ホーム > 日本銀行について > 講演・記者会見・談話 > 講演・記者会見(2010年以前の過去資料) > 講演・挨拶等 2006年 > 滋賀県金融経済懇談会における水野審議委員挨拶要旨「最近の金融経済情勢と金融政策運営」

「最近の金融経済情勢と金融政策運営」

滋賀県金融経済懇談会における水野審議委員挨拶要旨

2006年3月13日
日本銀行

目次

  1. 1.「着実な景気回復」の持続性
  2. 2.海外経済の動向
  3. 3.貸出利鞘を巡る視点
  4. 4.主要国の中央銀行が直面する課題
  5. 5.漸進的なアプローチによる「金融政策の正常化」
  6. 6.最後に

 本日は、ご多忙の中、滋賀県の経済界を代表される皆様のご出席を賜り、懇談の機会を得ましたことを大変ありがたく、また光栄に存じます。日頃は、市原支店長をはじめ日本銀行京都支店が、金融・経済の調査等々で大変お世話になっております。厚くお礼申し上げますとともに、今後ともよろしくご指導を賜りますよう、お願い申し上げます。

 さて、本日は、最近の金融経済情勢をアップデートした後、銀行の貸出利鞘、主要国の中央銀行が直面する課題といった私が関心を持っている論点について言及した後、金融政策運営について触れたいと思います。そして、最後に、簡単ではありますが、滋賀県を訪問させて頂いた印象を申し上げたいと思います。

1.「着実な景気回復」の持続性

概観

 わが国の景気は、内外需バランスよく、着実に回復しています。昨年夏場に「踊り場」的な状況を脱却した後、早い段階で「生産・所得・支出」の好循環に入り、景気回復のモメンタムは強まっています。

 日本銀行は、1月分の金融経済月報から、「わが国の景気は、着実に回復している」と、バブル崩壊後で最も強い表現を使っています。2005年度の実質GDPを四半期ベースでみると、1~3月期が前期比年率+6.0%、4~6月期が同+5.4%、7~9月期が同+1.4%の後、10~12月期は同+5.4%となりました。仮に今年1~3月期が同0.0%でも、2005年度の実質GDP成長率は+3.2%となります。2003年度~2006年度にかけての4年間の実質GDP成長率は平均2%を上回ると見込まれます。

 2002年1月からスタートした今回の景気回復局面は、2006年4月でバブル期と並ぶ4年3か月に達します。今回の回復局面が息の長いものとなっている背景は、海外景気の拡大や企業部門の構造調整圧力の後退とともに、個人消費が底堅い動きを続けてきたためです。最近の経済指標をみると、民間内需面では景気の目立った死角はほとんどなく、「わが国経済は息の長い成長を続ける公算が高い。」という日本銀行の見解を変更する理由は見当たりません。わが国経済は現在、在庫循環、設備投資循環、建設循環のいずれも上昇局面にあると見込まれるため、相当強い外的ショックが発生しない限り、戦後最長であった「いざなぎ景気(1965年10月~1970年7月)」の57か月を上回る蓋然性が高いと見込まれます。もっとも、日本銀行としては、さらに景気回復局面が長くなるように、金融面からしっかりとサポートしていきたいと思います。

 わが国経済は、10年以上にわたる景気低迷局面を経て、漸く民間内需主導型の景気回復局面に入ったと思います。振り返ってみると、バブル崩壊後の10年余りの景気低迷は、「失われた10年」と言うよりも、経済のグローバル化、IT革命、BRICs諸国の台頭など世界経済の環境変化に直面する中で、日本経済がダイナミックに再生するための適応過程であったともいえます。

 以下では、民間内需を構成する個人消費、住宅投資、設備投資について述べた後、雇用についても簡単に触れたいと思います。

個人消費

 個人消費は2003年後半以降、回復の動きが次第に明確化してきています。個人消費が底堅い背景としては、(1)企業の人件費抑制姿勢が若干緩やかなものになったことから、ペントアップ需要が顕在化してきたこと、(2)介護保険制度導入により将来不安が後退したこともあって、高齢者層(シニア層)を中心に消費性向が趨勢的に上昇してきたこと、(3)堅調な住宅投資、株高による資産効果、雇用・所得環境の改善に伴う消費者マインドの改善もあって、家電販売等の耐久財消費が好調なこと、(4)外食・旅行・介護などサービス消費が好調なこと、などが指摘できます。

 株式を保有する家計は、株式の含み益と配当所得の増加という形で資産効果を享受できるため、消費者マインドは改善するはずです。個人消費は二極化・多極化の様相をみせています。富裕層は、海外ブランドなど高額商品に対する購買意欲が強く、百貨店業界でも絵画や高級腕時計など高額商品の売れ行きが良いそうです。この背景には、資産効果が寄与していると思われます。

住宅投資

 住宅投資の好調さは目を引くものがあります。昨年7~9月期、10~12月期の新設住宅着工戸数はそれぞれ季調済年率127.7万戸、同125.2万戸と高水準を続けています。

 分譲マンション市場は、首都圏を中心として7年にわたり高水準な販売状況が続いています。2005年度に入ってからは、首都圏の契約率は過去最高水準に達し、在庫もかつてない水準まで低下しています。不動産経済研究所によると、昨年10~12月期の首都圏新築マンション売却戸数は季調済年率8.9万戸と、7~9月期と同水準となりました。新規契約率は83.3%と7~9月期の84.5%を下回ったものの高水準を維持しています。ただ、1月はそれぞれ同7.2万戸、77.8%にとどまりました。今後、耐震強度偽装問題の影響でマンションの着工認可がおりるのが遅れる可能性には注意しておく必要があると思います。

