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金融の新潮流——新たな個人金融サービスの創造

(リテール金融フォーラムにおける福井日本銀行総裁講演要旨)

2005年 7月21日
日本銀行

[目次]

  1. はじめに
  2. 1.世界的なリテール金融重視の背景
  3. 2.日本のリテール金融の特質
  4. 3.リテール金融ビジネスの健全な発展のために
  5. 4.おわりに

はじめに

 日本銀行の福井でございます。本日は、「リテール金融フォーラム」にお招きいただき、誠に光栄に存じます。ここには、実際にリテール金融ビジネスの第一線でご活躍されている方々が多数お見えになっています。このような場で、リテール金融という世界の中央銀行の間でも非常に関心の強いテーマについてお話しする機会を与えて頂いたことは、非常に意義のあることと感じています。

 わが国では、今まさにリテール金融ビジネスが新たな展開を迎えています。それは、例えば、金融機関が不良債権問題を漸く克服し、収益力の強化に向けて、各種リテール金融の分野に経営資源を積極的に投入する動きが広がっていることに、端的に現れています。しかし、金融機関がリテールビジネスを強化する動きは、ひとり日本に限った傾向というわけではなく、1990年代以降に世界の金融界を明確に色付けてきた大きな潮流と言ってよいと思います。

 今後、わが国で展開されるリテール金融業務の内容については、この後のセッションにおいて、専門家や実務家の方々から、具体的なお話があるかと存じます。そこで、本日私からは、まず、リテール金融強化をもたらしている世界の経済・金融構造の大きな変化について述べたうえで、今後のわが国の個人金融サービスの活力に満ちた展開を促していくために、欠くことができないポイントについてお話ししたいと思います。なお、広義のリテール金融には中小企業向け金融も含まれますが、本日は、今後、日本での発展の余地が相対的に大きい個人向け金融に焦点をあてて、お話を進めます。

1.世界的なリテール金融重視の背景

企業行動の変化

 先進国の経済は、90年代入り後、厳しい競争の時代に入っています。とくに、経済のグローバル化の進展やITのめざましい発達は、時間や空間の壁を低くすることを通じて、競争の激化に拍車をかけています。例えば、ある国で競争力の高い事業を確立していた企業が、程なく世界中のライバル企業からチャレンジを受け、競争力を失ってしまうといったこともしばしば観察されます。将来の経済変動を読むことの難しさに加え、競争の地理的範囲の拡大や商品ライフサイクルの短命化は、企業にとって、新たなビジネスチャンスを提供するものであると同時に、経営上の不確実性を増大させる面ももっています。

 このような経営環境の変化に対応するため、企業は、不確実性の増大に対応していくための財務体質の維持・強化を強く意識しながら、経営判断や投資判断を行ってきているように思います。すなわち、負債規模のコントロールといった面では従来以上に留意し、投資は吟味を重ねて行っていく、といった経営姿勢が内外で目立っています。こうした企業行動を反映し、企業のフリー・キャッシュフローのGDPに対する比率は、日米ともに歴史的な高水準にあります。これは、必ずしも縮み指向の消極経営を現しているというわけではなく、ひとたび収益性の高い事業を見出した場合には、直ちに設備投資やM&Aを実行できる、自由度の高い経営態勢を常に整えているということの現れだと思います。

家計行動の変化

 同時に、家計の金融行動を取り巻く環境も変化しています。

 インフレ予想が比較的落ち着いている状況の下で、近年、先進国の金利は歴史的な低水準で推移しており、家計の運用面でも、預金や国債など安全性の高い資産から得られる金利の水準は低水準にあります。その一方、一国の経済が、先に述べたような厳しい競争環境の中にあっても健全な発展を続けていくためには、最先端を切り拓いていく企業を、資金の出し手の方から上手に選別して、その活動をサポートしていくことが大変重要になってきています。家計を含む投資家が、健全に発展する企業をうまく選び、様々な金融商品の選択を通じて、事業のリスクの一部を負担しながら金融面からしっかりと応援していけば、人々の将来はより豊かなものになりましょう。人々の金融活動が、将来の一国経済の発展の進路を決定し、それによって人々の将来の豊かさが決まってくるということです。

金融機関の対応

 こうした金融・経済の構造変化は、金融機関のビジネスモデルにも非常に大きな影響を及ぼしています。

 まず、企業取引の面では、先に述べたような経営スタンスが主流になる下で、大企業向けの融資や社債の引き受けといったビジネスでは、高い収益の実現が難しくなっています。また、資本市場の発達と企業の情報開示の進展は、金融機関による金融仲介と市場を通じた金融仲介との役割分担を変化させてきており、大企業や機関投資家にとっては、市場を通じて金融ニーズを直接充足できる範囲と度合いが大きくなっています。

