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短期金融市場と日本銀行

2005年11月29日「金融調節に関する懇談会」における白川理事スピーチ

2005年11月
日本銀行

[目次]

  1. 1.はじめに
  2. 2.短期金融市場の重要性
  3. 3.近年における短期金融市場の変化
  4. 4.市場構造の変化への対応
  5. 5.おわりに

1.はじめに

 「金融調節に関する懇談会」は、日本銀行とオペ先の皆様との間のコミュニケーションを深めることを目的として、2000年3月にスタートし、今回で17回目の開催となりました。私もこの会合にはこれまで何度も出席し、昨年1月には「国債市場と日本銀行」とのテーマでお話する機会を設けさせて頂きました。この会合の出席者は、私どもを含めて短期金融市場の参加者であり、この市場が発展し円滑に機能していくことに共通の利益を感じていますし、また責務も感じていると思います。それだけに、当面の金融政策運営といった観点を離れ、やや長い目で見て、日本銀行を含め、短期金融市場の参加者がこの市場の発展のためにどのような課題に取り組んでいく必要があるかを考えてみることには、意味があるのではないかと思います。そこで、本日は、「短期金融市場と日本銀行」というテーマで、私自身が常日頃感じているところをお話申し上げたいと思います。後ほど皆様の忌憚のないご意見、ご感想をお聞かせ願えれば幸いです。

2.短期金融市場の重要性

 短期金融市場には、コール市場や短期国債市場、CP市場など、多様な市場が存在しています(図表1)。その中でも、マネーマーケット、すなわち「マネーを取引する市場」という言葉が持つ本来の意味に最も近い市場としては、金融機関が最終的な資金の収支尻を合わせるための市場を第一に挙げることができます。米国でいえばフェデラル・ファンド(FF)市場、日本ではコール市場ということになります。また、国債現先(レポ)市場も、ごく短期の資金取引を扱っており、資金繰り調整の場となりうるものです。こうした市場は、民間金融機関にとって、金融取引全体を円滑に進めるうえで、きわめて重要なインフラと言えます。

 短期金融市場は、中央銀行にとっても、幾つかの重要な役割を担っています。第一は、金融政策の操作目標としての役割です。通常、中央銀行の操作目標はごく短期の資金取引を行う市場の金利であり、その円滑な金利形成は中央銀行にとってきわめて重要です。米国ではFF金利を操作目標と位置付けていますし、日本でも、量的緩和政策を行っている現在は日本銀行当座預金残高が主たる操作目標ですが、それ以前はコール市場の無担保オーバーナイト物レートを操作目標としていました。第二は、金融政策の効果浸透のための役割です。金融政策の効果は、操作目標金利を出発点とした市場間の金利裁定を通じて浸透していくものであり、各種の短期金融市場が高い機能を有し、金利裁定が働きやすい状況にあることが重要です。第三は、金融調節(オペレーション)を行う場としての役割です。中央銀行が操作目標を達成するうえで、短期金融市場そのものがオペレーションの場となっています。

3.近年における短期金融市場の変化

 次に、このように重要な役割を担っている短期金融市場について、近年、わが国で生じた幾つかの変化を振り返ってみたいと思います。

金融緩和を背景とした取引減少

 まず第一に、金融緩和政策に伴って市場取引が大幅に減少していることが挙げられます。

 オーバーナイト物レートは99年2月のゼロ金利政策採用以降、ごく一時期を除き、長期にわたってほぼゼロという状態が継続しています。とくに、2001年3月に量的緩和政策を導入してからは、オーバーナイト物レートはさらに低下し、コール市場の取引は大きく減少しています(図表2)。

 この背景には、言うまでもなく、資金の出し手にとっては、ゼロ金利のもとで資金を放出するインセンティブが低下する一方、取り手にとっても、日本銀行が積極的にオペで資金供給を行うため、市場で調達する必要性を感じなくなっているという事情が存在します。量的緩和政策のもとでの潤沢な資金の供給は、金融市場が不安定化することを防ぐことを通じて、経済活動の落ち込みを回避することに大きく貢献しました。ただ、その半面で、日本銀行のオペへの依存度が高まる結果、現在は市場参加者が自らの金利観や資金ポジションを考えながら資金取引を行うという、市場本来の機能が発揮されにくい状態になっています。また、市場参加者からは、取引減少の結果として、与信枠の縮小、資金繰りセクションの人員減少やノウハウの低下など、円滑な市場取引を支える広い意味での基盤というか「資本」が減少しているのではないかと、懸念する声が聞かれていることもご承知の通りです。

資金の取り手・出し手の変化

 第二に、短期金融市場における取り手・出し手の顔ぶれが変化していることが挙げられます。

 短期金融市場では、以前は、都銀・長信銀が資金の中心的な取り手になる一方、地銀・地銀IIや系統金融機関などが資金の出し手になるという構造がありました。しかし、近年の状況をみますと、都銀による資金調達が大幅に減少しており、都銀が出し手に回るケースも少なくありません。

