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「日本経済の現状と展望」
----日本経済団体連合会評議員会における総裁挨拶----

2005年12月22日
日本銀行

[目次]

はじめに

 日本銀行の福井でございます。本日は、経済界を代表する皆様方の前でお話する機会を賜り、誠に光栄に存じます。

 さて、年の瀬もせまり、2005年も残すところ1週間余りとなりました。本年を振り返ってみますと、日本経済は、バブル崩壊後の調整にほぼ目途をつけ、新たな発展に向けて着実に前進し始めた1年だったと言えると思います。そこで、本日は、来年以降の日本経済を展望するとの視点から、経済・物価情勢の現状と先行きのほか、やや長い目でみた日本経済の課題について、述べてみたいと思います。

景気の現状

 まず、景気の現状ですが、日本経済は、昨年後半からの一時的な成長鈍化という「踊り場」を脱却し、再び回復のモメンタムを取り戻しています。実質GDP成長率をみますと、7~9月まで3四半期連続でプラスの成長となっています。また、先行きについても、緩やかではありますが、その分息の長い経済成長が展望できると考えています。

 内閣府の景気基準日付によると、今回の景気拡大局面は2002年1月に始まり、間もなく丸4年を迎えます。景気拡大期間は、すでに戦後3番目の長さとなっていますが、平成景気(4年3ヶ月)、いざなぎ景気(4年9ヶ月)という戦後の大型景気の拡大期間を超える可能性も、来年には現実味を帯びてくると考えられます。

 こうした景気回復の動きは、株価の上昇などにも反映されています。日経平均株価でみると、12月初には約5年振りに15,000円台を回復し、昨日は一時16,000円台をつけました。この間、海外投資家の買い越しが大きく増加し、年初来上昇率は3割を超え、主要先進国の中で最も高い上昇率となっています。

 もちろん、こうした景気動向をみていく上では、地域別、業種別、企業規模別でのバラツキにも目配りする必要があります。日本銀行では、地域経済の動向について、全国各地の支店等を通じ情報収集を行っています。こうした情報を踏まえると、多くの地域で景気は回復してきていますが、地域間のバラツキはなお小さくありません。とくに、先端的な技術を有する企業が集積している地域の好調さが目立つ反面、公共投資への依存度が高い地域でやや厳しい状況が続いています。

緩やかながら息の長い景気回復の背景

 今申し上げましたように、日本経済は、来年も、緩やかながら息の長い景気回復が展望できるとみていますが、その背景には幾つかの要素があると考えています。

 一つ目は、世界経済が拡大しており、先行きについても景気拡大が続く可能性が高いとみられることです。そのもとで、わが国の輸出も増加を続けるとみています。

 二つ目は、企業部門が、バブル崩壊後の長期にわたる調整にほぼ目途をつけたことです。企業は、いわゆる「3つの過剰」──債務、雇用、設備の過剰──の調整をほぼ終了しつつあります。この点は、例えば、先日公表した日本銀行の短観において、企業の設備と雇用人員の水準に関する「過剰超」の判断が共に、バブル期以降で初めて解消していること、あるいは、企業の総資産や売上高との対比でみた債務残高が、大企業のみならず、中堅・中小企業でも減少していることなどからも確認できます。

 企業は、「3つの過剰」の調整を進めるだけでなく、経済のグローバル化に即応し国際的な分業体制を新たに構築すると共に、国内においては「選択と集中」に積極的に取り組み、付加価値の高い製品やサービスを生み出す力を高めています。この結果、昨年度の経常利益は、全産業全規模ベースでみると、利益金額、利益率ともにバブル期のピークを上回りました。今年度も原油高等のコスト高を吸収しつつ、4年連続での増益が予想されています。

 このような高水準の企業収益のもとで、設備投資は広範な業種にわたって増加を続けると予想されています。短観の今年度の設備投資計画は、製造業大企業で大きく増加しているほか、中堅・中小企業でも着実に上方修正されており、全産業全規模でみても3年連続の増加となる見通しです。