 不動産業界に対するミクロ・ヒアリングによれば、最近の分譲マンションの購入者の特徴点としては、(1)団塊ジュニア層が本格的な購入適齢期に入ったこと、(2)単身者やDINKSなど少子化・晩婚化世帯が戸建住宅よりもマンションの購入を選択していること、(3)超高層マンション(タワー型マンション)の人気が高いこと、(4)郊外の戸建住宅に住んでいるシニア層が利便性を求めて立地の良い駅前や都心のマンションに住み替えるケースが増えてきたこと、(5)都心部の地価上昇を受けて、マンションの値上げを意識する購入者が増え始めていること、が指摘できます。また、分譲マンション在庫の減少の背景のひとつに不動産ファンドへの「一棟売り」の活発化もありますが、あくまでも限界的な要因に過ぎず、分譲マンションへの実需が強いことが主因であるとの意見が多いです。

 大手ディベロッパーの多くは2007年度販売分の用地取得を概ね完了しており、分譲マンションの販売の方は暫く持続しそうです。一方、準大手以下は、用地取得に苦戦する先が多くなっていると聞きます。そのため、首都圏の中で、東京都心の新築物件の供給が減って、千葉・埼玉県など郊外の新築物件の販売が増えてきています。不動産業界に対するミクロ・ヒアリングによれば、「今のところ首都圏全体でマンション販売は好調との全体的な評価に大きな変化はない」との見方が多いものの、「都心ではなく、郊外の物件でも本当にマンションは売れるのか」という一定の警戒感も聞かれます。今後の開発の動向については、(1)首都圏におけるマンション販売ブームに過熱感が出ないか、(2)好調なマンション販売はどの程度の持続性があるか、という観点から、注意深くみていきたいと思います。

設備投資

 有力企業の業績発表をみると、企業収益は全体的に上方修正の方向にあります。好業績を背景に、慎重な企業行動にも変化が窺われます。設備投資については、補修・更新投資の目的だけでなく、国際的な競争激化に対応した能力増強投資を国内外で増やす動きが、少なくとも来年度にかけて続くと見込まれます。また、設備投資の増加に伴い、前向きな資金需要も緩やかに増加しています。2月の銀行貸出(特殊要因を除くベース)の前年同月比は+1.4%と緩やかながらプラス幅が拡大してきています。

雇用

 雇用については、1月の有効求人倍率は1.03倍と、1992年9月の1.02倍以来の高い水準になりました。毎月勤労統計によれば、2005年の冬季賞与を、11月~1月の特別給与でみると、前年比+1.6%と、2004年冬の同+1.8%、2005年夏の同+1.7%並みの伸びとなりました。所定内給与は一般労働者の賃金上昇を主因に、緩やかに増加しています。常用労働者数と名目賃金をかけ合わせて算出される雇用者所得は、昨年7~9月期の前年同期比+0.9%に続き、10~12月期は同+1.6%、1月は+0.5%と緩やかな増加を続けています。団塊の世代の退職を睨んで優秀な人材の中途採用、新卒採用の増加、来春の賃金交渉でのベア復活の可能性など、企業部門の回復が家計部門に波及しています。

2.海外経済の動向

 先程は、民間内需について触れましたが、実質輸出も、米国と中国向け輸出の好調を反映して、昨年7~9月期が前期比+3.3%、10~12月期が同+2.8%、今年1月の対昨年10~12月期比が+2.1%と高い伸びを続けています。海外経済の動向については、昨年10月の「経済・物価情勢の展望」(展望レポート)でも上振れ・下振れ要因の一つとして採り上げたことから、足許の動向について評価を行いたいと思います。

米国経済

 まず、米国経済について簡単に言及したいと思います。米国経済も底堅い動きが続いています。昨年7~9月期まで10四半期にわたり潜在成長率近傍の実質GDP成長率が続いた後、10~12月期の第一次改定値は前期比年率+1.6%(速報値は同+1.1%)と大きく鈍化しました。しかし、今年1~3月期は(特殊要因があるものの)乗用車販売など個人消費が堅調で,同+4.0~+5.0%が予想されています。今年前半の米国経済は潜在成長率近傍で推移することが最も蓋然性が高いシナリオですが、米国経済は供給余力の制約に近づき、労働需給に逼迫感がみえるため、若干過熱気味で推移する可能性も否定できないと思っています。実際、2月の非農業部門雇用者数は前月比+24.3万人と1月の同+17万人を上回りました。1月と2月の平均は概ね潜在成長率に見合った増加数(前月比+15~20万人程度)といえます。暖冬という天候要因はありますが、1月の自動車販売と小売売上高は極めて堅調な数字となりました。最近の経済指標をみて、FRBはインフレ警戒感を強めているのではないかと推察されます。

 米国経済のリード役は、家計部門から企業部門、すなわち、設備投資に徐々にシフトすると見込まれますが、全体として昨年とほぼ同じ程度の実質GDP成長率が予想されます。景気のリスク・バランスという観点では、昨年の原油価格上昇の二次的影響、金融引き締めの累積的な効果がラグをもって顕在化するリスクがあるため、下振れリスクの方が大きいといえます。ただ、(1)全米にわたって住宅価格が異常な水準にあるわけでない、(2)FRBによる「金利の正常化」が住宅投資に強い抑制効果を与える可能性は低い、(3)株式相場は堅調に推移しているなど、失速するリスクは小さいと思います。

 住宅バブルの崩壊が世界経済のリスクとして指摘されていますが、(1)全米にわたって住宅価格が異常な水準まで高騰しているわけではないこと、(2)FRBによる「金利の正常化」が住宅投資に強い抑制効果を与える可能性は低いことから、杞憂だと思います。今年後半の米国経済について、現時点では、今後金融引き締めの累積的効果が家計部門の支出を抑制するため、潜在成長率を若干下回る可能性が高いのではないか」という程度に、大まかに捉えておいた方がよいと思います。

 米財務省証券のイールドカーブはほぼフラットな状態が続いています。しかし、世界的に年金マネーがALM重視の運用手法を強め、長期債購入ニーズが高いことも影響しており、景気減速または景気後退の兆しと捉えるべきでないと判断しています。むしろ、非金融企業の潤沢なフリー・キャッシュフローや信用リスク・プレミアムの縮小と並び、低い長期実質金利は金融引き締めの効果を弱める要因になっています。

