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最近の金融経済情勢について

2005年 9月14日 福井県金融経済懇談会における福間年勝審議委員基調説明要旨

2005年 9月14日
日本銀行

 図表は、こちら(ko0509c.pdf 371KB)から入手できます。

[目次]

1.はじめに

○ 日本銀行の福間でございます。本日はお忙しい中をお集まり頂き、誠にありがとうございます。また、日頃から日本銀行の福井事務所および金沢支店が経済調査等々で大変お世話になっております。この場をお借りして厚く御礼申し上げます。

2.内外の金融経済情勢

(2−1)海外経済の動向

(2−1−1)景気の動向

○ それでは早速、最近の金融経済情勢についてお話ししたいと思います。まずは海外の経済情勢です。図表1をご覧下さい。そこに示されているように、景気は世界的に拡大を続けています。特に、BRICsの一角を占める中国の高成長が目を引きます。図表2をご覧下さい。こうした世界的な景気拡大を背景に世界貿易も年々増加しています。特徴的なことは、下の参考にあるように、原油や鉄鉱石、鉄鋼といったエネルギー・原材料あるいは機械類の取引の増加が世界貿易の拡大に寄与していることです。これは経済成長の波が世界に広がるにつれ、中国のみならずインド、中東、ラテンアメリカ、中東欧等の国々が、成長に不可欠なインフラの整備や資源開発あるいは工業化を進めるようになっており、それらに関連する財(鉄鋼、非鉄、セメント、工作・建設機械、プラント等)の需要が拡大していることを示しています。

(2−1−2)物価の動向

○ 物価面についてはまず図表3−1をご覧下さい。世界的な景気拡大を背景に内外の商品市況は高騰を続けています。上段右側の原油価格および左側の商品市況はいずれも史上最高値圏で推移しています。こうした川上段階の物価上昇を反映して、下段にある各国の生産者物価も強含みに推移しています。

○ 一方、川下の消費者物価については図表3−2をご覧下さい。川上・川中段階の物価上昇に比べると、各国の消費者物価は総じて安定した動きとなっています。これは新興工業国、なかんずく中国が、デジタル・白物家電やパソコン、携帯電話、衣料品等の生活関連財市場に新たに登場し、安価な製品を大量に供給するようになったことが大きく影響しています。中国の台頭は川上・川中の物価上昇をもたらしている点で世界経済にとってインフレ要因と言えますが、川下の物価安定に寄与しているという点ではデフレ要因とも言えます。

○ 中国等の新興工業国が世界市場へ参入してきたことで国際的に企業間競争が激しくなっています。このような中では企業はコスト増を製品価格に転嫁することは容易ではありません。そのため、各国の企業は収益の維持・拡大を図るため、グローバル化を通じて世界の成長地域に絡んで売上げ並びに収益の拡大を図ったり、ITを活用した生産性の向上や賃金の抑制により一生産単位当たりに要する労働コスト、いわゆるユニット・レーバー・コストを抑制・削減したりしています。図表4をご覧下さい。各国のユニット・レーバー・コストの上昇率は以前に比べて低くなっています。こうした企業努力があって景気の拡大と物価の安定の両立が実現してきました。ただ、最近の動きをみると、ユニット・レーバー・コストの上昇率がやや高まる兆しをみせており、その下で消費者物価も本年入り後幾分高めの上昇となっています。

(2−1−3)当面のリスク要因

(1)エネルギー・原材料価格の高騰

○ 日本を含めた世界経済を巡る当面のリスク要因として、原油高に注目が集まっています。私は本年2月に山梨で講演した際、中国等新興工業国の経済成長について、「地球がもう一つ出来た」と言っても過言でないほどのインパクトを世界経済に与えている、と述べました。当時既に原油を含めエネルギー・原材料価格は上昇を続けていましたが、その後も今日に至るまで価格高騰が続いているのは、資源の供給能力に比べて、世界全体の需要の伸びが速いためと見ています。

○ 資源の供給能力については、資源ナショナリズムを背景に開発権が外資に開放されていない国があることや開発に伴うリスクが高いこと、すなわち、探鉱から商業化に至る期間が長く開発費用も膨大である一方、現在の価格水準が将来に亘って維持されるかは不確定であることから開発に踏み切れない企業が多く、供給能力の増強には時間を要する状況となっています。このため経済成長と資源制約を両立させるためには、資源節約や代替エネルギーへの転換のほか、省エネ技術のイノベーションを通じた資源・エネルギー効率のさらなる向上が求められます。

