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徳島県金融経済懇談会における中原審議委員挨拶要旨
2005年5月26日
日本銀行
[目次]
1.はじめに
本日は、飯泉徳島県知事、原徳島市長および徳島金融経済界を代表される皆様の前で講演する機会を得まして大変光栄でございます。日本銀行では徳島事務所を昭和20年に開設し、今年の4月で60周年を迎えることができました。こうした長い歴史は、地元の皆様の深いご支援とご協力なくしてはあり得ません。本日ご臨席頂きましたことと併せ、厚く御礼申し上げます。
日本銀行は、先月末に「経済・物価情勢の展望(2005年4月)」、いわゆる「展望レポート」を発表しましたが、本日は、この「展望レポート」に基づいてお話しすることから始めたいと思います。「展望レポート」とは、先行きの経済と物価の見通しについて政策委員9人の意見を最大公約数的にまとめたものですが、ここでは私なりの一審議委員の見方としてお話をいたしたいと思います。
2.日本経済の現状と見通し
(1)日本経済の現状
2005年4月に公表しました「展望レポート」および先日発表しました5月の金融経済月報での「基本的見解」の中では、日本経済の現状を、「2004年度後半にIT関連分野において生産・在庫面での調整が深まったこともあって、このところ『踊り場』局面となっている」ものの、「基調としては回復を続けている」としています。
まず、ここ1年程度の動きにつきまして簡単に振り返ってみたいと思います。海外経済をみますと、2003年後半以降、米国や中国を中心とする東アジアが高めの成長を続けており、総じて拡大基調を辿ってきました。しかしながら、2004年夏頃からは、IT関連分野における世界的な需給調整の影響を受けて、その拡大ピッチは徐々に鈍化してきています。IMFの2004年(暦年)の世界経済見通しをみましても、世界経済全体では前年比で5.1%の成長と2004年9月時点の見通し並みの水準を達成できましたが、先行きにつきましては、原油価格の高騰や米国の金融引締め等の影響を踏まえ、2005年は4.3%、2006年では4.4%と、世界経済は引き続き緩やかな成長軌道を辿るものの、若干減速することが見込まれています。
このような世界経済の中で、外需主導による回復軌道にあった我が国経済も、2004年夏頃から輸出の増加が頭打ちとなる形で影響が出始めています。2004年前半の実質輸出を四半期毎にみますと、前期を3%以上上回る高い伸びとなっていましたが、同年後半からの伸び率は1%を下回る水準に止まっています。鉱工業生産も、IT関連分野の在庫調整などから、2004年第3、第4四半期の前期比はマイナスを記録し、2005年第1四半期はプラスに転じたものの、2004年12月時点での市場予測を下回る結果となりました。また、4月初に発表された日銀短観では、大企業・製造業の業況判断指数(DI)は2004年9月をピークに2期連続で低下しており、昨年前半にみられたような回復力は窺われていません。
しかしながら、企業の収益は、昨年後半からの輸出・生産の鈍化にも拘わらず、従来からの効率化やリストラといった各種の経営努力の成果が現れてきており、絶好調を保っています。法人企業統計季報でみた全規模・全産業の2004年第4四半期の損益分岐点や総資産経常利益率は、既にバブル経済以来の水準にまで改善しています。また、大手証券会社による上場企業対象の調査では、2004年度通期の経常利益見通しは前年度を2割程度上回る増益となっているほか、3月短観でも全規模・全産業ベースで2割弱の増益となっています。
企業が高収益を実現できた背景の一つとして、バブル経済崩壊後の企業部門が抱えてきた設備・雇用・債務の「3つの過剰」が着実に解消されてきたことがあるといえます。3月短観の生産・営業用設備判断指数は余剰超の幅がかなり縮小しており、雇用人員判断指数も僅かではありますが1992年11月調査以来の不足超に転じました。企業の売上高に対する有利子負債の比率についても、1993年頃には4割弱の水準に達していましたが、最近では3割弱とバブル経済期と同水準にまで低下してきています。また、企業のキャッシュフローも潤沢となってきており、例えば、企業の持つ債務をキャッシュフローによって何年で返済できるかという計算をしてみても、1993年頃にピークで10年を超えていましたが、足許では6年程度とバブル経済前を下回る水準にまで改善しています。
こうした好調な収益や潤沢なキャッシュフローを背景として、設備投資も製造業を中心に緩やかな増加基調を辿っています。短観における2005年度の設備投資計画(ソフトウェアを含み、土地投資額を除く)は全産業ベースで前年度比1.1%の増加と、この時期の調査としては強めの数字と判断されますが、先程申し上げました足許の業況判断指数とはやや整合的でない感もあり、企業のセンチメントには微妙なところが窺えます。
