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今後の金融経済情勢の注目点

JCIFにおける水野審議委員講演(2005年11月30日)要旨

2005年12月1日
日本銀行

[目次]

  1. 1.展望レポートの概要
  2. 2.今後の注目点~マネーフローの変化
  3. 3.金融市場の健全化に向けて
  4. 4.最後に

 本日は、講演の機会を与えていただき、ありがとうございます。日本銀行は10月31日、「経済・物価情勢の展望(2005年10月;以下、「展望レポート」)」を公表しました。本日は展望レポートの概要をベースとしてご説明した後、今後の注目点として資金循環統計から観察されるマネーフローの変化に触れたいと思います。そして、金融市場の健全化といった観点から金融政策運営について簡単にコメントさせていただきます。

1.展望レポートの概要

前回(4月)からの変化点

 展望レポートは、毎年4月、10月に金融政策決定会合で議論し、取りまとめて公表するものです。したがって、先日公表された展望レポートは、4月末に日本銀行として予想した経済・物価見通しについて、4月末から10月末までに判明した実勢を加えて、評価し直したものであるといえます。この再評価について展望レポートでは、「輸出が幾分下振れたが、国内民間需要がそれ以上に上振れており、全体としては、上振れて推移している」としました。

 具体的にみると、輸出については、前回展望レポートを予想した時点での予想に比べると、中国向けが伸び悩みました。こうした傾向は4~6月期に実質輸出が季節調整済前期比-1.6%と1~3月期の同+1.3%からマイナスに転じた時点で顕著でした。もっとも、7~9月期は同+11.8%と反動増となりました。

 中国経済は、7~9月期の実質GDPが前年同期比+9.4%(4~6月期は同+9.5%)となったように、力強い拡大が続いています。10月の固定資産投資は前年同月比+26.9%と若干低下したとはいえ、引き続き高水準の伸びを持続しています。こうした動きを受けて、わが国の中国向け輸出は、先述のとおり、大幅に増加しています。わが国の7~9月期の実質輸出が同+3.3%ですから、輸出全体の13.1%を占める中国向け輸出の伸びが反動増である面を割り引いてみてもわが国の輸出の回復に寄与していると評価できると思います。

 中国の政策当局者は、「過剰投資を抑制しつつ、安定的な経済成長を実現できているため、マクロ・コントロールは成功している」と短期的な経済見通しに自信を深めています。わが国の貿易統計からも中国経済が景気過熱抑制策による調整局面を経て、景気のモメンタムが一段と着実なものになりつつあることが読み取れます。中国景気は当面アップ・サイドの可能性が高いと見込まれます。

 次に、国内民間需要については、ポジティブ・サプライズだったと言えます。詳細は割愛しますが、慎重な企業行動に変化が窺われており、その変化によって、企業部門、家計部門の両部門に回復のモメンタムが働き始めていると感じています。

 政策委員の大勢見通しは、いずれも前年度比で、実質GDPは2005年度が+2.2%~+2.5%(中央値+2.2%)、2006年度が+1.6%~+2.2%(中央値+1.8%)、となりました。実質GDPは、4月末に公表した前回の「展望リポート」では、2005年度が+1.2%~+1.6%(中央値+1.3%)、2006年度が+1.3%~+1.7%(中央値+1.6%)でした。これらの数字からも、日本銀行が景気見通しを明確に上方修正したことを読み取っていただけると思います。

 以上のような変化を踏まえ、展望レポートでは、今後の経済見通しについて、「2005年度後半から2006年度までを展望すると、わが国経済は、潜在成長率を幾分上回るペースで、息の長い成長を続けると予想される」とまとめました。

 わが国経済は、企業収益の改善と株価上昇を受けて、好循環に入ったとみています。今後も景気回復傾向は続くと見込まれます。展望レポート公表後に発表された7~9月期の実質GDP(速報値)は、前期比+0.4%となりました。今後2四半期連続でゼロ成長が続いても、今年度の実質GDP成長率は+2.4%となります。こうした指標を眺めて、民間エコノミストからも、今年度は+2.5%以上、来年度は+2.0%以上との見方が出てきました。個人的には、来年度は政府目標の名目GDP2%成長を確保することも展望できるのではないかと考えています。