○ エネルギー・原材料価格の高騰を巡っては、ここへきて大型プロジェクトのコストが当初予算を上回るコスト・オーバーラン(予算超過)が増えるなど、第一次オイルショック当時に似た状況が見られ始めています。仮に、採算悪化を理由に投資が手控えられることとなれば、先行きの供給制約を通じて世界経済の押下げ要因となる一方、ボトルネックにも繋がり物価押上げ圧力をさらに高める惧れもあります。

(2)米国経済の動向

○ 海外経済を巡るリスク要因としては米中両国の経済動向にも注目しています。このうち米国については、住宅価格の動向と先般のハリケーンの影響が注目されます。住宅価格は、借入条件の緩い住宅ローンの普及・拡大もあって上昇を続けており、それに伴う資産効果は個人消費の堅調にも寄与していると見られます。現段階ではこうした状況を「バブル」とする見方は少数に止まっていますが、米国では70年代半ばのリート(不動産投信)の暴落や80年代のS&L(貯蓄貸付組合)危機あるいは巨額の不動産関連融資の失敗に端を発した金融機関の経営危機といった経験があるうえに、住宅価格が反落すれば米国経済全体への影響も懸念されることから、FRBは過去10回に亘る政策金利の引上げのほか、最近では住宅価格の上昇に警戒的な発言を繰り返すなど、予防的に対応しています。

○ またハリケーンの影響については、その被害状況や今後の対応策の全貌が未だ明らかでないため、現段階でこれを正確に見定めることは難しい状況です。ただ、甚大な被害を受けたメキシコ湾岸には、米国の主要な石油関連施設や全米有数のニューオリンズ港があることから、今回のハリケーンが米国経済にサプライ・ショックを与えたことは間違いなく、その意味で短期的には景気押下げ要因でもあり物価押上げ要因でもあります。ただ、中期的には本格的な復興需要が出てくるため、米国経済は最終的に従来の成長軌道に復していくのではないかと期待しています。

(3)中国経済の動向

○ 一方、中国経済については、焦点の一つである人民元改革に関しては先般2%の切り上げが行われました。ただ、今回の切上げ幅では中国の対外不均衡是正のためには不十分と見られており、今後の当局の動きが注目されています。また中国では、ガソリンや電力、水不足が深刻であるほか、労働争議の頻発、賃金の上昇等も見られます。そうした中でこのところ海外からの対中直接投資(実行ベース)が前年比で減少を続けています。中国は直接投資の受入れを梃子に経済成長を図ってきただけに、今後の投資環境の整備、なかんずくインフラ整備の進展が注目されるところです。また、原油高の背景に中国の需要拡大が少なからず影響していることを踏まえると、その石油の輸入動向にも留意が必要です。

(2−2)日本経済の動向

(2−2−1)景気の現状と先行き見通し

○ 次に日本経済です。図表5をご覧下さい。そこに示されているように、景気は内需と外需のバランスのとれた形で回復を続けています。それに伴い下のグラフにあるように需給ギャップも改善を続けています。先行きについても現在の回復基調が維持されると予想しています。今回の景気回復は今月9月で戦後3番目の長さ(2002年1月から44ヶ月目)となりました。この間財政による景気刺激策が講じられない中で、民間企業の自律的な自己革新をバックボーンとして景気回復が続いたことを踏まえると、現下の景気回復に持続性のあるものと期待されます。

○ この間生産面については図表6をご覧下さい。省エネ・環境技術に優れた日本車の販売好調や、先程述べた新興工業国等のインフラ整備や工業化、さらには世界貿易の拡大に伴う物流の増加等を反映して、鉄鋼、自動車、造船、工作・建設機械、プラント等のいわゆる重厚長大産業が高水準の稼働となっています。

