の市場参加者からみて個別銘柄の市中流通量を推測しやすい状況を作り出すよう努力しています。そうした観点から、2001年5月に短期国債を除く国債の保有残高について公表を開始し、また昨年7月には短期国債の銘柄別買入額も公表するようにしました。
  • 「フェイル」に関する情報公表:さらに、先ほど申し上げた国債決済のRTGS化を受けて、2001年2月に、時間帯毎の決済件数・金額、決済所要時間、フェイル発生状況に関するアンケート結果といった「国債決済関連計数」の公表を開始しました(図表9)。この措置は、オペ先からのご要望を踏まえ、RTGS化に合わせて導入された「フェイル慣行」など市場慣行の定着状況を判断する材料の提供を通じて、国債決済の円滑化に資することを目的としたものです。フェイル慣行については、仲介業者間では概ね定着したものの、それ以外の先での定着度は未だ限定的との声も聞かれています。この背景は必ずしも明らかではありませんが、足許の金融環境を反映し、SCレートがマイナスになっており、「フェイルされた者が得をし、フェイルした者が損をする」という通常時のメカニズムが機能しない状況にあるため、フェイル慣行が市場全体に広がらないのかもしれません。

 以上のような見直しは日本銀行自身が決断すれば直ちに実行に移せますし、それなりの効果は期待できると思います。難しいのは、市場における新しい動きを日本銀行としてどのようにしてサポートするかという問題です。その典型的な例が「新現先取引」です。2001年に、欧米のレポ市場と同様の国債現先市場、いわゆる「新現先市場」がわが国でも発足しました。「新現先取引」は、1996年に誕生した「日本版レポ取引」(現金担保付債券貸借取引)とは異なり、グローバル・スタンダードに合致した取引であり、リスク管理などの面でも優れていると考えています。日本銀行は、この市場の発展も意識しながら、様々な工夫を行ってきています。現在の国債現先オペは、従来の国債借入オペと短国現先オペを統合すると同時に、「新現先取引」の発足に合わせる形で、2002年11月に開始されたものです。新現先方式の国債現先オペの導入は、そうした「新現先取引」の発展を促すことをも期待したものです。また、昨年10月に売買国債の差替え(サブスティテュ−ション)回数の弾力化を実施したほか、本年4月頃を目処に、純与信額の調整方式に関して、オペ先から日本銀行に差し入れる担保の種類を、従来からの国債に加え「金銭」も可能となるよう見直しを行う予定です。ただ、市場におけるレポ取引では、「新現先取引」を使うか、現金担保の債券貸借取引を使うのかは、最終的には市場参加者の選択の問題であり、日本銀行として特定の取引形態を強制することは出来ません。この点は非常に悩ましい点ですが、少なくとも、日本銀行の行う国債現先オペが、望ましい方向への変化の阻害要因ではなく、出来れば触媒役を果たすことを願っています。

 次に、オペの中立性維持という観点から、関連する問題意識を二つほどお話したいと思います。

 そのひとつは、国債買入オペの基準利回りの設定を巡る問題です。現在、落札に当たって基準とする利回りは、オペを実施する前営業日の終値(日本証券業協会がその前営業日に当該営業日付で発表する公社債店頭売買参考統計値表に掲載されている平均値の単利利回り)を用いていますが、オペのオファーは10時過ぎとなっています。このようにオペ時点の市場実勢とはかなり乖離しうる利回りを基準とすることが、オペ結果や国債市場に何らかの歪みを生じさせないかという点は、私が常日頃から重要と考えている論点です。ただ、国債の全銘柄についてオペ時点の市場実勢レートを把握することは難しいことも事実です。この点については従来よりオペ先とのヒアリングの場でもお聞きしていますが、何らかの改善の余地がないかどうか、今後とも皆様のご意見を聞かせて頂ければ幸いです。

 もうひとつは、日本銀行が大量に国債を買い入れて保有していることに係わる問題です。国債の買入については、先ほど申し上げましたように、個別銘柄の市場流動性を維持するという観点から、市中での残存流通量が相対的に少ないと認められる銘柄等を対象から除外する措置を設けています。ただ、それでも、銘柄によってはかなりの保有残高になっています。こうした中、国債市場で何らかの原因によって一部銘柄の需給が逼迫し、場合によっては、市場流動性が大きく低下することもあります。流動性の高い国債市場はアウトライトの売買市場、国債を担保とした資金の貸借(GCレポ)、さらには国債そのものの貸借(SCレポ)の市場がバランス良く発展して初めて実現できるものです。この点で、レポ市場、特にSCレポ市場の厚みを増すために、市場関係者や日本銀行がどのような工夫を行いうるのかといった点についても、皆様のご意見を聞かせて頂ければ幸いです。

5.終わりに

 本日は、国債市場の機能向上に向けた日本銀行の取組みについて、とりわけ金融調節の面での工夫を中心に、お話させて頂きました。国債市場を巡る議論の中では、このような実務に関するお話は、テクニカルな部分も多いため、ややもすると見過ごされがちですが、市場が本来あるべき機能を健全に発揮するためには、そうした面での改善の積み重ねは極めて重要です。私は仕事柄、国債市場を含め金融市場に関するエコノミストやストラテジストの皆様のレポートには比較的目を通しています。その際、私にとってはマクロの金融経済情勢に関するレポートも重要ですが、市場機能に関するやや専門的なレポートや分析も非常に貴重で、そうしたレポートや分析には必ず目を通すようにしています。市場関係者の間ではなかば常識となっているような技術的な知識や感覚が、もう少し幅広いサークルでも共有されると、金融市場動向や金融政策を巡る議論はさらに実りの多いものになるのではないかという気がしています。

 日本銀行としては、今後とも、国債市場の機能向上に向けて、工夫を重ねていきたいと思っています。その際、実際に市場で取引されているオペ先の皆様との議論は、きわめて貴重なものとなります。引き続き皆様におかれましては、こうした観点からも、ご教示下さいますようお願い申し上げます。

 ご静聴ありがとうございました。

以上