 米国の不均衡拡大、住宅バブル崩壊のリスク、グローバルな貯蓄過剰を米国が吸収している構図が変化するリスク、米議会で保護主義的圧力が高まるリスクなど、米国市場に関する話題は事欠かきません。しかし、今年の米国経済の潜在的な最大のリスク要因は、インフレ圧力の上昇に伴う長期金利上昇であると思われます。3月に入ってから、米国債イールドカーブはベア・スティープ化傾向となっています。FRBの金融引き締め局面が予想よりも長期化するとの見通しが強まれば、米国の長期金利はイールドカーブ全体に上昇する可能性が高いと見込まれます。

 インフレ圧力が高まるリスクとしては、(1)1月の設備稼働率は80.9%、1月の失業率は4.7%など供給制約に近づいていること、(2)エネルギー価格の高止まりが非エネルギーの財・サービスの物価に波及する可能性、(3)潜在成長率を上回るペースで景気が拡大していること、が指摘できます。FRBは、インフレ期待の低位安定が物価の安定のために重要と考えており、バーナンキ新議長は金融引き締めを持続する可能性が高いと予想されます。

中国経済

 次に中国経済は昨年の夏場以降、景気過熱抑制策を受けた在庫調整・設備投資抑制による調整局面を脱し、輸出と固定資産投資主導の景気回復が続いています。

 中国の国家統計局と国務院は昨年12月20日、「第一回中国経済センサス」の調査結果を受けて、2004暦年のGDP改訂値を公表しました。公表されたのは、(1)2004暦年のGDPの水準、(2)第1次・第2次・第3次産業のシェア、の2点のみです。前者は、従来の1.65兆米ドルから1.93兆米ドルへと+16.8%上方修正されました。時系列の前年比伸び率は公表されていません。後者については、センサス調査結果により従来のGDP統計がサービス業を下方推計していたことが判明し、これを修正したことによるもので、第1次産業が15.1%→13.1%(-2.1%ポイントの低下)、第2次産業が52.9%→46.2%(-6.7%の低下)、第3次産業が31.9%→40.7%(+8.8%ポイントの上昇)とされました。

 中国国家統計局は1月9日、「第一回中国経済センサス」を受けて実質GDP成長率を過去に遡及して上方修正しました。それによると、2002年は+9.1%、2003年は+10.0%、2004年は+10.1%、2005年は+9.8%となっています。民間エコノミストは、2006年~2008年にかけて中国経済は平均で+8~9%の実質成長率を達成するとの見方が多いようです。

 個人的には、2006年と2007年は潜在成長率(+9%程度)近傍か、それを若干上回るペースで拡大するとみています。中国経済は当面アップ・サイドの可能性の方が高く、2006年の実質GDP成長率が+10%台となる可能性もあると思います。しかし、低い資本コストによる投資主導型経済で、いわゆる「ナイフのエッジ型の成長」を続けています。景気拡大の制約として、(1)土地、(2)労働力、(3)エネルギー、(4)天然資源、(5)公害(外部経済)、(6)社会・政治不安、(7)輸出環境、を指摘できます。特に、経済成長の「質」の改善、エネルギーの効率的活用は、今後の重要なテーマといえます。

 また、農村地帯における貧困は、中国経済の弱点です。農村人口は、全人口13億人のうち7.6億人を占める。農村の都市化、工場の農村移転によって農村人口を吸収すべきであるとの意見はあるが、開発に伴う土地収用や環境問題は社会問題を深刻にするおそれがあります。

 昨年10月8日~11日に開催された中国共産党第16期中央委員会第5回全体会議で、「第11次5ヵ年規画案(対象は2006年~2010年。「規画」は「計画」よりも拘束性が弱いもの)」が採択されました。重要な改革のポイントとして、以下が示されています。すなわち、(1)消費主導型による内需拡大(投資主導から消費主導へ)、(2)経済構造等の戦略的転換(高エネルギー消費あるいは環境汚染等の体質を改善)、(3)自立的な技術革新能力の向上(一定の技術輸入を維持しつつ、自前の技術開発を推進)、(4)教育の優先的な発展(義務教育環境の整備等)、(5)調和のとれた社会の実現(都市と農村の格差、地域間格差、貧富の格差、国際収支の不均衡等の是正)、です。また、昨年11月29日~12月1日の中国共産党及び国務院(内閣に相当)幹部による中央経済工作会議では、来年の主要な経済政策方針として、「安定したマクロ経済政策の維持」「エネルギー資源の節約と環境保護」など8項目が決定されました。

 「次期5ヵ年規画案」には、2010年の一人当たりのGDPを2000年の2倍にすることと同時に、GDP一単位あたりのエネルギー消費量を第10次5ヵ年計画末(2005年末)比20%前後削減するなどの数値目標が示されています。また、(1)東部、中部、西部の均衡の取れた発展を実現することや、社会の公平を重視し、所得格差拡大を抑制すること、資源節約や環境保護を進めることなど、「調和のとれた社会」を目指すことが示されています。

 しかし、(1)産業構造の高度化(サービス業の成長が目標未達)、(2)雇用構造の転換(農業就業比率の引下げが不十分)、(3)地域間格差の是正、(4)環境問題の是正(汚染物質の排出量の削減等の進展が不十分)などは、短期間では解決できない息の長い課題です。

 現在、中国では、ほとんどの地方政府が過度な経済介入により地域ごとの重化学工業化を推進し、国全体の生産性およびエネルギー効率が悪化しているほか、環境問題等も深刻化しています。まるで計画経済時代の非効率な経済スタイルに逆戻りしているかのようであるとも言われています。当時との違いは、主導者が中央政府から地方政府にかわった点ぐらいです。こうした状況を改善するためには、地方役人の評価方式を地域GDP成長率から公共サービスの提供など別の指標に改めることが必要だと思われます。