 こうした環境変化を踏まえ、金融機関が個人を対象とした金融ビジネスを強化する動きが、世界の金融界で共通の潮流として広がっています。こうした金融機関の動きの背後には、金融面での保有情報量が相対的に少ない個人は、融資や預金・投信など、金融機関が提供する金融サービスに依存する度合いが強く、その分だけ金融機関に大きな仲介機会があるという意味で、経済合理性が存在しています。

 金融機関自身のリスク管理面の変化もあります。内外の金融機関は、深刻な不良債権問題に直面した経験を踏まえ、貸出資産に占める個人向け貸出の比重を高めることにより、平時から貸出ポートフォリオの小口分散を心掛けるようになっています。また、金融技術の発達により、住宅ローンポートフォリオの流動化・証券化が、容易にできるようになっています。さらに、金融機関が、多様な金融商品・サービスを適切に提供するとともに、企業の事業リスクを吟味し、投資家にわかりやすく伝えることを通じて、家計の資金の一部を、成長性の高い企業に安定的に供給する機能を、より能動的に果たしていくことができれば、それは、金融機関自身のリスク削減にもつながるのです。

規制緩和の進展

 こうした経済構造の変化のほかに、金融機関の個人向け金融強化の動きを加速させている要因が、少なくとも2つあります。

 第一は、金融に関する規制緩和の進展です。90年代以降、銀行、証券、保険といった業態毎に課されていた業務規制の緩和・撤廃が世界的に進んできました。こうした業際規制の緩和は、個人金融サービスの提供に当たって、ひとつの金融機関が複数の商品を販売する「ワン・ストップ・ショッピング」型の総合サービス提供を可能としました。これは、顧客の利便性を向上させるのみならず、金融機関にとっても、シナジー利益の追求という経営上のインセンティブを生み出しました。多くの金融機関は、規制緩和に伴うシナジー利益を、定型的な商品を大量に販売できるリテール金融の領域に求めています。

 興味深いことに、世界の金融界では、シナジー利益を追求する経営戦略として、「統合」と「分業」という、一見逆向きの2つのアプローチが、同時かつ相互補完的に採用されています。欧州にみられるように、銀行・証券・保険の機能をすべて備えた複合的な金融コングロマリットを実現することにより、大きなシナジー利益を実現しようとする動きがあります。しかし、大き過ぎる経営体は、環境の変化に機動的に対応しにくいという面もあります。そこで、自らに比較優位のある機能を強化しつつ、そうでない機能はアウトソースや他の金融機関との業務提携を行うことなどによって、変化の激しい顧客ニーズに機動的に応えていこうという、柔軟で多様な金融分業とも呼ぶべき動きが、国境を越えて活発化しています。

金融・通信技術革新

 第二に、近年におけるITや金融技術のめざましい発達は、従来の金融界の常識を根底から覆すほどの強いインパクトを与えてきました。

 かつて、個人向けの貸出などのリテール金融業務は、地域に根ざした小規模な金融機関が得意とする一方、大規模な金融機関にとっては、「手間のかかる割に儲からない仕事」と認識されていました。個人取引は、法人取引に比べて顧客数が桁違いに多いため、データ量が膨大になるうえ、提供する商品の取り扱いができる職員を多くの店舗に配備しなければなりません。しかし、ITの発達は、大量のデータの効率的な処理を可能にしました。また、多数の顧客データを蓄積し、それを統計的に分析することによって、個人との取引を一件一件個別に審査するのではなく、確率的なモデルに基づく簡易で効率的な審査が実用化されました。さらに、従来の個人取引では、来店顧客のニーズに対応する「受動的な営業」が基本でしたが、顧客取引データを年齢・性別などのセグメント別に分析することによって、そこに潜在している顧客のニーズを読み取り、ダイレクト・メールなどによる能動的な営業も展開されています。

2.日本のリテール金融の特質

 このように、個人向け金融ビジネスの強化は、先進国に共通に観察される動きですが、長らく不良債権問題に悩んできたわが国を尻目に、欧米が先行する形で進んできました。今後わが国の金融界では、日本の特性を踏まえた質の高い個人金融サービスを確立する必要があります。以下では、日本の個人金融サービスを巡る主な特性を挙げてみたいと思います。

銀行店舗へのアクセスに対する選好

 第一に、日本では、銀行の事務処理の水準が国際的にみても相対的に高いということもあって、銀行店舗へのアクセスが個人から強く選好されているという特徴があります。多様な金融商品やサービスのデリバリー・チャネルとして、日本の銀行店舗網は、非常に高いネットワークの価値を有しているということです。