個人消費はどうでしょうか。雇用環境をみますと、有効求人倍率といった労働需給を反映する指標は改善傾向が続き、完全失業率も振れは伴いつつも低下しているほか、短観での雇用判断指数にみられるように、企業の雇用過剰感も後退してきています。また、団塊世代の退職を控え、新卒採用も増加傾向にあり、雇用者数は着実に増加しているようです。賃金面では未だ明確に増加に転じたとはいえませんが、所定内給与のマイナス幅が徐々に縮小する中で、賞与が前年を上回り、パート比率の上昇傾向もここに来て頭打ちとなっていることをみますと、雇用者報酬の下げ止まりは明確になってきたとはいえそうです。これまでやや弱めであった個人消費は底固さを増していますが、自然災害や天候要因等の一時的影響を受けていた2004年10~12月の反動もあり、もう少し時間をかけてみていく必要がありそうです。
なお、先週、2005年第1四半期のGDP統計の一次速報が発表されました。実質GDP成長率は前期比年率5.3%の増加と市場で予想されていた数字を大幅に上回りました。主として、消費と設備投資の好調が寄与していますが、これまで景気を引っ張ってきた外需はマイナスとなっており、またデフレーターのマイナス幅も拡大するなど、必ずしも手放しで安心できるものではありません。それにしても、株式市場が全く反応せず、逆に大幅安となったのは何故か、気になるところです。いずれにせよ今回の数字は一次速報であり、今後修正される可能性が高いことから、引き続き注意深く見守りたいと思います。
(2)景気の先行きを見通す上でのポイント
では、景気の先行きについてはどうでしょうか。現在の我が国経済の現状を踏まえ、ここでは景気の先行きを見通す上でのポイントとして、五点ほどお話させていただきたいと思います。
第一のポイントは、米中を中心とした海外経済の成長持続性についてです。米国経済は、これまで潜在成長率をやや上回る安定的な成長を続けていますが、ここに来てやや減速傾向が現れ始めてきたようです。最近発表されました経済指標は強弱入り乱れておりますが、今年に入ってから再度の原油高がガソリン価格の上昇を通じて消費を抑制し始める兆しがみられるほか、FRBも、5月のFOMC声明にみられるように、そのスタンスをインフレ警戒的にシフトさせてきています。また、先日発表されたGMやフォードの社債の格付引き下げは市場に大きなショックを与えました。この問題については米国経済の象徴である自動車産業の衰退という意味で、先行きの成長に対する自信を後退させる可能性もあり、今後の影響が懸念されます。こうした中、FRBは現在の慎重な金融引締めスタンスを続ける可能性が高く、今後の金利上昇や企業・消費者のマインド低下が景気に及ぼす影響については、双子の赤字や家計のレバレッジの高さといった構造問題と合わせて、注視しておく必要があるとみています。
この間、欧州につきましては、4月に発表された欧州委員会によるユーロ圏の成長見通しが、ユーロ高と原油高を背景に、ここに来て2005年、2006年ともそれぞれ下方修正されるなど、依然として力強い回復は見込めない状況にあります。欧州域内でのインフレ率が2%前後で推移する中、ECBは依然としてインフレ警戒的なスタンスを続けており、なお多くの構造問題も抱える欧州経済は、当面現在の低成長が続くものとみています。
中国は、高めの成長が続いており、未だ過熱状態が続いているのではとの懸念が残るところです。2004年第1四半期の実質GDP成長率は前年比で9.4%と政府目標の8%台を大きく上回っているほか、固定資産投資の水準も依然として高く、このまま景気がソフトランディングするという状況には未だ相当の距離があるとみられます。また、為替を巡る問題につきましても、4月のG7開催前後から欧米諸国による中国への為替調整圧力が高まっており、市場でも人民元の早期切り上げ観測が高まってきています。一部地域での不動産バブルや銀行の不良債権問題、所得の地域間格差といった国内に抱える様々な構造問題の解消には引き続き相当な時間を要すると見込まれる一方で、今後、中国当局が追加的な金融引き締めや為替調整に踏み切る現実味がこのところ増してきていると思います。
また、中国を除くアジア諸国をみましても、輸出・生産の増勢が鈍化するなど、IT関連分野の世界的な調整から脱しきれていないことから、どちらかといえば景気減速のリスクを意識しておく必要があるのではないでしょうか。
二点目としましては、電機、情報通信機械、電子部品・デバイスといったIT関連産業の動向についてです。3月短観や企業経営者の方とのお話をもとにしますと、IT関連産業の中でも、高付加価値の製品を生産する競争力のある電子部品・デバイスメーカーなどでは、IT関連分野の市場回復がそのまま業績に反映される傾向が強く、在庫調整が最終局面に近づいてきたことから、マインド面でやや明るさも出てきたようです。一方で、電機や一般機械といった分野の業況判断指数は軒並み大幅な悪化となっており、グローバルな厳しい価格競争の渦中にある最終財メーカーや汎用部品メーカーなどでは、価格下落が激しく、需要の回復が収益改善に結び付き難いとして、慎重なスタンスを強めているようです。こうした点を考えますと、IT関連産業の調整からの脱却は早晩到来するとは思いますが、最終財での激しい価格競争の中、業界や企業によって脱却のタイミングやその後の回復ペースにはばらつきがあり、景気の回復感も限定的なものに止まる可能性は否めません。