 中国政府は、消費拡大を掲げながらも、実際には投資主導により高成長を続ける公算が高そうです。昨年前半は厳しく抑制されていた過熱業種における投資プロジェクトも、今年に入って徐々に再開されているようです。地方政府が成長重視政策をとっている限り、中央政府のコントロールは十分に機能しないおそれがあるうえ、特定分野に投資が集中し、過剰投資が過剰在庫の増加につながりやすい体質は基本的に残っています。もっとも、輸出と国内消費が好調であるため、過剰在庫の増加は避けられているのではないかとの楽観的な見通しもあり、デフレ圧力が高まるというリスク・シナリオが実現する蓋然性はそれ程高くないとみています。

 中国政府は、省エネ・循環型社会について最も参考となる国は日本であり、今後日本の経験から学ぶべきことは多いと考えているようです。例えば、日本が1970年代の原油等エネルギー価格の高騰を受けて、省エネ化を進めたことなどは、現在の中国が直面する問題と似ているところがあります。中国政府は、少なくとも日本企業とは技術支援や雇用創出を期待して良好な関係を構築しようしているようです。わが国としては、エネルギーを有効に活用するためには「価格メカニズム」をもっと活用した方が良いのではないか、ということを指摘しつつも、中国の漸進的な経済改革を我慢強く受け止めることが重要であると思います。中国国内の政治情勢は複雑であるため、規制緩和・価格統制の廃止・人民元改革の迅速化を強く要求する政治的圧力をかけることは逆効果になるリスクがあると思います。

 昨年の世界経済は、原油高や自然災害(インド洋の津波、米国での2度にわたる大型ハリケーン)という外的ショックを吸収し、一年を通して好調を維持しました。2006年に入ってからも、景気回復のモメンタムは弱まっていません。国際機関も昨年秋時点の2006年の世界経済見通しよりも若干高めの成長率を予想しているようです。また、世界経済は、米欧中心の成長に止まらず、中国やインドを中心とするアジア諸国の成長によるプラス効果も見え始めています。

 輸出の約半分が東アジア諸国とオセアニアであるわが国にとって、米国経済が多少減速しても景気の下振れ圧力はある程度吸収できるようになってきたと思います。金融市場では、米国経済が減速すると、「わが国経済は腰折れするのではないか」と懸念する向きが少なくありません。しかし、(1)今回の景気回復局面は民間内需主導型であること、(2)中国をはじめ東アジア経済はどちらかといえば上振れリスクが高いことを考えると、「息の長い景気回復となる公算が高い」という見通しが実現する蓋然性は高いと判断されます。

3.貸出利鞘を巡る視点

 景気回復を受けて、銀行貸出は前年同月比でプラスに転じました。しかし、貸出利鞘(貸出利回りマイナス資金調達レート)は縮小傾向にあります。地域金融機関では2001年度以降、大手行では2003年度以降、貸出利鞘は縮小傾向をたどっています。

 貸出利鞘が縮小している背景として、以下が指摘できます。

  1. 1)信用リスクの低下→企業の信用力が改善した結果、低リスク貸出のウエイトが増加したこと。
  2. 2)金融機関の貸出競争の激化→住宅ローンを中心に利鞘よりもボリュームを重視する貸出行動が目立つこと。
  3. 3)金利のゼロ金利制約→量的緩和政策の長期化で、金融機関は預金金利引き下げ余地がほとんどないこと。

 最近の利鞘縮小の主因は、貸出利回りの低下によります。貸出金利息も、貸出利鞘の縮小を背景に減少傾向をたどっています。収益上、貸出利鞘の5bp縮小を補うには、貸出残高を3.1%増加させる必要があります。利鞘縮小をボリューム効果によって補うのは容易ではありません。資金利益の先行きは、やはり貸出利鞘の先行きに大きく依存しているといえます。

 貸出利鞘縮小の影響をどのように考えるべきでしょうか?第一は、企業の資金調達コストの低下や資金繰りを楽にするなど、緩和的な企業金融環境を実現する上で貢献しているとの見方です。第二は、信用リスクのバッファー不足によって、将来の経済・金融システムを不安定化させる要因になりかねないとの見方です。

 銀行アナリストによれば、「金融政策の正常化」は銀行の収益力を高めると主張しています。金利の正常化によって、与信先の信用力を反映した貸出金利の設定が可能となり、クレジット・スプレッドが拡大することが期待されます。もっとも、金利の正常化による業務純益の押し上げ効果は、個々の金融機関によって異なると思います。一般的に言えば、地域金融機関は、(1)株式保有額が少ない、(2)メガバンクや近隣の地域金融機関との競合が激しいため貸出金利を引上げにくい、(3)都心部に比べて地方経済の基盤は脆弱である、(4)公社債のポートフォリオの平均残存期間が相対的に長く、景気回復による金利上昇によって債券含み損が一時的に膨らみやすい、ことなど、メガバンクに比べてメリットを享受しにくいと見込まれます。地域金融機関は独自のビジネス・モデルを構築する努力が必要であると思います。その一例として、「CSR」を指摘できます。

 住宅ローンや不動産向け融資に力を入れている金融機関が増えてきました。しかし、住宅ローンについては、(1)長期の与信であることに伴う「信用リスク」の把握が難しいこと、(2)「金利変動リスク」があること(注:変動金利ローンの場合、金利変動が債務者の負担増加につながる一方、固定金利の場合、金融機関は金利リスクをコントロールする必要がある)、(3)金利変動に伴う借換えや「期限前返済のリスク」があること、(4)「金利優遇キャンペーン商品」を出している金融機関の中には、数年後の金利上昇に伴う返済能力の低下など、リスクの把握が複雑な商品を提供している意識が欠けている可能性があること、など注意していただきたいと思います。