 そのようなカルチャーの下で、個人の求める多様な金融ニーズに応えていくうえでは、業態を超えて、様々な金融サービス業者が、自分の得意とする金融商品やサービスの販売チャネルとして、銀行店舗ネットワークを活用することが非常に有効と考えられます。例えば、98年に投信の銀行窓販が解禁されて以降、大手銀行のみならず、地域銀行も含めて銀行経由の投信販売が拡大を続け、今では投信販売額全体の4割程度のシェアを占めるに至っています。

 もっとも、銀行の店舗で販売すれば、どんな運用商品でも個人に受け入れられるというものではありません。98年の投信窓販解禁から数年間は、銀行はMMFや公社債投信などの低リスク型投信を主に販売していましたが、その期間の販売額の伸びはマイルドなものでした。ここ2年間ほどの株式投信の伸び(とくに外債中心に投資する毎月分配型投信の急速な伸び)が、銀行の窓販額を大きく押し上げているのですが、これは、銀行の系列会社が提供する投信の販売増加が主因というわけではないようです。自前では強力な販売網を持たない独立系の中堅投信会社や外資系投信会社が、銀行店舗の販売力に着目して、毎月分配型など銀行顧客に受け入れられ易い商品を開発するとともに、銀行の販売員のための研修などの肌理細かいサービスも含めて銀行に提供したことが主因とみられます。

 わが国では、銀行店舗網という販売チャネルの有効性を前提に、個人のニーズをいかに汲み取って、金融サービス業の中で効率的な分業を確立できるかが、今後の個人金融ビジネス発展の重要な鍵となるように思います。

民間金融機関以外の競合相手の存在

 第二に、わが国の個人金融サービス分野では、民間金融機関に比べて、ノンバンクや公的金融などのプレゼンスが相対的に大きいことも大きな特徴です。

 例えば、個人の資金調達ニーズへの対応の面では、消費者金融専業のノンバンクが大きなシェアを有しています。また、クレジット・カードでも、小売業系列や独立系などの企業が、リボルビング金融などで独自の強みを発揮しています。銀行は、安い資金調達コストと充実した店舗網を武器に、ノンバンクよりも低めの貸付金利を提供することにより、優位性の発揮を試みてきましたが、ノンバンクは、回収ノウハウや個人信用データベースなどの面で比較優位を築いてきたほか、いわゆる無人契約機の導入など、デリバリー・チャネルの面でも工夫を講じてきました。こうした競争の局面を経て、最近では、大手銀行と大手ノンバンクとの間の資本提携や業務提携の動きが目立っています。また、銀行系も含めて、複数のクレジットカード会社の事務処理部門を共有化し、業務の効率化を図る動きもみられます。

 次に、住宅ローンの分野では、住宅金融公庫の存在があります。同公庫は、かつては、日本の住宅ローンの大半を占めてきましたが、2001年に業務の段階的縮小が決定されて以降、民間がこの分野に積極的に取り組んだこともあり、民間住宅ローンへの残高シフトが進んできました。さらに、民間同士の競争メカニズムも働き、ローン商品の品揃えが多様化するとともに、金利低下も実現しました。この間、住宅金融公庫は、35年という超長期の固定金利ローンを民間金融機関経由で販売し、自らが証券化するといった、民間が直ちには取り扱いにくい業務を行っています。このように、住宅金融公庫の見直しは、民間に新たなビジネスチャンスを提供するとともに、民間のサービスを公的機関が補完するといったことを通じて、個人向け金融サービスの向上につながってきているように思います。

 また、郵政公社については、郵便局経由での個人向け国債の販売が順調に拡大している点からみても、郵便局も金融商品のデリバリー・チャネルとしての役割を果たし得るように思います。今国会で、郵政の民営化法案がまさに審議されているところですが、これまでも指摘してきましたように、民営化に当たっては、民間との競争上のイコールフッティングの確保と業務間のリスクの遮断が、重要なポイントであると考えます。

小口決済の効率性

 第三に、日本では、既に、極めて効率的な小口資金決済サービスが提供されていることです。欧米では、公共料金やクレジット・カードなどの小口の資金決済には、小切手が多用されています。わが国では、これらの資金決済には、預金口座の自動引落としや銀行振込が広く使われています。さらに、インターネットによる振込みもかなり普及してきました。