三点目としては、設備投資の動向についてです。先ほども申しましたように、企業の潤沢なキャッシュフロー、堅調な資本財受注や非住宅建設着工などの指標を考慮すれば、当面増加基調に変化はないだろうとみています。もっとも、こうした企業の潤沢なキャッシュフローの源泉である企業収益の先行き増加幅が大幅に鈍化すると予想されていること、企業は引き続き財務体質の改善を最優先に指向しているとみられること、長く続いた低成長のもとで企業の中期的な期待成長率は相対的に低く、能力増強投資には極めて慎重であること、また投資の多くは海外で行われる可能性が高いこと、などを考えれば、今後の設備投資にどこまで力強さを期待できるか、判断は難しいと思っています。
四点目は、個人消費回復の持続性です。現状、雇用環境が改善を続ける中で、雇用者所得の下げ止まりが明確になってきたことは先ほど申し上げましたが、こうした傾向が今後も持続するかどうかという点につきまして疑問がないとはいえません。企業経営者の立場から考えますと、現場での人手不足は無視し難いとはいえ、先行きの景気の持続性について依然として不透明感が残る中、最終財の価格競争激化といった厳しい経営環境を踏まえますと、固定費増加に繋がる定例給与の引き上げには簡単に踏み切れないのではないでしょうか。また、既に多くの企業で、賞与による業績比例型の報酬体系が導入されていることから、2004年度のような大幅増益が続かない限りは雇用者所得にも目立った増加は見込み難いでしょう。いずれにせよ、企業の人件費圧縮意欲が後退するとは予想し難く、労働分配率もそう簡単に下げ止まらないとみています。更に、2006年からの定率減税の撤廃や2007年度とも言われる消費税引き上げに向けた論議の高まりまでも考えますと、先行きの消費性向の上昇は期待できないとすれば、現時点では、個人消費の先行きについて引き続き慎重にみていくことが必要かもしれません。
最後は、高値を続ける原油価格や素材価格の影響についてです。原油価格は昨年末から年初にかけて一旦軟化しましたが、その後は再び上昇に転じており、4月初に最高値を記録した後も依然として高水準で推移しています。こうした動きの一部は投機資金によるものであるとしても、中国等のエマージング諸国におけるエネルギー需要の増加が続いていることやOPEC等での増産余力の少なさを考えれば、年初に市場が想定していた「今年は40ドル台前半で推移する」との標準的なシナリオが崩れる懸念があります。また、鉄鋼、化学などの素材価格も当面は高止まりの傾向が続くと考えるべきでしょう。グローバルな価格競争のもとで、こうした原材料価格の上昇分を川下である最終財価格に転嫁し難いという状況の中、また、これまでのリストラや合理化のもとで生産性の向上や収益力の強化が図られてきましたが、これもそろそろ限界に達している中、原材料費の高騰が企業収益の悪化を通じて企業経営者のマインドを悪化させ、前向きな取り組みスタンスを後退させる可能性があることは、今後の景気動向を見通す上で注意が必要です。実際に、3月短観でも、一部の素材産業の業況判断指数で悪化がみられているほか、全産業ベースでみても2005年度の売上・収益計画はやや慎重化しており、今後の動向を見極める必要があると思っています。
以上を踏まえますと、我が国経済の先行きにつきましては、引き続き回復のメカニズムが働いており、いずれ足許の「踊り場」的な局面から脱出し、1%程度とみられる潜在成長率を若干上回る程度の回復軌道に戻るというシナリオを標準とすること自体は間違いではないと思っています。ただ、これまで申し上げたように、種々のリスク要因が顕現化する可能性を考えれば、足許の不透明要因はむしろ強まりつつあり、どちらかといえば明確な回復感が出てこないリスクを想定しておく慎重な見方も必要ではないかと考えています。
(3)物価の見通し
足許の景気は「踊り場」的な局面にありますが、景気回復のメカニズム自体は失われておらず、需給環境は極めて緩やかながら改善方向にあります。従って、今後も消費者物価が次第にその下げ幅を縮小していくというプロセスは続くと思います。
しかしながら、企業の価格支配力が回復していない中で、人件費の抑制が続いており、単位当たりの賃金コストも低下していることから、景気の回復に物価が反応し難い状況が続いていることは間違いありません。原油価格や素材価格の上昇も、これまでのところ、単位当たりの賃金コストの低下や売上の増加による増益効果の中で吸収されており、その影響は限定的なものに止まっているようにみえます。電力料金や電話料金の引き下げなどの一時的要因の影響は2005年度で消えますが、規制緩和は今後も続く大きな流れであり、また最終財でのグローバルな供給圧力が存在し続けることを考えますと、物価を巡る厳しい環境は長引くものと覚悟せざるを得ません。
こうした点を踏まえ、「展望レポート」では、国内企業物価は原材料価格の上昇を受けて引き続きプラスで推移するものの、生鮮食品を除く消費者物価は、電気料金や電話料金などの一時的要因が剥落する2006年度になって漸く僅かながらプラスに転じる見通しとしています。
(4)金融資本市場面からみた留意点