(1)設備投資

○ 景気動向を需要項目別にみますと、まず、設備投資については図表7−1をご覧下さい。上の表が示すように、設備投資は幅広い業種に亘って増加しています。企業規模別でみても大企業に加えて中堅中小企業も引続き増加傾向を辿っています。このうち製造業の投資拡大の背景には、時価・減損会計の導入や事業の「選択と集中」等により図表8が示すように設備廃棄が進んだことや、国内においてヴィンテージの長い(老朽化の進んだ)設備が多くなっていること、環境問題への対応、さらには内外の景気拡大に伴い先程の図表6の下のグラフにあるように重厚長大産業で高水準の稼動が続き、その結果生産能力の不足感が強まっていること等の要因が働いています。一方、非製造業については、医療、介護、福祉、教育等サービス需要の拡大や通信・流通網の整備・拡充等が設備投資の増加をもたらしています。

○ 設備投資の内容を見ると、既存設備の補修・改修が中心となっていますが、最近では能増投資も増え始めています。ただ、図表7−2が示すように、設備投資の額自体はキャッシュフロー対比でみると依然として慎重です。これはバブル崩壊の教訓やコーポレート・ガバナンスの強化からかつてのように業界内のシェア争いのために設備投資を行うことが殆んどなくなっていることを示唆しています。現在は、中国、韓国、台湾等周辺諸国の設備投資動向も勘案しながら投資収益率を慎重に見極めて投資を行うようになっています。それだけに現在の設備投資の増加には持続性があると考えています。

(2)個人消費

○ 個人消費も財・サービスいずれも底固く推移しています。図表9をご覧下さい。個人消費関連業種の業況はいずれも右肩上がりとなっているほか、下の参考に示されているインターネットによる通信販売も大幅に増加しています。インターネットによる通信販売の市場規模は今や百貨店やコンビニに迫る勢いです。サービス支出については医療、介護、福祉等を含めると長期的に拡大していますが、サービス関連業種の成長と雇用増加は景気変動の波を小さくしていると考えられます。

○ 消費堅調の背景は雇用・所得環境の改善です。図表10をご覧下さい。そこに示されているとおり、企業の人員過剰感は足元解消しており、有効求人倍率は12年9ヶ月振りの水準を回復しています。所得も緩やかに増加しています。このほか、図表11にある配当の増加や、図表12が示すマザーズやヘラクレス等新興企業市場への上場に伴う多額のキャピタル・ゲインの発生、株高による資産効果、さらには企業が消費者のニーズを喚起するような製品の研究・開発を行っていること等も消費拡大に寄与していると思われます。この最後の「消費者のニーズを喚起する」という点では、「ブーム」とまで言われる健康食品や、販売好調が続く白物家電等はその良い例です。

(3)輸出

○ 輸出も緩やかに回復を続けています。図表13をご覧下さい。最近特徴的なことは、下の表にあるとおり、中東、アフリカ、中東欧向けの輸出が大幅に増加していることです。これは先程世界貿易のところでも述べたように、新興工業国等のインフラ整備や工業化に伴いそれらに関連する財の輸出が増えているためです。特に日本の製品についてはその質の高さや技術力が評価されており、現在も海外からの高水準の受注を抱えています。したがって、生産能力の制約はあるものの、輸出は今後とも持続的な回復を続けていくと予想されます。

(2−2−2)企業収益の動向

(1)経常利益等の状況

○ この間、企業収益の動向については図表14に取り纏めました。全国の企業約1万社を対象に本年6月に実施した短観によると、今年度の経常利益は製造業、非製造業とも4期連続の増益が見込まれています。先日発表された4〜6月期の法人企業統計でも企業収益が順調に拡大を続けていることが確認されました。

○ 企業収益が好調を維持しているのは、わが国において政府の規制改革、産業再生機構等による金融と産業の一体的再生、コーポレート・ガバナンスや内部統制の強化、事業再編・産業再生に関する法整備、さらには会計基準の国際化が進められる下で、日本企業がヒト、モノ、カネの3つの過剰を解消し損益分岐点を引き下げた結果、その収益力が強化されているためです。"shrink to grow"(成長のための減量)ということでバランスシート調整を終えた日本企業は5年前頃より漸次増え始め、今や多くの企業が攻めの経営に転じています。下のグラフが示すように、日本企業の利益率はバブル期を上回る水準となっています。