 他方、このように効率的な決済サービスが早くから普及してきたがゆえに、個人顧客には、決済という金融サービスが、水や空気のように当然のものとして受け止められ、決済に付随するリスクやコストが十分に意識されていないようにも窺われます。実際には、例えば他の金融機関への振込の決済には、結了までの間に決済リスクがあり、事務コストもかかっています。米国では、決済預金口座で、誰もが何度でも小切手を振り出せるわけではありません。日本の普通預金のように、金利が付されながら無制限に決済ができる預金口座は、それ自体が付加価値を持った金融サービスと言えます。従って、金融機関の日常的な業務である決済ビジネスから、いかにして合理的な収益を挙げていくかという点も、わが国の金融機関にとっての課題だと思います。

 また、ITの発達に伴い、従来見られなかったような金融犯罪が増加しています。こうした中で、家計は金融機関に対し、取引の効率性と同時に、情報セキュリティーの確保をも求めるようになっています。個々の金融機関が、情報セキュリティーの面で適切な対応を行うことは、金融システムがその機能を安定的に発揮するための必要条件であると同時に、決済という「目に見えにくい」サービスに関して質の差を際立たせ、サービスの差別化と合理的な料金設定を可能とする面でも、重要な鍵になるかも知れません。

3.リテール金融ビジネスの健全な発展のために

政策面の課題

 ここで、経済全体の観点、あるいは社会厚生全体の観点から、個人金融サービスを今後一段と発展させていくことの意義について考えてみましょう。

 第一に、充実した個人向け金融サービスの提供によって、家計の金融ニーズを効率的に充足することは、家計の経済活動を支援するのみならず、家計の資金の一部が、多様な金融商品・サービスを通じて様々な企業に安定的に供給されることにより、一国経済の将来をより豊かなものにすることにつながります。

 第二は、わが国金融システムの頑健性向上に資することです。家計の金融資産が預金に集中する構造は、諸リスクの銀行集中を招いていた点は否めません。家計が多様なリスク資産を保有することになれば、銀行が抱えるリスクが分散され、金融システムの頑健性を向上させることにつながります。

 このような効果も狙って、家計資産を「貯蓄から投資へ」と政策的に誘導することの必要性が主張されていますが、金融機関からの一方的なリスクの押し付けだけで、家計の資産構成が変わるものではありません。個人の金融ニーズに応じた商品・サービスを、リスクに対する誠実な説明を伴う適切なチャネルで提供することにより、家計が自らの選好に合致したリスクを無理なく引き受けるように促すことが重要です。そこで最後に、充実した個人向け金融サービスを確立していくための政策面の課題について申し述べたいと思います。

健全な競争の確保

 まず、家計の多様なニーズを的確に捉えた個人金融サービスの発達を促すためには、金融機関の間で健全な競争を確保することが不可欠ですが、金融システム不安が強かったこれまでの局面では、政府も日本銀行も、いかに小さな金融面のほころびでも、それが金融システム全体の安定性を損ないかねないということを意識して、非常に注意深く対応してきました。

 しかし、この10年余の間に、金融機関破綻時のセーフティーネットがしっかりと制度化され、政府や日本銀行に、非常時対応の面での実践的なノウハウが蓄積されました。金融機関も、不良債権問題を概ね克服し、この4月からは、ペイオフの全面解禁が、極めて円滑に実施されています。このような状況を踏まえれば、日本経済の健全な発展を促すため、金融システム運営面での政策の軸足を、危機回避から、金融機能の強化に移すことが適切だと考えます。

 金融機能の強化は、個人金融サービスの分野でも、強く求められています。例えば、最近は、高度な知識を必要とする複雑な金融商品が増えておりますが、金融機関はそうした商品に関するわかり易い情報を個人に提供したり、わかり易い商品に転換する機能を、十全に発揮していく必要があります。そのためには、公的な金融機関も含む幅広い金融機関の間で、より良い金融商品やサービスの創出に向けたイノベーションを、自由に競い合うことができる環境を確保することが、政策面の重要な課題です。

金融機関と家計との信頼関係

 そうした競争環境の確保と同時に、家計と金融機関の相互信頼関係をいかに確保していくかという点も、重要な政策課題です。金融機関と家計の間には、非常に大きな金融知識や情報量の格差が存在します。また、金融機関には膨大な個人情報が蓄積されます。それだけに、政策面では、情報格差や情報集中から派生する弊害を極力抑え、相互の信頼関係の確保に資するような金融機関の自発的な対応を促すことが、極めて重要になります。既に述べたとおり、日本の銀行の事務処理水準は、国際的にみても高い水準にあると言えますが、今後、銀行以外の企業も含めた幅広い金融サービス業者の間で、様々な分業が展開されていく可能性が高いことに鑑みれば、顧客との相互信頼関係の確立は、金融サービスの開発、販売、資産管理など様々な段階で達成されることが必要です。そのために欠かせないポイントを2つだけ指摘したいと思います。