 日本銀行が「派手さはないものの息の長い景気回復を続ける」と判断する主因は、(1)大企業を中心に企業収益が好調なため、慎重な企業行動にも変化の兆しがみえてきたこと、具体的には、「縮小均衡モード」から脱却し、「選択と集中」を徹底させつつも、新規投資や雇用拡大に踏み切る動きをみせていること、(2)家計部門は、雇用不安の後退、賃金の小幅上昇、配当所得・保有株式の含み益の増加など資産効果を享受し始めていること、(3)海外経済の好調さが持続する可能性が高いこと、(4)円安進行や実質金利低下など極めて緩和的な金融環境が続くこと、などです。大企業を中心とした企業経営者のマインドは「cautiously optimistic」といったところでしょうが、現在の経済情勢を心強くみているのではないかと思います。

上振れ・下振れ要因~海外経済の動向

 展望レポートでは、上振れ・下振れ要因として、原油価格の動向、海外経済の動向、国内民間需要の動向を挙げました。このうち海外経済の動向を取り上げたいと思いますが、ここでは特に米国について簡単にコメントします。

 米国経済については、8月末から9月にかけて2つの大型ハリケーンが発生したこともあって景気悲観論が台頭しましたが、個人消費支出は大方の予想よりも堅調な展開が続いています。製造業もハイテク・セクターを中心に予想以上に良好で、ISM指数など企業のサーベイ指数も高水準を維持しています。もっとも、10~12月期については、個人消費動向が米国の景気を占う上で最大の注目点であると思います。モーゲージ借入れ申告件数と新規住宅販売戸数が頭打ちになっています。また、自動車の値引き販売の限界、原油高による可処分所得減少、消費者マインドの低迷が家計の支出行動にどのような影響を与えるか、注目されます。長期金利の安定、株価の上昇など金融市場動向をみる限り、米国経済は堅調にみえます。クリスマス商戦の出足は総じて好調なようですが、業者間の激しいディカウント・セールや販売促進キャンペーンに慣れきった消費者も多い中、安心できる訳ではありません。FRBの政策金利も中立的な水準近くまで上昇してきたとする市場参加者もいますが、今後も利上げを継続するシグナルを送っていると見る向きもあります。金融引き締めの累積的な効果が予想以上の大きさで出てきても不思議ではありません。

物価見通し

 前回の展望レポートに比べると、国内企業物価指数は、原油をはじめとする内外商品市況の上昇などを理由に、2005年度・2006年度ともに大幅な上方修正としました。一方、消費者物価指数は、両年度ともに中央値を0.2%上方修正しました。日本銀行は、需給ギャップが緩やかな改善を続け、ユニット・レーバー・コストからの下押し圧力が減じていき、消費者物価指数(除く生鮮食品;以下、コアCPI)の前年比のプラス基調が定着していくと考えています。

 民間エコノミストの中には、(1)4月以降の電力料金の引き下げや携帯電話の新規参入に伴う値下げ、消費者物価指数の基準改定を考えると、2006年度のコアCPIインフレ率を+0.5%程度とする日本銀行の大勢見通しは高すぎるのではないか?(2)総務省が「食料品とエネルギーを除く新たなコアCPI」の導入を検討しているため、量的緩和政策の枠組み変更が遅れる可能性が高まってきたとの見方があるようです。