金融資本市場の動向に関しましては、昨年後半から続く市場の膠着感の強まりが目を引きます。株価や債券、更に為替も含めて方向感に乏しく、レンジ相場が続いています。こうした動きは、基本的には、景気に力強さは欠けるものの、回復の基調は失われていないという、我が国経済のファンダメンタルズを反映したものと思っています。株価は我が国のみならず米国など世界的にみても上値が極めて重い状況が続いている点、株式市場の先見性を考えると非常に気懸かりです。また、長期金利も、このところ多少ナーバスな動きをみせていましたが、基本的に1%台前半を底とするレンジ相場であり、ボラティリティも低水準で推移しています。前述のような景況感に加え、金融機関において貸出の低調が続き、その運用手段が限られていることを反映したものでしょう。為替相場につきましては、米国の経常赤字懸念が構造的なドル安要因として意識される中、米国の継続的な利上げによる日米金利差拡大を背景としたドル買いと、中国人民元を巡る思惑を背景とした円買いが綱引きする形となっており、やはり膠着感が強まってきています。注意しなければならないのは、長年続いた世界的なリフレ政策の結果として、なお市場に溜まっている流動性の高い資金が、何かをきっかけとして大きく動き、市場を不安定化させ、経済のファンダメンタルズと整合的でない市場の動きが強まって、実体経済に影響を及ぼすリスクです。特に、グローバル化のもとで各国の市場間の相互依存性が高まっている今日、現在のように市場参加者の見方が均一化し、膠着感が高まっている場合に、一つのイベントが、金融資本市場全体を予想以上に大きく動揺させてしまうことがあります。日本銀行としましては、こうしたリスクを念頭に置きながら、内外市場の動向を肌理細かくモニタリングしていきたいと考えています。
3.量的緩和政策と今後の政策運営
(1)量的緩和政策の現状と評価
日本銀行が量的緩和政策という世界の中央銀行でも前例のない政策に踏み切ってから5年目に入りました。この間、当初5兆円程度としていた日銀にある金融機関の当座預金残高の目標額は2004年1月以降30~35兆円程度となっており、極めて潤沢な資金供給が続けられてきています。また、日本銀行では、消費者物価指数(全国、除く生鮮食品)の前年比上昇率について足許の実績と見通しが安定的にゼロ%以上となるまで、政策を継続することを約束しており、これにより短期金利だけではなく、比較的長めの金利も安定的に極めて低く推移させてきました。このような金融機関に対する潤沢な資金供給は、金融市場を安定させ、緩和的な企業金融環境を維持し、加えて消費者物価が安定的にゼロ%以上になるまで量的緩和政策を継続するという約束が、将来に亘っての潤沢な資金供給と金利の低位安定についての安心感を生み出しました。これらが実体経済を底支えし、デフレの更なる深化を食い止めてきたことは事実です。
しかし、量的緩和政策を通じて、銀行にその資産をよりリスクの高い資産に振り替えさせ、また貸出活動を活発にし、世の中に流通するお金の量を増加させてインフレの予想や企業の経済活動を高めるという効果は、これまで余り明確ではありませんでした。これは、不良債権問題に悩む銀行が自己資本の制約もあって貸出を増やすことに消極的であったことや、バランスシートの調整とリストラを急ぐ企業に資金を借り入れる需要がなかったことによるものであり、必ずしも量的緩和政策に効果がないということを意味するものではありません。
景気が「踊り場」にあるとはいえ、企業が経済活動に前向きになり、銀行が本格的にリスクテイク行動を開始し貸出を積極的に拡大しようとしている現在、また、雇用環境が改善し所得の増加を通じて消費拡大の可能性も出ている中、量的緩和政策の実体経済面への効果は今後より強く出てくるものと考えています。
(2)当座預金残高目標の維持について
最近、市場では、4月のペイオフ全面解禁後の金融システムが安定しており、金融機関の日銀当座預金という流動性資金に対する需要が減退する傾向にあり、また、資金需給に係る季節的な要因もあって、日本銀行が資金供給のための入札を行っても十分な応札が得られない状況(これを「資金供給オペの札割れ」と呼びます。)が相次いで発生していることから、当座預金残高目標を引き下げるべきであるという声が出始めています。一方で、我が国経済の現状は、なお多くの構造問題を抱え、全体としての前向きな動きが必ずしも十分に強まっていない中、足許の景気も「踊り場」的な局面から脱したとはいえません。また、「展望レポート」では、2006年度の消費者物価指数が若干の前年度比プラスに転じる予想とはいえ、デフレ脱却の時期が必ずしも明確に展望できているとはいえない状況です。こうした中で、これまでの当座預金残高目標の引き上げは実体経済の更なる悪化を抑えるための追加緩和措置として行われてきた経緯を踏まえれば、「札割れ」が相次ぐからという理由だけで、当座預金残高目標を引き下げるという政策変更に踏み切ることは、市場や海外の投資家から時期尚早の金融引締めに転じたとの思惑を招きかねません。現時点での判断としましては、消費者物価指数に係る約束のもとで量的緩和政策の枠組みを守り、現在の当座預金残高目標を維持し、その達成に向けた金融調節面での工夫と努力を続けることが必要であると考えています。
一方では、「家計等の利息収入の減少」、「年金等の機関投資家の運用難」、「短期金融市場での取引減少や市場機能の低下」、更に「構造改革を遅らせること」、「財政規律の低下」、「資産インフレ発生のリスクが高まること」などの量的緩和政策の副作用を問題視し、可及的に当座預金残高の目標額を引き下げ、早期に政策転換を図るべきであるとの意見も聞かれています。しかし、こうした副作用は、そもそも量的緩和政策の効果とのトレードオフの関係にあるものであり、政策の導入時から想定されていたものでもあります。また、これらの副作用がここに来て必ずしも深刻化しているとは思いません。