 第一は、投資家保護のあり方です。わが国の投資家保護の枠組みは、商品やサービスの属性ではなく、銀行、証券、信託、生保といった業態ごとにバラバラに定められているため、投資サービス法のような統一的な枠組みに改める方向で、検討が進められています。様々な金融サービスの提供主体に、投資家保護の義務を統一的に課すことは、最低限必要なことです。ただ、そこでは、事細かな義務を羅列するような法制を目指すのではなく、金融サービス提供業者が何をおいても遵守すべき基本原則、例えば運用指図への忠実義務、顧客財産の分別管理といったFiduciary dutyを、明確に示すことを基本とすべきだと考えます。そのうえで、より重要なのは、顧客から高度な信頼性を確保するための、金融機関自身による自発的な取り組みを促進するような枠組みです。

 このような取り組みに向けて金融機関を突き動かす力は、一言でいえば、市場規律ということになりましょう。ペイオフ全面解禁後は、預金者自身が金融機関を厳格に選別することが期待されるわけですが、金融商品が多様化・複雑化する中で、預金者の選別だけで、市場規律が十全に作用するとは言えません。金融機関の株主、債権者のほか、その株式を上場する証券取引所、さらには監査法人や格付機関、あるいは金融機関のガバナンス機構の中での社外取締役といった様々な主体が、複合的に市場規律を働かせていくことが必要です。また、市場規律を働かせる起点となる市場ルールの形成は、監督当局から言われるまでもなく、市場参加者自身が率先して担っていくべきです。

 第二は、高度な情報セキュリティーを確保する必要があるということです。既に述べたとおり、わが国では、極めて効率的な小口決済サービスが提供されていますが、各種カードの偽造問題から窺われるように、安全性の面では、世界に誇れる水準を実現しているとは必ずしも言えません。しかし、日本の技術力を安全確保の面でも駆使すれば、効率性を確保しつつ、世界トップレベルのセキュリティーを提供することができないはずはありません。

 ここで、金融機関の方々に強調したいのは、金融産業に限らず、企業が消費者との取引面で安全性を軽視し、問題を未解決のまま放置しておくと、最終的には、国を挙げての過剰規制に陥りかねないリスクがあるということです。従って、私は、金融情報セキュリティーに関しては、金融機関が先端的な技術を不断に研究し、世論の動きを先取りして、適切なセキュリティーを確保し得る取引ツールやインフラを自発的に提供していくことが、極めて重要だと考えています。その際、高度なインフラの提供に伴うコストは、金融機関とユーザーが適切に分担するという視点も重要だと思います。

 同時に、個人の側でも、自分の情報を自分で守るという意識を明確に持つ必要があります。私たちは、長年の経験から、自宅に泥棒が入らないように様々な備えを行っていますが、金融犯罪に対する防御の意識は、相対的に弱いように思います。およそすべての商取引においては、まずは自分で取引の安全を守ることが基本であることは言うまでもありません。もちろん、金融機関の側でも、セキュリティー対応を進めていくに当たって、顧客サイドで不可欠な自己防衛手段についても十分な理解を促していく努力が必要です。

4.おわりに

 以上、わが国の個人金融サービスの健全な発展に向けて、欠くことができないポイントについて、申し上げました。

 繰り返しになりますが、金融機関が家計のニーズを適切に汲み取って多様な金融サービスを提供し、それを通じて日本の家計の資金が企業活動のサポートに有効に活用されれば、家計の幸福の増進はもとより、わが国の経済発展にも資するものと期待されます。また、それは同時に、リスクの分散を通じて、わが国の金融システムが外部ショックに対して頑健性を増すことにも資するのです。

 日本銀行としても、わが国の金融システムが安定性を回復していることを踏まえ、これからの考査・モニタリングの運営においては、金融高度化に向けた民間の取り組みを支援していくことを主眼に据えて、より良い金融技術の開発やその普及に貢献していく方針です。そのための方策として、7月より、信用機構局と考査局を統合した金融機構局の中に、金融高度化センターを設置いたしました。また、金融市場や決済インフラの整備の面でも、市場規律が十全に発揮されるよう、市場参加者とともにより一層努力を傾けていきたいと考えております。この面では、やはり7月の機構改編で、金融市場局から、決済機構局を独立させましたほか、情報セキュリティー面の研究を強化する狙いから、4月初に、金融研究所に情報技術研究センターを設置したところです。私どもは、こうした取り組みを通じて、わが国の個人金融サービスの活力ある展開を、精一杯後押しして参る所存です。

 本日は、ご清聴、誠にありがとうございました。

以上