 しかし、電力料金や携帯電話料金の値下げは、家計の負担減少を意味します。消費者の生活水準が向上することは望ましいことであり、これらを新たなデフレ要因という解釈は違和感があります。「消費者物価指数(全国、除く生鮮食品)の前年比上昇率が安定的にゼロ%以上となるまで継続する」という条件を満たした後は、日本銀行は特殊要因によるコアCPIインフレ率の上振れ・下振れ要因ではなく、物価動向のトレンド、景気回復の持続性などに重点を置いた「総合判断」で量的緩和政策を解除すべきかどうかを決定するつもりです。経済と金融システムが正常化した現在、需給ギャップの縮小、ユニット・レーバー・コストの下げ止り、円の実質実効為替レートの下落、実質金利の低下等は、コアCPIインフレ率を緩やかながら押し上げる要因と考えることが自然です。

 グローバルにみると、今年は原油価格や素材価格が上昇しましたが、賃金上昇率が高くないため、今のところ一般物価への波及はみられていません。もっとも、市場では、(1)主要国では需給ギャップが縮小する中、生産性の伸びが緩やかになっているため、生産者は投入価格の上昇分を販売価格に転嫁するインセンティブが出てきたこと、(2)原油価格高騰が期待インフレ率を押し上げるため、長期金利に上昇圧力がかかる可能性があることを警戒して、FRBは金融引き締めを継続し、欧州中央銀行(ECB)も近い将来の利上げを示唆しているといわれています。

 物価の見通しに関連してデフレの解釈について若干述べたいと思います。日本銀行は2003年10月に量的緩和政策の枠組みに関するコミットとして3条件を提示しましたが、これをもってデフレ脱却の定義と明言することは難しいでしょう。しかし、個人的には、量的緩和政策の枠組みを変更する場合、日本銀行の提示した条件でいえば、3番目の条件として入っている「総合判断」によって、デフレ脱却が展望できると判断して、行うことになるのではないかと思っています。

 日本銀行は、物価動向を見極める上で、消費者物価指数(除く生鮮食品)だけでなく、輸入物価指数、国内企業物価指数、企業向けサービス指数、内需デフレーター、最終消費支出デフレーターなど様々な物価指標を点検しています。例えば、素原材料価格の上昇を反映して10月の国内企業物価指数は前年同月比+1.9%、為替円安の進行を反映した10月の輸入物価(円ベース)は同+18.3%と、予想以上のペースで上昇しています。また、物価のトレンドをみる上では、毎月勤労統計・労働力調査など雇用関連指標、そして、何よりも景気の先行き見通しが重要だと思います。大企業製造業が中心とはいえボーナス支給額は明確に上昇傾向にあることは、家計部門のデフレ・マインドを後退させる要因だと思います。

 いずれにせよ、デフレが懸念されるような状況であれば、量的緩和政策を解除することにならないのであり、現状を多方面から分析することによって「総合判断」を慎重に行っていくことになります。

金融政策運営

 今回の「展望レポート」の(金融政策運営)のパートでは、「枠組みの変更は、日本銀行当座預金残高を所要準備の水準に向けて削減し、金融市場調節の主たる操作目標を日本銀行当座預金残高から短期金利に変更することを意味する。当座預金残高の削減に当たっては、長期にわたって量的緩和政策が続けられてきただけに、金融市場の状況を十分に点検しながら行う必要がある。」と、枠組み変更について概念整理をしました。

 既に議事要旨等で明らかになっているように、私は量的緩和政策の枠組み変更の前に、当座預金残高目標を段階的に引き下げていくことを金融政策決定会合で提案しています。

 「展望レポート」を受けて、当座預金残高目標を段階的に引き下げていけば、ターム物金利や国債イールドカーブには、本来の市場の金利観が徐々に反映されていくと予想されます。金融市場の一部では、来春は金利先高観が今よりも強まっている可能性が高く、解除前に当預目標を下げておかないと、TIBOR3ヶ月物金利が0.5%を超えるとの見方もあります。金融政策の目標を「量」から「金利」に変更した直後の市場の混乱を最小限にとどめる上でも、当座預金残高目標を解除前に引き下げることを選択肢として排除しない方が良いと思います