最近では、一部の都市部での地価上昇につきまして、「不動産投資の過熱が原因であり、一種の不動産バブルに陥っているのではないか」との声が聞かれています。しかしながら、バブル経済時代とは異なり、現状の不動産投資は、賃貸収入を基にした将来キャッシュフローの収益還元的な手法で売買価格が算出されています。不動産投資信託(REIT)の運用状況を調べてみましても、低金利下で運用利回りが低下傾向にあるのは事実ですが、今のところ一定水準の投資利回りが確保されており、実需に基づいた不動産投資が行われているとの評価が可能と思われます。全国的には、地価はなお低下しており、土地であるが故に価格が上がり、経済合理性の裏付けのない高値取引が増えるというバブルの状況にはないと考えています。
以上、現在の当座預金残高目標を維持する必要性について申し上げて参りましたが、一方で、実際に日本銀行が市場に対して資金を供給できるかどうかという問題があるのも事実です。先程も申し上げましたが、日本銀行は、銀行や証券会社などの市場参加者を取引相手として「資金供給オペ」を行っています。このため、市場参加者サイドに資金を借りたいという需要が現実になくなってしまうと、日本銀行として思い通りに市場に資金を供給することができなくなる惧れがあります。例えば、本邦金融システムの安定化が更に進み、金融機関の日銀当座預金という流動性資金に対する需要が一段と減退した場合には、日本銀行からの資金借入ニーズも減少してしまうため、これまで以上に「札割れ」が深刻化し、かつその発生頻度も高まることが予想されます。また、金融機関の日銀当座預金残高は、日々の市場での資金需給、具体的には、税金の国庫への納付や国債の発行・償還といった国と民間との間の資金の受払いなどの要因によっても影響を受けます。例えば、民間から国に対して巨額な資金の支払いが発生すると、金融機関の当座預金からその分資金がなくなるため、この金額が大きくなればなるほど、日本銀行にとっては、一時的であるにせよ、当座預金残高目標の維持を難しくする方向で影響が出てくることとなります。今後、今申し上げたような状況が重なって発生する場合には、日本銀行がどんなに頑張ったとしても、結果として、当座預金残高目標を達成することが困難になることが全くないとは言い切れません。
こうした点を踏まえますと、今後の現実的な対応としましては、市場が受け入れ可能な最大限の資金供給額を維持しつつ、一時的にせよ目標残高の下振れを認めるなど、最小限の技術的修正を施すことが必要になるかもしれません。先週の政策決定会合では、「なお書き」によって、当座預金残高目標からの一時的な下振れを許容することとしましたが、これは今申し上げたような状況に対応する技術的な措置であり、金融政策の変更を意味するものではありません。
なお、市場の一部には、通常の短期の「資金供給オペ」で当座預金残高が達成できないのであれば、長期国債の買入増額を実施すればよいとの意見も聞かれます。しかし、長期国債の買入増額につきましては、現状の実体経済動向などを考えますと、その効果以上に副作用が大きくなるのではないかとみています。すなわち、最初に買入増額を行いました2001年3月の時点では、当時の経済が抱えていたデフレ・スパイラルに陥るリスクも勘案した上で、通常の短期の「資金供給オペ」以外の手段も講じる必要があると判断し、買入増額に踏み切ったものです。また、その後の買入増額も、単なる資金供給手段の拡充というよりは、当座預金残高目標の引き上げに合わせて実体的な緩和度を一段と強める手段として行われてきたものと理解しています。しかしながら、足許の金融環境、景気・物価動向等をみますと、思い切った金融緩和が必要であった当時とは大きく異なっていることはいうまでもありません。加えて、長期国債の買入増額を実施した場合には、財政規律の低下と市場に受け止められ、金融市場の不安定化に繋がるリスクや、日本銀行の長期資産が増えるため、金融調節面のフレキシビリティが低下するというリスクが生じかねません。なお、「札割れ」が継続的に生ずるもとでは、長期国債の買入増額は、その分短期の「資金供給オペの札割れ」を更に深刻化させるもとになる可能性もあります。
(3)政策の更なる透明性向上に向けて
金融政策の透明性をいかにして高めるか、中央銀行にとって最大の課題の一つであり、世界各国の中央銀行はこれに向けて努力を重ねています。なぜ透明性の向上が求められるのでしょうか。国民の負託を受け、通貨発行権という公的な権限を与えられた中央銀行、物価の安定を図るという公的使命を担う中央銀行にとって、その政策決定の過程や政策効果についての考え方に関して説明責任が求められることは当然であり、それを果たすためには政策の透明性を一層向上させることが必要となるからです。
同時に、市場との対話を円滑に行い政策効果についての人々の期待に働きかけて政策の有効性を高めるためにも、透明性の向上は欠かすことができません。日本銀行としましては、これまで透明性の向上のために工夫を重ねてきていますが、年に2回発表します「展望レポート」も透明性を高めるための道具の一つです。今回の「展望レポート」では「2006年度にかけて量的緩和政策から脱出できる可能性は徐々に高まっていく」と述べていますが、脱出の具体的なタイミングがいつになるにせよ、量的緩和政策の出口が接近しまもなく終わるのではないかと人々が感じ始めた時には、政策変更についての期待が錯綜し市場が不安定化するリスクがあります。例えば、「日銀は消費者物価がどの位の水準になり、それがどの程度の期間続き、そして先行きの見通しがどの程度であったら量的緩和政策を止めるのか」、また「その場合、何を目標として金融調節を行うのか」、「巨額の当座預金残高をどのようなペースで縮小させていくのか」、などについて、色々な憶測が流れ、長期金利が乱高下するような局面も考えられます。
