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わが国経済の展望と金融政策

内外情勢調査会における福井日本銀行総裁講演要旨

2006年5月15日
日本銀行

目次

 日本銀行の福井でございます。本日は、多くの皆様の前でお話する機会を賜り、厚く御礼申し上げます。

 日本経済は、2002年1月に景気の谷を記録した後、4年以上にわたり景気回復を続けています。日本銀行では、先月末に「経済・物価情勢の展望」(「展望レポート」)を公表し、その中で、先行き2年間について、日本経済は「内需と外需、企業部門と家計部門のバランスがとれた形で息の長い拡大を続ける」という見通しを示しました。本日は、「展望レポート」で示した見通しも踏まえて、今後の経済・物価情勢に関する見方と、そのもとでの金融政策運営について、お話したいと思います。

世界経済の動向

 まず、はじめに前提となる世界経済の動向について触れたいと思います。世界経済は、2003年以降、着実な拡大を続けており、昨年中は5%近い成長を達成しました。今後も、引き続き高成長を続けると予想されます。先日ワシントンで開かれたG7でも、原油高やグローバル・インバランスなどのリスク要因はあるものの、世界経済の見通しは良好であること、また、原油高にもかかわらず物価の安定は保たれており、グローバルな貿易は活況を呈していること、が共通認識として示されました。わが国の主要貿易相手国の経済情勢についてみると、米国は、住宅市場など一部で減速の兆候もみられますが、設備投資や家計支出を中心に潜在成長率近傍の着実な成長が続いています。また、東アジアでは、中国は、産業間・地域間で成長テンポに不均衡がみられるものの、全体として力強い拡大を続けています。また、NIEs・ASEAN諸国・地域は、一部にエネルギー高の影響もみられますが、総じて緩やかな拡大を続けています。

日本経済の現状と先行き

 わが国経済に目を転じますと、景気は着実に回復を続けています。現在の景気の一つの特徴は、内需と外需、企業部門と家計部門のバランスがとれてきていることです。世界経済が拡大し、国際分業の進化に伴う貿易の拡大もみられるもとで、わが国の輸出は増加しています。また、国内民間需要の面では、企業部門の好調が続いています。私どもの短観調査によれば、企業は4年連続の増益を記録し、今年度も増収・増益計画を示しています。設備投資も比較的しっかりとした計画が示されています。また、家計部門は、雇用や賃金の情勢の改善がみられ、個人消費は増加基調にあります。先行きも、バランスがとれた成長が続くことが期待できると思います。

 もう一つの特徴は、息の長い回復を続けている結果、資本や労働といった資源の稼働状況が高まってきていることです。今回の景気回復は既に4年以上が経過しており、このまま成長を続ければ、今年10月には戦後最長の景気拡張期間であった「いざなぎ景気」と並ぶ長さとなります。長期間にわたり回復を続けている結果、例えば、短観の企業の設備と雇用人員に関する判断をみると、過去十数年来で初めて、設備の過剰感が解消され、雇用の不足感が強まっています。また、1992年以来1倍を下回ってきた有効求人倍率は、昨年末以降1倍台を回復しています。さらに、経済全体の総需要と潜在的な総供給能力との差である「需給ギャップ」を推計してみると、長らく続いた供給超過状態、すなわち、マイナスの状態が解消し、現在はゼロ近傍、すなわち、需要と供給能力が見合った状態にあるとみられます。

 こうした現在の景気の特徴も踏まえますと、今後2年間のわが国の経済・物価情勢を展望した場合、最も蓋然性が高い見通しの骨格として、次の3つのポイントを指摘することが出来ると思います。

 まず1つ目のポイントは、家計部門が国内民間需要の主たる牽引役となっていくと見込まれることです。

 企業部門の好調さは既に家計部門に波及し始めていますが、こうした波及がこの先より明確になってくるとみられます。好調な企業収益や人手不足感の台頭を背景に、雇用・賃金面の改善が続いています。このところは、パートタイム労働者の雇用や特別給与が増加しているだけでなく、フルタイム労働者の雇用や定例給与も増加傾向にあります。家計にとっては一時的な収入ではなく、将来も続くと期待できる所得が増えているということであり、このことは消費マインドの改善につながっていると考えられます。今後も、消費性向は高水準で推移し、個人消費は増加基調で推移すると予想されます。また、住宅投資は、家計所得の好転に加えて、大都市圏などで地価が上昇し始め、金利の底値感が台頭している中、緩やかな増加基調をたどる可能性が高いと考えています。こうした家計支出の増加は、売上げ・収益の増加という形で企業部門にフィードバックし、家計部門と企業部門との間で好循環が働いていくとみられます。