 具体的な解除プロセスに関する市場参加者の解釈は様々です。短期金融市場では、(1)来年春先に量的緩和政策を解除、(2)来年7~9月期には25bpの利上げ、(3)来年度末までにさらに25bpの利上げ、があると予想している参加者が多いようです。一方、債券市場では、展望レポートにある「極めて低い短期金利の水準を経て」という部分をゼロ近傍の金利が半年~1年以上続くと解釈している向きが多いようです。なかには、「枠組み変更後、新たなコミットメントを設定して、ゼロ金利政策に復帰する」と予想している向きもいます。FRBが1992~1993年にかけて実質FF金利をマイナスにする超低金利政策を採用した際、(1)株高と債券高が同時進行したこと、(2)1994年2月にFRBが金融引き締めに転じた後、長期金利が急騰したこと、を苦い経験として記憶している投資家もいます。

 量的緩和政策の解除プロセスには、当座預金残高目標を所要準備に向けて引き下げることが含まれることは衆知である現在、予め当座預金残高目標を慎重なペースで引き下げることによって、ターム物金利から市場の将来の金融政策に対する予測をもう少し読み取れるようにしておくことは意味があると思います。

 債券市場では、長期にわたって、「ゼロ金利政策」及び「量的緩和政策」における「コミットメントの効果」に依存して金利観が形成されてきており、量的緩和解除後は、市場規律を伴った感覚を取り戻していく必要があります。そのため、日本銀行は金利政策に関する基本的な考え方を示していく必要があるように思います。その際、ひとつの経済指標にコミットした「新たな時間軸」を安易に設定する姿勢は、市場機能を回復させるのに逆効果になるため、個人的には慎重です。

 現在、日本銀行は量的緩和政策の枠組みを維持しています。そして、その枠組み変更については、コミットメントに従って、慎重に行われることになると思います。こうした状況下であっても、量的緩和の解除を将来的に行う可能性があるのであれば、日本銀行として整理しておくべき問題は色々とあると思います。短期金融市場では、(1)金利ターゲットに復帰した後の当座預金引き下げによるターム物金利の上昇圧力はどの程度なのか、(2)その際の日本銀行のオペ運営はどのようなものになるのか、(3)また、オーバーナイト金利の引き上げのペースはどの程度なのか、に関心が強まっていると聞いています。金融政策の正常化プロセスについては、こうした問題意識にも応えることが可能な形で整理することが求められており、議論を一段と深めていきたいと思います。

2.今後の注目点~マネーフローの変化

 バブル崩壊後、わが国の資金の流れは、非金融企業部門の経済活動が鈍化する中、公的部門に資金が流入する構造が続いてきました。しかし、非金融企業部門がいわゆる「3つの過剰問題」の解決にメドをつけてきたことから、マネーフローが重要な転換点を迎えつつあるように思われます。

  1.  第一に、貯蓄超過部門である非金融企業部門と家計部門の資金余剰度合いが最近、弱まりつつあります。その背景には、企業部門では設備投資や雇用を拡大するなど、支出行動を積極化する動きが広がり始めていることや、家計部門では住宅購入を増やしていることがあると考えられます。企業部門の外部資金の取り入れニーズはまだ強いとはいえませんが、特殊要因を除いたベースの銀行貸出は3ヶ月連続で前年比プラスとなり、10月は前年同月比+0.9%まで上昇しています。

  2.  第二に、最近、家計の金融資産の構成に変化がみえます。すなわち、銀行預金、郵便貯金を中心とする貯蓄型志向から、外貨投信など株式投信、外貨預金、不動産投信など高い収益リターンを求めたリスク選好型に転じる動きがみえます。

  3.  第三に、預金超過の主体である家計部門ともに銀行預金を減らす傾向がみえると同時に、量的緩和政策の枠組みが変更されるとの見方から、民間金融機関の「カネ余り」度合いが低下する可能性が出てきています。