 また、企業の過剰債務と表裏の関係にある金融機関の不良債権問題も、全体として概ね克服された状態にあり、金融機関の収益も大きく改善しています。こうした中、金融機関の貸出姿勢は積極化しており、貸出も回復しています。CP、社債等の資本市場調達も良好な状態が続いており、企業の資金需要に応えることのできる体制が整っていると評価できます。このように、極めて緩和的な金融環境は、民間需要の増加を後押ししています。

 景気回復の三つ目の背景は、企業収益の好調さが次第に家計所得の面に波及し、それが個人消費の増加を通じ企業部門へ再び波及するという前向きの相互作用が働き始めていることです。

 雇用面では、昨年来、雇用者数の増加が続いており、とくに最近では、フルタイム雇用者が増加しています。また、賃金も、所定内給与が着実に増加しているほか、冬季賞与も高めの伸びとなった見込みです。加えて、配当収入の増加や株価上昇に伴う資産効果も作用し始めているように窺われます。

 雇用・所得環境の改善のもと、消費者コンフィデンスは総じて良好であり、個人消費は引き続き堅調に推移するとみられます。また、低金利が続いていることもあり、住宅投資も分譲や貸家を中心に強含みの動きを続けています。

 景気回復の四つ目の背景は、景気回復のペースが緩やかであることと関係しますが、企業が慎重な経営姿勢を維持しており、設備や在庫などストック面の積み上がりが生じにくいとみられることです。先ほど述べましたように、収益が歴史的にも高水準にあることと対比すると、設備投資はなお控えめとも言えます。ただ、企業行動が慎重であることは、景気の振幅を小さくし、緩やかではあるが、その分息の長い回復につながると考えられます。

先行きの景気を巡る不確実性

 このように日本経済は、順調に回復を続けており、先行きも国内的な要因から景気後退に入る可能性は小さいとみています。もっとも、景気の先行きを展望する上では、高騰を続ける原油価格やそのもとでの米国など海外経済の動向といった点を、引き続き注意してみていく必要があります。

 まず、原油価格については、8月末頃のピーク時からは幾分低下していますが、依然として高値圏で推移しています。この背景には、世界経済の拡大に伴う需要の増加がありますが、先般の米国のハリケーンが、石油精製能力を中心に供給面の弱さを浮き彫りにしたことなどからみても、先行き世界的な原油需要拡大に供給面が十分追いつけない可能性も否定できません。今後、供給制約が強まり、石油価格がさらに上昇する場合には、非産油国の実質購買力の低下、世界的なインフレ懸念の台頭などを通じ、世界経済に影響を与える可能性があります。

 また、米国では、FRBが4%を超える水準にまで漸進的に短期金利を引き上げており、そうした政策効果もあり、コア・ベースの消費者物価上昇率は抑制されています。ただ、原油価格の高騰等もあって、このところインフレ方向へのリスクが意識されています。現在の米国経済の成長の基礎には、適切な金融政策運営のもとで、長期的なインフレ期待が安定し、その結果として、長期金利が比較的低位で推移していることがあります。仮に物価の安定が損なわれ、金融環境に変調が生じると、米国経済の成長鈍化だけでなく、国際的な資金フローの変調を通じ、世界経済に悪影響を及ぼす可能性があることには、十分注意する必要があります。

 このほか、もう少し長い目でみて、世界経済の持続的な成長の観点から各国が取り組むべき課題として、世界的な不均衡拡大があります。12月初にロンドンで開催されたG7でも、これから各国がそれぞれに課された役割を一層真剣に果たしていく必要がある、との認識が共有されました。

物価の動向

 景気回復が続くもとで、物価を巡る環境も好転しています。潜在成長率を幾分上回る成長が続く中、需給ギャップは引き続き緩やかに改善していくと予想されます。また、ユニット・レーバー・コストは、生産性上昇による押し下げが続くものの、賃金が上昇に転じており、低下幅が縮小していくとみられます。この間、各種アンケート調査などでみた企業や家計の物価見通しも、徐々に上方修正されています。