 2つ目のポイントは、今回の景気回復局面が既に5年目に入っており、循環的には、今後景気は成熟化し、経済成長率が減速していくとみられることです。

 高水準の企業収益や内外需要の増加を背景に、今後も設備投資の増勢は維持されると思われますが、経済全体としては、企業部門の設備のストックと総需要の間に長期的には安定的な関係があることを考えると、設備投資の増加ペースはいずれ減速していく可能性が高いと思います。設備投資は、2003年度から3年連続で堅調な増加が続いてきました。この結果、企業部門の設備のストックの伸びは総需要の増加見通しとの対比で高いものとなってきており、今後経済成長率や投資収益率についての見通しが一段と高まっていかない限り、現在のような設備投資の増加ペースが続くことは考えにくくなってきます。こうしたもとで、経済全体の成長率は、2006年度は2%台半ば、2007年度は2%程度と、潜在成長率——日本銀行では、現在1%台後半とみています——に向けて減速していくと予想されます。

 3つ目のポイントは、景気が成熟化していく中で、生産性の伸びが鈍化するとともに、賃金が上がりやすくなり、物価に上昇圧力が働いていくとみられることです。

 景気回復初期の段階では、企業内に労働力や設備の余剰があり、それらの稼働率を上げることで生産性を引き上げることができましたが、景気の回復が続く中で、そうした余地は次第に乏しくなります。先程述べたように、既に経済全体の需給ギャップはゼロ近傍にあり、2007年度にかけて潜在成長率を上回る経済成長が続くと見込まれるもとで、今後需給ギャップは緩やかにプラス幅を拡大していくとみられます。

 また、労働市場の需給が改善し、既に人手不足感が比較的幅広い分野でみられる中、賃金は緩やかな増加を続けていくと予想されます。このため、製品をひとつ作り出すための労働コスト、すなわちユニット・レーバー・コストは、賃金の上昇、生産性の伸びの鈍化の両面から上昇圧力を受けることになります。この先2007年度にかけて、ユニット・レーバー・コストの下落幅は縮小し、いずれ若干の上昇に転じていく可能性が高いと考えています。

 これまで景気回復のもとでも物価が上がりにくかった原因の一つは、ユニット・レーバー・コストの低下が続いてきていることです。こうした条件が変化してくれば、物価はこれまでに比べ上がりやすくなると考えられます。こうしたもとで、消費者物価(除く生鮮食品)は、昨年11月以降前年比でプラスとなっていますが、先行きもプラス幅を次第に拡大し、2006年度には0%台半ば、2007年度には1%弱の伸び率になると予想しています。

経済情勢に関する上振れ・下振れ要因

 以上、私どもが最も蓋然性が高いと考える見通しの骨格についてご説明しました。もっとも、経済は様々なリスク要因に常に晒されており、リスク要因の顕現化によって、見通しのとおりにならない可能性も十分に考慮しておく必要があります。

 景気の先行きに関する下振れ要因として、「展望レポート」では、世界経済の成長の下振れと、IT関連分野などでの在庫調整の可能性を挙げています。特に、世界経済については、高騰を続ける原油価格の動向やその影響に注意する必要があります。また、そのこととも関連して、「物価上昇圧力が抑制されるもとで、金融環境の安定が維持される」というこれまでの世界経済の成長を支えてきた構図に変化が生じるリスクもあると思います。在庫調整については、景気が成熟化していくもとで、何らかのきっかけにより発生する可能性があることを認識しておくべきと思われます。もっとも、在庫調整が生じた場合でも、わが国企業が各種の過剰の調整を終え、収益力を回復していることを踏まえると、一部における在庫調整が景気全体へ深刻な悪影響を及ぼすような事態に至る可能性は小さいと考えられます。

 一方、景気の先行きに関する上振れ要因としては、企業の投資行動が一段と積極化することが考えられます。仮に企業の姿勢が積極化した場合には、足もとの成長率は上振れることになりますが、先行きの需要の伸びとの対比で設備のストックが過度に積み上がってしまい、その後の調整を通じて、景気に下方圧力を与える可能性もあります。既に需給ギャップがゼロ近傍になっていることを踏まえると、今後さらに景気が上振れ、需給ギャップのプラス幅の拡大テンポが急すぎると、いずれ反動がくる可能性が高まります。むしろ企業の姿勢があまり強気化しないほうが、過度の振幅を避けながら景気が長続きすると考えられます。