 資金循環統計によれば、家計部門の郵便貯金を含めた個人現預金は、2004年度は前年度比-3兆6,329億円と初めて減少に転じています。2005年6月末時点の家計の金融資産残高1,433兆円の構成比率は、現金・預金は54.5%(2004年6月末時点は55.2%)、債券は2.9%(同2.5%)、投資信託2.9%(同2.4%)、株式・出資金は8.5%(同8.6%)、保険・年金準備金は26.9%(同26.6%)となっています。参考までに2005年6月末時点の米国の家計の金融資産残高37.0兆ドルの構成比率をみると、現金・預金が13.3%、債券が6.1%、投資信託が12.9%、株式・出資金が34.0%、保険・年金準備金30.3%と、わが国の家計に比べ、預金・現金比率が著しく低い一方、リスク性資産の構成比率が極めて高いことがわかります。

 現在の超低金利状況でさえ、家計は徐々にリスク性の高い金融資産を選択する傾向がみえます。個人的には、雇用不安が後退すると同時に、資産デフレの終焉を予感させる都心部の地価や株価の動向から、「家計部門のインフレ期待やリスク許容度が高まってくるのではないか?」と判断しています。すなわち、インフレ期待やリスク許容度が高まれば、家計部門の購買意欲や金融資産の選択に変化が生じ、預貯金からリスク性の高い資産へシフトする傾向が続くと見込まれます。

 1990年代後半以降の部門別ISバランスの動きをみますと、家計の貯蓄超過幅は縮小し、企業は貯蓄超過に転じた一方、政府の投資超過幅は大きく拡大しました。利子所得の変化を部門別にみると、低金利により、家計から企業への巨額の所得移転が発生したことになります。この間、政府の利子支払いは、国債残高増にもかかわらず金利低下を反映して、増えませんでした。

 これまで国債大量発行時代の中で長期金利が極めて安定してきた背景には、(1)預金超過の民間金融機関が、貸出から国債・FBへの資金シフトを進めてきたこと、(2)財投改革に伴い日本郵政公社に財政運用資金から巨額な運用資金が返済されてきたこと、(3)個人向け国債の販売が想定以上に好調であったこと、などが指摘できます。しかし、個人向け国債は元本割れリスクがないことが好感されてきましたが、その運用利回りはリスク性資産ほど高くはありませんので、家計部門の資金がリスク性資産に向かう場合には今まで程の人気が続かない可能性もあります。

 民間銀行は、国債市場のメインプレーヤーです。地域金融機関の多くは預貸率が低下する一方、預証率が上昇し、国債保有残高も増えつづけてきました。しかし、金利上昇局面において、預超構造に変化が生じて、民間銀行の保有国債のデュレーションを短期化する可能性や金利上昇局面に入ると大手銀行の流動性預金が予想以上に早く減少し、「コア預金」対応の国債保有を非常に保守的に行う可能性といった国債保有残高を減らすリスクがあります。

 今後のマネーフローの変化を展望すると、(1)個人の金融資産が現預金からリスク性資産にシフトする動きが続く公算が高いこと、(2)民間非金融法人部門は1990年代半ば以降、家計部門に代わって資金余剰傾向を強めてきましたが、債務圧縮などバランスシート調整が進捗したため慎重な企業行動に変化の兆しがみえ始めたことから、金融機関の大幅な「預金超過の構造」が意外に早く修整される可能性が出てきました。マネーフローの変化によって、政策の枠組み変更が長期金利に与える変化が潜在的に大きくなっている可能性については、注意してみていきたいと思います。量的緩和政策の枠組みを変更した「後」には、市中短期金利のボラティリティーが高まる可能性があります。「金利正常化」をできる限りソフト・ランディングさせるためにも、日本銀行としては政策の機動力を損なわない範囲で、金融政策の透明性を高める努力を続けていくつもりです。