 ゼロ金利・量的緩和政策の長期化、大手行の「預金超過」化、大手行のカウンターパーティー・リスクに対する意識の高まりなどを受けて、短期金融市場はいくつかの変化がみられます。例えば、無担保コール市場については、(1)取引規模の縮小、(2)取り手と出し手の顔ぶれの変化(大手行の資金調達額は大幅に減少。証券会社や外国銀行の資金調達額の増加)、(3)コール市場外の相対取引の増加など、です。

 量的緩和政策の解除後、短期金融市場において、メガバンクはマネー・センター・バンクとして資金の過不足を均し、短期金融市場の正常化を先導する存在になることを期待しています。ただ、メガバンクは預金超過であるため、今後は資金の出し手になることもでてくると見込まれます。一方、従来資金の出し手であった地域金融機関の中には、フィー・ビジネス強化のため預金残高が伸び悩み、その結果、資金の取り手になる先も出てくると見込まれます。信託銀行は資金の出し手、証券会社や外資系金融機関は資金の取り手となる可能性が高そうです。

4.主要国の中央銀行が直面する課題

 日本銀行の金融政策運営を考える上では、諸外国における中央銀行の金融政策運営は大変示唆に富むものがあります。以下では、(1)一般物価安定の下での資産価格上昇、(2)金融政策運営の説明に用いる物価指標を巡る問題、(3)財政政策とのバランス、の3点について採り上げたいと思います。

一般物価安定の下での資産価格の上昇

 中央銀行は資産価格だけに焦点を当てず、全体の経済動向の総合判断によって金融政策運営を行います。欧米主要国の中央銀行は、金融政策運営において、資産価格動向をどの程度重視するかについて温度差がありますが、最近、総じて潜在的な資産価格インフレのリスクといかに向き合うか頭を悩ませています。経済のグローバル化による安価な製品輸入の増加等から、一般物価は安定しています。一方、最近、グローバルな資本移動の自由化の進展を受けて、一国の金融政策がその国の住宅価格や株価など資産価格に与える「感応度」は小さくなってきたため、ある国の中央銀行が金融引き締めに踏み切っても、その国の資産価格は上昇傾向をたどる傾向がみられます。

 最近の主要国における資産価格上昇の背景には、主要国における国際分散投資の拡大、新興成長国や産油国による投資マネーが増加する一方、投資適格国の不足、世界的な過剰貯蓄など構造的要因があること、が指摘できます。また、わが国の株式市場には、日本経済の過小評価の見直し、「3つの過剰」解消、デフレ脱却期待、諸外国に比べて中長期的な生産性上昇率が高いとの期待から、海外からの資金流入が持続しています。

 東アジア諸国の過剰貯蓄は、米財務省証券に代表される主要国の金融資産に投資されています。海外からの長期資本流入を受けて、欧米主要国の長期金利は低下し、米国やイギリスは経常収支赤字をファイナンスできるという「不均衡」を生んでいます。先行きのシナリオとしては、以下の2つが考えられます。第一は、東アジア諸国の国民生活が豊かになり、高い貯蓄率が低下し、投資が増える形で民間内需主導型の経済成長モデルに移行できれば、実質金利が上昇し始めます。その結果、米国は貯蓄率を引上げることを迫られるか、米ドル安政策の採用によって対外不均衡が是正されるパターンです。第二は、高齢化の進展への懸念から東アジア諸国の貯蓄率が高止まりし、投資も伸び悩むため、実質金利が低位安定する可能性があります。その結果、欧米主要国は実質金利を大幅に引上げなくとも、現在のような物価安定を実現できるパターンです。

 仮に欧米主要国の金融政策が緩和的過ぎ、それが資産価格上昇を助長しているならば、欧米主要国の中央銀行が直面する課題はより困難なものになります。すなわち、足許で株式や国債に限らず、原油・素原材料価格、住宅価格など全ての資産価格が上昇傾向にあり、このようなリスク・プレミアムの圧縮が持続可能であるか疑問です。ある時点で、資産価格の調整が起こるか、資産価格上昇が一般物価の上昇をもたらすか、実体経済に悪影響をおよぼす可能性があります。一般的に、実質金利の低位安定が長期化すると、資産価格の上昇につながりやすいことが知られています。2006年も世界経済は好調が予想される中、米国だけでなく主要国全体が「金融政策の正常化」を進めないと、素原材料価格や資産価格の行き過ぎた上昇などが、持続できないバブル的な上昇を続けるリスクがあります。

 わが国では、新興市場の一部で、個人投資家の株式売買の活発化、セミ・プロ投資家の信用取引の影響力の増大など、昨年末から今年1月初めにかけて「局所的な株式バブル」が発生していた可能性があります。「バブルは以前とは違った形で発生するもの」という過去の経験則が思い出されます。1990年代初頭のバブル崩壊の経験から得られる最大の教訓は、資産価格から発せられる様々なシグナルを注視したうえで、「フォワード・ルッキングな金融政策運営」を行うことの重要性です。

金融政策運営の説明に用いる物価指標を巡る問題

 各国の中央銀行が金融政策運営の説明に用いている物価指標をみると、インフレーション・ターゲットや物価安定の数値定義を採用しているかの有無にかかわらず、殆ど全ての国は消費者物価指数を採用しています。FRBでは、個人消費支出デフレーター(コアPCEデフレーター)を用いていますが、家計の消費支出を対象とする物価指標を使っているといえます。一方、GDPデフレーターについては、交易条件の変化を反映してしまうため、金融政策運営に用いることは適当ではないとの見方が大勢です。

 そして、消費者物価指数をみるとしても、コア・インフレ率とヘッドライン・インフレ率のいずれでみるかという問題があります。コア・インフレ率は物価のトレンドを見る上で役立つ指標ですが、最終的には「ヘッドライン・インフレ率」の安定が重要なことは言うまでもありません。インフレ・ターゲットや物価安定の数値定義を採用している国の多くは、コア・インフレ率ではなく、ヘッドライン・インフレ率をターゲットや定義として使用しています。