 なお、潜在成長率に関しては、これまで考えられていたより高く、需給ギャップは先行きそれほど縮小しないのではないかという議論もみられます。この点については、生産性の上昇が、供給能力を引き上げるだけでなく、企業の期待成長率や家計の所得見通しを押し上げ、それを通じて需要も拡大させる側面があり、影響の出方については、一概には言えないように思います。

 また、物価の動向を巡っては、成長を続ける新興市場諸国の重要性が増しています。この点については、まず、中国を始めとする新興市場諸国の供給能力拡大などが物価上昇圧力を抑制する側面が指摘されています。もっとも、最近では、こうした物価上昇圧力を抑制する側面だけでなく、新興市場諸国の生産拡大が、原油などの素原材料価格を押し上げる側面にも注目が集まっています。物価の基調をみる上では、こうした世界的な規模での相対価格変化の影響も念頭に置く必要があると考えています。

 個別の物価指標をみますと、国内企業物価は、原油価格など国際商品市況の高騰や、円安の影響等から上昇しており、先行きも上昇を続けるとみられます。また、消費者物価(除く生鮮食品)は、これまで前年比小幅のマイナスで推移してきましたが、10月には前年比ゼロ%となりました。先行きは、若干のプラスとなった後、プラス基調が定着していく可能性が高いとみています。

 消費者物価の先行きについては、来年度以降、電力料金の引き下げなど物価を押し下げる要因も予想されています。こうした特殊要因には、他にも上下両方向の要因があり、これらを総合してみますと、なお不確実な部分は残りますが、「需給環境の緩やかな改善が続く中で、消費者物価の前年比上昇率のプラス基調が定着していく」との基本的な判断を変更する必要はないとみています。

 この間、地価は、全体としてなお下落傾向が続いていますが、東京を始めとする大都市圏の一部で上昇に転じてきています。こうした地価の動きは、経済の先行きに関する人々の見方が好転しつつあることを示唆するものとして注目しています。

今後の課題:人口減少社会の到来

 これまでみてきたように、日本経済は、順調に回復を続けていますが、近未来を展望すると、少子高齢化が進み、総人口が減少していく時代を迎えることになります。

 人口統計をみますと、15~64歳の生産年齢人口は、1995年をピークにすでに緩やかな下落に転じています。総人口も、国立社会保障・人口問題研究所による中位推計では、2006年をピークに減少を始めるとされていますが、この推計よりも早く減少に転じる可能性も指摘されています。

 こうした総人口の減少は、日本経済に大きな影響を及ぼすと考えられます。まず、総人口の減少は、労働参加率が一定であれば労働力人口の減少をもたらし、その場合、機械的に計算すると、資本による労働の代替や技術進歩率の上昇がなければ、経済成長率の低下につながります。もう少し近い将来を考えても、団塊の世代が2007~09年にかけて定年退職年齢に達してきますので、この面からも、労働力人口の減少が加速する可能性も考えられます。あるいは、総人口が減少するもとで、高齢者が増加していくと、貯蓄率が低下し、資本蓄積の減少につながるかもしれません。

 ただ、技術進歩や効率性の改善があれば、労働力が減少する中にあっても、一人当たり所得を維持するだけでなく、日本経済が全体として、新たな発展を実現していくことは十分可能と考えています。

 まず、経済には、総人口減少、高齢化といった環境変化に対応していく力が備わっていると考えられます。例えば、労働力が不足してくると、賃金の上昇等を通じ、労働参加率が上昇する可能性が考えられます。また、労働集約的な産業の海外生産移転が進み、より資本集約的な産業へと産業構造が変化していくかもしれません。あるいは、高齢化に伴って介護など新たな製品・サービスへの需要が生じ、こうした面からも産業構造の変化が促されることも考えられます。