3.金融市場の健全化に向けて

 現在の量的緩和政策については、金融市場において、「量」の効果によって、関連する市場のリスク・プレミアムを直接的に縮小させる、といった副作用が指摘されています。具体的には、(1)健全な経済運営に極めて重要なメカニズム金利機能を封殺し、市場の金利発見機能を弱めていること、(2)量的緩和政策の「コミットメント」の効果のほか「量」の効果が加えられており、過剰流動性供給の結果、クレジット市場の発展が阻害されていること、(3)わが国でハイ・イールド債市場がなかなか育成されないなど債券投資家にとって投資対象となるアセットクラスに広がりに欠けていること、(4)年金基金、生保など長期の負債に見合った長期の公社債の購入ニーズが高いにもかかわらず、逆ザヤ状況が解消されないため、資産・負債間の金利リスクのミスマッチ解消がなかなか進んでいないこと、(5)預金生活者の金利収入が長期間にわたってほとんど支払われていないこと、(6)また、経済がグローバル化され、市場もグローバルな中で一体として動いている中、日本銀行の超金融緩和策によってグローバルな過剰流動性が生じており、過剰貯蓄と相俟って、住宅バブル等の資産インフレやコモディティ価格の上昇を引き起こしているのではないか、為替円安の一段の進行によって、将来、貿易摩擦が生じるのではないか、との懸念が生じていること、といった形で現れています。

 日本銀行が4年半以上も「異例な金融政策の枠組み」を続けたため、短期金融市場では人材育成が遅れ、市場機能が低下しているとの指摘があります。また、超低金利政策に慣れ過ぎたため、金利予測に基づくALM機能や資金調達能力が低下していると懸念する向きもあります。短期金融市場は、本来、金融政策の効果を浸透させる重要な役割を担っているはずであり、金利機能が有効に働かない市場環境は、量的緩和政策の宿命とはいえ、そもそも好ましいものではありません。

 マクロ経済政策全体でみれば、財政再建や構造改革が進められようとしていますが、そうした政策を推進するためには、緩和的な金融環境が好ましいとの考え方があることは承知しています。量的緩和解除後であっても、景気が回復を続ける中で物価上昇圧力が高まらないのであれば、引続き極めて緩和的な金融環境を維持することが可能であるため、個人的には、結果として、これら施策をサポートできる面もあると考えています。したがって、先述のような副作用を伴う量的緩和政策を継続しなければ、財政再建や構造改革が実現しないものなのかという疑問が生じます。また、財政再建や構造改革と金融政策では念頭に置くタイムスパンが異なるため、財政再建や構造改革を実現するために量的緩和政策を持続することは、金融政策の機動性を過度に縛ることになりかねません。

 大量に発行された国債は、これまでのところ、発行市場において、概ね順調に消化されています。流通市場でも、国債利回りは、景気回復が明確となった昨年夏場以降も、多少の振れを伴ってはいますが、歴史的にみて極めて低い水準で推移しています。長期金利はやや長い目でみると、経済・物価情勢を反映して変動するものです。この点、現在、国債金利が低い水準で推移している最も基本的な背景としては、何よりも物価が落ち着いていることが挙げられます。これに加えて、幸いにも、財政赤字の増加から国債金利にプレミアムが上乗せされるといった事態を回避できていることも挙げられるかもしれません。内外の論評をみますと、わが国の国債金利について、財政赤字の増加に伴うプレミアムが上乗せされる可能性が取り沙汰されることがありますが、これまでのところ、そうした形でのリスク・プレミアムは発生していないように見受けられます。しかし、一般的に、「財政のリスク・プレミアム」は一旦上乗せされると長期化する可能性が高いものです。金融政策が転換すると比較的速やかに縮小する「金融政策のリスク・プレミアム」とは異なる特徴があるだけに、日本銀行は、政府とともに、この点を意識しておく必要があると思います。