(2)イノベーションとグローバル化

○ 日本企業の収益力強化については、当初はコスト削減に軸足が置かれていました。すなわち、ITを活用した生産性の向上や内外へのアウトソーシングの拡大によりコスト削減を図るというものです。そうした合理化努力は現在も絶えることなく続けられていますが、最近では、より積極的な形で収益を伸ばす動きが強まっています。そのキーワードはイノベーションとグローバル化です。

○ イノベーションについては、人口減少や高齢化を背景に国内の消費財市場の成熟化が指摘される中で、市場の拡大に期待するという待ちの姿勢ではなく、自ら新技術・新製品の研究・開発に取り組み、新たな需要や市場を創出するという攻めの姿勢を持つ企業が増えています。国際競争力が高く収益を持続的に拡大している企業の多くは、当面の収益力拡大はもとより5〜10年先の経営ビジョンも持ちながら自己満足することなく自己革新を続けています。

○ 一方、グローバル化については図表15をご覧下さい。上のグラフにあるように日本企業の海外売上高比率は近年上昇傾向を辿っています。下の表は営業利益ベースでの海外比率を個社別にみたものです。これは新聞記事の挙げた一例であり、その表から漏れている企業も多数あると思われますが、そこに見られるように海外の利益が全体の6〜7割あるいはそれ以上に達する企業が増えています。

○ 一口に「グローバル化」と言ってもそれは単に海外へ進出することだけを意味するものではありません。最近の動きを見ると、汎用品は引続き「世界の工場」・中国をはじめ海外で生産する一方、基幹部品(キー・デバイス)については戦略上技術のブラックボックス化を図るため、国内に回帰させるケースが増えています。このように日本企業は国際競争力の維持・向上を図るため、製品の特性や様々な環境変化に応じて国の内外を問わず最適な開発生産体制を構築することを絶えず追及するようになっています。そうした観点から見れば、日本企業のグローバル化はよりダイナミズムを増していると言えます。

(3)ニュージャパンの誕生

○ 日本のモノ作りを大切にする伝統や只今述べた製造業の国内回帰の動きを背景に、図表16の上のグラフに示されているように、日本では製造業が2割以上のウェイトを維持しており、製造業とサービス業がバランスを保っています。製造業では他国が撤退した分野においても研究開発を続けて生き残り、その結果、高収益を上げている企業が少なくありません。皆様の周りにも企業規模から見れば「中堅中小企業」とは言え、世界1、2位のシェアを誇る企業や世界でオンリーワンの企業があるのではないでしょうか。

○ 一般的に新興工業国の台頭は、エネルギー・原材料価格を上昇させる一方で、国際的な価格競争を一段と激しくするという点で先進工業国にとっては脅威となります。しかし、日本の場合、先程述べたように、新興工業国の台頭はインフラ関連財等の輸出増加に繋がっているほか、彼らの台頭によりエネルギー・原材料価格が上昇するにつれ、省エネ技術等に優れた日本の自動車やその他機械類の需要も増えています。このように日本では新興工業国の台頭が単なる脅威とはならず、彼らの成長が自らの成長に繋がるメカニズムも働いています。日本が中国、韓国、台湾といった強力な競争相手に囲まれ、世界で最も熾烈な価格競争地帯にあることを踏まえると、日本企業にとっては誠にしんどいことではありますが、今後も絶え間なき合理化努力に加え、イノベーション、グローバル化に向けた取組みも続けられ、結果として国際競争力を一段と高めていくと予想されます。

○ 但し、企業収益の持続的な拡大を図っていくためには、日本企業の競争力の源泉である技術力と経営力を支える人材を育成していくことが喫緊の課題です。また、経営のグローバル化に伴う課題として、海外の連結子会社のキャッシュフローを本部に集中しそれをマネージするというグローバル・キャッシュ・マネジメントも重要となります。

○ 人材の育成に関しては、現在日本では、定職につかないフリーターや、職に就かず教育・訓練を受けていない「ニート」と呼ばれる若年層が増加する中で、知識や労働意欲等の面で企業の採用基準に満たないケースが増えています。日本の人口減少と高齢化が待ったなしで進行する下では、このような労働需給の質的なミスマッチをできるだけ解消していくことが必要です。特に雇用環境が好転しつつある現在、そうした取組みを加速していくことが望まれます。