 これには、量的緩和のもとで都銀がオペで多額の資金調達を行っていることに加え、都銀の預金・貸出構造が従来と大きく変化していることの影響も大きいと考えられます。都銀等の資金ポジションをみると(図表3)、近年は、企業の財務リストラや銀行の資産見直しが進むもとで、貸出や保有株式が大幅に減少する一方、信用力の高さを背景に預金の受入れが増加している結果、「預超」に変化しています。この間、資産サイドでは国債の保有を増やしていますが、それでも、以前のように短期金融市場で大量に資金調達を行う必要性は低下しています。

 一方で、最近は、証券会社の短期金融市場での資金調達が増えています。この背景には、国債の発行が増加し取引が活発になっていることや、株式の取引が増えていることなどに伴って、証券会社の決済資金ニーズが高まっていることがあるものと考えられます(図表4)。また、このところ外銀の調達も増えています。これは、邦銀の信用力回復に伴い為替スワップ市場等においてマイナス金利で資金調達を行える機会が減少していることを背景に、外銀がコール市場での調達に切り替えているためと考えられます。

主要金融機関の「メガ化」

 第三に、規模の大きな金融機関がこれまで以上に「メガ化」していることを指摘できます。

 金融再編の流れの中で、市場でのプレゼンスが大きい都銀等の統合・合併が相次ぎ、主要な市場参加者の資金規模が一段と拡大すると同時に、その数が減少しています。また、2003年4月には日本郵政公社が発足し、多くの民間金融機関と同様に、日本銀行に保有する当座預金で資金決済を行うようになりました。

 金融機関の「メガ化」の状況について具体的にみますと(図表5)、1999年度末時点では、都銀9行の1行当たりの平均預金額は23兆円でしたが、2004年度末時点では、主要5グループの1グループ当たりの平均が49兆円となり、倍増しています。この数字をベースに、日本郵政公社を加え、来年1月の東京三菱銀行とUFJ銀行の統合を勘案して計算しますと、1グループ当たりの平均預金額は92兆円にまで膨らみます。

 このように規模の大きな金融機関がこれまで以上に「メガ化」し、数が減ることが、長期的に見て短期金融市場にどのような影響を与えていくのか、現時点では即断できませんが、メガ金融機関の資金の調達・運用行動次第では、短期金融市場の厚みや金利形成に影響を及ぼす可能性も否定できません。

資金決済制度の変化

 第四に、資金決済の制度面での変化が挙げられます。

 量的緩和が始まる直前の2001年初に日本銀行当座預金決済と国債決済がRTGS(即時グロス決済)化され、2002年には外国為替決済分野でCLS(多通貨同時決済)銀行が設立されました。これらは、いずれも、決済面でのリスク削減を主な目的としたものであり、大変大きな意味を持つものです。ただ同時に、RTGSへの移行に伴い、金融機関は一般的に言って従来よりも多くの日中流動性が必要となることも意識しておかなければなりません。また、CLSについては、円の決済が夕刻となるため、何らかの事情で決済が滞った場合に、市場で円滑に資金を手当てすることが難しくなる可能性を指摘する声も聞かれます。

 さらに、来年1月には、永年の課題であった電子CPや一般債の取引をDVP決済する仕組みが本格的に導入されます。これらはいずれも望ましい動きですが、資金という観点から見ますと、日中流動性の需要を高める方向に作用します。

 このように、資金決済面での制度的な変化は、日中の流動性需要の規模や時間的パターンの変化を通じて、短期金融市場にも影響を及ぼしうるものとして認識する必要があります。

カウンターパーティー・リスクへの意識の高まり

 第五に、金融機関が90年代後半の金融危機を経験し、市場取引においてカウンターパーティー・リスクへの意識を高めていることが挙げられます。

 先ほど、取引減少に伴う与信枠の減少や、資金の取り手・出し手の構造的変化に言及しましたが、短期金利が低い状況下では、リスク意識の高まりは、局面によって、無担保での資金取引を制約する方向に働く可能性が考えられます。しかし、金融機関がカウンターパーティー・リスクを適切に管理することは必要不可欠なことです。その意味で、望ましい方向への意識の変化が短期金融市場の機能の低下に繋がらないように努力することが必要となります。この点、カウンターパーティー・リスクへの意識の高まりは、国債というリスクフリーの担保をベースとした資金取引に対するニーズを高める可能性があることを指摘したいと思います。

4.市場構造の変化への対応

 以上述べたような短期金融市場の構造的な変化は、市場取引や短期金利の形成に少なからぬ影響を及ぼす可能性があります。ただ、現在は、量的緩和のもとで大量の流動性が供給されているため、こうした構造的な変化の持つ意味合いや課題が認識されにくくなっていることも事実です。短期金融市場の発展や機能向上のためには、日本銀行、民間市場参加者の双方が、長期的な観点から、粘り強く課題に取り組んでいくことが重要であると思っています。