 この点、現在までのところ、企業は先行きの売上げや収益に明るい見通しを持ち、設備投資金額も増加させてきていますが、設備投資金額は、全体として、キャッシュフローの範囲内に抑えられており、投資行動の面では、比較的慎重なスタンスを維持していると言うことが出来ると思います。先ほどの見通しも、こうした企業のスタンスが維持されることを前提にしています。

 もっとも、現状、企業の投資行動が一段と積極化しやすい環境となっているのも事実です。企業財務面では、過剰債務の削減と自己資本の充実を進めてきた結果、リスクテイク力が高まっています。また、総資産対比でみた収益率はバブル期並みの高水準となっています。一方、金利は極めて低い水準に止まっていることから、企業が投資しやすい金融環境にあります。また、大都市圏などでの地価の反転と株価の上昇も、資産効果を通じて家計の支出を増加させるなどして、企業の投資姿勢の積極化につながる可能性があります。

 こうした環境のもとで企業の投資行動がさらに積極化した場合には、当面の成長率を押し上げる一方で、その後の反動が心配されることになります。

物価情勢に関する上振れ・下振れ要因

 次に、物価の先行きに関する上振れ・下振れ要因としては、原油などの国際商品市況の動向のほか、景気の動き、すなわち需給ギャップの変化に対して、消費者物価がどの程度反応するか、ということが重要と考えています。

 先ほどの見通しでは、需給ギャップがプラスに転化しても、消費者物価の伸びが目立って高まることは想定していません。これは、近年、わが国だけでなく海外を含めて、需給ギャップの変化に対する物価上昇の感応度が低下傾向にあることを勘案したためです。すなわち、新興国の工業化と先進国企業の生産拠点の国際展開は、財サービスの価格や賃金に下方圧力をもたらしています。また、規制緩和や情報通信技術の発達も、生産性の向上や競争の激化を通じて、物価上昇圧力を抑制していると思われます。加えて、特にわが国の場合、これまで資源稼働率に余裕があった中で、ユニット・レーバー・コストを低下させる余地が大きかったことも影響していると思われます。もっとも、今後、ユニット・レーバー・コストは上昇に転じることが見込まれます。また、需給ギャップがプラスに転化していく中で、いずれ、企業の価格設定行動の変化などによって、また、これに人々のインフレ予想の上昇を伴う形で、物価の経済に対する反応の度合いが強まり、物価が上振れることも考えられます。

潜在成長率上昇の影響

 今後2年間の経済・物価情勢に関する私どもの見通しは、概略このようなものですが、次に、見通しの中でも幾度か触れました、わが国の潜在成長率の変化が金融政策運営に与える影響について、少し詳しく述べたいと思います。

 わが国経済は、企業が設備・雇用面の過剰の調整を進めるとともに、資本と労働を、収益性や需要の伸びが低い分野から高い分野へとシフトさせてきた結果、このところ、潜在成長率が上昇してきているとみられます。日本銀行では、わが国の潜在成長率を従来は1%程度とみていましたが、最近では1%台後半まで回復していると考えています。

 潜在成長率の上昇が金融政策運営に与える影響を考える上では、これが経済の総需要と総供給にどのような変化をもたらし、その結果、物価にどのような影響を及ぼすかが重要なポイントです。まず、経済の供給面からみると、潜在成長率の上昇は物価に低下圧力をもたらすと考えられます。すなわち、潜在成長率の上昇は、経済全体の供給能力を高めることを通じて、物価に低下圧力をもたらす、という面があります。また、潜在成長率の上昇は、生産性の上昇を伴う場合が多いため、賃金の上昇が生産性の上昇に遅行すれば、その間、ユニット・レーバー・コストの低下を通じて、物価に低下圧力をもたらす、という可能性も考えられます。

 一方、経済の需要面からみると、潜在成長率の上昇は、総需要の増大をもたらす効果があり、必ずしも物価の低下要因とはならないと考えられます。すなわち、潜在成長率の上昇の背景には、企業が収益性や需要の伸びの高い分野へ資源の再配置を進めてきたことがあり、そのことは、いわば、経済全体として、モノを作るだけでなく、それを販売し、利益や所得を上げていく能力が高まっていることを示唆しています。こうした実体面の改善が、株価上昇による資産効果などを伴いながら、企業や家計が抱く所得見通しに明るい展望をもたらすことを通じて、支出行動を前向きにし、経済の総需要の増加要因となる可能性が高いと考えられます。さらに、潜在成長率が上昇する状況では、投資の予想収益率が上昇しているため、同じ実質金利水準のもとでは金融緩和の度合いが増し、投資需要が一段と増加するなどして、物価に上昇圧力をもたらす、という面もあります。