○ そのためには、産業構造の変化に即した教育や職業訓練のシステムを再構築し、チャレンジング・スピリットや起業家精神を持ち、創造性、社会性も豊かな人材を育てていく、言い換えれば、若者の人間力を高めていく努力が求められます。さらに付け加えれば、日本のモノ作りを大切にする伝統については先程述べたところですが、2007年問題に対応し、技術の伝承を図っていくためには、額に汗して働く技能労働者や技術者がやる気を持ち続けることのできる環境をさらに整えていく必要があると思います。

○ もう一つの課題であるグローバル・キャッシュ・マネジメントについては、最近の一連の企業買収の教訓としても指摘されたように、グループ内のキャッシュフローを本部に集中させ、それを配当や自社株買い、銀行借入れ返済、設備投資、新事業の立上げあるいはM&Aに戦略的に配分し、企業価値を高めていく努力が求められています。特に経営のグローバル化が進む下では、海外子会社のキャッシュフローを親会社に集中させることが重要となります。それを後押しするためには、租税協定等税制面の配慮も必要ではないかと考えています。

(2−2−3)物価の動向

(1)国内企業物価

○ この間、物価の動向ですが、国内企業物価については、先程の図表3−1の下のグラフにあるとおり、内外商品市況の上昇等から昨年1月に前年比ゼロ%となった後、徐々に上昇率を高め、最近は1%台後半で推移しています。先行きについては、エネルギー・原材料価格の先高観が根強いことを踏まえると、上昇基調を続ける可能性が高いと見ています。

(2)消費者物価

○ 一方、生鮮食品を除く全国消費者物価は、固定電話通信料の引下げ等特殊要因の影響もあり前年比小幅のマイナスで推移しています。先行きについては、そうした特殊要因が剥落するほか、先程ご覧頂いた図表5の需給ギャップの改善やエネルギー・原材料価格の高騰、さらには一部業種での価格転嫁の動き等を踏まえると、年末にかけて消費者物価がプラスに転化することが視野に入りつつあります。

○ 日本銀行は、本年4月に公表した「経済・物価情勢の展望」、いわゆる展望レポートにおいて、金融政策の枠組みの変更やその後の運営について、「物価が反応しにくい状況が続いていくのであれば、余裕をもって対応を進められる可能性が高い」との見方を示しました。物価を巡る環境が変化する中で、今後も「物価が反応しにくい状況」が維持されるかどうかは、エネルギー・原材料価格の動向と、先程述べた企業のユニット・レーバー・コストの動向が鍵を握っています。

(2−2−4)金融面の動向

(1)極めて緩和的な企業金融

○ 次に金融面の動向です。まず、企業金融面については図表17をご覧下さい。そこに示されているように、企業の資金繰り判断D.I.は足元90年11月調査以来の水準を回復するなど、企業金融は全般的にほぼバブル期並みの極めて緩和的な状態にあります。

○ その背景には、収益の好調が続く中で企業のキャッシュフローが潤沢になっていることがあります。加えて、次の図表18の上のグラフが示すように、企業の財務内容の改善を背景に企業間信用も基調として増加傾向にあります。また、企業間の信用格差、いわゆるクレジット・スプレッドが大幅に縮小しており、格付けが相対的に低位の企業でもより低コストの資金調達が可能となっています。さらに、図表19の上のグラフが示すように、金融機関の貸出態度も積極化しています。これは、不良債権処理の進捗と金融機関の格付けの向上から、金融機関のリスク・テイク能力が高まっているためです。実際、下のグラフが示すように、長らく減少を続けてきた銀行貸出は足元若干の前年比プラスとなっており、地銀、第2地銀では伸び率が徐々に高まっています。

○ 不良債権問題が企業金融に如何に大きな影響を与えたかは、今一度図表20の上のグラフをご覧下さい。不良債権問題が深刻化した97〜98年の金融危機のときと、金融再生プログラムが発表された2002年に金融機関の貸出態度は一気にタイト化しています。先程の図表17には、貸出態度のタイト化により、同じ時期においての企業の資金繰りが逼迫の度を増した姿が明確に現われています。