 米国ではコアPCEデフレーターを重視していますが、それは、物価の基調を表していると考えられるからです。わが国ではコア・インフレ率とヘッドライン・インフレ率の較差は小さい一方、米国の1月の消費者物価はヘッドライン・インフレ率が前年同月比+4.0%、コア・インフレ率が同+2.1%と、両者の乖離幅は+1.9%ポイントにも上ります。原油価格高騰の影響が大きかった昨年9月時点は前者が+4.7%まで上昇し、両者の乖離幅は+2.7%ポイントまで拡大していたことに比べれば多少は縮小したものの、乖離幅は小さくありません。

 コア・インフレ率に関しては、エネルギーを除くベースでみるべきではないかとの議論があります。確かに、原油価格上昇の影響に関して、いずれ過去の平均値に回帰する蓋然性が高いのであれば、消費者物価指数は、ヘッドライン・インフレ率ではなく、エネルギー価格を除いたベースのコア・インフレ率の動きをみた方が、インフレ圧力の実勢が分かりやすくなります。しかし、最近の原油高の主因は、中国など新興成長国の高成長による需要増加です。仮に原油価格や素原材料価格の上昇が中長期的なトレンドと判断するならば、エネルギーを除かないベースの消費者物価指数の動きを重視した方が良いことになります。

財政政策とのバランス

 財政再建が不可欠な主要国は、わが国だけではありません。米国、ユーロ圏の主要3国であるドイツ、フランス、イタリアの財政赤字も今年初めの予想に比べて拡大しています。多くの主要国では今後数年間、減税等の財政政策面からの景気刺激策は期待できない上に、歳出削減と増税を同時に実施することで財政再建を目指す方向にあります。持続的な景気回復を実現するには、適切な金融政策運営のみならず、政府が財政規律を維持することが重要です。わが国でも政府の経済財政諮問会議で「歳出歳入一体改革」が重点課題となり、財政健全化の目標を定める方針が合意されています。

 世界経済は好調を持続するとみられますが、財政再建は、その進め方によっては、景気をオーバーキルするリスクがあります。主要国の中央銀行は、こうした先行きのリスクにも配慮する必要がありますが、現時点では、潜在的なインフレ懸念に対応するため、「金融政策の正常化」を目指していると考えられます。中央銀行の最大の目標は「物価の安定」ですので、インフレ圧力の高まりが懸念される状況が続けば、海外の中央銀行は金融引き締めを続けざるを得ないのではないかと思われます。

5.漸進的なアプローチによる「金融政策の正常化」

量的緩和政策の枠組み変更

 日本銀行は3月8日・9日の金融政策決定会合において、2001年3月から採用している量的緩和政策の枠組みを変更しました。金融市場調節の操作目標を、「日銀当座預金残高」から「無担保コール翌日物金利」に変更した上で、次回の金融政策決定会合までの金融市場調節方針として、「無担保コールレート(オーバーナイト物)を、概ねゼロ%で推移するよう促す。」ことを決定しました。この背景は、(1)日本経済は着実に回復を続けていること、(2)企業部門の好調は家計部門に波及しており、個人消費は底堅さを増しており、先行きも息の長い回復が続くことが予想されること、(3)経済全体の需給ギャップの緩やかな改善、賃金の増加、企業や家計の物価見通しの上振れ等から、消費者物価(除く生鮮食品)の前年比上昇率が先行きもプラス基調が定着していくとみられること、などから、量的緩和解除に関する「約束」の条件は満たされたと判断したためです。「新たな金融政策運営の枠組み」を導入した訳ですから、債券相場も「新しいフェイズ」に変化することが自然です。

 量的緩和政策を維持する目的は、「時代の変遷とともに変化してきた」と思います。量的緩和政策を採用した当初の2001年3月時点では、(1)金融システムの安定化、(2)金融システム不安に起因するデフレ・スパイラルの回避、でありました。金融市場の一部からは、「デフレ克服が主目的になったのは、国債買い切りオペの増額や当座預金残高目標の引上げによって『デフレ・ファイター』の役割を果たすことを宣言してからである」とか、「日本銀行が当座預金残高目標を段階的に引き上げる際、その理論武装や情報発信をしているうちに、量的緩和政策は変質し、非常にポリティカルな金融政策の枠組みになってしまった。」とみられたこともありました。

 量的緩和政策という異例の枠組みを採用した背景は、金融システム不安に起因するデフレ・スパイラルの回避でありました。現在のように金融システムがまずまず安定し、コアCPIインフレ率がゼロ近辺にあるような金融経済情勢ならば、恐らく、2001年3月に量的緩和政策は採用されなかったのではないでしょうか。2004年1月にかけて当座預金残高目標を30~35兆円程度まで引上げた措置は、株安等を背景とする金融システム不安を回避する上で一定の効果があったと思います。ただ、2005年4月にペイオフ全面解禁に踏み切った背景には金融システムが安定したとの判断があったわけですから、30~35兆円程度という巨額な当座預金残高目標を維持する意味は薄れていました。私は、そのような判断から、昨年4月以降、量的緩和政策の枠組みは維持しつつ、当座預金残高目標を3~5兆円程度引き下げることを提案してきました。

 この半年の債券市場の動きを振り返ると、昨年9月以降、ボードメンバーの情報発信に対して、政府の一部から「量的緩和解除は時期尚早である」旨の発言があったとの報道が多くみられました。これを受けて、市場参加者の間では、政治的圧力を受けて、日本銀行は量的緩和政策をなかなか解除できないとの観測が広がり、金利先高観が後退する局面がありました。しかし、その後、昨年10~12月期のGDP等の経済指標によって、日本銀行の経済・物価見通しが裏打ちされたこともあって、政府側から3月時点での量的緩和解除を容認する声が出始めたとの報道が多くなり、2月下旬から国債イールドカーブが大幅にベア・フラット化しました。