 量的緩和政策は、その「量」の効果によって2年セクターまでの金利を低位安定させると同時に、「コミットメントの効果」によって長期金利全体をファンダメンタルズで説明できる水準よりも低位安定させる上で効果がありました。わが国の債券市場に対する海外投資家の関心が高まっていることも、財政規律を高める要因、すなわち、構造改革を担保する要因として働くはずです。量的緩和政策を解除しても、「極めて低い金利」を維持することでわが国経済をサポートするつもりですが、いつまでも経済と金融システムが安定化したにもかかわらず、「量」と「コミットメント」の効果による政策を継続すべきであるという議論は、金融市場に過度の負担を求めていると言えるのではないでしょうか。

 また、金融市場において金利機能が働かないと、長い目でみると、金融サービス業は発展せず、経済も活性化しないと思います。米国とイギリスの金融サービス業が発達している背景のひとつに、中央銀行による金融政策運営が柔軟的で機動力が高いことを指摘できます。また、民間に対する政府債務は、国民の資産であり貯蓄でもあります。政府債務残高は未曾有の規模ですが、国内の民間部門で財政赤字をファイナンスできています。政府は、(1)国民の貯蓄である国債によって調達した財政資金を効率的に資源配分する、(2)「貯蓄から投資」へと資金の流れを変える、ことによって、全体として国民の経済厚生の水準を最大化するメカニズムを構築することだと思います。

 経済と金融システムが正常に機能し始めた現在、経済の活力を高める上でも、金利機能が働く環境を整えるべきだと思います。信用力の格差に応じて資金調達コストや借り入れコストが異なる状況は自然です。企業が財務体質や収益力を強化して信用力を高める経営努力をすれば、自律的な景気回復につながり、税収増も期待できます。一方、いつまでも金融機関が貸出先企業の経営体力や信用力に応じて貸出金利を設定できない環境が続けば、将来再び不良債権問題に直面することになります。

4.最後に

 日本銀行も微力ながら、デフレ克服に向けて努力してきたつもりです。10月31日公表の「展望レポート」では、金融市場の関心が高いと思われる量的緩和政策の「出口政策」及び「ポスト量的緩和政策」について、金融政策の機動性を損なわない範囲内でできる限り丁寧に概念整理を行ったつもりです。

 日本銀行は、現在、極めて緩和的な金融政策運営を行っています。また、先行きについても、経済がバランスのとれた持続的な成長過程を辿る中にあって物価の上昇圧力が抑制された状況が続いていくと判断されるのであれば、引き続き極めて緩和的な金融環境を維持していけると考えています。展望レポートでも、金融政策の枠組み変更やポスト量的緩和政策における短期金利の水準・時間的経路について、「全体として、余裕をもって対応を進められる可能性が高い」としました。個人的には、「金融政策の正常化」のプロセスにおける基本的な考え方として、「規律性、漸進性、透明性(予見性)」という3原則を念頭においています。

 現行の日銀法では、金融政策の目的は「物価の安定を図ることを通じて国民経済の健全な発展に資すること」と明確に規定されています。その上で、政策委員会の判断と責任において金融政策運営を行っていくことが明確に定められています。また同時に、金融政策が経済政策の一環をなすものであることを踏まえ、政府との十分な意思疎通を図るとされています。日本銀行としては、今後とも日銀法の趣旨を踏まえた運営を行っていくつもりです。今後の金融政策運営は経済動向次第です。我々も予断をもたずに経済指標を丹念に点検していきたいと思います。

 今回の景気回復は派手さに欠けるため、金融政策の枠組み変更に対する慎重論が出ることは理解できます。しかし、戦後の歴史を振り返ると、わが国経済をソフト・ランディングさせない限り、日本銀行は政府や金融市場から批判を受ける、すなわち「結果責任」を問われています。「市場との対話」「政府との対話」の重要性は十分理解しているつもりですが、「説明責任」に余りに時間をとられ、結果的に政策転換のタイミングが遅れてしまったという結果にならないようにも気をつけたいと思います。経済合理性に合致した金利機能が働くことは、長い目でみれば、物価と金融システムの安定及び持続的な景気回復に不可欠です。また、金融サービス業の発展にもつながると強く信じています。

 本日はご清聴、ありがとうございました。

以上