(2)貯蓄から投資へ

○ 只今「金融機関のリスク・テイク能力が高まっている」と申し上げましたが、それは家計や企業でも同様です。図表20をご覧下さい。そこには家計と企業の資産の保有状況が描かれています。一番上のグラフにあるように、いずれも2003年を境にリスクの高い資産の保有を増やしています。これは長期に亘るゼロ金利の継続に加え、最近では脱デフレ予想も出始めていることから、貯蓄から投資へ資金が流れつつあることを表わしています。

(3)株式・債券市場の動向

○ この間、資本市場の動向ですが、まず株式相場については図表21をご覧下さい。ご案内の通り、日経平均株価は節目と見られていた12,000円を上抜けした後、一段と腰の強い相場展開となっています。買いの主役は外人投資家です。彼らは2〜3年前の悲観論が支配的であった時期に比べると日本企業のROEが改善し、収益拡大の持続性と財務内容の健全性も高まっていることに徐々に気付き始めています。また、株式相場が上昇傾向を辿る中で、投信やその他の国内機関投資家の間でも「株式を持たざるリスク」が意識され始めており、着実に押し目買いを入れるようになっています。

○ 一方、長期金利(10年物国債利回り)については、図表22の上のグラフに示されているように、概ね従来のレンジ内での動きとなっています。これは景気の緩やかな回復と物価の安定というファンダメンタルズの動きや、政府の財政再建に向けた取組み、さらには下のグラフが示す欧米の長期金利の安定的な動き、それらを反映したものと考えています。

3.日本銀行の金融政策運営

○ 最後に、日本銀行の金融政策運営について述べたいと思います。

(3−1)量的緩和政策の枠組み

○ 日本銀行は、日本経済がデフレスパイラルに陥ることさえ懸念されていた2001年3月に現在の量的緩和政策を導入しました。その枠組みについては図表23をご覧下さい。量的緩和政策は一言で申し上げれば、消費者物価が安定的にゼロ%以上となるまで市場に対して潤沢な資金供給を行うというものです。この下では、かつて金融調節の操作目標であったオーバーナイト物無担保コールレートは通常ゼロ%近辺で推移することとなります。「消費者物価が安定的にゼロ%以上となるまで」という量的緩和政策の実施期間に関する条件については、表の下の注1にあるとおり、明確な条件を定めています。

(3−2)現行の政策スタンス

○ 日本銀行は、市場に潤沢な資金供給を行うに当たって、金融機関が日本銀行に無利息で預け入れる当座預金の残高を操作目標としており、昨年1月以降現在に至るまで、この残高が30〜35兆円程度となるよう金融市場調節を行うこととしています。 もっとも、昨年の秋頃より日本銀行が市場に対して行う資金供給オペが頻繁に札割れするようになりました。「札割れ」とは、日本銀行が当初予定していた額の資金供給を達成できないことを言います。図表24の一番上のグラフをご覧下さい。日本銀行の代表的な資金供給手段である手形買入れオペの応札倍率が1倍を下回る、つまり札割れとなるケースが昨年の第4四半期以降増加した姿が示されています。このような事態に直面し、日本銀行は資金供給オペの期間を長期化することで——オペの長期化は図表24の下2つのグラフに示されています——金融機関のオペ需要を喚起するとともに、「なお書き修正」と呼んでいる金融市場調節方針の部分的な修正を行いました。

○ この「なお書き修正」については、本年5月に当面の金融市場調節方針に次の文言を追加しました。すなわち、「資金供給に対する金融機関の応札状況などから資金需要が極めて弱いと判断される場合には、上記目標を下回ることがありうるものとする。」という内容です。この文言を追加した趣旨は、30〜35兆円程度という残高目標を達成するために只今述べたオペ期間の長期化等オペレーション上の工夫を最大限凝らすとしても、それは市場機能を過度に封殺しないことが前提です。仮に金融機関の資金需要が著しく後退する局面で、残高目標の維持を目的として行うオペがその前提に反する惧れがある場合は、そのようなオペは行わない。行わないことで当座預金残高が目標レンジを下回ってもそれは容認するというものです。