 こうした一連の動きについて、個人的には、政府要人から金融政策に注文がついたと市場参加者が捉えたことで、無用なボラティリティーが高まり、債券運用の損失額が膨らんでしまった面があるのではないでしょうか。このことは、債券相場を展望するうえでは、経済・物価見通しに立ち返ることが重要であることを改めて示唆していると思います。

 量的緩和政策は、消費者物価(除く生鮮食品)の前年比上昇率が安定的にゼロ以上となるまで、政策の枠組みを変更しない異例な金融政策運営であったため、債券市場では、知らず知らずに、ゼロ金利が半永久的に継続することを前提とした長期金利見通しがコンセンサスになりがちであったように思います。実際、2003年6月頃に新発10年国債利回りが0.4%台まで低下した際には、「国債バブル」が発生したほか、株式市場の一部新興市場でも2005年末に局所的な「株式バブル」が発生していた可能性があるのではないかとみています。

金融調節面の措置

 5年間にわたる量的緩和政策の副作用として、短期金融市場の機能が低下しているため、資金の運用・調達が円滑に行われず、資金偏在が生じる可能性があります。その結果、オーバー・ナイト金利はゼロ近傍で推移しても、テクニカルな要因からターム物金利に上昇圧力がかかる可能性があります。そのため、当座預金残高目標を引き下げる局面では、短期金融市場の状況を十分に点検しながら漸進的に行う必要があると思います。

 今後、当座預金残高を引き下げ始める場合、(1)資金供給オペの頻度の減少、規模の縮小、期間の短縮、(2)将来の政策金利引上げ時期に関する憶測に伴う金利先高観、(3)RTGS(Real-Time Gross Settlement、即時グロス決済)導入後初めて金利先高観がある局面であるためターム物での資金調達に動く金融機関が増える可能性、という3つのルートに加え、テクニカルな要因から、ターム物金利に上昇圧力がかかりやすい状態になります。中短期セクターの債券相場のボラティリティーは量的緩和政策の解除後も暫く高止まりすることが予想されます。

 「ポスト量的緩和政策」の金融政策運営を考える上で重要なポイントは、(1)債券相場の調整を秩序だったものにとどめる、(2)透明性と機動性のバランスがとれた金融政策運営を行う、という2点です。「景気は着実に回復を続けていくとみられる。」という金融経済月報の基本的見解が適切ならば、将来の金融政策の自由度を縛らずに、金利先高観を抑制することは、簡単ではありません。

 量的緩和政策の枠組み変更は、「金融政策の正常化」の通過点に過ぎません。正常化のプロセスで最も重要な点は、日本銀行として「2007年度にかけての景気回復の持続性に自信が持てるかどうか?」だと思います。量的緩和政策の枠組みを変更した後は、コミットメントのないゼロ金利となります。「量的緩和政策の解除は4月以降」と判断してきた市場参加者が少なくなかったことを考えると、強めの経済指標や株価上昇に対して債券市場は過敏に反応する可能性があります。今後の金融政策運営は全くオープンですが、ターム物金利に上昇圧力がかかり、早期利上げを催促する展開も想定されます。

中長期的な物価安定の理解

 金融政策運営を行う立場の人間から言うと、「物価の安定とは何か?」に対する答えは永遠のテーマです。FRBのグリーンスパン議長は1996年7月のFOMCにおいて、「物価の安定とは、企業や家計等の様々な経済主体が物価水準の変動に影響を受けることなく、消費や投資などの経済活動にかかわる意思決定を行うことができる状況である」と言われたそうです。日本銀行も基本的に同じ考え方をとっています。日本銀行を含め、各国の中央銀行は、金融政策の運営に当たっての考え方を分かりやすく市場や国民に説明するために、様々な努力を行っていますが、その具体的な方法は、それぞれの中央銀行が置かれた経済環境や制度的枠組みの違い等を反映して異なっています。

 日本銀行は、3月9日、「新たな金融政策運営の枠組み」を導入する際、日本銀行としての「物価の安定」についての基本的な考え方を整理するとともに、現時点において、各政策委員が中長期的にみて物価が安定していると理解する物価上昇率(「中長期的な物価安定の理解」)が全体としてどのような範囲にあるかを明らかにしました。各政策委員は「『物価の安定』についての考え方」や「中長期的な物価安定の理解」を念頭に置いたうえで情勢判断を行い、金融政策を決定していくことになりますが、物価安定の数値的な目標を定めて、ある期間内に達成することを目指しているものではありません。「物価の安定」とは極めて理念的なものであり、デフレ脱却の定義など、論者によって解釈が異なる概念を定義づけることはミス・リーディングであることを理解していただけると幸いです。

 金融政策は目先だけでなく、中長期的な「物価の安定」を目指して運営されるものです。「経済のグローバル化」によって輸入物価に継続的に下押し圧力がかかっている状況下では、最終段階の物価水準は上がりにくい状況が続いています。消費者物価(除く生鮮食品)の前年比上昇率が緩やかなものにとどまるならば、国内経済の過熱感や資産価格の行き過ぎた上昇の予防的措置として政策金利を引上げることは、政府や市場参加者の理解をえられにくいと考えています。

今後の金融政策運営

 3月9日に公表した「金融調節方針の変更について」の中では、「先行きの金融政策運営としては、無担保コールレートを概ねゼロ%とする期間を経た後、経済・物価情勢の変化に応じて、徐々に調整を行うことになる。」との判断を示しました。これは、今後の金融政策運営はフォワード・ルッキングであり、総合判断で行なっていくことが基本であることを意味します。この点について、個人的には以下の問題意識を持っています。

 過去数年にわたる海外経済の拡大の背景のひとつに、インフレ率が安定するもとで緩和的な金融環境が維持されてきたことが指摘できます。実体経済の強さを表すとともに、金融政策の引き締め・緩和度合いを判断する基準として、「均衡実質金利」という概念があります。均衡実質金利の定義は、分析目的等によってバリエーションがありますが、伝統的には、景気(GDPギャップ)に対して中立的な実質金利を考えることが多いです。この均衡実質金利は「自然利子率」とも呼ばれ、潜在成長率にほぼ等しいものです。