このような事態を避けるためには、客観情勢の変化に対応し、日本銀行が政策運営をどのように進めていきたいと考えているかについて、市場との対話を更に円滑に行うことで、市場が日本銀行の行動を予見しやすい環境を作っていくこと、すなわち一層の透明性の向上が必要であることは当然です。このためのツールとして「展望レポート」は極めて重要であり、今後更にその内容を充実させる方向で検討を進める必要があると考えていますが、これに関連して具体的に二点申し上げておきたいと思います。
第一は、物価の安定を図る中央銀行として、望ましい物価上昇率を具体的に明らかにすべきではないかということです。望ましい物価上昇率、すなわちインフレ率は理念的にはゼロ%というべきでしょう。しかし、物価上昇率として得られる指標には色々なバイアスがあり、また再びデフレに戻らないよう十分なセーフティマージンを考えるとすれば、ある程度プラスとなる物価上昇率を目標とすることが望ましいと思います。もちろん「どのような物価指数を選択すべきか」、「どの程度の具体的上昇率が適当か」など、望ましい物価上昇率を示すに当たっては更に検討が必要ではありますが、現在の量的緩和政策の継続を消費者物価指数の上昇率により条件付けているもとで、市場の期待を安定化させていくためには、中央銀行として考えている望ましい物価上昇率を明示すべきではないかと考えています。
第二は、量的緩和政策の出口のプロセス、例えば、当座預金残高目標の引き下げの手段やそのペースについてのシナリオを検討し、それを市場と共有していくことが必要ではないかということです。もちろん経済や金融は生き物であり、時々刻々環境が変化し、また不透明な要因が多くある中で、将来の金融政策を具体的にイメージすることは難しい面があります。また政策の自由度や機動性を失うことは避けねばなりません。今回の「展望レポート」では、この点につき「経済がバランスのとれた持続的な成長過程を辿る中にあって、量的緩和政策の出口に当たって物価が実体経済の改善に反応し難い状況が続いていくのであれば、金融政策運営は余裕を持って対応できる」としています。これは前回のレポートの表現を踏襲したものですが、この表現は「量的緩和政策からの脱出が遅すぎることによるリスクは相対的に小さい」、そしてもしそうであれば、「当座預金残高目標の引き下げはゆっくりとしたペースで進めることが可能となる」ことを示唆しているものと私は理解しています。その意味で、これは出口における政策運営のスタンスをある程度示すものとして評価すべきと考えますが、このような出口のプロセスおけるリスクやそれへの対応にかかわる基本的考え方をもう少し具体的にイメージし市場と共有していく努力が更に必要ではないかと考えています。
4.日本経済の当面の課題
これまで日本経済の現状や先行きの見通し、これを受けた金融政策運営に関しまして申し上げて参りましたが、最後に、若干視点を変えまして、日本経済にとっての当面の課題の幾つかについて述べたいと思います。中長期的な視点で、日本経済にとっての最大の課題は、「財政赤字と少子高齢化の問題に対して構造的・制度的な面から如何に適切に対応していくか」、および「グローバル化が一段と進展するもとでの企業の世界的な競争力を如何にして高めていくか」、であろうかと思いますが、ここでは、もう少し目先の問題である、「競争力のある新しい『金融サービス産業』をどう育てていくか」、「中小企業と地方活性化の重要性」、および「アジア経済の拡大に日本はどう取り組んでいくか」、の三点について問題提起したいと思います。
(1)強い金融業・強い金融システム
本年4月からペイオフが全面解禁されました。日本銀行では、この間の金融市場の動き、あるいは金融機関の預金動向等について注意深くモニタリングして参りましたが、これまでのところ、懸念されるような動きはみられておらず、円滑に実施されたものと判断しています。今週にかけまして大手銀行の2005年度決算が相次いで発表されましたが、これをみますと、金融再生プログラムで決められた不良債権比率の半減目標を達成し、不良債権処理費用の貸出残高に対する比率(信用コスト率)も0.76%とピークであった2002年度末の2.54%に対し大幅に低下しています。過大とされた株式保有額も、全体として既に中核的自己資本(Tier1)を下回る水準まで減少しました。また、地域金融機関につきましても、不良債権比率の低下傾向が明確化してきております。更に、邦銀の株価や格付けをみましても、ここ数年改善傾向を続けており、本邦金融システムの健全性はかなり自信を持ってよい段階まできたのではないかと考えています。