○ 「市場機能を過度に封殺しない」という点については、今一度図表23をご覧下さい。上の表の「内容」のところにあるように、量的緩和政策は元々市場機能がなるべく損なわれないように配慮することを前提としています。市場機能が働かなくなれば日本銀行としては市場のメッセージを適切に汲み取ることができなくなり、結果的に金融政策を円滑かつ機動的に実施していくことが困難になるからです。かつて金融システム不安が深刻化する下で市場機能そのものが働かなくなった時期であればまだしも、図表25のコール取引の増加が示すように、金融機関が市場経由で自律的に資金の調達・運用を行い始めている今日においては、日本銀行としても、そうした市場機能回復の芽を大切にしていく必要があります。

(3−3)日本銀行当座預金残高目標の減額論

○ 消費者物価が小幅ながらマイナスで推移している現段階においては、量的緩和政策の枠組み、つまり市場に対し潤沢な資金供給を行い、結果としてオーバーナイト物レートがゼロ%近辺で推移する状態を堅持することが引続き重要であると考えています。この認識は9名の政策委員の間で共有されています。

○ もっとも、どの程度「潤沢な資金供給」を行うべきかという点については、本年4月以降、政策委員の間で意見の相違が見られています。多数派の意見は只今ご説明したように、残高目標を30〜35兆円程度に据え置くというものです。これに対して前月の会合では私を含む2名の政策委員が残高目標の据置きに反対し、その減額を提案しています。本日はその提案内容についても——議事要旨により公表されている範囲内にはなりますが——主要なポイントをお話したいと思います。

(3−3−1)金融機関の予備的な流動性需要の後退

○ 私はペイオフ全面解禁が実施に移された直後の4月第1回目の金融政策決定会合から前月の会合まで一貫して残高目標を27〜32兆円程度に減額することを提案してきました。減額の理由を要約すれば、金融システム不安の後退を背景に金融機関の予備的な流動性需要が後退する下では、不要となった部分の当座預金はこれを取り除くことが適当であり、環境変化にも拘わらず「現状維持」を続ければ、メリットよりもデメリットの方が大きくなるのではないかということです。仮に残高目標を減額しても、量的緩和政策の枠組みを維持する下でオーバーナイト物レートがゼロ%近辺で推移する限り、景気の持続的な拡大の基盤を支えることを通じて、わが国の経済がデフレに後戻りしないことを金融面からサポートすることは可能と考えています。

○ 「予備的な流動性需要の後退」については、先程、昨年秋以降オペの札割れが頻発するようになったと申し上げました。金融機関が利息を生まない日本銀行の当座預金を、法律で定められた金額以上に積み上げてきたのは金融システム不安が深刻化する中で、いつでも引き出せる当座預金を十分に持つことは、自らの流動性リスクを回避するために必要と判断されたからです。

○ 不良債権処理が大幅に進展し、それを映じて金融機関の格上げが相次ぐようになると、外銀の邦銀に対するクレジットラインの拡大やジャパンプレミアムの縮小、さらには先程のインターバンク取引の増加が見られるようになり、金融システム不安は漸く後退する形となりました。このような金融環境の変化の中で、金融機関にとっては予備的な流動性需要に基づいて当座預金を積み上げる必要性は低下しました。それを裏付けるのがオペの札割れ増加です。

(3−3−2)市場の金利観の変化に基づくオペ需要の増加

○ 但し、残高目標の維持を巡っては、最近、期間の長い資金供給オペを中心に札割れが減少しているほか、季節的に資金余剰期にあることも手伝って、残高目標を維持し易い状況が続いています。最近の札割れ減少については、経済・物価動向の改善を背景に市場の景況感が改善しそれに伴い金利先高観が強まったことから、市場金利とオペ金利の差がやや大きくなっています。そうした状況を受けて金融機関の間で、今のうちにオペを通じて低利の資金を調達しておこうといった動きが増え始めているためではないかと見ています。市場の金利先高観の強まりは、次の図表26にあるように、短期金利のフォワードレート・カーブがスティープ化していることに示されています。