 日本銀行は、昨年10月末の展望レポートを公表した時点では、潜在成長率を1%程度と想定していました。しかし、このところの株価上昇や高めの実質GDP成長率は、潜在成長率の上振れを示唆している可能性があります。民間エコノミストの間でも、「潜在成長率は+2.0~+2.5%程度あるのではないか?」という見方が出てきました。個人的には、全要素生産性の上昇等を受けて、潜在成長率が+1.5~+2.0%程度まで上振れている可能性は否定できないと思います。潜在成長率の上振れは、均衡水準の実質金利の上振れを意味します。

 景気中立的な政策金利が、「均衡水準の実質金利」と「望ましいインフレ率」の合計であるとすると、「景気中立的な均衡実質金利」が上振れしているならば、金融緩和的である政策金利の上限も上振れすることになります。ゼロ金利の継続は、期待インフレ率上昇に伴う実質金利の低下と相俟って、金融緩和効果を増幅していきます。もっとも、ゼロ金利が長期に亘って続くという期待が過度に強まってしまうと、需要刺激効果が強まりすぎて、景気の振幅が大きなものとなり、それを受けた政策金利の変動も大幅なものになってしまう可能性があります。今後の金融政策運営において、景気の持続性という観点から実質金利の低下をどこまで容認するかは重要な課題となります。

 また、別の観点から、中央銀行の金融政策運営において、主観的な確率分布をイメージして政策を運営するのではなく、最悪の結果だけは回避するように政策を運営するという考え方があります。これは、最大損失の最小化を目指すという意味で、「ミニ・マックス・アプローチ」と呼ばれます。これは、『2つの「柱」に基づく経済・物価情勢の点検』の第2の柱の考え方に近いものです。

 政府内では、「デフレに逆戻りするリスク」に十分に注意すべきで、金融政策を転換する時期は早すぎないようにすべきだ、との見解が多いように思います。しかし、個人的には、「デフレに逆戻りするリスク」と「景気の先行きに過度な期待が高まり、資産価格が急騰するリスク」は均衡していると判断しています。「景気の先行きに過度な期待が高まり、行き過ぎた資産価格上昇が発生するリスク」についても目配りしておくべきだと思います。「リスク・マネジメント」的な金融政策運営を行った場合でも、次第に超低金利政策を長期化させるリスクが高くなってくると思います。金融市場では、再び「デフレ」に戻らない「インフレ率の糊しろ」の議論が盛んであるが、将来の景気減速局面で機動的に対応できるマクロ経済政策として金融政策を位置付けるのであれば、「政策金利の糊しろ」は不可欠です。量的緩和解除後は、「透明性と機動性のバランスがとれた金融政策運営」を目指すべきだと思います。

 量的緩和政策を解除する際もそうでしたが、解除した「後」の金融政策運営においても、ひとつの物価指標だけを注視するのではなく、「総合判断」で行うことが基本となります。物価上昇圧力が抑制された状況が継続すると判断されるなか、「漸進的なアプローチ」によって「金融政策の正常化」を進められる可能性が高いと思います。また、バブル期に政策対応が遅れた日本銀行の苦い経験、そして、市場機能の活用が経済の活性化や構造改革を後押しするとの持論を忘れずに、「フォワード・ルッキングな金融政策運営」及び「透明性と機動性のバランスがとれた金融政策運営」を行っていきたいと思います。

6.最後に

 本日は、日本経済の現状と先行き、そして、当面の金融政策運営について私の考えを述べさせて頂きました。最後に、滋賀県経済の現状と将来像について、私なりに思うところを申し上げたいと思います。

 滋賀県経済の現状については、地域によっての格差はあるものの、全体でみれば全国と同様に、景気は回復を続けているとみております。全国では、企業部門の好調さが家計部門にも広がっています。滋賀県では、雇用情勢が着実に回復しており、現時点で公表されている統計をみると、有効求人倍率が9か月連続で1倍を上回っているほか、新規求人の平均募集賃金が引き上げられています。これを背景に、今後個人消費が安定的に増加していけば、先行きの景気回復はよりしっかりとしたものになっていくと思われます。

 滋賀県の将来像については、行政や民間で知恵を絞り、持続的な経済発展のために、「環境」と「企業の社会的責任(CSR)」をキーワードとして、様々なプロジェクトに取組まれていると聞いています。

 例えば、「環境」については、行政では、「環境県・滋賀」をスローガンにして、環境施策の総合的な展開を図られています。民間では、当地企業・経済団体が、主体的に、環境対策のエネルギー技術紹介やベンチャー企業の育成を着実に進められ、地元金融機関もその取組みを支援されています。他方、「企業の社会的責任」については、当地は「近江商人」の「三方よし」の精神を引き継ぎ、伝統的にCSR意識も高い企業が多いともいわれています。その意識を一層浸透させるべく、経済団体と行政が一体となって啓発活動に取り組まれています。日本経済の回復は、企業の厳しい経営競争や経営努力が牽引していることは事実ですが、いわゆる「拝金主義」的な企業が増えると、市場取引の安全性が損われ、日本全体の経済活動が萎縮することにもなりかねません。

 「環境」や「CSR」は、持続的な経済発展のために重要な無形のインフラストラクチャーであることは間違いありません。こうした先進的なプロジェクトが成果を挙げることにより、滋賀県発で全国的のみならずグローバルにその意識が浸透してくことになれば、大変すばらしいことだと思います。

 また、当地は、製造業や大学等の集積度が高いため、産業技術等の知的資源が豊富にあると思われます。そうした資源を一層活用することによって、当地の経済がますます活性化することを期待しています。

 本日は、ご清聴ありがとうございました。

以上