 時間的な関係としては、比較的短い期間では供給能力の拡大等が作用し、やや長い目で見れば、需要の増加や金融緩和度合いの強まりの影響が現れてくることが多いと思います。ただ、この点も、例えば、各経済主体が資産効果や将来の所得増を勘案して早めに需要を増やすようなことも考えられますので、不確実です。いずれにしても、潜在成長率の上昇は、供給面のみならず、需要面からも、経済を拡大させ得るものであり、物価に対して上下両方向に影響する可能性があるという点については、注意してみていく必要があります。

金融政策運営

 以上述べた経済・物価の見通しを踏まえて、日本銀行が金融政策をどのように運営していくか、お話したいと思います。

 日本銀行は、3月8、9日に開催された金融政策決定会合において、5年間にわたり続けてきた量的緩和政策を解除し、金融市場調節の誘導目標を日本銀行当座預金残高から無担保コールレート(オーバーナイト物)に変更した上で、その目標水準を概ねゼロ%としました。

 新たな金融市場調節方針のもと、日本銀行による短期の資金供給オペレーションは減少し、日本銀行当座預金残高は足もと16兆円程度まで減少しています。これまでのところ、短期金融市場は落ち着いた動きを続けており、金融機関間の資金取引は徐々に活発化しています。日本銀行としては、引き続き、短期金融市場の動向を十分に点検しながら、当座預金残高の削減を進めていく方針です。この先も、短期金融市場が落ち着いた状況が続いていくとすれば、3月の量的緩和政策解除の決定時に想定していたような形で、削減を終えることができると考えています。もっとも、当座預金残高の削減を終えることと、ゼロ金利から金利を引き上げることとは別の問題です。当座預金残高の削減は短期金融市場の動向を見ながら進めていますが、金利水準については、あくまで経済・物価情勢に関する判断によって決定します。

 そこで今後の金融政策運営、すなわち、金融市場調節の誘導目標であるオーバーナイト金利をどう運営していくか、という点ですが、日本銀行では、誘導目標の変更にあわせて、新たな金融政策運営の枠組みを導入しました。この枠組みでは、まず、「中長期的な物価安定の理解」——これは、消費者物価の前年比で表現すると、0~2%程度という理解です——を念頭において、2つの「柱」に基づく経済・物価情勢の点検を行います。その上で、当面の金融政策運営の考え方を整理し、公表することとしました。先月公表した「展望レポート」では、こうした枠組みにしたがって、記述しています。

 まず、第1の柱として、先行き2年間の経済・物価情勢について、最も蓋然性の高いと判断される見通しが、物価安定のもとでの持続的な成長の経路をたどっているかという観点から点検しました。この点については、わが国経済が最初に述べたような見通しに沿って展開するのであれば、物価安定のもとでの持続的な成長を実現していく可能性が高いと判断しました。

 また、第2の柱として、より長期的な視点を踏まえつつ、金融政策運営という観点から重視すべきリスクを点検しました。

 この結果、上方向のリスクとしては、上記の経済の上振れ要因で挙げたように、緩和的な金融環境のもとで、企業の投資活動の積極化などが生じ、中長期的にみると、経済活動の振幅が大きくなり、ひいては物価上昇率も大きく変動するリスクがあるとの結論に達しました。

 一方、下方向のリスクとしては、様々な要因によって、経済活動や物価上昇率が下振れる可能性を点検しました。ただ、その場合でも、金融システムの安定が回復し、企業の設備、雇用、債務の過剰が解消されてきていることから、物価下落と景気悪化の悪循環が発生するリスクは小さくなっていると判断しました。

 こうした点検結果を踏まえ、先行きの金融政策の運営については、現時点では、無担保コールレートを概ねゼロ%とする期間の後も、極めて低い金利水準による緩和的な金融環境が当面維持される可能性が高いと判断しています。そうしたプロセスを経ながら、経済・物価情勢の変化に応じて、徐々に金利水準の調整を行うことになると考えています。

おわりにかえて

 日本銀行としては、引き続き適切な金融政策運営を行うことを通じて、日本経済が物価安定のもとでの持続的な成長を実現していけるよう、貢献して参りたいと考えています。ご清聴ありがとうございました。

以上