 もちろん、こうした経済の対応力を引き出すためには、経済・社会システムを環境変化に対応させていくことが重要です。例えば、平均寿命の高まりに対応して、退職年齢に達した人々の再雇用機会を確保し、より長く働ける社会を実現していく必要があります。団塊の世代の退職問題への対応は、こうした視点が大切だと思います。また、女性の労働参加率を高めるためには、育児支援なども含めて、家庭と仕事の両立のための環境整備が求められます。こうした環境整備は、労働力の減少をより緩やかなものとすることにつながると期待されます。あるいは、人口構造の変化に伴う金融資産ニーズの多様化への対応は、家計のリスク許容度を金融面から高めることに寄与すると考えられます。

 もう一つ極めて重要なのは、生産性の向上をいかに図るかという点です。そのためには、経済構造の柔軟性をより高め、限りある資源をより有効に活用し、生産性を向上させると同時に、イノベーション──技術革新と知識創造、そしてそれらの結合──によって経済のフロンティアを拡大させていく必要があります。こうした方向への動きは、単に経済の供給サイドを強化するだけでなく、持続性のある需要の創出につながると考えられます。つまり、イノベーションを梃子にして、より需要の伸びの大きい成長部門へと生産資源がダイナミックにシフトすることで、需要と供給が相互補完的に拡大していくと期待されます。

 申すまでもなく、企業経営者の皆様は、こうした環境変化を十分先取りして、すでに前向きの対応を始められていると思います。こうした取り組みを通じて、経済のダイナミズムが発揮されていけば、今後、労働力が減少する中にあっても、日本経済の潜在力を高めることは十分可能と考えています。

金融政策の運営

 最後に、日本銀行の金融政策運営について、一言申し上げます。

 金融政策の運営は、物価の長期的な安定を通じて、日本経済の均衡のとれた持続的な発展に貢献することを目的としています。

 当面の金融政策運営については、この目的を達成するため、消費者物価指数に基づく明確な「約束」に従って、量的緩和政策の枠組みを継続していく所存です。もっとも、景気回復の持続性が高く、消費者物価上昇率も次第にプラス基調が定着していくことが展望される中、量的緩和政策というデフレ・スパイラル阻止のための異例の政策運営枠組みは、来年度にかけて変更を迎える可能性が高まっています。その際には、経済・物価情勢を十分に点検し、「約束」で示した条件、すなわち「消費者物価指数の前年比が安定的にゼロ%以上」が満たされたかどうかを確認していくことになります。

 現在、量的緩和政策の効果は、短期金利がゼロであることによる効果が中心になってきており、枠組みの変更自体によって、政策効果の面で大きな変化は生じないと考えています。むしろイールド・カーブが市場の中で自然に形成されるようになり、経済の活性化を促す方向に働くようになると思われます。また、解除後の金利の水準については、経済・物価情勢次第であることは言うまでもありませんが、経済がバランスのとれた持続的な成長過程を辿る中にあって、物価が反応しにくい状況が続いていくのであれば、引き続き極めて緩和的な金融環境を維持していけると思います。

おわりに

 以上縷々お話ししましたが、日本経済は、バブル崩壊以降、10年以上に及ぶ調整過程を経て、本格的な回復過程に入っています。構造改革は、つまるところ、市場原理に従って経済を運営し、民間の活力を最大限に引き出していくことを意味しています。規制緩和などの政府の施策と、民間の努力によって、日本経済は新たな発展を展望できるようになっています。今後は、財政再建への道筋を国民の信認を十分得ながら強固に打ち立て、民間経済のダイナミクスをより良く発揮させるようにしていくことが大切だと考えます。

 日本銀行としても、適切な金融政策運営を通じて、長い目でみた物価の安定を目指すことで、日本経済の発展に貢献してまいりたいと考えています。

 ご清聴ありがとうございました。

以上