今後は、変化の激しい内外情勢のもとで、円滑で効率的な資金の配分を実現し、経済全体の活性化を図っていくために、個々の金融機関の収益力を高め、世界と競争できる金融サービス産業を育てるとともに、金融システムの機能度や頑健性を更に向上させていくことが重要であると考えています。その意味で、金融機関にとっては、顧客ニーズにより適合した高度な金融サービスを展開していくと同時に、リスク管理や経営管理の高度化を図りつつ、収益力の更なる増強を図ることが求められる時代になってきたということです。そのためには、リスクに見合った収益を得ることができる体制や新たな収益源の構築が必要であり、これらが金融機関にとっての今後の大きな課題といえるでしょう。金融庁からはペイオフ全面解禁後の金融産業を展望し、「金融改革プログラム」が発表されています。また、金融審議会では、「貯蓄から投資へ」という今後求められる経済構造の変化の中、金融サービス産業に対し横断的・総合的な金融行政を行う立場から、投資サービス法の検討が開始されています。日本銀行としましても、3月に発表しました「ペイオフ全面解禁後の金融システム面への対応について」において述べております通り、今後の金融システム面の対応は、これまでの危機管理重視から、金融システムの安定を確保しつつ、公正な競争を通じ金融の高度化を支援していく方向へと切り替える必要があると考えています。不良債権問題が片付き、ペイオフ全面解禁が行われた後の新しい金融の時代の基本的なキーワードは「自己責任の原則」、「情報開示」および「市場規律」であると思います。金融機関が自らの強みを活かし、公正な競争のもと、自由な経営が行えるような環境を整えるとともに、情報開示と市場規律の徹底による経営監視体制を確立していくことが必要です。「官」の役割はこれまでの不良債権処理が焦眉の急であった時代とはおのずから変わってこなくてはなりません。肥大した公的金融の縮小も含め、金融機関経営に対する公的な関与はできるだけ小さなものに止める時代に入ってきたと思います。
(2)中小企業の構造改革と地方活性化
先程、日本経済の現状の中で、バブル経済崩壊後の過程で、日本企業が抱えていた「3つの過剰」が全体としては徐々に解消されてきており、足許では概ね終了したと申し上げました。しかしながら、中小企業について更に詳細にみますと、先般の短観にもみられる通り、確かに設備や雇用の過剰感は解消されてきていますが、過剰債務の問題は未だ道半ばのようです。先程と同様に、企業の持つ債務をキャッシュフローによって何年で返済できるかという計算をしてみますと、大企業では4年程度と過去最低の水準にある一方で、中小企業は9年程度と、ピークであった1993年頃の18年程度から徐々に低下してきていますが、依然としてバブル経済前の水準である8年程度を上回っています。労働分配率や損益分岐点をみましても、バブル経済前の水準に迫りつつある大企業に比べて改善ピッチは大幅に遅れているのが現状です。
今回の景気回復の過程では、大企業と中小企業の景況感に格差があり、しかもそれが拡大する傾向にありましたが、ここに来て漸く景気回復の裾野が拡がりつつあるように思います。しかし、今後の中小企業を巡る経営環境をみますと、市場のグローバル化によるアジア諸国企業との競争激化、大企業との系列関係の変化、商品や技術のライフサイクルの短命化など、従来にも増して変化のスピードが速く、その厳しさは一段と増しているといわざるを得ません。こうした中では、独自の技術や市場ニッチを活かした商品開発力やブランド力、マーケティング力を強化することが求められますが、そのためにも財務面からの裏付けが重要であり、その改善に向けた一段の取り組みは今後の競争に臨む上での条件の一つだと考えられます。また、当地でも徳島大学と企業との交流が盛んと聞いておりますが、高度な技術を商品化に繋げる産官学連携、市場ニーズを踏まえた販売連携、中小企業間での経営資源の共有や補完、といった取り組みの重要性も再び注目されているようです。金融面でも、最近、大手銀行の中小企業を対象とする無担保ローンは急速に拡大しておりますし、地方の金融機関でも融資の地元回帰が進んでいます。また、売掛債権や在庫担保による金融、不動産の流動化など、市場面からの中小企業金融のパイプは太くなってきています。企業数で99%、雇用者数で約90%を占める中小企業の活性化なくして地方経済と地方金融機関の活性化、ひいては日本経済の活性化はありません。
なお、日本銀行では、4月より「地域経済報告」の公表を開始いたしました。これは、日頃、日本銀行本支店が行っている企業ヒアリングで得られた、地域経済に関する各種データや情報を地域別に取りまとめるものです。当地でも本席にご列席の方々をはじめ、数多くの方にご協力をお願いしているのではないかと存じます。日本銀行としましては、日本全国の皆様方から頂いた貴重な情報を基に、金融政策判断に必要となる情報の拡充に努めるとともに、こうした声を政策に活かして、地方経済の活性化への肌理細かな目配りの努力を重ねたいと思っています。
(3)グローバル化するアジア経済圏と日本
言わずもがなの問題提起ではありますが、今後の日本経済にとってのアジア経済の重要性は強調して強調しすぎることはありません。近年のアジア経済の成長は目を見張るものがあります。例えば、ニーズ・アセアンに中国を加えたアジア9か国のここ5年間の平均経済成長率は7.2%と米国の2.6倍、EUの4.3倍、日本の5.5倍に達しています。世界におけるGDPシェアも1990年には11%であったものが2004年には20%と大幅に高まっています。台湾を除くアジア8か国合計の2003年の輸出額をみましても、10年前の1993年と比べ、米国向け、日本向けがともに2.1倍に、EU向けが2.4倍に増加しており、この間の日本の米国向け(1.1倍)およびEU向け(1.2倍)の増加幅を大きく上回っています。