(3−3−3)「現状維持」のデメリット

○ このように残高目標の維持は以前ほど困難ではなくなりましたが、先程述べたように景気が持続的に回復し、消費者物価のプラス転化が視野に入りつつある中では、私は残高目標を金融機関の所要準備額を遥かに上回る水準に据え置くことについては、主に2つのデメリットがあると考えています。第一は、巨額の資金供給によりオペ金利が低位に抑えられる中では、ターム物の市場金利がファンダメンタルズの改善を背景に上昇すれば、それに伴いオペ金利と市場金利の差がさらに拡大すること、第二は、先行きの金利変動リスクを高める惧れがあることです。因みに、日本銀行の資金供給が如何に巨額の水準となっているかについては最後の図表27をご覧下さい。足元を見ると、銀行券の発行残高と日本銀行当座預金残高の合計であるマネタリーベースは経済規模に比較して未曾有の高水準となっています。

(1)市場機能回復の妨げ〜市場との対話の重要性

○ 第一のオペ金利と市場金利の乖離については、4月の展望レポートに記されているように、来年度にかけて量的緩和政策の枠組みを変更する可能性が徐々に高まっていくと見られる中で、日本銀行としては、より自然な形で金利が形成される環境を整えながら、市場との対話を行っていくことが必要です。そのためにはできるだけオペ期間の短縮化を図る必要がありますが、現行の方針の下では30〜35兆円程度という残高目標は変わらないため、目標レンジを下回っても、極力短期間のうちにレンジ内に戻すこととなります。このため「なお書き修正」ではオペ期間の長期化を抑える効果は限定的と考えられます。この点が私が前月まで残高目標の減額を提案してきた主な理由の一つです。

(2)先行きの金利変動リスク〜市場にエネルギーを溜めない

○ 第二の「先行きの金利変動リスクを高める」点ですが、95年9月に公定歩合を1.0%から0.5%に引き下げて既に10年の月日が経過しています。そうした中で、日本銀行が「現状維持」を必要以上に続ければ、現在の極めて緩和的な状態が永続するという非現実的な期待を強め、過度のリスク・テイクを招く惧れがあります。それは裏を返せば先行きの金利変動リスクを高めることと言えます。日本銀行としては、今後とも金融市場の安定を確保しながら円滑に金融政策を行っていくために、そうしたリスクは是非とも軽減しなければなりません。

(3−3−4)焦らずゆっくりと漸進的に

○ 今後の金融政策運営についてはその時々の金融経済情勢を慎重に点検しながら政策委員会で議論していくこととなりますが、ひとつだけ申し添えたいことは、本年5月の金融政策決定会合でも述べたところですが、「焦らずゆっくりと漸進的に」政策運営を行っていくことが重要であるということです。その理由は、長期に亘るゼロ金利の下で、既にゼロ金利の継続を前提とした市場の内部ポジションが内外で積み上がっていると考えられるからです。先程、「来年度にかけて量的緩和政策の枠組みを変更する可能性が徐々に高まっていく」との展望レポートの記述を引用しましたが、実際に枠組みを変更し金利政策に移行していく過程においては、特に「焦らずゆっくりと漸進的に」というスタンスが重要になると思います。環境変化にも拘わらず政策を変えないことはそれ自体がリスクですが、一方で、急激な政策の修正・変更もまたリスキーであると考えています。

4.むすび

○ 今や国民の最大の関心事項である財政再建が今後着実に進められ、財政規律が維持されていく限りは、インフレなき持続的な経済成長の基盤をより確かなものとするために、金融政策面では当面緩和基調を継続していくことが適当ではないかと思います。しかしそれは金融規律を保つことが前提です。金融経済情勢にそぐわない過剰な金融政策を行うことは、先行きの金利変動リスクを高め、結果的にインフレなき持続的な経済成長の基盤を損なう惧れがあるからです。

○ このような観点から見ると、私は量的緩和政策の枠組みを堅持し結果としてオーバーナイト物金利がゼロ%で推移する下で、日本銀行が市場に供給する資金の量を縮小する、いわば二刀流が、現在の金融経済情勢に即した金融政策ではないかと考えています。いずれにしましても、原油価格の歴史的な高騰が続く中で、緩和的な金融政策を行っていくことはそう容易なことではありません。日本銀行がこのナローパスを歩んでいくためには、自らに知恵と勇気が求められると私自身気を引き締めているところですが、同時に、本席を含め国民の皆様との対話を通じて、金融政策の基礎となる経済や物価情勢の分析にも誤りなきようにしていくことが肝要と考えております。

○ 長時間に亘りご清聴誠にありがとうございました。

以上