日本銀行の取り組み

 そこで、まず、短期金融市場の機能向上という大きな課題に向けて、日本銀行が取り組んでいることについてご説明したいと思います。

 第一は、民間金融機関の業務効率化に資するような、オペレーションにかかる取引実務の改善です。日本銀行では、今年度に入り、すでに国債系オペのクリアリング・バンク対応などを実現しましたが、9月の金融政策決定会合では、手形買入オペの取引方式の見直しに着手することを決定しました。これは、同オペにかかる事務のSTP(約定から決済までの自動処理)化の実現を目的としたもので、来年半ば以降に新方式に移行する予定です。今後は、新方式の円滑な導入に向けて準備を進めるとともに、オペレーション実務全体のさらなる改善を目指し検討を重ねていきたいと思います。

 第二は、本日その基本的な考え方を公表した、次世代RTGSの導入です。これは、2008年度を目途に現行のRTGSに流動性節約機能を導入することによって、RTGSが本来有する決済の安全性に加え、効率性を向上させることなどを目的としたものです。こうした決済制度面での取り組みは、節約可能となる資金・担保を活用した取引の活発化を通じて、短期金融市場の発展に繋がる面もあると考えています。

 第三に、災害時のBCP(業務継続体制)の充実です。短期金融市場の発展という観点からは、様々な災害時において市場の基本的機能が維持されることも、重要な要素となります。そのためには、日本銀行自身のBCPを充実していくとともに、民間金融機関等との連携を含め、市場全体で実効性あるBCPを整備していくことが必要と考えています。

民間市場参加者の取り組み

 一方、民間市場参加者でも、短期金融市場の構造変化を念頭に置いて、対応していくことが望まれます。それぞれの金融機関の事情によって課題は自ずと異なる面もあると思われますが、市場全体としては、以下のような取り組みが重要ではないかと考えられます。

 まず、リスクフリー(有担保)市場の整備が挙げられます。資金取引における、金融機関のカウンターパーティー・リスクに対する意識の高まりや、取り手・出し手の顔ぶれの変化などを踏まえれば、オーバーナイト資金取引を含め、有担保での資金取引市場を充実・整備していくことは重要な課題と考えられます。有担保での資金取引市場としては、現在は、有担コール市場や国債現先(レポ)市場が存在しています。ただ、前者については、担保価額の評価方法について、リスク管理の観点から検討が必要かも知れません。他方、後者については、当日スタートのオーバーナイト取引が殆ど行われていないことや、グローバル・スタンダードとは異なる、現金担保の債券の貸借という「日本版レポ取引」が依然中心となっていることなどが課題として指摘されています。

 また、日中コール市場の活用も課題になるものと思われます。コール市場では以前から半日物コールが存在していましたが、2001年に、日本銀行当座預金決済等のRTGS化に伴って、適格担保を裏付けとした日本銀行による流動性供給だけでは応じることのできない日中の流動性需要に対応すべく、新たに日中コール取引が導入されました。しかし、その直後に量的緩和政策が採用され、現在は、日中コール取引はさほど活発には行われていないようです。日中流動性の規模は、次世代RTGSが導入されれば節約される方向にありますが、今回の私どもの提案でもその導入は2008年度以降でありますし、導入後も日中流動性への需要はある程度続くことが予想されます。

 このほか、次世代RTGSの導入や市場BCPの整備に当たっては、日本銀行とともに、民間の取り組みも不可欠です。例えば、次世代RTGSを円滑に実現するためには、関連する参加者や民間決済システム運営主体において、制度やシステム・実務面での対応が求められるほか、次世代RTGSのメリットを活かすような資金取引に関する市場慣行の整備に努める必要もあると思われます。

 現在のように大量の流動性が供給されゼロ金利が続いているもとでは、流動性節約の価値もほぼゼロとなります。このような状況下、短期金融市場の機能向上への取り組みは、個々の民間金融機関の経営体の判断として資金部門に十分な資本が配分されていないこともあって、なかなか容易でないことは承知しています。ただ、短期金融市場は金融取引全体の基本的なインフラであるだけに、その健全な発展はきわめて重要であると思われます。皆様におかれては、是非、長期的な視野に立って、先程申し上げたような課題についても、積極的に取り組んで頂ければと思います。

5.おわりに

 本日は、短期金融市場の構造的な変化と、市場関係者が取り組むべき長期的な課題についてお話させて頂きました。

 先般、日本銀行金融研究所のスタッフが、歴史的な文献等をもとに、明治時代の金融市場の統合について調査した論文(「日本銀行のネットワークと金融市場の統合」)を発表しました。これによると、日本銀行の設立目的のひとつとして、地域的に分断されていた金融市場の全国的な統合を推進することが挙げられていたと指摘されています。また、日本銀行は1882年の設立以降、それまでに形成されつつあった民間金融機関による「自生的金融市場」をベースに、金融市場の統合を進めたといった分析が示されています。当時と今とでは、時代も金融市場を取り巻く環境も全く違いますが、金融市場をより良いものにしていきたいという市場関係者の思いは、時代を越えて共通のものであると感じました。

 ご清聴ありがとうございました。

以上