このようにアジア経済圏のプレゼンスはますます大きくなっていますが、併せてアジア域内での貿易の拡大も顕著です。例えば、台湾を除くアジア8か国の域内における2003年の輸出総額を10年前と比較しますと、ニーズ、アセアンがともに2.5倍に、中国が4.1倍に増加しており、この間のアジア諸国を除いた世界の輸出の伸びが1.9倍であることを考えれば、アジア域内での貿易活動が活発に行われていることがお分かりいただけると思います。
また、これらの国々の貿易品目の動きをみますと、例えば、中国では、2004年の輸出総額に占めるコンピュータ・IC・情報通信機械・家電・自動車に関連する分野のシェアは40%弱と10年前から25%程度上昇していますほか、タイでもここ10年でこれらの品目のシェアが1割強上昇しているなど、より技術集約的な商品の輸出シェアが高まっており、安物の消費財の輸出国というイメージは次第に薄れてきています。
これらの背景にみられるのは、アジア諸国が単に「低廉な労働力による先進地域に対する商品の供給基地」として輸出特化型の雁行的発展形態から、それぞれが自国内に一定のマーケットを持ち、より相互補完的であると同時に、地域全体としてより自律的な経済発展形態に変わりつつあるということでしょう。この動きの中では、最近の中国の目覚しい経済的発展がアジア全体に好影響を与えていることも注目すべきだと思います。かつては中国の経済的拡大を脅威ととる他のアジア諸国が多かったように思いますが、最近では中国の巨大な国内市場を狙って経済関係の緊密化を進める一方、自らの経済的ニッチを高め、共存共栄を図る方向に向かいつつあるようです。中国自身もアジア諸国との自由貿易協定(FTA)締結をはじめ、最近ではインドとも経済関係緊密化に向けて積極的な経済外交を進めているのはご承知の通りです。そのインドも昨年の選挙で成立した国民会議派はそれまでの経済開放政策を更に積極化しています。外資規制の緩和とインフラ整備を進めて海外からの直接投資による経済開発を推進し始めています。先般はタイとの間でFTAについての基本合意に達するなど、アジアとの経済関係強化にも積極的です。日本企業の中でも、タイ印間のこの協定に着目してインド国内市場を狙う戦略をとるところも出ているようです。
日本もこのところ遅ればせながらアジア各国とのFTAないし経済連携協定(EPA)締結に向けて積極的な姿勢で臨んでいるようですが、アジア諸国との間では、未だシンガポールとの間でFTAが発効し、フィリピン、マレーシアと基本合意に達したのみであり、やや出遅れの感は否めません。農業問題や雇用問題が一つのネックとなっているようですが、今後も続くとみられるアジアの経済的発展と市場の一体化、その中で生きていかざるを得ない日本の立場を考えますと、現実を踏まえた大胆な発想で長期的戦略を打ち立てていく必要があるように思います。
個々の企業レベルでもアジアの経済構造の変化への対応が進んでいます。
かつては輸出基地としての製造ラインの進出が多かったのですが、最近では、特に中国やタイなどにおいて国内市場を狙った進出や流通など非製造業の進出が目立っています。国際協力銀行が行った2004年11月の調査報告では、中国およびタイに進出した日本企業のうち、その理由を「日本や第3国への輸出」とした先は両国ともそれぞれ全体の4割を占めていますが、「現地マーケットの今後の成長性」とした先は中国で8割強、タイで6割弱とこれを大きく上回っています。また、2003年度の日本企業による中国への直接投資をみますと、非製造業では、件数、金額とも前年度に比べ2倍前後の増加となっており、それぞれ製造業の伸びを大きく上回っています。
もう一つの最近の特徴は、自動車産業などでは、アジアを場合によっては中近東地域まで含めて一体で捉え、車種を地域戦略車として統合し国際分業的な製造体制や部品の供給体制を構築する動きがあることです。アジア各国間のFTAの締結が進めば今まで以上に生産地が意味を持たなくなり国際間の分業が進むことになるでしょう
最近の中国の反日運動は漸く落ち着いたようですが、改めて中国リスクの存在を認識した経営者も多かったように思われます。当面、経済面において大きな影響は生じないと思いますが、大きな流れとしてリスク分散の観点から進出先をアジアのなかで多様化する動きが出始めているようです。この一環として、改めてその潜在的な市場の大きさに注目し、インドに対する進出を検討する企業も増えているようです。いずれにしても、今後、日本企業は、製造業、非製造業を問わず、より長期的、多角的なアジア戦略が求められつつあるように思います。
5.終わりに
最後に、昨日、当地に参りましてから幾つかの企業をご訪問させていただき、経営の現場でのお話をお伺いする機会を頂きました。いつも地方に参りまして思うことですが、地方企業として成功されているところは、例外なくその土地にしっかり根をおろし、地域の特性を活かしながら日本経済の変化の芽を捉えて機敏な経営戦略を展開されておられます。当地でもその点を正に実感いたしましたが、この地方の力、中小企業の力こそ日本経済の底力であり強みであると思っています。
ご静聴いただきましてありがとうございました。
以上